228話 ただいま英雄求人中 side第一大陸
「……あちぃ」
「……あつい、ですわ」
魔導師ギルドのある都市を経由して、この俺カロフ・カエストスはこの灼熱の第一大陸へと降り立った。……のはいいんだけどよ。
「いくらなんでも暑すぎだろうが! なんだよこの大陸、こんなとこにずっといたらいつか焼け死んじまうぞ!」
じりじりと差し込んでくる日差しが肌を焼き、大地から発せられる熱気が体温を上昇させて体から汗が止まらねぇ。
しかも、それは俺だけじゃなく同様に降り立った仲間も同じらしく……。
「日傘を差しても全然日差しを押さえられませんわ……。それに加えてドレスが暑くて……」
「もう、アリステルさんってば。だから言ったじゃないですか、もっと薄くて通気性のある衣装に着替えましょうって」
そう言って船に乗せていたあの豪華な馬車へリィナがお嬢さんを引っ張っていく。数分すると、中からいつもとは違う薄手で露出の増えた服に着替えて出てくる。
その表情から見て、若干マシにはなったみてぇだが……。
「あまり肌が露出した服装はこの身ではありませんが、この際仕方ないですわ」
なんつーか、ちと目のやり場に困る。リィナもすでに船の中で鎧を熱帯用のものに着替え、いつもと違う姿に不覚にもドキッとしちまった。
ただ、この暑さのせいでそのドキドキもどっかにふっとんじまったけどな。
「お嬢さんは薄着になって少しでも暑さが和らいだのはいいんだけどよ……俺はこれ以上どうしろってんだよ」
俺だってリィナと同様に船の中で熱帯用の鎧に着替えたんだぜ? なのに俺の体は二人と違って尋常じゃねぇほどに熱くなっている。なんでかって? 毛が暑いんだよ! この全身を覆う体毛のせいで俺の体は熱が異常に籠ってやがるんだ!
「カロフのそれは体質だから仕方ないよ。えっと、生え変わったりしないのかな」
「いっそのこと全部毟ってしまえばいいのですわ」
「毟ってたまるかっての! つるつるてんの亜人なんてどれだけみっともないと思ってんだ」
それに、毛はもう生え変わってんだよ。自分でもここまで薄くサッパリとした体毛になるなんざ思ってもみなかったぜ。第一大陸へと近づくにつれてボロボロ毛が抜け落ちていくんだから焦ったもんだ。
思えば第三大陸は一年中気候が安定して過ごしやすいし、ヴォリンレクスはどっちかっていうと寒い方だ。こんなに暑い場所に来ること自体が初めてだからな。
「ここの連中はよくこんな気候の中で過ごしていけるよな」
町中では俺らとそう変わらない服装の人間が暑さなんてまるで感じてねぇかのように日常を過ごしている。
「ここの人達にとってはこれが普通なんだね。だから、カロフも慣れれば気にならなくなるよ」
「そんなもんかぁ? どれだけいようが慣れる気がしねぇよ俺は……」
「まったく、情けないな騎士カロフよ」
振り向けばカトレアが俺達と合流していた。確か現地のヴォリンレクスの一団に俺らのこれからの行動についての提携の取り決めだかなんだかをやってたんだっけか。
こいつ、そういうところはなぜか優秀なんだよな。普段はよくわからねぇ被虐性愛者だってのに。……今だって普段と変わらねぇ常用の鎧を着こんでやがるし。
「これしきの暑さで音をあげるとは貴様もまだまだだな」
「か、カトレアさんはその恰好で暑くないんですか……?」
「暑くないわけではない。だが、じわじわと体を焼くような感覚もだんだんと気持ちよくなっていくのだ……ハァハァ」
たとえ暑さを克服できるといってもこの域にまでは達したくはねぇな……。
「ね、ねぇアリステルさん。カトレアさんあれで大丈夫なの?」
「まぁカトレアならこれくらい問題ありませんわ。燃え盛る火に囲まれながらその中心で吊るされて喜んでいたこともありますし……」
いやどんな状況だよそれ。というか……。
「話がついたんならこんなところでうだうだやってねぇでサッサと先を急ごうぜ。行き先は決まってんだろ」
この港町から真っ直ぐ向かった先にでっけぇ街があるって話らしいからな。どうにも以前の魔導師ギルドが占拠してたらしいが、それも今じゃ撤退させられたらしい。
「まったく、相変わらずせっかちですのね」
「それでは船から馬車を降ろしてまいりますのでしばしお待ちを」
「そういえば、アリステルさんの馬車は中を温めたり冷やしたりできるんですよね」
「ええ、火の魔術と水の魔術を込めた魔石を搭載してますのよ。ただ、この暑さではどこまで涼しくできるか少々不安ですが」
「今より涼しくなるなら何でもいいから早くしてほしいぜ……」
こんなんでこの先まともに人探しなんてできんのか……。チクショウ、ムゲンのヤロウわざわざこんなところに送りやがって、帰ったら覚えてやがれ。
それから数時間、馬車に揺られてたどり着いた先は……。
「ここが第一大陸でも一番大きくて栄えてる都市ってとこか」
確かに建物も多く人の往来も途中通り過ぎた村よりも遥かに賑わってるな。だが、今んところその人の多くは兵士やギルドの人間といったお役所仕事の人間がせわしなく動いてるみてーだが。
「しっかし、馬車ん中でも暑さはそこまで和らがなかったな。結局車内でも全員揃ってダウン状態だったじゃねぇか」
「不覚ですわ、まさか第一大陸の気候がこれほどとは思いもしませんでしたわ。本当ならもっと優雅な旅になるはずでしたのに……」
全員暑さに耐えるのに必死でティータイムなんざまったくやる気も起きねぇしな。てかこのクソ暑い中であったかいお茶が飲めるかっての。
「とにかく、この街では新生した魔導師ギルドがヴォリンレクスの協力のもと新しい取り決めを各村の人達と話し合ってるはずだから。まずはそこを探せばいいと思うんだけど」
「けどよ、それにしちゃ街の雰囲気は魔導師ギルドもヴォリンレクスも歓迎してるようには見えねぇぜ」
「え?」
リィナ達にはわからなかったみてぇだが、この街に入った瞬間から俺はどこかピリピリとした雰囲気を感じていた。こいつは……敵意に似ちゃいるが少し違う。
「で、ですから我々は街の立て直しと今後の皆様の安全のため……」
「ふん! 今更ノコノコとやってきたどことも知れぬ国の保護などいらんわい! わしらには龍帝様がついておるんじゃ。わかったのなら魔導師ギルドと共にとっととこの大陸から出ていくがいい!」
「ちょっと、なんですのあれ?」
「なんだありゃ? ケンカにしちゃ妙な感じだな」
よく見りゃ言い争ってんのはヴォリンレクスの兵と……どうやらこの街のじいさんみてーだが。言いたいことを全部言ったからかじいさんは兵士に背を向けてどっか行っちまった。
(ん、なんだあの印?)
じいさんの腰から垂れてる布に描かれてる印が俺にはやけに印象に残った。なんだか龍……のようにも見えた気がするがなんだったんだ?
「とりあえず、まずはあの兵士に話を聞いてみるのがよいのではないだろうか」
「そうだね。ほらカロフ、ボーっとしてないで行こう」
「わ、わかったから引っ張んなって」
そのまま兵士の下へ近づくと、そいつはさっきのじいさんとの会話がそんなにもショックだったのか、その場でガックリと肩を落としてへこんでいた。
「あんなじいさんに言い負けたからってそこまでへこむことかよ」
「おわっ! だ、誰でありますか!?」
「慌てなくても大丈夫ですよ。私達もヴォリンレクスからやってきた者ですから。詳しくは……カトレアさん、お願いします」
「うむ、我々は貴殿らと同じ任ではないが、本国よりとある命を受けこの地に使わされた者だ。この通り書状もある」
そう言ってカトレアが取り出したのは出発前に皇子さんが判を押して俺らに渡してくれた一枚の書類だ。こいつがあれば大抵の場所なら俺達の身分や所属の証明になる……ってことらしいぜ。
「こ、これは皇帝陛下直属の……! し、失礼いたしました! 遠路はるばるご苦労様であります! じ、自分に何かご用でありますでしょうか!」
スゲー効果、皇子さんさまさまだな。しかしこの兵士も落ち込んだり驚いたりと忙しい奴だ。そのせいで言葉遣いがちょっとおかしくなってねぇか。
「先ほど老人と何か言い争っていたように見えたが、何かあったのか」
「ああ、見られていたんですね……。あれは、我々の庇護下に加わることを反対する村の住人です」
「反対っつってもあそこまで露骨な態度になるもんか? ヴォリンレクスは別にこの地を侵略しようってわけじゃねぇのによ」
「それが……彼らはそうは思っていないようで。どうも以前の魔導師ギルドから派遣された男が元凶のようなんです。最初は優しかったのに、庇護に同意した瞬間圧政が始まったという話らしく……」
「ひどい……」
どこにでも性根の腐ったヤロウってのはいるもんだな。自分達の利益のためなら平気で他人を騙すような……しかもそれが権力者ってなると余計にたちが悪ぃ。
「でもそいつらは新生魔導師ギルドとヴォリンレクスで追い出したんだろ? だったらむしろ感謝されてもいいくらいじゃねーか。なんだってあのじいさんはあんなに怒ってたんだ?」
「いえ、それが……我々が到着した際にはすでにこの街は彼らの手によって取り戻されていたのです」
「え! 魔導師に占拠されていたこの街をですか!?」
リィナが驚くのも無理はねぇ、俺だって耳を疑ったからな。たとえへなちょこ魔導師ばかりといえど、魔力を扱えない普通の人間が魔導師と戦うのは無茶だぜ。てか普通なら立ち向かうのだって相当の覚悟が必要なはずだってのに、それを街を取り返すほどの団体でやってのけたってのか。
「街の中に龍の印をつけた者がいるでしょう。彼らは通称『龍の使い』と呼ばれています。なんでも、この大陸に新たに建国されたという小さな国に傘下として加わった村の者の証だそうで」
「"龍"ねぇ……。リィナ、もしかしたらそいつが……」
「うん、可能性は高いかも」
出発前にムゲンから聞かされた、第一大陸に存在する"龍"の話。そしてそれこそが、俺達の今回の探し物につながっている。
「あのー、どうかされましたか?」
「こっちの話だ、気にすんな。それにしても……それじゃお前らよくこの街に滞在できてんな。その話が本当ならすぐ追い出されてもおかしくない気がするけどな」
「それが、その龍の国に連絡の取れずにいた戦討ギルドの者がいたらしく、彼らが取り持ってくれたんです。ただ我々……特に新生したとはいえ魔導師ギルドの人間はこの街では嫌われてますが」
「この現状を見る限り、その以前の魔導師ギルドから派遣されてきた人間がどれだけひどいことをしてきたのかが伺えますわね」
ったく、どこのバカか知らねえが面倒くせぇ置き土産していきやがって。この調子だと俺達も同じように邪魔者扱いされて捜索どころじゃなくなる可能性があるぜ。
「それに、ムゲンくんの計画には一つでも多くの大陸から協力を得ることだから、もしかしたらそっちにも支障が出ちゃうかも」
「んだよ、問題だらけじゃねぇかこの大陸」
もともと各ギルドが協力して統制が取れてたこの大陸だが、前魔導師ギルドのせいでそのバランスが崩壊。その魔導師ギルドが消えたのはいいが、そのせいで今度は統制する上組織がなくなって各村々が協力し合ってこの街が成り立ってる……ってことらしい。
しかも、村々の力関係は平等だから誰が一番偉いってのもない。王様みてーのがいねえから誰がこの街の実権を持ってるってのがないせいでややこしいことになってるんだってよ。
「ただ、一つ可能性があるとすれば……それは彼らが信望するという"龍"の王国です。しかし、住民の反発が強く我々はまだ直接その国と接触できていないのが問題でして」
「直接……ということは、間接的には交渉の余地はあるんですか?」
「ええ、その国からやってきた使者の方々と戦討ギルドの者がこの街で我々に協力してくれています」
「なら、その方々に会うことはできるんですね」
「はい、この先を真っ直ぐ向かった建物に彼らがおられるのでよろしければどうぞ。もともとは魔導師ギルドの支部だった建物らしいですけどね」
「しゃあねぇ、こっちの探し人もこれといって目ぼしい情報はねぇし、まずはそこに行くしかねぇな」
こうして兵士に言われた通りに真っ直ぐ道なりに進んでいくと、ちょうど目の前にそのでかでかとした建物が姿を現す。ただ、看板も何もねえから本当にここで合ってるのか?
「これか?」
「だと思うよ。ほら、入り口の上の方に看板を外したような跡があるじゃない。多分、魔導師ギルド支部のものを取り外したんじゃないかな」
おお、本当だ。リィナの言うように扉の上の方だけちと綺麗に見えるな。しっかしこの建物入り口も窓もガッチガチに閉められてんな。他の建物は風通しをよくするためにところどころ吹き抜けになってるっていうのに何でここだけこんなんなんだ?
「ま、んなこと気にしても仕方ねぇか。とにかく中に入って水の一杯でも貰おうぜ、喉がカラカラだからよ」
冷たい水でももらえりゃ儲けもん……そう思って入った室内だったが、入った瞬間に俺は驚いた。別に建物の中が変わった装いだったからじゃねぇ……。
この中は……。
「な、なんだこの涼しさは!?」
外と比べて異様なまでに涼しすぎる。まるで異世界にでも飛び込んだかのように思えるほどだ。嬉しさのあまり俺の肌も元気を取り戻し張りと艶が戻っていく。
「あら、本当に涼しいですわ。あまり発展してない街だと思ってましたけど、こうして冷房設備がしっかりとした建物もありますのね」
「これが冷房設備によるものだってのか? でもお嬢さんの馬車より全然涼しいぜ?」
「悔しいですけど、魔石の質と込められた水の魔力が桁違いですのよ。流石、第一大陸は資源の宝庫と呼ばれているだけはありますわ、まさかこの大きさの室内をここまで冷やし続けられるものがあるなんて」
魔石の違い一つでこんなにも違いがでるもんなのか。魔力の研究ってのは奥が深いもんだな。俺は感覚で使ってるからまったく理屈はわかんねぇけど。
「ちょっとー! あなた達、いつまでもドアを開けっぱなしにしないでちょうだい。せっかくの冷気が逃げちゃうでしょ」
「あ! す、すいません、今すぐ閉めますね!」
突然注意されリィナが慌てて扉を閉めると、その注意をしてきた奴が俺達の目の前に歩いてくる。どうやら女みてぇだが、注目すべきはその頭に被ってる帽子だ。
そこには、街で見たじいさんが着けていたように『龍の使い』の印が縫い付けられていた。
「あらあら? 見ない顔だなーって思ったら……もしかしてあなた達ってこの街の人でも近くの村の人でもない?」
その言葉と同時に、中にいた奴らの俺達を見る目が変わっていく。……おいおい、ここは他と違ってよそ者が入っても大丈夫じゃなかったのかよ。
「あちゃ~、ごめんなさいね~皆まだよその人に警戒心持ってるから。ここって他大陸から来た人達との話し合いのばでもあるんだけど、魔導師ギルドにひどい目に遭わされちゃった人もいるから」
「というかまず、テメェは何者なんだよ」
「おっと、ごめんなさ~い。そういえばアタシの自己紹介がまだだったわね」
この女だけは特に警戒することもなくこうして馴れ馴れしく来やがるし、いったいここはどうなってんだ。
「アタシの名前はユリカ・キャシレーヌ! 何を隠そう元魔導師ギルド支部の受付嬢にして現在はあの『龍皇帝国』の宣伝部長なのです!」
「うおおおおお! ユリカさーん!」
「流石『龍皇帝国』の顔だぜ! 結婚してくれー!」
「ふっふーん! アタシと結婚したかったらそれなりの顔面と年収を引っ提げてきなさーい!」
その自己紹介に周囲でおとなしくしていた奴らもワッと歓声を挙げるが、このノリについていけない俺達はただその光景を呆然と眺めるしかできなかった……。
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