226話 それぞれの向かうべき地


「んん~……やっぱ久々にふかふかのベッドで寝ると快適感が違うな」


 レオンのお見舞いから各々の情報交換を行い、これから本題に入る……と言いたいところだったが、皆帰ってきたばかりで疲労もたまっていたということで後日に持ち越すこととなった。

 久方ぶりの十分な休息は私達に活力を取り戻させ、これからの行動のための英気を養せたことだろう。


「ワフ~(ご主人おはようっす~)」


「お、犬も起きたか。しっかし随分と寝坊してしまったようだな」


 カーテンを開けると強い日差しが差し込み、すでに太陽が真上近くにまで登っている光景が目に映る。時刻はすでに正午に差し掛かろうというところか。


「今までずっと気を張り詰めていたせいか、疲労も相当たまっていたんだろうな。おかげで朝食を食べ損ねてしまった」


「ホント、こんな時間までずっとグーすかねちゃって。この世界を救う救世主の姿とは思えないだらしなさだったわよ、まったく」


「そんな言い方はないだろう。私だって肉体は一介の人間と変わらないんだ、疲れていたらだらしない姿だって晒すさ。てか、部屋に入るときはノックくらいしてくれセフィラ」


 声の方向に振り替えると、そこにはすでに朝支度を済ませたであろうセフィラが立っていた。


「こんな時間まで寝坊助なムゲンが悪いのよ。まあ、だらしない主人公を支えてあげるのもしっかりもののヒロインの務めってとこかしら」


「そんなこと言って、あなただってさっきまで思いっきり寝てたでしょう。しかも、ベッドから転げ落ちて起きたと思ったらこんな時間で、慌てて支度してゲンさんのところにやってきたのに」


「ちょっとクリファ、余計なことは言わなくていいのよ! それに、あんただってあたしが落ちた音で起きたんだから人のこと言えないでしょ!」


 奥からクリファも現れ、もはや見慣れた光景となった二人の掛け合いに私の意識もようやく覚醒しきったようだ。


「はいはい、二人とも漫才はそれくらいにしてとりあえず飯でも貰いに行こうぜ」


「漫才じゃないわよ!」

「漫才ではないわ……」


 競い合ってる割には息ぴったりなんだよなこの二人……。


「ワウ……(やれやれっす……)」


 そのまま広間で食事をもらい三人と一匹での遅めの朝食……というよりブランチをいただくこととなった。

 食卓にはサラダやパンにスープといった洋食中心だが、寝起きの私達の胃がもたれないよう考慮されてるんだろう、脂っこいものや揚げ物などは避けた献立となっている。


 ただ、この世界の料理に共通する話だが全体的に少々味付けが濃い。薄くすると今度は味が落ちるからなんだろうが……。


「やっぱ、こういう時は日本の朝食が食べたいよなぁ。味噌汁と納豆ごはんをこうスルスルとね。とろろとか冷やっことかもほしくなる。醤油を垂らして……」


「ワウン。ワウ(ご主人、あんまり無茶言っちゃダメっすよ。ないものはないんすから)」


「しかしなぁ……もう口にしなくなって体感一年以上だぞ」


 一度日本に戻った際に姉さんが料理を作ってはくれたが中華だったからな。どうにかして本来の日本食にありつきたいものだ。

 しかし、この世界でどうにか再現しようにも私には料理の才能がなさ過ぎて不可能に近い。誰かに作ってもらおうとどういうものか伝えてもやはり本来の味とはほど遠いものになるだけだった。


「じゃあ今度あたしが作ってあげよっか?」


 と、もはやこの世界で日本食を口にすることは諦めかけていたところでセフィラから以外な言葉が飛び出す。私は一瞬その言葉の意味を理解できずに硬直してしまったが、すぐに勝機を取り戻し。


「え、マジ? できんの日本食、この世界で?」


「ふふーん、このあたしを誰だと思ってるのよ。長年の料理研究でムゲンの世界におけるあらゆる料理文化は会得済みなんだから。もちろん、日本食もね」


「おお……すごいぞセフィラ。今の私にはお前がまるで女神のように輝いて見える」


「当然じゃない。だって女神だもの!」


「いや、今の会話に女神要素まるでないでしょ……」


 もはや女神だろうがそうじゃなかろうがなんだっていい。この世界で日本食が食べられるチャンスがあるなら私がそれを逃すはずがないだろう。

 しかもそれが私に好意を寄せてくれている女の子の手料理とか……おいおいまさに私の理想そのものじゃないか。


「あ、でも材料の関係で完璧に再現できないものとか時間がかかるものとかもあるからそこは我慢しなさいよ」


「そのくらいなら全然構わん。ぜひやってくれ」


「ならあとは調味料の問題ね。こっちの世界の食材でどれだけ味を近づけても、調味料の違い一つで大分味は変わっちゃうから」


 確かに……現代の日本の料理は多くの時代を経て進化してきた調味料があるからこそ独特の食文化を生み出してきたと言ってもいい。

 私の舌も『素材の旨味を生かした料理』ではなく、調味料によって整えられた味を求めていたのかもしれない。だからこそこれまでの実験では満足のいく結果が得られなかったということか。


「調味料か……流石にこの世界でまったく同じものを作るのは無理だろうから、結局似た味を再現させるまでに留まるわけか」


「ふっふーん、バカねームゲン。このあたしが何者なのかもう一度よく思い出してみなさいよ」


「何者って……アホの子だけどそこが可愛い私のヒロインなポンコツ女が……ハッ!?」


 そうか、忘れがちだがセフィラも女神の力によって時空を操り、このアステリムと日本を繋いで様々なものをこちらに呼び寄せていた。

 つまり……。


「なんか不本意な単語がちょっと聞こえた気がしたけど……そう! あたしは女神! この力を使えばムゲンの世界から調味料を取り寄せるなんて簡単よ!」


「おお! いわゆるあれだな、異世界でAmaz〇nとか使ってデリバリー無双するやつだ!」


「ワウ(ご主人、その伏字まったく隠せてねーっす)」


 そういやセフィラはこれまでもちょくちょくその力を使って日本からいろんなものを呼び出してたっけか。失敗して第四大陸に落ちたものとかも多々あるので少々不安を感じる能力ではあるが……。


「女神の力といえば、クリファの方はもう時空転送の力は使えないんだっけか?」


「ええ、元の世界から新魔族転送のためにほぼすべて使い切りました。こちらの世界でいくらか回復したけどそれもベルゼブルに利用されて……ゲンさんに使ったので完全に最後」


 つまりアリスティウス達が持っていた緊急帰還装置はクリファが発生させられる“特異点”の力をベルゼブルが利用したものだったのか……。


「ま、すっからかんのクリファと違ってあたしはまだいくらか余力があるから心配しなくていいわ。これも女神の力の有効活用ってとこね」


「そもそも調味料の転移なんて女神のやることじゃなでしょう……」


 女神の力の使い方に呆れるクリファだったが、セフィラはそんなことなど気にせず立ち上がると手を頭上に掲げて意識を集中し始める。


 すると、その力の流れに呼応するように手をかざした先に小さな黒い渦がその姿を現すと……。


ボトボトボト


 スーパーやコンビニでよく見かけるような調味料がいくつも渦の中からボトボトと落ち、私達の目の前に現れる。


「おおー! 醤油に砂糖に……うま味調味料なんかも揃ってる! すごいぞセフィラ!」


 これだけのものが揃っていればこちらの世界の料理すら大幅なアレンジが可能だろう。しかもセフィラの力があればまだまだ取り寄せることができる。

 これはまさか……『日本調味料UMEEEEE!』無双の流れがきてるのか!?


「どんなもんよ。これであたしがどれだけ優秀な存在かわかっ……」



ドドドドドドドドド!!



 あれ? なんかあちこちから地鳴りを感じるぞ?

 いや、これは地鳴りじゃない……複数の足音がものすごい勢いでこっちに向かってきてる音だ!


バァン!


「魔導神様! 先ほどこちらの部屋から特異点の反応があったと報告が!」

「敵が攻めてきたのかムゲン! 俺達はまだ何も準備ができていないというのに」

「へっ、関係ねぇぜ! 全部ぶちのめしゃいいだけだからな! さぁ敵はどこだ!」

「お城の人達は今サロマさん達がみんな避難させてるよ! 安心して!」

「まさかこんなど真ん中に現れるなんてね。でもアタシらの力を合わせればきっと大丈夫さ!」


「「「……」」」


 ……そういえば、この世界には特異点の発生を探知する装置みたいのがあるんだったっけか。それで、今の調味料召喚に反応してみんな慌てて集まってきたと……うん。


「あー……スマンみんな。今回の特異点は……ちょっとここにあるものが欲しくてセフィラの力を使っちゃっただけなんだ。なーセフィラ」


「ねームゲン。ってことで、ごめんねみんな。てへぺろ」


 この後めちゃくちゃ怒られた。


 というわけで、この先混乱を招く恐れがあるためセフィラの取り寄せ能力は今後使用禁止ということとなるのだった……。




 さて、そんなひと騒動あった午前中の私達だが、結果的にみんな集まってくれたということでこのまま今後の予定について話し合うこととなった。

 ディーオやサロマも騒動を収め、今はこの場に集まっている。レオン達は動けないから、結果的にこれで全員ということになるな。


「んでムゲンよお、俺達は結局どこに向かやいいんだ?」


「英雄を集めるって言ってもどこに行って誰を迎えればいいかもまだわからないものね」


 確か昨日はそこまで話して終わったんだったな。ただ、その話はちょっと置いといて先に全体的な話から入ろう。


「まぁまぁそう結論を急ぐな。その前にまずこの世界の現状を整理しよう。今回の件で多くの戦争は終結し、いくつかの国がこのヴォリンレクスにまとまっただろ」


「はい、皆さまのご活躍により中央大陸における一大国家であるメルト王国、そして魔導師ギルドのあるブルーメとの協定が結ばれました。加えて第二大陸と第三大陸の主要国家とも良き同盟関係を得る結果となりました」


「第六大陸もルイファン達が頑張ってくれてるようだしのう。うむうむ余のヴォリンレクス帝国は今までにない多くの関係力を持つ強大な帝国にまで発展したということなのだ。流石の余もビックリしておるぞ」


 そう、今回の一連の騒動によりこの世界には大きく二つの変革がもたらされた。一つは言わずもがな……『終極神』という全国共通の敵が現れたということ。もう一つは、世界の勢力バランスが大幅に崩れとても不安定な状況にあるということだ。


「私はこの機に協力関係になれるであろうすべての大陸や国家と同盟を結び、世界を一つにするべきだと考えている」


 終極神による世界の亀裂が出現したうえに未だ混乱が続き壊滅状態である第五大陸に関してだけは難しいが、他の大陸ならばまだ協力関係に持ち込める余裕は十分に残されているはず。


「そこで、ヴォリンレクスと魔導師ギルドの共同で第一、第四大陸との和平を結びに行く」


「昨日話してたやつだね。つまり、アタシらがその役目を果たすってことになるのかい?」


「別にそういうわけじゃない。一緒に行ってもらうことにはなるが、そういった交渉役はきっちり大使を立てて対談の場を設けて行う」


「ならば俺達の役割はなんだ? 護衛というわけでもないだろう」


「それも昨日言っただろ、英雄を集めてもらうってな。お前達の仕事はそいつらの捜索だ」


 二つの大陸において私が知るその二組の英傑は普通に国の中を探しても見つかるかどうか定かではない。だからこそ捜索の必要性を考えカロフとレイにはそれぞれの大陸に向かってもらう。

 まぁ、実のところただ探すだけならこいつらを向かわせる必要もないのだが……そこにはまた別の考えがあっての話だ。


「ってことで、カロフ達には第一大陸、レイ達には第四大陸とそれぞれの部隊と一緒に向かってもらうんでそこんとこよろしく。どういう人物を探せばいいかは後で詳細を伝えるから」


「それはいいんだけど……」


「ん? どうしたリィナ」


 私の話を聞いてどこかリィナは不安そうな表情を見せる。何かマズいことでも言ったか?


「その人達を探すのはいいんだけど、ちゃんと私達の味方になってくれるのかな。もし私達の話を聞いてくれなかったら……」


 ああそのことか、なら心配はいらないな。


「その時は私の名前を出してくれ。私からの協力要請だと知ったらあいつらならきっと力になってくれるはずだ」


 きっとあの二人ならわかってくれるだろう。それに、現在の世界の情勢が変わり始めていることはあいつらも理解しているはず。そこへ真相を語れば一緒に世界の危機に立ち向かってくれると私は信じている。

 ま、よほど変なことでも起こらない限り心配するような事態にはならないだろうしな。


「てかよ、ムゲンの名前を出せばいいならお前が直接交渉すりゃいいじゃねぇか」


「確かに……そっちの方がアタシらがいくよりよっぽど確実だね」


「あ、悪いが私もいかなければならないところがあるんでそれは無理なんだ」


 カロフ達に捜索を依頼したのは私個人が向かわねばならない場所があるからで、決して仕事を押し付けたわけではない。


「……ねぇムゲン、あたし達もそのこと聞いてないんだけど」


「もしかして、置いていく気だったのかしら」


 と、しまった……油断していたら別方向から疑念の眼差しを向けられてしまった。話してなかった私も悪いんだが……。


「確かに、今回その場所へは私一人で向かおうとしていた。とても危険な場所だからな。それにおそらく一緒に向かえたとしても、最終的には私一人で立ち向かわないといけないだろう」


「それで、あたし達を安全なこの国に置いて自分だけさっさと行っちゃおうってこと」


「違う違う。ただ……本当にそこでは何が起こるかわからないから。それでも一緒に来てくれるか?」


「あったり前じゃない! どんなことだろうとついてってやるわよ!」


「わたしも、たとえ邪魔だって言われてもついていきますから」


 どうやら、こんなことを聞く方が野暮だったみたいだな。まったく、本当に私は自分の恋愛事になると途端に不器用で困ったもんだ。最初から答えはわかってたってのに。


「ワウン(言っとくっすけど、僕だってご主人についていくっすからね)」


「はいはいわかったっての。そんじゃ、私らは三人と一匹で出発としますか」


「それはよいがムゲンよ。お主は結局どこへ向かうというのだ?」


「途中まではカロフ達と一緒さ。魔導師ギルドまで全員で向かい、そこからそれぞれの目的地へ向かう」


 魔導師ギルドを中継地点として、カロフ達は第一大陸へ向かい、レイ達は第四大陸へと向かう。そして残った私達はそのどちらでもない、中間の道を真っ直ぐ進んでいく。

 その先にあるものは……。


「私が向かうのは中央大陸を真っ直ぐ北へと進んだ先にある、誰にも踏み込めぬ未開の地……」


 その地は誰も立ち寄れず、この時代において未だ誰も解明したことのないアステリム最北に位置する前人未到の謎に進まれた大地。


「『最果ての地』だ」


 そこにきっと、私の求める存在が待っている。


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