225話 英雄を集結せよ!


 お互いの情報を共有した後、医務室は沈黙に包まれていた。

 別に気まずいことがあるからではなく、どちらも予想とは大きく異なる情報に考えなければならないことが多すぎるのだ。


「『終極神』、この世界に潜んでいた真の脅威……ですか。まさか、そんな事態が起きていたとは」


「ああ……それにリオウ、どうもこの件はお前が体験したことと無関係じゃなさそうだ。いや、むしろ深く関わってる立場だろうな」


 そう、リオウから聞いた『体現者』マステリオンとの戦いの話。まさか私がベルゼブルからその存在を知らされたのと同時期に魔導師ギルドにおいても体現者同士の戦いが行われていたとは思わなかった。


 魔導師ギルドでリオウと対峙されたとされるマステリオン。あの男こそがベルゼブル、ダンタリオンと並ぶ終極神顕現のため動いていた三つの体現の一つだったとは……。他の体現者との関わりがあったかはわからないが、これで魔導師ギルド急変も合点がいく。『世界を混乱に導く』という奴らの思惑のため利用されたわけだ。


「そうか、あの時幻影神は魔導神様の下へ向かったということですね。しかし……まさかあの幻影神ですら力及ばないとは」


「幻影神は持てる力すべてを出し切って私達を守ってくれた……。それにどうやら、リオウが倒したマステリオンの体現を利用してあの状況を切り抜ける算段をつけていたようだしな」


 メッセージの主は幻影神が勝てないことをわかっていた。だからこそ外部から直接終極神へ損害を与え、奴を抑え込み時間の猶予を作り出した……私達のために。

 ……幻影神が消えてから、メッセージの主からの連絡は一つもない。こちらからメッセージラインに語り掛けても一向に音沙汰なしだ。


「なんだか話が難しくなってきましたわね。特に、その『体現者』とやらがどうして生まれたのか、どういう基準で選ばれるのか。謎が多すぎますわ」


「そうだな、俺自身それは疑問だった。どうやら俺は生まれた瞬間……いや、生まれる以前から体現者になることが決められていたらしいからな」


 リオウは過去のアステリムに前世を持つ転生者だ。つまり、その転生事態にすでに体現者の力が作用していると考えるのが当然の考察だろう。

 ただ、そうなると体現者ではない私はどうして転生したのか、しかもこの世界ではなく日本へと……。まだ、すべてを理解するには判断材料が足りないか。


「それに、体現者は俺を含め三人いるらしい。幻影神もその一つということだが、そうなると残りの一人が気になるところだ。マステリオンの話ではすでにどこかで終極神側の体現者を打ち倒したとのことだが……」


「あ、最後の一人は多分ディーオのことだろうから別に心配しなくていいぞ」


「へ? どういうことムゲンくん。ディーオ陛下が最後の一人って?」


「そうだぜ、別に皇子さんは一度もそんな素振り見せてなかったじゃねーか」


「自覚がないだけだ。というかそうじゃないとあのおかしな魔力量の説明がつかんっての」


 そう、我らが最後の体現者は何を隠そうあのディーオだったのだ。思い返せばあいつにはいろいろと疑問に残る要素がいくつも残されていた。今話した魔力量もそうだが、そもそも終極神側の体現者であるダンタリオンの“呪縛”の影響を受けずに生まれてきたということこそが決定的だろう。

 ダンタリオンが語ったように“呪縛”は生まれる前から作用する。しかし、リオウのようにこちら側の体現者の力も生まれる前から作用できるということは呪縛の対抗策に成り得るというわけだ。


「というわけで、体現者はどちらも出揃ってるからそこに関しては気にしないでいいぞ」


「それじゃどういった理由で選ばれてるんだろうね? アタシらの“七大罪”とかと似たようなものだったりするのかな?」


「どうかしら。あなた達の力はわたしから見て相性のよさそうなものを本人の体と同調させただけだから……実を言えば誰にでも与えられるものなの」


「え、そうなの!? これって選ばれた希少な人にしかあげられないものじゃなかったの!?」


「「……」」


 セフィラはもうちょっと自分の力についてお勉強した方がいいんじゃなかろうか。ここまでポンコツだと流石に不安になってくるぞ。


 しかし、体現者の選び方か……。


「これは私の予測でしかないが、おそらく体現者の選ばれ方はクリファが七大罪を与える方法とほぼ同じかもしれない」


 つまり、誰にどのような体現を与えるかも授与者の自由ということだ。クリファの話のように相性の良し悪しはあり得るだろうが、マステリオンのような“虚飾”がどの時代にも存在したというのなら条件はそれなりに緩いと見ていい。

 終極神側の体現者はダンタリオンやベルゼブルのように大きく世界を動かせる立場、あるいは裏から影響を与えられるよう立ち回れる人間といったところか。


 だが、そうなるとこちら側の体現者がどういう理由で選ばれたのか疑問だな。幻影神は終極神を限界まで抑え込む役割があったので古くから存在していた体現者として納得できる。

 しかし、なぜディーオとリオウなのか……。それもこれまでの時代にこちら側の体現者は現れず、今の時代に突如この二人が選ばれたわけ。確かに終極神顕現が間近に迫っているという理由もあったあろうが、体現者としての自覚もない二人が狙い通りに動いてくれるかという保証も……。


「……あ」


「ワウン?(お、どうしたんすかご主人。もしかして思い当たる節でもあるんすか?)」


「んー……一つだけ、これじゃないかって理由は見つかったんだが……。これはちょっと思い上がりかなーとも思ってな」


「ムゲンの思い上がりなんて今更じゃない。いっつもちょっと上から目線でドヤってくるくせに」


「いやむしろそれはいつものセフィラの方だろ」


 まあその辺はまた今度議論するとして。私がたどり着いた結論……ちょっと無理やりなこじつけにも思えるが今の私の中ではこれが一番正解に近い気がする。

 それは……。


「多分、私がこの時代のアステリムにいるからだ」


 ……場がシーンと静まり返ってしまった。

 いや私だってわかってる、自分が今とんでもないことを言ってるってことぐらい。だから「こいつ何言ってんだ?」って目で私を見ないでくれ皆……。


「なるほど、流石は魔導神様です。俺はまさに魔導神様のためにこの世に生まれたと言っても過言ではない。体現者のすべてが魔導神様のお力になるため揃えられたとなれば誰もが納得のいく理由にほかなりませんね」


「リオウ……お前が私を全肯定して納得してくれるのはとてもありがたいんだがあんまり誇張しないで。ほら、皆ちょっと引いてるから」


 一番信頼されてるシリカでさえも笑顔がちょっと困ってるじゃないか。他の面子からも大体生暖かい視線で見られるし、冗談が嫌いなエリーゼからは特に冷たい視線が突き刺さってくるし!


「ま、まぁまぁリーゼ。師匠も根拠がないわけじゃないだろうし、とにかく話を聞いてみようよ」


「わかってますわよ……ちょっとイラっとしただけですわ」


 いや、あの眼差しには今にも獲物を刺し殺しそうなほどの鋭さがあった気がしたんだが……。


「とにかく、わたくしはまだそんな理由で納得はしてませんわ。それに、今の言い方ではまるで他の時代にもあなたがいたかのようにも聞こえますし」


「あ、そういやエリーゼやレオン達はまだ知らなかったっけ? 私がもともとこの世界に実在した人物の生まれ変わりだって」


 ……この発言により、再び一部の者の表情が固まり場が静まり返る。

 カロフやリィナも呆然としてしまっている。そういやこの二人にも話したことなかったか。セフィラ達はわかってるし、レイとサティにもこの前話したよな。


「それも冗談の一環……という顔じゃありませんわね。何が真実なのかわからなくなってきましたわ」


 ただ、エリーゼはそれでもまだ納得がいかないようで、頭をひねらせながらも疑ってくるが……。


「まったく、相変わらず頭が固いねエリーゼ。いいだろう、魔導神様が過去に実在した人間だということはこの俺が証明しよう。よし……現れろ! 『過ぎ去りし英雄譚ファントム・サーガ』!」


 これは!? リオウの魔力が大気中のマナに触れた瞬間そのエネルギーを爆発的に増大され始めた! それは段々と人のかたちへと変化していき……ついには。


「おお、こいつらは……」


 そこに現れたのは私にとっては懐かしい六人の顔ぶれ。幾人かは夢の中で再会したこともあったが、こうして実際に現実で目の前に存在している姿はとても感慨深い……ちょっと輪郭がぼやけてるが。

 そうか……これが話に出てきた、リオウに与えられた体現者のとしての力か。聞いただけでは半信半疑だったが、こうして目の前で実践されるともう疑いようもないな。


「彼らこそが時代から失われた英雄達……魔導神様のかつての戦友さ。この方々の詳細に関しては前に話しただろうエリーゼ」


「確かに、彼らの存在については信じざる得ないものがありましたけど。ムゲンさんは本当にこの方々を知ってい……」


「うっはー、マジで本物と遜色ないなこれ。ガロウズの毛の感触とかも思い出のまんまだ! それにこっちも相変わらず憎たらしい面で……オラッ、くらえこのっ!」


「えっと、なぜ師匠はその人だけに集中攻撃してるんでしょうか」


「こいつには昔散々煮え湯を飲まされたからな。こうして少しでも鬱憤を晴らしてるのさ」


 メリクリウスのスカしたにやけ顔を見てると過去の恨みつらみを思い出してむかっ腹が立って仕方ないからな。リオウがマステリオンと戦った時にはこいつらも本来の意識が宿っていたらしいが、聞く限りではもうその意識も戻ることもないらしい……。

 だからこうしてどれだけボコボコにしようが何の抵抗もしてこないってわけだ! はっはっは、このままボディを攻め続けてやるぜ!


「オラオラどうだ! 何の抵抗もできないだろう。悔しかったら反撃してみ……へぶぁ!?」


 え? 突然メリクリウスに脳天チョップされたんだが!?

 何が起こったのか理解できず慌ててチョップを繰り出してきた幻影の表情を確認するが……依然変わらずに魂の抜けたような無表情で明後日の方向を見続けている。

 自らの意思を持たない幻影は自律的な行動は行わないはず……ということは。


「おい……リオウ……」


「ち、違います魔導神様!? 今のは誓って自分の行動ではありません! 何も干渉しておりません!」


「ホントかぁ~」


 とはいってもこのリオウの慌てっぷりは演技のようには思えない。だとしたら、問題はそちらではなくこちらにあるということだ。

 メリクリウスのことだから、まだ幻影のどこかに意識を残しているのか、それとも体現者うんぬんとは別に変な術式を組み込んでやがったとかその辺だろう。小賢しい真似を……。


 さて、懐かしい面々と戯れるのはこれくらいにして。


「うっし、んじゃエリーゼが納得するためには前世の私がこいつらと関わりがあったと信じさせればいいんだな。そうだな、じゃあまずは……」


「いや、もういいですわ。なんか……今ので納得しましたから」


「あらそう?」


 微妙そうな表情は先ほどと変わりはないが、疑いの眼差しは感じられないので本当に納得してくれたんだろう……なんか妙に疲れてるようにも見えるが。


「けど、リオウはよくこの人の話をすぐに信じて、しかも崇拝するようになれましたわね」


「確か前のダンジョン事件の時の戦いからだったよね。あの時は師匠への態度の変わりようが凄かったから僕もビックリしたよ」


「ああそれは……俺も魔導神様と同じように昔の人間の生まれ変わりだからさ。魔導神様は俺の前世の恩人でもある、だからこうしてこのお方の従僕のように従っているのさ」


 ……はい、この場の空気が凍り付くような感じ、本日三度目でございます。

 ようやく頭の整理が片付き始めていたであろうエリーゼも再び片手で頭を押さえてうつむいてしまう。


「はぁ……なんだか、いろいろと頭が痛くなる話ばかりですわね。これであなた達の今までの行動に全部納得がいきますが」


「エリーゼさんは現実的な思考が強いですから。私も兄さんから直接話を聞かされたときはビックリしましたけど、すぐに受け入れられました」


「あら、シリカあなた知っていたの?」


「私も聞いたのはあの戦いの後でですけど。でも、これまでの兄さんの言動から何かを抱えていることは感じていましたし、そこのミレイユさんと出会って……理屈ではなく心で理解できたんです」


 ミレイユか……リオウの前世の妹でもあった私の仲間の一人。そうか、お前も過去に残された未練を未来に託すことができたんだな。


 と、いうわけでこれまでの話を統括するとだ。


「リオウは私と出会わなければ間違った道に走っていただろう。ディーオも私とカロフ達がいなければダンタリオンに立ち向かっていたかもわからない」


 そのカロフ達も私と出会わなければベルゼブルの魔の手が忍び寄っていた第三大陸でどうなっていたことか。やはり、すべてが繋がってるとしか思えない。


「だから、ムゲンさんがいるこの時代にすべてが動き出した……癪ですけど納得するしかありませんわね」


「そこはスッキリ納得してくれよ」


 まぁこれだけではすべてがただの偶然ととらえられてもおかしくはないしな。

 ただ……私にはもう一つだけ根拠がある。この手の中にあるスマホ、その中にインストールされたアプリとその送り主だろうメッセージの主。これまでの様々な助言は私がこの時代にやってくるということを知っていたかのように的確に送信され続けてきた。

 きっとこれこそが最後の根拠にしてすべての真実。だから、こればっかりは私が自分で確かめねばならないだろう……。


「しっかし、太古の英雄ねぇ。こいつらがホントにそんなすげぇ存在なのか? お、俺みたいな獣人もいるんだな」


 おや、ちょいと目を離した隙にカロフが物珍しそうに幻影の周りをウロウロし始めていた。どうやらカロフは私の前世の仲間の強さに疑問を持っているようだが……。


「引くほど強いぞ。ちなみにその獣人はお前が使ってる格闘術“獣王流”の開祖だからな」


「……は? マジか?」


「マジマジ。嘘だと思うなら今度時間あるときにでもリオウに頼んで戦わせてもらってみ。多分これ以上ない特訓になるぞ。できるよなリオウ?」


「ええ、まあ。俺も新ギルドマスターとしての立場があるので時間は限られると思いますが」


 リオウの呼び出す幻影は意識はないが全盛期と同様の力を秘めているとのことなので戦い方を体で覚えさせるには最適だろう。


「レイ、こっちのウエノマン……じゃなくてアルフレドはアーリュスワイズの最初の持ち主だ。ベルフェゴルと使い方は違うだろうが少しは手本になるはずだ」


 アルフレドはアーリュスワイズを闇の根源精霊を抑えるために使っていたからな。それでも力の使い方、魔力の流れの掴み方などレイにとって学ぶべき部分は多い。


「なるほど、かつての英雄の胸を借りるといったところか」


「いやいや、借りるだけに留まろうなんて弱気じゃ困る。むしろ超える気持ちで向かってくれ。これからの時代には……新しい英雄が必要なんだからな」


「あん? どういう意味だそりゃ?」


 そう、これからの終極神との戦いは私の前世以上に熾烈な戦いが待ち受けているといっても過言ではない。だからこそ必要なのだ、過去の英雄を超えられるような新しい英雄達の登場が。


「それに、やることは特訓だけじゃない。カロフ達とレイ達には先にやってもらいたいことがあるからな」


「ああ、船ん中で言ってた仕事ってやつか。んで、結局なにやりゃいいんだよ?」


「まずは、世界を一つにする」


 今この世界では大きな戦いが終わり、どこもかしこも終戦状態だ。そこへ世界の危機を呼びかけ、外からの強大な敵にアステリム一丸となり立ち向かう。


「そのためにまず、第一大陸と第四大陸との関係を結びアステリム内での争いの芽をなくす。そして同時に……その大陸にいる英傑を私達の仲間として迎えたい」


 この場に集まった者達もいずれも劣らぬ英傑ではあるが、世界にはまだ皆が知らない猛者が何人も存在している。

 彼らもきっとこの世界の危機に立ち向かってくれる。彼らもまた伸びしろは残されているが、きっとその壁を超え……私の前世の戦友に負けるとも劣らない強さを手に入れられるはずだ。


 だからまずは……。


「この地に、次代の英雄を集結させる!」


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