224話 ちょっと騒がしいお見舞い
「いやー、見慣れた風景が見えてくると"帰ってきた"って感じがするよな」
前線基地を出発して馬車で数日、私達の眼前には遠目からでもその巨大さを主張するヴォリンレクスの巨城、そして城を中心に広がっていく広大な帝都を捉えていた。
「すごい……大きな街ね」
「そっか、クリファはこういった大都市に来るのも初めてなんだな」
前の世界ではどうだったか知らないが、アステリムではずっと引きこもっていたクリファには新鮮な光景だろうな。
「よっしゃ! それじゃ、ここはいっちょこの私が帝都を隅から隅まで案内してやろうじゃないか! 早い話がデートだデート」
「ふふ、ありがと。楽しみにしておくわ」
よし、これはデートのお誘いにOKをもらったということだな! 日本では連戦連敗だった私もここへきてついに春がやってきたんだなぁ……。
とまぁ意気込んだはいいが、まだまだやることが山積みな現状では遊んでいる余裕はないため時間ができてからということになるが。
「ちょっと、なに二人だけでデートの約束取り付けてるのよ。あたしだってムゲンとデートしたいんだからね」
「わかってるって、セフィラも一緒な。てかセフィラって私と一緒に街中を歩いたことなかったっけ?」
「一度もないわよ。だって寮の中以外じゃすぐ逃げちゃうんだもん」
「ハハハ、それもそうだったな」
だったら今度は逃げないできちんと隣り合って歩こう。そのためにもまずは、すべての準備を終わらせよう。必要な仲間、関係、力……それが揃うまでまだ止まるわけにはいかないのだから。
「ぬおおおおお! お主らよくぞ無事帰還してくれたのだーっ! あっちもこっちも不安な情報ばかり耳に入ってくるので余は、余は心配でたまらなかったのだぞ!」
というわけで寄り道をせずにまっすぐ王城へと到着すると、鼻水を垂らしながら感激するディーオ、そしてサロマが私達を迎えてくれた。
「おーおー、皇子さんのこの喚き声を聞くと帰ってきたって感じがするぜ」
「そういうカロフも、大分調子が戻ってきたね。少し安心した」
「ん……ま、うじうじしてても始まんねぇからな。俺は俺にできることをやりつつ、ちょっとづつでも真実に近づいてやるさ」
カロフもどこか吹っ切れた様子で、その表情からは以前までの迷いはなくなったように見える。いや、迷いは胸に残っているが、それよりも"今"に向き合ってただひたすらに突き進んでいくってとこか……うん、実にカロフらしい解決法でいいじゃないか。
「お主らもいろいろ大変だったみたいだのう。レオンのやつも大けがで運ばれてきおったし……本当に今回の一連の騒動ではいろいろあったのだのう」
「え!? レオンくんが大けがって……」
「おい、レオ坊がどうしたってんだ!」
「そうか、二人はまだその情報を聞いてなかったんだったな」
どうやら前線基地でも魔導師ギルドの情報が流れてきたのはカロフ達が経った後らしいからな。その後、アリスティウスの問題でさらに精神を不安にさせるようなことを言いたくないと黙っていたが、もういいだろう。
「レオンは魔導師ギルドで副マスターであるディガンと刺し違えたらしい。私も詳しくは知らないのだが、どうにか一命は取り留められたとは聞いている」
その話に二人は仰天し言葉を失ってしまう。無理もないだろう、兄弟のように育ってきた幼馴染のそんな話を聞いてしまっては。
二人はすぐに殺到してディーオに詰め寄り……。
「おい皇子さん! レオ坊のやつは今どこにいるんだ!」
「ぬわーっ!? え、襟を掴むでないーっ!?」
「東の医務室でございますカロフ様。ただし、絶対安静ですので静かに向かっていただきますようよろしくお願いします」
「東の医務室だな! いくぞリィナ!」
「う、うん! ごめんなさい、私達はレオンくんのところに行かせてもらうね」
そのまま走り去ってもう姿が見えなくなってしまう。この分じゃ医務室についてもうるさいままだなこりゃ。
「さてと……悪いが私もレオンの容態が気になるので行かせてもらう。セフィラとクリファは私についてくるとして、他はディーオについてくってことでいいか?」
「オッケームゲン、アタシらからいろいろ話しておくよ」
「わたくしも今回はディーオの方についていきますわ。あんまりお邪魔をしたら悪いようですから」
ということで私はカロフ達を追ってそのまま医務室へ向かうことにする。
しかし魔導師ギルドか……私とサティ達が去ったあと、いったいあそこで何があったのだろうか……。
ともかく、まずはレオンのお見舞いだ。
しかし、医務室の前までやってきたがかなり静かだな。カロフあたりが騒いでるんじゃないかと思っていたが、またリィナにでも叱られておとなしくしてるのか?
「……」
「……」
「あ、師匠。来てくれたんですね」
扉を開けると、明るく私を出迎えてくれたのはベッドの上のレオンだけで、先に来ていたカロフとリィナは表情が暗くうつむいたままその場で佇んでいた。
「おお、レオン。大けがをしたと聞いたから心配していたが、随分元気そうじゃ……」
と、近づきながらそこまで言いかけたところで私は言葉に詰まってしまった。カロフ達がなぜこんな表情をしているのかをレオンの身体を見てやっと理解した。こんなものを見てしまっては……何も言葉にできなくなって当然だ。
「レオン……お前、腕が……」
あろうことかレオンの左肩から先……そう、そこにあるべき左腕が存在していなかったのだから。
「これ……ですか。えへへ、ちょっと油断しちゃいまして」
「嘘おっしゃいな。レオン、あなた本当は自分の命を犠牲にしてでも刺し違えるつもりだったでしょう。その件に関してわたくし、とても怒っているのよ」
「うっ……ごめん。あの時は、本当に無我夢中だったから……ハハ」
おそらくその時の状況を詳しく知るエリーゼに指摘されレオンは困ったようにしょんぼりしてしまう。だが、レオンの雰囲気から後悔や申し訳なさのような暗い感情は感じられない。以前と同じように純粋な少年のような心……いや、そこから何か吹っ切れたような、清々しささえ感じさせるのはなぜだ。
「何笑ってんだよ……腕一本なくなっちまったんだぞ!」
「レオンくん、辛いなら……無理しないでもいいんだよ。それに……やっぱり、レオンくんも戦いに参加するって言った時に、私達が止めるべきだったのかもしれない。誰よりも優しいレオンくんが人を傷つけることなんてできないってわかってたのに……」
「それは違うよリィナ姉ぇ」
嘆くリィナの後悔をレオンはすぐさま否定する。
「この戦争に参加すると決めたのは僕の意思で、この怪我も僕のせいだよ。ただ……僕には覚悟が足りなかっただけなんだ」
真剣な、それでいてどこか悔しさのようなものが垣間見えるレオンの表情。しかし、その瞳には迷いがなく真っ直ぐと私達全員を見据え嘘偽りのない本心を語っていく。
「僕は、誰もの想いが一つの平和へと向かえば皆が幸せになると思い込んでいた。でも、それは僕一人の夢物語でしかなかったんだ……。一人ひとりの幸せのかたちは全然異なっていて、戦う理由も誰もが別々の想いを背負っていた」
誰もが同じじゃない……そう、それは当たり前のこと。けれど人間という生き物は社会を形成しつつもその多くが自己の欲求を優先しするがゆえに他者との共感を求めてしまう。一見同じコミュニティで同じ場所を目指してるように見えても、そこに至る動機や思想は一人ひとり違っていたりするのだ。
「今回の戦いの中で、僕は多くの想いに触れた……。平穏を取り戻すためだったり、信仰ゆえだったり、自分達の正しさを証明するため……そして、戦うこと自体を目的とした人や、大切な人との未来を信じてるからこそ立ち上がれた人とかね」
「ふんっ……」
エリーゼがほんのりと頬を赤らめてレオンから顔を反らす。おやおや、この反応は今のレオンの話に胸キュンポイントでも含まれてたかね。
まったく、レオンといいカロフといいここにいる奴らは天然で女性を口説いてしまう才能が羨ましいかぎりだぜ。こちとら必死になってやっと想いが伝わったというのに。
「だから、この傷は戒めなんだ。僕の覚悟が足りなかったことへの……人の意思を軽んじてたことへの戒め」
レオンの意思は揺るがない。これもまた他者に譲れない強い決意……どうやら、レオンの精神は私が想像した以上の成長を遂げたみたいだな。
「強くなったね、レオンくん。私、迫力に負けて何も言葉が出てこなかったもん。本当に、村で三人過ごしてた頃から誰よりも成長した気がする。カロフもそう思うでしょ」
「けっ、ビービー泣きながら俺らの背中を見てるだけしかできなかった坊主がいっちょ前になりやがって……。わあったよ、お前はもう一人前の男だ。だから、お前が決めたことにもう文句は言わねぇさ」
「嬉しいな。カロフ兄ぃとリィナ姉ぇに認めてもらうことが僕の人生の目標の一つだったから。これでようやく対等の立場になれたかな」
「ったく、あんまチョーシ乗ってるとまた痛い目見るぞテメェ」
やっとこの三人に笑顔が戻ったか。やっぱこいつらがずっと暗い雰囲気のままなのは似合わないからな。きっとこの先も昔と同じように……いや、昔以上に強い絆を育んでいけるだろう。
「しっかし、レオ坊や俺らが納得したのはいいけどよ、このことを村長夫婦が知ったらぶっ倒れるんじゃねぇか?」
「そうだよね……せっかく見つかった息子が腕一本失った状態を見たら失神しちゃうかも」
「う……確かにそれはあり得るかも。この傷を受け入れて生きていくって決めたけど、父さんや母さんをこれ以上不安にもさせたくないなぁ……」
行方不明だった息子が帰ってきたと思ったら腕を失っていた姿を見ればそりゃ卒倒間違いなしだろう。
それに、実を言えばレオンがここまで大きな負傷をしていたのも私には計算外だ。私の中ではレオンも重要な戦力の一つだったが、流石に腕一本失ってるとなると再起不能も視野に入れて考える必要が出てくる。
復帰させる方法は"0"とも言い切れないが……。
「レオン、ちょっと怪我の具合を見せてくれないか?」
「構いませんよ。とはいったものの、実は僕自身どういう状態なのかよくわかってないんですけどね」
どういう意味だ? と、レオンの言い方に疑問を抱いたが……その傷口の断面を見て私はその意味をすぐに理解した。正確には生々し傷痕ではなく、その傷口があったであろう部分に覆いかぶさっている木の根のような植物を見て……だが。
「おいおいなんだこりゃ!? 木の根っこが生えてんじゃねぇか?」
「生えてる……っていうより、なんだか寄生されてるみたい……だ、大丈夫なの?」
「こんな見た目だけど全然痛くないんだ。くっついてるところも、なんだか自分の体の一部みたいに違和感もないし」
リィナの言う通り、これは寄生されてるというのが正しいだろう。しかもこの根は大気のマナを吸収し、痛みを抑え傷を癒す術式回路が組み込まれている。
だが、人間の体に順応するような魔力生命体を生み出すなど並みの技術では不可能のはず。前世の時代であってもこれほどの処置を行える者はそれこそ一握りしか存在しなかったはずだ。
「いったい誰がこれを?」
「それをやったのはリオウですわ。腕を失った時のレオンは助からないほどの重症でしたのに、見たこともない魔術でここまで回復するまで至ったの」
「リオウが……?」
私の記憶ではあいつの魔術は医療方面に特化したものではなかった気がするが。いつの間にそんな技術を……。
「教えてくれ、リオウはどうやってこの処置を行ったんだ」
「……それの大本は確かにリオウなのだけど、実際に処置を行った人物はわたくしにはよく……あら」
「ん、どうした?」
「いえ、ちょうどいいですわ。わたくしから説明するよりも、本人に直接聞いた方が話が早いでしょう」
エリーゼは何かに気づいたように私から視線を外しその後ろ、ちょうどこの医務室の出入り口を見つめ選手交代とばかりに口を閉じる。
私もその視線につられるように後ろを振り向くと、そこに立っていたのは……。
「お久しぶりです魔導神様。戻られてるとは聞いていましたが、こちらにいらしてたのですね」
「私も……お久しぶりですね、セフィラさん。いっぱい話したいこと、あるんですよ」
今回の魔導師ギルド攻略の功労者でもあるリオウと、その妹であるシリカの兄妹がそこにいた。兄であるリオウは数少ない私を魔導神として崇める貴重な信者の一人でもある。
そして、シリカは……。
「セフィラさん……あなたが寮を出たと聞き、しかも女神政権の関係者だと知らされた時、私は心が揺らぎました。そして同時に、話し合わないといけないことが沢山あるということも……」
「そうだよね……ごめん。あたし、皆にずっと嘘ついてたから……ずっと騙してたこと、怒ってるんでしょ……」
「違います。そんなことで私は怒ってませんよ」
「え?」
「私が怒っているのは……どうして"友達"である私達に自分の辛さをもっと相談してくれなかったのかってことです」
確かにあの時のセフィラは自らの身分を隠し、私(というか犬)を女神政権へと引き込もうと画策していた。だが、それは決してシリカ達を不幸にするためではなかった。
しかし、私やシリカ達はそんなことは百も承知。セフィラがどこの誰だろうとあの時点で私達はすでに友人だったんだ。それなのに、何の相談もなしに勝手に消えられてしまっては文句の一つも言いたくなるものだ。
「だから、今度からは辛いことも楽しいことも、遠慮なくぶつけ合いましょう。私達は……友達なんですから」
「シリカ……ありがとう」
うんうん、よかったよかった。これでまた一つ、私がこの世界に残していた後悔を払拭できたということだ。
セフィラもシリカも自分の心を縛るものがなくなった今なら、今まで以上に友人として仲を深めることもできるだろう。
「それにしても、セフィラさん随分日に焼けましたね? 辛かったんですね、髪の毛もこんなに白く……というか銀ですね? それも綺麗で素敵だと思いますよ」
「え? あっと……わたしを褒めてくれてありがとう?」
「いやシリカ!? そっち違うから!? あたしはこっちこっち!」
「へ? ……え!? あ、あれ……せ、セフィラさんが二人!? あれ、でもこっちは……?!?」
仲良く……やっていけるよな? うん、人数が増えて嬉しさ楽しさもさらにグレードアップ! ……ということにしておこう。
「魔導神様、そちらの女性はいったい……?」
「えーっとだな……」
さしあたって、まずはこの状況を収拾するために……。
「リオウ、今ここで私とお前の情報を確認し合うぞ。おそらく、お互いに知りたいことは全部その中にある」
私からは第五大陸からヴォリンレクスへと帰還するまで、リオウからは魔導師ギルドでの戦いのすべてを、それぞれ共有するのであった。
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