223話 落ち着かない食卓
「遅い」
あれから丸二日間、船の中でゆっくりと休息を得た私達はようやく前線基地へと戻ってきたのだが……。そこでは不満げな表情のセフィラが私達を出迎えてくれた。
「悪かったって、お留守番ご苦労さんセフィラ。ってかその恰好はなに?」
セフィラの姿は数日前までのボロボロになったドレスではなく、動きやすい一般的な服装の上に可愛らしいエプロンというこの場に似つかわしい恰好だ。髪も大部分は二つのお団子に束ねられいるし……いや、これはこれで可愛いのでまったく文句などないのだが。
「ああこれ? ここの給仕のお手伝いしてたのよ。ムゲンが頑張ってるんだからあたしも何かできることをしたいと思ったの。あたしはクリファみたいに女神の力で役に立てないから別のことで挽回しなきゃだし」
まさか、セフィラがこんなにも自分から人のためになることをやるなんてなぁ……。引きこもって他力本願だった最初と比べるとその成長ぶりにおっとぉは涙が出そうですぜ。
というかその気になればセフィラは行動力はあるからな。いろいろタガが外れたおかげか積極的になれたのかもしれない。
「ワウワウ(セフィラさんの料理評判いいんすよ。この基地って食事に関しては簡単に済まされてたみたいっすからね)」
「お、そういやセフィラの料理も久々に食いたいな。その恰好ってことはちょうど作ってたとこなんだろ。いやー楽しみだな」
「しょうがないわね。まぁ、ここって食材の種類がそんなに豊富じゃないから作れるものも簡単なのに限られるけど、その点は我慢しなさいよ」
そう言いながらも嬉しげな表情を抑えきれていないな。ま、家事炊事はセフィラの得意分野だし、それを褒められて喜ぶのは当然か。
「普通、女神が料理なんてするものじゃないと思うけど……」
「あら、今は多種多様の時代よ。女神だからってただふんぞり返ってればいいだけだなんて考えは古臭いんじゃない?」
「……いいわ、なら見せてもらいましょう。どれだけ大口をたたいても実力が伴っていなければ説得力もないですから」
二人ともまた変なことで対抗して……。というかセフィラ、女神だからふんぞり返ってたのはむしろお前の方だからな。
「ワウ(ま、二人の気のすむまでやらせればいいんじゃないすか)」
「だな」
ともかく、まだ朝食も済ませていない私達は一同共に食堂へと向かい、セフィラの調理した朝食をいただくこととなった。
今日の献立はポトフとパンか、本当に簡単なものだな。ロールパンはここで直接作られたものではないようだが、しっかりと焼き直されいいにおいを漂わせている。
さてさて、肝心の味の方はいかほど……。
「うんうん、深いコンソメの味に野菜のうまみががっちり合わさってる」
やっぱセフィラの料理は美味い。家庭的な女の子ってのは男の胃袋を掴んでくるから惹かれるポイント高いよなぁ。
しかし、終極神とのいざこざがなければ、ほのぼのとした環境で毎日この手料理が食べられると考えると"幸せな家庭"って感じがする。
「ゲンさん……顔がにやけてる……」
「おっと、つい妄想が膨らんでしまった。というかどうしたクリファ、セフィラの料理はお気に召さなかったか?」
「いえ……悔しいけどとてもおいしいわ。でも、やっぱりゲンさんも料理ができる女の子の方がいいのかと思って……」
「前から言ってるが、私は有用な特技の有無で優劣をつけるつもりなんてないぞ。まぁただ、私のためにおいしい料理を作りたいって姿勢は……萌える!」
要は私を胸キュンさせる要素が多ければ多いほど私の好感度が上がっていくぞ! こらそこ、男の胸キュンなんてキモイとか言わない。
「やっぱ時代は女子力よ。これで理解したかしら?」
「りょ、料理くらい……やろうと思えばわたしにだってできます」
「じゃあここにある食材で一品なにか作ってみなさいよ」
そう言われるとちょっとムキになって立ち上がり、『できらぁ!』とでも言わんばかりに調理場へと向かうクリファ。
いや今までまともに調理もしてこなかったクリファがいきなり挑戦するなど無謀でしかないと思い、私も調理場を覗きに行くと……。
「えいっ……!」
ブシュ
「「あ……」」
案の定、野菜を切ろうとした包丁はその指から赤い鮮血を撒き散らすこととなり、悲鳴と共にクリファの初めての料理挑戦は失敗に終わることとなった。
「うう……痛みが残ってます」
クリファの血しぶき料理事件の後、私達は食卓に戻り食事の続きに戻っていた。ちなみに指の怪我は私が速攻で回復魔術を使用したので痕はもう残っていない。
「これに懲りたらもう無茶はするなよ。セフィラもあんまり挑発しないように」
「わかったわよ……」
セフィラも流石に今回は自分が焚きつけるよう言い過ぎたと反省してるようだ。
ま、度が過ぎなければこういうやり取りも楽しかった思い出の一ページとして残るので全然いいんだがな。
さて、そんな和気あいあいとした食事風景を繰り広げていた私達だが、それとは裏腹に……他のメンバーはとても空気が悪い。誰一人会話もせず黙々と食事を勧めるだけだ。
(相変わらずギクシャクしてるなぁ。無理もないとは思うが)
例のアリスティウスの告白から皆ずっとこんな感じだ。事態の鎮静化のためとはいえぶつかり合うこともあったし、お互いに気まずいんだろう。
「おお、皆ここにいたであるか!」
そんな空気の中、その大きな体躯同様に大きな声で私達の下へやってきたのはヒンドルトンだった。
「なんでヒンドルトンのおっさんがここに? 一応報告には別の人をよこしといたはずだが?」
「うむ、貴殿らに同行していた部下から話は聞いたが、やはり直接聞くべきだと思ったのでな。食事中失礼ではあるがこちらから参らせてもらった」
「そりゃわざわざ済まないな」
「それに、彼女らも早く待ち人に会いたかったようなのでな」
そう言ってヒンドルトンの後ろから現れたのはアリステルとミカーリャの二人だ。
「ちょっとカロフ! 帰ってきたのならなぜわたくしにそのことをすぐ知らせないの! ずーーーっと待っていたんですのよ!」
「あ、いや、それはだな……俺だっていろいろと事情があるんだよ」
「というよりカトレア、どうしてあなたがいながら真っ先にわたくしの方へ誘導しなかったのかしら!」
「申し訳ありませんお嬢様。これは自分の落ち度です、どうぞ存分に罵ってください!」
「……それはやめておきますわ」
暗い雰囲気などお構いなしにずかずかと切り込んでくるアリステルの強引さにカロフ周りの空気が少しだけ明るくなったな。こういう時はむしろ、関係者以外の方が適任の場合もあるってことだ。
「ところでクソやろー、ねーさまはどこですか?」
「開幕から口悪いな相変わらず……」
そういやもう一人待ち人に会いたがってるのがいたな。でも生憎こちらの待ち人は……。
「ルイファンなら事後処理のために残ったぞ。そのまま第六大陸にも向かうんじゃないか」
「は? てめー何のために行ったんですかこの無能。勝手にねーさまとウチの距離を引き離してんじゃねーですよコラ。バラバラにされて海に沈められても文句いえねーですよ」
見た目は小っちゃくてかわいいのにこの汚い罵倒の嵐である。ミカーリャは姉が好きというか、もう信仰してるレベルだからこうなるのもわからなくはないが……。
「ミカちゃんも相変わらずね」
「ああ、アリスじゃねーですか久しぶりです。わりーですがウチはこれからすぐにねーさまの下へ向かねーといけねーのでおめーに構ってる暇はねーですよ」
その言葉の通りミカーリャはパパっと手短に準備を済ますと仲間を集めすぐさまルイファンの下へ向かうため出発するのだった。姉のことになると行動力がすさまじいな。アリスティウスと会うのも久しぶりだったろうに、目もくれずに一目散とは。
「なんか安心するわね。アタシ達のように変わってしまった者もいれば、ミカちゃんみたいに変わらない子もいる……。あの子を見てると昔を思い出すわ」
「そうだね……でも、もうあの頃には戻れないんだ。だからせめて、あの頃の思い出をアタシらが未来へ繋いでいかなきゃいけないんだ。たとえそれが辛い思い出でも……ね」
"世界の敵"として忌み嫌われ、多くの悲しみを生み出してきた新魔族も、これからは新たな時代を迎えるだろう。それをお互いにどう受け入れていくかは、これからの課題でもあるが。
「あら、そういえば見慣れないご婦人がいますわね? どちら様かしら?」
「うむ、吾輩も気になっていたのであるが……もしやそちらの者が?」
まぁ、枷もしてるしなんとなく気づくよな。
「お察しの通り、彼女が新魔族の海上軍を指揮していた“色欲”のアリスティウスだ。今後の新魔族の扱いは彼女とじっくり話し合い、交渉していくことになるだろうから、まずこちらに来てもらった」
ベルゼブルが消え、ほとんどの軍が壊滅した新魔族にとって従うべき七皇はもはやアリスティウスしか残っていないからな。もしかしたら一部の者は納得しないかもしれないが、そういった小さな反発勢力ならばアリスティウスやルイファンに任せれば問題はなさそうだ。
そちらに問題はないとして、やはり問題があるとすれば……。
「ということは……あなたがカロフやリィナの敵ですわね!? だったらどうして二人ともそんなに冷静なの!? 早くこの女を這いつくばらせて気のすむまで詫びさせますわよ!」
「だあああああ! それはもういいんだってのお嬢さん! そういうのはもう船の中で済ませたっての!」
「あら? ならもうカロフにはこの方への恨みはなくなったということなの?」
そう言われカロフの動きがピタリと止まる。アリステルにとっては何気ない質問かもしれない、だがカロフにとっては……未だに答えの出せない難題だ。
「正直……俺はこいつを信用してねぇし、憎くねぇと言えば嘘になる」
その答えに、アリスティウスも顔を伏せ表情を暗くする。彼女にはカロフが望めばいつでもその命を差し出す覚悟がある。だが、カロフは彼女を殺す覚悟が揺らいでいるんだろう。もはや事件の真相を知るのは彼女だけであるが、カロフはアリスティウスを信じることができないため、今もこうして憎み続けることしかできない。
アリスティウスの話が真実だと証明できればカロフの考えも少しは良い方向に向かってくれると思うんだが……。
(……ん? ちょっと待てよ? 当時の真実を知るのはもう彼女しかいない?)
そうだ、そういえば私はその点に少し引っかかっていた。いや、普通に考えればその場にいたのはアリスティウス、アルヴァン、懐柔されたおっさん、そしてカロフとリィナの父親だけ。そしてアリスティウス以外はすでに全員死亡している。
(だが……そうだ! 思い出したぞ!)
どうして今までその可能性に至らなかったのか! 自分で自分に責めたいくらい……いや、責められるのは私ではないな……。
「カロフ、つまりお前はアリスティウスの話が真実であると証明されれば彼女の言い分に納得するということだな」
「あ……? あー……まぁそうとも言えるけどよ。もうそれを証明できる人間がいねぇ以上……」
「それができると言ったら?」
私のその答えに関係者達は呆然としながら驚いている、あのアリスティウスもだ。
「で、でもムゲンくん、もうあの頃を知ってる人は……彼女しかしかいないんだよ」
「ええ、断言できるわ。あの時あの場にいた人間はアタシ以外確実にこの世からいなくなった。それでもあなたは証明できるというの?」
「可能だ」
そう、あの場にいた人間は全員この世にはいない……"あの場"にいた人間はな。
ただ、それを証明するためには先に済ませておかねばならない仕事が山積みなわけで……。
「約束しよう……すぐには無理だが、カロフ達が私の仕事を手伝ってくれるというのなら、必ず真実をお前らに伝えると」
「俺らがムゲンの仕事を手伝う?」
正直言えばそれは建前のようなものだ。これから先の終極神との戦い……私はカロフ達にも力を借りたいと思っている。
だが、先ほどまでの腑抜けた状態のカロフではきっと何をさせても中途半端に成し遂げられない。だから私はカロフに立ち直ってもらいたい……ともに未来を勝ち取るために。
「その言葉に……嘘はねぇんだな」
「ああ、私を信じてくれ」
真っ直ぐと、カロフの瞳が私を見つめる。私の言葉が偽りではないか見極めようとしているんだろう。だから私も、それに応えるように視線を逸らすことなく見つめ返す。
「……へっ! まったく、テメェはいつも奇抜な展開で俺らを納得させやがる。だからよ……いいぜ、乗ってやるよ。もし本当にそれが証明できたんならそんときは……」
カロフの視線がアリスティウスへ向けられる。それ以上は語らないが、きっとこれで彼女を『許す』という選択肢がカロフの中に生まれたのかもしれない。
「てかホントにいいのムゲン、そんな約束しちゃって。ちゃんと保証はあるんでしょうね」
「当たり前だろ。セフィラは私が嘘をつくとでも思ってるのか?」
「うん、だって前にあたしに嘘ついて逃げたじゃない」
「……あの時は正直スマンかった」
女子ってのはこういう細かいところまでよく覚えてるんだね……。何のことかわからない人は5章冒頭を読み返してくれ……。
「どうやら何か決まったようであるが、魔導師殿達はこれからどうするつもりであるか?」
「今話したカロフ達に頼みたい仕事のことも含めて帝都にいるディーオ達とこれからについて話し合いたい。アリスティウスを除いた皆も一緒に戻ってもらうことになるがいいな?」
「それって、アタシらにも何かやることがあるってことかい?」
「そうだな、カロフ達とは別にレイとサティにも別の仕事を頼みたいと思ってたところだ」
実はこの仕事はカロフやレイでなければならないということもないのだが、私の中でどこかこいつらに行かせたいと思っている。
「そういえば、ヴォリンレクスと魔導師ギルドの今後の協定についてリオウ殿が帝都に向かうという話を聞いていたのを忘れていたのである」
「なるほど、それは都合がいいな」
私達が去った後に何があったかは当事者達に聞くのが一番だからな。レオン達の容態も気になるし、やることは山積みだ。
「そんじゃ、食器片づけたら早速出発するぞ! 目指すはヴォリンレクス帝都だ!」
終極神との戦いに残された猶予はそう多くない。だからこそ実行しなければならない……世界を一つにする大仕事をな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます