222話 “色欲”の罪


 その後、私達は戦後の現場の収拾をルイファンに任せることで他の一行と共にヴォリンレクスの前線基地へと戻ることとなった。……正直ルイファンに任せることには不安はあるが、あれでも今まで軍をまとめてきた実績はあるから大丈夫だろう。


 ともあれ場所は船室へと移り、この場にいるのはもともとこの船でやってきたカロフ達、そして戦いを止めに飛んできた私達。そして……。


「結構窮屈ね、これ。もう少し動きやすいデザインにできなかったのかしら?」


 今回の戦いの終結のため、そして私達の知らない事実を明かしてもらうために同行することとなったアリスティウスだ。彼女の腕にはヴォリンレクスで開発されたあの魔力封じの枷が装着されている。敗戦したとはいえ敵陣の大将であることには変わりないわけだし、なにより彼女のことをまったく信用していない人物が約一名ほどいるからな。


「……チッ」


 うわー、不機嫌そうだなカロフのやつ。まぁ無理もないか、憎むべき復讐の対象が目の前にいるんだからな。状況を考えずに暴れ回らないだけでも十分抑えているもんだ。

 ま、もしカロフが暴れだしアリスティウスを殺そうとするようなら私や……なによりレイとサティがそれを許さない。


「よし、とりあえずここで話を聞こうか……“色欲”のアリスティウス。お前の知っていることを全部話してもらおう」


 船内の一室で各々腰を落ち着かせ、話を聞く態勢を整える。アリスティウスを中心にそれぞれ彼女を取り囲む形に集まる……が、カロフだけはこちらに近づかず扉を背に腕を組んだまま寄りかかっていた。


「俺はここでいい。安心しな、話は聞いてやるよ。だが、もしその女が逃げ出すような真似すんなら……」


「ここで始末する……そういうことね」


 そう言ってアリスティウスはカロフに背を向け席に着いた。自分を殺したいほど憎んでいる相手に背を向ける……か。もはや「いつでも殺してください」と言ってるようなものだ。

 カロフもそんな彼女の態度が気に入らないのか不機嫌そうに ふんっ と声を漏らして顔をそむけてしまう。


「そうね、まず何から話すべきかしら」


「お前とベルゼブルの関係性からこれまでのいきさつを頼む。それもできるだけ詳細にだ」


「それだと少し長くなるけどいいかしら?」


「どうせ前線基地に着くまで数日かかる。休憩をはさんでも構わないから話せるだけ話してくれ」


「なら語らせてもらうわ。ただ……ここにいる数名には多少なりとも辛い部分があるから、それだけは覚悟してほしいの」


 そう言いながらリィナと、背後のカロフに僅かに視線を送るアリスティウス。

 そうか、彼女のこれまでの経緯を話すということは、当然五年前に第三大陸へと渡った内容も含まれるわけだ。五年前……それはカロフとリィナにとって一番辛い出来事が起きた時期……。

 二人もそれを察してか若干顔を強張らせるが、話を聞く姿勢は崩さない。口には出さないが覚悟は決まったのだろう。


 アリスティウスもその無言の了承を察したようで、口を開くとゆっくりと語り始める。


「あれはいつのころだったかしら……サティ、アタシ達が七皇を目指し始めた時のことを覚えてる?」


「ルイ姉が本気で対ヴォリンレクスに熱中して帰ってこなくなってからだったっけ? もうアタシらも子供じゃなくなってたし、これからの身の振り方を考えようって話をしてたなぁ」


「ええ、あなたとリヴィはお互いに対抗心を燃やして実力を伸ばすことばかり。だからアタシがどうやったら七皇になれるのか、七皇とはどういうものなのかを詳しく調べてあなた達に享受する羽目になったのよね」


「う、あの時は悪かったよ。でもアタシは自分でそういうの調べるの苦手だったからさ……」


「うふふ、別に気にしなくていいわよ。アタシはそんなあなた達が好きだから一緒に七皇を目指そうと思ったんだから。……でも、その途中でまさかあんなことになるなんて思いもしなかった……」


 少しづつ、話の雲行きが怪しくなってきた。アリスティウスの表情もそれを表すかのように徐々に陰りを見せていく。


「何があったんだ……」


「アタシは七皇の実態を詳しく知るために最古の七皇であるベルゼブルの周囲を調べ始めたわ。だけどそこでアタシが見たのは……映像付きの通信石から現れた人族の男とベルゼブルが会話している場面だった。ベルゼブルはその男を“憂鬱”と呼んでいたわ」


 “憂鬱”だと? その名称に私は聞き覚えがあった。それは、終極神が世界を喰らうためにこのアステリムに産み落とした三つの体現の内の一つだ。

 その中でも憂鬱の役割は……。


「ヴォリンレクスの皇帝か」


「あら、何か知ってるみたいね?」


「ああ、その話し相手はおそらくヴォリンレクス帝国の何代か前の皇帝だったんだろう」


 前皇帝であるディーオの父親ダンタリオンは“呪縛”という力によって初代皇帝の意思と思想を受け継いでいると語った。そして、その“呪縛”というのは終極神による体現者システムの一環であることももう私達は知っている。


「そう……やはりベルゼブルは他大陸そとの人間と繋がりがあったのね。アタシは、その状況を偶然にも見てしまったのよ」


「なるほど、お嬢様と似たようなことを以前に貴方も経験していたということか」


「言われてみれば、ちょっと似てるな」


 状況はまったく逆ではあるが、カトレアの主であるアリステルもダンタリオンがベルゼブルと通信している場面に偶然出くわし、ディーオが発起するきっかけになったわけだ。


「そうなの……なら、アタシはとんだお間抜けだったってわけね。すぐにベルゼブルに見つかって、あっという間にあいつの親衛隊に囲まれてしまったんですもの」


 これまたバレずに私達に知らせにこれたアリステルとは真逆で、アリスティウスは誰に相談することも叶わずに捕らえられてしまったんだな。


「その密談がバレればマズい話だということも理解していたし、“憂鬱”というのもアタシの知る大罪の中には含まれていなかった。だからアタシの中でベルゼブルという人物に対する不信感を抱くのはそう難しい話じゃなかったわ」


「そして、その不信感もベルゼブルに隠し切れなかったと」


「ええ、あいつはすぐにアタシが何かに感づき始めていると悟った。そしてすぐにアタシの身元を調査すると薄く笑った顔でこう言ったの、「今、あなたがお友達のためにできることは何だと思いますか」ってね」


 それは……単純に考えればただの脅しだろう。友人の命を盾に口を封じる、そこら辺の小悪党のような単純な脅し。だが、そんなものは最終的に相手の怒りを買うだけであり、"従わせる"という目的のために用いる手段としては不安要素は大きく残る。……あの男がそんな愚策を用いる程度で済ますはずがない。

 ベルゼブルの言葉には別の意味も含まれている。もしアリスティウスが七皇という役割を否定することとなれば、それは友人であるサティやリヴィの夢を否定することに繋がり、結果彼女達の未来を奪うことになりかねないということだ。


 加えて、見たことを口外せずベルゼブルに協力するなら、新魔族でも最高の権限を持つ人物に取り入ることになり、友人達の夢の助けにもなりうる。

 それに、ベルゼブルの行動が新魔族全体にとっての不利益になるという確証もない。ならば、アリスティウスの出せた答えは一つしかなかっただろう……。


「アタシはあいつの要求を受け入れ傀儡になった。いえ、傀儡といっても自由はあったわ……でも、それは監視された自由」


 ベルフェゴルは対抗できる神器ちからを持っていたがゆえにベルゼブルと対等な取引が可能だったが、その術を持たないアリスティウスでは屈し、従う道しか選べなかったんだな。


「じゃあ、アリスはアタシらのためにずっと……」


「でも、新魔族の自由を取り戻したいという意思はあなた達と同じように本心だったわ。常に監視下に置かれていたから下手な行動はできなかっただけ」


 そうか、アリスティウスが今までベルゼブルに従ってきたのも、すべては新魔族ためになればこそ。だから奴の真意を知り、その束縛から逃れた今、新魔族が生き残れる確率の高い私達との和平に応じてくれたということか。

 このまま上手く話が進めば、長きにわたる新魔族の問題も徐々に解決に向かって……。


「ハッ! それにしちゃあ俺らの国を侵略してた時は随分楽しそうに見えたけどなぁ!」


 と、私の理想とは裏腹にまだまだ払拭しきれないものを抱えた人間も両軍にはいるだろうから簡単にはいかないのはわかってるんだよなぁ……。

 しかし、カロフはどうしてもアリスティウスを悪者に仕立て上げたくてたまらないみたいだ。いや、カロフの境遇を考えれば当然の反応ではあるんだが。


「落ち着け騎士カロフよ。お前達とこの者の間に因縁があることは理解しているが、大局的に見れば彼女も被害者だと言えなくもないだろう」


「こいつが被害者だぁ? 冗談も休み休み言え! どんな過去があろうが事実上こいつが俺とリィナの親父を殺したことには変わりねぇんだよ! それともなにか? それも嘘だって言うのか、命令されて仕方なくやったとでも釈明して罪を逃れようってか!」


 普段のカロフなら口にしないような、それこそ騎士として不適格な罵倒の言葉を並べてしまうのは、きっと押さえつけていた感情をどうすればいいかわからないからだろう。

 自分の中にため込んだすべての憎しみをぶつけられるたった一つの存在……だが、その憎しみをぶつける存在がまるで見当違いなものだったら……。今のカロフにとって、そんなことはあってはならないのだ。


 そして、そんなカロフの気持ちを一番わかってるからこそ、リィナは何も言い出せないでいる。


「あんたね! 今のアリスの話を聞いただろう! きっと何か事情があったに決まってるじゃないか!」


「事情? 事情だぁ? ハッ! そりゃそうだ、周囲の同情を得た今なら自分に都合のいい事情なんざいくらでも並べ立てりゃ信じてもらえるだろうからな!」


「このっ! いくら何でも言い過ぎ……」


「待ってサティ!」


 決してアリスティウスを許容しないカロフの暴言にサティも我慢ならなずにこぶしを握り締めるが、それを制したのはほかならぬアリスティウスだった。

 そしてそのまま、ゆっくりとカロフに近づいていき……。


「な、何のつもりだテメェ……」


「あなたには……アタシを殺す権利がある。あなたの言う通り、あなたのお父さんを殺したのは事実上アタシのようなものだから」


 そう迷いなく言い放つ言い放つアリスティウスの姿に流石にカロフもたじろぎ、言葉に詰まってしまう。怒りで頭がいっぱいだったカロフも少しは冷静さが戻ってきたか。

 だが、アリスティウスの言葉の真意はいったい……。


「それは……結局どういう意味なの」


 その言葉へ最初に疑問を口にしたのは、カロフでもサティでもなく……リィナだった。今まで一言も口を開かず静観していた彼女が席を立ち、真っ直ぐアリスティウスを見据え、その意思を示している。


「おねがい、教えて。あなたにはその義務があるはずでしょ」


「……ええ、話すわ。あなた達の故郷でアタシが犯した罪のすべてを」


 そのまま二人の顔が見える位置まで移動すると、何かを思い出すかのように虚空を見つめ、再びゆっくりと語り始めた。


「五年前のあの日、アタシは第三大陸侵略のために旅立つことになった」


「ああ、あの作戦だろ? アタシはそこでリヴィにハメられちまったけどさ」


「みたいね。でも、実はハメられたのはあなただけじゃなかったのよ」


「え?」


 それはつまり、転移の事故に見せかけてリヴィがサティを再起不能にしたのと同じように、他でも似たようなことがあったということか?

 サティとリヴィは同じ第二大陸に向かったのだから、他にそんなことがあったとすれば……。


「アタシはあの作戦を逆に利用し、あいつの監視から逃れてやろうと考えていたんだけど……どうやらそれも見透かされていたらしくて、先手を打たれてその監視役にやられちゃった」


「でもさ、監視役なんてどこにいたんだ? アタシらは少数で向かったからそんな奴が潜り込んでいたなんて思えないけど?」


「アタシと一緒に第三大陸に向かった奴が一人いたでしょ。あいつよ」


「あいつが!? てっきりアリスの部下だとずっと思ってたよ」


 アリスティウスと一緒に渡った部下? そういえばなんかいた気がするな。


「あー、アルヴァンだったけか」


「そ、魔導師さんに倒された哀れな新魔族よ」


 もはや懐かしいな、一度は私に交渉を持ちかけてもきたっけ。……あれ、でもそれって確か……。


「ああ! そういやあいつ実際はベルゼブルが陰から操ってたんだっけか!」


 そうそう、その事実を私は一度日本に帰る前にベルゼブル本人から聞いたんだった。

 しかしベルゼブルのやつめ、どれだけ自分に忠実な部下を用意してたんだ。第四大陸のメフィストフェレスもそうだが、奴の部下が陰で動いていた事例は多い。


「そいつにハメられてアタシは転移中に瀕死に追い込まれてしまった……。でもね、不幸中の幸いか途中で第三大陸に放り出されて監視の目から逃れることができたの」


「瀕死だったってんなら、どうやって誰にも見つからずに回復できたってんだよ」


「ええ、その時のアタシは監視役であるアルヴァンにも、その大陸の人間にも見つかるわけにはいかなかった。……でも、その時出会ってしまったの……あなたのお父さんに」


「なっ……!?」


 まさか、瀕死の状態のアリスティウスとカロフの父親が誰よりも先に出会っていたとは。しかし、当時一般的に見れば新魔族はアステリムに住む者共通の敵でしかないはずだが……。


「その時に……親父を操ってリィナの親父さんを殺したのか」


「そんなの無理よ、あの時のアタシは虫一匹殺せる力さえ残っていなかった。というかそのまま放置されてたら確実に死んでいたでしょうね」


「だったら……親父は何を」


「ホント、何を思ったんでしょうね……あの人はアタシを誰の目にもつかない場所に運んで手厚く介抱してくれたわ」


 その衝撃的な事実にカロフもリィナも目を丸くして放心してしまう。アリスティウスの姿を見ればおそらく新魔族だということは一発で見抜けるだろう。だが、カロフの父親はそれでも彼女を助け、誰にも口外しなかったという。


「その後も、下手くそなご飯を作ってきたり、面白おかしい話を聞かせてくれたり……どうしてこんなことをするのかアタシの頭はいっつも疑問でいっぱいだったわ。だから、どうしてアタシを助けたのかってあの人に聞いたわ」


「親父は……なんて答えたんだよ」


「『君が可愛かったから』よ。笑っちゃうでしょ」


 なに天然で口説いてんだよカロフの親父さん……。いや、でもカロフの無自覚モテムーブの話を聞く限り似た者親子なのかもしかして?


「アタシがどこの誰であろうと、傷ついてる人をほっとけないとも言ってたわね……本当に底抜けのお人よし。だからアタシは……」


「な、なんだよ、急に口ごもって」


「いえ、なんでもないわ。でも、そんな平和な時間は長くは続かなかった。特異点出現の情報が大陸中に知れ渡るとすぐに捜索隊として多くの騎士が駆り出されたの。彼もその一人ではあったけど、あの人はアタシを逃がそうとしてくれた」


 この話は……以前カロフやリィナから聞いた昔ばなしと通ずるものがあるな。特異点を確認しようと向かった騎士団であるリィナの父と副団長であるカロフの父が操られ、殺しあった……そしてリィナの父は死に、団長殺しの汚名を着せられたカロフの父は公然で処刑されたと……。


「その時、本当は何があったの……。真実を……教えて」


 声を震わせながらも真実を問いただすリィナを前に、アリスティウスも意を決したように口を開く。


「アタシを逃がそうとあの人が駆け付ける前に……アルヴァンが現れたのよ。すでに懐柔したあなた達の国の重役と魔術で意識を操作したお嬢さんの父親を連れて……ね」


 これで……すべての話の状況が重なった。つまり、操られていたのはリィナの父親である騎士団長だけであり、そこに居合わせたカロフの父は……。


「あの人はアタシを守るために戦ってくれた。でも、もはや戦闘するだけの人形となり果てた騎士団長の猛攻を前にボロボロになって、あの人はついに手加減できず……」


 殺してしまったということか。騎士団の混乱も、あの国に起きた悲劇もすべてはアルヴァン……ベルゼブルの思惑通りだったってことか。

 本当に……好き勝手やりやがって。


「そして、あの人は処刑されアタシは結局あいつの傀儡に戻ってしまった。アタシが身勝手な行動をしようとすれば大事なものを失っていくという事実を突きつけられたのよ」


「それで、私達の国を……」


「自分でも酷い女だと思ったわ。いつかきっと報いを受ける日が来るとも思ってた。でもね、あの人は処刑される前に、アタシに言ってくれたの……」



『これから君がどれだけ後悔しようと、それを自分のせいにしてしょい込みすぎるな。絶望の果てにきっと希望は残されている。だから俺は後悔していない……君を助けたことを』



「……馬鹿親父。もっと残される奴の気持ちを考えろってんだ」


「ええ、本当に勝手で……お人よしな人……」


 本当に、結果としてこうしてすべてが解決しようとしてるとはいえ、長い長い道のりだった。

 だが、今の話を聞く限りすべてが終わった今、アリスティウスが考えてることは……。


「だから、あいつの呪縛がなくなった今なら、あなたに……いえ、アタシはあなたに殺されるべきなの」


「それは……っておい! なにいきなり服脱ぎだして……ッ!?」


 話が終わり、暗い雰囲気の中なぜか突然服をはだけさせるアリスティウス。突拍子もない行動に一同驚くが、そのさらけ出された胸元を見て私とカロフとリィナだけはその意味を理解するのだった。


 そう、それは以前カロフがその胸を貫いた時にできた傷痕。血は吹き出ていないが、その痕はくっきりと残っている。


「この傷は……戒めとして残しておいたの。もちろん中にある心臓も再生してないわ。だから……あなたがもう一つの心臓を突き刺せばアタシは簡単に死ぬわ」


「それ……は。そうだけどよ……」


 もう迷いのないアリスティウスとは真逆にカロフの瞳には困惑の色が見える。何があっても許す気はないといった風のカロフだったが、今の話を聞き動揺が止まらないでいるみたいだ。


「お、俺は……リィナ」


「カロフ、これはカロフが決めることだよ。薄情な話だけど、私はお父さんのことよく知らないから彼女を本気で憎んでいない……。だから私はカロフに委ねる……でも、カロフがどんな決断をしても、一緒に背負っていくから」


 サティや他の者達も、もう自分が割って入れる問題ではないと悟り、すべてをカロフに委ねることに決めたんだろう。今は静かに、その時を待つ。


「……ッ! くそっ! こんな話を聞いた後にできるかってんだよ! 俺だって知ってんだよ、親父がどうしようもないお人よしで、こんな奴でも助けちまうってことはよ!」


ドンッ!


 拳を扉に叩きつけ、苦悩の表情を浮かべるカロフ。彼の中にはもはや、父が生かしたアリスティウスの命を絶つという選択肢は……なかった。


「もう、俺には何が本当なのかわかんねぇよ……」


 そう言ってカロフは船室の扉を開けて部屋を出ていこうとする。そんな背中をアリスティウスはじっと見つめ……。


「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……アタシ、あの人のことを愛していたわ」


「……んなこと言われても、俺は反応に困るだけだっつうの」


 それは、もはや届くことのない最初で最後の告白である、“色欲”の罪だった……。


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