221話 戦後処理 後編


 そして歩くこと数時間、私達が前線基地へとたどり着くとその知らせを聞いたヒンドルトンが大慌てで私達を迎え入れてくれた。

 この基地の指揮を任されている彼にこれまでのいきさつを説明し、すぐにでもこの戦いをやめるべく進言するが……。


「うむ、魔導師殿の話はいろいろと信じがたいことの連続であるが、貴殿が言うのであれば嘘ではないのだろう」


「だからどうにか相手側の新魔族も説得して穏便に済ませたい」


 新魔族というのもそもそもはベルゼブルの思惑に乗せられた被害者といってもいい。ただ、彼らの意思は何もベルゼブルの思惑がすべてではないだろう。

 もともと彼らは自分達の生きる道を求めてこの世界にやってきた。だがその権利を否定され続け、今もなおその意思を継ぐ者達がこうして戦い続けている。


「しかし困ったことになった……つい先日、新魔族の軍はこちらの和平に応じず宣戦布告してきたとの通告を受けているのである」


「マジか……それが本当ならもう戦いが始まっててもおかしくないな。両軍の指揮はどうなってる」


「こちら側はルイファン殿とカロフ殿の二船を先頭に置き、相手側は“色欲”のアリスティウスとやらを主軸に動いている」


 この形ならおそらくアリスティウスの船をカロフとルイファンの船で挟み、船上で直接戦闘になるだろうな。


「まぁ相手がアリスでもルイねーさまなら心配することはねーですよ」


「でも……カロフは少々冷静さを欠いていたようですので無茶をしないか気がかりですわ」


 そう言ってヒンドルトンの後ろから出てきたのはミカーリャとアリステルの二人。非戦闘員である彼女達はここでお留守番のようだ。

 しかしカロフか……聞くところによればこの基地内でもひと悶着あったようだし、親の敵であるアリスティウスと実際対峙した時にあいつの気持ちが抑えきれるかどうか不安ではあるな。


 さて、ここまで聞いたら早速向かいたいところではあるが、情報源もなくふらふらしていた私達とは違いここでは世界各地の情報が舞い込んでいるはず。


「ヒンドルトン、魔導師ギルドの情勢はどうなってる」


「うむ、そちらも先日情報が入ってきてるのである。どうやら革命軍とレジスタンスの活躍によりマステリオン率いる魔導師ギルドは解体され、当人も討たれたとのことだ」


 リオウ達がやってくれたか。後日じっくりと話を聞いておかないとな。


「しかし、その戦乱の最中にレオン少年が重傷を負ったようでな、容態が安定したのち医療設備が充実しているヴォリンレクスの都市へと移送されることとなった」


「そうか……あいつにも辛い選択をさせてしまったな……」


 大切なものを守ることを第一に考えながら、そのために誰かを傷つける覚悟ができなかったレオンが苦しみながら出した答えの結果なんだろう……。


「現在は我々も各国と協力し戦後処理と各地の魔導師の鎮圧、加えて女神政権への対策を講じていたところだが、魔導師殿の話を聞く限り彼奴等も相当な被害を受けたようであるな」


「ああ、だから女神政権に関しては今は無視してもいい」


 となると残る問題はここだけだ。新魔族との争いさえ収まれば世界中に危機を呼びかけ、一丸となり終極神に対抗するための時間が作れる。


「よし、それじゃあサクッとカロフ達のところに向かうために飛んでいくぞ」


 すでに戦いは始まっているかもしれないからな、船でゆっくり進んでいる暇はない。だが、私一人だけが向かったところでこの戦いを諫めることはできない。だからこそ必要なのは……。


「クリファ、お前の協力が必要だ。一緒についてきてくれるか」


「ええ、ゲンさんと一緒ならどこまでもついていくわ」


 いいねぇこの感じ……世界の危機に立ち向かうためにヒロインとこうして力を合わせて進んでいくっていうのが最高に主人公してる。


「クリファがついていくならあたしもついていくわよ! あたしだってムゲンが行くところならどこまでもついていくんだからね!」


「いやセフィラはお留守番な」


「なんでよー!?」


「さっき説明しただろ……」


 それに私の扱う飛翔魔術は人数が増えればその分速度も落ちる。重量を考えれば連れていけるのはクリファだけだ。


「うう、あたしだって何か役に立ちたいのに。女神の力なんて全然わからないんだもん……」


「拗ねるなって。私は別に役に立つかどうかでお前達を好きになったわけじゃないんだからな」


 というかむしろセフィラはそのポンコツさがセールスポイントだろう。ま、だけど私のために何かしたいっていう気持ちだけですっごく嬉しいしすっごくかわいいのでセフィラもヒロイン力はどんどん上がってきているぞ!


 と、そんなことを考えるのは後回しにして、今はやるべきことのために早速出発を……。


「なぁムゲン、アタシも一緒に行っていいかい」


 しようと思ったのだが、突然サティも私についていきたいと言い出した。


「アタシはアリスとは知らない仲じゃない……だからアタシから説得してやりたいんだ。もう、誰も犠牲にしたくないからさ……」


「サティ……」


 サティは……やはりまだ悔やんでいるんだな、ベルフェゴルやリヴィを何もできずに目の前で失ったことを。だからもう自分の身近にいる誰かが何もできずに失われていくことに我慢ができないんだろう。


「しかし、流石に三人分魔力を使用して飛ぶのはな……」


「俺がサティと共に魔術を使い飛ぶ。それならどうだ」


「レイ……わかった、でも無茶はするなよ」


 こうして私とクリファ、レイとサティの四名は陸を発ちカロフ達が交戦しているであろう海域まで飛行を開始するのだった。




 あたり一面真っ青な大海原の上、もはや陸地も見えなくなったその海域を私達は真っ直ぐ飛行していく。方角はこちらで正しいはずだが未だカロフ達の乗る船団は見えてこない。


「これは……思ったよりも魔力の消費が激しいな」


「大丈夫かいレイ? ごめんな、アタシがわがまま言ったばっかりに……。辛いなら今からでも戻ってもらっても構わないよ」


「気にするな、このままサティに後悔を残させるわけにはいかない。こんな時くらい、俺をもっと頼ってくれ」


 いつもは頼りがいのあるサティがここまで卑屈になるのも珍しい。それだけこの前の悲劇を引きずっているということか……。サティは表向きは冷静に見えるが、心の中では自分が何かしなければならないと躍起になっている……自暴自棄ともいえるかもな。ただ、そんな彼女を諫めたり思いとどまらせたりせず、その負担を共に受け止めようとするレイの姿勢がその心に穏やかさを取り戻させている。

 レイの奴も、今回の一件でまた精神的に一回り成長したみたいだな。まったく、自然にイチャラブを見せつけてくれちゃって。


「よし、だったら私達も負けないくらいラブラブな空のランデブーを披露してやろうぜクリファ……ってあれ? どうした?」


 出発時には困っちゃうほど私にしがみついてくれていたのに、今では顔をうつむかせ少々ぐったりしているような……。


「うぷ……気持ち悪い……」


「虚弱!?」


 表情も若干青ざめ今にも吐きそうじゃねーか! いや、実際魔術を行使してる私の負担はそこそこだが、ただ私の魔術に身を任せて飛行するだけでここまで体力消耗するか?

 ……いや、そういえばセフィラも数十メートル走っただけで息を切らしていた。二人とも出不精だったしな……クリファは特に体力の無さがひどいが。


「下は海だし……ここで吐いてもいいかしら……」


「おわー!? やめやめろ!?」


 見てるのが私達だけだからといって綺麗な海を汚さないで! というかクリファが嘔吐する姿を私が見たくない。せっかく知識豊富な主人公アシスト系クールヒロインだったのにいきなりゲロインにならないでくれ!


「もうちょっとだけ耐えてくれ! 全速力でとばせばあちょっとで着くはずだから!」


「え……でもそれは今よりさらに負担がかか……」


「『重力加速グラヴィティアクセル』全速力!」


 すまないクリファ……あとで読者様方の見てないところでたっぷり出させてやるから……今は我慢してくれ。


 こうしてひと悶着ありながらも私達は海上を進み、ついにヴォリンレクスの船団と新魔族の船団が戦火を散らす海域へとたどり着くことができたが……。


「この様子だと数時間前に戦闘が開始されたってところか」


「あっ! 見なよ、あそこにリィナ達と……ルイ姉もいるよ!」


 それはこの戦火の中心、新魔族側のものと思わしき船の両脇に二台の船がつけられている。そして右側の船からはリィナとカトレアが、左側からはルイファンが今まさに乗り込もうとしている姿が見受けられる。

 そして中心の船、その甲板に見えた人影は……。


「アリスティウス……それに、対峙してるのは……カロフか!」


 すでに出会ってしまっていたか。できればあの二人が対峙する前に諫めたくはあった。

 カロフが先行して対峙してるところからみて一人で勝手に突っ走ったんだろうな。こうなってはむしろカロフの方を諫めるのが難しそうだ。



「よぉ……やっと会えたなクソ女。ずっとこの日を待ち望んでたぜ」


「ふふ、本当に久しぶりね。まさかこんなところで再会するなんて思ってもみなかったけど、そんなにアタシを恋しく思ってくれてたなんて嬉しいわ」


「ハッ! 相変わらずの減らず口で安心したぜ。心置きなく親父の敵が討てるってもんだ」



 もはや一触即発ってとこだな、ひとたび戦いが始まればあの二人を止めることはできない。だが、お互いの動きはすでに攻撃態勢に入っており……。


「二人ともやめてくれ!」


「!? さ、サティ!?」

「テメッ! エルフのガキ!? なんでテメェがここに!?」


 どうやら寸でのところでサティがアリスティウスを、レイがカロフの体を押さえつけ戦闘開始の合図は抑えられたようだ。


「クッソ! なんだこの布切れは……動けねぇ。おいガキ! テメェ何のつもりだぁ!」


「悪いがおとなしくしてもらうぞ。しかし、くっ……まだ扱いきれないか」


 アリスティウスの方はサティの登場により動揺で動きを止めたようだが、それだけでは止まりそうもないカロフの方はレイがアーリュスワイズでその動きを封じたか。レイも少しづつだが神器の使い方を学び始めたようだな。


 さて、二人が止めてくれている間に私達の出番というところか。


「双方そこまでだ! もはやこの戦いで無駄に血を流す必要はない!」


「おいおい、今度はムゲンかよ。どうなってんだいったい……」


「ムゲンくん!? それにサティさん達もどうしてここに……?」


 どうやらリィナとルイファンも到着し、これで役者は全員揃ったな。


「なんだお前ー。アタイらのケンカの邪魔する気かー?」


「そもそもケンカする必要なんてなかったんだよ。こうやって戦うことすらすべて仕組まれていたことなんだからな」


「あら、おかしな話ね? アタシ達は新魔族で、あなた達とは相いれない存在。それだけで戦う理由は十分じゃないかしら?」


 確かに、新魔族は異世界からの侵略者であり、アステリムの人間は自らの世界を守るため剣を抜く……。しかしそれこそがベルゼブルら終極神の体現者達によって植え付けられた間違った認識でしかないことを私は知っている。

 それに……。


「じゃあなんでアリスとルイ姉が戦ってんだよ! ルイ姉達も、そしてアタシもこの世界の人間と共に生きる道を選べた! それに、親父だって本当は……」


「サティ……なにが、あったの」


 やはり幼馴染だけあってサティのただならない様子から何かあったことを察したのだろう。

 サティの言う通り私達と新魔族が共存できる未来はきっとあるはずなんだ。だから、まずはすべてを話す必要がある。


「第五大陸で起きた女神政権と新魔族との戦いで……ベルフェゴル、そしてリヴィが死んだ。殺したのは……ベルゼブルだ。あいつの目的は最初から世界の崩壊で、新魔族の尊厳なんてものはお前達を都合よく動かすための方便だったにすぎない」


「……信じられないわね」


「アリス! アタシも一緒にその場にいたんだ! アタシらは全部あいつに騙されてたんだよ!」


「サティ、悪いけどあなたの言葉だけでは信用することはできない」


 流石に頭が切れるな、確たる証拠がないうちは裏切り者であるサティの言葉では不十分か。だがそれなら……信頼できる人物に出てきてもらおう。


「ならば、わたしの言葉なら信用してもらえるでしょうか」


「誰……かしら。残念だけど、アタシはあなたのようなお嬢さんに覚えはないわよ」


「ええ、こうして面と向かうのは初めてですね。……ですが、あなたも聞いたことがあるはずです、あなた方新魔族側の“女神”の話を」


「まさか、あなたがそうだとでも言うの? 突然現れてでたらめを並べ立てたところで……ッ!?」


 あくまでこちらの言い分を信用しないという態度のアリスティウスだったが、突如その表情に焦りが見え始める……クリファの仕業だな。先ほどサティにやって見せた“大罪”の力を共鳴させることで、自らをその力の大本である女神だと認識させる。


「なんだこれー? なんかこう……胸のあたりがむずかゆいぞー?」


「感じる……アタシの中にある“色欲”があなたから与えられたものだって。まさか、あなたが本当にベルゼブルの語っていた女神だというの」


「わたしにはわかります、“色欲”のアリスティウス、そして“傲慢”のルイファン。どうかわたしの……そして彼らの話を信じてください」


「……本物の女神にここまで言われたら、信じないわけにはいかないようね」


「アタイは別に構わんぞー。あんたはなんか悪い感じがしないからなー」


 すごいな、七皇を鎮め従わせるその姿はまさに“女神”と呼ぶにふさわしい立ち振る舞いだ。どっかのポンコツは呼び出してすぐに逃げられて威厳も何もあったもんじゃなかったが……。


「じゃあ、あなた達の話を信じるとして……そう、リヴィは逝ってしまったのね……」


「ごめんアリス……アタシ、目の前にいたのに助けられなかった」


「あなたが誤ることはないわ。あの子は……とても純粋だったから、それを利用されたのね」


 なんだ? こちらの話を信じるということになってからアリスティウスの表情が急に柔らかくなったぞ?


「もう一つ教えて、ベルゼブルは……今どうしてるの」


「ベルゼブルは異空へと姿を消しました。次にわたし達の前に姿を現すとすれば、この世界のすべてを消し去る時でしょう」


「そう、なら……全軍に伝えなさい! この戦い、アタシ達は敗北を認め全面降伏すると!」


 アリスティウスの突然の敗北宣言により新魔族全体に動揺が走る。近くにいた彼女の副官数人もどういうことだと慌てふためき……。


「アリスティウス様、突然何をおっしゃるのです! ここで屈しては我々新魔族の尊厳を取り戻すなど永遠に……」


「残念だけど、アタシはもう怯える必要はなくなったの。だからあなたにも消えてもらうわ、『尽きぬ黒炎デビルフレイム』」


「なっ!? きさ……っまあああああ!?」


 あろうことか、強く進言するその副官を有無も言わせずに燃やし尽くしてしまう。だがどういうことだ……「怯える必要がなくなった」とは。


「アリス!? お前、どうして突然仲間を……」


「こいつは仲間なんかじゃないわ。アタシを監視するために仕向けられたベルゼブルの配下よ。その証拠に、今ベルゼブルの消息を聞いて大きく動揺したもの」


 つまり、アリスティウスはベルゼブルに監視されていたということか? どうして、ベルゼブルにとってアリスティウスなど特に大きな障害だとは……いや待て、ついこの前これと若干似たような境遇の人物がいなかったか。


「まさか……アリスも親父と同じようにベルゼブルに監視されてたのか?」


「そうだったのね、ベルフェゴル様も……。アタシはベルゼブルの動きが少し怪しいとは感じていたけど、それを探ろうとすれば大切な者達を失っていくと言われ、監視され……あいつの道化を演じ続けるしかなかった」


 真実にたどり着くまでには至らないものの、アリスティウスも常に奴の陰に怯えていたのか。大切な者達というのは……そうか、リヴィや他の仲間を守るために。


「だがリヴィや第五大陸に向かった新魔族達は……」


「ええ、アタシのしてきたことは全部無駄だったみたいね。安心して、あいつが消えたとなれば、アタシはもうあなた達と敵対する理由はないから」


 それはよかった。このまま敵対し続ければ終極神の思惑通り世界のバランスは崩れ、さらにもしアリスティウスが死ぬことがあればその大罪もきっと回収されてしまっていただろうから。


 ともかく、これでこの海域における戦いは一件落着ということに……。



「待てよ……なんだかよくわかんねーうちに丸く収まってるみてーだが。俺はまったく納得してねぇぜ! その女が俺達の故郷に……俺の親父に何をしたか忘れてねぇよな! その女にどんな事情があろうと俺は絶対にテメェを許さねぇ!」



 ならないよな……そうなんだよ、こっちはこっちで深い因縁が残ってるからな。

 だが、そんな憤怒の表情で睨みつけるカロフをアアリスティウスは悲しげな表情で見つめ返しながら……。


「そうね、こうなった以上あなたにも……本当のことを伝えなくてはならないわね……」


 そう意味深に語り、戦後処理が済まされる中私達に付き従う形でこの海域を離れることとなるのだった。


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