第10章 英雄の集結 編

220話 戦後処理 前編


 扉を開けると、夜明けの朝日とともに冷たい空気が私達の脇を吹き抜ける。ゆっくりと強くなる光は雪の積もった地面や木々を照らし、どこか幻想的な風景を映し出していく。

 そんな中、逆光に照らされながら幻影神が私達の帰りを微動だにせず待ってくれていた。


「悪いな待たせて」


「――……」


 もう反応を返す余裕もないか。本当に幻影神はすべての力を使い果たしてしまったんだな。


 さて、それなら無駄なことはせずにさっさとサティ達のところに戻ろう……と、思ったが。


「まさか……あれはもしかして、大いなる意思が具現化したこの世界を体現する写し身……なの?」


 クリファは幻影神の姿を見て何かに気づいたようだ。体現、そして写し身か……ベルゼブルや終極神が口にした名称と同じだな。


「多分それで正解だ。しかし、見ただけでわかるんだな」


「ええ、この世界から流れる『力の流れ』が異常なのが見える」


「『力の流れ』?」


「“女神”の力の一部みたいなものよ。すべての生き物に宿る生命力の流れのようなものを感じられるの。“大罪”の力を受け継がせる基準にもなっていたわ」


 そういえばクリファは以前犬の中にある“美徳”の力を感じ取り、その正体を見抜いていたな。


「ん? でもちょっと待てよ? それが女神の力ってことは……」


 同じ“女神”であるはずのセフィラを見ると、なんだかばつが悪そうに眼を逸らしており……。


「な、なによ! そのくらいあたしだってやろうと思えばできる……はずよ!」


「いや、でもセフィラは犬が覚醒してたこともわかってなかったし、幻影神のこともまるでわからなかったように……」


「ちょっと忘れちゃってただけよ! あたしにだってその『力の流れ』? くらい余裕で見えるんだから! 見てなさい、むむむ……」


 と、必死に目を凝らして幻影神の流れとやらを見ようとしているようだが、その様子を見る限りどうも成果はなさそうだ。


「よーし、そんじゃ転移するぞー」


「あ! 待ちなさいよムゲン! 今まさにあたしの秘められた眼力が覚醒するところ……」


 とかなんとか言ってるうちに幻影神の翼は私達を包み込み、再びサティ達のいる雪深い森の中へと戻っていくのだった。




「もう、まだあたしが新能力の開花の途中だったのになんで転移するのよ」


「あの調子じゃどれだけやっても無理だろ」


 てか新能力の開花ってことは自分から今までなんも見えてなかったって言ってるようなもんじゃねぇか。


「セフィラは女神の力の使い方を誰からも教わることはなかったから仕方ないわ。その点わたしは詳しいから、何か知りたければわたしに聞いて」


「あ、何勝ち誇ったような顔してんのよ! 言っとくけどそんなちょっとした豆知識程度で筆頭ヒロインの座が確定なんてしないんだからね!」


 私のために争ってくれるのはとても嬉しいのだが、新章も始まったわけだしいつまでもここでごたごたやってるわけにもいかない。私だって存分にイチャイチャしたいが、それは落ち着いた場所に移ってからにしたいものだ。


「ワウ―(おー、やっぱりご主人が帰ってきてるっすー)」


 お、私の匂いを嗅ぎとったのか犬が雪をかき分けながらこちらに向かって走ってきたぞ。


「ワウン……(セフィラさんもお帰りっす。そしてやっぱり……)」


「あなたも久しぶりね。“勇気”の使途さん」


「ワウワウ(久しぶりっす。ご主人、やっぱクリファさんを迎えに行ってたんすね)」


 やはり犬にはバレていたか。ま、こいつはここまでずっと一緒に私と共に歩んできていたからな、このぐらいの察しはつくだろう。


「ムゲン、姿が見えないと思ったらこんなところにいたのかい」


 犬を追うようにサティとレイも奥からこちらに現れる。その目元はまだ少し赤みがかっているが、表情はもういつもと変わらない。どうやら、もう大丈夫のようだな。


「急にいなくなっちまったから探しちまったじゃないか。それに、セフィラも一緒にいなくなった……から」


 そこまで言葉を発してサティは固まってしまう。そりゃそうだ、急にセフィラと同じ顔が増えてるんだからそんな表情にもなる。


「ムゲン、俺の目がおかしくなったのか? セフィラの色違いが増えてるような気がするんだが」


「ちょっとレイ、あたしとクリファを一緒にしないでよ本ヒロインとサブヒロインとじゃえらい違いなんだから」


「どうしてあたかも自分が本ヒロインのような物言いなのかしら?」


 と、後ろでまた言い争いが始まるのは置いといて。今のうちに二人にはクリファのことを説明しとかないとな。


「詳しく話すと長くなるから要点だけ話すとだな……」


 私はクリファが新魔族側の“女神”であること、セフィラの対になる存在ということ、そして閉じこもっていた彼女を連れだしてきたことをざっと説明し……。


「噂では聞いたことあったけどね。アタシらの側にも“女神”がいるってのは。まさか、セフィラと同じ体形と顔をしてるとは思ってなかったけど」


「わたしはあなたのことを知ってますよサティアン。わたしの中にある“憤怒”を受け継いだ者ですよね」


「そっか、これってもとはあんたから貰った力なんだな。難しいことはよくわかんないけど、とにかくよろしく頼むよ!」


 力を渡した者と受け継いだ者、どうやら特に問題もなくお互いを受け入れられたようだな。ま、セフィラともすぐ仲良くなったサティだから心配はしてなかったが。


「しかし、やっぱどんな大罪を持っているかとかもわかるんだな」


「ふんっ、どうせあたしはわかりませんよーだ……」


「いや別にセフィラを卑下してるわけじゃなくて。ただ女神の力ってのは受け継がせた力にどこまで干渉できるのか気になっただけだよ」


 実際力を分け与えたとは言うものの、もともと自分達の中にあったものだ。渡したら完全に管理下から離れるのか、それとも何か特別なことができるのか気になるところではある。


「そうね、そこまで特別なことができるわけじゃないけど……こんなところかしら」


「……お? なんだいこれ、なんか胸の奥が熱いような」


 クリファが目を閉じ祈るように手を合わせると、それに合わせてサティも何かを感じ始めたようだ。だがこれはいったい?


「なんだろうねこれ。クリファの居場所がわかるっていうか、アタシの中にある力がクリファの下に還ろうとしてるみたいだ」


「それって大丈夫なのか?」


 言葉の意味だけで捉えれば、それは終極神が大罪や美徳を回収しようとしたやり方に似ているようにも聞こえるが。


「問題ないわ、これは命を落とした者の大罪を指定してわたしの中に戻すためのものだけど、使用者が生きている限り回収することはできない。せいぜいむずかゆくなる程度ね」


「なるほど、終極神がやろうとしたことの極小版ってとこか」


 そういえば終極神もそのままでは回収できず、だからこそベルフェゴルやリヴィを殺しその力を奪っていた。


「できるのはこれくらい。そうね、せいぜい力を分け与えた人にわたしが女神だってことを教えられるくらいかしら」


「なにそれ、全然使えないじゃない。女神の力に関しては自分の方が詳しいとか言っておきながら拍子抜けね」


「あなただって今まで無自覚でやっていたことでしょう。今使えない力なことは確かだけど」


「……いや、案外使えなくないかもな」


「「え?」」


 確かに聞いただけでは役に立たないとは思えるが、もしかしたら使える場面がこの先ありそうだ。


「これが何か使えるの?」


「効果のほどはやってみなくちゃわからないけどな。次に向かう場所で役に立つ可能性はあるかもな」


「お、それじゃ次に向かう場所は決まってるんだね」


 その問いに私は無言でうなずき、再び幻影神の力を借りようと振り向くが……。


「   」


 そこにはもう体のほとんどが崩れ落ち、今にも消えそうな幻影神の姿があった。いや、むしろここまでよく持ちこたえてくれたというべきか。

 おそらく、次の転移で限界だろう。本当に、幻影神には感謝の念しかない。


「それじゃ……いこう、最後の転移だ」


 私の言葉に応えるように幻影神は翼を広げ、その最後の力で私達を包み込んでいく。

 こうして私達は今回の旅の始まりである、ベルフェゴルと出会いそして彼が眠るこの第六大陸を後にするのだった。






 視界が徐々に正常へと戻ると、そこは先ほどまでの空気の冷たさはなく、土色の地面と緑黄の野草が広がる大地に私達は降り立っていた。

 周囲には目立った建築物や特徴的な目印もない広い高原だが、私達の立つ地面は道が舗装され、どこかへと続いているようにも見える。


「今度はどこに飛んだの? なんだかやたら殺風景な場所じゃない。あたりに人影も見当たらないし」


「安心しろ、もう少し進んだ先に人の集まるところがある。人ごみの真っただ中に転移したら混乱を招くからちょっと離れた場所に飛んだだけさ」


 いちいち幻影神の説明をするのも面倒くさいからな。私達のこれまでのいきさつは然るべき場所で行うほうがいいだろう。


「なんていうか、ちょっと潮の香りがするね。海が近いのかい?」


「その通りだサティ。この先は海岸に繋がっていて、その近くに前線基地があるはずだ。まずはそこを目指す」


「ワウ(基地ってことは……なるほどあそこっすね)」


 この中で私と一緒に訪れたことのある犬だけはどうやら察しがついたようだな。そう、今から私達が向かう場所は……。


「目指すはヴォリンレクスの対新魔族海岸前線基地だ。まずは、そこの争いを終わらせなくちゃならない」


「俺達とは別に発ったあの亜人が向かった方だな」


「そっか、まだここじゃ戦いが続いてたもんな。相手はアリスだっけか」


 私達が魔導師ギルドに向かったのと同時期に、こちらでは第六大陸のルートを取り戻すためにカロフ達が交戦を始めているはずだ。

 これまでの世界の争乱がすべてベルゼブルの思惑……終極神を目覚めさせるものだとわかった以上無益な戦いを続けさせるわけにはいかない。


「ごめんなさい、ゲンさん。女神という立場なのにわたしが何もできなかったばかりに……」


「別にクリファが誤るようなことじゃないだろ」


 そう、悪いのはすべてクリファの女神としての立場を利用したベルゼブルだ。


「それに、クリファにはこれからいろいろやってもらいたいことがあるからな。へこんでもらってちゃ困るってもんだ」


「そう……なの? わかったわ、ならゲンさんの力になれるよう精一杯やらせてもらうことにするから」


 クリファも自分にできることを積極的に協力しようとしてくれている。自分の力で未来に……前に進もうとしたからこそ彼女も変わってきているんだ。


「ねぇねぇムゲン、あたしは? あたしは何かやることないの?」


「あーセフィラは……うん、ちょっとややこしくなりそうだから後ろに引っ込んどいてくれ」


「ちょっと! なんか扱いひどくない!?」


 ひどいも何も事実なので仕方ないだろ。ただでさえヴォリンレクスと新魔族との戦いなのに、そこにまだ第五大陸の事情を知らない両陣営の前に女神政権の親玉が出てきたら混乱しか引き起こさないっての。


「私達と別れた時期を考えると、現状は激しい戦いの最中でもおかしくない。これ以上の被害を増やさないためにも急がないとな」


 それに、争いが続くほどに世界のバランスが崩れ、終極神がこちら側へと姿を現す時期が早まる可能性があることを考えれば、どこであろうと戦争などやっている場合ではないはずだ。

 まずは戦後処理を含め、世界を一つにしていくことが重要だ。


「グズグズしてられないね。アタシとしてはどっちの陣営にも争ってほしくないし、早速その前線基地とやらに向かおうじゃないか」


「そうだな……だがその前に」


 時間の余裕がない今、寄り道などせずに真っ直ぐ基地へと向かいたいところではあるが、その前に一度だけ後ろを振り向く。

 こうして目的地まで運んでくれた幻影神に改めてお礼をしようとするため……だったのだが。


「  」


 その姿を見て私達は言葉をなくしてしまう……。もう体はバラバラに崩れ落ち、かろうじて骨組みのような関節が維持されているだけで、羽は最後に残った緑色に輝くものが少しづつ崩れていた。


 そしてついに……胴体を支えていた足が崩れ落ち……。


「幻影神!?」


[あれに残されていた最後の因果力が崩壊をはじめた]

[もはやここまでだろう]


 私は慌ててその体を支えるが、支えた部分から崩れていきもはや消えゆくだけの存在だということが手のひらからどうしようもなく伝わってくる。


「本当に……お前には感謝の言葉しかない。ここまで私達を……いや、この世界を守ってくれて本当にありがとう……」


 たとえ人でない存在だとしても、ただ役割をこなしていただけだとしても、私は『幻影神』という一つの意思に敬意を表したい。


「アタシも……あんたに感謝してるよ。あんたのおかげで親父を安らかに眠らせてやることができた。他にも、いろいろ助けてもらったしね」


「ああ、一年近く前の『幻影の森』、そして今回のことでも幻影神がいなければ今の俺達は存在していなかった。感謝してもしきれない……」


 そうだ、私達が最初に幻影神と出会ったあの時からお前はずっと守ってくれていた。ちょうどあの時のメンバーがこうして揃い、幻影神の最後を看取ることになるなんて……なんという皮肉な運命だろうか。


 幻影神はもう言語を発することもできず、崩れ落ちる体を霧散させていく。

 だが、最後に消えゆくその顔はどこか安らいでいるようにも……見えるのだった。

 そしてすべてが消え去ったあと、私の腕に残されていたのは……。


「レイ、これはお前に託されたものだ。今ここで返そう」


「神器……“アーリュスワイズ”」


 ベルフェゴルから託され、幻影神に与え今まで私達を守ってくれていた神器……。その中にはきっと、消えた幻影神の意思も受け継いでいるはずだ。


「ふっ、責任重大だな。だが俺は、きっとこの力を使いこなしてみせる」


「そうだな……彼らの想いを無駄にしないためにも。……それじゃあ皆! 出発だ!」


 多くの想いを継いで、私達は必ずこの世界を終極神の魔の手から救い出す。

 その決意を胸に、私達は前線基地へと歩みを進めるのだった。


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