216話 現れた絶望
眼前に佇むあれはもはやベルゼブルではない。その正体はわからない、わかるのは圧倒的な存在感だけ。ただ、あれを前にした瞬間から全身の細胞が警報を鳴らしている……あれと戦ってはいけないと。
その存在は最初の発言以降何かを語ることもなく、ただ辺りを見渡したり軽く手足を動かしたりするだけで何もしてこない。
しかし、それが逆に私達の動きを縛り付けていた。目の前から感じる力を前に迂闊な行動をとればどうなるかは見当もつかない。だからこそ今は、この静寂に身を任せることしかできないのだ。
「ふむ……どうやら待たせてしまったようだな。※※がこの※※※※において肉体を※※※※※の※※※※※は他の事象帯よりも※※※※※※※※※※※※※※※」
「がっ!? これは……」
「さっきのベルゼブルと同じ……頭に響くよ!」
私達の脳では理解できない言語が鼓膜を通じて直接頭に入ってくるような感覚……。それはおそらく、あれが私達のような人間よりも上位の存在だということの証明に他ならない。
「おや、写し身から得られた情報をもとに言語レベルを事象内に合わせたつもりだったが……まだ不十分であったか」
まったく、こちとらすべてを出し切っていっぱいいっぱいな状態だってのに勘弁してほしいもんだ。だが、まだすべての希望が絶たれたわけではないらしいというのが救いってとこかね……。
ちらりと手元のスマホを確認し、次のメッセージ送られていないか見てみると。
[救援は少し待て]
どうやらこちらが言いたいことはわかっているみたいだな。だが、"もう少し"か……そのもう少しがあれを前にしてどれだけ持つか。
「こんなものでいいか。しかし、すぐ喰らう世界を前にして言語レベルを設定する必要があったものか」
「ッ!? この感覚は!」
奴が手を上空へとかざした瞬間、突然大きな揺れが世界全体に伝わっていく感覚に襲われる。いや、これは実際に地面が揺れているわけではない……私達のいる世界の存在自体が揺らいでいるんだ!
上空へと伸びる亀裂がまるで根を張るように世界全体へと伸び始めようとしている。
この感覚は……知っている。かつて前世において『世界神』が世界のリセットを行おうとした時と同じ……。しかもこれはリセットではない、奴がこのまま世界を喰らえばもう何も残らない。
(ダメだ! このままではアステリム自体が消えて……!)
「……む?」
「ッハァ!? なんだ、世界の崩壊が止まった?」
「苦しいのも……なくなったみたい。どうなってるの?」
見れば、世界を終わらせようとしてた本人でさえも不思議そうな顔で掲げた手を下ろして見つめている。伸びていた亀裂も途中で止まっていることから見て、奴としても何か計算外の出来事が起こったということか?
「※※の事象分体が大きく欠けている……なるほど写し身め、※※をこの中心事象へと現出させることを優先したために怠ったな。だが確かに、面白みはないがそちらのほうが確実か」
なぜかはわからないが奴はこれ以上世界に干渉できないらしい。
「なぁムゲン、これってもしかしてチャンスなんじゃないかい。確かにあのベルゼブルからはなんかヤバいものを感じるけど、アタシらを囲っていたあの黒いのは全部消えて、今なら逃げられる」
サティの言う通り、あの体からベルゼブルの意識が消えてからは私達を囲む新たな亀裂は表れていない。というよりも、奴はどうも私達にまるで関心がないようだ。
もしかしたら“支配”の影響も消えており、こちらも『
(新しいメッセージは……まだこないか)
メッセージの主は私達に『身を守れ』と指示した。さらには救援に来てくれるような文面もあり、このまま離れてもいいものかと私の中では判断を決めかねている。
「足りていないものは大きなカケラとして“虚飾”が一つ、そして小さなカケラとして分けた白と黒、その中に組み込んだ七つづつ……写し身の一つを除きあと十三といったところだな。ふむ、微々たる事象だが回収するべきではあるか」
奴は依然としてこちらに興味を示さず一人で何かを考えこむように計算をしている。決断するなら……今しかない。
「ムゲン、俺もサティの意見に賛成だ。今ならベルフェゴルの持つ神器を使い安全に遠方へ避難できると思わないか」
「確かに……そうだな」
そう、それこそが今の私達にとって最善の逃走方法といえるだろう。奴をこのまま放置するのも先が見えないが、ベルフェゴルがフリーな今、身を守るよりも安全圏へと避難したほうが確実に今後の対策が練れるのではないだろうか。
メッセージの主の意思にはそぐわないことにはなるが……。
「よし、ならベルフェゴルに頼んで一度第六大陸まで避難を……」
「チクショウ! やっと見つけたぞお前ら!」
静寂の場に突如大声が響き渡る。それは私達とは反対方向の、ちょうどサティ達が私を助けに来てくれたのと同じ方向から聞こえてきた。
そして、この若干の幼さが残るような生意気な声には覚えがある。あれは……。
「この僕から逃げられると思ってたのかい! 途中なんだか息苦しくなって動けなかったけど……今はそれもなくなった! もう逃がさないからな、覚悟しろよ!」
「リヴィ!」
「まったく、こんな時だってのに面倒くさいのが来ちまったね」
現れたのは宙に浮かぶ水の球体に跨る少年のような風貌の少女、“嫉妬”のリヴィアサンだった。サティ達を追ってとうとうここまでやってきたか
しかし、息苦しく動けなかったか……おそらくはベルゼブルの“支配”の影響だな。それが収まったということは、少なくとも奴は“支配”を使っていないということ……。
「てか、お前らはこんなとこでいつまでも何やってんのさ? って、なんだベルゼブルもいたんじゃん。あんたもいるなら一気にこいつらぶちのめしちまおうよ、サティとレイは僕の獲物だからそこは譲らないけどさ」
先ほどの衝撃の場にいなかったリヴィにはあれがすでにベルゼブルとは別の存在だとわからずいつもの調子で語りかけている。が、奴はリヴィの言葉にまったく反応する様子もない。変わらず手のひらを見つめたままぶつぶつと何かをつぶやくだけだ。
「んだよ、いつもはヘラヘラとした顔で語り返してくるくせにこんな時だけ無視しやがって。まぁいいや、僕一人でも全員やっつけて……ってあれ? ちょっと待てよ、そこにいるおっさんはもしかして……」
私達を順番に見た後、リヴィは宙に浮かぶ一人の男を凝視して驚いたように目を見開き……。
「まさかあんた、“怠惰”のベルフェゴルか!? おいおいなんだよ! 新魔族の裏切り者親子が揃いも揃って仲良しごっこかい!? てかお前らいつの間に仲直りしたんだっつーの! サティアンなんてあんなに毛嫌いしてたのにさ、とんだ茶番だね」
「このやろ、言わせておけば言いたい放題言ってくれるじゃないか!」
「ムゲン、リヴィの状態から見てもう“支配”とやらの影響は消えていると見ていいんだろう。ならば、お前もその『
そう、その通りだ。あの存在がこちらに無関心な以上、『
わかっている……そうわかってはいるんだが。
(今ここで、本当に『
頭の中で最善策は理解しているのに、妙な胸騒ぎが私に『
「おいおっさん! あんたもさっきから僕のこと無視してんじゃないよ! 無視すんなら先にあんたの娘を血祭りにあげて無視できなくしてやるよ!」
「……黙れ小娘。我は今……貴様などに構っている余裕などない」
そうだ、今まで何か違和感を感じていたと思ったが、ベルフェゴルだ。あの男はどうしてまだあの場所で神器を構えたままずっと同じ臨戦態勢を維持し続けている。
もしかしたら、ベルフェゴルも感じているのかもしれない……私と同じ、得体の知れない嫌な予感を。
メッセージの主の言葉を思い出せ、守りに徹しろというのはつまり、逃げることは無意味だということで……。
「テッメェ! 最古の新魔族だからって調子に乗んなよ! こうなったら僕が直々に教えてやるよ、あんたみたいな古株はもう時代遅れだっ……」
「さて、これであとは残り十二か。しかし……やれやれ、一度でここに残っているものはすべて回収できると思ったのだがな」
リヴィの言葉がそれ以上紡がれることはなかった。なぜなら……もうすでにその体には……。
「り……リヴィ……あんた」
「なんだよ……これ。何がどうなってんだよ……?」
巨大な亀裂から伸びるいくつもの亀裂……その内の一つが無情にもリヴィの胴体に突き刺さり、まるでその体を侵食するかのように広がっていたのだから。
「どういうことだい……どうしてリヴィが……」
「誰一人としてその場を動くな! 常に我が正面に立ち守りを固める!」
ビリビリと振動が体へ響き渡るほどのベルフェゴルの怒号に皆その動きを止めこの発せられた方向を向くと……その光景を見た全員が何が起きたのかを理解し、言葉を失う。
「なに……これ。なんでこんなことになってるの……」
「それは誰にもわからない。ただわかっているのは、奴が私達を攻撃してきたということだけだ」
巨大な亀裂から伸びたいくつもの小さな亀裂は、まるで私達に襲い掛かるように伸びており、ベルフェゴルによるアーリュスワイズの防御がなければ完全にやられていたであろうということが嫌でも理解できる。
わからないのは、いつ奴が攻撃してきたのかということ。気づいた瞬間には亀裂が伸び、ベルフェゴルによって守られていた。
「が……あ……ああああああ!?」
そして、助からなかった者もいる……。
「リヴィ!? なんで、どうしてあいつがやられてるんだい!」
「俺にもわけがわからない。あいつらは仲間じゃないのか」
黒い亀裂はその役目を終えたとばかりに巨大な亀裂の中へと戻っていく。それはリヴィに突き刺さったものも例外ではなく、亀裂が引き抜かれたその体は無残にも地面に放り出される。
「嘘だ……この僕が……こんなことで。嫌だ……死にたく……」
「リヴィ……」
「やめろよ……お前達のそんな哀れむような眼で見られながら……終わりたくなんか……」
簡単すぎる……あまりにも、あっけなさすぎる。
確かにリヴィと私達の間にはいがみ合う因縁があった。ここで命を落とさずともいずれはぶつかり合い、命を取り合うこともあったかもしれない。
だが、あの存在はそんなありえたかもしれない"未来"さえ簡単に奪い去っていく。すべてを終わらせる存在……。
「最後まで他人の好意を否定し幸せを妬む“嫉妬”か。ふむ、つまらないなりに楽しませてもらった」
そう口にしながら、奴はゆっくりとこちらを見定めてくる。今の言葉でやっと理解した……奴が狙っていたのは私とレイ以外。
つまり……。
「さて、次は“怠惰”か“憤怒”か“勇気”か……それとも、“女神”とその中に眠る残りの三つか。すべてを回収することには変わりはないが」
皆の中にある大罪と美徳の力を奴は手に入れようとしている! いや、この場合取り戻すと言うほうが正しいか。ベルゼブルの話が本当ならあの体の中にいる存在は女神であるセフィラとクリファを生み出した存在であり、その中にある二極の力の大本でもあるということに繋がる。
そして奴は、何かしらの理由でそれを"回収"しようとしている。
「全員下手に動くな! あれを完全に防御できるのはアーリュスワイズだけだ! まずはベルフェゴルの下へ……」
「いや、その場から我の下へ近寄ろうともするな! 奴の攻撃は何かがおかしい。なぜなら我は先ほど『防御をした覚えがないのにいつの間にか防御をしていた』のだから!」
「なんだって!?」
あれは警戒し続けていたベルフェゴルが奴の動きを見て防御したわけじゃないのか!?
いったいどうなっているんだ、奴の攻撃方法がわからない。攻撃事態は今までベルゼブルが使用していた“侵食”の亀裂が直接攻撃できるようになっただけの話だ。それも十分に恐ろしいが、問題なのは私達自身に攻撃されたこともそれを防御したも自覚がまったくないということだ。
(次はどう出る!)
どうにか奴の攻撃方法を見極めるために奴を見定めるが……奴はまたもや視線をこちらへ向けず何かを考えこむように沈黙している。
そして、その視線が再びこちらを向き、口元が少しだけニヤリと笑ったように見えた瞬間……。
「なっ……!?」
私達の周囲には再びあり得ない光景が生まれていた。いつの間にか亀裂は伸び、ベルフェゴルが私達を守っている。
「まただ……我はこの防御をした覚えがない」
先ほどと全く同じ、攻撃の瞬間をまったく感じさせないだけでなくなぜかこちらが身を守ったという自覚さえなくなっている。
これは、時間や記憶が飛んだようにも思えない。そういうものが操作されていれば必ずどこかしらに違和感が残る。だが、今の感覚では完全に同じ時の流れが過ぎ去っていたはずだ。
「そうか、何かおかしいと感じていたが……平行世界線の結果型を切り替えたというのにお前達の人型事象は切り替え前と変わらない。つまり、世界事象の内側からの影響を受け付けない状態になっているな」
何を言ってるんだ? 普段は相手の漏らした言葉から攻撃の性質や弱点を見極めてきた私だが、ここまで理解の相違が大きいと流石に何も対処しようがない。
いや、だが奴は最初に言ってなかったか、『言語レベル』を合わせたと。もしかすれば、奴の言葉はすべて私達の理解の範囲に置き換えることも可能なんじゃないか。
世界線、結果型……人型事象と世界事象。そして内側から受け付けない……まさか!?
「この状況はケルケイオンの『
「なるほど、人間にも※※の事象因果をわずかでも理解し、抵抗できる者がいたか。写し身が不完全ながらも※※の現界を急いた意味を理解した」
こちらへ向ける奴の意識が先ほどよりも強まるのを感じる。奴にとって少しだけ厄介な存在に認定されたってとこかね。
「ムゲン! 説明しろ、奴はどうやってこの攻撃を仕掛けているんだ!」
「私にも上手く説明できないんだが、おそらく奴は……無数に広がる平行世界から最適なものを選び取って現在の世界を変えている。としか言いようがない」
そう、私達が想像できる範囲内で説明するのはこれ以上は難しい。
「ワウワウ(あれっすか、もしかして何度も時間を戻して攻撃の試行を増やすみたいなバトル漫画とかでおなじみのやつっすか)」
「いや、どうやらそれも違うらしい……」
確かにそれと似たようなものにも思えるが、何かが根本的に違う。これはもっと複雑で、不可逆的な力が関与した人の手では届きえない領域の話だ。
「時間や空間か……やはり低次元の事象レベルに縛られている存在は結局自分の理解できる領域でし限界を想像することができないか。事象の流れから原因型を設定し、そこより生まれる結果型をこの根源の流れに乗せただけという話だというのに」
つまり、AがあったからBが生まれる。奴はAから生まれる無数のBを選んだ結果が今までの攻撃の答えということ。だが、そうなれば私達の意思もその流れに従って『攻撃されたが防御した』という認識がなければおかしい。
なぜそうならないのか……その理由は『
「簡単に説明すると、私達の意識は奴と同時に移動できるが攻撃や防御は別の世界線の話だからいつの間にか行われてるって話だ」
「うう、ダメ……説明されてもあたし全然わからない」
「アタシもさ。でもムゲン、それは"いいこと"なのかい?」
「そうだな、何も覚えていないということは俺達にとってデメリットでしかないんじゃないか」
確かに、先ほどのように攻撃された瞬間も防御した記憶もなしに危機的状況に追い込まれるのは不安が大きい。
だが、私にはどうしても引っかかることが頭の隅に残っている。
(そんなことができるなら、すでに私達を全員殺せててもおかしくないんじゃないのか)
無限の選択肢があるような奴を前にして私達が未だに生き残っている理由はなんだ。いや考えろ、私達の意識が常に一定に保たれているということはつまり……。
「原因型から引き起こされるはずの意識の差異がなくなり、結果型の選択肢が著しく減少する」
「ほう、たどり着いたか。写し身が警戒していただけはあるな。通常ならばお前達は平行する事象において様々な行動をとるはずが、どれも身を守ることに徹底されている。意識がこの中心事象に定められているからだろうな」
「ってことは、やっぱり『
私達はすでに全滅していたってことだ。私が解除をためらったのは、無意識にこのことを感じ取っていたからなのかもしれない。
頭で理解した以上もう解除はできない。だが理解した以上、取るべき行動も定まった。
「皆、これからはベルフェゴルに守ってもらうことだけを意識して……今は耐えるんだ」
そう、これこそが正解。私達はそのままベルフェゴルが盾になるよう一つに集まり身を固める。このメッセージの主に示された方法こそが唯一の助かる道だった。
そして主の言葉を思い出せ。このまま耐え続けていれば、きっと……。
「ふむ、確かにこれではカケラを回収することができないな。着眼点はとても悪くない……だが、お前達の敗因は別にある」
その言葉とともに伸びる一つの亀裂。平行世界を操作していないためか真っ直ぐ、私達とは別の方向へと伸びていく様も視認でき……。
「それは"人間である"、ただそれだけだ」
亀裂はゆっくりと狙いを定め……すでに動かなくなったリヴィの胸元へと深く突き立てられた。
「あいつ! なにを……」
その体が宙に持ち上げられると、すでに力ない体に亀裂が伝わり……。
バァン!
まるで切り取り線のように体を張った亀裂がはじけ飛ぶと、リヴィの死体をおもちゃのようにバラバラに破裂させ地面へと転がしていく。
その光景はあまりに残酷で、特にリヴィとゆかりのある者にとっては……。
「リヴィは……確かに嫌な奴だった。昔から高慢ちきで人をおちょくってばっかでさ。けど! なにもあそこまでされなくたっていいじゃないか!」
因縁があるとはいえ小さな頃から共に育ってきた者をあんなゴミのように扱われれば誰だって怒りをあらわにする。情に厚いサティなら特に。
だがそれは、今この場において最も開放してはならない感情の一つであり……。
「駄目だサティ! 怒りを抑えて身を守ることだけを考……」
「人の感情は原因型に作用し、新たな結果型を生み出す要因となる」
「え?」
その瞬間、世界が変わったのだと確信した。私達の立ち位置は変化し、だれの目にもその絶望的な状況が嫌でも入ってきていたのだから。
怒りに任せたであろうサティが飛び出し、それを狙う無数の亀裂が……。
「……おや……じ?」
サティの身を守るために飛び出したベルフェゴルが無残にもその体を貫かれていたのだから。
同時に狙われていた私達を守るためにアーリュスワイズは使われ、自身の身を完全に守り切るのが遅れたんだ……。
そのまま力なく地面に落ちるベルフェゴルを前に誰もが絶望の表情へと変わっていく。
「うそ……だろ。親父、親父!」
「無事……か。サ……ティア……」
その体からは血が流れることもなく、目立った外傷も見当たらない。……ただ、その身を這う亀裂は確実にベルフェゴルの命を奪うだろうことは、だれの目から見ても変わることのない事実を突きつけていた。
「どうして! どうしてアタシなんかをかばって……」
「我……には、お前が……すべて……」
「信じた夢を空虚だと悟り、信じた世界に裏切られ、すべてが空虚な中一つのものを守り抜くためだけに他を捨てた“怠惰”か。なかなか楽しませてもらった」
その言葉はもう、ベルフェゴルの中にある大罪を抜き取ったという信じがたい事実。
そして同時にアーリュスワイズを扱える者が消え、私達の身を守る術が失われたという果てしない絶望を意味していた。
「さて、“怠惰”の健闘により他のカケラを回収する世界線は存在しなかったが……それももう終わりだ。お前達は下位存在にしてはよくやった」
悲しみに涙する者、絶望に打ち震える者、打開の道を思案する者。そんな私達を一笑に付すかのような無慈悲な存在が冷たい瞳でこちらを見定める。
次に奴が動けば私達はなすすべもなくベルフェゴルのように命を散らすだろう。
(だけど、私達は……こんなところで終わるわけにはいかないんだ!)
だが、攻撃は来ない。いつの間にか奴は私達ではなく空を見上げていた。
その方向に私達も視線を向けると、そこには眩い光を放ちながらこちらに向かう一つの流星が飛来していた。
「……そうか、お前達はこれを待っていたというわけか」
「あの流れ星……さっきのムゲンの腕の模様の光みたい」
その流星はそのまま真っ直ぐ、私達と『世界を終わらせる存在』の間へと突っ込み、残る亀裂をすべて消し去りながら衝撃とともにこの地上へと降り立つ。
そして、それと同時に私の手の中のスマホに新たなメッセージが書き込まれた。
[遅くなってすまない]
流れ着いた輝きの中心、その中の存在は立ち上がりハッキリと明確な、それでいて強力な敵意を奴へと向けており……。
「―― !!!」
その声にならない怒りの咆哮を響かせながら“幻影神”はその姿を現すのだった。
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