215話 怠惰の“魔神”VS暴食の“写し身”


 まさか、すでに第六大陸に帰ったとばかり思っていたベルフェゴルがこうして私達の危機的状況を前に再び姿を現すとは。

 いや、私達というよりはむしろ……。


「な、なんでアンタが今出てくるんだい!? これはアタシらの戦いだ、アンタには関係ないはずだろ!」


「……下がっていろ」


 言葉には出さないが、ベルフェゴルがこうして現れたのはどう考えてもベルゼブルの行動によってサティの身が危険にさらされたからだろう。だがそれを決してサティには伝えようとしないのは、不器用な親心というところか。


「ベルゼブルよ、契りを破れば我がどう出るかはわかっていたはずだが……」


「ええ、サティアンに手をかけようとすればあなたが出てくるのは承知してました。ただ、あの時とは事情が変わったんですよ」


「事情か……それはどのような事情だ。返答しだいによっては……」


 ベルフェゴルは返答しだい……とは言ってはいるが、ベルゼブルへ向けて放つ強烈な殺気は依然として変わらない。むしろ強まるばかりだ。


「事情と言っても大したことではありません。ただ私が成長し、あなたが以前ほど脅威ではなくなった、それだけのことです。これなら今までどうしようもなかったサティアンを殺すことになっても何も問題はないでしょ……」


 そうベルゼブルが語り終える刹那の瞬間だった。私達の眼前に立っていたはずのベルフェゴルの姿が消え、代わりにどれほどの力で踏み込んだのか、地面には小さなクレーターのようなくぼみの底に足跡が残されていた。

 それが意味するものを察し私達は一斉に上空を確認すると、そこにはもはや容赦なしに神器“アーリュスワイズ”に包まれた拳を振るうベルフェゴルとそれを黒い亀裂で受け止めるベルゼブルとの戦いがすでに繰り広げられていた。


「もはや言葉は必要ない。ベルゼブル、長きにわたる我らの因縁に決着をつける時が来たようだな」


「因縁だなんてとんでもない。私はあなたのことを越えにくい障害の一つとしか考えていませんでしたよ」


 すでに火ぶたが落とされたこの“怠惰”と“暴食”の戦いを止めることは私達には不可能だろう。


 ただ、絶望的な状況だった私達にとって、突如現れた強力な助っ人はとてもありがたいことだ。

 しかし、それによって状況が好転したかとはとても言い難い……。


「こんな状況だってのに、どうしてこんなに力が沸き上がってこないんだい……」


「周りの亀裂も全然収まる気配もないし……これじゃ結局逃げられないことに変わりないじゃない」


 そうだ、私達を取り巻く状況は変わらない。ベルゼブルが“支配”とやらを発現させても“侵食”による黒い亀裂は未だに私達を逃すまいと辺りを囲んでいる。

 奴の力は段階を踏んで強くなっているようだが、前段階の力も問題なく併用可能らしいな。


「俺も魔力の回復が著しく鈍くなっている。まるで以前リヴィにやられた結界魔術のようだ」


「ワウ~(ぼくも全然変身できないっすよ~)」


「悪い、それは私の持つケルケイオンから『虚無ゼロ』のフィールドが展開され続けているせいだ」


 『虚無ゼロ』は影響下にある存在を世界から切り離してしまう禁断の力。本来なら回避することのできない世界からの強制力から逃れることが可能となるが、マナや魔力を行使することができなくなってしまう。

 緊急の措置だったとはいえ私達の攻撃手段をなくしてしまったのは悪手だが、そうしなければ全滅は免れなかった……。


ガァン!


 上空では先ほどと同じようにアーリュスワイズをまとったベルフェゴルが巨大な亀裂を背にするベルゼブルにあらゆる方向から攻撃を仕掛けている。


「ならばなぜ奴らはその影響下にあるのに問題なく戦いを続けられている」


「それは、あの二人は世界からのエネルギーを行使する私達とは違い、自身からエネルギーを引き出し行使するすべを用いているからだ」


「うぐ、説明されてもアタシにはチンプンカンプンだね……」


 そうだな、例えばオンラインゲームで説明してみよう。ゲーム内では敵も味方も含むあらゆるキャラクターは運営が管理しているからこそ戦う力を扱うことができる。だがその運営が“支配”されてしまった今の状況では私達はシステムを扱うことができない。

 しかし、本来のシステムを握っている運営とは別に独自にキャラクターを動かすシステムを持っていればその影響を受けることはなくなる。


 神器はそれぞれ『世界神』の一部から作られている、それを身に着けた者は一つの小さな世界といってもいい。ベルゼブルはおそらくあの巨大亀裂の先から感じる何かによって力を引き出している……。


「それに、ベルフェゴルはさっきから何度もあの亀裂に触れているのになんともないだろ」


「確かに……俺達はあれのせいで近づくことさえ困難だったというのに」


 これも先ほどの説明に当てはめることができ、ベルゼブルが“侵食”できるのはあくまで運営が管理していたシステムからであり、独自のシステムを持つ神器を操ることはできないということだ。


 これが、今のベルゼブルとベルフェゴルとの戦いを大まかな説明ってとこか。言ってしまえば『システム内チート』対『システム外チート』ってとこだな。

 私達が魔術を使えないのは、『虚無ゼロ』によって干渉した部分の機能を停止したが、私達自身にシステムを動かす力がないためこうして何もできない状況に陥ってしまっているわけだ。


「結局、アタシらは無力にあいつらの戦いを見守ることしかできないってのかい……」


「今のところは……な。だが私達もただ何もしないで待っているだけではダメだ。どうにかして突破口を見つけ出すんだ……」


 救援を得たからといって私達自身が行動しなければ何も変わらない。ベルフェゴルが戦ってくれている間にも何かできることを見つけなければ。


 ただ、サティとしてはもどかしくて仕方ないだろうな。あれだけ嫌っていたはずの父親が、こうして絶体絶命の状況で助けに来たというのに自分は何もできないというのは……。




「しかし、あなたの執念には正直脱帽ですよ。どれだけ時が経とうが常に私を監視し続け、サティアンへ手を下さないか見張っていたんですから。おかげで彼女への対応にはとても気を使いましたよ、ええ」


「だが五年前、貴様は言葉巧みにあの子を誘導し危険な状態へと落ち込むよう誘導したな」


「あの作戦は彼女が望んで志願し、彼女を妬む者が側にいた……それだけのことです。約束は彼女の意思を尊重することでしたから、彼女の意思で決めた道でどうなろうとあなたとの約束を破ったことにはなりません」


「その通りだ。そのおかげであの子は大切なものを見つけられたようだからな。だがベルゼブル……此度の貴様の行動はもはや弁解の余地はない!」


 やはり拳だけではベルゼブルに致命傷を与えることはできないと判断したのかベルフェゴルは距離を取り始めた。

 そして、腕を中心にまとっていたアーリュスワイズを一度バサりと広げると……。


「あのマント……さっきよりも大きくなっていないか」


「アーリュスワイズは使用者の力量次第でどこまでも広げることができる。さらに変幻自在、空間能力と使い方次第でどんな相手にも対応可能な神器だ」


 その説明通り、うぞうぞとアーリュスワイズが変形を繰り返し、触手のような形状の先に鋭い棘を模したようなものを数本生み出していく。


「ハアッ!」


「なるほど、そう来ましたか」


 ベルフェゴルの意思で縦横無尽に動き回る触手は針の糸を通すかのように黒い亀裂を避けベルゼブルへと迫っていく。

 これには流石のベルゼブルも動かざるを得ない。迫りくる触手に加えてさらにベルフェゴル自身も再び迫り猛攻を仕掛けようとしている。


 しかし、ベルゼブルが巨大な亀裂から離れたからといって“支配”の影響がなくなるわけではないようだな。


「ムゲン、俺にはどうにも解せないんだが、ベルゼブルはなぜあれほどまでにベルフェゴルの攻撃を危険視しているんだ」


「そう……だね。即死並みの一撃ならわからないでもないけど、あの様子を見る限り一発も当たりたくないって風に見えるよ」


「いや、ベルフェゴルは一撃でも攻撃を当てられればそれで勝利だ。忘れたか、アーリュスワイズには包み込めば異空間へと消し去ることができるのを」


 アーリュスワイズの当たり方にもよるだろうが、おそらく一撃さえベルゼブルに直撃させられればそれでいい。先端でさえ捉えることがことができればそこからさらに形を変え、ベルゼブルの全身を包み込んでこの場から完全に消し去ることができる。


「このままではこちらに少々分が悪そうですね。ちょっと戦い方を変えてみましょうか」


 そう言うと、ベルフェゴルの周囲に新たな亀裂が五つほど、周囲を取り囲むように出現する。

 あれは……今までの亀裂とは何か雰囲気が違う。これまでのものは引き込まれるような感覚を感じていたが、あれは何かを吐き出しだそうとしているようにも感じられる。

 よく見れば亀裂の穴も少しづつ広がっているように見え……。


「そうか! 気をつけろベルフェゴル、そこから魔術が噴出してくるぞ! アーリュスワイズで防御を……」


「その程度のことなら言われずともわかっている」


 亀裂から魔力の胎動を感じた瞬間、それぞれの穴から火、水、風、地、雷と、それぞれの属性の特性を含んだエネルギーがベルフェゴルめがけて噴出していく。ただ自然エネルギーを放出した何の工夫もない攻撃ではあるが、問題なのはその一つひとつが私の全力魔術並みの威力だということだ。


 しかしベルフェゴルはそんな強大な魔力の包囲網を前にしても一瞬たりともうろたえることなく、アーリュスワイズを巧みに操り自身を包み込んでいく。


「あれで防御のつもりなのか!? あんな薄布一枚など簡単に消し飛ぶぞ!」


「いや、転移するつもりなんじゃないかい。それならあの場所から逃れられるだろう」


「違うな、あれこそが最善策だ」


 確かに転移を行えば逃げることは可能だ。しかしこの状況で転移を行うことはそれなりのリスクを含んでいる。

 アーリュスワイズで自信を転移させようとする場合、ほかのすべての行動を放棄しなければならない。だが、触手による攻撃がベルゼブルを追い詰めている今、それを解除して逃げに徹するのは奴を自由にしてしまうことに他ならない。


 だからこそこれでいい。


「こんなものか、ベルゼブル」


「やれやれ、これもダメですか。とても丈夫にできてるようですねえ、その世界のカケラは」


 そこには、すべての攻撃をまともに受けてなお無傷のベルフェゴルが、同じく傷一つないアーリュスワイズを纏い立っていた。


「あれほどの魔術をすべて受け切って……無傷だというのか」


「アーリュスワイズの防御力は神器の中でも1、2を争う。相当のことがない限りそう簡単に破られはしない」


 内側は異空間、外側は絶対防御……この二つを併せ持つ変幻自在の神器は前世においても難攻不落、同じく神器を持つ者以外でこれを攻略できる人間はだれ一人として存在しなかった。

 そしてその理屈は現在でも当てはまる。……だが、ベルゼブルは普通の人間ではない、このままベルフェゴルが押し切れるかどうか。


「ねぇムゲン、ちょっとこっち見て!」


「っと、どうしたセフィラ……ってどこだ?」


 呼ばれたのに近くに姿は見えない……と思ったら、犬と一緒に私達を取り囲む亀裂の近くで私達を呼ぶように手を振っている。


「何やってるんだお前ら、これの近くにいたら危ないだろうが」


 ベルゼブルがベルフェゴルとの戦いに集中しているとはいえ、奴は私達を逃すまいとこうして“侵食”による包囲網を継続させ続けている。


「でもよく見てよ。なんだかさっきより密度が薄くなってない?」


「ワウン(ぼくもセフィラさんに言われるまでまったくわかんなかったっすけど、よく見ると確かに薄くなってるんすよ)」


「なんだって?」


 それが本当だとすればつまり、ベルゼブルの手がこちらにまで回す余裕がなくなってきたということだ。今でもベルゼブルは余裕そうな表情で戦ってはいるが、魔術を発生させる亀裂を混ぜ始めたことで相対的にこちらの亀裂が減ったか。

 だが未だに抜け出せるほどの隙間は見せない。ほんの少しでも対処する方法さえあればここから離脱できる可能性もあるというのに……。


(とはいえ、何の下準備もしていない『虚無ゼロ』の影響下にある今じゃまともに魔力を扱うことすらできない現状では何もできな……お?)


 何かないものかと手持ちの荷物を手当たり次第に探ってみると、出てきたのはいつもお世話になっているスマホがいつもと変わらず元気に稼働していた。


「それ、なんでかこっちの世界でも使えるスマホよね?」


「ああ、だが『虚無ゼロ』の影響下にある以上おそらくこいつのアプリも……あれ?」


 使えないはず……そう思っていたのだが、画面に映っているのはいつもと変わらないアプリ使用画面であり、魔力残量もそのままでまるで変った気配がない。

 てっきり一度日本に戻った時と同じように-ERROR-の表示が出ているとばかり……。


「まさか……」


 恐る恐るアプリの中の魔術を一つタップして起動してみる。すると……。


「マジか、発動したぞ」


 つまり、このスマホにインストールされている[instant magical]は世界からの影響を無視することが可能ということか。

 通常の魔術では行えない特殊な術式を多く有する上にそんな驚愕の事実まで秘めていたとは。


「それじゃあ、もしかしてこの状況をどうにかできたりするってこと!?」


「どうだろうなぁ……」


 そう期待を込められた眼差しを向けられても困る。確かにスマホが使用可能だったことは予想外の出来事ではあるが、この中に今の状況を打破できる魔術があるかと言われると正直微妙なところだ。


「まず根本的に、この亀裂の詳細がわからない以上こちらも何を使えばいいのかわからないからな」


 スマホ内の魔力も大雑把に使えるほどには残っていない。むやみやたらに魔術を試したところですぐ魔力切れになるだけだ。

 せめてもう一つか二つ、“侵食”に関する情報さえあれば……。


「この亀裂の情報……そうだムゲン、あたし一つだけ気づいたことがあるの!」


「気づいたこと? この黒い亀裂についてか」


「うん、あいつがこれを最初に使ったとき、ほんの少しだけ感じたの。これの奥底から感じる気配が……あの時あたしに憑いていた大量の"幻影の女神"に似てるって……」


 そうか、そもそも“女神”というのは世界を侵食している大本が作り出した存在であり、ベルフェゴルの力もその大本から借り受けたものといってもいいはず。つまり、本を正せば根本的な性質は同じということだ。


「となれば、もしかしたらあれが使えるかもしれない」


「あれ?」


「お前をその幻影から解放した力だよ。いくぞ、[UnLock]起動!」


 意を決して魔術を起動すると、あの時と同じように私の腕にエネルギーが流れ込み、青白く輝く幾何学模様が浮かび上がってくる。

 しかし、セフィラの時は幻影を消し去ることに成功したが、今回も同じようにいくだろうか。


 私は[UnLock]の力が宿った腕をそっと亀裂に近づけていくと……。


「見て! 亀裂がどんどん小さくなって……ふさがっていく!」


「ワウーン!(やったっすー! これなら全部解決っすよー!)」


 やはり、読み通りこのアプリ魔術には世界を侵食する存在……いや、世界そのものに影響力を与える力を持っている。

 うすうす感づいてはいたが、やはりこのアプリの大本は……。


「どうしたんだいムゲン! なにか叫んでるようだったけど、何かあったのかい!」


 っと、こちらの騒ぎを聞きつけてベルフェゴルの様子を見守っていたサティ達もこちらにやってきたか。


「亀裂を抑え込む方法を見つけた。これならベルフェゴルが戦ってくれている間にここから抜け出すことが可能かもしれない」


 抑え込むことは可能だが、規模が小さいので一つひとつ消して進んでいかなければならないため今すぐに脱出することはできない。あとはベルフェゴルがそれまでの時間を稼いでくれるかだが……。


「それは喜ばしいことだが……ムゲン、もしかしたらもうその必要もないかもしれないぞ」


「必要ない?」


「そうだね、その理由はあの戦いを見てくれればわかると思うよ」


 そんな二人の言葉の意味を、私は未だ続くベルフェゴルとベルゼブルの戦いの現状から察する。



「ごふっ……。まったく、こう何度も何度も瀕死の傷を負わされてはたまりませんね」


「そう思うのなら、いっそのことそのまま死んでしまえば楽になると思うが」


「おやおや、あなたでもそんな冗談を言うのですね。新たな発見があってちょっと楽しヴぃ……」



 冗談を言い終える間もなくベルフェゴルの放った拳圧がベルゼブルのその顎を抉り取っていく。ベルフェゴルはあんな芸当もできたのか……私達が必至こいて編み出した戦法をこうもあっさりやってのけてしまうとは。

 ベルゼブルは触手を避けながら何度もその衝撃破を受けては元の状態へと再生を繰り返していくが……再生にかかる一瞬の隙が生まれることでベルフェゴルが着実に追い詰めているのがここからでもハッキリ理解できる。


「がはっ……」


 ついには地面に叩きつけられ、口から大量の血反吐をまき散らすベルゼブル。そこから再生しようとする間にもアーリュスワイズの触手は四方八方からその身に迫り……。


「貴様の存在ごと時空の彼方へと消し飛ばしてやろう」


 無慈悲にもそのすべてが一斉にベルゼブルの体を貫く! ……かと思われたが。


「流石にここでやられるほど……間抜けじゃありませんよ」


「だが貴様にこれ以上の手が残されているか」


「ハハハ、どう……でしょうね」


 自身の周囲に隙間なく亀裂を発生させることで攻撃を防いだか。だがよく見ると奴の傷が治っていない。おそらく防御のため大量に使用してしまったせいで回復の分を生み出せなかったんだろう。


「確かに、これなら必要ないかもな」


 すでにベルゼブルは死にかけ、しかもほぼ追い詰められたこの状況であってもベルフェゴルが手を緩める気配は決してない。

 このままベルフェゴルがベルゼブルを倒せばすべて解決だ。


「でも……なんだってあいつはここまでしてくれるんだ。アタシらは別にこんなことまで頼んじゃいないってのにさ……」


 そんな喜ばしい状況の中でサティは一人だけなんだか煮え切らない表情を浮かべていた。そりゃ、あんだけ毛嫌いしていた父親に危機的状況を救ってもらったら複雑な心境にもなるか。


「そりゃやっぱ……親子だからじゃないか」


 ただ純粋に我が子を守りたいという当たり前の想い。きっと、そんな単純なことでしかないんだ。単純だけど、何よりも強く大きな願い。


「なんだいそれ、こっちは親子の縁を切ったばっかだってのに……これじゃどうしたらいいかわからないじゃないか」


「この戦いが終わったらもう一度話してみればいい。俺も、一度は切れたと思っていた親子の絆を繋ぎなおすことができたからな。きっとサティにもできるさ」


「レイ……」


 さて、こちらは一件落着しそうな雰囲気で万々歳ではあるが、私としては保険もかねてやはり亀裂の包囲網を少しでも崩しておきたいところではある。


「ま、どちらにしても一度ここから離れることには変わりないんだ。私はもう少しこの亀裂を消して……」



ヴヴッ……



 そんな、活路が開かれたと思った時、ここにいる誰もが希望を抱き始めたその時……私の持つスマホが震え、そこに一つのメッセージが表示された。


[今すぐすべての行動を中断し全員一つに固まり、ベルフェゴルのアーリュスワイズで防御することだけを考え身を守れ]


 今まで何度も私達を助けてきたメッセージの主が警告していた。何の脈絡もなく、その一文だけを。


 それはきっと、何かとても恐ろしいことが起こる予兆……。



「ああ、あああ……ああああ、ああああああなるほどなるほど!? そうかそうかそういうことですか!!」



「!?」


 地面に伏せ、瀕死の状態だったベルゼブルが突然今まで聞いたこともないような奇声とともに血みどろの体を起こして目を見開いている。


「なんだい! ベルゼブルの奴急にトチ狂っちまったのかい!?」


「だ、だが奴にはもう何をしようと手は残されていないはず。追い詰められて気が狂ったのか」


 違う、そんなことではメッセージの主は警告など送ってこない。この主が送ってくるのはそれが本当に必要なことだからだ。


「ベルゼブル! 貴様何をするつもりだ!」


「あっあっ気にしないでください。どうせすべては終わったことですから。私も……この世界も!」


バァン!


「なっ!? ベルゼブルの周囲が爆発したのか! みんな“侵食”に注意しろ!」


 何が起きたのかはわからないが、とにかくベルゼブルを覆っていた亀裂がはじけ飛んでくる。ベルフェゴル以外では唯一[UnLock]で守れる私が先頭に立ちわずかに飛んでくる亀裂を終えこむことに成功したが……。


「ぬうっ、ベルゼブルはどこへ消えた!」


「ここですよ」


「ッ!」


 ベルゼブルの声が聞こえてきたのは上空……あの巨大な亀裂の場所からだ。いつの間にか奴はそこに移動している。


「最後の悪あがきだったようだが、無駄に終わったようだな」


「悪あがきなんてとんでも※※な※い。私※はすべてが終※わった※ことを悟※って……あああもう駄目ですね! 流れ込んでくる! ついに“写し身”である私の役目が終わり、未だすべてを顕現できない『管理者』の意識のみがこの体を依り代として※※※※※※※※!」


 これ……は! ベルゼブルから発せられる認識できない言語が音波のように頭を刺激していく!

 私以外の全員もそれを感じ取って頭を押さえている、あのベルフェゴルでさえもだ。


「なに……あれ」


 その異変にいち早く気づいたセフィラが見たのはベルゼブルの先にある巨大な亀裂。その先端が上に向かってさらに伸びていき、まるで巨大な樹木の根のようにこの世界へと伸びていく。


「どう、なってるんだ。ベルゼブルは……どうなったんだ」


 天を仰ぐように固まったまま動かないベルゼブル。その腕がゆっくりと降ろされると、先ほどまでの狂気に染まった表情はもはやなく。そこにあったのは……。


[もはやあれはベルゼブルなどではない]


「……そうか、ここが新たな事象帯を総べている中心事象枝……その外側か」


 から感じるのは、圧倒的な恐怖とも違う……名状しがたい畏怖の感情。


[今目の前にいるあれこそが、我々が打ち倒すべき真の敵]


「なるほど、そこにいるのは※※が“写し身”が戯れたこの事象世界におけるやや特別な因子か。なら、一つ自己紹介というものをしておこうか。そうだな、人間の言葉で表すならば……」


 そう、今私達の目の前に現れたこの存在こそが……すべての元凶にしてこの世界の運命を狂わせた……!


[『世界を終わらせる存在』だ]

「『世界を終わらせる存在』とでも言っておこう」


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