214.5話 どこまでも不器用な人生
これはとある愚かな男の……ただのくだらない人生でしかない。
荒れ果て、すべてが朽ちた不毛な大地。見渡す限り続くその悲惨な光景は、この世界で生きた人間達が如何に愚かだったかを表しているようであった。
"人"側が最後に使った恐ろしい兵器は、世界のエネルギーを吸い尽したうえにコントロール不能という事態を引き起こし……"人"も"魔"もすべてを飲み込み暴発した。
「愚かなる人どもめ! 他を迫害し、力を誇示し、自らの過ちを決して認めなかった結果がこの惨劇だというのか!」
我が生まれた本当の世界は……すでに多くの生命が息絶え、ついには最後の暴発によって人間が住める環境は一つも残っていなかった。
"魔"の側の勝利で確かに戦いは終わったが、その代償はあまりにも大きい。その結果は、実に空しいものである。
「我々はこの先どう生きればいいというのだ! この世界はもはやこのまま滅びるしかないというのに!」
やり場のない怒りが不毛の大地に空しく響く。そう、この世界を壊した人の陣営は全滅し、我ら魔の陣営も暴発に巻き込まれなかった後続の大隊がいくつか残っただけ。
この怒りをぶつけられるものは、もうこの世界には残っていなかった。
「そもそもの始まりは人の種族が我々始原族を迫害し世界を独占しようとしたことがはじまりだというのに、なぜ平和に暮らしていた我々がこのような目に合わなければならない!」
すべては人族の愚かな支配欲から始まった小さな戦いの火種が、のちに二大種族による生き残りを賭けた大戦争に発展したと我は伝え聞いていた。
「落ち着いてくださいベルフェゴル。幸いにも我々三名といくつかの大隊は生き残りました。今はこれからのことを考えましょう」
「しっかしものの見事に全部消えちまったナァ! ゲハハハハ!」
そう言って我の背後から現れたのは志を共にする“七皇凶魔”の二人、“暴食”のベルゼブルと“強欲”のマーモンだ。
女神より選ばれし特別な力を与えられた名誉の戦士。我ら七皇は他の者を束ね、指揮する立場を与えられていた。
我ら三人以外の七皇は前線に赴いていたため兵器の暴発によってその命を落とした。我は七皇で一番の若手、ベルゼブルは後衛からの指揮、マーモンは前線で暴れさせると見境がないというそれぞれ理由で偶然にも生き延びる結果と成り得たのだ。
そう、我は戦いにおいて天賦の才を持ち合わせ、僅か十数才という歳で七皇に選ばれたのだ。……だからまだ若く、物事の本質が見えていなかったのだろうな。
「しかし、我らはこの先どう生きろというのだ……。この世界にはもはや……未来はない」
「ええ、確かにこの世界には未来はないでしょう。しかし、我ら"魔"の種族の未来はまだ途絶えさせない道が残っています」
「なにっ!? それは本当なのか!」
自身で口にした言葉に絶望する我だったが、ベルゼブルはそんな我に希望を与えるような言葉で我を巧みに誘導していく。……思えば、これもすべて奴の思惑通りだったと今では後悔しているが。
「実は……人側の“女神”はまだ生きています」
「なんだと! 奴らの女神が……まだ生きているだと!」
それを聞いた瞬間、我の中にふつふつと燃え上がるような怒りが込みあがっていた。世界を壊した人側を調子づかせた元凶とも言える存在がまだ生き残っているという事実にもはや冷静な判断もできない。
「そいつはどこにいる! 今すぐ我がこの手で消し去ってくれる!」
「焦らないでください。生きているとは言いましたが、すぐに向かうことはできません。女神はすでにこの世界から離脱しているのですよ」
「この世界にいない!? 詳しく説明しろベルゼブル、奴はいったいどこへ消えたというんだ!」
この時初めて我は世界というものが無数に存在していること、女神の力で世界を移動できるということを知ることとなった。当時は今ほど理解できはしなかったがな。
「つまり、我らが女神様のお力でこの世界に生き残った同胞を人側の女神が逃げた世界へと移住させるのです。もちろんあちらの女神も我らが現れたとなれば何かしらの対抗手段を講じるでしょうが、ならば今度こそ我らの手で真の平和を手に入れるのです」
「俺様は賛成だぁ。真の平和だなにゃあ興味はねぇが、こんななんも残ってねぇ世界じゃ俺様の“強欲”は満たせねぇからなぁ!」
「我は……」
振り返れば、そこには我と共に世界の平和と繁栄を目指した多くの仲間が不安そうな表情でこちらを見つめていた。
そうだ、我を信じてくれたすべての者達のためにも、我はすべてを狂わせた人の女神を撃ち滅ぼし、新たな世界で真の平和を築くのだ。それが正しいことだと信じて……。
「行こう……我らの手で本当の平和を手に入れるために」
「あなたならそう言ってくれると思っていましたよ。……ただ、流石に転送する人数が多すぎるので女神様にも膨大な時間が必要……おそらくこの世界が崩壊するまでには行けると思いますが。ですので、ベルフェゴルはその間に“怠惰”の力を貯めることに集中してください……これから先、我々"魔"の種族を支えていくのはあなたなのですから」
「我が……支えていくのか」
「私にはそれほどの器量はありませんし、マーモンに至っては論外ですから。ならば仲間からの信頼が厚く、多くの才を持つあなたこそが相応しい」
その言葉に乗せられるように、我はこの後すべての始原族をまとめ率いていくこととなる。信頼と使命感……この頃の我にはそれがすべてだった。
「皆の者、希望はまだ潰えていない! これからはこの“怠惰”のベルフェゴルが皆の新たな世界を切り開くと誓おうではないか!」
「「「オオオオオオ! ベルフェゴル! ベルフェゴル!」」」
その希望と信頼に満ちた歓声を胸に我は静かに時を待ち続け……そしてついに我はこの運命の世界、アステリムへと降り立つこととなる。
「なんと……豊かな世界だ」
この世界に降り立って初めて感じたのは、自然の豊かさや生物の生き生きとした鼓動……そう、世界自体にエネルギーが満ちているという驚きだ。
この時私は胸の中で大きな希望を抱いていた、ここを我々始原族の新たな故郷とし未来永劫続く平和を成し遂げるのだと……。
だが、この新天地で最初に我を待っていたのは希望なのではなく……呪いのように続く戦いという名の絶望だった。
「貴様らが女神様が語られた『世界の侵略者』か! 女神様の名のもと、我ら女神の使徒がこの世界の平和を守る!」
「なんという禍々しき姿と力だ。この世界に新たに現れた悪意の魔族……『新魔族』め!」
「世界の平和……我々が"悪"だと……。ふざけるな! 我々こそが真に平和を望んでいる! 貴様らのように他を認められず排他し攻撃する者が支配する平和など……我が決して認めるものか!」
我はがむしゃらに戦った、戦い続けた。“怠惰”の力は意欲のある行動をしなければその分無尽蔵に力を貯め続ける。我はそれを解放し、第六大陸を突き進み第五大陸へと渡っていた……“女神”がいるとされる中央大陸の王国へ向かい一直線に。
何年もかかりはしたが、進軍は順調だった。加えて、途中占拠し暫く腰を据えた町では喜ばしいこともあった。
「ベルフェゴル様! 私の子が生まれました! 元気に歩き回っています!」
「そうか……よかったな」
幾人かの者達は愛をはぐくみ、子を成すものも少なくなかった。なにせ、前の世界では劣悪な環境ゆえ赤子は耐えられず死に絶えてしまい多くの者が悲しみに暮れていたのだから。
「これもすべてベルフェゴル様のおかげです。我々をこの世界に導いてくださり本当に……本当にありがとうございます!」
彼らの一人ひとりの本当に幸福の表情を見るたびに、我の選んだ道は……この戦いは無駄ではないのだと実感していた。
家庭を築いた者達は戦線を離脱したり、その彼らの子らが新たに戦いに参加したりもした。だが、そんな彼らを見る度に胸が締め付けられるのはなぜか。
それは……。
「この地域一帯は制圧したか……」
侵攻は進み、我は破壊しつくされた廃墟の街の中に一人立ちすくんでいた。崩壊した街の城壁、焼けて崩れた家、そして……その残骸に押しつぶされた細身の女性と腕の中で息絶えている赤子の死骸。
確かに我はこの街に根付く女神信仰の軍と戦い、仲間と共にこの街を滅ぼした……非戦闘員である街の住民を含めてすべて……。
(だが……それは仕方のないことだ。我らは我らが本来持っているはずの権利を取り戻しているだけに過ぎない……)
これは当然の代償、我々の平和のためにこの世界の害になる存在を排除しているだけ……。そう無意識のうちに我は言い訳を正当化し続けた。自分の行いの真実から目を逸らしながら。
「魔王ベルフェゴルよ、貴様らがどれだけ綺麗事を並べようとこれだけは変わらない。貴様らの行いは……紛れもなく悪だ」
「違う、我々は正しい! 当然のように得られたはずの平和を我々は女神や人によってすべてを奪われた!」
「ならばなぜ我が民は苦しんでいる。平和な明日がくるはずだと信じていた者達がなぜその未来を奪われなければならない!」
それは第五大陸の二大大国の内の一つ。その王城の中、すでに燃え盛る玉座で我とその国の女王が対峙した時のこと。
「我々は"人"によってすべてを奪われたのだ! だからこそ貴様らの犠牲は我らにとって当然の権利!」
「それは貴様らの世界での話だろう! この世界の者は本来貴様らなんぞとは何の関係もない! それを……貴様らは理不尽にも侵略し奪う! 他を迫害し、力を誇示し、自らの過ちを決して認めずこの世界を破壊しているのは紛れもなく貴様だ!」
「それ……は!」
女王のその言葉は我の心に深く突き刺さった。なぜならそれは、元の世界での戦いが終わった際に我が人に対して感じていた怒りとまったく同じだったのだから。
「違う……我は間違ってなどいない。そうだ、貴様ら自体が関係なくとも“女神”を信仰する者がいる以上"人"はまた過ちを起こす。貴様らはまた我々の平和を奪っていくのだ……」
脳裏に浮かぶのはこの世界に転移して本当の喜びを得た同胞の偽りない喜ぶ姿。だがそれを思い出すと同時に、この世界で我行った非道の数々も脳裏にフラッシュバックしていき……。
「だから、奪われる前に奪うというのですか」
「違う、違う……我は……我はっ!」
そこから先のことはよく覚えてはいない。ただ我に返った際にゆっくりと我の腕の中で息絶える女王の姿が残っていただけ……。
この時私は理解してしまったのだ……これまでの自分の行いはすべて、元の世界で我がもっとも忌み嫌った"人"と同じことをしていたのだと。
「あ……あああ……うああああああああぁぁぁ!!」
王城から戻れば多くの同胞が歓声を挙げて我を迎えてくれている。だがそれも、今の我の心には実に空虚に響いていた。
もはや我には戦う気力は残されていない……だからこそ。
「マーモンよ……我の持つすべての指揮権をお前にに譲ろう。我はこの戦いから……降りる」
「あぁん、なんだいきなりよぉ? ま、くれるってんなら俺様は遠慮なく頂くぜ。てか、戦いから降りるってんなら今までテメェが得たものも全部よこせよ」
「ああ、今まで占拠した街や砦……この王都もすべてくれてやる」
こうして世に伝わる"魔王"は我からマーモンとなり、支配欲の塊である奴の率いる"新魔族"の軍は真に人族の敵となるのだった。
「なぜですかベルフェゴル様!? ワシらは全員あなた様にこの命を捧げた身。それこそがあなた様に救われた亡き父と母の願いでもあります!」
「皆には……本当に済まないと思っている。だが、我にはもうこの戦いに意味を見出せなくなってしまった」
あの戦いの後、我が戦いから降りると宣言したことを聞きつけ集まってきたのは、親の代から我に付き従い集まってくれた者達だ。
彼らの親、つまり我と共に世界を超えてきた者達は……元々が苦しい環境で育ったために長く生きられずそのほとんどが息を引き取ってしまった。もはやあの世界からの生き残りは七皇の力で強靭な力を持っていた我とマーモンとベルゼブルの三名だけ。
「ですがっ! ワシらはあなた様の下だからこそ大義を抱き戦いに赴けたのです……」
「我に大義などない。お前達は好きなように生きろ、それが我の……偽りなき本心だ」
それだけは、その想いだけは間違いだらけの我の生き方の中で得た一つの真実なのだと胸を張って伝えることができる唯一のものだった。
「わかりました……ならば、ワシらも戦いから降ります。どこかに村でも作り、そこでひっそりと暮らしましょう」
「それがいい」
この世界で生まれた彼らには我らが持ち込んでしまった恨みや憎しみに囚われる必要などない。願わくばこの世界で真の平和が訪れることを願おう。
そして、すべてを失った我にはもう何もない。このまま何もせずゆっくりと衰弱していくのも悪くはないと思っていたが、最後に一つだけ我の中に疑問が残されていた。
(“女神”とは……いったい何なのか?)
決して表舞台には出ることはないが、両陣営の中核には常にその存在があった。
のちに我は数百年の間、人族に紛れ込み彼らが崇める白の“女神”のことを徹底的に調べ上げた。結果的に女神そのものに近づくことはできなかった……が、調べている内に奇妙なことに行きつくこととなる。
(どの年代にも女神や女神政権へと陰から助力し、著しくその勢力を拡大させている存在がいるのか?)
短命な人族ではこの現象に気づくことはできないだろうという、あまりにも小さいが大きな影響力を与える人間……。それが少しづつではあるが女神政権の戦力を強大にし、戦火を広げている。
そして我は同時に思い出す……元の世界でも"人"側の戦力は徐々に戦力を増やし、その戦火を広げていったと……。
(女神に助力する人間が必ず現れる……。女神とはなんなのだ、なんのために存在する)
その真実を確かめるべく、我はもう一人の黒の“女神”……そして、その存在に付き従う"あの男"の下へと向かうのだった。
だがそれは、決して踏み入れてはならない絶望への入り口だということは、この時は知る由もなかった……。
「おやベルフェゴル、何百年も姿を消していたあなたが現れるとは驚きです。あなたが戦いを降りた時も焦りましたが、今ではマーモンがしっかり代役を務めてくれてますよ。ところで、何か御用でしょうか」
そう言いながらまるで驚いていないように見えるその男、ベルゼブルは前の世界で見た時とまったく変わらぬ顔で語りかけてくる。
我は白の女神の周囲で動き回る人間がいることを伝え、この世界も破滅へと向かわぬためにベルゼブルの知る女神の情報を教えてもらいたいと協力を持ち掛けた。
それがすべての間違いだとも知らずに……。
「あちゃー……そこまで知っちゃいましたか。これはもう捨て置ける問題じゃありませんねー」
「どういうことだベルゼブル? 早く手を打たねばこの世界も我らの世界と同じ道を辿ることに……」
「はい、女神がいるのはそのためですから。それにあなたが見つけた“虚飾”や……私もそのために存在してるんですから当然でしょう」
「何を……言って……ッ!?」
気づけば我はすでに囲まれており、逃げ場を失っていた。そしてこの時に確信してしまった……我の元の世界は壊れるべくして壊れたのではなく、"壊された"のだと。
「ベルゼブル、貴様はいったい何者だ!?」
「答える必要はありません。とにかく、あなたは生かしておくには厄介すぎるので消えてもらいます」
「く……おおおおお!」
それからは、常に逃げ回る日々が続いた。ベルゼブルの用意した兵は誰もが七皇級の力を持ち、一人退けたとしても二人三人と我を確実に追い詰めていく。
命からがらに我は第五大陸に渡った先において奴らの追跡を振り切ることに成功したが、そこで耳にしたのはマーモンが“勇者”に討たれたという話が世界中に広まっていたことだった。
我は死を覚悟していた。すでにこの地に同胞はおらず、新魔族を敵とみなす人族のみ。いや、もし同胞がいたとしてもそこからベルゼブルへと情報が伝わり確実に殺される。
(やっと……真実を見つけたというのに……)
自身の死期を悟りながら最後に見えた光景はいつか見覚えのある大きな城がそびえ立つ大都市……そう、我が最後に奪い壊したあの王都。マーモンの手に渡り、やがて人の手に取り戻されたこの場所に我は帰ってきた。
(皮肉なものだ。だが、死に場所には丁度いい……)
「ちょっと、あなた大丈夫!? 凄い血が出てるじゃないの!」
死を覚悟したその瞬間に聞こえたのは、我を心配し駆け寄ってくる女性の声。そして、薄れる意識の中で最後に見えたその女性の顔は……あの時我が殺めたあの女王にとても似ていたように見えたのだった。
「ここは……」
次に目が覚めると、倒れた地面の上とはまるで異なる豪華な部屋であった。加えて、柔らかなベッドの上で目覚めるなど我にとっては初めてのことで戸惑いを隠せない。
「お前は……」
「あ、目ぇ覚めた? アタシ、ナリーシアっていうの、よろしくね」
ベッドの横から話しかけてきたのは意識を失う前に見たあの女性。あの時は女王とうり二つかと思っていたが、彼女には女王と違い柔らかで優しい目をしていた。
「無理しなくていいよ。怪我が良くなるまでずっとここにいていいから」
その言葉に従うように、我はまた眠りについた。彼女の表情や言葉は優しさにあふれており、どこか我を安心させてくれた。
その後、彼女がこの国の姫だということを知った。どうやらこの国を元々収めていた血筋の者が再び王として戻り、彼女はその娘らしい。
明るく活発で、こんな武骨な我にも屈託なく笑いかけてくる彼女に……我は次第に惹かれていた。だが、我と彼女にはどうしても切り離せない問題があり……。
「我は……新魔族だ。お前達の敵である我がこのままここに留まるわけにはいかない」
この国は女神政権の影響が色濃い人族主義の国家……この事実を彼女に突き付けることで彼女はもう我を敵としてしか見れなくなる。
そう思っていたというのに、彼女の反応は驚くべきものだった。
「なんとなくそんな気はしてた……。でも、アタシはそれでも構わないよ。それに、アタシはこの国の人族主義を変えていきたいと思ってるの。だから、あなたとならそれを変えられる気がする!」
その言葉に……我は生まれて初めて涙を流した。
もはや二人の間に余計な感情が入る余地もなく、愛し合い、支え合い、そして……。
「はい、あなたの子よ……名前を付けてあげて」
「我が……いいのか?」
こうして我らの間に待望の娘が……サティアンが生まれた。
その無垢な表情の前には、もはやすべてのしがらみを捨てただ一人の父親として生きていくことを決意させるには十分だった。過去の憎しみも、世界の破滅も忘れてただ彼女とこの子のためにすべてを捧げようと。
だが、平和は突然崩される。どこから漏れたのかはわからないが、我が人族でないという情報が国王に伝わり、娘をたぶらかした罪として処刑される身となるのだった……。
「我が素直に死ねば、二人には何もしないのだな」
「ああ、約束してやろうじゃないか」
我は抵抗しない、すればこいつは実の娘と孫であろうとナリーシアとサティアンに危害を加えるだろう。我の命一つで二人の命が助かるのなら安いものだ。
体の魔力を最小限に抑え、軽い魔術でも死ねるようにした我は静かにその時を待ったが、いつまで経ってもその時が訪れないことに疑問を抱き目を開けると……そこには我をかばい魔術をまともに受けたナリーシアの姿が……。
「ば、馬鹿なっ! なんということを……我一人が死ねば済んだことだというのになぜ!」
「お父様は……あなたが死んだ後にサティアンも殺すわ……。だからお願い……あの子を連れて逃げて……」
「ナリーシア! おい! ナリ……」
腕の中でナリーシアが冷たくなっていく。女王を殺したあの時のように、また我のせいで幸せを得られるはずだった一生が消えていく……。
「我が娘ながら馬鹿なことを……。汚らわしい他種族なんぞをかばって死ぬとは」
「貴様あああああ!」
自分の娘だというのにこれほどまでに非道な発言をできるこの男を我は許せなかった。
しかし……。
「だ……め……。憎しみで……力を振るわないで……。あなたの力は……誰かを護るために……」
「ぐ……うあああああ!」
それはナリーシアの最後の願い。我はその願いを聞き入れ、彼女の遺体を抱えて城を飛び出していく。
そしてサティアンを連れ去り、我は王都から逃亡するのだった。
どれくらい逃げ回っただろうか。王都から逃げた我は指名手配され、ことごとく迫る追手から逃れるために再び雪すさぶ第六大陸まで戻っていた。
食料はすべてサティアンのために使い、我は水以外のものをここ何日も口にしていない……。
「ここは……どこだ……」
たどり着いたのは、周囲を森に囲まれた大きな湖。なぜこの場所にたどり着いたのか……ただの偶然なのか、それとも何かに引き寄せられたのか……。
「お久しぶりですね、ベルフェゴル。随分と探しましたよ」
「ベル……ゼブル」
もはや魔力を隠せる余裕もなくこいつに見つかってしまうとはな……。奴の背後にはあの時我を追い詰めた強力な配下共がこちらを狙っている。
「今までどこに隠れてたのかと思えば……なるほど、そういうことですか」
抱えたナリーシアの遺体とサティアンを見て何かを納得するベルゼブル。
以前追い詰められた時は、もう死んでも構わないと思っていた。だが今の我には……サティアンがいる。この子だけは……。
「残念ですが、あなたもお子さんもここで死んでもらうしかありません」
ベルゼブルの合図で配下共が一斉にこちらへと襲い掛かる。
(ナリーシア、お前を守れなかった我に残されたのはもうこの子しかない……。だから、何があってもこの子だけは我が守ってみせる!)
そう心に誓った時だ……。背後の泉が光を放ち、そこから現れた漆黒の布が我らを守るように動き出したのは。
一瞬の間にベルゼブルの配下はその布に包まれすべてが虚空の彼方へと消えていた。
『なんという悲劇の"愛"でしょうか! そして絶望しながらもなお愛を貫こうとするあなたにこそこの神器“アーリュスワイズ”は相応しい!』
そんな言葉が脳内に響くと同時にその“神器”から力が湧き出てくるのを実感できる。この力の扱い方をまるで初めから知っていたかのように頭の中に流れ込んでくる。
「まさか……あなたがこの世界のカケラを手にするとは」
見れば、目の前のベルゼブルが今までに見せたことのないような厳めしい表情に変わっていた。
「どうするベルゼブル、貴様がこれ以上……いや今後この子に手をかけるようなことがあれば我はすべてをかけて貴様をこの世から消すだろう」
「なるほど……無理に“呪縛”を行使すれば対抗できないわけではありませんが……今あなたとぶつかればこちらが負うであろう負債の大きさが計り知れませんね」
奴が本気で我を排除しようとすれば可能なのかもしれない。だが、奴には我と戦うにはリスクが大きすぎるということか。
「ならばこうしましょう。私はあなたの娘に何もしません、自由に生かしてください」
「代わりに貴様に手を出すなということか」
「私や“女神”に関する情報もどこにも洩らさないおまけつきですよ」
「……わかった、停戦を契ろう。我はこの子の自由な意思を尊重し育てる。だが貴様がもしサティアンの意思を弄ぶ行為をしたのなら」
「わかっていますよ。ただ、未来はどうなるか誰にもわかりませんけどね」
そう告げるとベルゼブルはこの場から姿を消す。
「あうー、パパー」
「サティアン、お前は……我が必ず守ってやろう」
だが、やはり我とずっと共にいるのは危険かもしれない。時期が来れば……彼らの下を尋ねてみるか。
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そして、いつかはこんな時が訪れるのではないかと考えていた。ベルゼブルよ、貴様は今契りを破り我が娘を手にかけようとした。
「ベルゼブル……どうやら、貴様と我の停戦は断たれたようだな」
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