212話 真実


 まるでこの場所だけが周囲の戦乱から切り離されたかに思わせるかのように、あまりにもごく普通に……街角で世間話でもするかのように近づいて話しかけてきたこの男……。


「なんであんたがこんなところにいるんだ……ベルゼブル。お前は常に後ろに隠れて裏から物事を動かすタイプじゃなかったのか」


 現に今までもこの男は新魔族が関わったほとんどの出来事の裏に絡んでおり、決してこちらからは手の届かない場所で静観していた。だというのに、そんな男が最前線のど真ん中などになぜ現れたのか。


「私だって表に出ることもありますよ。ましてや、此度の戦は長い間仇敵であった女神政権との雌雄を決する戦い……そんな中自分一人だけ味方の背中に隠れてるなんて私にはできませんよ」


「すげぇ言い訳くさいな」


「アハハ、やっぱバレましたか。どうも私は嘘をつくのが苦手でして。それに知略は巡らせられても人や国をまとめる能力もない……まったく難儀なものです」


 私を惑わせようとしているのか? いや、それにしてはどこか間の抜けているような……本当にただ世間話をしているだけのようにしか見えない。

 だが油断してはいけない。この男だけは未だに底が知れない"謎"を秘めている。


 それに……


「お前は……私がここにいるっていうのに、それをまったく疑問に思わないんだな」


 この男は私が口頭で伝えた者達以外でアステリムから一度日本へ戻ったことを知る数少ない人物の一人だ。なのにその件についてはまったく触れてこないというのはいささか不自然に思えないだろうか。


「まぁ、なんとなく戻ってくるのではないかと考えてましたから」


「またあっさりと答えてくれる」


「ええ、私は誰かに嘘をつく必要も隠し事をする必要もありませんから」


 まるで他に嘘つきな人間がいるような言い方だ。まぁ私はこいつの交友関係などまったく知らないので誰のことを指しているかなどわからないが。


 とにかく、今の問題は世間話の内容などではない。いかに戦いを避け、この場から離脱できるかだ。


「ベルゼブル……お前達の目的はあくまで女神政権だろう。リヴィは私達への私怨で逃がす気はなさそうだが、もともとこの戦乱に無関係な私達がこの場から消えたとしても戦況が大きく変わるわけではない……むしろ元に戻るといってもいい。だから、この場は見逃してもらえるとお互いに助かると思うんだが」


 できるだけ説得力を持たせたつもりで交渉を持ち掛けてみたが……ベルゼブルはどう出るか。ここでの奴の対応によって私達の取るべき行動は大きく変わるはず。

 サティとレイも上手く戦闘を離脱してもうすぐここへやってくるはずだ。それまでに次の動きを決めておきたいところだ。


「確かに、此度の戦いにあなた方が女神政権側に付けば戦況が一変してしまう可能性もあり得なくはないですね。現に今まで私が立てた計画もほとんどあなたが加わっただけでひっくり返されてきましたからね」


 そうだ、そんなベルゼブルにとって私という存在は厄介者以外の何物でもない。それが自分から消えてやると言ってるんだから奴にとっても都合のいい展開であることに間違いはないはず。


「ああ、だから私が消えたとしてもお前には何の問題もないだろう」


「その通り、今ここにあなたがいようといまいと私にとっては何かが変わるということにはなり得ない。ただ……」


 ぞくりと……背筋に悪寒が走った。こちらに視線を向けるベルゼブルの気配が何か言い表せない危険なものに変わったような……謎の不安が私の中で少しづつ込みあがってくる。


「そちらの……あなたの後ろで隠れて震えている女性にはちょっと用が……というより、少々聞きたいことがあるんですよ」


 やはり気づかれていたか。奴の視線に入らないようなるべく私の体で隠していたつもりなんだがな。

 そしておそらくベルゼブルはわかっている……私の後ろに隠れているセフィラが人族側の“女神”であることも。

 まぁクリファと同じ顔のセフィラにこいつが気づかないわけがない。いや、もしかしたら元の世界で面識があった可能性もなくはないか。


 だが、それをセフィラに確かめようとも……。


「……」


 ベルゼブルの言葉の通り、先ほどからセフィラは私の後ろで震えたまま一言も発しようとしない。セフィラの新魔族に対する強迫観念は消えたとばかり思っていたが、やはりまだ完全に消えてはいなかったのか?


「……安心しろセフィラ、何があろうと私がお前を守る。そして一緒に未来へ進むんだ」


「ムゲン……ありがとう」


 セフィラの表情から怯えが消えていく。確かにセフィラは今までの枷を外して一人で進むことができるようになった。しかし、だからといって最初からすべて一人で上手くいくこともない……だから私が躓きそうになったら手を差し伸べられる存在になってやるんだ。


「一つ聞きたい、前の世界であの男……ベルゼブルと面識はあったのか?」


「多分……ないと思う。でも、なんかすごく嫌な感じがするの」


 面識はない……か。ならばどうしてセフィラはベルゼブルに対してこれほどまでに怯えているんだ。先ほどの新魔族の大群や、同じ七皇であるリヴィを前にしてもいつもと変わらなかったというのに。


 つまり原因は……


(こいつにある……ってことか)


「おっと、そんな怖い顔で睨まないでくださいよ。私はただ2、3質問に答えてもらいたいだけなんですから」


「ああいいぜ。その代わりこっちの質問にも答えてもらうことになるがな」


「抜け目ありませんね。もちろん構いませんよ」


 とにかく、サティ達との合流までの時間稼ぎを優先する。本当に聞きたいことは山ほどあるが、生き延びることが第一だ。


「セフィラ、サティ達と合流するまでなるべく奴を刺激するようなことはしたくない。奴との対話はできそうか」


「やってみる……けど、正面からは嫌だからちゃんと前に立って守りなさいよ」


「任せんしゃい」


 よし、ベルゼブルがどういうつもりなのかはわからないが、とにかく話をしてみるしかないだろう。

 奴もこちらが話し合いに応じると理解したのか、表情を柔らかくして小さく笑みを浮かべて見せる。


「それで、結局お前は何が聞きたいんだ? てか、私としてはお前はなんでもお見通し……知らないことなんてないもんだと思ってたけどな」


「それは買いかぶりですよ。私にだって知らないことは沢山あります」


 時間稼ぎも兼ねている私の冗談にも構わず付き合うのは余裕からなのか、それとも別の狙いでもあるのか……。


「ほーん、なら例えばどんなことを知らないのか一つ教えてもらいたいな」


「そうですねえ……例えば……」


 できることなら、このまま私達とは無関係の話題のまま時間が過ぎれば……。



「そこにいる女神が背負っていたはずの“妄念”をどのようにして引きはがしたのか……とか、ですかね」



「なっ!? どうしてそれを!」


 何が「知らないことは沢山あります」だ! こいつの言う“妄念”とはおそらく[UnLock]によって消えたあのセフィラによく似た幻影達のことだろう。

 そんな……セフィラ本人でさえ認識していなかった現象をなぜ一度も関わりのないはずのベルゼブルが知っている。


「実は私が質問したいこともそれと関連性がありましてね。白の女神よ、この世界で最も繁栄する種族を導き、それに反する者と戦い……そして敗れる運命にあるキミがなぜその役目を放棄したのか? 私はそれが知りたいんですよ」


 役目? 今のベルゼブルの言い方ではまるでこの世界でセフィラが行ってきた行動のすべては何者かによって指示されたものであるようだ。

 真意を確かめるべくセフィラの表情を確認するが。


「し、知らない……あたしはそんなの知らない! あたしは誰かに頼まれたから“女神”になったんじゃない。すべて自身の意思で“女神”として生きてきたのよ! それになに、敗北する運命って! 勝手に決めつけないでよ!」


「でも、ずっと聞こえていたはずでしょう? あなたに『使命』を促す声が。あなたのすべてを否定する声が」


「それ……は……」


 こいつ……本当にどこまで知っていやがるんだ。以前会った時からこの男には何か得体の知れない違和感を感じてはいたが、これはもはや違和感どころの話ではない。

 ベルゼブルとセフィラをこれ以上係わらせるのは危険だと私の勘が告げている。


「セフィラ、お前は犬のところまで下がっていつでも逃げられる体制を整えておけ」


「え……それって、ムゲンはどうするのよ」


「安心しろ、奴と話をするのは私一人で十分だというだけの話だ」


「わかったけど、あたしを助けるために何かを犠牲にする……なんていうのはナシだからね」


 最後にそれだけ告げてセフィラはゆっくりと後ろに下がっていく。私もそれに応えるように視線と手の動きでサインを送り……この場に残されたのは私とベルゼブルだけとなった。


「やれやれ、ここまで信用されていないとは悲しくなりますね。まだまだ聞きたいことはそれなりにあったのですが」


 そう言って本当に残念そうに肩をすくめるベルゼブルだが、去っていくセフィラに対してまるで執着を見せる様子もない。つまりこの男にとってセフィラへの質問は本当に必要なものではなく、ただの興味本位でしかないということだ。


(こっちとしては凄く重要な問題だってのに)


 セフィラ達“女神”の謎、それに関してベルゼブルの知るすべて。それらをどうにかして聞き出せれば……。


「いいですよ、教えて差し上げても」


「いや、まだなんも質問してないんだが?」


「なんとなくわかりますよ。私も情報が得られるチャンスがわずかでもあればどうにかして得られないかと考えてしまうタイプですから。まぁ、私の方は失敗してしまいましたけどね」


 ……まったくやりにくいもんだ、自分と同じタイプの考え方をする人間ってのは。それに、こんな状況で余裕を見せる様ってのもお株を奪われたみたいでちと癪に障るし。


「そんじゃせっかくだから話してもらおうか。信憑性があるかどうか決めるのは私だけどな」


「疑り深いですねえ。私は嘘はつかないので安心してください」


 んなこと言われても100%信頼できる関係でもないだろっての。まぁ私もちょっとムキになって負け惜しみ気味だったのは認めるが。


 とにかく今は、ベルゼブルの話を聞いてみるしかない。




「どこから話しましょうか……そうですね、では白と黒、二人の“女神”の存在理由から説明しましょうか」


「女神の……存在理由だと」


「ええ、あなたもご存知の通り女神という存在は元々この世界ではなく我々が元居た世界で生まれました」


 それは私も他ならぬセフィラ自身から聞いた話だ。対立した二つの種族による戦い……それぞれを勝利へ導くため自分達は生まれたのだと。


「そして、お互いに女神の力を得ることでそれまで長きにわたっていた戦いは早期で決着がつく程に激化した……だったか」


「その通りです。でもちょっと疑問に思いませんか? いったいなぜ、突然女神なんていう存在が現れて力を分け与えたりしたのか?」


「……さぁな、その点に関しては私はなんとも言えない。それが人の手によって仕組まれたものでないのなら、その世界のシステム自体が“女神”というものを必要とし、生み落としたんだろうさ」


 少なくともこのアステリムでは世界そのものでもある『世界神』にとって必要だからこそマナや根源精霊、多くの種族や魔物が存在しバランスを保っている。

 他の世界にもその原理が当てはまるかどうかはわからないが、人知の力では説明できないもののほとんどは、その世界自らが必要だと判断し生みだしているのだと私は考えている。


「なるほど……ではなぜ、我々の元の世界は滅んだのでしょう? あなたの理屈で言えば女神が生まれたのは世界のため。なのに結果は貴方も知る通り」


「崩壊……か」


 世界を蝕むほどの技術とそれに対抗できるほどの純粋な力がぶつかり合い、果てには人の住めない世界へと変り果ててしまった。それがすべてセフィラ達のせいではないだろうが、どうしてそんな事態に陥ったのか……その世界のシステムがその結果を予想できなかっただけなのか、それとも……。


「そのために女神を生み出した……?」


 そんなことがあり得るのか? 自らの世界の死期を自身で早めるような行為をわざと引き起こすなど……。


「世界とは……いえ、世界の『管理者』の目的はただ一つ。それは自身そのものでもある世界の繁栄、そして滅びの阻止です。それはどのような次元に存在する世界でも変わらない一つの真理と言えるでしょう」


 そうだ、この世界で私はそれと相まみえ……戦った。ただそれは世界神がこの世界の新たな繁栄のために地上の生命のリセットを行おうとしたから……滅びへと向かいかけていたあの時の世界では当然の摂理だった。


「だがその理屈だとますますおかしい。現にお前達の世界は滅んでしまったじゃないか。世界を救済しようとする意志とはまるで反している」


「ええその通りです。普通なら世界の意思が自ら滅びに向かうなどあり得ない……ただし、それは世界の管理者が単一の場合の話ですがね」


「なに?」


 ベルゼブルの今の言い方だと、まるでこの世界で言う『世界神』が奴の世界では複数存在していたように聞こえたが。だが、そんなことはあり得ない……世界神にとって自分の世界は命そのもの、人間で言えば心臓のようなもの。

 それを他の存在と共有することなどあり得ない。たとえ世界に神と呼ばれるものが複数存在してもそれらはすべて世界神の下位存在でしかなく、世界の維持に直接関わる存在ではない。


「数多くの無限に広がる次元の中に存在する数多の世界。それらは他の世界よりも高位へと至るため常により良い世界の繁栄を促している。しかし、真面目に世界の繁栄によって高位へ至ろうとする管理者とは違い……それを横取りし、高次元へと至ろうとする存在もある」


 つまりそれは、一つの世界でありながら他の世界へと寄生し、その世界を破壊することによって自らの力にする。

 それはまるで世界を喰らい、……。


「じゃあ、あたし達はそのために生まれたっていうの……」


 その真実はセフィラにも聞こえていたのか驚愕と呆然が混ざり合い放心したような表情で私達を見つめていた。


「あなた方“女神”の役目は……世界を混乱と戦乱へと導き、混沌を生み出すこと。そうすることで世界を護る壁が壊れ、世界を喰らうため顕現するのです」


「壁が……壊れる?」


「だからこそ前の世界は崩壊し、すべてを喰らった……しかしそこで少し誤算が起きてしまった」


「誤算?」


「ええ、そこにいる白の女神が自身の存在意義を無視してこの世界へ逃げてしまったことですよ」


 そう言いながらセフィラを指さすベルゼブル。だが、当のセフィラ自身にはそれが何を意味しているのかまるで分かっていない様子だ。


「世界に寄生し、白と黒の女神を生み出し戦わせ、最後には黒の勝利と共に世界は崩壊する……それは数多の世界をへて繰り返されてきた変わらぬ摂理。そう、これまでいくつもの世界で敗北してきた"前"の女神があなたも同じ運命に導こうと心の中で囁いていたはず」


「そん……な……。なら、今まであたしの中で聞こえてた声って……」


 崩壊する世界で敗北と消滅を運命づけられた数多の女神の成れの果て……セフィラが辿るはずだった本来の姿といってもいいのかもしれない。

 あの幻影達はまだ生きているセフィラを妬んでいた、羨んでいた。だからこそ、セフィラだけが別の運命を辿ろうとすることを許さず、同じ運命へと引き入れようとしていたのかもしれないな。


「前の世界は崩壊した、だが白の女神は生き残り別の世界へと降り立った。そして、その世界は繁栄を極めていた……さて、どうしたと思います?」


「なるほどな……今度はアステリムに寄生して、またセフィラ達に同じ役割を持たせたってことかよ」


 何かが私の中で繋がりそうな気がする。そう、それは今までの私の知識だけでは知り得ない真実。

 それは……


「すでに時は満ちました。不測の事態でたどり着いた世界のため侵食に長き時を有してしまいましたが、此度の戦いでついにこの世界の壁も崩れ、喰らう時が来た!」


 この2000年の間で起こっていたすべての戦争や混乱、思想の改編や迫害もすべて……すべてがこの世界を終わらせるためにこの男が仕組んだものだったということだ!


「ベルゼブル、貴様は……貴様はいったい何者なんだ!」


「私は何者でもない……『世界を終わらせる存在』がすべてを喰らい尽すために生み出した“暴食”でありながら、その意思を遂行するための唯一無二の“写し身”なのですから!」


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