211話 大混戦


 都市の影から白と赤の二つの光が飛び出し、駆け抜けていく。

 そんな目立つ者がは正門の前に集まっていた数百人規模の内、幾人かの目に映るのは当然で……。


「な、なんだ今のは!? 何かが凄い速さで駆け抜けていったように見えたような気がしたが」

「馬鹿者! おそらくあれが最高司祭がおっしゃられた犯行勢力だ! すぐに早馬部隊を出せるだけ出して追うのだ!」


 私達の存在に気づいた信徒兵によって次々とその情報が内部へと伝わっていく。だがそれは仕方がない、あの数に見つかるなというのが無理な話だ。


 すでに早馬に乗り私達を追いかけてくる影がいくつか確認できるが……。


「そう簡単に俺達の跡を追えると思うな。術式展開、装填属性《風》! 撃ち落とす、『烈風狙撃ウィンドスナイプ』!」


ヒュオ……


「なんだ? 風を切る音が……うわああ!?」


「さらに術式固定。まだまだいくぞ!」


 高速で放たれた風の衝撃が寸分狂うことなく馬の足元に直撃し、バランスを崩して乗っていた兵はそのまま横転してしまう。ほうほう、限界まで魔力を圧縮して威力を抑えた分スピード、正確性、射程距離を大幅にアップさせたか。

 そして固定した術式によって次々と追手を撃ち落としていく。これならレイ一人でも十分対処できそうだ。


 というよりも、犬の一番後ろに乗ってるのがレイなので、射線的にどうしても私が攻撃しづらくなってしまう。


「よしレイ、そのまま追手は任せた」


「ふん、この先も貴様の出番はない」


 そうなってくれればそれが一番いい展開だけどな。そう、このままの調子ならば問題なく私達は逃げ切ることはできるはずだ……。


「それよりムゲン! アタシらはこのままがむしゃらに逃げるだけでいいのかい!」


「いや、東に少しづつ逸れながら南へ向かって走る!」


 追手から逃げきれさえすれば大陸各地の村や町にひっそりと身を潜め次の行動の機会をじっくりと待てる。

 さらに、すでにこの大陸にはヴォリンレクスの密偵が少数と、私達に協力してくれるレジスタンスが各地点に紛れ込んでいる。女神政権の捜索の手は回るだろうが、彼らと協力して発見される前にこの大陸を抜け出すのが最後の作戦だ。


「でもちょっと待って。ここから南に向かうってことは……新魔族のいる第六大陸の方へ近づくってことじゃない! それって大丈夫なの……」


「ああ、だがまだ大丈夫のはずだ」


 確かに、セフィラの言う通り南に向かうということは好戦的な新魔族の方向にも近づくことになる。だが、女神政権に戦争を仕掛ける新魔族はまっすぐあの都市を目指すはず。

 なので、私達はこのまま東へ逸れ続ければ戦いを仕掛けに来た新魔族と鉢合うことはない。


(本当は……もう一度第六大陸に渡って会いたいやつがいるんだがな)


 私の本心としてはこのまま第六大陸へ向かいたい。だが、セフィラを連れ出しベルフェゴルの協力もない今そんな無謀な行動を起こすわけにもいかないだろう。


「ムゲン、追手の数は増え始めたが奴らとの距離は確実に離れてきている。この調子ならあと数時間もしないで振り切れる」


 順調だ、今のところはすべて組み上げた計算の通り何一つ問題なく進んでいる。このまま何事もなく済んでくれれば……。


「ガウン!(ご主人! なんか前方におびただしい数の人の臭いがするっす!)」


「ムゲン、アタシも前から大勢の人の気配が近づいてくるのを感じるよ!」


「ここで予定外の事態か!」


 逃げ切るまであと一歩という大事な時だというのに……。しかし、前方に大量の人がいるということか、感知センスの強い二人だから勘違いということはないだろうが、いったい何が近づいているというんだ。


「ねぇ見て! 前の方でなんか土埃みたいなのが舞ってない!?」


 見れば、セフィラの言う通り遠くの前方に土埃が広範囲に舞っている。まだ距離があるが、ここからでも視認できるほど大量の土埃が舞っているとなると、相当の大群がこちらの方向へと向かっていることになる。

 あれが何かはわからないが、避けた方がいいのは確実だろう。


「犬、サティ! なんとか前方のあれを避けて進むことはできるか!」


「ガウガウ(それって後ろの追手に追い付かれないようにしながらってことっすよね。速度を落とさないようにとなると結構ギリギリっすけど、それでもいいすか)」


「ギリギリ避けて、そのまま私達をスルーしてくれる連中なことを願うばかりだな」


 無理に進行方向を変更したらそれこそ背後の追手に追い付かれてしまう確率は高まってしまう。どちらにしろ私達に残されてる選択肢は多くない……だったら、賭けるしかないだろう。


「サティ、あれを避けながらそのまま進むぞ!」


「……ん? あ、ああ、避けながらできるだけ真っ直ぐ進むってことだね。問題ないよ」


「どうしたんだ? 何か気になることでもあるのか?」


「いや、今の提案については何もないよ。ただ……あの大群の気配、どこか知ってるような気がしてさ。それに、どこか懐かしいような……」


 知っている? 何か嫌な予感がするな……サティに第五大陸の知り合いなどいるはずがない。しかも"懐かしい"か……私の知るサティの知り合いのほとんどは他の地にいることはわかっている。それでいてサティが懐かしさを覚えるということは、つまり……。


「ッ! 思い出したよムゲン、こいつは……!」

「ああ、私も今わかった! 犬、今すぐ進路を変更してあれから遠ざかれ!」


「ガ、ガウ……(ちょ、そんなこと急に言われても……)」


「ちょっと、前から何か飛んでくるわよ!」


 クソッ、気づくのが遅かったか! すでに前方からいくつも魔力反応がこちらに迫ってきている。あちらは私達のことを確認もせずに潰す気だ!


「間に合え! 『力場の壁プロテクトウォール』!」


「こいつは並みのパワーじゃ防ぎきれないね! なら、『剛魔爆炎斬ゴウマバクエンザン』!」



ヒュゴォッ……バシャアアアアアン!



「きゃあ!? なんなの、突然凄い水が降ってきて……雨でも降ってきたの!?」


「そうじゃない! これは……攻撃だ!」


 そう、これは私達に向けて放たれた巨大な水の魔術による攻撃。それが今もなお次々と降り注いできている。


「ガウンー!(ご、ご主人ご主人! 全部守り切れてないっす! ちょっと突き抜けてきてるっす!)」


「わかってるっての! でも、この状態だと使える魔術も限られてるんだっての!」


 流石に三人で犬の上に乗っているといつもより動きが制限され魔術のコントロールに少々支障が生じる。加えて走る犬の上では使える防御魔術も限られるからな。


「こんなに滅茶苦茶に撃たれたら……こっちの魔力が持たないよ!」


「ガウ……!(だ、駄目っす! ぼくも水に足を取られて……!)」


 やがて大量の水弾を捌ききれなくなったサティと、足元の大洪水状態に対処できなくなった犬は勢いをつけながら同時にバランスを崩してしまい……。


「うぐっ……!」

「ガウー!(のわっすー!)」


 ついにこの場から逃れること叶わずにその場に倒れ込んでしまう。そのまま犬に乗っていた私達も宙へ放り出され。


「いやー! 誰か助けてー!」


「了解だい! 別術式展開、『空気柔盾エアクッション』!」


ボヨン

「きゃ……あ、ありがとうムゲン」


「このぐらいお安い御よ……へぶっ!」


 しまった……セフィラへの救護を優先しすぎて自分の方をおろそかにしてしまった。おかげで地面へ綺麗に激突しちまったよ……。


「はっ……サティ、大丈夫か! クソッ、これはいったい誰の仕業なんだ!」


「ああ、大丈夫だよ。軽く打ち付けただけだからね」


 流石レイ、華麗に着地してそのままサティの下へと駆け寄るとは。


 どうやら全員目立った怪我もないか……ただ、状況は最悪だ。すでに前方から迫っていた集団がすでに私達の目前にハッキリとその姿を現しているのだから。


「あっれー? なんか前から変なのが走ってくると思って攻撃してみたら……まさかお前達だったとはねぇ! 意外なところで意外な奴らと出会ったもんだ」


「こっちこそ! まさかあんたとこんなところで再会すると思ってなかったよ……リヴィ!」


 そう、私達の目の前に現れた一人の新魔族の少女、大きな水の塊の上に乗るその人物は紛れもなく第二大陸で出会ったあのリヴィアサンだった。

 サティやルイファンと同じ"大罪"の力を持つ“七皇凶魔”の一人であり、私達とは以前第二大陸でちょっとした因縁を持つ……サティは特にな。


「リヴィ! なぜ貴様がこんなところにいる!」


「おっとぉレイ、しばらくぶりだね。お前への恨みも忘れてないよ……後で存分にいたぶってやるから覚悟しろ」


「相変わらずのようだね。それよりも……後ろの団体さんはあんたが引き連れてきたのかい」


「そうだよ。僕は今や新魔族の大部隊を指揮する大将さ。これから生意気にも僕ら新魔族に戦いを挑もうとしている間抜けな人族共をちょちょいと殺しに行く途中だったわけさ」


 こいつも新魔族以外の種族を見下しゴミのように扱う姿勢は変わらないようだな。そして、後ろの連中はそんな意思に少なからず同調する新魔族の戦士達というとこか。まったく、自身の種族本位なのは女神政権もこいつらも似たようなもんだな。


「しかし随分と侵攻してくるのが早いな。女神政権は明日そちら側に仕掛けるくらいだってのに」


「へぇ、やっぱりそうだったんだ。ま、僕達もその情報を聞いたからこうやって調子に乗ってる人族の連中に奇襲しにきたわけだけど」


「う、うそ……!? だって新魔族は女神政権の侵攻に備えて全軍第五大陸の海岸でこちらを迎え撃とうとしているって……。だから、あたしも今回の進軍で一緒にそこに向かうはずだったのに」


 つまり、リヴィ達の襲撃を予測できなければ女神政権の都市は予期せぬ襲撃でほぼ確実に後手に回ってしまう事態が確定していたということか? もしそうなっていたら、セフィラは……。

 だがなぜリヴィは女神政権の軍事状況を知っているんだ。


「じゃあ、あんた達はこのまま女神政権の都市へ攻めに行く気かい」


「そのつもりだったけど……僕個人としてはお前達への復讐の方が先だね! お前ら、あの女は僕達新魔族の裏切り者だ! あいつも、その仲間も全員殺してやれ!」


「ちっ! やっぱそうなるのかい!」


 リヴィの言葉に後ろに控えていた新魔族達も一斉にこちらを睨みつける。

 これは……非常にマズい状況だ。この戦闘は避けることができない。


「ハハハハハ! この大部隊を前にキミらがどれだけ持ちこたえられるか見ものだね!」


 その言葉が合図となり、一国を落とせるほどの新魔族の大群が私達に向かって突撃してくる。一人ひとりが武器を抜き、爪を研ぎ、魔術を放とうと迫ってくる。


「復讐と言いつつも自分から手を下す気はないか! 相変わらず悪趣味な奴だ! 術式展開、広範囲指定! 潰せ、『突風拘束圧ガスタープレス』!」


 広範囲の魔術で向かってくる大群を押し潰していくレイだが、やはり数が多すぎる。構わず突っ込んでくる者や攻撃の穴を抜け突撃してくる。それが数人なら対処できなくもないが……。


「って考えてる間に、こっちにも沢山向かってきてるってか」


「ガウ!(ど、どうするっすかご主人!)」


 当然私の方にも大量の新魔族兵がその命を狙って向かってくる。

 いつもなら縦横無尽に動き回って確実に対処したい場面ではあるが、今私の後ろにはセフィラがいる。


「防御術式展開! 自然属性全投入、『五行守護陣エレメンタルセンチネル』!」


 私達の周囲を防御魔術で覆い、耐える。今の私にできるのはこれしかない。


「犬! お前はこの防御陣を自由に出入りできるよう設定しておいた!上手く利用して一人でも多く対処してくれ!」


「ガウン!(了解っすー!)」


 膨大な魔力をつぎ込んだ防御陣ではあるが、それもこの大群相手にどれだけもつか……。

 セフィラは……どこか虚ろな視線で空を見つめたままうずくまってしまっている。気にかけてやりたいところだが、今は防御陣の維持で手一杯だ。


「ムゲンがヤバそうだね。ここはアタシが手助けに……」


「残念だけど、キミの相手は僕だよサティアン! 『水弾巨砲アクアキャノン』!」


「リヴィ!? クソッ、『爆炎掌波バクエンショウハ』!」


 近くで大きな爆発と共に大量の水蒸気舞い水の粒が降り注ぐ。この感じはサティとリヴィか。

 レイも自身に群がる大群を相手にするので精一杯というところだ。二人からの助けは期待できないと思った方がいいだろう。


「ガウー!(ご主人ー、キリがないっすよー!)」


「焦るな、おそらくもうすぐだ!」


 この状況を私達だけで切り抜けるには、私達の全力をフルに活用しても足りるかどうか怪しいところだ。

 だが私にはまだこの状況を覆す要素が残っていることを忘れてはいない。


「アハハ! キミ達がどうあがいたってこの戦力差をひっくり返す手立てなんて……」



「目標、新魔族軍! 全軍突撃せよ!」

「「「オオオオオオオオオ!!」」」



「あれって……アタシ達を追っていた女神政権の連中じゃないか!?」


「なるほどな、追うのを諦めたとばかり思っていたが……突如現れた新魔族の軍勢に対抗するため兵が集まるのを待っていたということか」


 その通り……そして私はそれを待っていた。私達を追うために女神政権は大量の兵を投入した、このままいけば次々と兵が集まってくるはずだ。


「やはり女神様を連れ去ったのは新魔族の手の者か! おのれ卑劣な!」


 本当は違うんだが、今はそういうことにしておいて可能な限り利用させてもらうことにしよう。もともとぶつかるはずだった両軍だ、この抗争の隙を見つけてどうにか逃げ出す算段さえ立てればいい。


「クソクソクソ! 有象無象共が僕の邪魔をしやがって!」


「このままだとアタシも危ないね……。この隙にアタシはムゲンの方へ行かせてもらうよ!」


 女神政権の登場によって戦況が荒れた今、サティは人族の姿となりレイと共に隙を見て私達の下へ集まってくる。

 私の方に群がっていた新魔族も女神政権と交戦をはじめ、もはや防御陣を維持する必要はなくなった。今のうちセフィラを連れ、安全な場所へと避難しよう。


「セフィラ、大丈夫か」


 心配なのはセフィラの様子がおかしかったことだ。先ほどの様子はまた謎の妄念に取り憑かれてしまったのかと不安だったが……。


「あたしは……大丈夫。うん、平気よ」


 私の手を取り普通に立ち上がる姿はどこにも問題はない。だとしたら、先ほどのセフィラの表情はなにを意味していたのだろう。


「くそう、新魔族の奴らめ……まさか我々に奇襲を仕掛けようとしていたとは」

「まったく、どこからか情報が洩れているのではという懸念もあったというのに……なぜ最高司祭はその件をずっと無視されたのか」


 今のは……女神政権の兵の会話か。今の話からすると女神政権内部では情報漏洩の疑いは何度もあったということか?


「やっぱり……」


「ん? セフィラ、何が"やっぱり"なんだ」


 兵の会話、そしてこの状況……セフィラには何か思うところがあるようだ。


「あたしが前にいた世界……"人"と"魔"が戦って、"人"側が負けたって話はしたわよね」


「ああ、それでお前だけアステリムに逃げてきたとも」


「実は……前の世界でもあたしの側は何度も先手先手を打たれて窮地に陥ったの。誰かが情報が洩れてるかもしれないっていう意見もあったけど、偉い人達は誰もそれを聞き入れようとしないで」


「それって……」


 今の状況と恐ろしいまでに酷似している……。だがそんなことがあり得るのか? まったく同じような状況で、セフィラの側が敗北してしまうなんてことが……。


「あたしも、どうしてそれを今まで疑問に思わなかったんだろうって、今思い始めて……その時は、まったく疑問に思わなかった」


 だから先ほどセフィラはうずくまり、そのことを考えていたのか。

 だがわからない、なぜセフィラの前の世界とこのアステリムで似たような状況が起きているのか。


「どうして……」



「それは、白の女神ははじめから敗北すると決められていたからですよ」



「!?」


 けたたましい抗争の中、そう語りながら私達の下へとゆっくりと歩み寄ってくる影が一つ。

 その人物は、戦場という場所に不釣り合いなほど穏やかな表情を浮かべ、まるで散歩でもしているかのように広げた本を片手に携えていた。


「お前は……」


「おっとこれは失敬、私としたことがせっかくの再会だというのに挨拶を忘れていました。……お久しぶりですね、無神限さん」


 それは、私が一度この世界を去る際に一度だけ邂逅を果たした……因縁の相手。直接ではないが幾度もその人物が振りまいてきた陰謀と対峙し切り抜けてきた。

 “暴食”の名を持つ、未だすべてが謎に包まれたその男の名は……。


「ああ、久しぶりだな……ベルゼブル」


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