210話 遺恨の消失


「おっし外だー!」


 空間魔術によって作られた穴によって私達は無事地下からの脱出に成功する。

 さらに、振り向けば都市の外壁がそびえ立っている。つまり私達は都市から完璧に抜けだせたわけだ。


「それで、これからどうする気よ。まさかノープランじゃないでしょうね」


「まさか、逃げ出す算段はとっくにできてるっての。ただ私の仲間とここで鉢合わせるはずなんだが……」


 見渡しても周囲にサティとレイの姿はない。まだ向かってる途中なのか? まさか場所を間違えたなんてことはないとは思うが。

 念のためもう一度連絡を取ってみるか。それで何か問題が起きているようなら最悪私達だけでひとまずここを離れることも覚悟しておくべきかもな。


 とにかく、まずは二人に連絡を……。


「おーい、待たせたなムゲン-!」


 っと、どうやらその必要はなくなったみたいだな。外壁に沿ってサティ達がこちらに走ってくるのが私からもハッキリと確認できた。

 ただ、何かを後ろに引きずりながら走っているみたいだが……なんだあれは?


「遅かったな二人とも。てっきり先に待っててくれてるものかと思ったが」


「悪い悪い、アタシらもすぐ向かおうとしたんだけどな。外壁の周りを白装束の連中が探り始めたからちょいと対処しといたほうがいいと思ってね」


「この近くにいた奴らを数人気絶させ俺の魔術で拘束しておいた」


 そうか、すでに捜索の手は外壁にまで及んでいたか。奴らも通信石か何かで連絡を取り合い先回りをしようとでもしていたんだろう。

 で、サティが引きずっていたのはその一部ってことね。なるほど、気絶させられてレイによる影の拘束でグルグル巻きにされてら。


 サティ達に外にいてもらって正解だったな。これでスムーズに逃走を図ることができる。


「んで、そっちの女の子がムゲンが探していた子だね。アタシはサティだ、今はゆっくり自己紹介してる暇もないけどよろしくな」


「な、なんか馴れ馴れしいわねあなた……。とりあえず……セフィラよ、よろしく」


 初対面でも明るく積極的に接するサティの性格に引き込まれるようにセフィラは差し出された手を握り返す。

 セフィラは自信家ではあるが意外と人見知りだからサティのような人間は慣れてないかもな。信徒はもちろんのこと、ブルーメで一緒に過ごしたエリーゼやシリカとも違うタイプだし。


「なんか食堂のおばちゃんみたいな感じね……」


 ああ、そういえばいたな……ブルーメにも他人の素性を気にせず明るく接してくれる人が。


 まぁそれはそれとして……セフィラとサティ、二人がこうして握手を交わしてくれたことはとても良いことだ。だが、それ故に確認しておかなければならない。


「セフィラ、この二人と行動するにあたって一つだけ言っておきたいことがある」


「ん? どうしたのよそんなに改まって。言っておくけど今のあたしはちょっとやそっとのことで驚いたりは……」


「サティは新魔族だ。それも七大罪の力の一つをその身に宿す存在でもある」


「え……」


 その事実をすぐに理解したのかセフィラの表情が驚きと不安変わり、半歩下がって再びサティを見つめ直す。


「あなた、新魔族……なの」


「ワ、ワウ……(ご、ご主人、それはセフィラさんに言っちゃマズいんじゃ……)」


 サティが新魔族と知った今セフィラはどのような反応を見せるのか……。正直不安はある、今までセフィラは新魔族という存在をまったく肯定せず頑なに滅ぼす対象と主張していたからな。もしかしたらまた激しい拒絶を見せ、二人とは別行動をとらねばならなくなることも覚悟はしていた。

 だが私は信じたい、セフィラを苦しめていた呪いが消えた今、頭ごなしにサティを拒絶することはないことを。


「ああ、確かにアタシは新魔族だ。でも安心しな、今のアタシはムゲンの仲間だからね」


「本当にそうなんだ……。うーん、でもムゲンの仲間なら……うん、大丈夫よね」


 やっぱり、今のセフィラにはこれまでのような新魔族への強い恐怖や憎しみが消えている。


「それに、大きくていかつい体つきなのがちょっと怖いけど、優しそうな人だし。うん、間違いない、あなたはいい人ね。あたしの勘に間違いはないわ」


「ハハハ、正直にスバスバ言ってくれるねぇ。でも、そういうのアタシも嫌いじゃないよ」


 それに、女神だとか新魔族だとかいう話を抜きにしてもこの二人は仲良くやっていけそうだな。魔導師ギルドの時もそうだが、セフィラって意外と他人と仲良くなるのが上手い気がする。


「セフィラ、もう一度確認するが本当に大丈夫なんだな。お前自身はなんの抵抗もなく新魔族であるサティを受け入れられるんだな」


「そうね……今までのあたしだったら、多分彼女見た瞬間から拒絶してたと思うの。だってこの前までなら新魔族を見れば一発で見分けられたはずだから。でも今はサティが新魔族だなんて全然わからなかったのよ」


「あ、そうだったのか」


 それは初耳だ……そういう重要なことはもっと早く教えておいてほしいもんだ。まぁ今の私はセフィラに甘いからそんな些細なことなら簡単に許しちゃうけどな!


「以前までのあたしなら絶対取り乱してた……でもね、今はまったく何も感じない、むしろスッキリとした気持ちが溢れてるの」


 よかった、これでセフィラも戦いを望まない新魔族を受け入れることができる。つまり、今まで見えてこなかった和解の道も考えられるということだ。

 ……ただ、正直セフィラにまとわりついていた"幻影"や、それを取り払ったことでどうしてセフィラが意見を変えることができるようになったのかは疑問が尽きないところではあるが。


「とりあえず、ここから離れるぞ。話の続きは逃げながらだ」


 私達はひとまずこの地を離れ、安全な場所を求めるために歩み出すのだった。




「とにかく、兵が集まってる正門を避けてこの地から離れるぞ」


「へへ、こうやって大きな街から逃げてるといつか幻影の森に逃げたことを思い出すね」


 そういやそんなこともあったっけか。あの時はまだ私の力も弱く使える手段も限られていたから逃げるのにも一苦労だったな。

 だが、あれから多くの調整と経験を積んだ今の私達には数多くの手段がある。


「てことで出番だ犬!」


「ワフ―! 『ワウン』!(待ってたっすよー! 『戦闘形態ブレイブフォーム』!)」


 もはや私達にとってはお馴染みとなった機動力の要だ。並みの馬なんかより全然早くて意思疎通も図れる。こいつがいてくれて本当に助かってるぜ。


「ちょ、ちょ、ちょーっと待ってムゲン」


「ん?」


 変身した犬を見てセフィラが何か言いたげにジト目で私に詰め寄ってくる。こういう表情も悪くない……てか自分の気持ちに正直になってからはセフィラのすべてがかわいく見えて仕方ないぜハッハッハ!


「で、どうしたんだセフィラ?」


「これ、もしかしなくてもあたしの力よね」


「あ……」


 そういえば……セフィラには犬の力が覚醒してることをずっと秘密にしてきたんだった。


「……いつから使えたの」


「いやーお前と初めて出会ってから数週間以内にはできてただけどなー……。あん時はお前にバレると面倒だと思って隠してた、メンゴメンゴ」


「だ、騙してたわねー! ギルドで再開した時も、そこから逃げて戻ってきた時も! それくらい教えてくれたっていいじゃないー!」


 だってあの時はなぁ……犬の力の存在がバレれば女神政権に本気で目をつけられると思ってたから仕方ないって。


「まぁまぁそう怒るなよ。ほらほらお姫様、最前列の特等席へどうぞ」


「なんか釈然としないけど……まぁいいわ。それと、あたしはお姫様じゃなくて女神様だからね」


 そう言いながら渋々といった風に犬に跨るセフィラ。てかもう女神政権を捨てた身だというのに女神であることにはこだわるんだな。ま、そうやって偉そうにしてる方がセフィラらしいか。


「なぁムゲン、そいつに乗ってくのはいいけどさ……この辺りは都市から少し離れれば見晴らしもいい、すぐに見つからないかい?」


「ああ、確実に見つかるな。だが今回はそれでいい」


 実を言えばこのミッションはセフィラを連れ出せればそれでほぼ完遂したといってもいいのだ。そもそも都市内の膨大な勢力の捜索網を掻い潜ってこの場を離れるのは不可能に近い。

 まず私は誰にも悟られずにセフィラを連れ出すことも不可能に近いと考えていたからな。となれば、逃走方法もそれを基準としたものを考案していたということだ。


「こちらの機動力は女神政権のものよりも遥かに素早い。そうなればあちらも追手の数は制限される」


 早馬などを使えばギリギリ犬についてくることは可能だろうが、流石に都市の兵全員分など用意できるはずもない。必然的に私達を追う手は少なくなるというわけだ。


「つまり、その少数の追手を俺達が倒してしまえば逃げ切れるということか」


「そゆこと。っつーわけで、ほらほら二人も乗った乗った」


 ともかく、一番前に乗ったセフィラに続いて私がその後ろに。さらにレイ、サティと順番に跨っていき……。


「ガウン!(ちょっと待つっす! 流石に四人も乗せたら走れないっす! ぼく潰れちゃうっすよ!)」


「なんだ根性ないな。頑張れ頑張れできるできるって! そこで諦めるなって絶対にできる頑張れよ!」


「ガウ……(無駄に熱い人風に応援されても無理なもんは無理っすよ……)」


 まぁ流石にこの人数は無理があるか。犬が全員乗せて走りきる根性があればそれでよかったが、そうなると他の者にちょっと無理をしてもらうことになってしまうのが心苦しい。


「サティ……スマンがお前だけ走ってくれないか」


「ま、そうなるとは思ってたさ。体の大きさじゃアタシが一番だしね。いいよ、アタシは走ってついていく」


 サティを除けば犬の方には三人……犬にとっては今まで私とレイとサティを乗せてギリギリの重量だったし大丈夫だろう。セフィラは小柄だからな、速度も十分維持できるはずだ。


「ちょっとムゲン、それはいくら何でもヒドイんじゃないの。サティは新魔族ではあるけど女性なのよ。なのに「後ろから走ってついてこい」だなんて……」


「あ、いや、これには私なりにちゃんと深いわけがあって……」


「ハハハ、大丈夫だよセフィラ。心配してくれるのはありがたいけどアタシはあんたが思ってるほど軟弱じゃないから安心しな。スゥ……ハァ!」


ボウッ!


 サティが掛け声と共に気合を入れるように魔力を高めると、その体が炎に包まれると同時に姿を変えていく。


「その姿って……」


「これがアタシの新魔族としての本来の姿さ」


 そう、サティが新魔族としての本来の力を解放すれば街から街へと走り抜けることなど造作もない。実際以前にもこの姿で走ってたしな。


「悪いな、本当はベルフェゴルがここに残ってくれていたら転移で第六大陸まで戻るつもりだったんだが」


 その話をする前にサティとこじれてどっか行っちゃったからな。


「む、別にあんな奴に頼んなくても何とかなるさ。ほらムゲン、早く出発しないとアタシが先に行っちまうよ」


 父親のこととなると途端に不機嫌になるなぁ……なんか対抗心のようなものにも火がついたみたいだし。

 ま、一応ベルフェゴルの協力がなくてもこの先のプランは考えてある。今はただここから逃げることを考えればいいだけだ。


「そんじゃ……突っ走るぞ!」


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