209話 都市からの脱出


「あの男に女神様を連れていかせるなぁ!」


 アプリの力によってセフィラを縛り付けていた呪いのようなものは消え去った。だがそれと同時に周囲に放たれていた魔力の波動も収まり、信徒達も動きの自由を取り戻したみたいだな。

 グラーディオが鬼のような形相でこちらを睨ん見ながら叫んでいる。あちらさんも必死だな。


「セフィラ、犬! てことで早いとこここからずらかるぞ!」


 セフィラが私と共に歩むことを決断してくれた以上こんな場所に一秒も留まる理由もない。

 さらに人が集まってくる前にさっさと退散だ!


「で、でも、ここからどうやって抜け出すのよ! 信徒達を強行突破でもするつもり」


「ワウ!(合体するならいつでもいけるっすよ!)」


 いや、犬との合体は相当の魔力を使う上に使用後の疲労もある。一日に何度も使用するのはリスクが高い。この先どうなるかわからない以上とっておくのがベターなところだ。

 それに、何も合体以外に手がないなどと私は言ったつもりもないしな。


「セフィラも犬も私の近くに……いくぞ、『磁石波マグネライズS』!」


「む! 何かの魔術か、全員備えろ!」


 私の魔術に警戒するグラーディオだが、何かが起こる気配は特になく動揺している。それも当然、別にあいつらを攻撃するための魔術じゃないからな、これはただの前段階。


「ちょっとムゲン、今何したのよ! 説明してくれないと凄く不安なんだけど」


「心配しなくてもすぐにわかるって」


 グラーディオ達がまだ警戒している間に私はアルマデスを取り出し銃口を構える……ま、方向は奴らにじゃなくて上、私と犬がぶち開けた天井の穴の方だけどな。


「ワウ(あー、ご主人のやろうとしてることがなんとなくわかったっす)」


「え? え? どゆこと?」


 セフィラは全然わからないようだな犬は察しがついたようだな。キチンと体を丸めて次の行動に備えてるし。

 犬も大分私のノリに慣れたなぁ。ま、昔のドラゴスともこれくらいの意思疎通はやってたし、こいつも私の"相棒"として成長してるってことだ。


「っつーことで飛ぶぞ! 『磁石波マグネライズN』発射!」


「へ? 飛ぶってどうや……ちょわぁ!?」


 トリガーを引いて魔術の弾丸を発射すると、私達の体はそれに引っ張られるように浮かび上がる。

 そしてそのまま弾丸の発射された方向……つまり天井の穴の先へと向かっていき……。


「ちょっとおおお、何がどうなってんのよこれえええええ!?」


「クソッ! 女神様を連れ去られただとぉ!?」


 あらかじめアルマデスの魔術カートリッジの一つにN極の強力な磁力を含む『磁石波マグネライズN』を仕込んでおいたのさ。そして私達の体にS極の磁力を纏わせれば後は簡単、磁石のSNがくっつくように引き寄せられるって寸法だ。


 カートリッジのエネルギーはまだ残っている、次の弾丸を発射すれば先に発射した魔術は消え、私達は新しい磁力に惹かれてまた動き出す。

 こうやって空中闊歩してるとメリカンなヒーローにでもなった気分になるな!


「奴らを逃がすな! 全兵力を挙げて追跡しろ! 奴はおそらく街の外に出ようとするはずだ、私は先に兵を集め街を出る!」


 こうなった以上奴も本気で私を追うだろう。このまま空中から外に出れば私の居場所などすぐに伝わってしまう。

 ここは当初の予定通り街の中にある抜け道を使うことにするか。


 そうと決まれば早速進路変更!


「はいあっちに発射! こっちに発射! スパイダメーン、スパイダメーン」


「きゃ!? ちょ!? 目が回るからやめなさいよおおお! それにあたしスカートなんだから!」


「なに!? なら私がこの手でしっかり押さえておいてやろう!」


「やめんかこの変態!」


 殴られてしまった……だがよしよし、セフィラの調子もすっかり元通りだ。本当に、完全に『憑き物が落ちた』って感じだな。


 しかしセフィラってこういうスリル系苦手なのか……うし、いつか一緒にテーマパークとかの絶叫マシンにでも乗りたいな! 今後のデートプラン予定表にしっかり記載しておこう。


「ワフゥ(二人とも楽しそうなのはいいんすけど、このまま飛び続けてていいんすか)」


「それもそうだな」


 そろそろ私が事前に確認しておいた抜け穴の入り口がある場所に到着だ。降りた場所からどこへ向かったか推測される可能性はあるが、この辺りはいくつか別の抜け道への入り口もあり、捜索の手は分散されるはず。


「よし、この辺で降りるぞ」


「ワウ(もう空中散歩は終わりっすね)」


「あ、あんた達なんで空中であんな激しく動いて平気なのよ……」


 おっと、私と犬は全然平気だがセフィラはちょっと目が回ってしまったみたいだな。

 だが残念、もたもたしてる暇はないのでこのまま手を引いて抜け道へレッツラゴーだ。


「にゃわー!? む、ムゲンー! あんた後で覚えときなさいよー!」


 そんなわけで、目指すは街の外。この都市からの脱出だ。




「流石に長い間使われてない地下通路だから灯りなんてまったくないな。『光源ライトアップ』っと」


 最近はこんな真っ暗闇を進むこともなかったからこういう魔術も久しぶりだな。

 ただ人生どんなところで何が役に立つかなんてわからんからな、初心忘るべからずってやつだ。


「ワウン(結構入り組んでるみたいっすけど。脱出のプランは考えてあるんすよね)」


「その点については問題ない、私達は後ろだけ気にしてればいい……っと、忘れてた」


 私達が後ろだけ気にしてればいいというのは前を気にしなくてもいい理由があればこそだ。てなわけでその理由を作るために手元のスマホをピポパと操作して[telephone]を起動する。

 通話先の相手はもちろん……。


プルルルル……ガチャ

『お、ムゲンかい?』


「ああ私だサティ。そちらの状況は変わりないか」


 そう、都市の外で待機しているサティとレイだ。

 セフィラをバレずにこっそり連れ出すという当初の計画は達成できなかったものの、大筋は変わらず進んでいる。あちら側に何も問題がなければ私が都市に侵入する前に立てた作戦を続行するまでだが。


『アタシ達は何も問題ないよ、場所を指定してくれたらすぐにでも駆け付けてやるよ』

『だが先ほどから急に街の中が騒がしくなった。都市の出入口付近には軍隊のような人だかりまで集まり始めているぞ』


「あ、それは私のせいだから問題だけど問題じゃない。これから私の指定するポイントに向かってくれ」


『やはり貴様のせいか……。まったく、毎回問題を起こさないと気が済まないのか……』


 そんなつもりじゃないんだがな。私としても穏便に事を進めたいんだがどうにも上手くいかないんだよなー。

 ま、主人公は可愛いヒロインのためなら問題起こしてナンボってもんだとは思うけど……なるべく楽したいってのが本音ってもんだ。


 しかし、やはりグラーディオはセフィラを取り戻すために手段を択ばなくなってきたな。

 とりあえずサティ達に脱出ポイントも知らせたことだし、奴への対応はそれからでもいいか。


「なんであんたこの世界で普通に携帯電話使ってんのよ……」


 ああ、なんかセフィラが私の方を不思議そうな顔でこっちを見ていると思ったらそういうことか。

 セフィラのやつ無駄に現代日本の雑誌なんかで知識持ってるから疑問に思うのも不思議じゃないか。


「ま、別に普通に使ってるわけじゃないけどな。今は時間がないから詳しい説明は後にするが、このスマホの中には今この世界で使える特別な魔術アプリが入っててな。お前の苦しみを消したのもそれのおかげで……」


「ん? どうしたのよ、人の顔をじーっと見つめて」


 確かにあのアプリのおかげでセフィラはこうして私の知るおバカで態度の大きいいつもの調子に戻ってはいるが、本当にこれでセフィラを苦しめていた元凶は完全に取り除かれたのだろうか……。

 私達はこれからサティと合流……つまりセフィラがこれまでずっと目の敵にしていた"新魔族"と鉢合わせることになる。念のため、確認しておくか。


「なぁセフィラ、本当にもう体は何ともないのか? まだ何かに縛られてる感覚や、新魔族を倒さねばならないという強迫観念は残っていないか?」


「ぜんっぜん問題ないわ。むしろすごく気分がスッキリしてる。あれだけあった新魔族への憎しみも今となってはどうしてあんなに固執してたんだろうって自分でも疑問に思うくらいだもの」


 セフィラの態度からは嘘をついてるようには見えない。というか、そんな器用な嘘がつけるやつでもないしな。


 とすると、本当に今までのセフィラを押さえつけていた"何か"は完全に消え去ったとみていいだろう。


「ワンワン(む、二人ともお喋りはそこまでっす。後ろから人の臭いが近づいてくるっすよ)」


「おっと、もうゆっくりと喋ってる時間はなさそうだな。急いで出口へ向かうぞ」


 都市の方で部隊を整えているのとは別口の連中だな。ここまでもいくつか分かれ道があったはずだが、人海戦術で手当たり次第に捜索してると見ていいだろう。


「ここからまた分かれ道だけど、どうするの?」


「この先は各道の先に罠を仕掛けながら進んでいく。もちろん私達が通った道にもな」


 アルマデスを取り出して新たなカートリッジを装填し直し、それぞれの通路の中へと打ち込んでいく。カートリッジの中には人を感知したら発動する魔術が仕込まれている。こういった罠のような魔術は術式を組むのにいちいち面倒くさい順序があったりするが、あらかじめカートリッジに完成された魔術を仕込んでおけばこうして一瞬で設置することができる。ただ、カートリッジの数に限りがあるので他に大技の魔術を仕込めなくなるのは欠点とも言えるが。


 これも魔術アプリ、正しくはアプリをスマホに埋め込む技術を私が応用したものであり、今までの技術では成し得なかった産物だ。

 一般の魔道具のように単純な魔術を組み込む技術ならばすでに世界中で使われているが、この罠の魔術のように複雑な術式を組み込む技術は前世でも神器のような特別なもの以外にはなかった。


(前世で"魔"の技術は極めたと思っていたが……まだまだ進化の余地はいくらでもあったってことだ)


 つまり、この技術を私に提供したアプリの送り主はこの技術が世界に浸透することを承知で私に与えたということになる。

 急激な技術の進歩は時に世界を危険に脅かすことにもなりうる……送り主はそれを理解しているはずなのに与えたということは、そうせざるを得ない程に……。


「ちょっとムゲン! ここ行き止まりじゃない!?」


「ん? おお、そうだな」


 考え事に気を取られすぎていたのか、すでに場所は終着駅。上下左右見渡しても壁しかない行き止まりにたどり着いていた。


「あんたもしかして道間違えた? こんなところで引き返したら絶対追手に追い付かれるわよ」


「いやいや、私がそんな考えなしにこの道を選んだわけないだろう。相変わらずおつむが残念だなセフィラは」


「あ、バカにしたわね! あんた忘れてるみたいだけどあたしは“女神”でとっても凄い存在で誰からも敬われる……」


「はいはいわかったわかった。そういうおバカなところも含めて私はお前のことが可愛いと思ってるし気に入ってるから」


「か、可愛いって……唐突に言わないでよ。でもまぁ……悪い気はしないから許してあげる」


 よっしゃナイスチョロイン。でも、そういうところも私は大好きなので全然オッケイ。他の男にはチョロくあってほしくはないけどな、私は意外と独占欲強いぞ!


 と、そんなことをしている場合ではなく……まずはこの行き止まりをどうするかだ。

 ここは正真正銘の行き止まり、[map]にもこの先にはもう道は記載されていない。だが、ここの斜め数メートル頭上には都市の外側となっており、私がサティ達に示したポイントもそこだ。


「ワウ(で、結局どうするんすかご主人)」


「なに、道がないなら作るまでだ」


 犬もこの程度の問題では慌てなくなったな。セフィラは相変わらずオロオロと不安そうにウロウロしているが、この先私についてくるのならこのくらいの問題は冷静にならないとな。


「んじゃ早速……術式展開、属性《時空》、『壁抜けパスウォール』っと」


「わっ! なにこれ!?」


 なにと言われても、ただ空間魔術で地上までの道を繋げただけだ。時空属性の魔術ではあるが、簡単なものではあるので今の私なら問題なく扱うことができる。

 これで追手も完全に私達を見失い、地下からの追跡は不可能に誓うなったわけだ。


「地上に出るぞ、そこで私の仲間が待っている」


「これ、ホントに大丈夫なやつなのよね……」


「私を信じろっての」


 そう言って私は穴の先から手を差し伸べる。


「……しょうがないわね、ムゲンのこと最後まで信じるって決めちゃったし、もうどうにでもなれよ!」


 セフィラは迷いなく私の手を掴み、私達はついに都市からの脱出に成功するのだった。

 だが私は都市から抜け出せたことよりも、セフィラが私の手を迷いなく掴んでくれたことの方が……何倍も嬉しく思えた。


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