203話 一つの終結、もう一つの始まり
これで名実ともにマステリオンの戦力を削りきったはずだ。いや、もしこれ以上伏兵を用意していたとしても彼らを前にしては大した意味を持たない。
だが、コチラがもたもたしていては奴が逃げる隙を与えてしまうかもしれない。今奴に一番近いのは……。
「メリクリウスさん、奴を逃がさないでくれ! 今そいつを逃がせばきっと取り返しのつかないことになる!」
『うーむ、そうは言われましてもねぇ……ほいっと』
難しい顔をしながらメリクリウスは指を小さく動かすと、見えない何かがマステリオンの体を通過し……
ゴトリ……
その体をが真っ二つに分かれ、上半身が力なく地面へと転がっていく。
『このように、ここにいる彼はどうやら偽物のようですし』
「偽物だと!?」
なんということだ、あの戦いの最中に奴はとっくにここから逃げ出す算段を立てていたということか。
しかしいったい何時そんな真似ができたというんだ。
『多分、あの黒のキングとクイーンの術だね。きっと本体が消えても主人を守ることに特化した力。一つはあの精巧な身代わりを生み出して、もう一つは……姿を消す能力』
見れば切り倒された分身はブクブクと泡を立てて蒸発し消滅していく。
もしやすでに奴は魔導師ギルドから抜け出してしまったのではないだろうか。そうであれば非常にマズい。
『大丈夫、みんなが戦ってる最中にここから遠くに逃げる気配があればあたしが気づいてるはずだから』
「お前が? そんなことがわかるのか?」
『あたしは……どれだけ頑張っても戦闘で役に立つことはできなかったから……。せめて少しでもみんなの役に立ちたくて感知を鍛えて鍛えまくったの』
まさか、ミレイユがそんなことを……。俺が知っている中では本当にただの一般的な村娘だったというのに。
人というのは皆知らない内に変わっていくものだな。だから今度は……俺の番だ。
「つまり、奴はまだこの屋上の内側にいるということか」
『うん、まだあちこちに残っている魔力の残照を利用して巧妙に隠れてる。でも、四方はもうみんなが抑えてるから安心して』
そういえば、いつの間にか幻影達も俺とミレイユの側から離れ、メリクリウス以外の各人が屋上の四方を囲むように陣取っている。
それぞれ超感覚を有する彼らなら姿が見えずとも近くを通りさえすれば捉えることは難しくない。
この状況で奴はどう出る。
「隠れ蓑にできる魔力の残照も、姿を消す能力自体もそう長くはもたないはずだ。この布陣なら確実に……」
……いや、待て。そう"勝ち"を確信して俺はどれだけ失敗してきた?
確かにここから逃れられれば奴の勝利とも言えるが。それが難しいことは奴にもわかっているはず。ならばどうするか?
そうだ、俺ならもっと確率の高い手段を取る……逃げ出す以外の方法でこちらの思惑を外れマステリオンが勝利する方法は。
……一つしかない。
「いただかせてもらうよ……君の"魂"を!」
「それはっ! 今この場で俺を排除することだ!」
瞬間、今この時がゆっくりと流れていくような感覚を俺は感じていた。ミレイユが驚き、ガロウズ達が急いでこちらに駆け付けようとしているがきっと間に合わない。
奴の手刀は何か得体の知れない力がまとわりついている。きっと、これは俺にしか見えていないだろう。
俺とミレイユの死角、背後。奴が次に現れるとすればそこしかない。魔力の残照が消えるのを待っている俺達の虚を突けるこの瞬間こそが奴にとっての最大のチャンス。
その結論にたどり着いた俺は咄嗟に振り向きながら拳を握りしめ……
「マステリオオオオオオオオオオオオン!!」
奴の手刀が届くより一瞬……ほんの一瞬だけ早く俺の拳が奴の顔面を捉え、その邪悪な笑みを浮かべる表情を……打ち抜く!
「ぐ……があああああ!」
まさに紙一重。もし一瞬でも奴の戦略に気づくのが遅れていたならば、俺はきっと魂を抜かれチェス兵のような存在にされてしまっていただろう。
最後の最後でついに……奴の"嘘"に打ち勝つことができたというところか。
『やるじゃねーか
『バカなこと言ってないで状況確認! ごめんねお兄ちゃん、あたしが気づけなかったから……』
「謝るのは後だ、それよりマステリオンは……奴はどうなった!」
そうだ、確かに俺はマステリオンとの打ち合い、そして勝った。ただ、あの時奴の手に得体の知れないエネルギーが纏っていたように、俺の方にも奴とは違う何か未知のエネルギーのようなものが宿っていたんだ。
俺の体の奥の奥からこみあげてきたそのエネルギーは、マステリオンに触れるとまるで侵食するかのように奴の体へと侵入していく様子が俺には見えていた。
「ふ……ふふふ……」
『ヤロウ、起きやがったぜ』
マステリオンは奇妙に笑いながらその体をゆっくりと起き上がらせていく。やはり俺の拳程度ではろくなダメージもなかったのか、先ほど見えた謎のエネルギーは俺の幻覚に過ぎなかったのか。
そう思っていると……。
「は……はは……ごふっ!?」
「!?」
立ち上がったマステリオンの口から大量の血液が吐き出され、地面を赤く染め上げていく。いや、口だけではない……見れば目や鼻や耳、奴の穴という穴から溢れ出るように血液が流れだしている。
「がっ……! は……ははは……なるほどそうか。どうやらごぼっ……! はぁ……“虚飾”はこれ以上私を生かしておくのは都合が悪いと判断した……ようだ。“呪縛”の力が私を殺そうと必死になっているのがわかるよ……」
「どういう意味だ……なぜ、こんな……」
奴の言う“呪縛”とは他人の魂を抜き取る力ではなかったのか? それがどうして……使用者を死に追いやるような事態になっているんだ。
「そう……だな、最期だから……特別に教えてあげよう。キミの拳が私に直撃した瞬間……キミの『体現者』としての力が私の中の“虚飾”を攻撃し始めた……いや、今まさに攻撃されている真っ最中というところかな」
「“虚飾”とはお前自身のことを指すのではないのか?」
「違うよ……この力はね、全部借りものさ。だけど、この力自体が攻撃されるとは本来の持ち主も思っていなかったんだろう。必死になって私の体から脱出しようと……ごふっ! しているよ」
確かに、先ほどマステリオンは体現者となった際に魂を抜き取る力を得たとも言っていた。
だが、今その力は攻撃されその体から抜け出すためにこのような事態になっている……ということは!
「察しの通り……さ。私が生きている限りこの力は外に出ることができない。“呪縛”というのは文字通り"呪い"なのさ。力を与えられる代わりに決められた"死"が待っている。そして力は還り、また新たな人物が選ばれる……」
その力を得れば自分の思い通りに、好きなように世界で生きることができる。だがその代わり、自身の"死"だけは選ぶことができない……。
縛られているのは死に様だけなので、一見それだけかとも思えるようなリスクではある。だが、"死"を握られるという恐怖はその時になってみなければわからないかもしれない。
たとえ今までの人生にすべて満足したとしても、その死によってすべてを奪われたら……。
「私はね……自分の人生に満足しているよ。少なくとも人生の中で辛いと思った時はないし、魔導師ギルドマスターとなって様々な人の喜びや悲しみ、愉悦や憎しみ溢れる物語を沢山見れたからね」
そう語りながらもはや立つ力も残っていないのか、再びその体は力を失い血だらけの地面へ倒れていく。
だがその表情は……本当に満足そうに見えるようで……。
「本当に貴様は……自分の人生に満足しているのか」
それは、俺のマステリオンへの最後の問い。なぜ奴が自分で「満足した」と言った後に同じようなことを聞く質問をしたのか。
……きっと、俺がこの男のことを何一つ信用していないからだ。だから最期に、その口から"真実"を聞きだしたかった。
「……」
俺の問いに、マステリオンは少しだけ考えるように目を閉じ……。
「ああ、何一つ未練なんてない……私は、満足だよ」
そういつもと変わらない、魔導師ギルドで誰もに向けていた最高の笑顔を最期に……その一生を終えたのだった。
「ああわかったよ。この……大嘘つきめ」
もう俺はそんな作り物の笑顔で騙されることなどないというのに……どこまでも自分を偽る男だ。
だがこれで、俺とマステリオン……いや、“虚飾”の使徒との長いようで短い戦いが終わりを告げるのだった。
「しかし……これほどまでに壮絶な戦いになるとはまったくの予想外だった」
当初の目的としては、魔導師ギルドを奪還し世界の均衡を取り戻すのが魔導神様の思惑だった。
しかし蓋を開けてみれば『体現者』と呼ばれる未知の次元の戦いに発展し、こうして旧時代の英雄達まで駆け付けるまでに至った。
そのおかげで、こうして俺の方は見事勝利を収めることができたが……。
「そうだ……シリカ、レオン君達は無事なのか」
ここではない場所で戦う俺の仲間、そして今世の大切な存在。ディガンには勝てたのだろうか、彼らがどうなったのか知りたい。
だが、今のオレの体力ではすぐに駆け付けることはできない。一刻も早く状況を知りたいところなのだが……。
『任せてお兄ちゃん。今あたしが感知してみるから』
「済まない、頼んだ」
マステリオンとの戦いは終わったが、ミレイユ達幻影の英雄はまだこうしてここにいてくれている。
ただ、ミレイユ達と会えるのもきっとこれが最後になる……未練はもうないが、最後に何かしてやれないものか。ミレイユ達がいなければ、俺はきっとここで朽ち果てていただろうから。
『下の方に四つの魔力反応……一つは魔物だね。この感じからして交戦状態じゃないみたい』
「魔物はきっとオルトロスのものだろう。その他に三つの魔力反応ということは……」
あの三人だ……そうか、勝ったんだな。他に反応がなく交戦状態でもないということなら戦いは彼らの勝利で終わったのだろう。
これで肩の荷が一つ降りた……と、思っていたのだが……。
『でもこれ……お兄ちゃん! 三つの内一つの魔力反応が凄く弱くなっていってる! このままだと命に係わるかもしれないよ!』
「なっ!?」
ミレイユのその言葉を聞いて俺は居ても立っても居られず取り乱してしまう。当然だ、彼らは全員今の俺にとってかけがえのない大切な存在だ。誰一人として欠けてほしくない。
彼らならディガンを打ち倒せると信じてはいた……だからマステリオンの誘惑に惑わされずここに残ることを選択したが……。
「奴の言葉もすべてが的外れではなかったということか……」
状況からしておそらく誰かが差し違える形で勝利を得たのだろう。ならば俺が共に戦っていれば、重症人を出さずに勝利できたのではないだろうか。
それも、もしもの話に過ぎないが。
「とにかく、早く皆のところへ……くっ!」
『無茶しちゃダメだよお兄ちゃん! 体は大丈夫に見えても消耗は思ってるより大きいんだから!』
「だが! こうしている間にも誰かの命が消えようとしている! なのに俺が何もしないわけにはいかないだろう!」
『だからよぉ、無茶すんのはアニキの仕事じゃねぇつってんだろうが……っと』
「が、ガロウズさん!? 何を……」
突然体が持ちあげられ、ガロウズに担がれるように抱えられる。そしてそのまま……。
『俺様がそいつらのところまで一気に跳んでやるよ! 体キツイかもしれねーけどそれは我慢しろや。てことでテメェらもさっさと来いよ、特にリクな』
「ちょ、ちょっと待ってガロ……おおおおう!?」
一瞬の浮遊感の後、何かものすごい圧力がその身に降りかかったと思うと、そこはすでに屋上の石造りの大地ではなく芝の生えた土の地面。
土の感触、ということはすでにここはレオン君達が戦っていたグラウンドだ。
「とすれば、シリカやレオン君達はどこに……」
「いやあああああ! レオンさん! ダメです、起きて! 起きてください! 死なないで……死なないで!」
「レオン! やだ……許さないわよ。こんな……こんなところで死ぬなんてわたくしは絶対に許さないんだから! だから! だから……!」
「!?」
今の悲痛な叫び声は……間違いない、シリカ、そしてエリーゼのものだ。声の感じからして二人が命に係わるようなことはなさそうだ。
だが、今の二人の叫びは尋常ではなかった。そして、それを向けられていた相手は……。
『どうやら、アソコで倒れてんのが重症人らしーな』
「レオン君!?」
俺は思わず駆け出していた。体は重く、力を入れるのも辛くはあったが、そんなことよりも彼のことの方が重要だった。
レオン君、キミは……キミは……。
「なんて……ことだ……」
「兄さん!? 兄さん、レオンさんの……レオンさんの体から血が止まらないんです! ずっと、再生魔術をかけているのに……!」
「早くあなたも手を貸しなさい! このままではレオンは……レオンは……」
彼の状態は目を逸らしたくなるほど酷いあり様だった。体のいたる箇所から血が噴き出し、内部の破損が酷いのか黒く変色している部分もある。そして、極めつけはその左腕……いや、もはや彼には左肩から先が存在しておらず、そこから血が止めどなく流れている。
取り乱しながらも止めることなく再生魔術をその体に行使し続ける二人だが、レオン君の体はまるで効いていないかのように生気が失われていく。
二人も魔力はほとんど残っておらず、このままでは自身の生命力を魔力に変換してまで彼の再生を試みようとするだろう。
「どうして……レオン君がこんなことに……」
「私達のせいです……レオンさんは私達に無茶をさせないために自分一人が犠牲になる覚悟で……ディガンさんを……」
それは……俺のせいでもあるのかもしれない。戦いの前、俺は彼にこの先の戦いではそれ相応の覚悟が必要だと語った。
もしかしたら、レオン君が無茶をしたのはその時のこともあったからではないのかと。
「そんなことより! あなたもできる限りの回復魔術をレオンにかけなさい!」
「いや、俺の魔力はもうない。だが、助ける手段はある」
「あなた! こんな時に何を言って……」
『お待たせ、そっちの子が例の重症人かな?』
「「!?」」
ガロウズに続いてリクが屋上から降りてくる。
今のレオン君の状態では俺なんかが手を貸しても何も変わらない……いや、どれだけ優秀な魔導師でも難しい。
だが彼ならば、普通の人間を超えた力を持つ者ならばきっと……!
「リクさん、お願いします」
『うん、任せて』
「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた誰ですの!? 突然現れてレオンに何をする気!」
「兄さん、その人達はいったい……」
回復を続けながらも突如現れたリクに警戒心を向けるシリカとエリーゼ。ぽっと出の人間にいきなり大切人を任せられない彼女達の気持ちはわかる。
だが今は、彼の力しか希望がないことは俺にしかわからない。
「今は説明している暇はない! 彼は魔導神様の旧友……俺達の味方だ! 頼む、俺を信じてここは彼に任せてくれ!」
だから俺にできることは、信じてもらうことだけだ。
「わかりました、私は兄さんを信じます」
「ありがとうシリカ……エリーゼ」
「……くっ、わかりましたわよ! その代わり、もしレオンが助からなかったら……」
「覚悟ならとっくにできているさ」
エリーゼの目は本気だ、もしレオン君がこのまま助からなければ……彼女はきっと、昔の俺のような復讐鬼と化してしまうだろう。
そうだ、ここで彼を助けなければまた多くの悲しみが生まれてしまう。それは、ここで得た勝利など容易く空虚なものと化してしまうほどに……。
『なんか揉めてるみたいだけど、今の会話の感じからしてやっていいってことだよね』
そう言いながらこちらの返事も待たずにその両腕を樹木へと変化させ、巻き付くようにレオン君の体を覆っていく。
俺の時と同じだ……ただ状態がより酷いせいか、俺の時よりも覆う量が多い。特に、失った左腕の部分は根を張るようにびっしりと。
「な、なんですのこれは……」
「でも見てください!? 血が止まって……レオンさんの顔色が少しづつ良くなっていきます!」
流石だ……あれほどの重症では俺も本当に治せるのか不安はあったが、こんなにもあっさりと成し遂げてしまうとは。
ただ……。
「左腕は……治せないのか」
『僕にできるのは傷をふさいで生命力を与えるだけ。その生命体に腕を生やす力が最初からあれば別だけど、なくなってしまったものを戻す力は僕にはないよ』
そうか……だが、今は命があるだけで十分すぎる。レオン君が目を覚ました時にショックを受けてしまうかもしれないが……。
「あれ……ちょっと待ってください。確かに傷はほとんど消えましたけど……内側の黒い痣が残っています」
「ちょっとそこの木人! ちゃんとレオンを治しているの!」
『木人って……酷いなぁ。とはいえ、うん、これは生命力じゃ治せない傷だね。僕じゃ干渉できない魔力が邪魔してる。残ってると結構危ないかも』
まさかリクでさえ治せない重症が残っているとは……。しかし魔力による傷、それも内部からとは。周囲の破壊の跡から見ても、ディガンは人の内部に攻撃を仕掛けてくるタイプとは思えないが……いったいどうして……。
「おそらく……レオンさんが最後に使った魔術が原因かもしれません」
「そうね、どうにも足りない重力のエネルギーをその身に受けてまで魔術の威力を上げていたようにも見えましたわ」
それが影響か……。レオン君、キミはそこまでして彼女達……いや、彼女達との未来を護ろうとしたんだな。
しかし、そうなるとレオン君の体の中には重力の魔力エネルギーが残っているということになる。こういう場合、同じ属性の魔力エネルギーで『
『ならば、ここは某に任せてもらおう』
「リルさん!」
「ま、また増えましたわ」
「今度は女の人……ですね」
そうだ、幻影の中には重力属性の扱いに秀でた彼女がいた。これもまた運命と呼べるだろうか。
『そうだね、そっちはリルさんにお願いするよ』
『うむ、では早速……』
リルがレオン君へと手をかざすと、黒い痣は徐々に消えていき……。
『相当身の丈に合わないほど強大な魔力を行使したようだな。まだ若いというのに無茶をするものだ』
『これで治療は終わりだね。左肩に付けた僕の一部はもう独立した物体だから、僕が消えてもずっと残るはずだよ』
左肩部分にのみ樹木を残してレオン君の治療が完了する。まだ目覚める気配はないが、顔色もよく呼吸も安定している。
「レオンさん……よかったです、本当に……」
「まったく、無茶ばっかりして……今度ばかりは本当にダメかと思ったじゃない、このバカ……」
そう言いながらも必死で涙をこらえようとしてエリーゼと、溢れる涙を抑えられないながらも安堵の表情を浮かべるシリカを見て、俺もやっと……救われたような気がした。
きっとこれこそが俺の望んだ、本当の"勝利"なのだから。
「それはそうと……リオウ、彼らは何者なんですの」
「そ、そうです兄さん。この人達はいったい……」
『お~い、お兄ちゃーん』
すべてが終わり、二人が俺に説明を求めようとしたところでミレイユが学舎の方から駆け寄ってきた。
見れば、アルフレドも空からゆっくりと降りてきており、いつの間にかメリクリウスも側に立っている。
『おせーぞミレイユ、もっとパパっとやってこいよ』
『あたしは身体能力高くないし、パッと行ける魔法もないんだから仕方ないでしょ。ていうか誰か連れてってよ!』
なんだかミレイユを中心に騒がしくなる幻影達だが、そんな光景をシリカもエリーゼもキョトンとした表情で見つめるだけで、困惑して言葉もでないようだ。
特にシリカは俺とミレイユを交互に見つめて……。
「え? え? どういうこと……ですか? あの人、今兄さんのことを……」
「それはだな……なんというか……」
『あ! あなたがお兄ちゃんの"今"の妹のシリカちゃんだね! あたしはお兄ちゃんの"昔"の妹のミレイユ、よろしくね!』
「???」
どう説明したものかと悩んでいると、こちらに気づいたミレイユがシリカの手を掴んでブンブンと自己紹介を始める。
ただ、シリカはさらにわけがわからず混乱してしまっているようだが……。
「に、兄さん? どういうことなんですか?」
「そうだな、できれば今すぐ詳しく説明したいところだが……」
シリカや、俺の仲間である皆にはもう話してもいいだろう、"俺"という人間……転生者としてのすべてを。
ただ、今の俺にはそれよりも先にやらねばならないことがある。
「説明は、もう少し待ってくれ。この戦いが終わったら……必ず話す」
"戦い"という言葉にシリカもエリーゼもハッとした表情でその意味を理解する。
「あなたがこの場にいるということは……まぁそういうことですわよね」
「そうですね、まだ……やらないといけないことが残ってますよね」
そう、俺達の個人的な戦いは終わった……だが、この街で起きている戦いはまだ終結していない。
街の方では未だ魔導師ギルドと革命軍の戦いが続いているはずだ。それを終わらせない限り、魔導師ギルドの奪還は完遂したとはいえないのだ。
「そうだ、だから俺がいかなくては……っ!?」
「兄さん!」
『お兄ちゃん!』
戦いを終結させるため歩き出そうとすると、やはりまだ体に力が入らないせいかバランスを崩しシリカとミレイユに両側から支えられてしまう。
「済まない……二人とも」
不思議なものだ……本来なら絶対にありえない二人が今こうして俺を支えてくれているなんて。
「ミレイユさん……でしたよね。私、その名前を聞いたことがあります。以前兄さんが夢でうなされていた時に囁いていた名前……」
「シリカ……知っていたのか」
俺がまだ悪夢を見ていた頃、魔導神様に出会うまで捨てきれなかった俺の未練。
「あなたがどんな人かは知りません。あなたのせいで兄さんが苦しんでるんじゃないかとも思いました。でも、兄さんの大事な人だってことは……わかります」
シリカはなにを言いたいのだろうか。ミレイユに対して何を思っているのか。
そしてミレイユは、そんなシリカをどう思っているのか……。
『ごめんね、あなたのお兄さんを苦しませちゃって。確かに、あたしのせいでお兄ちゃんは縛られてたと思う』
「ミレイユ、俺は……」
『でも! これからはお兄ちゃんの想いのまま生きてもらわないと! だから、そろそろお兄ちゃんにはシスコンを卒業してもらわないといけないと思うんだけど……シリカちゃんはどう思う?』
な、なんだと、なぜそんな話題になるんだ!?
というよりも俺はそこまでシスコンではないはずだ! 確かにシリカやミレイユのことは大事に思っていたが、それは家族の愛情表現として当然の……。
「……フフ、はい、私もそう思います」
「お、おい二人とも……」
『このお兄ちゃんに必要なのは立派なお嫁さんだと思うの。だけど、やっぱりお兄ちゃんを幸せにしてくれる人じゃないと妹としては許容できないので……その選定は任せたよシリカちゃん』
「はい、任されました」
なぜそこで同調するように笑うんだシリカ。しかし、それをきっかけに何故か仲良くなれたようだから良いこと……なんだろうか。
そのまま、俺は二人に支えられながらギルド内部を通り抜け、門へと進んでいく。エリーゼや幻影達もレオン君を抱えながらその後ろを静かに見守りながらついてきてくれている。
『……ねぇお兄ちゃん、気づいてるよね』
「……」
ミレイユのその言葉の意味を……俺は理解していた。いや、わかっていたが目を背けていた。それは、この時間があまりにも楽しかったから。
『あたし達の意識はもうすぐ消えちゃう……ううん、あるべき場所に還るの』
「俺がもう一度『
『うん、あたし達の幻影は召喚されるけど、そこにあたし達の意思は宿ってない。けど、中に宿る力は変わらないから有効に使ってね』
「ハハ……使いこなせる自信はないな」
自分でも理解している、マステリオンとの戦闘で見せた彼らのすさまじさは、そこに意思があるからこそだと。幻影達を俺の意思で動かしたとしても、その力は雲泥の差だろう。
『でも、お兄ちゃんならもう大丈夫だよ。この世界で……"今"の世界で生きる希望を見つけたお兄ちゃんなら!』
その言葉とともに、ミレイユの感触が離れていく。門まではあと少しだが……。
(そうか、もう終わり……なんだな)
振り向けば、そこにはミレイユと共に歩んだ歴史の英雄達が見送るようにこちらを見ていた。
これは、一度だけの奇跡……あちら側からこちら側へくることはできない。そして、俺はまだあちら側には行けない……行ってはならない。
この
『さよなら体現者さん。怪我をしたら僕の力を遠慮なく使っていいからね』
『短い間だったが貴殿と共に戦ったことを某はいつまでも忘れはしない』
『いかなる絶望があろうとも、決して諦めるな……オレからはそれだけだ』
『は~……できればもっと現代の愛について研究したかったんですけどねぇ。仕方ありません、この埋め合わせは体現者さんが素晴らしい愛を見つけて私の幻影に逐一報告することでお願いしますよ』
時代を超えて、世界の理を超えて駆け付けてくれた旧時代の英雄達が光に包まれ消えていく。ありがとう……彼らには感謝以外に言葉が出ない。
そして……。
『んじゃな
『じゃああたしからも一言お願い……魔法神様、そして素晴らしい仲間と出会えたことで、あたしは幸せでしたって。お兄ちゃんに伝えたいことは……もう、全部伝わってるよね』
俺がかつて命以上に大切だった最愛の妹、ミレイユ。そしてそのミレイユが選んだ生涯を共に生きた伴侶の男……。
ああ、わかってるよ……お前の言いたいことは全部。ミレイユ、お前は幸せだったんだな。お前の生きた証は、この世界に残っているんだ。
だから今度は、俺がこの世界に生きた証を刻み込む番だ。
もう振り向かない、光に消える彼らに背を向け、俺は真っ直ぐ前だけを見て歩き出す。
「兄さん……」
「シリカ、ここで大丈夫だ」
シリカの支えから離れ、俺は巨大な門の壁の上に立つ。手に持つのは拡声と通話の魔力が込められた魔石。
さぁ、今こそ俺の成すべきことを成そう。
『「……紛争中の革命軍! 及び魔導師ギルドに告ぐ! つい先ほど、我々はギルドマスターであるマステリオン、及び副マスターのディガンを討った!」』
街中に響き渡る俺の声は戦いを止め、街の空気を一挙に変えていく。
『「ここに宣言する! このブルーメの街……そして魔導師ギルドは今! このリオウラクシャラスの手に落ちた! この戦いは我々革命軍とレジスタンス同盟の……勝利だ!!」』
俺の勝利宣言と共に周囲から歓声が沸き上がる。抵抗していた魔導師達もギルドマスターが討たれたことで続々と戦意を失っていく。
そう、俺達はついに……かつての魔導師ギルドを取り戻したのだ。
「私達、やったんですね」
「ああ……だが、本当に忙しくなるのはここからだ」
後ろを向いても幻影達はもういない。これからは、俺達自身の力で未来を切り開いていくしかないんだ。
だが俺は信じている。我が神、魔導神様やかけがえのない友、そして家族と共に歩む……素晴らしい未来を。
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……そして、場面は再び移り変わる。レオン達、そしてリオウが戦闘を開始する前まで。
そこから遠く離れた場所で、その者は"雪原"の大地に立つのだった。
「うっはー、相変わらず寒っむいなー……第六大陸は!」
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