202話 運命の交差点 後編


 残っているのはチェスの駒の中でも位の高い上位の三種類……ナイト、クイーン、キングを残すのみとなった。

 そして、その中でも一番数の多いナイトは……。


『ったく、アルフのやろうまーた暴走しやがったのか。ま、今回は自分で抑えたっぽいからいいけどよ。闇の根源精霊にゃいい思い出がまったくねぇぜ』


《――オイ貴様! 我々ヲ舐メテイルノカ……!》


『んあ?』


 すでにガロウズの四方を囲み、魔力を纏わせた武器を構えいつでも攻撃に移れる体制を陣取っていた。

 だというのに……囲まれてる本人はまるで危機感などなさそうなひょうひょうとした顔で、鼻くそまでほじる始末である。


『舐めてるっつーか……ほら、俺って最強じゃん? そんな俺様が一気に攻めちまったらさっきみてーになんの面白みもなく終わっちまうだろ。だから、ここは一つ挑戦者諸君に先手を譲ってやろう……っつー俺様の心意気よ』


『最強最強言ってるけど、あんたいっつも魔法神様に負けてたじゃない』


『負けてねぇよ! ありゃ引き分けだ! 全部引き分けで決着がついてねーだけだ!』


 こんな状況だというのになんと緊張感のない会話だろう。ミレイユもガロウズの強さを信頼してるからだろうが、少し気を緩めすぎではないだろうか……。

 ガロウズの先ほどの一撃を見る限りそのパワーとスピードは幻影達の中でも群を抜いている。しかし、ナイトにはスピードを超えたあの瞬間移動がある。


「ガロウズさん、そのナイト達には瞬か……」


『あっ! お兄ちゃんストップ!』


 っと……なんだ? せっかくナイトの特殊能力について助言をしようと思ったというのにミレイユにそれを阻止されてしまった。


『突然ごめんねお兄ちゃん。でもね、ガロウズってば戦う前に相手の戦術をネタバレされるのがとっても嫌いなたちなの』


「い、いや、俺は別にそんなつもりは……」


『こっちにそんな気がなくてもあいつはそうは思わないから。「真剣勝負に水を差すようなことするな!」とかなんとかで。ほんと、変なところでプライド高いんだから』


「そ、そうか……」


 彼への助言禁止の理由は理解できたが……文句を言いながらもガロウズのことをしっかり理解しているミレイユになんだかもやもやしてしまう……。

 いや、わかってはいるんだ、二人は幾年も連れ添った夫婦だったのだから多少の意思疎通くらいなんともないと……。


 ただちょっと……ガロウズのことを話す際のミレイユの顔がほんの少し赤くなっていたり、声の感じが楽しそうなのが元兄として気になってしまうわけで。


《――俺達ニ先手ヲ譲ルダト……》

《――ソレヲ舐メ腐ッテルト言ウノダ!》


 流石にナイト達もガロウズの態度に腹を立てたのか怒りの感情をあらわにしていく。チェス兵といえどその魂は元は人間のもの……マステリオンに縛られていようと元ゴールドランクの魔導師としてのプライドは残っているのかもしれない。


『へっ、威勢がいいな! そういう奴は大歓迎だぜ!』


《――後悔スルガイイ! 『大炎上プロミネンス』!》

《――我ラガ力思イ知レ! 『轟雷突牙ライトニングボルテクス』!》


 しびれを切らしたナイト達がガロウズへと飛び掛かっていく。だが一斉にではなく、先行して三体が別方向から同時に、残る一体がその陰に隠れるようにタイミングをずらしてだ。

 武器に纏わせている魔術も先に突撃した者は大味のもので動きを封じ、次弾で一点集中型を打ち込むという連携技!


 戦術としては申し分ない完成度だ。これをガロウズはどう受けるか……。


『んだよ……大見得切ったわりにゃいかにもお利口さんが考えそうなつまんねー戦術じゃねーか。期待して損したぜ』


 と、危険が迫っているというのに未だ片手を腰に置きながらもう片方の手で頭をボリボリと掻いている……。


『ま、相手してやるつった手前もあるからな。軽く遊んでやるよ、ほれ『流転ルテン』』


《――!?》


 なんだ!? また遠くからではよくわからなかったが、ガロウズの片足が一瞬ブレたように見えた次の瞬間……襲い掛かっていたはずの三体のナイト達の軌道は逸れ、まるで何かに躓くかのように体勢を崩し地面に転がってしまう。


『んで、向かってくるテメェにゃこれだ。『牙点ガテン』』


《――見エナ……!》


 またもや俺の肉眼では認識できない程のスピードで放たれた何かが最後に突撃してきたナイトの中心を捉え……。


バギャ……

《――アッ……ガッ!?》


 その胴体が静かな音と共にバラバラに砕け、支えがなくなった頭部と四肢も同時に崩れるように地面へと力なく散らばっていく。


『おいおいこの程度か? もっと本気出さねーとホントに一瞬でケリつけちまうぞ?』


《――貴様……!》

《――ヨカロウ、ナラバ今度コソ終ワラセル!》


「ナイト達が消えた!? これは……!」


 瞬間移動だ、あそこまで体勢が崩れた状態からでも使えたのか。つまり。俺と戦っていた時はマステリオンの指示によるお遊びだったというわけか……。

 しかも、現れたと思えば次の瞬間には別の地点に移動している。どれだけの動体視力と肉体のスピードをもってしても、あれでは目で追いかけるのは不可能だ!


《――モハヤ我々ノ位置ヲ捉エルコトハ出来ヌ!》

《――コレデ貴様モ終ワリダ!》


 駄目だ、動きが不規則すぎて客観的に見ている俺達ですらどこから攻撃が飛んでくるのか予測できない。彼らの力を力を疑いたくはないが、直線的な攻撃を主体とする者にとってこの戦術は致命的のはず。


《――モラッ……!》


『んー……この辺か?』


《――ナンダト!?》


 攻撃を仕掛けたナイトが困惑するのも無理はない。誰の目から見ても今のは完全に死角からの一撃だった。

 だというのに、瞬間移動によってナイトが現れるタイミングに合わせて蹴りを入れるとは……。


「凄いな……彼は何か特別な感知方法でも持っているのか?」


『うーん……あいつの場合そんなんじゃないと思うの……』



《――ナ、ナゼコチラノ位置ガワカッタ!》


『そりゃおめぇあれだ……勘だ』



「……か、勘?」


『ね?』


 ただの勘だけで……ナイトの瞬間移動を攻略したというのか。


『てかよ、要はステュルヴァノフみてーなもんだろ? メリクリウスのアホみてーな密度に比べりゃこんなの簡単だぜ』


《――クソッ! 接近戦ハ無理カ》

《――ナラバ奴ノ間合イノ外カラ攻撃スレバヨイ》


 流石に戦術を変えてきたか。だが瞬間移動からの攻撃といっても放たれる魔術の速度は通常と変わらない。それを素手で弾いているガロウズもどうかと思うが……。


『お、いいぞいいぞ。そうやって俺様を攻略しようと必死になりゃこちとら面白れぇ戦いができるってもんだ』


 必死なナイト達と比べてこちらはなんだか楽しそうだ。久しぶりに体を動かせてうっぷんを晴らしている……ということなのだろうか?

 しかし、俺としては早く決着をつけてもらいたいところなのだが。


『まったく……ちょっと! ガロウズ!』


 な、なんだ!? 突然ミレイユがガロウズに向かって叫び出したぞ。

 ……いやまて、ミレイユの表情が今までよりも険しくなっている。


 これは……そうだ、怒っている時の表情だ。俺も前世でミレイユを怒らせた際によくこんな静かな怒気を纏わせていた表情を見たものだ。

 つまりだ……。


『お、どうしたミレイユ? 俺様の素晴らしい戦いぶりに惚れ直したか? まぁ見てろよ、これからもっと俺様の最強っぷりをだな……』


『早く終わらせて』


『え、あ……み、ミレイユ? も、もしかして怒ってんのか? でもよ、せっかくこうして動き回れるんだし、ちっとは自由にやらせてもらってもよ』


『あんたの事情なんてどうでもいいの。お兄ちゃんが困ってるから早くして』


『あ、でもよ……はい……』


 折れた……あのとんでもない戦闘力を持つ常識外の男がミレイユの静かな圧力だけで……。

 いや、でもわかる。俺にはガロウズの気持ちが痛いほどよくわかるんだ。本気で怒ったミレイユには逆らえない……。


『っつーわけでだ……これ以上あいつを怒らせたくねぇんで、テメェらにはわりぃがさっさと終わらせてもらうぜ』


《――コノ期ニ及ンデ何ヲ言……  》


「……え?」


 気づいた瞬間にはすべてが終わっていた。ガロウズが終わらせると宣言してから数秒、その魔力が突然膨れ上がったと思ったらなにもかもが……。


 瞬きする間もなくすべてのナイトの身体が何か強い衝撃でも受けたかのような体勢でバラバラに破壊されており、そこからまるで世界が今それを認識したかのように……。


バァン!


 バラバラになった身体が爆発するように弾けて飛び散っていく。

 まさにガロウズの宣言通り終わらせてしまったのだ。それに、よく見ればいつの間にかガロウズの立ち位置は変わっており、その姿もかつての彼ではない。そう、まるで人の形をした獅子のような姿をしていた。


『『獣深化ジュウシンカ』、でもって“俺様ノ章”ニノ型『チョウコクソク』だ』


 今までも異常な身体能力と特技の数々だったというのに、今のガロウズの状態はそれすらも上回っているというのか。


「しかし、本当に何も見えなかったな。それに、常に瞬間移動し続けるナイト達をすべて同時に倒してしまうなんて……」


『二ノ型は『獣深化ジュウシンカ』の圧倒的な脚力で光速を超えて攻撃する技だから。瞬間移動だろうがガロウズには止まってるようなものだよ』


「その説明に"なるほど"と思えてしまうほど俺の感覚はマヒしてしまったようだ」


 光速を超えるということはつまり、止まった時の中を動いてるのに近い。いくら体内の魔力を利用しているとはいえまさか身体能力だけでそんなことをやってのける人間がいるとは。


『ほれ、俺の方はさっさと終わらせてやったぞ』


『お疲れ様。あと残ってるのは……』



『"愛"ゆえに……んー、このフレーズはちょっと使い古された感ありますかねぇ』



 残っているのは……マステリオンを護るキングとクイーン達を前にしながら、何やら手帳のようなものにブツブツと呟きながら書き込んでいる学者風の男が一人。

 確か、メリクリウスという名だ。……なにやらこの場にいる誰からも好かれていない雰囲気の男だったが……。


『なぁ、あいつ放っておいて俺らだけで戦った方がいいんじゃねぇか?』


『うーん……でも一応あの人の戦い方もお兄ちゃんに見せておきたいし……』


『奴の力など大半がクソみたいなものだろうが! 見せる必要などない!』


『しかし特定の魔力行使の凄まじさで言えば魔法神様と肩を並べる程ではないか』


『その"特定"を使うタイミングが特殊すぎるんだけどねー』


 なんだか三者三様の意見が飛び交ってはいるが、俺としてはあのキングとクイーン達……特に白の駒の魂を解放してやることさえできればどちらでも構わない。


「メリクリウスさん! あなたが何を考えているのは俺にはわからないが……どうかその魂達を解放してやることに力を貸してもらえないだろうか!」


『そうは言われましても……私こういう『意思と意思のぶつかり合い!』みたいな戦いにはなーんの興味も湧きませんからねぇ』


「そこを何とか頼む! 白のキングとクイーン……先代ギルドマスター夫婦の無念の魂。こんな姿になってまでなお愛する者を想い合う悲しき運命から解き放ってくれ!」


『『『『『 あ…… 』』』』』


「ん……?」


 なんだ、突然幻影達が全員同じような顔で俺の方を向いて……どうして誰もが「こいつやっちまったな」みたいな表情で俺を見つめているんだ?


『今"愛"と言いましたか?』


「ぬおっ!?」


 び、ビビった……。

 わけもわからないまま再び視線を戻すとそこには……目の前に突然メリクリウスの顔がこちらの顔面スレスレの位置にあったのだから。

 いったいいつの間にそこからここまでやってきたんだ。


『言いましたよね? 今ハッキリと言いましたよね、"愛"と!』


「あ、ああ……確かに言ったが」


 それに先ほどから顔が近い。この人はいったいなんなんだ、なぜか他の幻影達は一歩下がって近寄ろうとしないぞ。ずっと献身的に俺を支えてくれたミレイユまでも困ったような顔でじりじりと後ずさっているなんて……。


『つまり! 白い方々には一般人である体現者さんですらそれが"愛"であると理解できる事情がある……といことですね。おお、なんと素晴らしい! 他人には伝わらない形の愛というのもその深みを表すようで私は好きですが、やはり相思相愛の形が誰にでも理解できるのはこうしてその愛の認識を伝え広げられていくのでとてもいい! できれば彼らの"愛"についてもっと詳しく知り得たいところです』


『お兄ちゃん、メリクリウスさんがいる場所で"愛"とか"恋"の話は禁句だよ……』


『ああなっちまったあいつは俺らが束になっても止められねぇからな……』


『いくつもの国があ奴の性癖のせいで滅んだこともあったか』


『オレもあいつに何度か無理やり暴走させられた……』


 ……もしかしたらこの場で一番の危険人物はこの男なのではないだろうか。

 先ほど闇の根源精霊をガロウズ達が抑えたという話を聞いたが、それでも止められないというのか……むしろその根源精霊を暴走させていたという傍若無人ぶりにはもはや言葉も出ない。


「し、しかし詳しくと言われても俺が語れることなど……」


『ああ、別に口頭で説明してもらう必要はありません。こうすれば手っ取り早いですから』


 そう言ってメリクリウスは俺の頭に手を置くと……。


『では失礼して『記憶の閲覧メモリアルアーカイブ』』


「お、おいなにをおおおおおう!??」


 あ、頭がかき回される!? これは……俺の記憶を探ってあの二人に関する情報部分だけがピックアップされているのか!?

 しかも、メリクリウスはそれを一瞬で読破したかのように ふむふむ と頷き。


『はいおしまいです。なるほど、体現者さん自身は彼らに直接面識はないのですね。それでも知り得た情報は……ふむふむ』


「おお……ああ……」


 ま、まだ頭がフラフラする。ミレイユの記憶の一部を受け継いだ際にも不思議な疲労感はあったが、これは少々吐き気が……。


『ちょ、ちょっとメリクリウスさん! あんまりお兄ちゃんに無茶させないでください!』


『大丈夫ですよ、人体に害はありませんから。それよりも、あなたのお兄さんは少々"愛"に関心が足りないのではないですか。妹への愛情は称賛に値しますが、これでは視野が狭いことこの上ない。もっと愛し、愛される関係の交際相手でも見つけてみるべきではありませんかね?』


 こ、この男……俺の記憶を探った際に余計なことまで閲覧したのか。そもそも交際経験についても余計なお世話だ、そんなことを言われる筋合いなど……。


『あ、それはあたしもずっと思ってた。だってお兄ちゃんってば前世でも自分の研究とあたしのことばっかだったし。それが今も変わってないみたいなのは……やっぱり側で支えてくれる人がいた方がいいと思うんだよね』


 ……ミレイユにまで言われてしまった。いや、確かに俺は恋人だの結婚だのとは無縁の生活ばかりだったが。


《――貴様ラ、何ヲゴチャゴチャト話シテイル》


 遠くからキングが語りかけてきた。やはり奴はこちらから危害を加えない限り積極的に向かってくることはないということか。

 しかし、一たび白のクイーンへ害をなそうとすれば白のキングは周囲一帯を破壊する凶悪な存在へと変貌する。

 だが、もっとも厄介なのが白のクイーンが使う範囲幻惑魔術だ。しかし先に対処しようとすればキングの懐に飛び込むようなもの……迂闊に近づくことは……。


『あ、どーもどーも先ほどまではそっけない態度をとって申し訳ありませんでした。まさかあなた方がこんなお姿にまでなって自らの"愛"を貫かんとする素晴らしき方々とは思いもよりませんでした。つきまして今度は実際にあなた方の愛がどれほどのものか確かめさせてもらいたいと思いまして……』


《――貴様ッ!? イツノ間……》

《――……!? ……!》


 どういうことだ、今の今まで俺と話していたはずのメリクリウスがいつの間にか消え、キングとクイーンのほぼ真横……つまり敵陣の真っただ中へと移動している。

 同時にどれに気づいたクイーンも魔術を発現させたようで、彼女を中心にどんどん周囲の風景が歪んでいく。その魔術はさらに広がり、ついには俺達のいる場所まで巻き込んで……。


「これは、視界が……いや、他の感覚までおかしくなる!」


 これでは方向感覚が出鱈目でどこに手を伸ばしているのかさえわからなくなる。いや、むしろ今俺は本当に地面の上に立てているのかさえ不安になってくるぞ。


『なるほどー、これは彼を護ろうと咄嗟にとった行動ですね。それとも自分達の領域に踏み込まれたのがそんなに気に障りましたか? いやー上下左右が滅茶苦茶でかないませんねーハハハ』


「お、 余裕そ じゃない おい、そんな 状況はとてもマズいん  うに笑っているがこの のか!」


 だ、駄目だ! 感覚がぐちゃぐちゃすぎて思ったように言葉を繋げることさえできない!

 ……いや待て、ならどうしてメリクリウスは普通に話しているんだ。


『ただ、お話するには適した空間ではないのでしまっちゃいましょう。『魔力の収縮キャプチャーフォース』』


「ぷはっ!? これは……空間が元に戻った?」


 メリクリウスが パン と手を叩いた途端、何かが後ろから通り抜けるような感覚が過ぎたと思ったらなにもかもが元通りになっていた。

 だがおかしい、なぜなら……クイーンが放った強大な幻惑魔術の魔力は変わらず残っているからだ。その力がすべて変わらずにそのままどこかにあることだけは感じられる。


《――……??》

《――貴様、彼女ノ魔術ヲドコヘヤッタ!》


『大丈夫、きちんとここにとってありますよ』


 そう言って見せたのは、手のひらの上に浮かぶ一つの球体。何やらその中身はうねうねとした映像が見えるだけだが……。


『あれは……あのクイーンの魔力をそのまま圧縮してあの中に閉じ込めちゃったんだと思う』


「魔術を……閉じ込めた?」


 そんなことが可能なのか? 魔術をそのまま閉じ込めるということは、つまりあの中にあるのは先ほどこの場に広がっていたということになる。


『メリクリウス殿の空間魔法は恐ろしいものだ。術は何一つ変わらず発動してはいるため術者は閉じ込められたことにさえ気づけないのだからな』


 そうか、クイーンとしては今も幻惑魔術をこの一帯に広げているはずなのにそれがまったく効力を表していないということになるわけだ。


『お、いいことを思いつきましたよ。この魔力を旦那さんにプレゼントしてあげましょうか。愛する奥さんの魔力をいつでも感じられますよー。リボンでも巻いてデコレーションした方が『贈り物』感が増していいですかねー』


《――彼女ヲ……彼女を侮辱するな! 今すぐそれを返せ!》


 これは!? チェス兵の中でも今までで一番感情の籠った一撃だ! キングが振り下ろすその拳には今までにない程の怒りが感じられる!

 心なしかキングもその感情の高ぶりで魂本来の感情が表に出てきたような印象が見受けられる気もするぞ。


『素晴らしいですねー。愛する者を想うが故の怒りの感情。あなたの"愛"が伝わってくるようですよ』


《――バカナ! ワ、我ノ拳ガ当ラナイ……》


 いや、ただ当たっていないわけではない。キングの爆裂する拳はすべて着弾して周囲を巻き込んでいる。だがメリクリウスには当たらない……まるでそこだけ空間が抜け落ちているかのように突き抜け地面にぶつかり、爆発までもが彼の立つ空間を飛び越えて飛散しているのだ。


『さて、これでようやくゆっくりお話しできそうなので早速……』


《――イツマデモ調子ニ乗レルト思ウナ》

《――ワタクシ達ガイルコトヲオ忘レカシラ》


「あれは! 黒のキングとクイーン!」


 今まで本格的に動きを見せなかったものの、流石にここまでされては動かざるを得ないか。中身の魂は誰だかわからないが、キングとクイーンに入れるとなればそれ相応の実力者のは……。


『ああ……あなた方は邪魔なので消えてください。……『歪みし時空の断罪ディストーションパニッシュメント』ミニサイズ×2です』


《――エ……?》

《――ナ……》


 今のは……メリクリウスが腕を上げたら突如頭上から剣のようなものが現れ、次の瞬間それは切り裂くように空間を削り取ってチェス兵ごと消えてしまった……。

 メリクリウスはそちらに見向きもせずにただ上げた腕を下しただけ。


 非情……とは違う。本当に興味がないものを消しただけという感じだ。この人物は、俺の感性ではまったく理解できない領域人間だ。

 そう、むしろ……


「まったく、人が苦労して集めた兵をそんなにもあっさり消し去ってしまうとは、怒りを通り越してあきれてしまうよ」


 マステリオン……この一見正常のように見えてその心根は異常な人物に似ている気がした。


『おやおや、親玉さんが直接会話を持ち掛けてくるとは。私に何か御用でも?』


「特に用というほどのものでもない。ただ……もしやあなたは私と同じようにこの世界の理からは少々ズレた存在なのではないかと感じたので声をかけてみたくなったんですよ」


 理からズレた存在? そういえば、先ほど奴が自分語りをしていた時にも言っていたな「自分はこの世の理から外れた存在」だと。あの時は戦闘に夢中でそちらに頭を回す余裕がなかったためスルーしていたが。

 確か、世界で何年かに一度だけ生まれる他の人間とは異なる感性を持つ人間……それこそが奴の側の体現者に選ばれる条件でもあると。


『ふむ、確かにあなたの言う通り私は世界の腫れ物のようなものでしたよ。それが何か?』


「いや、こうして出会えたのも何かの縁、あなたさえよろしければこちら側につくこともできる。こちら側にくればあなたの願望を今の世で実現することも不可能ではない」


 なっ!? マステリオンの奴、よりにもよって俺が生み出した幻影を引っ張り抜こうというのか! いや、その中に入っている魂に関しては俺の術外のものなので、奴もそれをわかったうえで話しているんだろう。


 しかしここに集まったのは俺を助けるために呼び出された過去の英雄達、奴になびくはずもない……と言いたいところだが。


(正直、彼に関してはまったくわからない)


 本当にあんな男がかつて世界を救った英雄の一人なのかと未だ疑問がぬぐい切れない自分がいる。

 このまま奴の手を取ってしまうのではとも思えるほどに……。


『大変面白そうなご提案……と、言いたいところですが、残念なことに私は生きていた時代ですでに世界の平和を守る正義のとなってしまいましたからね。申し訳ありませんが悪の一味の誘いには乗らないのですよ』


 ……断り方はよくわからないが、マステリオンの誘いには思いとどまってくれたようで何よりだ。

 きっと旧時代に魔導神様が彼の心を改心させ正義の心を目覚めさせてくれたに違いな……


『おい、オレ達の時代の一番の大戦犯が何か言ってるぞ』

『メリクリウスさんってああいう口八丁手八丁が上手だよね』

『大方自身の利益にならない確率の方が高いとみて適当にあしらったのであろう』


 と、思ったがかつての仲間達からはえらい言われようだ……。


「やれやれ、やはりそう上手くはいかないか」


『というよりも、今の提案も嘘だらけでしたからね』


 嘘? 今の奴の言葉も嘘だったというのか。いやしかし、俺にはただ普通に勧誘の提案をしていただけで特にそれ以上の意味は感じられなかったが?


『あっちの体現者の最終目的はこの世界を終わらせることだから。この世界での自由なんてあいつらにとってはいずれ消えて無意味になるだけってことだよ』


「な、なるほど」


 もう騙されないと考えていたのに、どうもまだ心のどこかで奴の言葉に説得力を感じてしまう。惑わされるな、真実を見極めるんだ。


『まぁ、特別あなたに何かしてもらわなくとも、私は自由にやらせてもらってますし……こんな風にね』


《――!?》

《――ナッ!? 貴様、何ヲシ……  》


 なんだ、またメリクリウスが一瞬で別の地点へ移動したと思うとその両手に何か……淡く光るエネルギーの球体のようなものが浮かんでいる。

 そして、それと同時に今までメリクリウスを警戒していたキングとクイーンがまるで動力を失ったかのように力なく地面に崩れていく。


「な、何をしたんだ……?」


『フフフ、彼らの魂はキッチリ私がいただかせて頂きました。彼らはのちに通常の輪廻の波に戻した後に私の貴重な研究資料とさせていただきます。テーマは……『魂だけで"愛"が育み続けられるのか』ですね。いやー今から楽しみです』


 ということは……今メリクリウスがその手に持つエネルギー体こそが先代ギルドマスター達の魂なのか!?

 まさか、別のものに定着された魂を再び抜き出すことができるとは。


『あのヤロウ……魂の抜き出し方なんていつ覚えやがったんだ』


『多分あっちの体現者の力をこちら側の力を使って見様見真似でやった……んじゃないかな』


 いや、それは見様見真似でできることなのか……。本当に、頼もしくも恐ろしい人物ばかりだ。


 だがこれで、すべてが消えた。これでついに……ついに……。


「さて、これはどうしたものかな」


 本当に奴へと、手が届くようになったのだ。


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