201話 運命の交差点 前編
と、意気込んだのはいいが……傷は治してもらったものの、先ほどまでの戦いで消耗した体力と魔力はまったく回復していない。
『大丈夫? お兄ちゃんは無理しないで』
「だが、ミレイユ達に戦いを任せて自分だけ休んでるわけには……」
『それは勘違いだよ。あたし達の幻影はお兄ちゃんによって生み出されたの。今回は特別にあたし達の意識が入ってるけど、あたし達が戦うことがお兄ちゃんが戦うことに繋がるの』
そうだったな、あまりにもしっかりとした人格を持っていたために忘れかけていたが、ミレイユや彼らの意識が入り込むための幻影は確かに俺が受け継いだミレイユの記憶から生み出したものだ。
「しかし、これではなんだかマステリオンと同じ戦い方みたいだな……」
『そんなことないよ、あたし達は自分の意思でお兄ちゃんを助けたいって思ってるんだから。あんなやつと同じだなんてことは絶対ないよ』
俺がよくない方向へ思考を巡らせると、ミレイユはすぐにそれを否定し俺が間違っていないと納得させてくれる。なんというか……すごい心の支えになる。
そうだな、俺はマステリオンとは違う。奴の自分勝手な信頼と、俺が彼らに抱いている信頼とはまったく異なる。
だからこそ、この場を彼らに任せられると俺は確信しているんだ。
『ほんと、お兄ちゃんはあたしがいないとダメなんだから……。でも、これっきりなんだから、この先は自立してしっかりてよね』
「ハハ……肝に銘じておくよ」
おそらく、ミレイユとこうして話し合えるのはこの戦いで最後になる……そんな予感が俺にはある。だけど俺には未練はない。彼女達が描いた未来の上に俺は今立っているのだと理解したのだから。
そして、その先の未来は俺達が描き続けていくものなんだ。そのためにもまずは……。
「そんなに怖い顔で睨まないでほしいな……と、今さら言っても無駄か。どうやらキミは完全に体現者としての自覚を得てしまったみたいだからね」
「どうだろうな、俺自身まだ半信半疑なところはあるが……これで貴様と対等に渡り合えるようだな」
「対等……どころか、おそらく体現者として与えられた力はキミの方が上だと思うがね。ただ、こちらの体現者の一人がすでにそちら側の体現者に敗れてしまっている現状、このまま私が敗北して負け越すのはよろしくない」
「……? どういうことだ?」
すでに奴の他に体現者とやらが一人破れている? 俺以外の体現者……そういえば幻影神も“写し身”と呼ばれる体現者ではあるみたいだが。
そもそも体現者とやらがどれだけ存在するのかもわからない俺にとっては想像することすら難しい。
『体現者はね、全部で三つ。お互いの写し身は戦いのキーだから、これの決着がつくのは世界の命運が決まる時……だから、あいつの言ってる話はお兄ちゃんと幻影神じゃないもう一人のことね』
こうして俺が知り得ない情報をミレイユが補足してくれるのはとてもありがたい。マステリオンはどうにも具体的な部分をぼかして俺を惑わせようとしてくるからな。
『あっちの体現者二人はその時代ごとに世代を変えて現れてるの。一つはとある国で何代も続く王として留まりながら。そしてあの“虚飾”の体現者は……時代ごとに適した人間を選んで常に裏から世界を混乱に導いてきた』
「まさか……だが言われてみれば、この世界は俺が生まれ変わる以前から秩序だっているようで裏では混沌としていた」
腐敗した貴族や各大陸が抱える様々な政治的問題。それは年々増加していく一方で、常にどこかとどこかが裏で睨み合っている状態でもあった。
極めつけは世界中に蔓延る『人族主義』だ。あれのせいで奴隷制や迫害問題が加速していったという記録を俺は知っている。
『実はね……今や世界規模になってる『人族主義』、あれを設立したのが初代“虚飾”の体現者なの。最高司祭として君臨したそいつは後世の司祭にその思想を植え付けたのが始まり……。それ以降も新しい体現者がそれを助長してきた最低な奴らよ』
「なんだって!?」
人族主義のせいで生まれた悲しい出来事は数知れない。内乱や違法奴隷、末にはあらぬ言いがかりによる他種族抹殺など……。
そうか、俺の敵は何もマステリオンただ一人ではなかったんだな。この世界を穢してきた何代にもわたる“虚飾”の使徒……それこそが俺の宿敵だったということだ。
『でも、流石に表立って行動していたもう一人の体現者が打ち破れたことであいつも表に出てこざるを得なくなったってとこね』
なるほど、それが魔導師ギルドが大きく変わった本当の理由か。
しかし、俺以外のもう一人の体現者がすでに戦いを終わらせているとなると……。
「もしやディガンがあちら側のもう一人の体現者か? それならばすでにレオン君達が勝利したということに……」
『残念だけど……あの人じゃないよ。あっちの体現者の一人は半年以上前に倒されてるの、魔法神様の協力もあっての話だよ。多分、あっちの体現者……“憂鬱”の使徒以外はそれに気づいていなかったと思うけど』
つまり、それが魔導神様が打ち倒すべき相手だったということは……そちら側であるマステリオンはあの方の信徒であるこの俺が打ち倒さねばならないということだ。
ただ、ディガンは体現者ではないか……レオン君やシリカは無事だろうか。
「やっぱり下の戦いが心配という顔だね。この感じだと、どうやらディガンも本気で彼らを相手にしているようだ……となると、彼らだけであいつの完全体を相手にするのは厳しいだろうね。どうだい? その目覚めた力で彼らの加勢に向かうというのも一つの手だとは思うが」
俺はもう奴の言葉には惑わされない……と言いたいところだが、やはり気にかかってしまうものは仕方がない。
ディガンの魔力はかつてないほど異常なまでに膨れ上がっているのは遠くからでも感じられるが……。
だが、そんな俺の不安を前に一人の男が前に出てくる。
『ったく、テメェらいつまでも無駄な話をペラペラと面倒臭ぇな』
「おや、私としては結構重要な話をしているつもりなんだがね。彼が知りたい情報を提示しているというのにそれが無駄なことなのかな、亜人の幻影さん?」
『ああ、だってな……そんなもんはテメェら全員さっさとぶっ飛ばしてから考えりゃいいだけの話だろ!』
そう言うやいなや、ガロウズは単身マステリオンとチェス兵の下へと駆けだしていく。
『もう、ガロウズってば……。ま、仕方ないか、頭より先に体が動いちゃうタイプだし』
ミレイユもどこか理解している様子で彼の行動を咎めるようなことはしない。
ともかくこれで、マステリオンとの本当の戦いがついに幕を開けるのだった。
だが、ガロウズの行動はあまりにも無謀ではないだろうか。いくら彼が魔導神様の前世の仲間といっても、あの集団に一人で向かっていくなど。
それに彼らは今ここに現れたばかりであり、チェス兵の戦い方を何一つ体験していない。そんな状態であれを相手にしたら……。
「マズい! ガロウズさん、一旦下がっ……」
《――サセヌゾ、『
あれは、ルークの超防御術! 駄目だ、あの防御の前にはどんな衝撃や魔力も吸収し、同じ力で反射されてしまう。
やはりここは一旦彼に下がってもらい、チェス兵の能力を詳しく説明してから……。
『大丈夫だよお兄ちゃん、そのまま見てて』
俺が彼を止めようとするとミレイユがそれを静止してくる。その顔は何の不安もない、すべてを信頼しているような表情。
『スゥゥウウウ……いくぜ、『
すでにバリアが展開しているのが見えていながらもガロウズはその足を止めず、むしろ加速しながらただ拳を振りかぶる態勢で……。
《――バカメ、自滅スルガイ……》
『一ノ型ァ! ……『
《――イ……グピュギゴ!?※ァ#!ゥ!??》
《――アギ……ギガガ※ォ※!?》
ゴッッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
……な、なんだこれは、俺は夢でも見ているのか……? いや違う、むしろまったく見えなかった。
ガロウズが拳を振り抜ける速度を体が認識することすらできなかったんだ。そして次の瞬間には……。
『んだよ、神器がねぇとこの程度の威力しかだせねぇのか……ま、とにかく。オラ、まずは四体だ、俺様の言った通りさっさとぶった押してから考えた方がはえーだろ』
ルークの『
そもそも俺はあれを破壊することすら困難だったというのに、それを一瞬で粉々にするなど……なんて……。
『「常識外れにもほどがある……」でしょ? うん、それが正しい反応だからお兄ちゃんは間違ってないよ。あのアホがちょっとおかしいだけだから』
『おいコラミレイユ! 誰が頭のおかしいアホだゴラァ!』
『誰もそこまで言ってないでしょ! でも、自分で言って自覚してるじゃない』
改めて、旧時代の英雄のすさまじさを目の当たりにして放心してしまう。魔導神様はこんな人と肩を並べて戦っていたのか……。
(っと、いつまでも驚いてる場合じゃないな。マステリオンの様子はどうだ)
あれほど自慢していた兵を一瞬で破壊されたんだ、奴としてもこの事態に動揺は隠せないとは思うが。
「まったく……一度に駒を四つも取るなんてルール違反も甚だしいね。せっかくだからもっと趣に沿って勝負を進めようとは思わないのかな。リオウ君はその辺しっかりしてくれてたというのに……」
『あ? 知らねぇなぁ、なんでテメェのルールでケンカしねぇといけねぇんだよ。ま、俺様は別に誰がどれだけ常識外れでもそれを上回って最強を証明するだけだがな』
そうだ……俺はあろうことか奴の仕組んだルールの中で踊らされるように戦ってしまった。それは、俺がそれを無視できるまでの力がなかったからだ。
だがこの人達なら……この英雄達ならばそれができる!
『さーて、そんじゃ残りもこの調子でぶっ壊していくかぁ』
『待たれよ、ガロウズ殿。このまま貴殿一人ですべて倒してしまうつもりか』
おっと、流石に一人だけ先行する行為を咎める者はいるか。エルフ族の女性……どうやら幻影達の中でも一番まじめそうな人物だな。
『あ? なんだよリル、それがなんか文句でもあんのか』
『ある、某達は一個人ではなく集団で呼び出された……ならば、某達の力を体現者殿にハッキリ見定めさせながら戦うのが筋というものではないか。皆もそう思うであろう?』
な、なんだ? 単独行動を咎め連携でもするかと思えばそうではなく、個々人の力を俺に見せるためにガロウズの単騎特攻を止めたというのか?
『僕は適当に戦いますから。皆さんは勝手にやっちゃってください』
『むしろオレだけで十分だと思うがな。貴様ら……特にガロウズの戦い方は周囲の被害が大きすぎるだろう』
『ああ!? テメェアルフ、誰にモノ言ってんだ? テメェだって一度キレると見境ねぇじゃねぇか!』
『貴殿らはまったく……それぞれ均等に戦えばよかろう。メリクリウス殿はどうする?』
『ん、私ですか? 私はそうですねぇ……こんな"愛"なんて皆無そうな戦いなんて面倒臭いものよりも、この時代の"愛"を探しに行きたいですね! いやぁこうして未来の世界にやってこれたのですから現代の恋愛事情についてもっと学びたいところですよ。あ、でも今はどこも戦乱の真っ只中なんですよね? それならそれでありですね、戦時中というのは悲しくも美しい"愛"が芽生え、育まれ……散るか生き残るかの面白い場面が溢れてそうじゃありませんか! あとは敵軍とのラブロマンスみたいのもなかなか楽しそうですし、もしかしたら三角関係四各関係なんかにも発展して……』
『黙れゴミクソが! もういい、こんな奴は放っておいてオレはさっさと敵を片付ける! 貴様らも勝手にしろ!』
『やれやれ、相変わらず協調性に欠ける者達だ。仕方がない、ならば某も好きにやらせてもらおう』
じ、自由すぎる……全員個性が強すぎてまるでまとまりが感じられない。それでいてその自由さに見合った能力を持っているがゆえに俺には咎めることもできない。
魔導神様はこんな者達を一つにまとめ上げていたというのか。
「なかなか個性的なで面白い人達じゃないか。ただ、規格外の強さは物語の中ではつまらない要素だ。各員、それぞれの
マステリオンの合図でそれぞれナイト、ビショップ、そしてルークとポーンの集団に分かれてこちらに向かってくる。
キングとクイーンは……四体とも奴の護衛として残しているか。
だが、それは後でいい。まずはこちらへ向かってきたチェス兵の対処だ。
奴らはこちらの幻影達を各個撃破しようとしている。ルークとポーンの集団は……。
『む、なにやら某の方にだけ数が多いではないか。ふむ、一番御しやすそうな女性相手を確実に仕留めるためか』
確かにその通りかもしれない。先ほどガロウズにやられたのを差し引いてもポーン十三体、ルーク三体……総勢十六体のチェス兵がリルを囲むように位置取っていく。
こ、この数を相手に一人で大丈夫なのか。
《――『
『ほう、三対の巨体が先ほどの防御術を構えつつ残りの兵で某をかく乱しつつ仕留める気か。うむ、とても合理的だ』
それにただの防御……というわけでもなさそうだ。リルを中心に三点で囲むような位置にいるルークが一斉にバリアを展開すれば逃げ道を封じることにも繋がる仕組みだ。
『これは困った、某はガロウズ殿のようにバカげた突破力を持っているわけではないからな』
『聞こえてんぞオラァ!』
『まったく獣人は耳が良い……。というわけで、某はこちらで対処させてもらうとしよう』
そう言って取り出したのは……弓か? 一見何の変哲もない弓、そして矢筒の中の矢も普通のものに見えるが。
《――覚悟シロ》
《――殺シテヤルゼ!》
と、こちらが何かをするのを相手が素直に待ってくれるはずもなく、ポーン達がそれぞれの武器に魔術を纏わせて突っ込んでくる。
が、そんなことは関係ないとばかりにリルは矢筒の中の矢をすべて取り出して……。
『『
早い!? 掴んだ矢を目にも留まらぬ速さで一本づつ撃ちだしてく。それも一本一本に魔術を纏わせながら。
しかも、あの魔術の属性は……魔導神様やレオン君が使用するのと同じ重力属性だ。
なるほど、重力を纏ったあの矢が当たればその身に強力な重さが伸し掛かる。それをあの数……これなら!
《――フン、バカメ》
《――コノ程度、避ケルノハ容易イ》
放たれた矢は、期待も空しくすべて避けられてしまう。駄目だ、確かに矢を放つスピードこそ高速ではあったが、所詮は普通の弓と矢……ポーンの身体能力の前にはかすりもしない。
それに……。
《――ハハハ、コイツ何処ヲ狙ッテヤガル?》
《――二発ニ一発ハ的外レトハ、トンダ間抜ケダナ》
あろうことか放たれた矢の内半数以上はポーンへの軌道を外れ明後日の方向やルークの脇、それに随分手前で落ちるものなどまさに的外れ。
矢は一本も当たることなく屋上の地面に突き刺さってしまった。
「このままでは彼女がポーンの集中砲火の餌食に……! 誰か加勢に……」
この状況はどうみても絶体絶命、だというのに誰一人として動く気配はない。それどころか、動揺してるのは俺だけで……。
『リルさんなら何も心配いらないから。体現者さんはおとなしく見てて』
戦闘員の中で唯一この場から動かなかったリクが慌てふためく俺をなだめるかのように手を置き、その信頼に満ちた彼の視線を追って俺も再び彼女の方へと視線を戻すと……。
『間抜けは貴公らだということを教えてやろう……全術式に接続、結界術式追加、『
次の瞬間、彼女の周囲のみ世界が変わった。
《――!? ナンダ、体ノ自由ガ!》
《――ネ、ネジレル……》
リルの方へと走っていたはずのポーンは足を滑らせたかのようにその体を横転させ、まともに立つこともままならない。中には浮かびながらねじれたマリオネットのように普通ならありえない方向へ体がねじ曲がっている者もいる。
それに、この現象は何も攻撃を仕掛けたポーンに留まらなかった。
《――ナッ! コ、コチラニマデ!?》
《――デ、『
遠くにいたルークまでもがその影響を受け浮かび、ねじ曲がっていく。それによってポーンとの位置関係もズレてしまい、あれではバリアを展開することもできないだろう。
おそらく地面に刺さったいくつもの矢がそれぞれ違う重力場を生み出し、あのような複雑な空間を作り出している。
『リルさんは魔法神様の仲間の中でも特に重力属性と結界魔法の扱いに長けてる人なの。一度あの中に捕まったら普通じゃもう逃げられないんだから』
確かに、あそこまでの重力属性はレオン君でも魔導神様でも見たことがない。あれほど広範囲に、しかも一瞬で結界を発動させることにも驚きだ。
『そして、そんな彼女をサポートするのが……』
『リルさん、全重力場に矢の設置終わったよ』
『うむ、いつも済まないなリク』
なんと、いつの間にか俺の横にいるリクがその腕を木の根のように戦場へと伸び、根を張った場所から矢が生えてきているではないか。
それも、すべてが上向きに、重力に絡めとられているすべてのチェス兵に向けて。
『精霊リクを経由し伝われ、某の魔力よ……『
あれは……リルがリクの生やした木の根に触れ魔術を発動したらチェス兵を狙う矢すべてに魔力が宿ったのか。なるほど、リクが精霊だからこそできる技ということか。
そして、おそらくあの矢に付与した重力魔術は……。
『結界の重力の数値は固定した。ゆくぞ! 結界追加術式、『
《――ヤメッ!?》
同時だった……地面の重力がチェス兵を引き寄せ、木の根に設置された矢が勢いよく放たれる。
回避は不可能、矢はすべてのポーンとルークにヒットした。
矢がその体を貫くことはない。だが矢に付与された重力魔術がすさまじい吸引力を発揮し……。
バキバキバキバキバキバキ!!
《――アアアアア!?》
鋼鉄の体が細かく分解されながら吸い込まれていく。重力の矢の中へ押しつぶされて消えていく。
その体に宿した……魂さえも。
《――アアア……貴様ァアアア!》
「なにっ!? 一体だけ抜け出しただと!」
あんな姿になってもまだ生き続けたいという魂の欲求なのか、最後までマステリオンの命令に忠実に行動した結果なのかはわからない。
そのポーンはボロボロになりながらもリルに一矢報いようと剣を振りかざし……。
バキッ……
その剣は振り下ろされることなく、足元から伸びた木の根に全身を締め付けられひび割れた部分から亀裂が広がり……バラバラに砕けてしまった。
『リルさんを傷つけるのは……僕が許さないよ』
『まったく、カッコつけるな。おぬしに助けてもらわずともあの程度自ら対処できたというのに』
『関係ないよ、僕がただ守りたかっただけだから』
そんな他愛もない会話と共に重力の場が静まり、彼女の周囲に残ったのはバラバラになったチェス兵の欠片が散らばっているだけ。
(まさか、あの数相手にこんなにあっさり勝利してしまうとは)
その数こそが脅威であったポーンと厄介な防御力を有したルーク……そんなものを丸で無視するかのような圧倒っぷりだった。
だが、そう……あれらはチェス兵の中でも雑兵と守りに特化しているに過ぎない。
本当に厄介なのは……
「あれは……! 雲型の魔物と昆虫型の魔物の他に……もう二体新たな魔物が生み出されているのか!?」
他の戦いがどうなっているのか気になり、幻影の中でも小柄な男……アルフレドの方を見れば、なんと先ほどまで俺を苦しめた魔物とは別に二体……ドラゴン型のものと
おそらくは黒のビショップによって生み出されたのだろう。簡易的に生み出されたとはいえ様々な魔術の性能を併せ持つ魔物を相手にするのは困難を極めるはず。
「ミレイユ、あれは……大丈夫なのか」
『うん……むしろ、アルフ君の攻撃が飛び火してこないかに注意した方がいいかも……』
先ほどのリル達の戦いから心配をすることはないということは理解し、念のためミレイユに聞いてみたのだが……こちらが注意しなくてはならないとはいったいどういうことだ。
『今のオレは機嫌が悪い……なによりメリクリウスなどと一緒にこの場に呼び出されたことに対しては腸が煮えくり返る思いだ!』
『はっはっは、そんな方便を使わずとも死後の世界でせっかく永遠にエリアとイチャイチャしてたところを呼び出されたことに怒ってるって言えばいいんですよ』
『とにかくオレは一刻も早く奴をこの場から消し去りたいんだ! そのためにはまず邪魔な貴様らをすべて消さなければならない! いいか! オレは手加減などしない! 全部全部全部消し去ってやる!』
な、なんだ!? 突然アルフレドの中から……とんでもない魔力の鼓動を感じられる。属性は闇のようだが……ハッキリ言ってこれは異常だ!
『あ、これ僕達も下がった方がいいね』
『うむ、少し離れるぞ体現者殿』
まさか、先ほどすさまじい戦闘を行った二人が率先して逃げ出すとは。いったいこれから何が起こるというんだ。
『アルフレド君の家系はね……代々その体の中に“闇の根源精霊”の"本体"を宿していたの』
「なっ!?」
根源精霊!? しかもその力の一端ではなく"本体"だと!?
この世界の各属性のマナはすべて根源精霊によって世界のマナが返還されたものだ。
それを体に宿すなど……。
『でも代々宿っていたことは誰も知らなくて、アルフレド君の代でやっと魔法神様が見つけたの。闇の根源精霊は彼らの体を利用して負の感情を集めてて……それが臨界点に到達すると、ああして表に出てくるの』
再びアルフレドへと目を向けると、その体は内側から黒く染まっていき、やがてそれは外へ飛び出すように形を成していく。
『お゛お゛お゛お゛お゛ぁあ゛あ゛っ!』
形が完成したのか、すべてが一つの影で繋がったような体はどこまでも吸い込まれそうな漆黒に染まり一つの怪物となり果てていた。
『神器があればアルフ殿もアレを制御できるのだがな……』
『そればっかりは流石にコピーできなかったから仕方ないね。でも、根源精霊の力まで幻影にコピーできるなんて、お兄ちゃんの力は本当に凄いよ』
いや、今でも俺があれを幻影として生み出したという実感もないのだが……。
ただわかるのは……アレを相手にするのは何であろうと気の毒だ、ということだけだ。
《――ヒイッ!? ア、『
『ヴイ゛イ゛イ゛イ゛! ハッァ! ハッァ! ハッァアアア!! アハハハハアギャギャギャ! ウヒヒヒヒイイイイイッハァ!!』
「うぐっ!? なんだ、耳が割れ……!?」
あの影から鼓膜が破れそうなおぞましい叫び声……いや笑い声が聞こえたと思った瞬間だった。その体からそれぞれの魔物を覆い尽すほど巨大な黒い腕が生えると、まるで食事でもするかのように魔物をその腕で飲み込んだのだ!
そして……
『ゲップ……アギガガ? ……ンニィ』
《――ア、ア……》
その影は次の遊び相手でも見つけたかのような声を洩らしながら瞳のない体でビショップ達を捉えると……。
《――助ケ……》
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛イ゛!!』
『伏せろ!』
「!?」
リルの合図で地面に伏せると、次の瞬間漆黒世界がこの場を支配した。
「こ、これは……」
視界がハッキリして見えたのは、影の体からジグザグに伸びる無数の枝のような黒い物体が辺りを覆い尽していた。俺がタイタンで作り出した氷の樹木に似ている……が、その性質はまったく違う。
《――アア……アアァァァ…… 》
この枝に貫かれたビショップは徐々にその体を黒く侵食されていき、やがて全身が影で染まると……その体はドロリと液体のように崩れ落ちてしまった。
そして、ビショップだったものはまるで日の光で蒸発するように煙となってこの世から消滅するのだった。
『相変わらず闇の根源精霊は滅茶苦茶だ。某達も危ないところだったな』
「きゅ、旧時代には俺が死んだ後にこんな力まで存在してたのか……」
『あれはほんと特別だよ……。アルフレド君が制御できないうちは魔法神様とガロウズとドラゴスさんの三人がかりでやっとあの暴走を抑えられてたんだから』
あれを抑えられるということだけでも俺にとっては驚きだがな。
しかしあれは俺達の身も危なかった。だが待ってくれ、ビショップは倒したがこのままアレが止まらなければまだ俺達の身は安全ではないのでは……。
『アッヒャッヒャ……ヒャ? ア゛? ギギ……うぐぐ……はぁっ! はぁ……はぁ……』
と思っていたらなんと、影の中から突き破るようにアルフレドが飛び出し、徐々に影が消滅していく。
『神器がなくとも何とか抜け出すぐらいはできたか』
『はぁ……はぁ……次はどいつだ! まだいるんだろう、オレの敵は!』
『少し休みなよ。毎回こんなことされたらこっちも迷惑だし』
『チッ!』
なんだか不満そうではあるが、あれを続けられたら本当にこちらの身まで危ないためやめてほしい……。
だがこれでポーン、ルーク、ビショップはすべて破壊することができた。
残る戦いは……
《――排除スル》
『今度は骨のあるやつなんだろうなぁ』
四体のナイト……そして……
《――……》
《――我ガ、ココヲ通サヌ》
『ふぁ~……なんというか、やる気出ませんねぇ』
マステリオンの最後の砦たる、黒と白のキングとクイーンを残すのみとなったのだった。
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