200話 幻影の英雄達


「――                !!」


 声にならない叫びが……響いていく。まるで倒すべき敵を見つけたかのようにも感じられるその衝動は、まるでその魂に響くかと思えるほどにこの場にいるすべての存在を震え上がらせていた。


 俺も……話に聞いていただけで実物を見るのは初めてだが、まさかこれほどまでに圧倒的な威圧感を持つ存在だとは思いもしなかった。

 ただ、今一番の疑問なのは……。


(なぜ……ここに?)


 しかも、俺の絶体絶命の窮地を助けるかのように表れるなど……。いや、まて、その前に俺は確かに……"声"を聞いたはず。

 その声は確かに俺のよく知るもので……。


『間に合ってよかった~。大丈夫お兄ちゃん』


「な……」


 俺は夢でも見ているのか? それともまたマステリオンの悪趣味な精神攻撃か何かか? いやそれはないか、奴は"彼女"の存在などまったく知らないはずだ。

 ならば、これはいったいなんだというんだ。まさか、俺はもうすでにこと切れており、死後の世界にでも漂っているのではないだろうか。


 でなければ、こんな……2000年以上前の時代、俺の前世で死に別れたはずの妹であるミレイユの姿が存在するはずないというのに。


『お兄ちゃん、もしかしてまだあたしが実際この場にいるって信じてないの。でも仕方ないか、ここにいるあたしは事実上幽霊みたいなものだし』


 幽霊? そういえば、度重なるダメージで俺の視界が歪んでいるだけだと思っていたが、目の前にいるミレイユの姿はどこかおぼろげで輪郭も透けているように見える。

 本当にこれは現実で起きていることなのか? 俺だけが見ている幻覚ではないのか?


「……いやはやまったく、こんな展開になるとは私も予想してなかったよ。まさか、『こちら側』の“写し身”が私の前に現れる……なんてね」


 そう言いながらマステリオンがチェス兵の前へと出てくる。その顔はどこか不機嫌そうにも見えるようで、この状況が奴にとって想定外だということなのかもしれない。

 しかし、奴が前に出てきてくれたことで少し頭がスッキリしてきた。どうやら目の前の事態は実際に起きていることらしいな。


「――  」


 幻影神は変わらず威圧するようにマステリオンの方を向いている。ボロ布で体を隠してはいるが、放たれる敵意のようなものがチェス兵を怖気づかせ動きを押さえつけていた。


「本当に……ミレイユなのか? どうして、この時代に……」


『もちろん、お兄ちゃんを助けるためだよ。お兄ちゃんは、あの人との戦いで絶対に負けちゃだめな人だから』


 まるで、先ほどまで直接戦っていた俺よりも詳しい事情を知っていそうな口ぶりのミレイユに俺は呆然としてしまう。

 勇ましくマステリオン達を見定めその姿は、俺が知っているミレイユのものよりもはるかに気高い凛々しさを感じさせていたのだから。

 それに、よく見れば背格好もどこか大人び、女性としてより一層の美しさを漂わせている。


 そう、それはまるで魔導神様の話で教えていただいた……。


「まさかその姿は……前世で俺が死んだ後の、成長した姿なのか?」


『さっすがお兄ちゃん、察しがいいね! 魔法神様がいろいろ教えてくれたから余計な説明しないで済みそう』


 ますますわけがわからない。幻影神に、成長したミレイユ……それがどうして俺の目の前に現れたんだ。


『違うよお兄ちゃん、あたしはずっとお兄ちゃんを見てきた。そして、お兄ちゃんが呼ぼうとすればすぐにでも駆け付けられる場所にいたんだよ』


「どういう……ことだ? 俺にはまったく理解できない」


 情けない、前世で最も愛した妹の話を何一つ理解できないなんて。

 それに、本当にミレイユが近くにいたというのなら、どうして今までこうして現れてくれなかったのか。


『それはね、条件が足りなかったからなの。お兄ちゃんはこの世界でも本当に特別な人……特別な力を持っている。だけどそれは、私利私欲のためには決して表には出てこない』


「私利私欲?」


『うん、お兄ちゃんは生まれ変わってから自分の中にある憎しみや悲しみを満たそうとするだけだったから……』


 そうだったな……お前を失った悲しみや、世界への絶望と憎しみで俺は愚かな道へと進んでしまった。

 確かそれを悔い改めることができたのは、あの時の魔導神様との戦いの時……。


「そうだ、その時に俺はお前の声を」


『うん、自分の過ちを認めたあの時にお兄ちゃんの本当の力が芽吹き始めたの。今の時代に生まれ変わった本当の意味が』


 俺の転生した意味……この命に意味があるのか。生まれ変わったのはただの偶然か何かだと考えていた。しかし、こんな何も成し遂げられなかった男の命に本当に意味があるというのか。


「なにやら楽しそうだねリオウ君。だけど、そろそろ私も参加させてもらいたいところだ」


「ッ! マステリオン……」


 ああ、まだこの男との戦いの途中だったな。理由はまだまだ謎のままだが、幻影神ほどの存在が共に戦ってくれるというのならこちらにも勝機が十分にあり得るのではないだろうか。


「……正直、腹立たしいよ。言うなれば劇の途中で脚本家が舞台に躍り出てきたようなものだからね。ただ、“写し身”が私程度のためにこんな場所で足を止めてくれるというのならこちらにも都合がいいことではあるが」


 都合がいい? なんだ、マステリオンは幻影神のことを知っているのか……いや、その口ぶりからして知っているというだけでは済まないかもしれない。

 幻影神がマステリオンを敵視しているように、奴もまた幻影神を明確な"敵"とみなしている。


「どうしてリオウ君の味方をするのかは知らないけど、そちらの“写し身”がこうして自由の身になったということは……こちらの“写し身”が事象の壁を壊すのが間近ということだ。ならば、私はその時間を稼げばいいだけということになる……不本意だけどね。つまらないものだ、負けの見えている戦いなんて」


 どういうことだ? 先ほどまでの人をコケにしたような態度ではないものの、その余裕さは相変わらずだ。しかも、自分が負けるということを確信しているような口ぶりまで。


「状況がわかっているのか……マステリオン。俺にも事情はわからないが、こうなった以上こちらにも勝ちの目が出てきたんだぞ」


「ああそうだね、まったく運が悪い。だがねリオウ君、私も腐っても魔導師ギルドのマスターだ。自身の居場所を守るためにキミとは最後まで精一杯ぶつかり合いたいと思っているよ!」


 ッ! こいつ……俺の言葉に対して急に生き生きと仕出したぞ。しかも、また嫌な感覚が奴から漂っている。

 そうだ、また"嘘つき"の気配を纏ったのか。くそっ、ならそんな言葉を言う余裕もなくしてやるさ。


『駄目だよお兄ちゃん、あっちのペースに巻き込まれないで』


 だが、怒りで再び体を起き上がらせようとする俺の前にミレイユが立ちそれを静止してくる。


『残念だけど、あなたの思い通りにはならないから。幻影神もあなたを消し去りたいだろうけど、彼にもいくべき場所があるからもうすぐここから発つわ』


「なにっ!? どういうことだミレイユ、ならばこの状況で誰が奴を打ち取るというんだ」


『それはもちろん……お兄ちゃんに決まってるでしょ!』


 バカな……頼みの綱である幻影神がいなくなればここに残るのはすでに満身創痍の俺と、幻影のようなミレイユだけ。

 そんな状態でどうやって俺がマステリオンを討つというんだ。


「ほう、あくまでリオウ君に私と戦わせると? 彼の想いを酌んで私と決着をつけさせようということかな? なるほど、それは何とも感動的じゃないか」


『あら、わかってるじゃない。そうよ、あんたみたいなゲスはお兄ちゃんが絶対に打ち倒すの。あんたの思いあがった思想も全部ぶち壊して終わらせてやるのよ』


 人をおちょくるマステリオンに対して皮肉のように言葉を返していくミレイユ。し、しかし……確かにミレイユは俺の知る限りでも強気な子ではあったが、ここまで過激な性格だったか?


「……チッ、邪魔だなあの女」


 なんだ、一瞬マステリオンの顔が歪んだように見えたが……。

 ともかく、ミレイユはああ言ってるが俺には自分の力であのチェス兵すべてを掻い潜り奴を討つ自信はない。


「まぁいいさ、だったらそこの“写し身”がいなくなったらすぐにでも戦いを再開しようじゃないか。あ、もちろん戦うのは彼らだけどね」


 またいつもの表情を浮かべると、再び三十二体のチェス兵の後ろに隠れるように下がっていく。


「またか……!」


『大丈夫だよお兄ちゃん。お兄ちゃんの中にある力はもう目覚めているの。あと必要なのは……あたしの記憶だけ』


「ミレイユの……記憶?」


 ミレイユが俺の体に触れてくる。なんだろう、その手の先からはとても暖かいものが流れ込んでくるようで……。


「……!??」


 なんだ! 暖かさを感じたと思った次の瞬間に俺の頭……脳内に膨大な情報が流れ始めていく。


(違う、ただの情報ではない。これは……人の一生だ)


 その中では様々な人々が出会い、別れ、喜び、悲しみ、手を取り合うこともあれば敵対もする。それは、何百年分もの一生で得たいくつもの絆。

 それが今、俺の中へと刻み込まれていく。


「あの光は……まさかっ!?」


 光? 自分ではわからないが今俺は光に包まれているらしい。真っ白だ、すべての記憶が流れ込み、目の前には真っ白な世界が広がっている。

 だけどこの感覚……どこかで感じたことがあるような気もする。いったい……どこだったか?


「もはや写し身がいようが関係ない! あの光を止めろ、チェス兵達よ!」

《――ハッ!》


「――    !!」


 周りが騒がしい、何かと何かが戦っているようだ。だが、今の俺にはどうでもいい。

 あと少しで何かがわかりそうなんだ。


『思い出して、お兄ちゃんは"それ"と触れ合ったことがある。そして、あたしの記憶から"それ"が何なのかを理解して』


 そうだ、俺はこの光と触れ合ったことがある。そう、あれは……


(俺が転生する時に一瞬だけ感じたあの光だ)


 前世で死した俺はあの光に触れることで今の世界へと転生を果たしたんだ。

 そしてあの光の正体……あの時はその存在を知らなかったため理解できなかった。しかし、今の俺にはそれを見た記憶が……ミレイユが"それ"を見た記憶が俺の中にある。


 その存在は……!



「『-世界神-アレイストゥリムス』! そうだ、俺の中に与えられたこの力は……『過ぎ去りし英雄譚ファントム・サーガ』!」



『やったねお兄ちゃん! ついに……!』


「止められなかったか……最後の『体現者』の覚醒を!」


 それを理解した瞬間、光が弾けた。いや、ただ弾けただけではない……俺の中に流れこんだミレイユの記憶から選ばれた魂のエネルギーが……


「――    !」


 幻影神を通して弾けた光へ入り込んでいき……それは再び地上へと飛来してくる。

 やがて光は五つに別れ、それぞれが段々と人の形を形成していくと、ミレイユのような幻影の姿を現すのだった。


《――排除スル!》


 その幻影へとポーンの一体が刃を携え突撃していく。ポーンとはいえチェス兵の素早い動きと魔術を纏わせた刃の合わせ技は常人が相対すればひとたまりもないが……。


『ハッ、なんだテメェ? 俺様とやろうってのか?』


《――!?》


 一瞬だった……攻撃を仕掛けたはずのポーンは突如何かに跳ね飛ばされるようにこの屋上の枠外へと消えてしまった。

 何が起きたのか……いや、あの幻影がたった一発のパンチだけであのポーンを場外まで殴り飛ばしてしまったのだ。そう、あの幻影と俺にはそれが理解できた。


 そして、幻影達は自身の姿を完全に取り戻すと、ゆっくりとその全容を俺達の前に現していく。


『ハッハー! どうやら久方ぶりの現世にゃいきなりイキのいいのがいやがるみてぇだな! さぁ次はどいつだ! 俺の体は暴れたくてウズウズしてるぜ!』


『まったく、其方は相変わらずそればかりだな。そもそも某達には果たすべき使命があってこの場に呼ばれたことを理解してるのか』


『仕方ないよリル、ガロさんはこういう人なんだから。いくら言っても無駄だよ』


『あ? おうリク、テメェケンカ売ってんのかコラ』


 先頭から出てきたのは、先ほどポーンを一撃え殴り飛ばした亜人の男だ。とてもガタイが良く、なにやら好戦的だ。

 その後ろから出てきた二人は見た感じエルフ族の男女のようだが……男の方は何か普通のエルフとは違う気配を漂わせている。


『まったく、こんなところでまで騒がしい奴らだ……。それに、こんな戦いオレ一人で十分だというのに余計な連中まで呼び出す必要はないだろう』


『おやおや~? それよりもアルとしては愛しのエリアが共に呼び出されていないことが不満なんじゃないですか。まぁ彼女は戦闘要員ではなかったので仕方ないですよね。……いや、今からでも遅くないですよ! アルが如何に彼女を愛しているか体現者の方へ熱弁すればきっと新たにこの場に呼び出してもらえますよきっと!』


『黙れメリクリウス! この場に一番いらないのは貴様だ! どうして貴様のような害悪がここにいる! とっとと失せろ! 自発的に失せろ! そしてもう二度とオレの前に姿を現すな!』


 その後に続いて現れたのはどちらも人族のようだが……出てきた瞬間言い争いを始めたぞ。

 不愛想な男がふざけた男にからかわれているようにしか見えないが……。


 というか、いったい何なんだこいつらは? 突然現れたというのにいきなり内輪揉めをし出して……俺はいったいどうすればいいんだ?


『おーしリク、まずはお前からぶっ飛ばしてやる。俺様をコケにしたことを後悔させて……』


『いい加減にしなさいアホガロウズ!』


スパァン!


『おぶぁ!?』


 と思ったら、ミレイユが亜人の頭を引っ張たいてその暴走を止めたぞ。


『ってぇな! 何しやがんだミレイユ!』


『それはこっちのセリフよバカ! あんた達があまりにも自由すぎるからお兄ちゃんが困ってるじゃない!』


『あ? おめぇの兄貴だぁ?』


 ミレイユに言われてやっと気づいたかのように亜人の男が俺の方へ向くと、ずいっと近づいて何かを確かめるように俺の体の上から下まで見回していく。


「な、なんだ?」


『はーん、アンタがミレイユの兄貴ねぇ……。んだよひょろっちい体してんなぁ。おめぇが俺の義兄アニキだってんならもっとガッチリとした肉体を作ってほしいもんだぜまったくなぁ』


 な、なんなんだこいつは? いきなりなれなれしく俺に肩を組まれる義理などな……いや待て、つい今ほどミレイユはこの男をなんと呼んだ?

 そう、その名は確か……。


「ガロウズ……ミレイユの結婚相手……」


『お、なんだわかってるじゃねぇか? そう、俺が世界最強の男、ガロウズ・シンバスター様だ。義兄アニキが知ってるっつーことは俺様の最強伝説は今の時代まで語り連れてるってこったな』


『そんなわけないでしょ、語り継がれてるのは魔法神様の方。お兄ちゃんがあんたのことを知ってるのも魔法神様に教えてもらったからよ』


『んな!? なんでインフィニティが語り継がれて俺が語られねぇんだよ!』


 二人の会話は口喧嘩のようにも見えはするものの、言い換えればそれだけ気兼ねなく言い合える仲という意味とも取れるわけで……。

 ああ、二人に関して追求したいことは山ほどあるが、今はそんなことを言ってられる状況でもない。


 しかし、魔法神インフィニティ……それは魔導神様が転生する前のこの世界での名だ。それを知っているということはこの男はやはり……。

 いや、彼だけではない。その他に現れた幻影達の名も魔導神様の口から聞いたことのある名ばかりだ。


「もしや、あなた方は過去に存在した……」



「まったく……まさかここまで脚本にない事態が起きるとは思っていなかったよ」



「ッ! マステリオン!」


 ゆっくり考える間もない内にチェス兵を従えたマステリオンが俺達の前へと姿を現す。

 幻影神は……まだ俺達を護るようにその間に立ちはだかっている。


『あぁ? おい写し身、おめぇまだここにいんのかよ。おめぇには他にやることあんだろ、俺達が出てきた以上さっさと行っちまえよ』


「――  ……」


 ガロウズのその言葉を聞くと、幻影神はわずかにこちらを向いて理解したかのように小さく頷いた。

 そして、役目を終えたかのように戦意を収め、飛び立とうとしているのかその足に力を込めて……。


「それは困るな。私に対抗する『体現者』が現れてしまった以上、ソイツを行かせるわけにはいかない」


 それは、今までとは違う嘘偽りのない言葉……まさか、この男からそんなものを聞くとは思ってもみなかった。


《――行カセヌ》

《――止マレ》


 黒のチェス兵すべてが幻影神を行かせまいと一斉に襲い掛かっていく。その中にはもちろん黒のキングやクイーンも存在していた。

 俺にはあれほどまでに出し惜しみした駒をあっさり使ってまで止めようとするところからその必死さが伝わってくるようだ。


『駄目だよ……彼はあの人のところへ行かなくちゃいけないんだ。だから邪魔しないで』


《――!?》

《――ナンダ、植物ガ!》


 幻影神に襲い掛かろうとするチェス兵だったが、その瞬間周囲に突然樹木や植物が伸び、その攻撃を遮っていく。

 これは……この人、リクと呼ばれたエルフのがやったのかと彼の方を向くと……。


「なっ!? う、腕から樹木が生えて……!」


 魔術が発動した形跡がなかったので疑問を感じていたが、まさかこんなことになっているとは思いもしなかった。うぞうぞと腕から生えるその樹木をまるで自分の体のように操っているのだ。


『あ、そういえば体現者さんもヒドイ怪我だったよね。うん、ちょっと動かないでね』


「な、何を……!」


 思い出したかのように俺の怪我を見ると、もう片方の腕をこちらに向け同じように細長い樹木を伸ばし俺の体に巻き付けていく。


『大丈夫だよお兄ちゃん。そのままじっとしてて』


 ミレイユに言われるままに体を預けてみると、どういうわけか巻き付いている部分から段々と体が楽になっていくのが感じられる。

 これは……魔術を使用しているわけでもないのにどういうことだ?


『リク君はエルフ族の体を持つ精霊なの。本来ならこの世界に存在しないはずの《生命》属性の精霊……人工的に根源精霊を造り出そうとした人達が生み出した被害者だから』


『なんでも僕は戦争のために造られたらしいです。でも暴走しちゃって独りぼっちになって……そんなところをリルさんや魔法神様に拾っていただいたんです』


 そうか、だから魔術を介さず直接マナの力を操れるのか。

 しかし人口の精霊……しかも生命属性とは。普通精霊は自然界に存在するマナの属性をその身に宿す。だが生命属性は生物の中にしか存在しないもので自然界には存在しないはず。

 俺も魔物の研究で似たような原理を調べたことがあるからよく知っている。


 っと、驚いている場合ではない、幻影神はどうなった!


「――  !」


 どうやら俺の体が治療されている間に幻影神はチェス兵の包囲から逃れ、ここへやってきた時と同じように飛び立っていったようだ。やってきた方向とは逆の……西の方角へと。


 そして、この場に残ったのは……。


「はぁ……本当に余計なことをしてくれたよ」


「マステリオン……」


 俺とマステリオン……そして両者に付き従う『かつてこの世界に存在した』魂の具現。


「過ぎてしまったことは仕方がない、潔く諦めよう。しかしまさか……リオウ君、キミが最後の『体現者』だとは思ってなかったよ。最後の一人はムゲン君だとばかり思っていたからね」


 体現者……そう、体現者とはいったいどういう意味なのか。ミレイユ達も俺を体現者と呼ぶあたりマステリオンの与太話ではないようだが。

 それに、俺が最後の一人ということは他にもいるということなのか?


『お兄ちゃん、あたし達の言う体現者っていうのはね、この世界に選ばれた未来を護る人達なの』


「俺が? この世界の未来を……?」


 つまり、この世界を護る者を体現者と呼ぶのか? ……いや、それは違うのだろう。

 なぜなら、目の前にいる同じ体現者と呼ばれる者が世界を護るとは到底思えないからだ。


『あいつは……あれはね、お兄ちゃんとはまったく逆の存在。『世界を終わらせる存在』に選ばれた……あたし達が倒すべき敵なの! お兄ちゃんも、ずっとそれを感じ取っていたでしょ』


 そうだ、俺はずっと感じていた、『こいつは殺さなければならない』と。それはきっと、俺が体現者だったから。


「概ねその通りだよ。言うなれば私達こそが盤上の駒であり、向かい合う敵同士というわけだ」


「誰かに道を示されるのが嫌いな貴様が自分を駒というとは驚きだな」


「体現者は誰かに指図されたからなるというものではないよ。言うなれば……そう、"運命"と呼べるものだ。どうあがいても決して届かない存在に従うのは人として当然のことなのさ。キミだってそうだろう?」


 決して届かない存在か……確かにそれは言う通りかもしれない。今俺がこの世界にいることだって、自分ではどうしようもない流れに従った結果で……。


『そんなことない』


「ミレイユ?」


『それが手が届かない存在でも、諦めなければきっといつか届くことができるって……私は魔法神様やガロウズ達と一緒にいて知ったの。お兄ちゃん……お兄ちゃんだって今ここにいることを自分で選んだからここにいるんでしょ』


「……ああ、そうだ」


 魔導神様の力になりたいのも、レオン君達と本当の仲間になれたのも……今の時代にある大切なものを護りたいと思ったことも。


「全部、自分で決めたことだ」


 その言葉を聞いてミレイユは嬉しそうに頷くと、マステリオンの方へと向き直り。


『お兄ちゃんはあんたなんかとは違う。自分の運命も誰かの運命も嘘と虚構で縛り付けるあんたなんかに……お兄ちゃんも、それにあたし達も絶対に負けたりしない!』


 そうか……ミレイユ、お前は俺が死んでからいろんな経験を積んだんだな。俺なんかには想像もつかないほど素晴らしい経験を。

 俺の中のお前はずっと変わらない守るべきか弱い妹でしかなかった。だから、俺は生まれ変わってもお前のためにと必死になっていた。


 だが、違うんだな……俺の中だけにいたイメージのミレイユはもうどこにもいない。もう立派な一人の女性として飛び立っていったんだ。

 だからこそ今度は俺が自分の中にある虚構の存在を捨てて飛び立つ番……。


「俺自身が未来へと進むために……マステリオン! 俺の力で貴様を討つ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る