199話 絶望の果てに見えるもの


 今……俺の目の前にいるこの存在。こいつこそが、このチェスの鎧兵達の頂点……"キング"。


 つまり、俺は大きな勘違いをしていたわけだ。今までこの戦いは俺とマステリオンとの勝負をチェスという形に見立てて奴が仕組んだものだと思い込んでいた。

 だが、そう考えていたのは俺だけで、奴は盤上にすら立っていない……そう、いわゆるゲームをプレイしてるプレイヤーのように、俺がもがきあがく姿を眺めていただけということで……。


「どれだけ人をおちょくれば気が済む……!」


 これで確信した、奴には自分自身が戦う気などハナから持ち合わせていなかったということを。


 いや、きっとそれはこの戦いに限った話ではないのかもしれない。今の魔導師ギルドもこの戦いと同じだ。どれだけマステリオンが大義名分を掲げようと、巧みな言葉で魔導師や他の者達を納得させようと、奴はきっとそれ以降のことに関与してこない。

 すべてが嘘で固められた傍観者、それが奴の……真の姿なのだ。


《――我ハ、貴様ヲ許サナイ》


「ッ! 一瞬さえ考える時間もないか!」


 目の前のキングは拳を振り上げこちらへと狙いを定めてくる。だがそのスピードはポーンとそう変わらない……今の俺ならばこの程度避けることはたやす……。


《――『大爆破の拳ビッグバンナックル』!》


ボッ……ゴオオオオオン!


「なっ!? この……爆発の範囲!」


 キングの放った拳が地面に炸裂したかと思った次の瞬間、俺の目の前は爆発の光で覆われ、強烈な衝撃がその身に降りかかってくる。


「うぐっ! ……おおおおお!」


 咄嗟に氷壁を全身に纏わせることで致命的なダメージを抑えることに成功した……が、問題なのはダメージではなくその衝撃によって吹き飛ばされてしまったことだ。

 俺はまたしてもマステリオンに近づけず、最悪な状況へと引き戻されたしまったのだから。


《――排除スル》

《――コレデ終ワリヨ》

《――消エ去ルガイイ》


 すでに態勢を立て直した騎兵ナイトと、魔術で生み出された魔物を引き連れてくる僧兵ビショップ城兵ルークは……歩兵ポーンとともにいつでも駆け付けられる位置に待機しているか。

 そして極めつけは……。


《――逃ガサンゾ》

《――……》


 ゆっくりとこちらへ前進してくるキング、そしてその背後に寄り添うよう浮遊しているクイーンが俺を逃すまいと近づいてくる。


「しかし……先ほどからやたらあのキングに目の敵にされている気がするが……」


 つい今しがたその存在を知ったばかりのキングに恨まれる覚えなど俺にはない。だというのにまるで憎悪を抱くかのような溢れんばかりの感情を向けてくるのはなぜだ?


「それはね、キミが彼の逆鱗に触れてしまったからだよ」


「ッ!? マステリオンか!」


 声は聞こえど姿は見えず。それほど広大ではない学舎の屋上だというのに、周囲を見渡しても足の先すら確認できない。


「私の姿を探しても無駄だよ。クイーンの魔術でここら一帯に認識阻害がかけられているからね」


「卑怯者め! 姿を現して堂々と戦え!」


「まったく……卑怯者とは失礼だね。キミにキミの得意なやり方があるように、私にも私なりのやり方があるだけさ。私は隊を指揮する戦略的なやり方が性に合っていてね、わざわざキミの土俵で戦うつもりはないよ」


 またどこか説得力のある物言いを……。どうあってもこの男はそのスタイルを変えるつもりはないらしい。


 しかし、先ほどのマステリオンとの入れ替わりもそうだが、どうもクイーンは広範囲に渡る大規模な幻惑魔術を主流としているのか。

 厄介だ……できることなら一刻も早く倒さねばならない相手だが……。


「もしかして真っ先にクイーンを叩こうとしてるかい? それはやめた方がいいよ。そんなことをすればまた彼の逆鱗を逆撫ですることになる」


 相変わらず姿は現さないというのにベラベラと喋ることだけは達者な奴だ。

 加えて、自分の話を聞かせることを優先してチェス兵の動きを止め待機させる徹底ぶり……吐き気がする。


 だが、その間は襲われないということは大いに活用させてもらう。


「彼……とはキングのことか? なぜ俺がクイーンを襲うとアレに恨まれるのかわからないな」


「おや、ここまで聞いて彼らの関係に気づかないということは、キミは恋愛関係に結構鈍感なタイプなのかな? あ、いや私もそちらは得意な方ではないからキミのことを馬鹿にできないんだがね」


 恋愛がどうしたというんだ。確かに俺は前世でも今世でもそんなものにうつつを抜かしている暇などなかった。

 それが察しの悪さとどう関係がある……。


「いちいち回りくどい言い方をする……。つまりどういうことだ!」


「簡単なことさ、愛する妻に危害を与えようとすれば誰だって怒る。それだけのことだよ」


 妻? ……妻だと!? つまり、このキングとクイーンの素となった魂がそういう関係……夫婦だったということなのだろうか。

 いや、もしかしたらマステリオンが勝手に付け足した架空の設定なだけかもしれない。

 そもそもチェス兵に入れられた魂はすべて元ゴールドランクの魔導師のはず。その中に夫婦であった者達は俺が調べた当時の記録には……。


(まて、?)


 そうだ、俺が以前調べた記録のはほとんどがマステリオンがギルドマスターに就任した後のものだった。

 ……ならもし、"奴が就任する前"に引退した魔導師も魂を抜き取られていたとしたら。


「ほんと……キルトさんは周囲も呆れる程の愛妻家でね。妻であるアシュナーさんもそれを笑って受け入れる、とても素晴らしい魔導師夫婦だったよ」


「な……あ……!?」


 その名を聞いた瞬間、驚愕のあまり俺は言葉を詰まらせてしまい固まってしまう。

 包囲され絶体絶命な今の状況さえも忘れかける程の衝撃は、俺の心に忘れかけていた恐怖を思い出させるのに十分だった。


 なぜなら、今マステリオンが呼んだキングとクイーンのその名は……。


「先代ギルドマスターと……副マスターの……名前……」


「ん? そうだけど……それがどうかしたかい?」


 突如明かされたとんでもない情報を、この男はそれが何の問題があるのかと言わんばかりの態度のまま話し続けている。


 先代ギルドマスター達の情報は前回の革命時には特に必要もなかったので詳しくは調べていなかったが、どんな人物達であったか程度ならば知っている。

 どちらも比類ない魔術の才能を持ち、のちに夫婦でマスターと副マスターを務めるという魔導師ギルドの歴史でも異例な存在ではあったものの、その実力は誰もが認める程だったという。


「だが、先代達はマスターの座を退いたのち夫婦共々ギルドを引退し人知れぬ場所で暮らしているという話が……いや、まさかその噂は」


「ああ、その噂の出どころなら私だよ」


 やはりそうか……次代のマスターであるマステリオンが流した噂ならばその信憑性にも真実味が十分ある。

 だが実際は……実際は……!


「貴様が……先代マスター達を手に掛けたのか! ハッ! まさか……魂の操作とやらで強引にマスターの座を奪い取ったのか!?」


「いやいや、キルトさんはちゃんと「次のギルドマスターを任せるならキミしかいないね」と明言してくれてたよ。……ただ、「しかし自分はまだまだ彼女と共にこの仕事を続けていきたい」というものだから、少し強引な手を使わせてもらっただけさ」


「ッ! それを……強引に奪い取ったというんだ!」


 それをまったく悪びれず、いやむしろ自分の方が圧倒的に正しいとでも言わんばかりの態度に俺の中のやつへの憎悪が再燃していくように高ぶり始めていく。


「なぜ魔導師ギルドマスターの座が必要だった! 地位か、名誉か! いや……貴様がそんなものに執着する人間には思えない。貴様にとってはその権力でこの世界を今の状態へと導くことが目的だったということなのか! そのために先代マスター達もチェス兵として利用するために……」


「そんなに興奮しないでくれ、こちらも対応に困る。ただ、そうだね……世界を動かす立場に就くことは私の目的の一つでもあったから手っ取り早く済ませただけの話さ。まぁ、早く就任しておいたのはいつ"その時"が訪れても対応できるからってだけで、彼らの魂を抜き取ったのは別の理由さ」


 "その時"? 戦う以前からこの男はたまにこちらに理解できない内容を語るためその部分がいまいち理解が及ばない。むしろ、もっとシンプルに嘘をついてくれた方がわかりやすいというのは皮肉ではあるが。

 それに、魂を抜き取ったのは別の理由だと?


「魂を抜き取ることに関しては私の個人的な理由になってしまうんだがね……。彼らを普通にギルドを引退させるにしてもここから去ってしまうことには変わりないだろう。私個人としては、まだ彼らが描いていく人生の物語ストーリーを近くで眺めたいとは思っていたんだ」


物語ストーリー?」


「そう、人にはそれぞれの物語が存在している。私はね、それを見るのが大好きなんだ。でも、たまに何か足りないと感じる時もなる……そんな時私がその物語にちょっと手を加えてあげるのさ」


 これで何度目だろうか、この男から言い表せない狂気のようなものを感じたのは。

 手を加える……と言ったが、きっとこの男は自分自身が物語に加わることはないのだろう。この戦いのように、離れた場所から眺めているただの"観客"のようなもの。

 それも、観賞する物語に不満があれば勝手に手を加える最悪の客だ。


「それが……先代マスター達と何の関係がある」


 この先は正直……聞きたくはなかった。だが俺はきっと、この男の真実をすべて暴かなければならない。

 この男が生み出した嘘によって傷ついた者すべての無念を俺が晴らしてやらなければいけないような気がしてならないから。


「簡単なことだよ、彼らの魂を手元に置いておくことにしたのさ。ちょっと感情は削られてしまうけど、彼らはこうして私と共に魔導師ギルドの未来を担う存在としてここにいるだろう。魂に刻まれた情報はその想いを再現するからね……ほら、あんな姿になっても彼らの愛し合う姿は素晴らしいだろう」


 そうか、こいつの……今までのチェス兵をねぎらう言動や、得意げに自慢する行動を俺はただ気味が悪いとだけ思っていた。


 いや、気味が悪いことには変わりない。ただそれは……。


「なぜ貴様はそんなことができる……。その夫婦の魂を抜き取る際に、その者達がどれだけ辛い想いをしたかわかっているのか……」


「どうかな、自分でもよくわからないよ。……でも、そうだな、彼らの……特にアシュナーさんの魂を抜き取る際にチェス兵に抑えられていたキルトさんは……様々な感情が満ち溢れてとても素晴らしかったよ」


 その瞬間、俺の中で何かが切れた。



「貴様は……殺す!」



 もはや奴から情報を聞き出すことも、この状況を打破するための思案も今の俺には考えられない。

 気づけば飛び出していた、ただマステリオンという人間がこの世に存在していることが許せない……それだけが俺を突き動かしている。


《――動クノナラ、排除ス……!?》


「邪魔をするなぁああああああ!!」


 もう相手が誰であろうと関係ない。マステリオンを殺すためならば俺はそれを打ち倒して必ず奴の下へとたどり着かねばならない。


「随分と怖いね、何か気に障ることでもあったかい?」


「黙れ! 何があっても守りたいと思うものを目の前で奪われ、自らの無力を呪い悲しみと憎しみだけを抱いて朽ちていく……そんな人間を生み出す貴様を俺は生かしてはおかない!」


 それはまるで……前世の俺そのものじゃないか。先代マスターであるキルトがどれだけ悲痛な思いだったか、どれだけこの世界を呪いたいと感じたか、俺には痛いほどよくわかる。

 そんな人間を平然と生み出してしまうマステリオン……俺は絶対に貴様という存在を許さない。この想いはきっと、何度生まれ変わっても変わることはないだろう。


《――止マレ!》

《――行カセヌ》


 ビショップとそれが従える魔物、そして数体のポーンが迫るが、もうどの駒が迫っても構わない。たとえ俺の命が尽きようとも、奴は……奴だけはこの手で……!


「自らの信念のためにすべてを犠牲にしようとするキミの姿勢は素晴らしいよ、見ていて飽きない。ただ、せっかくだからこのまま私の昔話でもしてあげようと思っていたのに、キミが戦い続けるなら彼らもそれに対抗するしかないから止まることはないし……今話しても耳に入らないかな?」


 上空から降り注ぐ魔物の攻撃は地面に植え付けた氷柱の樹木を成長させることで傘の役割を果たし、完全には防げないものの他の攻撃に集中することができる。


「ま、いいか、私が語りたい気分なだけだからね。……私はここから少し北に進んだ先にある小さな村の生まれでね、それこそこんな大都市とは無縁な存在だったんだよ」


 ポーンの魔術は威力はあるがどれも直線的なものが多い。スピードと的確に氷壁を生み出すことで確実に一体づつ打ち倒……したくはあるが、ビショップ本体の魔術がポーンの動きをサポートしまともに近づくことができない。


「父と母は幼い私のために一生懸命働いていたよ。そんな両親を見ることはとても楽しかった。……でも、次第に生活は苦しくなり、いつしか父と母からも笑顔が消え、ケンカばかりするようになった」


 ルークとナイトも近づいてくる。近接での細かい戦闘が得意なナイトを護るように動くルーク。対応が……追い付かない……。


「お互い文句ばかりだったけど、純粋に内に秘めた気持ちをぶつけ合う新しい展開にちょっとワクワクしたものだ」


 二体目のビショップも新たに魔物を生成し俺を仕留めようと迫ってくる。上空からの攻撃は効果が薄いと悟り、炎の鎌を持ち地面を這うように動く昆虫のような魔物を従えている。

 氷柱の樹木を切り倒しつつ、ビショップの機動力も確保したか……待機していたポーンも総戦力でこちらを狙っている……。


「そこまでは良かったんだけど……それからケンカすら少なくなってね、お互い無関心になってしまったんだ。無関心というのはつまらない、役者が舞台を降りてしまったらそこで物語が終了してしまうじゃないか」


 ナイトを攻撃の中心とし、ルークとポーンが協力して俺の攻撃を防ぎつつ隙を作ろうと攻撃を仕掛け、少しでも隙ができればビショップが魔物との連携攻撃を放ってくる。

 いくらこの体でもこのレベルの軍勢相手では物量で押し切られてしまうのは時間の問題……。


 ここが俺の限界なのか? ……いや、たとえ限界だろうが関係ない。俺の魔力が壊れようと、俺の命を削ってもいい、応えろ……俺の中の魔力よ!


「だから、私はつまらなくなった両親を始末したんだけど……そうしたら村の人間が騒ぎ出してね、住づらくなったから村を離れたんだ。それから私は……」


「生まれろ! 我が分身の巨像よ! 『巨像の複製コピータイタンズ』!」


「おおっと!? びっくりするなぁ、いきなり叫ばないでくれよ」


 まだだ、まだ俺はやれる! 俺の冷気から新たに生み出された三体のタイタン。サイズはいつもの巨人の1/4程度でしかないが、相手がチェス兵ならばむしろこのサイズの方が小回りが利いて都合がいい。


「なんだか頑張ってるね。まぁこっちもみんなで相手をしてあげて。私は語り部に戻るとするよ」


 タイタンの一体が地上を動き回っていたビショップの魔物を捕らえその動きを抑制する。上空から別のビショップが攻撃を仕掛けてくるが、自身がその体から生み出した簡易的な氷柱の樹木で受け止めている。


「それから私は各地を転々としたものだ。何とか説得していろんな家や施設に住まわせてもらったりもしてね。……でも、やっぱりいつかはそこもつまらなくなるんだ」


 やはりルークのバリアを突破することは不可能だが、タイタンが体を張って攻撃を続けることで二体のルーク、そしてバリアに使用されているポーンの動きを大幅に抑えている。

 これで大幅に戦力を削げたはずだ、残るは……。


「成人するちょっと前かな、流石に子供だから養ってもらえるという年齢でもなくなってきてね。最後につまらなくなった居場所を始末してからどうしたものかと考えていたら、意識がどこかに連れていかれるような感覚に襲われたんだ」


 ナイトと、残ったポーンにタイタンとともに立ち向かっていく。だが、俺の目的はあくまでマステリオン……今やるべきことは。


《――我ガ、貴様ヲ討ツ》


「もう、あなたには俺の言葉は届かないのか……」


 悲しき運命に苛まれたキングとクイーンはすでに俺を標的とし、残る駒と連携して愛する者を狙う俺を倒すため拳を振り上げる。

 本当は、その拳を向ける相手は別にいるというのに……。


「その薄れた意識の中で"声"が聞こえてきたんだ。その"声"がいうには、どうやら私は稀に生まれるこの世界の理から外れた人間らしくてね。で、"声"は私に言ったのさ「お前がこの世界で自由に生きられる力を与える代わりに我が“虚飾”の使徒となり『体現者』となれ」ってね」


 キングの攻撃はやはりすさまじい威力と衝撃だ……だが、スピードはない。先ほどのように不意打ちでなければタイタンと協力して回避し、隙をつくことも不可能ではない。

 ただ問題なのは、瞬間移動を駆使しながら攻撃を仕掛けてくるナイトと……全体をサポートするクイーンの魔術だ。

 隙を突いた攻撃では大技を使う暇はない。しかしそれでは、クイーンの展開する防護魔術が弾き防いでしまう。


 なんとか……近距離で重い一撃さえ与えられれば!


「その力があればもっと多くの物語を見ることができる……もちろん私は了承したよ、そして同時に"声"の正体にも気づいた。それはこの世界に存在する力とは異なる『世界を終わらせる存在』だとね。けど、私には世界が終わるならそれでもよかった、それまでに楽しい物語をたくさん見て、そのすべての幕引きを迎えるための準備をしようと決断したんだ」


 ぐっ……いくつもの衝撃が俺の体を貫いていく。ナイトの攻撃も段々防ぎきれなくなり、タイタンもその体を大分削られていた。

 他のタイタンも同様に崩れ始めている……だが、そのすべては無駄にはしない。


「のちのために私は魔導師となり、ディガンを拾い、ギルドマスターとなった。就任してからは楽しかったよ、魔導師を目指したいという新鮮な物語を持つ者がやむことなくやって来るんだからね。私も仕事に身が入るというものだったさ」


 今俺の右腕には体中のすべてのエネルギーを詰め込み凝縮している。属性などまったく関係のない、ただ純粋な力へと変換した拳の一撃だ……まさか、俺がディガンのような戦法を取るとは思いもしなかった。


《――死ネ!》


「来たか! 未だタイタン!」


 瞬間移動してきたナイトの出現位置を予測しタイタンを突っ込ませる! 狙い通り、その突進によりナイトは不意を突かれ吹き飛んでいく。


《――貴様……サセルカ!》


 二体目のナイトも一体目の失敗に動揺するものの、すぐさまこちらへ瞬間移動しようとするが……それも織り込み済みだ!


「タイタン! 氷柱の樹木を伸ばせ!」


《――ナッ!? 体ガ捕ラエラレ……》


 あらかじめ瞬間移動するであろう地点に氷柱を伸ばしておくことで、まるで罠のようにナイトを捕らえることに成功する。


《――ナラバ我ガ……『大爆破の拳ビッグバンナックル』!》


 そうだ、ポーンがもはや俺の敵ではない以上キングが動くしなかない。


 キングの拳による衝撃は二体のナイトを抑えていた氷柱ごとタイタンを破壊していく……済まないタイタン。

 だが、これですべての準備は整った! 破壊時の煙は俺の姿を隠し、キングに俺が近づくことを悟らせない。


《――ナニ、貴様イツノ間ニ……!?》


 気づいた時にはもう遅い! 俺はすでにキングの目の前まで近づき、あと数秒でその拳を振りぬくであろう場所にいる!

 そして、キングはクイーンを護るように立っているため、二人の位置関係は常に直線上! 最大限にまでエネルギーを凝縮したこの拳なら……まとめて貫ける!


 済まない、先代マスター達よ……。だが、どうかこの一撃でその魂を解放できれば……。


「これで……!」



「おや、私が話している間に大分状況も変わったみたいだね。じゃ……そろそろよ」



「終わり……」

《――残念デスガ、ソレハ無理デゴザイマス》


「だ! ……は? ガッ!!?」


 なんだ? なんだ? なにが起きた!? 気づけば俺は地面を転がっている。なぜ? 殴られたからだ……俺の最後の攻撃の瞬間、横から誰かに攻撃された!?


「バカ……な! 他のチェス兵はすべてその動きを抑え込まれていたはず! いったい何……が……」


 俺は残る気力で体を起こし状況を把握しようと確認する。……だが、そこに写っていた光景はあまりにも絶望的で……。


「なんだ……その……チェス兵達は!?」


 俺が攻撃を仕掛けようとした位置に立っていたのは、姿形は今までのポーンと変わらないが、唯一違う点……それは、その体が漆黒でできていたということだ。

 いや、ポーンだけではない。他の地点、他のチェス兵を抑えていたタイタン……それが無残にも砕かれ、その場所には漆黒のチェス兵が合計十六体立っていた。


 そしてその中心に、すべてを従えるように立っているマステリオンの姿も……。


「どうして、黒い兵が……マステリオンの駒は白のは……ず。おかしい……どうして」


「何もおかしいことはないよ。だって……チェスの駒は白黒合わせて全部で三十二体いるんだから」


「あ……あああ……」


 ああそうだ……何もおかしいところはない。おかしいのは俺の甘い考えだったんだ。

 何がチェスの盤の上だ……なぜ奴の兵力がこれだけだと決めつけていたんだ。


「ふむふむ、どうやらキミの表情から察するに、先ほどの攻撃でキミはすべてを出し切ったんだね。なら、すべてを出し切っても超えられない壁があったという展開で……キミの物語を終わらせよう。うん、いい結末だ」


 そのマステリオンの言葉に反応し白と黒の三十二の駒が俺に狙いを定めてくる。


 タイタンは……すべて破壊されている。俺の中の魔力は……ほぼ枯渇している。

 だが、俺の戦う意思は……まだ……消すわけには……。


「じゃあね、リオウ・ラクシャラス君。今まで楽しませてもらったよ、キミの物語」



 無数の攻撃が俺を貫いていく。『精霊合身スピリット・クロス』によって一つになっていたタイタンの体が剥がれていくのがわかる。自分自身の意識が遠ざかっていくのがわかる。

 無力なまますべてが終わっていくのが……わかる。


(また……なのか。俺はまた……何も成し遂げられないまま終わるのか……)


 脳裏に走馬燈が浮かんでは消えていく。大切な仲間と出会えた思い出が、自らが真に信ずるべきものを見つけられたあの時が、今度の人生では悔いのないよう生きると誓ったあの日が……。


「魔導神様、レオン君、エリーゼ……シリカ……」


 そして走馬燈は前世にまで遡り……。


「ミレイユ……済まない。俺はまた……何もできな……かった」


 あの時と同じように自分の無力さを呪いながら暗く深い闇の中へと向かうように……。



(諦めないで! お兄ちゃん!)



 その"声"が……聞こえた。

 もう二度と聞けないだろうと思っていた前世の思い出の中にだけ残っていたその声が。


(いや違う、俺は以前にもその声を聴いている。そう、あれは確か魔導神様との戦いに破れた時だ)


 その時は自分の中の思い出が頭の中で都合のいいように再生されたのだとのちに考えていた。

 だが、それはきっと間違い……なぜなら。


(お兄ちゃんは、ここで負けちゃだめなんだよ)


 こんなにもハッキリと俺に語りかけてくるのだから。


(空を見てお兄ちゃん! 今からそこに、お兄ちゃんに必要なものがくるから。だから諦めないで!)


 意識が薄れる中、俺はミレイユの声に従うように最後に残った力で上を向く。だがそこにあるのは、今にも俺の命を奪おうとするチェス兵が飛び掛かってくるだけで……いや。


(あれは……なんだ?)


 それは星だった。どこか遠くから流れてきた星がこの真上で止まると、それは方向を変えまっすぐ進路を変え……。


(星が……落ちてくる!?)



ズドォォォオオオオオオオオオオオオン!



《――!?》


 星の落ちる衝撃でチェス兵達が吹き飛んでいく。しかし、なぜか俺にだけその影響がない。

 いったい何が落ちてきたのか、それを確認しようとぼやける視界で着弾点に目を向けると……そこにあるものは星ではなかった。


 そこにあった……いや、"いた"のは……。


「――……」


 その姿は……その姿を持つ存在の話を……俺は魔導神様から聞かされていた。

 人族のような体を持つが人とはかけ離れ、エルフのような神秘性を持つがまるで異なり、ドワーフのような力強さを感じさせるも細身な体はそれを感じさせず、亜人のような動物性が存在するようでどの動物にも当てはまらず、精霊のような未知のエネルギーを持っているようでどの精霊よりも強大な力を放ち、龍のような存在感を持つものの龍ではありえない外殻を持つ……その存在は。


「“幻影神”……」


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