197話 VSマステリオン


 足元から下より大きな魔力の流れの変化を感じる……グラウンドの方で戦いがはじまったのだろう。

 シリカは、レオン君は大丈夫だろうか。……いや、ディガンという男は未知数な部分はあるものの、彼らの力もそれに負けない才能を持ち合わせているはずだ。ただ前世の知識を利用しズルをしていた俺なんかと比べて……な。


「おや、そんなに下に残してきた仲間のことが気にかかるかい? ならば私のことなど放っておいて助けにいけばいい。仲間を大事にするのは大切なことだよ」


 そんな俺の様子を悟ってか、今俺の目の前に立つ男……魔導師ギルドのギルドマスターであるマステリオン・ベルガンドは軽口でこちらを揺さぶるかのようにひょうひょうした態度で話はじめる。

 先ほどは覚悟を決めて俺と立ち合おうという様子が見られたのに、俺が少し注意を逸らしただけですぐに態度を変えるとは……。


「仮にもギルドマスターともあろう人がそんなに弱腰とは……それとも、言葉で惑わして俺が隙を見せたところで背後から仕掛けるつもりなのか……」


「そんな卑怯な真似するわけないじゃないか。今の言動も、ディガンはキミ達が思ってるより危険な男だからキミも加勢した方がいいんじゃないかというただの善意だよ」


 確かに副ギルドマスターであるディガンを一番よく知っているこの男が"危険"だというのだから、俺達が抱いていた不安もまんざら的外れでもないのかもしれない。

 しかし、なんだろうか……先ほどからこの男から感じる"違和感"のようなものは?


「キミがあちらに向かうというのなら私は何もしないよ。それに……戦うとは言ったものの、私はそこまで戦闘が得意ではないからね。できれば戦いは避けたいのさ」


「全魔導師のトップに立つ男が言えたセリフだとは思えませんね……それは」


「ギルドマスターだからといって魔術戦が得意というわけではないよ。私は魔術に関する知識やギルドへの貢献や改善の手腕を買われて前ギルドマスターから任命されたのだからね」


 その話は俺もマステリオンを調べた時に知った情報だ。いわく、この男は魔術の腕は高いことは高いが他と比べて吐出した点はなく、それよりも各国との繋がりを強めることや魔術による技術の発展に大きく貢献するという、その人間性や人望から今の地位を得たのだと。


「しかし、ディガンは貴方の言葉に従う……それは貴方の方が強いという証にも思えますがね」


「うーん……どうだろうなぁ。言ってしまえば私はただ単にあいつと相性が良かっただけだよ。実力的に見れば私の方が下であるのは明白だ」


「なら、参考までにどう打ち負かしたのかご教授していただきたいところですが」


 ここは一つ、カマをかけてみようか。このまま教えてくれるならそれでよし、喋る気がないなら……俺があちらへ向かう必要なしと判断して戦いを避けることができなくなることはこの男なら理解しているだろう。


「流石にそこまでは話せないな。仮にも私とキミ達はまだいがみ合う仲だ、それなのにディガンが圧倒的不利になるようなことを喋るのは無粋というものだよ。ただ、キミが加われば状況は好転するだろうということは確かだ」


 なるほど、このやり取りで俺はこの男に感じていた違和感が何だったのか理解できた。


(この男の言葉にはどこか説得力がある)


 しかも、それはただのハッタリやその場しのぎのためのでまかせではなく、確かな理や裏付けのような真実味を感じさせる。


 だが、その言葉がたとえ本意であろうと俺が今成すべきことを曲げるわけにはいかない。


「残念だがその誘いに乗らせてもらうわけにはいかないな。今俺がここを離れれば……自由になった貴方が何をしでかすかわかったものじゃない」


 確かにこの男は俺があちらへ向かうなら何もしないとは言った……だが、それはあくまで"俺に"何もしないというだけで、それ以外のことに関しては何も言及していない。

 今ここでマステリオンから目を離せばどんな事態になるかなど誰にもわからない。一番恐ろしいのはこの男を自由にしてしまうということだ。


「流石は世界を相手に外交するギルドマスターといったところか、口が上手い」


「私としてはどれも本心を告げているだけなんだがね。そっちこそ疑り深いじゃないか、もっと人を信じてみたらどうだい?」


「あいにく、俺の信ずるべきものは決まっているんでな……『氷結フリーズ』!」


 これ以上の話し合いは不要だ。正直この男からはもっと引き出すべき情報は山ほど存在するだろう。

 だがそればかりに気を取られてもっとも優先すべきものをないがしろにするのは愚行だ。魔導師ギルド奪還を主体とし、できるならばマステリオンを捕らえる、できなければ始末する……それだけでいい。


「おっと!? いきなり危ないな。私はディガンと違って頑丈じゃないんだ、威力の抑えられた魔術でも当たればタダじゃすまないよ」


 先制で俺の放った氷のレーザーはいともたやすくかわされてしまった。奇襲のためこの程度の魔術ではあるが速さはあるものを選んだつもりだが。

 これで終わってくれれば……とも思ったが、やはりこの程度でやられるほどやわではないか。


「良い一撃だけど惜しかったね。でも本当に合理的で悪くない攻撃だよ。私としてはもう一度魔導師ギルドの一員として働いてもらいたいくらいだよ。そうだ、何なら本当に今ここでキミをスカウトしても……」


「悪いが俺はもうお喋りに付き合う気はない。先ほどまで自分が立っていた場所を見てみるんだな」


「む!? これは……」


パキパキ…


 マステリオンがペチャクチャと無駄話をしている間にも俺は魔術を止めることなど一切していない。氷のレーザーはその直線上の一点にのみ強力な冷気を発し、空気を凍らせその場に先の尖った氷塊を精製し続けている。

 やがてその氷塊は徐々に巨大化し、鋭利な先端は全方位に余すことなく向く程となり……。


「弾けろ! 『氷結爆弾アイスボム』!」


 氷塊となった魔術へとさらなる魔術式を組み込むことでその中心を爆破し、飛び出すように突き出た無数の鋭利な氷柱が四方八方へと襲い掛かる。

 流石に身体能力だけでこれを避けるのは難しい。さぁどう出る……。


「一手目が二手、三手と繋がり無駄がないね。これは私も魔術で対抗するしかないな、『灼熱炎球ブレイズスフィア』……そら!」


 マステリオンの魔術で生み出された炎の球体が高速でその体の周りを回転することで襲い来る氷柱をいともたやすく打ち落としていく。

 これが奴の魔術か……術自体は学舎で教えられる中級程度のもの。しかし、その精度と応用技術に関してはその肩書に恥じぬ練度というとこか。


 それだけなら問題はないが、まだ力を隠している可能性は十分にある。ならば、次でそれを見極める!


「早々に決着をつけさせてもらうぞ! 飛び散った術式の欠片よ、一つとなり新たな姿へと顕現せよ! 『氷結と流水の巨人アイスタイタン』!」


 生み出すのは俺の最大魔術の一つでもある氷結の巨人。学舎の屋上は決して広大とは言えないが、ギリギリ氷結と流水の巨人アイスタイタンが存在できるだけの広さはある。


「くっ! それがキミの切り札かい! まさかこんな早くにここまでの魔術を使われるだなんて思ってもみなかったよ!」


 タイタンから発せられる冷気がマステリオンの方へ向けて学舎の屋上の色を白銀へと塗りつぶしていく。奴も先ほどの炎球で防いではいるものの、徐々にその体の表面が凍り付いていく。

 これを真正面から破ったことがある魔導師は今まで魔導神様だけだ。さぁ、お前にこれを突破できるか見せてみろ!


「しょうがない! こうなったら私も全力で迎え撃つしかなさそうだね! 炎の球よ、真の姿を現せ! 『炎魂闘士ブレイズマンファイター』!」


 これは! 先ほどの炎球が強い輝きとともに宙に舞い上がったと思った次の瞬間にはその姿を変え、タイタンと同等の巨体を有した炎の闘士がそこに存在していた。

 まさかこの男の奥の手も俺と同じ魔力の巨人だったとはな。だが、炎の闘士とはいってもただ燃えているだけの魔力の塊……魔導神様の魔術に比べれば……。


「これで終わりじゃないよ! 現れろ風の剣『風神剣タービュランスソード』! 纏え光の衣『光神衣ホーリーアームズ』!」


「なにっ!? 新たな魔術が炎の闘士の下に……!」


 マステリオンが新たに発現させた二つの魔術、どちらもあの炎の闘士と同等の力を秘めているというのに、それらを同時に存在させさらに組み合わせるだと!


「ふっ……やはり「戦闘は得意じゃない」なんてのはこちらを油断させるための出まかせだったようだな。流石ギルドマスター……実力も十分だ!」


「お褒めにあずかり光栄だね。でもこれを一撃で沈める人間が近くにいるせいかどうも顕著になってしまうんだよ」


「なんだと、一撃……?」


「おっと、別にこの情報は話す必要はなかったかな。さ、ゆけ炎魂闘士ブレイズマンファイターよ! その剣で目の前の巨人を切り裂け!」


 炎の闘士が持つ風の剣……その持ち手からどんどん炎が昇っていき、やがては激しい炎を噴射する爆炎の剣へと変貌するのだった。


「この威力は!? タイタンの吹雪が押し戻される!」


 風の剣の力で噴射する炎の勢いを受け止めきれず、タイタンの体が少しづつ削り取られていく。このまま長引けばマズいとこちらも対抗してタイタンに吹雪の集中攻撃や氷柱の弾丸を浴びせているものの、すべてあの光の衣に弾かれ本体まで届かない!


 強い……マステリオン自身は謙遜しているようだが、それでもやはり並みの魔導師では太刀打ちできない程の実力……いや、かつてゴールドランクと呼ばれていた者でもこのレベルに達している者はそう多くないはずだ。


「だが! 俺は負けられない! この場を任された身として、共に戦ってくれると言ってくれた仲間のためにも!」


 前世の記憶を持つ俺は心の中にどこか孤独感を抱えていた。どれだけ信頼に足る仲間を得ても、シリカ……妹を護ると決意しようと、どこかその存在を遠くに感じていたんだ。

 そんな俺は生き急いで焦り、道を誤った……。だが、そんな俺に魔導神様は道を示してくれた、その先に本当に友と呼べる存在と、本当に護りたいものをハッキリと見定めることができた。


「だから俺は負けるわけにはいかないんだ! いくぞ『氷結と流水の巨人アイスタイタン』! フォームチェンジ、『燃え盛る氷炎巨人ハイドレイドタイタン』!」


ゴウゥッ!


「なんと! 氷の巨人が自ら炎を纏うとは!?」


 これこそ魔導神様の知識をもとに編み出したタイタンの新たな力。地下牢に閉じ込められている時に聞かせていただいた『燃える氷』の話、その性質に俺は興味を示し利用したいと考え……そして、今ここにそれを完成させた。

 見た目はほぼ変わらないが、その体躯を構成する性質を丸ごと変化させることで炎を纏い、炎を突き進むことのできる氷の巨人と生まれ変わる!


「貫け! 燃え盛る氷炎巨人ハイドレイドタイタン!」


 もうちまちまと細かい攻撃をする必要はない! タイタンの手刀で奴の炎の闘士の中心……魔力の体躯を構成している"もと"を破壊してしまえばいい。


「馬鹿な! 衣ごと貫いて魔力のもとを破壊するだなんて!」


 魔力のもとを絶たれた炎の闘士の体はその体躯を維持できずに徐々に消滅していく。

 このまま消え去れば後は貫いたままの手刀でマステリオンも貫いてしまえばこの戦いは俺の勝利だ。


 正直危なかったが、やはりギルドマスターといってもイチ魔導師でしかない。これでやっと魔導師ギルドは以前の姿を取り戻すことができる。


「これで終わりだ! マステリオン!」


「そんな! まさかキミが私の想像を上回るとは! こんな……こんなところでこの私が終わるだなんて、そんなわけ……そんなわけ!」






ないよね?






「――!?」


 それは、俺がこの勝利を確信したと感じると同時に走ったとてもおぞましい感覚。まるでこの茶番劇をどこか別の視点から嘲笑うように覗かれているかのような不快な気配。


 背後……そう背後だ。目の前のマステリオンに集中すべき大事な瞬間だというのに、俺はどうにもその背後が気になり何の気なしで後ろを振り向くと。



《――排除スル》

《――死ネ》



 そこには、丸みが特徴の真っ白な全身鎧を纏ったかのような"何か"が二体、それぞれその手に剣と槍を携え、今まさにこちらへ振り下ろす瞬間……その光景がこの目に写っている。


「――ッ!? おおおおおおおおおお!?」


 その攻撃を、頬に微かな痛みが走るとともに奇跡的に避けることに成功する。奇跡……そう、まさに奇跡としか言いようがないタイミング。

 あの瞬間、なぜか後ろが気にならなければ今ここで俺の命は終焉を迎えていたと断言できる程……確実に。


「ハァ……ハァ……今のはいったい」


「おお、すごいすごい! まさか今のを避けるとは思ってもみなかったよ」


 その声にハッとして意識をマステリオンに戻すと、そこには俺を称賛するように拍手をする奴の姿と……その両脇に先ほどの真っ白な鎧兵が付き従うようにその場に佇んていた。


「なん……だ、そいつらは……?」


 頭に段々と冷静さが戻っていく。俺とマステリオンの戦いの場に突如現れた謎の鎧兵……いや、そもそも全身を隠しているせいで人間なのかどうかもわからない。

 ただ、アレが得体の知れない存在だということに変わりはない。


「まさか、貴方とディガン以外無人だと思っていた本部にまだ伏兵を用意していたとは……流石は用意周到というところか」


「おっと、どうやら彼らの情報を少しでも得たいがために少しでも会話を挟んで私から引き出そうとしているね?」


 くっ、バレているか……。しかし、マステリオンの表情はどこか楽し気だ、それに未だ仕掛けてくる気配も見せない……。


「そんなに警戒しないでくれ。私はこう見えてお喋りでね、困惑するキミのために彼らについて説明してあげようと思っているんだ」


「なに?」


 そんなことをして奴に何のメリットがあるというんだ?

 それに……違和感を感じる。今俺の目の前にいるこの男は、本当に先ほどまで俺と死闘を繰り広げたあのマステリオンなのかと疑問になる程に。


「まず、この子達は人間ではないよ、中は全部金属だ。そうだね、言ってしまえばゴーレムのようなものだよ」


 なるほど、命を持たないただの人形か。本部内に人の気配はなくともゴーレムならば起動しない限り俺達には気づかれないということだ。


「まさかこんな特別なゴーレムを操る魔術を隠していたとは、やはり先ほどの戦いは全力ではなかったということか」


「いやだな、先ほどの魔術は正真正銘私の全力さ、この子達はまた別。それに、特別なゴーレムというほどのものでもないよ」


「だが、ゴーレムにしては中々流暢に言葉を発していたように聞こえたが」


「ハハ、少しくらい流暢に会話するゴーレムくらいいるさ」


 確かにそうかもしれない……だが、俺があの鎧兵どもに疑問を感じたのはそれだけではない。何か言い表せない……おぞましさのようなものを一瞬だが感じたんだ。


「さて、軽く説明も挟んだしそろそろ戦闘再開といこうか。彼らの凄いところは口頭だけじゃ説明しきれないからね」


 そう告げるとその後ろで待機していた鎧兵が動き出し、タイタンの前に立ってその手に持つ武器を構える。


(まさか……あれで戦うつもりか?)


 ハッキリ言って理解ができなかった。たとえゴーレムとはいっても見た目は人間の兵士とまったく変わらないその体躯でタイタンとやり合おうというのか。

 しかし、あちらはすでに臨戦態勢で今にも襲い掛かってくるだろうことが見て取れる。


「どういうつもりかはわからないが、向かってくるなら迎え撃つまで! ゆけ、燃え盛る氷炎巨人ハイドレイドタイタン!」


 燃える氷を撒き散らしながらタイタンの巨体は小さなゴーレムへと襲い掛かる。先ほどの動きから素早さを重視した戦闘方法のはず、燃える氷を撒き散らして場を制圧していけば逃げ道はなくなり捉えることも容易だ。

 マステリオンはなぜこのゴーレム達にあれほどまでの信頼を……。


《排除スル――『竜巻の群衆テンペストスウォーム』》


「なっ!?」


 槍を持つゴーレムがその先端を突き出すと同時に発現したのは、降り注ぐ燃える氷をすべてのみ込む無数の竜巻だった。

 竜巻は氷を吹き飛ばすだけでなく、タイタンをも飲み込み始めその動きを拘束していく。


 そして、すかさず次の瞬間に……。


《死ネ――『炎熱灼剣アトミックソード』》


 すさまじい熱量をその剣に纏わせたもう一体のゴーレムが瞬く間にタイタンの脚を切断していく。

 もはやバランスを保つこともできず、タイタンは大きな音を立ててその場に倒れ込んでしまう。


 なんという強さ、タイタンの攻撃に一瞬で対応する素早さと身のこなし……だが、問題はそこではない。問題なのは……


「なぜ……なぜゴーレムがを扱えるんだ!?」


「術者が術式を追加すればゴーレムだって魔術を使うだろう? それと似たようなものさ」


「ふざけるな! 子供をあやすようないい加減な説明で俺を騙せると思うなよ! 今お前が言ったこととそのゴーレムが魔術を使用したことはまったく原理が異なる」


 通常、ゴーレムというのは術者によって自然物を形作り操る魔術であり、変換された魔力はそこで完結しているのだ。

 もちろん術者が術式を加えれば新たに変換された魔力が追加され、結果的にゴーレムが魔術を使用しているように見せることはできる。


 だが……だが今目の前にいるこのゴーレムは、その内に存在する魔力を自ら変換し魔術を発現させた。そう、まるで普通の魔導師と変わらないかのように……。


「加えてタイタンをこうもあっさり退けるほどの魔術練度……いったいどうなっている!」


「まぁまぁ落ち着きなよ、焦って答えを探すのはよくないよ。……っと、おかえりシンフィルド、相変わらず見事な槍捌きだね。サデュール、キミの攻撃はいつも大雑把だね」


 と、こちらの意志などまるで無視するかのようにタイタンを降して戻ってきたゴーレム達に労いの……というよりも上司が部下に交わすような会話を一人でやっている。

 そもそもゴーレムに人間のような名前を付けているのか? なんとも気味の悪い……気味の悪い?


(そうだ、なぜ今までこの表現が出てこなかったんだ)


 今俺が目の前の男に抱いている感情は、思えば最初から感じていたはずのものだ。なのになぜ今になって……あの男の言動や振る舞いは、いかにも『まともな人間』のそれであるとしか思えなかったからだ。

 それを理解した今、何か胸の奥から表現できないような恐れが込みあがってくるような気がしてならなかった。


 奴への見方が変わった今、こうしてあの男がゴーレム達をまるで普通の人間と変わらないかのように接している姿はどうにも異質に見……。


(まて、今俺は何を考えた? そうだ、そういえば確か……)


 それに気づいてはいけない、踏み入ってはならないと何かが警告しているような気がする。

 だが俺はもう気づいてしまった。そう、つい今しがたマステリオンがゴーレム達を呼んだ名前には心当たりがある。

 確か、以前調べ上げたゴールドランク魔導師の中に同じ名前が……。


「馬鹿な!? そんなこと……!」


 一瞬あり得ない考えがよぎった頭を振るい払拭しようとするが、もうその予感を振り払うことは適わない。


 そして同時に、談笑をやめ真っ直ぐこちらを見つめるマステリオンの存在に俺は恐怖すら覚えるのだった。


「なんだ、もうそこまでたどり着いてしまったのか。だったらもう隠す必要はないかな」


 その表情は相も変わらずいつもの穏やかな誰にでも優しいギルドマスターそのもの。だが、今の俺にはその表情が何よりも恐ろしくおぞましかった。


 きっとこれから語る恐ろしい事実を、この男はそんななにくわぬ顔で語り始めるだろうから。


「私はね、人の魂を体から抜き出して無機物に植え付けることができるんだ。その際に感情やら何やらが多少欠落してしまうんだけど、特に大した問題じゃない」


 最後の一言で背筋にぞくりと悪寒が走る。この男は……どうしてそんな言葉をこうも平然と答えられるんんだ。


「魂にはその人間のすべてが詰まっているんだ。経験、魔力や得意な魔術、それに……思い出もね。たまに彼らがそれを思い出して必死に表現しようとする姿に私は感動すら覚えるよ」


 狂っている……そうだ、この男はきっと狂気の中にいる。


「そんなことをして……貴様は……人の命をなんだと思っているんだ!」


「人の命? それはもちろん……この世で尊ぶべき最も大切なものさ! 人間一人ひとりが一生懸命に生きた証を残そうとする素晴らしさを尊重したいと私はいつも思っているよ! だからこそ私は魔導師ギルドマスターとなり皆を導く立場となることを選んだんだ!」


 ああ、理解した……今ハッキリとわかった。この男の言葉から真実を引き出そうということ自体意味がないことだったんだ。

 マステリオンの言葉には何一つ真実がない。すべてが虚構、何もかもが嘘ででたらめな存在。


 この男の目的は依然としてわからないままだが、一つだけわかるのは……この男は自分のために人の命をもてあそぶことや世界を混乱の渦に陥れることなどまったくどうでもいいことなんだと。


「ふざけるなマステリオン・ベルガンド! 貴様が……貴様のような奴がいるから!」


 この男こそが俺の……俺達の倒すべき真の敵だということがハッキリと理解した。

 こいつは"悪"だ。それも個人にとっての悪や思想の違う悪よりも最も質の悪い……世界にとっての"真の邪悪"。かつて俺が起こした悪行など比べ物にならないレベルの諸悪の根源。


 こいつは……今ここで消さないとダメだ!


「おおおおお! 燃え盛る氷炎巨人ハイドレイドタイタン!」


 崩れ落ちたタイタンの上半身だけに魔力を込めて動かしその両手でマステリオンの存在を抹消しようとするが……。


《――サセヌ》


 ゴーレム……いや、元ゴールドランクの魔導師だった人間にその攻撃は止められてしまう。


「おおっと、まったく話の途中なのに危ないな。でも、私には優秀な人材がついているからこの通り大丈夫だ」


「ならば……先にそちらの動きを止めるまで!」


《――ヌ》

《――グゥ》


 素早く動く二体の魔導師の動きを予測し、タイタンの両手でついにその体を捉えることに成功する。

 今はうわ言のように言葉を発しているだけだが、彼らも元々は……。


「正気を取り戻すんだ! あなた方も元は高みを志した一人の魔導師だったはず!」


「そんなことをしても意味はないよ。この力……私の“呪縛”の力は一度定着させた魂に関してはもうどうしようもなくなる」


「“呪縛”? なんだそれは……そもそも人間の魂へと干渉する魔術などあり得ない! 貴様はどうやってこんな力を手に入れた!」


「貰ったんだよ。いつだったか……私はこの力を、“虚飾”と呼ばれる使徒となり得ることでね」


 なんなんだ、この男は何を語ってるんだ。これもまたただのくだらない嘘なのか。俺には……まったく理解が及ばない。


「しかし、やはり歩兵ポーン二体だけではこれが限界か。まぁいい、そろそろ潮時かな」


 そう言いながらマステリオンが指を パチン と鳴らすと、今までどこに潜んでいたのか、屋上の枠の外から十二の光が飛び出したかと思うと、それらの光は真っ直ぐとこちらへ落ちてくる。

 そして、それらが俺とタイタンを中心に円を描くように降り立つと、次第にその姿をハッキリと現すとそこにいたのは……。


「さぁ、追加の歩兵ポーン六体、城兵ルーク二体、僧兵ビショップ二体、騎兵ナイト二体のご登場だ」


 今拘束している二体と同等……いやそれ以上の魔力を有する、おそらくマステリオンの“呪縛”によって生み出された異質の兵が俺をさらなる絶望へと誘うのだった。


「これが私の作り上げた……『魔導師ギルド』だ。さて、キミはどこまで足掻くことができるかな?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る