196話 VS魔導戦騎ディガン 後編


 ディガンさんの容赦ない攻撃は相変わらずすさまじい威力で、もはやあの人が通った場所は元のグラウンドの形は残っておらず、マグマと氷壁という相反する地形がその場に形成されていく。


 でもリーゼもシリカちゃんも的確にその攻撃を避け、ギリギリで直撃は免れつつ『対魔力衝撃ディスペル』を打ち込んでいく。瞬間的な速さは二人の方が上だ。

 どうもディガンさんはあの大きな腕の影響か最初のような素早さを発揮できないのかもしれない。


「うーむ、このままではちと分が悪いか?」


 どちらも決定打に欠ける勝負の中、その状態に不満があるように攻撃をやめてその場に立ち止まるディガンさん。

 あの人が何を思ってその場に立ち尽くしているのかはわからないが、その隙をリーゼが見逃すわけもない。


「背中ががら空きですわ! 術式連続構築、《水》《雷》《風》! 貫きなさい『翔ける雷嵐テンペストシュトルム』!」


 あれはリーゼが扱う魔術の中でも再高威力の魔術の一つ! 隙が見えるや否や、すぐさま戦術を切り替えて攻撃を仕掛ける辺り彼女の本気度が伺えるようにも感じられる。


 そんな彼女の放った魔術は雷を帯びた竜巻の先端がまるでドリルのように高速で回転しながらその体を貫こうと襲い掛かり……。


「さぁて、こいつを使うのも久しぶりだが……」

ズガァアアアアアン!


 周囲のマグマや氷壁を巻き込みながら、大量の水蒸気を起こしながらなんの妨害もなくリーゼの放った魔術は着弾する。

 まさか、避けることもせず、かといってその両腕で対抗するでもなくそのまま直撃するなんて思いもしなかった……。


 普通ならばこれほどの攻撃が直撃したなら大打撃を与えたと気持ちが緩みそうなものだ。だけど、僕達はディガンさんが今までの相手とまったく違うことをもう知っている。


「このぐらいで攻撃の手は緩めませんわ! 『風の刃ウィンドカッター』!」


 その宣言通り、今度は何層にも連なった風の刃を絶え間なくまだその姿が確認できないディガンさんの下へと発射していく。

 風の刃が起こす風圧は立ち昇る水蒸気を晴らしながら進んでいく。そうなれば必然的にディガンさんの状態もさらけ出されることとなるはずだ。


 僕達はまだディガンさんが倒れていないことは予想はしていた。だけど、その場が晴れて目に映ったあの人の姿は……。



「ガッハッハ! 『超硬地層鎧ガイアプレート』! この鎧はそんな軽い攻撃ではビクともせんぞぉ!」



 それは、ディガンさんの体を覆い尽してもまだ足りないというほどに突き出た多くの突起が特徴の大地の鎧。

 リーゼの魔術はまるでその鎧に吸い込まれていくように衝突し、消えていく……。これじゃあ、こちらが放つ通常の攻撃魔術はすべて無意味なものにされたようなものだ。


 加えて、その鎧の巨体と両腕の大きさが相まって、これではまるで大自然を集約した巨人がそこにいるのではないかと錯覚してしまうほど強大な存在がそこにいる気がしてくる。


「さて、今度はこちらの攻撃の番だな」


 そのまま攻撃に移るためにゆっくりと歩みを進めるが、どことなくバランスが悪く見える。上半身が重すぎて下半身がまともに動けないんじゃないだろうか?

 でも、ディガンさんには両腕のエネルギーを切り離して砲弾のように飛ばす技がある。


「あんなのまともに相手できるわけありませんわ! シリカ!」


「わかってます! オルちゃん!」

「『ガルァ』!」


 リーゼは今のディガンさんが危険だと悟り、すぐさま作戦を元の『対魔力衝撃ディスペル』による魔力切れを目的としたものに変更する。

 こちらの自然属性魔術を同時に打ち消さないために待機していたシリカちゃんとオルトロスもそれを察して即行動に移っていく。


 二人はオルトロスの『対魔力衝撃ディスペル』咆哮によってディガンさんの動きが鈍くなった瞬間を見計らって素早くその場から離れる。

 ディガンさんがどれだけ堅くなろうとこのままスピードでかく乱していけばきっと勝てる!


「面白くなってきた! どんどん面白くなってきたぞぉ!」


 だけど、それでも変わらずその喜びを増していくディガンさんのあの表情に僕は不安で胸が一杯だった……。

 この状況なら『対魔力衝撃ディスペル』があまり得意ではない僕も少しでもこの戦いに貢献するべきなのに……その不安と恐怖で未だ僕の体は動かないでいる。


「この男の魔力量はどうなってますの! これだけ『対魔力衝撃ディスペル』を打ち込んでいるのに!」


「ディーオ陛下ほど無尽蔵……とは考えたくありませんけど、この戦法が現実的なものだと信じたいです」


 そうだ、この作戦はディガンさんの魔力をすべて削りきれる前提で考えられたもの。もしもその前に二人の気力が尽きてしまったら……。

 けど、それ以外にあの滅茶苦茶な強さのディガンさんを倒す方法などあるだろうか。


 今、この戦いに勝利するためには、あの人の魔力切れを待つか……あの力を上回る強大な一撃を打ち込むか……。


「ハァ……ハァ……そろそろ魔力切れの前兆くらい見せなさいな! 『対魔力衝撃ディスペル』!」


「ガァ……『ガルァ』!」


 体力が落ちてきたのか、二人の動きが少し鈍くなったように感じられる。あれだけ動き回ってたら当然だ。

 でも、そのおかげかディガンさんは二人を捉えられず今の場所から一歩も動けていない。


「ふぅむ、ちと遊びすぎたか」


 これならいける! ……そう思った時、ディガンさんの表情がさらに楽しそうになったのを見て僕は背中に悪寒が走るのを感じた。

 二人は戦いに集中しすぎてあの人のこのわずかな変化に気づいていない。そのまま変わらずにかく乱のためにその場から離れようとしてるけど……。


「駄目だ二人とも! あの人は何か狙って……」



「もう遅いわぁ! 『雷光の飛脚ライトニングジェット』!」



「え……」

「そん……」


 それは、文字通り雷光のように一瞬の出来事だった。その魔術が発動した瞬間、ディガンさんの下半身全体が光に包まれ、次の瞬間にはそこに姿はなく……。


「あ゛あ゛あ゛!?」

「い゛が……あ゛あ゛!?」

「ガルォオオオ!?」「グルァアアア!?」


 まさに瞬間的に二人の目の前に姿を現し、リーゼの腹部をその拳で殴打し、オルトロスを雷を纏った脚で蹴り上げた。

 骨を砕く鈍い音がここまで聞こえ、雷撃が全身を駆け巡る悲痛な叫びは、彼女達に襲うその痛みを嫌というほど伝えられるようで……。


「うわあああああああああ!? そんな、リーゼえええ! シリカちゃん!」


「おっと、足の方に魔力を集中していたから上半身の魔術の回復が遅れたか」


 シリカちゃんの方はオルトロスを通してあの電撃をまともに受けてしまったため今も地面を転げまわりその痛みに必死に耐えている。

 ただ、リーゼの方は幸いなことにあの両腕の魔術が剥がれた状態で殴られたために物理的なダメージだけで済んだんだ。


 ……いや、何が"幸い"だ。たとえ魔術の効力がなくてもあの剛腕に全力で殴られたんだ、防護膜があってもその痛みは僕にはとても尊像できない程に違いないのに……。


「こんな……痛みで。うっ……ゴホッ!」


 それでも気丈にも立ち上がろうとするリーゼ……だけどその体を起こそうとした途端、口の中から赤い吐瀉物が地面に撒き散らされる。

 きっと内蔵のどこかを痛めたんだ……回復魔術で痛みを抑えながら再び立ち上がろうとしているけど、これじゃあどう見ても戦える状態なんかじゃ……。


「ほほう、ここまでやられてなお……まだオレに立ち向かう気概をなくなさいか。良い、実に良いぞ! 互いが譲れないもののために最後まで死力を尽くす! それこそがオレの望む本当の戦いというものだ!」


「こんなところで……終わるわけにわいきませんもの……」


「は……い、これは……私達がやらなくてはならないこと……ですから」


 僕達がやらなくてはならないこと……シリカちゃんの言う通り、この戦いは魔導師ギルドを取り戻すために僕達がやるべきこと。

 だけど……だけど、そんなボロボロになってまで……自分の命まで投げ打つ必要なんてないじゃないか。


「シリカ……ゴホッ、飛びますわよ! 『風翔浮遊エアロレビテイト』!」


「ハァ……ハァ……オルちゃん、道を作るよ! 『風の道ウィンドロード』!」

「ガルァ!」「グルォ!」


 ディガンさんが仕掛けてくるその前に、リーゼは空へと舞い上がり、オルトロスはシリカちゃんの作った風の道を駆け上がっていく。

 上空ならば、あの雷撃の脚による超スピードを回避できると踏んでの作戦なんだろう。確かに今のディガンさんは最初と比べてとても比重が増加してまともに跳びあがることもできない。


「空か……そんじゃ、とりあえずこれだな!」


 そう言って両腕を掲げると、そこからマグマと氷塊が大砲のように発射される。

 これは……今までも使っていた戦法だ。だけど、あれは相手の動きを制限させるための技で、あくまでもディガンさんの本命は接近戦……。


「この程度なら避けられなくありませんのよ! そして、こちらからの攻撃は……ぐぅ、問題なく与えられますわ! 『対魔力衝撃ディスペル』!」


 リーゼ達も地上よりは機動力は劣るものの、一直線の攻撃くらいなら避けられないこともない。

 さらに隙をついて上空から降り注ぐ『対魔力衝撃ディスペル』がさらにその魔力を削っていく。


「ぬうう……やはり遠距離戦は苦手だの。こうなったら、本当の久しぶりに……『完全体』でいくとするか」


 また……ディガンさんの口元がニヤリと歪む……。

 ここまで試行錯誤して、やっとの思いで突破口を見つけて、二人とも死に物狂いで戦っているのに……その笑みは、それを一瞬で打ち砕いていく。


 そんな……そんなのもう……。


「『ガルァ』!」

「いけます! このまま押し切って……」



「調子に乗るのはそこまでだぁ! 『暴風の剛翼サイクロンウィング』! ハッハァーーー!」



「もうやめてくれぇ! 『重力球グラビティボール』×3!!」


 それは、これ以上二人が傷つく姿を見たくないという一心の思い出作り出した重力球。ディガンさんが新しい魔術で飛びあがるのと同時にそれをあの人の足元へと設置し、飛翔するその体を地面に引き戻す……はずだったのに。


「このくらいの位置かぁ!?」


「なっ!?」

「そん……!?」


 重力の影響を強引に……いや、まるでそんなの関係ないとばかりにその体はどんどんと上昇していき、二人を追い越して少し高い位置まで辿り着く。

 そして魔術で生み出したその翼に力を込めるかのように体を縮こませ……。


「吹き飛べぇ!」


「「――!?」」


 それを解放するかのように体を広げるとその体を中心に嵐のような暴風が広がっていく。


「う、うわあ!?」


 遠く離れた地上にいた僕でさえ軽く吹き飛ばされる程の強風……こんなものを、至近距離で受けたら!?


「二人ともだい……」


「がはっ!」

「あぐぅ!」


 それは、上空にいた二人を確認するよりも早かった。僕が上空へ向き直った瞬間、あの強風を直撃してしまった二人は抵抗する間もなく僕の近くへとその体を叩きつけられていた。


 二人の風の魔術はあの暴風に巻き込まれ、その効力は完全に失われてしまっている。

 同じ属性の魔術のはずなのに、それをいともたやすく飲み込んでしまうほど強大な魔術の塊。そして、そんなものを五つも纏う驚異の怪物……『魔導戦騎』が僕達の前へとゆっくりと降りてくる。


「さて、次はどうする? 万策尽きたのなら、ここで貴様らの命を散らして終わりとしようじゃないか」


 待っている……この人は、最後まで僕達の"全力"を引き出させたうえでそれを打ち破ることで勝利を得ようとしている。いや、この人にとって"勝利"になんて何の意味もない……ただそれが楽しいから、今ここにこうして立っている。


「う……ぐ! ここまで力の差を痛感させられるのは流石に……笑えませんわね」


「正直……誤算……でした。けど……あそこまで引き出させたというとこは、そこまで追い詰めたということでもあります……から」


「二人とも! 駄目だよそんな体で!」


 今までのダメージに加えてあの高さからの殴打だ、口には出さなくてもその体が限界に近いことはバカな僕でもわからないはずもない。


 もうだめだ……傷ついた二人には回復魔術もそれほど効力はないし、ディガンさんがそんな暇を与えてくれるとも思えない。

 それ以前に、たとえ僕達が全快の状態であってもアレに勝つことなんて不可能なんだ。


 だから……。


「逃げよう……」


「え、レオン……さん」

「あなた、今なんと言いましたの」


「だから、逃げるんだよ! 僕達じゃあの人にかないっこない! 一度退いて対策を立て直すんだ!」


「馬鹿なこと言わないで! この日のためにどれだけの積み重ねがあったと思ってるの! 今回を逃せばチャンスはもう来ないの、わたくし達がやるしかないのよ!」


「でも、勝てなかったら意味がないじゃないか! このまま続けたら二人は……二人は死んでしまう! そんなの僕は嫌だ! リーゼも、シリカちゃんも……いなくなってしまうくらいなら僕はここですべてを投げ出すことを選ぶよ!」


 僕自身、ここまで感情的になるだなんて思いもしなかった。目からは涙が溢れ、体をガタガタと揺らしながら、そんな情けない姿でも嘘偽りのない想いが本能のように口から漏れ出していく。


「僕は二人に……生きていてほしいんだ」


 もう頭の中はぐちゃぐちゃだ……でもこれでいい、もう僕にできることなんて何もない。僕はこんなにも無力な存在だったんだ。


「……いやよ」

「え」


 なのに、リーゼはそれでも拒んだ。まだ先ほどの衝撃で全身にとてつもない痛みが走っているはずなのに、それでも迷いのないまっすぐな表情で僕を見つめている。


「あなたはまだ逃げている……それは強大な敵でも、辛い現実でもない。自分自身から逃げているのよ」


「僕が……僕自身から?」


「レオンさん……あなたはきっと自分自身の力を恐れている。自分が恐ろしい力を扱えると知ってしまえば、今までの自分が変わってしまうということに……。でも、自分が変わってしまうことを恐れないで」


「僕自身が……変わってしまうこと」


 戦争という辛い現実、分かり合えない人と人の対立、そして人が死ぬということ……人を殺すということ。

 僕は……何も受け入れられなかった。それを受け入れてしまえば、僕が僕でなくなってしまう気がしたから……僕でなくなった僕はみんなと一緒にいる資格をなくしてしまうと思っていたから。


「わたくしは……どれだけあなたが変わってしまっても受け入れる覚悟なんてとっくにしてましたわ。むしろ、こうしていつまでも逃げ続けるなら、それこそあなたを見限ってしまいますわ」


「新しい自分を受け入れれば……その未来にはきっと辛いことが沢山あると思います。けど、辛い時は……私達もそれを一緒に受け入れますから」


「だから、わたくし達に死んでほしくないというのならレオン……あなたが守って見せるぐらいのこと、してみなさいな」


 そう言って二人は立ち上がる……最後の勝負に挑むために。


「そろそろ痴話げんかは終わったか? オレはせっかちなんで早く答えを出してほしいんだがな」


「ええ、大丈夫よ。答えはきっと、すぐに出ますわ」


「レオンさん、あなたの"憧れ"は……きっとこの先にありますよ。だから、私は信じてます」


 僕の脇を通り抜けて二人は歩みだす。

 そうだ……僕の憧れ、あの時ヴォリンレクスで師匠達と話した……。






「よし、そこまでだ、今の感覚を忘れるな」


「ハァ……ハァ……し、師匠、確かにこれは凄い魔術ですけど、こんなの僕が使う必要あるんでしょうか?」


 人払いをした練習場で、リーゼとシリカちゃんと師匠だけの特別な魔術特訓だと師匠に無理やり突き合わされて今僕はここにいる。

 今教えてもらった魔術は正直とても恐ろしいもので、どうして師匠は僕にこんなものを教えてくれるのか正直理解できなかった。


「私としてもお前のように心優しい人間にこんなものを教えることに躊躇はあった。だが、人間にはいつ何が起きるかわからない……それが本当は助かる命が無知によって助からないのは悲しいだろうとな」


 でも、こんな力で助かる命があるのか僕には疑問だった。何かを助けるならこんな誰かを傷つけるものじゃなくて、回復魔術の精度を上げる特訓とかをした方が良かったんじゃないかな。


 けれど『誰かを助ける力』の知識を得ることに関しては僕の目指す理想にはとっても重要なことだ。


「前にも話しましたけど、僕の理想はあの『まじゅつのかみさま』の絵本の主人公のように、世界中の人を助け、誰よりも優しく、そしてどんな問題もその知恵と絆で解決する最高の魔導師ですから」


 ずっと昔から大切にしてきた僕の想いの根底。どんな困難にも何一つ臆することなく大団円で解決していくあの姿はまさしく僕の憧れそのもの。

 所詮は創作に過ぎないけれど、あの優しく気高い姿勢は僕の目標なんだ。


「……そういやそうだったな。でもなレオン、『まじゅつのかみさま』もきっと優しいだけじゃなかったと私は思うぞ」


「それって……どういう意味ですか?」


「あの絵本の主人公は誰にでも優しく、まさしく"聖人"! って感じだったけど……本当は辛いことや、苦しいことだって沢山あったかもしれないじゃないか」


 そんなこと僕に言われても……結局は創作のお話なんだから、作者がどう描くのも勝手だとは思うんだけど。

 でも、今の師匠の一言で僕の中にあるあの絵本に対する見方が少しづつ変わったのも確かなんだ。


 もしかしたらこの主人公は、物語の裏でとんでもない苦悩を抱えていたのかもしれない……そう思うと、今まで近くに感じていた『まじゅつのかみさま』が遠い存在に思えてくるようで……。


「ま、とはいっても、お前は『まじゅつのかみさま』じゃないんだし、その力を使うも使わないもお前の勝手だ。ただ一つ言えるのは……今のお前は一人じゃない、そのことだけは覚えておけ。というわけで休憩終わり! 特訓再開するぞー!」


「ええ! もうですか!?」






 ……そんな、未来のことを本気で考えずに笑っていたあの頃。自分がこんな苦しみを味わうなどまるで思ってもみなかったあの時の僕。


 今僕はなにもかもを失おうとしている。このまま二人を見殺しにしても、一緒に逃げたとしても、僕にはこの先何も残らない。

 本当は立ち向かいたい……みんなとの絆をこの先も永遠のものとするために。……でも、それを僕の中にいる無力な自分が押しとめる。


(僕が出ていったところで何になる? 僕の力は何も意味がないだろう? このまま強引にでも二人を連れて逃げてしまえばいい。なにもかもを投げ出して、のうのうと生きていればいい)


 違う! 僕は二人を助けたい! いや、二人だけじゃない……魔導師ギルドを取り戻して、多くの絆を守りたいんだ!


「レオン! これだけは言っておきますわ! あなたの攻撃は全部無駄なんかじゃない! あの男は平気なそぶりをしていたけれど、本当はあなたの魔術で動きが鈍くなっていたのよ!」


 不意にディガンさんへと立ち向かっていくリーゼがそんな言葉を投げかけてくる。

 効いていた? 僕の魔術が? でも今の僕にはまだそれを信じる確証がなかった。自分自身を信じられなかった……。


「レオンさん! 私達が今こうして生きているのはあなたのおかげです! あなたの魔術がなければ私達は今頃致命傷を受けてここには立っていなかったんですから!」


「わたくし達が立っているのがその証明よ! だから……いつまでもめそめそしてないで、いつものように前を向いて! どんなことにも立ち止まらない、勇気を持つあなたのことが好きなんですから!」


「……!」


 そうだ、こんなにも僕を信じてくれる人がいる。こんなにも僕のことを見てくれる人がいる。こんなにも僕を……好きでいていくれる人がいる。


 ああ……ごめんなさい。信じていなかったのは、未来への絆から目を背けていたのは僕だけだったんだ。僕が変わってしまったら、そこで物語が終わってしまう気がしていたんだ……。

 でもきっと、『まじゅつのかみさま』のように、変わった先でも絆を紡ぐことができるんだ。


 だから……今までの優しいだけの僕に信じてほしい。これからの新しい僕が……キミの作り上げた絆を未来へと連れていくと。



「うああああああああああああああああああ!!」



 気づけば僕は無我夢中で走り出していた。唯一負傷の少ない僕は手負いの二人の脇を通り抜け、そして眼前にその男の姿をハッキリと捉える。

 二人が僕に何かを叫んだ気がする……だけど僕はもう立ち止まれない。もう終わりにするんだ、この戦いを。


「くるか……少年!」


 そんな僕をまっすぐ見つめて、今までで一番の楽し気な表情で僕を迎え撃とうとするディガンさん。まるで、この時を待ち望んでいたかのように。

 ありがとうございます……あなたは僕に変わるきっかけをくれた。そしてさようなら……どちらが勝っても、悔いのない戦いを!



「散りばめられた重力の残照よ、今こそ集え! 世界を飲み込め、すべてを飲み込め! 《重力》属性完全開放! そして収束せよ! 全開収束魔術『終焉の黒点ブラックホールグラビティエンド』!!」



 今まで僕が作り出したいくつもの重力魔術、そしてこの世界を構成するために存在しているエネルギーを僅かに借りることで……それらは一つとなり、ディガンさんの目の前に小さな黒点として生まれた。


「ぬう!? こいつは!」


「さぁ……全部飲み込んでしまえ!」



ズズ……ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



 生まれた黒点がその力を発揮すると、その中心に向かって僕が指定した範囲内すべてのものを無差別に吸収し始める。

 崩れ落ちた学舎の瓦礫、戦闘で折れた倒木、未だ残る数多のマグマや氷塊……。だが、もはやそれだけにはとどまらない、すでに黒点はその吸収力を無制限に高めていき、地面を形成する大地やそこに存在している空気やマナさえも飲み込んでいく。


 そして当然、その黒点のそばにいるディガンさんも……。


「ぬううううう! まさかここまでの力を秘めていたとはなぁ! まったくもって嬉しい誤算だぁ!」


 その中心から抜け出そうと驚異的な胆力で持ちこたえていた。

 本当にこの人は常識外れだ……常人なら考える暇もないうちに体が削り取られながら一瞬で消え去るほどの吸引力のはずなのに。

 だけど、たとえ雷の脚で抜け出そうにもそれを踏む大地ごとの飲み込み、風の翼で飛び出そうにも勢いをつけるための突風をも逃さない。


 だからもう、ここから先は僕とディガンさんとの残った魔力による……。


「我慢比べだ!」

「我慢比べかぁ!」


 魔術を維持する右腕を通して全身が軋む……当たり前だ、これほどの魔術が体に負担がかからないわけがない。

 これほどの重力エネルギーを生み出すには僕の力だけでは圧倒的に足りない。だから、ほんの少し世界そのものの重力の力を借りることでそれを補っている。

 ……だけどこれは諸刃の剣、今この瞬間にも僕の体にはその肩代わりした重力が代償としてのしかかってきているんだ。


「うあああああ!」

「ぬぐおおおおお!」


 もはやこうして考えてる頭と体が別のもののように思えてくる。今この体を突き動かしているのは……この戦いに勝利せよという本能だけ。


「ぐおおおおお! 抜け出すのはもはや不可能か……ならばぁ! オレに残された手段はひとぉつ!」


 抜け出せないと悟っても、ディガンさんは負けじとマグマと氷塊の腕を僕の方へと真っ直ぐ突き出してくる。


(あれはマズい。でもこんな状態では僕はもう動けない……)


「最後の勝負だ! 若者たちよぉ!!!」


 まるで強力な空気の噴射のように発射されるマグマと氷塊の大砲。その瞬間的な勢いは黒点の吸引力を越えて僕の方へと真っ直ぐ突き進んでくる。

 どちらか片方だけでもまともに受けたら僕の命は終わるだろう。だけど、今の僕にはどうすることも……。


「そんなことは……わたくし達がやらせませんわ!」

「レオンさんが本当の覚悟を見せてくれたんです。私達だってそれに応えてみせます!」

「ガルァ!」「グルォ!」


 リーゼ、シリカちゃん、オルトロスまで……皆だって動くのさえ辛いはずなのに。


「私は右を! オルちゃん!」

「『ガルァ』!」


 オルトロスの咆哮で迫る氷塊がみるみるうちに崩れて消滅していく。残るは……。


「左はわたくしが……『対魔力ディスペ……ゴフッ!?」


「エリーゼさん!?」


 背後でリーゼの倒れる音がする。もしかしたら先ほどと同じように吐血もしてしまったのかもしれない。

 それほど、リーゼのダメージは深刻だったのか。


 そして、中途半端に発動した『対魔力衝撃ディスペル』……それはマグマの砲弾を半分程度を削るだけの結果となり……。


「……ッ!? う……があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」


 それが横切ったと理解した瞬間に僕の左肩から先にこの世のものとは思えないほどの熱さと痛みが襲い掛かる。

 いや、それはもはや"痛み"と呼ぶことすら生ぬるい。


「ガハッ……レオン!?」


「―――――――――!!?」


 もはや声にならない叫びが僕の体から溢れ出す。

 これはただの負傷では済まされない……あのマグマによって、僕の左腕が融けているんだ。そう、僕の左腕はもうどこにも存在しなくなってしまった。


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい!)


 僕の体中に痛みの信号が止まることなく駆け巡っている。もう抗うのをやめて楽にしてくれと叫んでいる。


 ……でも


「―――……うおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!」


 まだ"僕"は諦めない……諦めてたまるものか! 僕を信じて限界まで戦ってくれたリーゼやシリカちゃん! 今も僕とは別の場所で戦っているだろうリオウ君やカロフ兄ぃとリィナ姉ぇ! そして僕をここまで導いてくれたヴォリンレクスの人々や師匠のためにも!

 僕は……僕は決して諦めるわけには……!



「……よくやったな少年。この勝負……お前らの勝利だ」



「え?」


 それは、最後の一瞬の出来事だった。最後の攻撃を放った『魔導戦騎』の鎧は、まるですべての力を使い果たしたかのように崩れ落ち、黒点の中へと吸い込まれていく。

 そして、ディガンさんは最後に優しく微笑みながらそう告げると……。


「あ……」


 その肉体すべてが……黒点へと吸い込まれ、あの人……ディガン・マクシミリアンという一人の人間はついにこの世へと二度と帰らぬ人となったのだった。




 ……終わった……そう、この戦いはついに終わりを迎えたんだ。僕達の勝利という結果で。


 だけど、僕の体はすでに限界に達していた。戦闘が終わると同時にその場に倒れこんでしまったようだが、すでに僕の体は痛みすら感じられないほど感覚が薄れてしまっていた。


「いやあああああ! レオンさん! ダメです、起きて! 起きてください! 死なないで……死なないで!」


「レオン! やだ……許さないわよ。こんな……こんなところで死ぬなんてわたくしは絶対に許さないんだから! だから! だから……!」


 ああ、なんだろう……二人の声がなんだか遠くから聞こえる気がする。こんなに近くにいるのにどうして?

 シリカちゃん、そんなに回復魔術の魔力を駄々洩れにしたら君の魔力がなくなっちゃうじゃないか。

 それにリーゼったらそんなに大粒の涙を流すなんてらしくないなぁ。ハハッ、これは明日は土砂降りかな?


 うん、でも、楽しみだなぁ……どんな天気でも、どんな場所でも……きっと変わらない絆が未来永劫続いていくんだから。


 だから……


 だから……


 だか……ら……


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