198話 VS“虚飾”の使徒


 突如として現れた十二体の新たな純白の鎧兵……それらは俺の逃げ道をふさぐかのように周囲を囲み、獲物を逃すまいとそのすべてが鋭い敵意を向けてくる。


 絶体絶命のこの状況に冷や汗が止まらない。それはただ相手に増援が現れたことによる戦力数の差だけではない、本当に問題なのはその中身にある……。


「先ほどのと似た造形のものが六体、その他に明らかに今までと違うものが三種類二組づつ……考えたくはないがやはりこれらも……」


「そう、元ゴールドランクの魔導師達の魂を入れてあるよ」


 この清々しいまでの返答に吐き気がしてくる。

 元ゴールドランクの魔導師、おそらく今までギルドに在籍していた者達を犠牲にしたものだろう。魔導神様の話ではそのほとんどが行方知れずだと聞いていたが……この状況からすべてを察することができた。


 マステリオンは実力のある魔導師をこうして自身の兵として利用していたんだ。

 ギルドマスターの地位があれば彼らを呼び出すことなど造作もないだろうからな。


「最近は優秀な魔導師の魂を何度も入れ替える機会が多かったからうちのメンバーも大分様変わりしたものだ。特に騎兵ナイトは元々いい人材の魂を使っていたからね、入れ替えるか大分悩んだよ」


 入れ替え……つまりこうした兵士を生み出すことは最近に限った話ではなく、以前から……それこそ俺達がまだ平和に学園生活を送っていたあの時でさえ裏ではこんな恐ろしいことが起きていたのか。


「魂を入れ替えるというのなら、変えた後もとの魂はどうなる」


「そりゃ魂だけで現世に留まることなんてできないから……自然に消滅するね」


 クズが……どうやら昔の俺は本当に撃ち滅ぼすべき相手を間違えていたようだ。こんな邪悪が常に近くにいたというのに、それに気づかず放置してのうのうと暮らしていたことに苛立ちがこみあげてくる。


 この男はここで殺さなければならない。だがそのためには……。


(この絶望的な状況をどうにかしなければ……)


 少なくとも今拘束している二体のように強力な魔術を使用する兵が六体。そして、人間の魂が埋め込まれているということ以外未知数な存在がさらに六体。


 確か、マステリオンはこの鎧兵達を歩兵ポーン騎兵ナイトと呼んでいた。


「なるほど、つまりチェスの駒ということか」


 執務室に置いてあったチェス盤といい、どうもこの男はチェスにこだわりがあるようだ。

 さしずめここは盤の上で、奴の駒が白い兵団なところを見る限り、俺は孤立した黒のキングといったところか……笑えない冗談だ。


「良く気づいたねリオウ君。そう、私はチェスのように戦略的なゲームが好きでね、この軍団もそれをこじらせた結果なんだ。ハハ、ちょっと子供っぽい発想かな」


「いいや、面白い発想だと思いますよ……人の魂なんかを使ってなければの話だがな」


 こちらの怒りを助長してるのを理解していながらもまるで態度を改める気もないその様子にこちらも怒りを抑えられなくなりそうだ。

 だが、こんな時にこそ冷静にならなければ。奴は俺との会話を優先してまだ仕掛けてこない……その間にこの状況を覆す方法を見つけねばならない。


 それに、このチェスの兵団には一点だけ気になる"穴"が存在する。先ほど俺が冗談で考えたように、俺やマステリオンを"キング"だと考えるならばあちら側には一つだけ足りないものがある。


「これだけのキチンと揃っているのに……あなたの"女王クイーン"が見当たらないのは気にかかるな。隠し玉としてまだ隠しているのか?」


「私のクイーン?」


 そう、仮にこの状況がチェスだというのなら、奴の側には最強の駒とも呼べるはずのクイーンがどこにもいないというのは不自然だ。

 チェスだということを理解されたら、マステリオンもそこに気づかれないとは考えないとは思うのだが……。


「わ、私のクイーンかぁ……。いやぁ恥ずかしい話だけど、私はこの歳でまだ独身でね、クイーンなんて呼べる相手すらいないのが現状だよ。心から愛し合える女性に出会えたらその時こそは……なんて考えてたりもするけどね」


 この男は……本当に冗談で言っているのか? それとも、自分のクイーンの駒にするべき人物は"そういう人間"こそ相応しいということなのか……。

 どちらにせよ、それがクイーンであろうとなかろうとこの男にはまだ奥の手があると考えていい。ならば、俺はそれを上回らなければならない!


 こちらの魔力も整った……敵の数は多く、未知数ではあるが、こちらも"奥の手"をまだすべて見せたわけではない。

 ここからが本当の勝負だというのなら、受けて立とうじゃないか!


「貴様がまともに会話する気がないことはよくわかった。戦いを再開しようじゃないか! いくぞ、フォームチェンジ『氷結と流水の巨人アイスタイタン』!」


 脚を砕かれボロボロになったタイタンへと術式を加えることでその体に再び激しい冷気が発言していく。

 冷気はタイタンの体を再生させるとともに両手に拘束していたポーン二体をも手の中に生成した氷塊の中へと閉じ込める。


 そして俺自身もタイタンの肩へと飛び移る。この数の差では離れてタイタンへと命令している間に背後からやられかねないからな。


「さぁ、どこからでもかかってくるがいい!」


「まったく、誰もかれもせっかちで仕方ないね。これからゆっくりと彼らの凄さについて説明してあげようと思ったのに」


 ああ、その爽やかな笑顔をこの手でぶん殴ってやれればどれだけ気分が晴れやかになることだろうか。


「まぁいいか、彼らの凄さは戦いながら説明した方がよっぽどわかりやすいからね。それを伝えるためにキミも全力でかかってきてくれよ?」


「言われるまでもない! やれ、タイタン!」


 俺の合図でタイタンはその体から無数の氷柱を木の枝のように生やし始める。

 極寒の冷気を放つ氷柱だ、触れればその部分からたちまち氷がその体を侵食していくように這い上がっていく。


 これまでタイタンを使用した戦闘は少人数、特に一対一での戦いばかりだったが、本来は対多数の場面で本領を発揮するといってもいい。


「さあどうする、この攻撃を捌ききれるか!」


「リオウ君……あまりムキになって強がらなくてもいいよ。それに、そんなことは些細な問題だからね。私にとってはギルドメンバーを自慢することの方が重要なんだ」


 こいつ……どれだけ人をおちょくれば気が済むんだ。しかも、俺が感じている不安さえ完全に見抜いたうえでこの態度だ。

 確かに俺は強がっている、それは未だ詳細不明の『ゴールドランク魔導師の魂をその身に宿す』十二体のチェス兵に本当に勝ち目があるのかという不安から来るもの……。


 だが、たとえ相手が多くの凄腕魔導師の集団だろうと、俺の魔術がそれに劣っているとは思っていない!


「……と、思ってるんだろうけど、現実はそこまで甘くはないよ。リムラ、トューヤ、ユント、あとマイリュ……で十分かな。サクッとやっちゃってくれ」


《――イエス、マスター》

《――任セテクレ》

《――ハハハ、久々ノ戦イダァ!》

《――行クワヨ、アナタ達》


 来るか! 跳びあがった四体のうち三体は拘束したのと少々形は異なるものの基本的な造形はそう変わらない。

 問題なのは最後の一体……頭部が帽子のような造形をしており、大きな杖を持っているのが特徴だ。安直に考えるならば、あれはおそらくチェスでいうところの僧兵(ビショップ)にあたる駒。


《――『斬烈の霧スラッシュミスト』》

《――『影生の武器ダークサイドウェポン』……》

《――『暴れる雷撃サンダーストーム』ゥ! ヒャハハ!》


「ぐっ!?」


 たった三体だけで……すさまじい攻撃の嵐だ。縦横無尽に動き回る霧は包んだものを瞬間的に切り刻んでいく。霧を凍らせても次から次へと発生するからキリがない。

 陰から生み出された無数の巨大な武器は的確に枝の根元を狙ってくるうえに、元が影のため凍らせても意味がない。

 そして、縦横自在に駆け巡る激しい雷撃は力任せにえ枝を破壊しつくしていく……。


 どれも高等な魔力と精度から生み出される魔術だ、流石元ゴールドランクなだけはあるか。

 それに、感情が一部抜け落ちたといってもやはり元となった人間の影響が色濃く表れているようにも感じられる。


「だが、まだタイタンが氷柱を生成するスピードの方が上! このまま押し切れば……」


《――ソレハ無理ネ》


「……ッ!?」


 突如背後から反論を受けたため振り返ってみると、なんと上空に先ほどマステリオンの命を受けたものの一体だけ攻撃に参加していなかったビショップがそこに浮かんでいた。


 浮かんでいるのはおそらく浮遊魔術によるものだろうが、問題なのはそんなことではない。

 問題なのは……奴が今その手のひらに携えている不気味な球体だ。なにやら人の目玉のような気持ちの悪い物体がギョロギョロとうごめいているようだが……。


《――集マリ、生マレヨ『錬成合獣アルケミックモンスター』》


「これ……はっ! ポーン達の魔術の一部があれに吸い込まれていってるのか!?」


 霧、陰、そして雷……それらがまるで一つの意思の元に集まるかのようにあの目玉のようなものを覆っていくと、"それ"はまるで一つの生命体のように動き出し……。


 真っ黒な雲の塊の中心に一つ目をギョロりと覗かせた奇怪な形の何かがその場に生み出さたのだった。


《――サァ、破壊シツクシナサイ》


 その生み出された"何か"は雲の体をもごもごと動かすと……そこから無数の腕が伸び、こちらに狙いを定める。


「あれは……そうか!? マズ……」


ズガガガガガ!


 あれがどんなものか察した瞬間にその攻撃は繰り出された。無数の腕は目にも留まらぬ速さで降り注ぐかのように氷柱を破壊していく。

 高速で動く腕には冷気を浴びせることすら難しく、そうでなくとも腕から発せられる斬撃と纏う雷によって薄氷程度では即座に破壊されてしまう!


 なんということだ……あれはポーン達の魔術すべての性質を持ち合わせた魔物のような存在なのだ! 前世で魔物の研究をしていた俺にはあれが限りなく魔物に近いものだと理解できる。


「どうだい? あれが僧兵ビショップだけが使える特殊な力。魔術を組み合わせて簡易的な魔物を生み出せるのさ、凄いだろう」


「チッ……! 誰もそんなことを聞いていな……」


《――『火炎槍フレイムランス』》


「なっ!? おおお!」


 上空から炎の槍だと!? あのビショップか!

 見れば、黒雲の魔物によって破壊されていく氷柱の間から的確にこちらに狙いを定めている姿がうかがえる。


「彼女は各属性魔術をまんべんなく使え、なおかつ繊細な魔力のコントロールが得意だったからこそビショップという役職を与えたんだ。我ながら良い采配だと思っているよ」


 そんな話は誰も聞いてなどいない! くそっ、地上からは三方向より魔術による包囲攻撃、上空からはすでにこちらの本体まで届きうる波状攻撃。

 周囲のポーン三体よりも上空のビショップの方が危険すぎる。正直あれを対処している時間はない。


 ……ならば、そんなものは無視して直接キングを取りに行けばいいだけのこと!


「タイタンよ! 枝部分を分離して戦闘態勢に入れ!」


バキン!


 タイタンから伸びていた氷柱の枝を切り離す音とともにそこから一気に強烈な冷気が噴出される。

 冷気はポーンをその魔術とともに巻き込んでいき、一瞬行動が遅れた、ビショップもこの冷気の煙幕でこちらの細かい場所を見失っている……今が好機!


「《水》《風》《雷》魔術構成! タイタンの拳に宿れ『嵐の剛拳メイルストローム』!」


 さらに確実に奴の息の根を止めるために魔術を追加させる。

 いってみれば今はチャンスだ、奴は自身の軍団の力を過信して油断している。ご丁寧に他の駒を待機させ、一つひとつ自慢するかのように小出しに戦わせている。


 ならばその油断を最大限に活用させてもらうまでだ! 本来のチェスにしても、相手が舐めたプレイングでキングへの道ががら空きになっているなら俺は容赦なくチェックメイトさせてもらう!


「覚悟しろマステリオ……ッ!?」


 それは、冷気の煙から抜け出し奴へと狙いを定めた瞬間だった。突然他のポーンやビショップではない、一回り大きいチェス兵が行く手を遮るかのように俺の前に立ちふさがったのだ。


「その体格からしておそらく城兵ルークか! だが構わん、このままもろともタイタンの拳で終わらせてやる!」


 何か防御策を講じている可能性は十分に考えていた。だからこそタイタンをさらに強化し、突破力を向上させたのだ。

 今までのポーン達の動きからその基本スペックは大体理解できた。このルークはその見た目どおりポーンよりは硬いだろうが、それも織り込み済みだ。この拳は並みの防御魔術なら余裕で貫ける威力を備えている!


《――サセヌ》


「ぬぐっ……予想以上に堅いか。だがこの調子ならば……」


 タイタンの拳がその身を貫こうとした瞬間、ルークから透明な障壁が生み出されそれを遮られる。

 確かに城壁ルークの名に恥じぬ堅固さだ。だが、こちらの拳による攻撃で防壁の魔力が乱れつつある。このまま押し切れるはずだ。


「よし、タイタン! このままルークもろとも……む!」


 突破まであと少し……というところで俺は背後から新たな気配を感じていた。

 一瞬、煙に巻き込まれたポーンかビショップが抜け出したのかとも思ったがそうではないようだ。


 見れば、今までとは違う武器を携えた三体のポーンがこちらへ向かって駆けてきている。

 タイタンは防壁の突破に専念させている、ならば……。


「俺が奴らを止めるしかない!」


 と、思っていたのだが。


《――……》


「なにっ!? 俺やタイタンを無視してルークの下へ向かうだと!?」


 なんとポーン達は俺やタイタンに興味を示さないかのように全速力でその脇を駆けていく。

 防御魔術を追加するつもりなのかという考えも浮かんだが、その程度でタイタンの拳は止まらない。むしろこちらにとっては好都合。


 の、はずだったのだが……。


《――ヨクゾ集マッタ》


 表情がないのでわからないが、ルークはそれを待っていたかのような口ぶりで一言だけ語ると、その体からパリパリ……と雷の線のようなものが伸びポーンへと繋がっていく。


 そして、その線に導かれるように三体のポーンが周囲に三角形の形で浮かび上がり、その中心に収まるかのようにルークも浮かび上がると……。


《――刮目セヨ……『極点障壁デルタバリア』》


「これ……はっ!?」


 その力が発現した瞬間、俺の体に激しい魔力の波動が逆流してくるのを感じた。それは錯覚ではなく、攻撃を仕掛けていたはずのタイタンの拳からはそのすべての勢いが失われ、代わりに……。


《――受ケルガイイ》


「ぬう……があああああ!?」


 そのすべてが、寸分狂わない威力でこちらへと押し戻されたのだ。ルークが生み出した三角形の障壁はそれまで手こずっていたはずのタイタンの拳をいとも簡単に受け止め、そしてあまつさえ反撃されるとは!


「ありがとうナフュミ、おかげで助かったよ。他のみんなも協力感謝する」


《――守ルノガ、我ガ使命》


 く……こちらはまだ今起こった事態に対して整理がまとまっていないというのに。

 絶対にそのひょうひょうとした面の鼻っ柱をへし折ってやらねば気が済まない。


「おっと、ごめんごめん、説明がまだだったね。今のはね、ルークだけの特殊能力で、他の駒と協力して無敵のバリアを生み出すのさ。発動には他に三体必要なんだけど、集まりさえすれば物理的な力、魔力的な力を受け止めて反射するんだ」


 それで、タイタンの拳からいきなり力が抜け、反撃されたというわけか。すべてが大味で直線的な攻撃のタイタンとは相性が悪すぎる能力だな。


「ナフュミは結構お堅い性格でね、一度決めたら曲げないところがあるんだ。だからルークに選んだんだよ、適格だと思わないかい」


 だから、そんなことは聞いていない。奴としては元の魂の人間的長所を語っているつもりなんだろうが、そんな魔導師達の未来を奪い、自分の操り人形しているんだろうということに怒りを覚えるだけだ。


「なんだか納得いかない表情だね、理解してもらえなくて悲しいよ。……さて、せっかくだしここまできたなら最後に騎兵ナイトの力も見せてあげよう」


 まだタイタンの体制が整い切っていない今攻撃されるのはマズい。俺はナイトの位置を確認しようと周囲を見渡すが、すでに二体のナイトが立っていたと思わしき場所にはすでに何もなくなっている。


「くそっ、ナイトはどこに……」


「どこを見ているんだい? ナイトなら……もうキミの目の前にいるじゃないか」


「なっ……!?」


 マステリオンの発言に驚き正面へと向き直ると、その言葉どおり馬のような金属の乗り物に跨った二体のチェス兵が今まさに攻撃に移ろうとする姿が目に入ってくる。


「ぼ、防御しろタ……」


《――遅イ》

《――砕ケヨ『灼光槍バーストランス』》


 俺の指示よりも数段早くナイトは魔術によってその手に炎の槍を生み出し、タイタンの体を削っていく。

 そして、片方のナイトがタイタンの両腕を落とすと、その槍で丁寧に破壊し捕らえていた二体のポーンを解放していまう。


《――ソノ命、モライ受ケル》


「く……そう簡単にやられてたまるか!」


 もう一体のナイトは直接俺へと仕掛けてきた。お互い長剣による鍔迫り合いへと持ち込まれるが、このナイトは剣術も相当の腕か。


 しかし、問題なのはフォームチェンジする暇すらなかった一瞬の出来事の方だ……奴らはどうやってここまで……。


「どうだいリオウ君、ナイトは近距離だけど一瞬で移動できるのさ。他と比べて地味ではあるけど強さは引けを取らないよ」


 なるほど、瞬間移動か。確かに地味ではあるが、こうして多くの敵へと気を回さねばならない戦いにおいては厄介なことこの上ない。


「それにアイルズはとある国の貴族の出でね、剣術も嗜んでいるんだ。おお、そういえばキミも同じようなものだったね。彼の剣技についていけるなんて大したものだよ」


「黙れ! 貴様に褒められたところで何一つ嬉しいことなど……ッ!?」


 しまった! マステリオンの言葉に気を逸らしていたせいで目の前のナイトが消えたことに気づくのに一瞬遅れてしまった!

 これも瞬間移動……だとしたらナイトの跳んだ先は……。


「後ろか!」


《――モウ遅イ》


 背後のナイト気づいた時にはすでにその切先が振り下ろされた瞬間であり、普通に剣で迎撃しようにも間に合わないのは火を見るよりも明らかだ。


「ならば! 『遮る光柱の壁セイフティウォール』!」


《――バカナ、剣ガ止メラレ……》


「残念だったな、俺は対近接戦闘の対策を怠る程バカではない」


 魔導師の中でも近接戦闘を得意とする者がいることは以前の革命時から調べていたことだ。

 このまま……このナイトを仕留める!


「魔術構成追加、ハジケろ『炸裂壁ウォールバーン』!」


《――ヌグォ》


 どうだ、障壁を細かく砕いて散弾のように射出することでダメージと足止めを一度に行う魔術だ。

 どうやら突然のことゆえに瞬間移動のできないようだな。ならば、このまま魔術によって強化した剣でその首を……!


ギィン……


「なっ!? 硬っ……」


「ああ、言い忘れていたけど彼らの体は普通の金属ではできていないよ。とても硬い魔力鉱石で形成したものだからね、ちょっとやそっとで壊れたら意味がないし」


 やはりこの程度でやられるほどやわではない……か。ならば、もっと力を込めた魔術で攻撃すれば……。


《――離レロ》


「もう一体のナイトか! こんな時に!」


 だが、もう一体のナイトが上空から炎の槍を構え突撃してくるためにこれ以上の攻撃は不可能となってしまう。

 そして二体のナイトは体制を立て直すと、一度俺から距離を取り……。


「すでに……状況は最悪か」


 もはやナイトだけではない。ルークはその巨体を構え、煙が晴れ自由になったビショップもこちらへと狙いを定めている。

 さらに自由になった八体のすべてのポーンと、残った駒もすべてがこちらへとその視線を向けていた。


 タイタンはボロボロ……戦力差は絶望的。強力無比な能力を持つこの軍団を前に今の俺では到底太刀打ちできないのは明らか。


「リオウ君、キミはよく頑張った。だけどもうわかっただろう? この状況ではチェックメイトされるのはキミの方だということが」


 奴の言う通り、確かにこんなもの客観的に見ても完全に俺の敗北だとしか言いようのない状況だ。

 だが……。


「俺は……託された。もう一度この世界に存在する意義をようやく見つけたんだ。だから、決して諦めなどしない」


「強がりはよしなよ、もはやどうあがいてもキミの負けだ。それとも、この状況を打破できる奥の手でもあるのかな? なんて……」


「あるさ」


 その返答が予想外だったのか、マステリオンは表情を固まらせる。そう、奴も俺にこれ以上の奥の手はない……そう考えていたんだろう。

 だが、まだだ……俺は守るべきもののために、今こそこの力を解放する!


氷結と流水の巨人アイスタイタンよ! 極限にまで進化せし我が魔力の結晶よ! 今、その力を精霊へと昇華し、我が身と一つとならん!」


「これは!? タイタンの体が分解……いや、それだけではない!」


 魔導神様は俺に様々な魔術の原理を教えてくれた。そして、俺の生み出すタイタンはその力を発揮するほど精霊に近い性質へと変化していくことも……。

 普通の方法とは異なるが、この力を最大限に引き出す方法を俺はあの方から学んだのだ!



「今ここに、その力を身に纏う! 『精霊合身スピリット・クロス』!」



 感じる、タイタンの得た力がこの身に戻ると同時に昇華していくのを。

 本来自分の魔術を精霊として扱うことなど不可能。だが俺にはそれができ、こうして疑似的な合身を行うことに成功したのだ!


「いくぞマステリオン……貴様も奥の手を残しているのなら今すぐ出した方が賢明だぞ」


「ご忠告痛み入るよ……。しかし、確かにすさまじい魔力だけど、私の軍団を打ち倒せる程かな」


「どうだろうな……俺も実践は初めてなんだ」


 俺自身、この力がどこまで続くかもわからず、どこまでやれるかもわかっていない。強がってはみたが、期待と不安では不安の方がはるかに大きいだろう。


 だからこそ……。


「即座に貴様を倒して……終わらせる!」


 体が軽い、全身からエネルギーが満ち溢れるかのように俺の体を突き動かしていく。


《――ナッ!?》

《――グアッ!?》


 道をふさいでいた邪魔なポーンを掌底から発する冷気のエネルギーで吹き飛ばしていく。

 よし、もはやポーン二体程度では今の俺を止めることは不可能だ。


《――ココハ通サヌ、『極点障壁デルタバリア』!》


「そんなものに真正面からやり合う気はない」


《――ナニッ!? 消エタ》


 タイタンと同化した俺は今や氷そのもの。自らを冷気の霧状と化すことでバリアの隙間を通り抜けさせてもらった。

 しかし、長く霧状でいると意識が霧散してしまいそうだ……気をつけねば。


 だがこれでルークは突破した! あとは……。


《――通サナイ……ヤレッ!》


 ビショップが生み出した魔術の魔物が行く手を阻む。魔術で作られた魔物……精霊に近づいた俺のタイタンとある意味似ているか。

 だからこそ、対処はできる!


「お前達にはこれだ! 『氷結の牢獄ブリザードプリズン』!」


《――ソンナ、一瞬デ氷漬ケニ》


 今や精霊に近い力を扱える俺は魔力に直接干渉し、その芯から凍り付かせることもたやすい。

 魔物を生み出す力は強力だがビショップは足が遅い、もう俺を止めるのは不可能だ。


 そして、残るは最大の障害。


《――止マレ》

《――消シ去ル》


 すでに俺の目の前に瞬間移動してきていたナイト達は自身の魔術で強化したであろう武器を俺に向けてくる。

 霧状になろうとナイトの瞬間移動がある限り逃れることはできない。……なら、いいだろう!


「押し通る! 『氷結の剣アイスソード』!」


 その腕から生やしたのは氷結の剣。単純な魔術の剣だ……だか、今の俺なら。


《――ナン……ダト》

《――打チ負ケル……トハ》


 破壊するまでには至らなかった……しかしナイトを押しのけて先に進むことはできた。

 そう、ナイトの先……そこにいるのは。


「ついに貴様の下までたどり着いたぞ! マステリオン!」


 ナイト達を退けた勢いをそのままに、俺は氷の刃をその身に切りつけ……。


ギィン!


「なに! こいつは、マステリオン……ではない!?」


 俺の攻撃を受け止めたのは錫杖のようなものを携えた細身の鎧兵だった。加えて、マントのような外装とその頭に飾り付けられている小さな王冠のような装飾……。

 そうか、こいつが……。


「やはり、クイーンを隠し玉として残していたか! だが、確実にここに見えていたマステリオンがどうしていきなり……」


《――……『幻惑偶像ミラージュイメージ』》


 クイーンの体が一瞬ぼやけてマステリオンの姿に変わった? なるほど、こいつの魔術の仕業か!

 だが、それだけで俺は騙せはしないぞ! マステリオン自身の魔力は確かにこの近くから感じられ、今もそれは変わらない。


(感じる……奴はクイーンの先にいる)


 そして、今打ち合った感触ではおそらくクイーンは直接戦闘向きではない。先ほどの幻惑魔術のように相手の虚をつくタイプだ。


「このまま押し切らせてもらう!」


 こうしている間にも背後から他のチェス兵が俺の首を取ろうと向かっているはず。もう一刻の猶予もない。


 このクイーンさえ倒せば……終わる!


「いくぞ! 『巨人の剛腕タイタンナックル』!」


 タイタンの力を極限にまで凝縮したその拳と、冷気の逆噴出によって確実に仕留め……



ヒュウウウウウウウウウウゥゥゥ……



「なんだ、この音は!?」


 まさにクイーンに拳を叩きこむかと思われたその瞬間。どこからか風邪を切り裂くような音がこちらに近づいてくるかのように迫ってくる。

 マステリオンが何かしたのか? それとも背後のチェス兵達の攻撃か……いや、そのどれでもない。


「ッ!? 上か!」


ドズゥゥゥン!!


 寸でのところで上空からの奇襲に気付いた俺は、クイーンへの攻撃を中断しすぐさま後ろへ飛びのくと……その場所には人型サイズより一回り大きい物体がその場に立ちふさがっていた。


 俺はクイーンこそが奴の……キングであるマステリオンを守る最後の防衛網だと思っていた

 ……いや、思ってしまっていた。無意識のうちに、そうであると、二度と信じてはいけないと思っていた奴の態度から。


 なぜなら、今この場に現れたのは……。


「そんな……まさか、こいつこそが」


 嫌味なほど真っ白な塗装は他と変わらないものの、ポーンよりも角ばった装甲と、ルークよりも一回り動きやすそうな体格。そして何よりの特徴は……。


《――彼女ヲ傷ツケル者ハ……許サナイ》


 頭部に備え付けられた王冠のような装飾が、目の前にいる存在こそ"キング"であると……俺に確信させるのだった。


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