194話 VS魔導戦騎ディガン 前編


ガギャン! ガギィン!


「さぁて! 準備はいいか若者達よ! 前回オレの前から逃げ出すだけだったお前らがどれほど成長したかを見せてみろ!」


 勢いよく両の拳を打ち付けるその激しい音と共に、ついにディガンさんとの戦いが始まってしまう……。

 ただ、僕達は初っ端から目の前の人物の恐ろしさを目の当たりにしていた。


「あれ……ただの『硬質化メタル』ですわよね……」


「術式の魔力反応からして間違いないとは思いますけど……とても同じものだとは思えませんね」


 戦闘開始と共にディガンさんが発動させた魔術は『硬質化メタル』。あれは自身の肉体の一部を打たれ強く強化する魔導師養成校でも教えられる初歩の初歩の魔術……のはずなんだけど。

 先ほどの音はまさしく鋼と鋼がぶつかり合うような高硬度のそれにしか思えなくて……。


「皆さん、ディガンさんは大軍隊に単騎で乗り込んでも無傷で生還したという逸話から魔導師ギルド内では“魔導戦騎”と呼ばれているほどの人です」


「大群を無傷で!?」


 いくら魔導師が通常の兵士数十人分の戦力だと称される世の中でも、流石に数の暴力に攻められればひとたまりもないことに代わりはないはずなのに。

 そんな人に、僕達はどうやって戦えば……。


「よ、よし! リーゼ、まずはいつもの戦術でいこう。僕達が前でかく乱して、その間にシリカちゃんが……」


「ッ! レオン! 前を見なさい!?」


「え」


 この時、僕はまだ実感していなかったんだ、戦いはすでに始まってるんだってことを。

 リーゼの鬼気迫る声に従うように目の前に注意を向けたのと同時に僕の体は大きな影に覆われていた。まだ何が起きているのか理解できていない僕が影の正体を確かめるために顔を上げると、そこには……。



「このオレを目の前にしてのんきにお喋りとは随分余裕だな少年」



 ディガンさんの巨漢が僕に向かってその拳を振り下ろそうとしていた。

 本当に不意に、一瞬の間にそこにいたんだ。もう魔術で防御してる暇なんてない。どうにか僕は無意識に黒棒でその拳を受け止……


「――――!!?」


「レオン!」

「そんな! レオンさん!」


 二人の僕を呼ぶ声がどうしてかどんどん遠ざかっていく。何故? いや、答えはわかってる、今この瞬間も僕の体は彼方まで突き飛ばされてるからだ。

 黒棒で防御したのにどうして? 違う、直接その体に打ち込まれなくてもその衝撃だけでこうなってしまっているんだ。


 多分、その衝撃で頭を揺さぶられた影響か体が思考に追い付いていない。

 だってほら、こうしてディガンさんが飛ばされている僕にもう追い付いて次の攻撃を仕掛けようとしているのに何もできないから。


「そこで止まりなさいな! 『地を這う氷結アイスロード』!」

「『光の鎖ライトチェーン』! レオンさんはやらせません!」


「お?」


 僕を助けようとリーゼが氷結の魔術で足元を、シリカちゃんが何本もの鎖で上半身を拘束しつつ僕の体を引き寄せていく。

 おかげでどうにか追撃は免れた。意識も少しづつハッキリしてきて……ようやくその身に何が起きたのか実感させられる。


「レオンさん! しっかりしてください!」


「かはっ……!? はぁ……はぁ、どうして……いきなりディガンさんの姿が消えたんだ」


 あの驚異的なスピードは魔術によるものだろうか? でもディガンさんの魔力はずっと注意していたから何か魔術を発現させようとすればすぐに感じられたはず。


「リーゼと作戦を確認しようとして目を離した一瞬だって魔力に変化はなかったし……」


「いいえレオン、おそらくこの男……ただ普通に近づいただけよ」


「ええ!? だ、だってあの速さは……」


 魔術でも使っていないと説明がつかない。たとえカロフ兄ぃのように魔力を体内で活性化させるにしてもその変化は感じ取れるはずなのに。


「何をしたのかはわかりません……。でもあの人は何の予備動作もなしに突然レオンさんの前に現れたように見えました。もしかして、事前に何かしらの魔術を使っていたんでしょうか」


「いいえ、そうじゃありませんわ……。おそらくあの男のスピードやパワーは"素"であれなのよ」


 リーゼのその言葉を聞いて僕は絶句する。魔術を使わないであの戦闘力だなんて、常識ではとても考えられない。

 そして、ディガンさんの戦い方はそれを活かした戦闘スタイル。師匠もどちらかといえば近接戦闘よりの、通常の魔導師の戦い方とは逸脱した方ではあるけど……この人はさらに逸脱した近距離特化型なんだ。


「ともかく、早い内に拘束できて幸いというべきですわね。このまま拘束させてもいますわ! シリカ、鎖を操って奴の腕を折りなさい! あとはわたくしが全身を凍り付かせて終わりですわ!」


「ちょ! り、リーゼ、何もそこまでしなくても……」


 そんなことをしたら痛みのショックや体の芯が凍り付いてしまい最悪命に係わるかもしれない。僕としては、このまま上半身も動けないよう縛り付けるだけでこちらの勝利なんじゃないかと考えているんだけど……。


「何をあまいことを言ってますの。中途半端に捕らえてもあちらは諦める気なんてないのよ。ほら! シリカもためらってないで早くしなさい!」


 そう怒鳴るように指示するリーゼだけど、ディガンさんを拘束する鎖は一向に動かない。

 ……やっぱり、他人を傷つける行為をそんなあっさりとやれと言われても迷うところはあるんだろう。


 そうやって、僕だけ一人……楽観していた。


「違うん……です、エリーゼさん……。先ほどからずっと……あの人を再起不能にしようと魔力を込めているのに……まったく動かないんです……!」


「なんですって!?」


 よく見ればシリカちゃんの表情は先ほどよりもこわばっており、次第に額から一筋の汗が流れる。魔力を送る支点となっているであろう伸ばした手もプルプルと震え出しはじめ……。


「ッ! でしたらわたくしがこのまま全身を凍らせて……!」


「おっと、サービスタイムはここまでだ」


 リーゼがさらに魔力を送ろうとしたその時、ディガンさんはそう言いながらニヤリと顔をこちらに向け……。


「ぬん!」


 その掛け声とともに下半身を覆う氷は砕け、上半身を縛っていた光の鎖は強引に振りほどかれその体は完全に自由を取り戻してしまう。

 ……いや、ディガンさんの口ぶりと態度から解放しようと思えばいつでもできたんだ。


「まったく、こっちはすでに完全な戦闘モードだというのに……お前らは何をまだうだうだと悩んでいる。そちらがその調子ではこちらもまったく楽しめないではないか」


「う、うだうだって……僕達だってあなたを止めようと必死で……」


「あー違う違う……そういう余計な考えよりも、もっと本能でぶつかってこい! と言っているんだ。特に少年、貴様からはそんな気迫がこれっぽっちも感じられん」


「それは……」


 そうだ、僕は別に誰かを傷つけたいわけじゃない。ディガンさんは少なくとも知らない仲ではないのだから、初対面の誰かよりもずっと分かり合えるんじゃないかと今も心の中で期待している自分がいる。


 でも、今の僕にはその方法がわからない。だからこそ、今この場でこの人のことを理解する必要があるんじゃないかとも思う。


「……ディガンさん、いったい何があなたをそこまで戦いに駆り立てるんですか。戦いが好きなのはわかってます……けど、それがあなたにとって今の魔導師ギルドの制度を許す理由だとは思えません」


 大丈夫だ……人の想い、その人が大切にしてる根幹を変えることは難しい。だけど、逆にそれを利用して相手を説得させることだって不可能じゃないはずだ。


「ほう、それはなぜだ? 世界はあっちもこっちも交戦状態でまさにオレにとって絶好の環境だと思うが?」


「だけど、このままだと近い内に世界はボロボロになって、それこそ人がまともに過ごせる環境じゃなくなります」


 これは、出発前のヴォリンレクスでの会議で師匠が話してくれた最悪の未来の可能性だ。大地は痩せ、海は枯れていき、やがて僕達の世界は終わりを迎えるだろう……って。


「そんな世界にはもう戦いも何もあったものじゃない。でも、魔導師ギルドを戻して世界が続けば、ディガンさんの望む強い人だってもっと現れるかもしれないじゃないですか」


 師匠のつもりってわけじゃないけど、あの人ならおそらくこんな風に説得してディガンさんでさえこちら側に引き込むだろうと。僕は師匠のように上手くは語れないだろうけど、それでもやるんだ。


「だから、このまま僕達が争っても何も……」


「ガッハッハ! なるほどなるほど、少年の言いたいことはわかった」


 僕の説得の途中だけど、ディガンさんはそを遮るように大きく笑いだす。

 な、何かおかしいことを言っちゃったかな……。


「率直に言わせてもらおう! オレは別にこの世界が終わろうが別にそんなことはどうでもいい!」


「なっ!? そんな……それじゃああなたは全部理解したうえで……」


「だからこそオレはマステリオンの側についている。あいつはオレの望む戦いを常に提供してくれるからな。そう! オレは今、この瞬間さえ楽しめれば未来がどうなろうと知ったことではない!」


 驚きで言葉も出ない……いや、驚きというよりはこれほどまでに圧倒的な価値観が違う人間が存在しているのかという受け入れがたい事実。

 きっと今の言葉すべてがディガンさんの本心なんだろう。それを証明するかのように、この人は……今……とても楽しそうなのだから。


「……どうやら、お前さんはオレのことを理解したいようだな」


「そう……ですね。でも、結局何もわからないままです」


「まったく、しょぼくれた顔をするな少年。そんな戦意の低い状態ではこちらも戦う気が失せてくる……かといって今更やめる気はないがな」


 いったいどうしてディガンさんはこんな人間……って言い方は失礼だけど、僕達とはまったく異なる感性を持っているんだろう。


「うーむ……おお、そうだ! 少年がオレのことを少しでも理解したいというのなら、ここらで一つ昔話でもしてやろう」


「昔話って……ディガンさんの?」


「ま、退屈かもしれんがな……。オレは生まれながらに特異な体質らしくてなぁ。どうやら体内の魔力が常に活性化されている状態らしい。ゆえに、いくらオレの魔力を観察しても常にフルスロットルということだ! ガッハッハ!」


 そうか、それでどれだけディガンさんの魔力の変化に注意してても何もわからなかったのか。

 けど、生まれつき魔力が活性化状態って……。


「そんなのおかしいですわ! 魔力の活性化状態というのは全力疾走してるようなもの……それがずっと続いてるなんて日常生活もまともに行えないはずよ!」


 リーゼの言う通りだ、僕も魔術を発動させるために魔力を高め、活性化状態に近い状態になることはある。だけどその後の疲労感はすさまじくて、立っているのも辛いくらいなのに。


「しかも成熟した今の肉体と精神ならともかく、幼少期までそんな状態だったなんて……どう考えても体が耐えられませんわ」


「あー……そうそう、ガキの頃はそりゃキツかった。赤ん坊時はまだ本能で生きてたから喚き声が衝撃波になる程度だったが、頭が育っちまうと変に理屈で抑えようとしちまうから夜も眠れずにそこら中当たり散らしたもんだ。ああ、そのせいでバケモン扱いされて何度も知らねぇ奴らが殺そうとしに来たこともあったか」


 それはいったいどれだけの苦悩だったんだろう。普通ならそんなもの、自分を不幸に追いやった忌むべき力と嫌悪しそうなもの……なのにディガンさんは今こうしてその力を使い戦いを楽しむまでに変わったんだ。


「ならいったい、何があなたをそこまで変えたんですか……」


「ん? そうだな……きっかけなんざ簡単なもんだ、強くならなければ生き残れなかった。だから力に振り回されながらもオレはがむしゃらに強くなった。……そうしてオレはマステリオンに出会い、やっとこの力の使い方を覚えたわけだ」


 強くならねばならなかった……それだけでこの人はここまでの成長を遂げたんだ。それがディガンさんのいる世界なんだ。

 それに比べて僕は……なんの覚悟もできてないのんきな子供で……。


「結局オレの存在を証明するものは力だけしかない。だからこそオレは強い奴と戦い続け! そして示し続けるだけだ! このオレの存在を!」


「くっ……! この感じ、また先ほどよりも気迫が増しましたわ!」


「でも、あの人の魔力の波長自体には特に変化が見られません……いったいどんな原理なんでしょうか……!」


 そう、魔力を感じてみてもその動きはまったく変わらない。なのにディガンさんのこの気迫は……その存在がどんどん大きくなっていくようにも思えてくる。


「さあて、どうやらあちらの方でも戦いが始まったようだ。オレのギアもさらに高まってきたし……そろそろ本番といくぞぉ!」


 ディガンさんが本気で襲い掛かってくる! ただその力を示すためだけに……その存在のすべてをかけて!


「『撃肉体強化レイドブースト』+『感覚センス』! レオンさん! 私達がここで倒れたら、今まで導いてくれたすべての人達の想いを無駄にしてしまいます!」


「覚悟を決めなさいレオン! でないと……全員ここで終わりよ!」


 そうだ……僕達は諦めるわけにはいかない。ヴォリンレクスで朗報を待つディーオ陛下やサロマさん達、僕達とは別の場所で戦っているカロフ兄ぃやリィナ姉ぇ、そして……僕達を信じてこの場を任せてくれた師匠のためにも!


「僕達は絶対に諦めない!」


 今、僕の未来を決める一世一代の大勝負が……幕を開けた。




「よぉし! ちっとはいいツラになったなぁ! そんじゃあ遠慮なくいかせてもらうぞぉ!」


「来ますわよ!」


「大丈夫! 今度は……」


 目を離さない……一瞬ディガンさんの体がブレたように見えたと思うと、それは一本の曲線のようにこちらへと飛び掛かってくる。


「……だぁ!」


 その動きに合わせるように僕も体を後退させると、次の瞬間には拳を振り下ろしたディガンさんがその場に立っており、拳の衝撃は地面に触れずともその表面を抉り取っていた。

 シリカちゃんの強化魔術がなければハッキリ言って潰されていた。彼女の補助は僕達の誰よりも質が良く、自分で身体強化するよりも格段に効果的だ。


「だけど……! ッ、これじゃ反撃のしようがない!」


 こちらがどれだけ身体能力を強化しようとディガンさんは軽くそれを上回ってくる。どうにかして魔術を構築する隙だけでもほしいのに……次から次へとその拳撃の嵐はとどまることがない。


「そんなレオンばかり狙わないでもらえるかしら! 『大地の竜頭アースドラグオン』!」


「おっとぉ、また嬢ちゃんが邪魔するか」


 僕に攻撃が集中しているということは、リーゼやシリカちゃんはまったくのフリー状態だ。

 リーゼの魔術により地中から生えてくる竜の頭を模した無数の大地の塊がディガンさんをあっという間に囲み、その体に食らいつこうとする。


「ハッハァ! まだこんなものでオレを止められると思っているのかぁ!」


 だけど、竜頭の攻撃がその体に届く前に無残にも一つひとつあっさりと破壊されてしまう。このままだと竜頭の生成よりも早くにそのすべてが破壊しつくされてしまう。

 けど……。


「先ほどのバカみたいな動きを見せられてこれで終わるわけがないでしょう! 追加術式、《雷》《風》! 一斉に放ちなさい『痺れ咆撃パライズパルス』!」


 よし! まだ破壊されていない竜頭へと術式が追加されて、その口から人体を痺れさせる真空波が放たれた。大分破壊されたとはいえ残る竜頭はまだディガンさんを囲んでいる……いくらあの人でもこの四方からの無数の広範囲攻撃を避けるのは不可能だ。


「おお!? なんとこいつは……体にビリっと……」


「ホントどんな耐久力してますの! これだけやってもほとんど動きが止まらないなんて」


 その言葉通り、リーゼの魔術による影響はディガンさんの肉体を若干鈍らせた程度で、そのまま元気に竜頭を潰し続けている。


「結構渾身の魔術でしたのに……自身無くしますわ」


「そいつはスマンな! だがオレの動きを止める役目の嬢ちゃんがこれじゃあもう打つ手なしかぁ?」


「いいえ、あなたの動きを止める役目は……わたくしではありませんわ」


 そう、リーゼの本来の役目はディガンさんを止めることじゃない、かく乱だ。今までの一連の流れのすべてはこの一瞬を作り出すために過ぎない。

 この人を止める役目は……!


「今よレオン!」


 この僕だ! 生半可な魔術ではディガンさんの動きを止めることができないのは今までの戦いから嫌というほど痛感させられた。

 自然属性の力ではその肉体を傷つけることは難しく、特殊属性で攻めても無理やり振り払われる……。


 なら、残る手段は一つ!


「ほう、少年がくるか! いいぞ、お前の全力をオレにぶつけてみろ!」


「残念ですけど、僕達は真っ向からあなたと力比べをする気はありません」


 二人が僕にこの役目を任せてくれたと察した時から何をするべきか理解できた。純粋な力と力のぶつかり合いになれば、僕達の魔術では見ての通り勝ち目は薄い。

 だから、できる限り僕達が有利な状況を作り上げていくことこそがこの戦いで最も重要なことなんだ。


「術式展開! 属性《重力》、ディガンさんの動きを……封じる! 『引力の封印板グラビライズ・ヒエログリフ』!」


「ぬおっ!? これは……体が背後に引っ張られる!」


 この魔術は対象の背後に三つの重力版を召喚し、三方向から相手の動きを封じる。加えて、当然近づくほどに力は強まり、重力版に吸い込まれればその体がひしゃげるほどの重力に襲われる。


「ヌハハハハ! 確かにこれはなかなか動きづらい! お前らでもオレの動きについていけるようになるかもなぁ!」


「誰もそんなつもりじゃありませんわよ。先ほどレオンが言ったでしょう、真っ向勝負する気はないと」


 ディガンさんの動きが鈍くなったのを確認した僕とリーゼはそこからさらに後退して間合いを取る。

 そして、僕達の次の手は……。


「オルちゃん! お願い!」

「『グルァ』!」


「……! なんと、こいつはオレの魔術が」


 そう、オルトロスの『対魔力衝撃ディスペル』咆哮だ。今の僕達にとって一番厄介だったのはその体を覆っていた桁違いの『硬質化メタル』だ。

 元々体は丈夫のようだけど、流石に魔術の補助なしで集中砲火を受ければタダではすまないはず。


「このまま一気に畳みかけますわよ!」


「いや! 待ってリーゼ!?」


 なんだ、ディガンさんが急にうずくまって……何かを拾った? あれは……手のひらよりもちょっと大きな岩だ。

 それを大きく振りかぶって……まさか!?


「二人とも避けて!」

「ッ! そういうことですの!」


「『投石大砲パワーボム』!」


ボゴォオオオオン!


 執務室で僕達を攻撃してきたのと同じ魔術、だけど今回はそれを岩に魔力を乗せて文字通り"撃って"きた。

 間一髪逃げられたけど、着弾点……つまり先ほどまで僕達がいた場所には大きな爆発の痕がくっきり残っている。


「あ、あの場所から投げたってことはあの岩も重力版の影響下にあったはずなのにこの威力だなんて」


「どうやら生命属性の魔術を腕に集中して、さらに岩へと伝わせたんでしょう。接近は封じれていますがまだまだ安心はできません」


 流石シリカちゃんだ、もう先ほどの攻撃の原理を理解している。

 だけどやっぱり、これだけ不利な状況に立たされているはずなのに桁違いの強さだ。


「ふん、けれど副ギルドマスターといっても所詮は生命属性一点張り……今の攻撃で底が見えましたわね」


「そういえば、そうですね……。私も学生時代から魔導師ギルドにいた頃まで、副マスターが自然属性の魔術を使用したという話は聞いたことがありません」


 確かに、そういえばさっきからディガンさんは生命属性の魔術しか使っていない。いくら肉体のぶつかり合いを好むと言ってもここまでされて他の属性魔術を使用してこないということは、それ以外使えないってことか。


「やはり、あの男への最善手は遠距離からの魔術攻撃ということですわ! いきますわよ二人とも! 『氷柱の乱撃ブリザードランス』!」

「私も……! いくよオルちゃん! 『炎弩砲フレイムバースト』!」

「ガルァ!」


 リーゼの氷柱による波状攻撃と、シリカちゃんの炎の砲撃がオルトロスの補助でその威力を増しながらディガンさんへと襲い掛かる。

 ……いや、迷うな! 僕だって、やらないといけないんだ!


「第一から第三術式まで同時展開! 落ちろ! 『隕石招来メテオストライク』!」


 もしかしたらディガンさんの命を奪ってしまうかもしれない……でも、ここはその体の頑丈さを信じて気絶程度で済んでくれれば……。


「ふぅむ、やっぱオレは誰もから補助魔術しか使わんと思われとったんだな。ま、しょうがないか……使う機会なんぞほとんどなかったからなぁ」


「え?」


ドゴォオオオオン!


 僕達の魔術が着弾する直前、遠くでディガンさんが何か口にしたような気がしたが、それはすぐに魔術による爆音でかき消されてしまう。


「この感じは……私達の魔術は完全に入ったはずですけど」


「ええ、これだけやれば、流石のあの男も……」


 未だ土ぼこりでその姿は確認できないが、普通常人ならあれを食らえばひとたまりもないはずだ。

 僕達は勝利を確信しはじめ、次第に気を緩めていた。それほどまでにディガンさんは強かったから。


 ……だけど、土ぼこりが晴れた瞬間、僕達は理解することとなる。


「うーむ、いい連携攻撃だ。久しぶりにオレも熱くなってきた!」


「なっ!? そんな、嘘ですわ!?」

「あの攻撃を受けてまだ……いいえ、それよりも"あの姿"はいったい……」


  今僕達が相手にしている人物は、その想像を軽く超える程の……"バケモノ"だったということを。



「『紅蓮の腕マグマハンド』『絶氷の腕ブリザードハンド』! さぁさぁ、オレもさらにギアを上げていくぞぉ!」



 その右腕に悪魔のように煮えたぎるマグマと、左腕に心さえ凍り付きそうな氷塊の巨大な腕を発現させて。


 僕達の本当の悪夢は……まだ始まったばかりだった。


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