193話 魔導師ギルドのトップ2
「うっ……ぐっ……いったい、何が……」
全身の臓器が揺さぶられるような強烈な振動がその身を襲ったと思われた次の瞬間、僕は一瞬意識を失ってしまっていた。気が付けば、ここは先ほどまでいた執務室ではなく、どうみてもグラウンドだ。
「そうだ……確かディガンさんが……」
そう、魔力のオーラに包まれていてハッキリとは見えなかったが、確かにあれはディガンさんだった。
それで、シリカちゃんが咄嗟にオルトロスを巨大化させて……。
「はっ!? そうだ、シリカちゃんは! それにリーゼ……リオウ君も!」
やっと頭が正常に機能してくると、あの時自分達の身に何が起きたのかようやく思い返すことができるようになった。
そして、僕と同じように吹き飛ばされたみんなの安否を心配し辺りを見回してみると……。
「……! リーゼ! しっかりして!」
「うう……うるさいですわよレオン……。あんまり動揺するとみっともなく見えるからやめてちょうだい」
よかった……いつも通りのリーゼだ。僕と同じように気を失っていたみたいだけど、見たところ酷い怪我は見当たらない。
……でもどうしてだろう? 僕もリーゼもあの攻撃を受けてあの高さから落ちたのに軽傷で済んでいるなんて。
「オルちゃん! しっかりしてオルちゃん!」
「……シリカちゃん!?」
シリカちゃんの悲痛な声が聞こえ、僕達はすぐさまその方向へと向かうとそこには……。
「ガ……ガル……」「グガ……」
「大丈夫よオルちゃん……! この傷ならまだ治せるから……だから頑張って!」
背中から右後ろ脚にかけて惨たらしく抉られた傷跡が生々しく、さらにその肉体を構成する魔力でできた液体がその傷口から止めどなく溢れている姿に僕は吐き気を催してしまう。
「どうして……オルトロスがこんなことに……」
「オルちゃんが身を挺して私達をかばってくれたんです……。それに執務室から投げ出された後も地面に落ちるまでずっと私達を離さないで……」
そうか、あの高さから落ちて平気だったのはオルトロスがクッションの代わりになったから……。そんな、僕達のために……。
「とにかく、僕達も回復魔術で手を貸さないと!」
「回復魔術が得意ではないレオンでは焼け石に水ですわ。オルトロスの治療はわたくしとシリカで専念して……あなたは、周囲を警戒しなさい!」
「そ、そうか……」
そうだった……僕達がこうなったのは、予期しない突然の攻撃を受けたから。その相手がまだ僕達を狙ってる可能性は……十分にある。
「思った以上に深刻なダメージですわね。オルトロスにこれだけの傷を負わせるだなんて……やはりあの男は常軌を逸していますわね」
リーゼの言う通り、オルトロスの皮膚や体毛はかなり頑丈に作られており、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つ付くことはないのは僕もリーゼも身をもって理解してる。
だからこそ、それを生命属性の物理エネルギーだけでここまでのダメージを与えるなんて……これがあの人の……。
「おーう……結構遠くまで吹っ飛んでいたか。スマンなぁ、それなりに加減はしたつもりなんだが、何分慣れてないもんでな」
「でぃ、ディガンさん!?」
「こんな時に……!」
執務室のあった建物の方からゆっくりと大柄な男が一人、こちらに向かって歩いてくる姿が見える。
全長二メートル以上はあろうかという長身に屈強な肉体、獅子のように広がる髪と繋がった髭の中心には大きな歯が見えるようにニカッといつもの表情を浮かべていた。
紛れもない……あの人は、魔導師ギルドの副ギルドマスターであるディガン・マクシミリアンその人だ。
「おっとぉ、そんなに身構えんでもいい。戦いに集中できん貴様らを叩き潰したところでオレにとってはつまらんだけだ。だからオレのことは気にせずその魔物の回復に専念せい」
ディガンさんはそう言いながら本当につまらなそうにあごの下をかきながら大きくあくびをしている。
ただ、その背後には彼が引き起こした上階の破壊の跡がしっかりと崩れ落ちてきており、あの惨状はやはりこの人が起こしたのだと嫌でも思い知らされる。
この人は……いったい何がしたいのだろうか……。
「ふん、いきなり不意打ちしてきた男の言葉を信じろというの? そんな言葉を信用して警戒を解くほどわたくし達は馬鹿じゃありませんのよ」
リーゼの言う通りオルトロスの再生に集中しているシリカちゃんを除いて僕達は警戒を解く気はまったくない。
だが、ディガンさんはそんな僕達を少々困ったような表情で見つめながら頭をひねらせていた。
「うーむ、オレはあいつと違って嘘つきではないんだがなぁ……。というか、オレはむしろ隠し事はしないタイプだ! ま、できないという方が正しいかもしれんがな、ガハハハハハ!」
「なら、先ほどの不意打ちはどういうことか説明してくださるのかしら?」
「半分はマステリオンの指示だ! もう半分はオレが個人的に貴様らと戦うために広い場所へ連れ出すためだ! 一人は逃してしまったがな!」
僕達と戦うため? それだけであんな規模の攻撃を仕掛けてきたのか……。
そのせいでオルトロスがあんな目に……。
「そんな……なんでそんな理不尽なことを! こうして回復を待つぐらいなら普通に僕達の前に出てくればいいだけじゃないですか!」
少しづつ、怒りが込みあがってくる。オルトロスは魔物だけど、長い間一緒に過ごしてきた僕達にとってはもう家族も同然の存在だ。それを身勝手に傷つけておきながらまるで平然と僕らの前に立っているなんて。
シリカちゃんだってどれだけ悲しんでいるか……。
「ふぅむ、少年の言いたいことはわからんでもない。だがな、オレやマステリオンがお前達の前に普通に出て行ったところですぐに戦闘を始めようとは思わんだろう?」
「え? それは……まぁ」
確かに僕達にとって話し合いでこの今の魔導師ギルドの体制を変えられるのならそれが一番いい方法ではあるけど。
肝心のギルドマスターは姿が見えないし、ディガンさんは……。
「悪いがオレはお前らとペラペラ小難しいお喋りなんぞする気はこれっぽっちも持ち合わせておらん。いつまでも"話し合い"が頭の中に残ってる連中と戦うのは心底つまらんから、こうして手っ取り早くオレもお前らもやりやすくしてやったまでのことだ」
つまり……ディガンさんにとってあの不意打ちは僕達から"話し合い"という選択肢を排除させるためだけの行為であり、それ以上の意味を持たないんだ。
でも、現にこうして僕達の意識のほとんどは彼との戦いに向いている。
「まさに狂人の所業……というところですわね」
「おいおいよしてくれ、だからそういうのはあいつの方だっての。オレはただのバトルマニア……常に血沸き肉躍る力のぶつかり合いを求めているだけさ」
魔導師ギルドで過ごしていた頃は噂でしかディガンさんのことは聞いたことなかったけど……今僕達の目の前にいる存在はまさに“戦闘狂”と呼ぶにふさわしい人物なのかもしれない。
「ガルルル……」「グルル……」
「オルトロス! よかった……回復できたんだ」
「はい、本当に……よかったです。完全な状態とまではいきませんが、これで戦闘には十分参加できるはずです」
オルトロスのうなりと共にシリカちゃんもディガンさんと対峙するように立ち上がる。オルトロスもやられた恨みからか恐ろしいまでにディガンさんを睨みつけている。
……やっぱり、もう戦いは避けられないんだろうか。
「でも……そうだ、リオウ君が来てくれれば……」
彼ならこの状況を打破するいいアイディアを思いつくかもしれない。
それに、リオウ君の実力派あちらも承知のはず。僕達四人がそろえば流石のディガンさんも無茶な状況だと理解して……。
「あの男に期待しているようならやめておけ少年。それに、オレはたとえお前らが四人がかりだったとしても低きなんぞまったくない。むしろそちらの方が楽しそうだったんだがな」
くっ……駄目だ、どうしてもこの人を止めることはできないのか……。僕は、いったいどうすれば……。
「そういえば……兄さんはどうしてこちらへやってこないのでしょうか……」
そうだ、シリカちゃんの言うようにリオウ君ならすぐにでもこの場に駆け付けると思うのに。
「んー……そいつは多分あれだな。あちらはあちらで今頃ご対面してるだろう。……だから、小難しい話し合いはあちらに任せて……オレ達は気にせず戦いを楽しもうじゃないか!」
「うっ……ぐ」
間一髪オルトロスに押しのけられて俺だけ攻撃から逃れられたが……シリカは、みんなは大丈夫なのか!?
慌てて崩壊した執務室からグラウンドを見下ろすと、そこには地面に横たわる三人と深い傷を負ったオルトロスの姿がハッキリ見えていた。
(先ほどの攻撃はおそらくディガンのもの……)
となれば、このままではみんなの身が危ない! ……と、思ったのだが、俺にはどうにも不可解なことが頭に引っかかってその一歩を踏み出せないでいた。
そうだ、ディガンが突撃してくる前に交わしたマステリオンとの会話……あの以前からの豹変ぶりも確かに気にかかるが、それよりも……。
「あの口ぶりは俺達の行動を……いや、魔導神様の考えを予期していたようだった」
俺も解放されてからしか概要は聞かされてはいないが、少なくとも魔導神様の計画は突発的な案だということは理解している。
だがこの状況……本部内を無人としこうして待ち構えているなど、完全に"来る"ということがわかっていなければできないはず。
今ここでレオン君達に加勢することは簡単だ。しかし、こうして一人だけ攻撃から逃れることができた俺はもっと他にできることがあるのではないだろうか?
(だが、今レオン君達を放っておくわけにも……。いやまて、あれは……)
即時決断しなければならないこの状況に焦りながらも外の状況を観察していると、シリカはすでに起き上がりオルトロスの再生を、レオン君とエリーゼも意識を取り戻したようだ。
そして、そこから少し離れた位置……建物の飛び散った瓦礫の上に座り、レオン君達の様子を退屈そうに眺めている男が一人……。
(ディガン、なぜあんなところに?)
あの位置からなら未だ戸惑う彼らへとどめを刺しに行くことだって難しくはない。だというのに、あの男はそうはせずただジッとみんなの体制が整うのを待っているかのようだ。
そこまで考えて、俺はなんとなく察しがついた。
(まさか、本当に待っているのか)
普通ならばあり得ない……だが一つだけ思い当たる節がある。ディガンは"強者"との純粋な戦いをもっとも好む、たとえ一対一だろうと集団が相手だろうと、その相手が一番力を発揮できる状況との戦い……ディガン・マクシミリアンという男はただそれだけを望む人間だと。
レオン君達が全力を出せるまで様子を見ているというのもそれが理由ならば納得がいく。
しかし、今一つ納得がいかないのが先ほどの不意打ちだ。俺達にいやでも怒りの矛先を向けさせたいというのもあるだろうが、それはやはりあの男らしからぬ行動。
だとすれば……。
「何か別の意図……いや、別の"意思"が関与している可能性が高い」
だがディガンのような自己中心の塊のような男が素直に誰かの意思に左右されることはない。できるとすれば、一人……。
「ギルドマスター、マステリオン・ベルガンド……奴を探す」
それこそが今俺がすべきこと。レオン君達と協力してディガンを退けたとしても、今ここで奴を取り逃がしては何の意味もない。
あの三人だけにディガンを任せるのは心苦しくはある……。だが、こんな時こそ俺がみんなを信じてやらないでどうする。
もう俺は一人ではない……今世で得ることのできた最高の仲間を信じ、俺は俺にできることをやるべきなんだ。
(みんな……そっちは頼んだよ。俺の方は必ずマステリオンを見つけ、この地をその呪縛から解放してみせる)
差し当っては、マステリオンの居所だ。先ほどの通信越しの会話から、少なくとも奴は俺達の行動を監視できる場所にいると考えるのが妥当だろう。
だがこれだけでは居場所を特定するには不十分だ。何かヒントでもあれば……。
「待てよ、奴はこうも言っていなかったか『キミ達は私の足元でもがくだけでいい』と」
もしこれが奴の居所へのヒントとなっているとすれば……考えられる場所は一つしかない。
俺は、その答えを確かめるべく壊れた外壁から飛び出しその場所を目指す。
「『
魔術で足場を形成していき、そのまま上へと昇っていく。そして、たどり着いた先には……。
「おや、見つかってしまったね」
校舎の外壁を超えた先、普段は誰も立ち寄らない屋上にその姿はあった。
そこには、俺も投獄される前から知っている誰からも好かれてた屈託のない表情を浮かべる優しそうなギルドマスターがそこに立っている。
「こうやって面と向かい合うのは以前の事件以来ですかね」
「ああ……そうそう、キミ達兄妹が悲しみに暮れる中、事件の首謀者であるキミを私が直々に連行したんだ。いや、あれは心が痛んだよ」
……焦るな、あちらのペースに呑まれたらおしまいだ。
しかし「心が痛んだ」か、心にもないことを言っている……とは思うのだが、奴の悲し気な表情からはその言葉が真実に思えてしまうのはなぜだ。
「しかしムゲン君も大胆なことをするね、敵であったキミをこんなにもあっさりと解放するなんて」
そして、次の話題に移った途端にケロッとその表情は消え、先ほどまでの真剣な表情がまるで嘘のように淡々と話し始める。
……俺は、転生者であるがゆえに普通の人間よりかは長い人生を歩み、その中で様々な性格の人間を見てきたつもりだ。そのうえで相手の言動や行動からどんな人間か理解できるつもりでもいた。
だがこの男は……まるでわからない。何も見えてこない。
「あのお方は俺を信じて解放してくださったのだ。そして俺もあの方を心から信頼している。それだけのことだ」
それでも俺が臆して逃げ出す理由にはならない。魔導神様や俺を信じて再び共に戦ってくれている友のためにも。
だからまずは、この男に何が起きたのかを見極める。
実は、最初に交わした問答はこのマステリオンが本当に俺の知るギルドマスターであった男なのかどうかを確かめるためのものでもあった。
偽物が化けている……という可能性もあったが、あそこまで細かく知っているとすればその線は薄い。
「ギルドマスター、マステリオンよ。もしや、あなたは何者かによって操られている、もしくは洗脳されている……その可能性はないだろうか」
こんなことを面と向かって質問したところで否定されたりはぐらかされるのは目に見えている。もし操っている者がいたり、洗脳されているならば、素直に答えるとは思えない。
しかし、そういう場合は否定するにしても得てして不自然さが見え隠れするものだ。頑なに否定しようとしたり、あえて自然に振る舞い話を逸らそうとする。
(さぁ、どうでる)
魔導神様は、魔導師ギルド変貌の裏には何者かの陰があるのではないかという一つの可能性をお考えになっていた。俺もその意見には一理あると同意し、こうして揺さぶりをかけてみてるのだが……。
マステリオンは俺の質問に答えず、ただ少し考え込むように顎に手を添え……。
「ああ、そういうことか」
と、何か納得したような声を挙げると、どこかスッキリしたような表情で再びこちらに向き直る。
いったい、何を考え込んでいたというのか。
「なるほど洗脳ね、確かにそういう考え方にもなるか。いや、てっきりムゲン君は『体現者』だと思っていたから全部理解してるものだと思ってたよ。……ん? だとしたらキミ達がここへやってきたのも偶然ということか? いや、だが時期としては丁度いい頃合いだから……そうか、もしかしたら彼はさらに"外側"の存在ということか」
「な、何を言っている……」
「彼があちら側の最後の『干渉力』の抵抗だと思ったが違うのか? そうなると彼の存在理由が不明のままだし、何よりこの状況でまだ我々の前に現れないということは……」
それは俺の予想していた"答え"とはまるでかけ離れたさらに深い"謎"だった。
マステリオンは俺のことなどまるで眼中にないかのようにそのままブツブツとわけのわからないことを呟き続けている。
「おい! 何を呟いているのかは知らないが、そもそもあなたは自分が置かれた状況を理解しているのか!」
「ん? おっと失礼、こちらの話さ。さて、状況は理解しているよ、このままでは私はキミにやられ、魔導師ギルドの実権を奪われてしまう……ということだろう?」
そうだ、ギルド本部にもはやトップ2しかいない状況で、街中の戦いもこちらが優勢……あとはこのままマステリオンが降伏するか、俺が奴の首を取るかさえすればこの街を取り戻すことができる。
だというのに、この男の変わらぬ余裕はいったいなんだ……。
「そちらとしては私が降伏する気がないのならすぐにでも私の首を取りたいだろう? 私としてはもう少しキミとのお喋りを楽しんでもいいのだが……」
「そうだな、俺としてもそうしたいのは山々だが……残念ながらそんな余裕はないからな」
魔導師ギルドさえ抑えられたとなれば女神政権を対応に追われざるを得ない。それは早ければ早い方がいい、第五大陸へと向かった魔導神様への助けになるはずだからな。
加えて、街中で奮闘するレジスタンスや革命軍のために勝利勧告を早く伝えなければならない。それに……。
「おや、どうやらあちらでも戦いが始まるようだね。まったく、ディガンの奴はいつも勝手で困ったものだよ」
グラウンドの方ではレオン君達の魔力が高まるのが感じられる。こちらの決着が早くつけばその分みんなを助ける余裕も生まれる。
「魔導師ギルドマスター、マステリオン・ベルガンド……貴様の首、このリオウ・ラクシャラスがもらい受ける」
「やれやれ……みんな血の気が多くて困りものだ。まぁいいさ、お喋りなら……戦いながらでもできるからね」
こうして、魔導師ギルドの今後を左右するであろう二つの運命の戦いが……今、はじまった。
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