195話 VS魔導戦騎ディガン 中編


 予想外……今の状況を言葉にするとしたらそれが一番的確な言葉かもしれない。

 突如発現したその双極の腕は僕達の全力をいともたやすく受け止めた。マグマのような腕は炎を飲み込み、氷壁のような腕は飛び込んでくる氷柱の刻を止めたかのように静止させ、両腕を打ち付けた爆発の衝撃は僕の作り出した隕石を粉々に粉砕していく。


 そのすべてがこちらの生み出した魔術を圧倒的に上回る力……ただ純粋に、強引な力押しに撃ち負けたんだ。


「こいつを使うのも久しぶりだなぁ! お前さんらがこれほどまでに成長してくれてオレは嬉しいぞ!」


 ディガンさんはただただ嬉しそうに……それこそ無邪気な子供のようにはしゃぎ、楽しんでる。

 ああ、この人は本当に……今、この瞬間だけを楽しんでいるんだ。


「誤算でしたわ……まさかこの男がこれほどまでの自然属性魔術を使えただなんて……」


「そんな話、今まで聞いたこともありませんでした。ギルドの魔導師の情報はそれなりに調べ上げたはずですが……こんな力を今まで巧妙に隠していたとは思いもよりませんでした」


 シリカちゃん、というよりもリオウ君は以前の革命事件の時に実力の高い魔導師の情報を調べ対策をしていたんだっけ。その中には当然ディガンさんのデータも存在していた……なのに、あの魔術の存在を知らなかったなんて。


「顔に似合わずかなりの策士のようですわね」


「いやなぁ……だからオレはそんなんじゃないと言ってるだろうが。実は頭がいいキャラ付けなぞオレに一番似合わん設定だ」


「でも、そんなものを見せられたらあなたという人間性を再認識しなければならないと思うのは当然だと思いますけど。今まで誰にも見せてないそんな力を隠して……」


「あー、だから違うと言ってるだろう。いいか、これを見た奴がいないのは当然だ、見た奴なんざとっくに全員死んどるからな」


 その何の気ない一言に僕達は背筋に何か冷たいものが走ったような悪寒が伝わっていくのを感じる。

 見た者は全員死亡している……それはつまり、その命を奪ったのはディガンさん自身に他ならないということ。


(……その時も、この人はこんな風に楽しんでいたんだろうか)


 人の命を奪うことと、自身の楽しさを同時に両立するだなんて僕にはとても考えられないことだ。だけど、この人はそれが当たり前かのように振る舞い、今も変わらず同じように僕達の前に立ちはだかっている。


「しかしなぁ、嬉しい反面少しつまらなくもある……。おい少年!」


「え……ぼ、僕?」


「そうだ! お前だ! なんださっきの気の抜けた攻撃は!」


「き、気の抜けたって……僕はこれでも本気であなたを……!」


「見え透いた嘘をつくなガキが! 貴様はオレを本気で打ち倒そうという気がこれっぽっちもない! あるのはクソみたいな保身だけだ! この場に立っている以上覚悟を決めろ! ……ないなら、今すぐこの場から消え失せろぉ!」


 ……見透かされていた。頭の中では覚悟を決めなきゃいけないだとか、魔導師ギルドを取り戻すためだと自分をごまかしてきたことを。

 そうだ、僕は今……逃げている。この悲しく厳しい現実という世界から、おとぎ話のような何の苦痛もない世界へと。


 僕はずっと……目をそらしていた。


「……この中で一番潜在能力が高い貴様が本気でオレと戦おうという気になればもっと楽しめると思いずっと狙っていたが……もういい。貴様にその気がないなら、オレは貴様をこの場にいないものとして扱う」


 そうして、本当に興味を失ったかのように僕から視線を逸らすと、次にその先に見据えるのは……。


「ッ!? シリカ、来ますわよ!」

「はい! オルちゃん、あの人の動きに注意して!」


「まだオレと殺り合う気のある嬢ちゃん二人の方が、まだ楽しめる」


 あろうことかリーゼとシリカちゃんの二人を標的として定めてしまった。

 僕が足を引っ張ったばかりに二人には助けられてばかりだったのに、今度は僕のせいで二人が……。


「ガハハハッ! 今度の拳は……ちと熱いぞ!」


 その場でマグマの腕を振りかぶったと思うと、突き出された拳はまるで火山の噴火のように飛び出し、走る地面を焦土に変えながら二人へと迫っていく。


「あんなもの受けたら消し炭どころのじゃありませんわ!」


「ガウッ!」


 ただ、威力はあってもスピードはそれほどでもない。リーゼとオルトロスの動きなら余裕でかわせる……けど。


「リーゼ!? 前を見……」

「え……?」


「どんな戦いも一瞬の油断が"死"を招くものだぞ、ガッハッハ!」


 リーゼのかわした先にはすでにディガンさんの姿が近づいてきており、凍てつく腕を伸ばし無情にもその命を奪おうとしていた。


「くっ! 『灼熱壁バーニングウォール』!」


 だけど間一髪、魔術の高速発動によってリーゼはその間に炎の壁を発現させる。

 流石リーゼだ、あの一瞬の判断でこれほどの魔術を発動できるなんて。これならあの氷の腕も……。


パキパキ……


「そん……」


 その光景に誰もが目を疑う。炎が凍っている……いや、そう見えるだけで実際は炎の場所に新たに氷が生まれ上書きしているんだ。だけどその驚きの光景にリーゼは反応することができない。


 あれほどの冷気が人の体を襲ったらどうなるか……。先ほどリーゼの魔術がディガンさんの下半身を凍らせたけど、それとは比較にならない程の冷気。

 そんなものを生身で受けたら……!


「やめ……」

「グルォオオオオオ!」


「ぬ!?」


 その冷気がリーゼに届くと思った瞬間、横からオルトロスの渾身の体当たりがその腕に突撃しディガンさんの体を突き飛ばしたんだ。

 これでリーゼは無事……だけど。


「グ……グルル」


 いつの間にかオルトロスの体……主にディガンさんの腕にぶつかった部分には氷がまとわりついており、その体は地面に固定されてしまっている。

 触れただけで一瞬で凍り付く冷気だなんて……。


「ハァ……ハァ……助かり、ましたわ。感謝するわ、シリカ、オルトロス」


「エリーゼさんが私達に素直にお礼を言うなんてよっぽどですね」


「そんなこと気にしてる場合でもないでしょう、アレは……。それに、おかしいですわ」


「はい、私も驚きました。まだレオンさんの重力の影響があるはずなのに、どうしてあれほどの動きを……」


 そうだ! 僕の『引力の封印板グラビライズ・ヒエログリフ』はまだディガンさんの動きを抑制するためにその力を発揮し続けているはず。


「重力ぅ? それがどうした。オレのギアは今や最高潮に高まりつつある! こんなもので今のオレは止められはせん……そう、あんな腰抜けの魔術程度じゃなあ!」


 その言葉の通り、本当に僕の魔術の影響なんかないかのように二人へと再び襲い掛かっていく。

 僕のことなんか、まるで眼中にないみたいに……まるでその力と、戦いに対する大きな"覚悟"の差を思い知らされるように。


「わたくし達の魔術があちらより威力が劣っているというのなら……その魔術自体を消し去ってしまえばいいのよ! シリカ!」


「言われなくてもわかってます! オルちゃん、お願い!」


 だけど、こんな恐ろしいディガンさんに二人は変わらず臆することなく立ち向かっていく。


「消えなさい! 『対魔力衝撃ディスペル』!」

「『ガルァ』!」


 そうか、あの強力な魔術と正面から真っ向勝負しても勝ち目はない。けど『対魔力衝撃ディスペル』なら相手の魔術を元から絶つことができる!


 そしてその効果はすぐに表れてた。ディガンさんの両腕を覆っていた二属性の魔術の腕はみるみるうちに崩れ、すでに中から彼本来の腕が見え始めている。


「ほほう、こいつは……先ほどオレの『硬質化メタル』を引っぺがしたのと同じものか!」


 二度も食らって流石にディガンさんもどういうものか理解したみたいだ。だけど気づいたところですでにリーゼ達はすでに次の攻撃の体制に移っている。

 さっきはあの両腕に阻止されたけど、このまま無防備な状態ならダメージは与えられるはず!


 ……なのに、どうしてだろう。まだ僕にはあの人に勝てる気がまったく感じられないのは。


「だが……残念だったなぁ!」


 完全に無防備になったかと思われたその瞬間、消えかかっていた両腕の魔術は突然息を吹き返したかのように湧き上がり、再びその形を形成していく。


 ダメだ! このまま二人にあれと戦わせ続けるのは無茶だ。


(僕が……止めるしかない。確かに僕はディガンさんにとって眼中にない程の腰抜けかもしれない……)


 でも、それならそれでいい……きっと僕にはこんな戦い方しかできない。

 そう、今の状況は気にされてない僕がディガンさんに攻撃を仕掛ける大チャンスなんだ!


「別術式を展開! 『重力負荷グラビトン』!」


 すでに影響を及ぼしている引力負荷とは別の重力魔術を重ね掛けする! 完全に背後からの不意打ち……ここまでやればディガンさんの動きも……。


「ガッハッハ! さぁさぁ、いくぞ嬢ちゃん達! 今度はこいつをどう受ける!」


「え……」


 なのに、ディガンさんはまるで何事もないかのようにその動きは止まる気配を見せない。

 そして、僕の方を見向きもせずに……その戦いを続けていく。


「マズいですわ!? 『雷線瞬動ライトニングステップ』!」


「オルちゃん、体型を速さ重視に変えて避けて!」

「ガルゥ!」


 気づいたのが早かったおかげか、二人は迫りくる攻撃を難なく回避することに成功する。


「まさか『対魔力衝撃ディスペル』が効かない魔術だなんて思いもしませんでしたわ……」


「いえ、最初は効いてるように見えましたけど……途中から突然勢いが戻ったような感じにも見えました。つまり、こちらの『対魔力衝撃ディスペル』があの人の魔術を完全に消し去る前に効力が切れてしまったのではないでしょうか」


 確かに、僕の目から見てもディガンさんの両腕の魔術は途中までは崩れそうな雰囲気だった。なのにどうしてあの術は完全に消えずに残っていたのか……。


「ガッハッハ! 狙いはよかった、オレ自身この腕を構成している魔力が分解されていくのには一瞬焦ったからな! ……だが残念だったな、オレの体からは活性化された魔力が止まることなくこの肉体、そしてこの両腕にも送られ続けている!」


「こちらが術を壊すスピードよりも速く魔力が送られ続けていたということ……本当に規格外にもほどがありますわね」


「でも、あれほどの魔術をずっと維持し続ける……それも打ち消されてそれを再構成するにはそれ相応の膨大な魔力が必要なはずですけど……」


「なら、あれを打ち消し続けていればいずれは息切れするはずですわ」


 そうか、あれほどの魔術……維持するのにも相当な魔力を消費しているはずだ。『対魔力衝撃ディスペル』で何度も打ち消せば、いくらディガンさんの魔力の巡るスピードが速かろうが魔力切れを起こして……。


「魔力切れを狙うか……うーむ、いい案だ。だが一つだけ忠告しておこう」


 この作戦ならば倒せる可能性はあると思った矢先……自分をどう倒しにくるのかを嬉しそうに聞きながら、まるで学校の先生が講義するかのように宣言してくる。


「オレはこんな体質だが今まで一度も魔力切れを起こした経験はない! それを踏まえた上で、覚悟してかかってくることだ!」


 そんな絶望的な発言とともに、再びディガンさんは二人へと襲い掛かる。

 僕のことはまるで無視して……。


「それでも……やるしかありませんわ。レオン! わたくし達はこのまま戦いに集中しますわ! そこでボーっとしてるのはあなたの自由ですけれど……そんな学生時代の抜け殻のようなあなたに戻るのはわたくし許さないから!」


「レオンさん……私は信じてます。今は辛いかもしれないですけど、必ず立ち直って自分の信じた未来に進めるようになるって」


「リーゼ、シリカちゃん……」


 二人が僕のことを信じて励ましてくれる。だけど……僕は未だ立ち上がることができず、果敢にも立ち向かっていく二人の背中が遠ざかっていくのを見ているだけしかできなかった。


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