192話 悩める少年と不気味な嘲笑


 ……師匠達は行ってしまった。僕にとって師匠は憧れでもあり、一つの目標でもある。

 あの人は不思議な人だ。あの人が現れただけで誰もが気持ちを向上させ、正しい方向へと進んでいける。

 もちろんこの僕もそんな一人……だけど、今はもう師匠はここにはいない。


 でも、いつまでも師匠の存在に甘えているわけにはいかない。それに、今の僕には今までの人生で得た最高の仲間がいるんだ。


「よし、行こうみんな!」


 そう、これは僕達の好きだったあの頃の魔導師ギルドを取り戻すための戦い。そのために今、僕らは一歩あゆみ出して……。


「それで、そんなに張り切ってレオンは今からどこに向かう気ですの」


「え? それは……えっと」


 あれ、そういえば結局今からどこへ向かえばいいんだろう? 僕らはギルドを取り戻すんだから……まずはギルドマスターを見つけなきゃいけないんだけど、そもそも本部の中に誰も見当たらないからどうすれば……。


「ハハハ、相変わらず"やる"と決めたら突っ走る気合は十分だね。でもレオン君……あまり一人で突っ走らないよう気をつけなよ。君の悪い癖だからね」


「う……ごめん。でも、これからどうしようか」


「この場の指揮は魔導神様より俺に一任してもらっている。だから、この場は俺に任せてほしい」


「そうだったね。うん、僕もこの場はリオウ君に任せるのが適任だと思うよ」


 リオウ君の凄さは僕もよく知っている。学生時代からもどんな技能テストにおいても誰よりも上を行っていた。僕とは違く、多くの才能に恵まれた人間。

 師匠もそんな彼をきっと一目置いてる、だからこそこの場を任せたんだろう。


「わたくしはまだ納得してませんわ。今までこの三人で培ってきたチームワークを崩されでもしたらたまったものじゃありませんもの」


「おや? だが魔導神様から聞いた話では『一見めちゃくちゃなチームワークなのになぜかギリギリ纏まっている』感じだとおっしゃられていたが?」


「あの人は今度顔を合わせたら一度みっちり問い詰めないといけないようですわね」


 ああ、師匠が知らない間にどんどんリーゼの怒りの矛先の犠牲に……。

 って、そんなことより今はこれからのことを考えないと。


「と、とにかくリオウ君、キミの考えを聞かせてくれるかな」


「そうだね……ここはやはり、ギルドマスターであるマステリオンを探すべきだろう。魔導神様のおっしゃられたように、すでにこの地から退避したという可能性もあるが、その時は我々が本部を占拠したと街中へと大々的に知らせられれば一応の目的は達成したことになる」


 ギルドマスター……か。僕も未だにわからない、あの人がなぜ魔導師ギルドをこんな風に変えてしまったのか。

 ギルド員一人ひとりを思いやるとてもいいひとだし、なにより僕がギルド員になれたのもあの人がチャンスをくれたからだ。そんな人が悪人だなんて、僕にはとても考えられない。


「なんとかして、ギルドマスターを説得しないとね」


 きっと何か理由があるはず、ちゃんと向き合って話をすれば解決策が見つかるはず……。


「……レオン君は、この問題が話し合いで解決できると思っているんだね」


 なのに、そんな僕の想いを否定するように厳しい表情で僕にそう問いかけてくる。それは、以前彼と対立した際に僕を説得しようとした時のものによく似ていた。


 リオウ君は……何が言いたいのだろう。


「もしマステリオンが俺達の話をまったく受け入れず、意見を変える気がないとしたら? その時キミはどうする」


「それは……大丈夫だよ! どんな人でも強い想いがあれば理解し合える。ほら革命軍の人達だってわかってくれたじゃないか。だから、僕達が諦めなければきっと……」


「それは、マステリオンがそういう人間なら……という前提でしかない」


 どうしてなんだ……なぜリオウ君はこんなにも僕の言うことを否定するんだ。


「レオン君、キミはまだ自分が今までの"優しい世界"から逸脱してしまったことを認めたくないんだね……」


「優しい……世界? そ、それってどういう意味……」


「そのままの意味だよ。人が人を許し合える、誰もがわかり合える……そんな、綺麗事ばかりの世界にキミはまだいる気でいる」


「そんな! 綺麗事だなんて……」


 確かにリオウ君は幼い頃から自己中心的な人を多く見てきたからそう考えるのもわからないでもない。でも、僕の見てきた世界だって決して偽物なんかじゃないはずだ。


「リオウ君にとっては綺麗事かもしれない……だけど、僕は僕の見てきたものを信じたいんだ……」


「しかしレオン君……」


「そこまでにしておきなさいな」


 あくまで食い下がるリオウ君を前にリーゼが割り込みその言葉を遮る。リーゼのことだから、話の進まないこの状況にしびれを切らしたのかも。


「リオウ、あなたの言いたいことはわからないこともない。けど、今無理にレオンにそれを強いるのは流石に酷だと思いますわよ」


「……そうだな、確かに突然すぎたかもしれない。だが、もしかしたら"その時"はすぐそこまで近づいてきているかもしれないと思ってしまってね」


 なんだろう、リーゼにはリオウ君が僕に何を言いたいのかわかってるみたいだけど、"その時"っていったいなんなんだろう?


「済まないレオン君、キミの想いは伝わったよ。でも、ただ一つ、これだけは背を向けずに聞いてほしい。世の中には絶対に分かり合えない存在というものがある……」


 そう語るリオウ君の言葉は重く、そして強い"覚悟"のような何かが僕に伸し掛かってくるような重圧を感じさせるようで……。


「もし……そんな存在に出会ってしまい、どちらかが消えなくてはならなくなった時、キミは……」


 でも、この時の僕はまだ彼の言葉の本当の重みを理解できず、どうしようもないほど愚かだったんだ。

 ずっと思い描いていた幼い頃の夢物語を追い続けているだけの子供だった、今の僕には……。


「その相手を殺す覚悟はあるかい」




 それから僕らは建物の中をしばらく進み、その最上階にして中心部……ギルドマスターの執務室へとやってきた。

 この建物はギルド員の作業場や研究室が連なっているものと、元々学生が勉学に勤しむ校舎がL字に繋がっており、マスターと学長を両立するトップがこの執務室を使用している。


「さて、とりあえずここまでやってきましたわね」


「でも、ここにいるでしょうか」


 そう、僕らはギルドマスター捜索の一環としてまずこの執務室を訪れることにした。

 本部全体が異様なこの状況でマスターだけが通常通りここにいるとも思えないけど、少しでも痕跡が残っているかもと全員同意のうえで……いや、少なくとも僕だけははっきり答えたわけじゃないけど。


「レオンさん、大丈夫……ですか。ごめんなさい、兄さんも悪気があって言ったわけじゃないと思うんですけど……」


「いいんだよシリカちゃん。リオウ君は、僕に本当の"覚悟"があるか知りたかっただけだから」


 僕を心配してか、他の二人には聞こえないように少し離れて語りかけてくれる。


 ここに着くまで僕の頭の中ではずっとリオウ君に言われた言葉が離れなかった。

 誰かを殺す覚悟……正直、そんなこと考えたくもなかった。だけどリオウ君は続けてこうも言った、「ここはすでに戦場なんだ」と……。


(そんなこと、わかってるつもりだった……でも)


 きっと僕は、ここが戦場であるという実感を実は感じていなかったのかもしれない。

 ここにたどり着くまで、作戦の内容や僕達がここですべきことなど何度も聞いてきたけど、それがイコール誰かを傷つけるイメージを持てなかった。


 それに、ここにたどり着いた時や今も師匠やリオウ君がいる、という状況がどこか僕に安心感をもたらしていたんだ。

 その後ろについてさえいけば、きっと誰もが幸福になれる未来が待っている……って。


「そろそろ兄さん達のところへ行きましょう」


「待ってシリカちゃん。一つだけ、聞いてもいい……?」


 僕がそう言ってシリカちゃんを引き留めると、無言でこちらへと振り向いて僕の言葉を待っていた。まるで、僕が何を聞きたいのかを分かっていたかのように。


「シリカちゃんは……もし"その時"がやってきたなら、その誰かをこ……殺せる……の」


 こんなの女の子にしていい質問じゃないなんてわかってる。けど、知っておきたかったんだ、同じ戦場に立つ仲間として彼女はどう考えているのかを。


「わかりません……。やっぱり、自分が人の生き死にに関わるなんて恐ろしいことだと思いますし……」


「そ、そうだよね……やっぱりシリカちゃんも……」


「でも、私はあの日……兄さんの力になるって決めた日から、いつかそんな日が来るんじゃないかって、心の奥では考えてました」


 その言葉に僕はどこか安心しかけた声を詰まらせてしまう。

 シリカちゃんも僕と同じで誰かの命を奪う覚悟なんてない……きっと僕はそう言い訳して目を反らしたかった。けど違った、シリカちゃんは小さくともとっくの昔にその覚悟を持っていたんだ……。


「でも、私はレオンさんが無理に変わってほしいとは思ってません。あなたが辛いときは、私が支えますから……さぁ、行きましょう」


「……うん、ありがとう」


 リオウ君の言うことも、シリカちゃんの言うこともわからなくない。けど、やっぱり僕はそんな覚悟を持とうだなんて考えられない。

 でも、もし本当にそれが避けられない状況に追い込まれた時、僕は……。


「それじゃあ中に入るよ。みんな準備はいいね」


 と、僕がまだそんなことを考えている内に、リオウ君はすでに執務室の扉に手をかけ慎重かつ警戒しながら開放していく。

 もう悩んでいる暇なんてない。その後ろに立つ僕達も開かれていく扉の中を覗いていく。


「罠は……ないみたいですわね」


 扉には特にブービートラップのような突発的な罠は見受けられない。今更そんな単純なものが仕掛けられてるとも思えないけど、慎重に越したことはない……って、師匠もいつも言ってたからね。


「よし、何か痕跡が残っていないか探してみよう。魔道具の類や、手書きの手記とか日記のようなものでも、少しでも怪しそうなものならなんでもいい」


 ギルドマスターが使っていた執務室……何度か訪れたことはあるけど、ぱっと見た感じではその時から全然変わってない。

 けど、ギルドマスターの変化とともにこの部屋にも何か変わったものがあるかもしれないし、見えない部分を重点的に探してみよう。


「溜まっている書類はどれも女神政権とのやり取りのものと、各地の戦闘状況に関するものばかりですわ」


「周りの棚や本棚にもこれといって変わったものはないみたいです。入っているものも公務で使用する洋服とかで、私物はまったくありません」


「あまり仕事に私情を挟む人間ではなかったようだな。唯一あるものといえば……このチェス盤くらいか」


 そう言ってリオウ君が触れたのは、この部屋に唯一そぐわない小さなテーブルの上に置かれたチェスの盤だった。テーブルの脇には向かい合うように椅子が二つ置かれ、いつでも対戦できるよう用意されているみたいだ。


「でもそのチェス、まだ対戦の途中みたいじゃない?」


 ちょっとした違和感。その盤上を見て僕が思ったのは、この勝負はまだ決着がついていないということ。

 局面は終盤のようだけど、まだ積んだわけじゃない。でも白の方は駒が四つしか残っていないから、絶望的な状況に変わりはないとは思うけど……。


(……四つ?)


 その内容を見て再び違和感……いや、これは違和感というよりは何か嫌な予感を感じさせるような……。



カチッ

『やぁ諸君、よくここまでたどり着いたね』



「「「!?」」」


 突然そのチェス盤から声が発せられ、僕達は一斉に身構える。どうしてこんなものから声が……それに、この声に僕達は聞き覚えがある。


「ギルドマスター……マステリオンの声。これは、声をこのチェス盤に内蔵されている何かに仕込んでいたのかしら」


『いや、そうではないよ。これは実際に今私が君達へ声を届け、逆に君達の声もこちらに届いている。まぁ通信石のようなものだと思ってくれればいい』


 まさか、ここにきてギルドマスターから直接話ができるなんて。面と向かっているわけじゃないけど、こうしてマスターと話せているだけでも希望はあるはず。


「ぎ、ギルドマスター! 教えてください、なぜ魔導師ギルドを変えたんですか! きっと何か理由や事情があるんですよね!」


 この状況に僕は居ても立っても居られず、冷静な判断ができないままギルドマスターへと問いかけていく。まるで、早く悪夢から解放されたいと願う少年のように、必死に。


 だけど、返ってきた答えは……。


『そんなものはないよ。魔導師ギルドの変革は、ただ私がそうしたかったというだけのことさ』


 あまりにも淡々と告げられたその言葉に、僕は次の言葉を失ってしまう。

 こうして密かに僕達と話しをしているということは、きっと公では言えない裏の事情があるんだと……そんな希望を一瞬で打ち壊すかのような、あまりにも淡白な答え。


「レオン君、ここは俺が話そう。キミは少し下がった方がいい」


 確かにリオウ君の言う通り、これ以上僕が前にいても何も話すことはできない。もし何か言葉を絞り出したとしても、きっとそれはただの現実逃避な禅問答になるだけだろうから……。


『おや? その声はリオウ・ラクシャラス君だね。つまり、今レオン君達をまとめているのはキミか……それは意外だったよ』


「こちらも意外でしたよ。まさか誰からも慕われる優しきマスターの本性が戦争マニアの狂人だったとはね」


『ハハハ、戦争マニアか、面白い例えだね。別にそんなつもりはまったくないんだけど……まぁこの状況じゃそう思われても仕方ないかな』


 この人はどうして笑っているんだろう。本部の外では戦いが続いており、多くの大陸や国では未だ侵略行為は収まらず、勢いを増した女神政権は新魔族との大戦争を引き起こそうとしている。

 なのに……そのすべてを助長し、時には元凶にもなった原因を引き起こした張本人だというのに……。


「率直に言わせてもらおう。我々は魔導師ギルドを占拠する。ギルドマスターであるあなたが姿を現さないというのなら、我々はこのまま勝利勧告を発信させてもらうつもりだ」


『ああ、そうだね……そうくると思っていたよ。うん、いいね、実にいい……この場は今まさに世界の明暗を分ける一大舞台というわけだ。その中心にいる私の人生は……とても充実している』


「……? なんだ、何をわけのわからないことを言っている?」


 なんだろう? 急にマスターの声が小さくなって、ぼそぼそと何か語っていたみたいだけど……どうにもチェス盤の近くにいたリオウ君にだけは聞こえたみたいだけど?


「とにかく、姿を見せる気がないならこのまま……」


『ああ、そんなことはしなくていいよ。君達の役割は……ただ私の足元で掴めない希望に縋ってもがくだけでいい』


 それは、リオウ君の言葉をまるで聞く気のないような態度で話を割り込ませると同時だった……。

 とても……とても大きな魔力反応。それが段々と僕達の方へと近づいてくるのが嫌でも伝わってくる。


「……!? みんな、気をつけ……」


 ただ、それはあまりに一瞬のことだったから、マスターと直接話をして危機感を感じたリオウ君以外は反応が一瞬遅れてしまった。

 は、僕達が入ってきた扉から逃げ場のないこの執務室へと一直線に……。



「ガッハッハ! 久しぶりだなお前らぁ! 『肉弾大砲パワーボム』!」



 超高密度の魔力エネルギーを纏ったディガンさんが猛スピードで僕達に向かって突撃してくる姿が一瞬だけ確認できただけだった。

 執務室のほぼ全域を巻き込む衝撃に巻き込まれれば、それだけで僕達は終わりだ。


「オルちゃん!」

「ガルァ!」


 そんな中、シリカちゃんだけが素早くオルトロスに指示を与えていた。ディガンさんの攻撃が届くその直前に、オルトロスはその体積を膨らませ……。


「ぐっ……シリカ!?」


 リオウ君だけが押し出され部屋の隅へと跳ね、残る僕達は大きくなるオルトロスの体に包まれながら……。


ズゴォオオオオオン!!


「みんなあああああ!」


 そんなリオウ君の悲痛の叫び声が聞こえる中、執務室の八割近くを巻き込み破壊する衝撃とともに僕達は魔導学舎のグラウンドへと投げ出されることとなった……。


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