191話 再会、そしてひと時の別れ


「そんな……どうして君がここに……」


「おかしなことを言うんだねレオン君。そもそも俺はずっとこの街の地下に幽閉されていたんだから、この街にいるのは当然さ」


 突如レオンの前に現れその危機を救ったのは、彼の旧友であるリオウ・ラクシャラスその人だった。

 かつて罪を犯し、多くの者から罪人と蔑まれた彼だが、レオンにとってリオウがかけがえのない友人であることに変わりはない。


 だが、そもそもの問題は……。


「いやいや! 僕が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」


「兄さん! 兄さん!」


 未だレオンの頭が疑問の渦で混乱している中、その脇を一心不乱に駆け抜けてリオウ目掛けて飛び立っていく一人の少女がいた。それは彼の妹であるシリカだ……理由はどうあれ、もうこうして日の下で会えるなど思ってもみなかった彼女は今の状況も忘れて最愛の兄へと飛びついていく。


「おっと……おいおいシリカ、いきなり飛びついてきたら危ないじゃないか」


「だって……だって本当に兄さんが私の目の前にいるなんて信じられなくて。でも……」


 シリカが言葉に詰まる中、続いてレオンとエリーゼもリオウのところまで登ってくる。だがその表情はどこかスッキリしない。

 そう、シリカも嬉しさのあまり後回しになっていたが、それは彼女だけでなくこの街の人間ならば誰もが感じている疑問。


「リオウ・ラクシャラス、あなた……確かこの街の重罪人として捕らえられていたはずですわよね。それが……どうして突如このような場所に現れたのか説明してくださらないかしら」


「おやエリーゼ、少しは丸くなったと聞いていたが……その上から目線な性格は変わりないみたいだね」


 この二人は……久しぶりの再会だというのに相変わらずお互いがお互いに相容れない考え方なようだ。それでも、どちらも以前と比べれば大分マシになったほうではあるが。

 それはさておき、今ほどエリーゼが発した質問は彼を知る人間ならば誰もが思ったことだろう。


「そうだよ……リオウ君、キミはあの時僕達の目の前で連行されて……それからもずっと……」


「その質問の回答は簡単だよ。つい先ほど地下牢から解放させていただいたのさ」


「解放って……いったい誰に?」


 リオウが解放されたということはそれを行った人物がいるということである。そしてそれが誰なのか……勘のいい人はもうお気づきだろうが……。


バァン!

「それは当然この私しかいないだろう!」


「うわぁ!? 師匠、いったいどこから顔を出してるんですか!?」


 そう! リオウを解放したのはサティ達と途中から別行動をしていたこの私だ! 避難区域の場所を確認した私は罪人の収容所がその隣にあることに気づき、この作戦の最後の手段の一つであるリオウの解放に踏み切ることを決断した。

 ちなみに私は皆が立っている家の屋根の天窓から顔だけを覗かせている。途中犬がバランス崩して私だけこの家の中に放り込まれたんでな……。


「ガウ(すまねっす)」


「お前絶対反省してないだろ……」


 とにかく、私がこうしてリオウを解放しここまで連れてきたのにはそれなりの理由がある。


「それで? この男をここまで連れてきたことに関して説明はあるんですわよね?」


「おう、それを説明するからちょっとこの窓から抜け出すのを手伝ってくれ」


「「「……」」」


 そのまま天窓から外に出ようとしたら途中で体が突っかかってしまった。

 リオウを除く三人からは微妙な表情をされつつも引っ張り出してもらい、早速事の顛末の解説に写るとしよう。あ、でも時間はないから手短にな。


「理由は簡単だ、リオウにはこの状況を……というよりも革命軍を統率してもらう」


 元々革命軍は各地でくすぶっていた様々な勢力にリオウが声をかけたことにより立ち上がった組織だ。そのリーダーが投獄から解放され再び革命のために立ち上がったと知れ渡れば、それに釣られる人間は少なくないだろう。


「そうか、リオウ君が声をかければ革命軍の人達も止まってくれるかもしれないね!」


「ちょっとお待ちなさいな。そもそもその男が本心でわたくし達に協力するというの? 以前レオンを騙していたようにまた裏切らないとも限らないでしょう?」


「エリーゼさん! 兄さんはそんなこと……!」


 未だリオウのことを疑うエリーゼの言葉が気に障ったのか、シリカが突っかかろうとするもリオウが前に出てその動きを抑止する。


「確かにエリーゼの言う通りだよ。一度レオン君の信頼を裏切ったこの俺をすぐ信用してくれだなんて虫のいい話はしない……」


「リオウ君……僕は、もうあの時のことを恨んだりしてないよ」


「ありがとう……でもこれは、俺がつけないといけないケジメなんだ」


 家を裏切り、ギルドを裏切り、そして友を裏切ってきたリオウの人生……。その道程は恨みや憎しみばかりだった、それが原因で結果多くの人を傷つけるにまで至る程に。


「俺の罪がどうしたら償えるのかなんてわからなかった……。けど、ようやく一つだけ答えを見つけたよ。俺がこの世界を壊すことで誰かが傷ついたのだとしたら、今度は世界を護ることで誰かを救うことができるのだと」


 リオウのその言葉は、ただ今この世界に生きる人々のためではなく、きっといつかこの世界を護りたいという誰かの願いを受け継ぐ……そんな意味も、込められているように感じられた。


「俺はこの世界を護るためにこの身を捧げると、我が神に誓おう。だから……今度こそ、俺と一緒に戦ってくれるかい、レオン君」


「もちろん、一緒に行こう! これで、ようやくあの時の約束が果たせるね!」


 いつかどこかで交わした二人の約束……そんないつ果たせるかもわからなかった約束が、今ここで実現することになるなんて二人は思ってもみなかっただろうな。


「少々不満はありますが、まぁいいですわ。あと、神に誓うのはいいけれど、あなたの信望する神は何ですの……」


「それはもちろんここに居らせられる魔術の神に決まっているだろう! キミの目は節穴なのかい!?」


「「「……」」」


 その力強い一言にまたまた三人の表情が微妙なものに変わってしまう……。以前の事件からリオウが私のことを神と崇めるようになってしまったことは三人とも知ってはいるが……まぁ実際にこうしてみるとちょっと引くのはわかる。


 ……だが、私とて以前のままではない! あの時はこの世界で再び目立つつもりはなかったので信望されるのはちょっと遠慮したかったが、今は違う。


「フッハッハッハ! そうだ! この私こそ現代に蘇りし魔術の神! そして今はこの世界を救うべく再びアステリムへと“魔導神”として舞い降りたのだ!」


「おお! 魔導神様! このリオウはあなた様の信徒として共にこの世界の平和のため力を尽くします!」


「兄さん……」

「師匠……リオウ君も……」

「馬鹿が増えましたわ……。けど、なぜかその方が安心できるのが複雑な心境ですわね……」


 どう反応していいかわからず苦笑いを浮かべるレオンや兄を心配するシリカ。そして、頭を抱えながら渋々納得したようなエリーゼと三者三様である。

 加えて、かなり大声で自己紹介したので避難してきた街の住民にも聞こえており、「神様?」や「どういうこと?」と反応も様々。うむ、やはり世界を救う者としてそれなりに知名度は欲しいからな……っておい誰だ今「ダサくね?」とか「ないわー」とか呟いたやつ。


「よっと! ムゲン、そろそろ話は終わったかい。住民の避難もこれで最後だから、そろそろこれからどうするのか聞かせてほしいんだけど」


「それに加えて遠くから魔力の反応や大勢の人の気配がこちらに向かっているのも感じる。そこの男が放った魔術の影響でこちらで何か異変が起きてると悟られたんだろう」


 と、私達の久しぶりの再会を終えるのを待っていてくれたサティとレイがそろそろヤバい状況になりつつあることを伝えに来てくれた。


「そうだな、それじゃ時間もないし……ほいリオウ、拡声器」


「承知いたしました我が神……魔導神様よ」


 そんな私達のやり取りに何をしているのかわからないようにレオン達は首をかしげるが、これの意味はすぐにわかる。

 それは、ここに到着するまでにリオウに指示しておいたある作戦の一つ……。


「では……『現在街中で暴走する革命軍に告ぐ! 私は革命軍リーダーであるリオウ・ラクシャラスである! 今すぐ無差別な暴動を止め、街の住民の命を守ることを第一に行動せよ!』」


 リオウの演説を拡声器を通すと、それは街中の各所で響き渡るように聞こえてくる。

 どうして街のいたるところから声が響くのか……実は、私がここに到着するまでの間、街のあちこちに拡声器の遠隔装置を設置してきたのだ。


 どちらにせよ街中への呼びかけで停戦を語り掛ける案はあった。だからこそそれを有効活用させてもらったのさ。

 ……そして、その効果はすぐに表れた。


「リオウって……まさかあの」

「革命軍を結成した若き指導者のことなのか……?」

「捕らえられている身だと聞いていたが」


 すでに多くの革命軍は戦いの手を緩め、突如現れたリオウの存在に皆何事かと意識をこちらに向けている。


「『私は長らくこの地に囚われていた。だが! その戒めは我が神のご厚意により解き放たれ、今ここに再び『革命軍』の意志を一つにする責務を仰せつかった!』」


 ……必要以上に私の存在を強調してる気がしないでもないが、それはさておきリオウの人を引っ張る能力は本物だ。若いながらもこれだけしっかりした人間であり、確かな判断力も備わっているというのを誰もが理解しているからこそ人がついてくる。

 ま、一応リオウは転生者だから、そこらの大人よりは歳食ってるんだけどな。


「『本来我らの理念は、権力の差によって苦しむ者を助けることだった……だがこの惨状はどうだ! 今人々を苦しめているのは紛れもなく我々だ!』」


 その言葉に革命軍はやっと己達が行っていた醜態に気付き、この周辺にいるほとんどの者達も武器を下ろして自分達の犯した過ち……街の惨状を冷静に見つめなおしている。


「『自分達の犯した罪と向き合うのはさぞかし辛いだろう……しかし、それが自分が犯した罪だというのならば、それを償うことができるのもまた自分達だけなのだ!』」


 それはもしかしたら自分自身にも言い聞かせているようにも感じられる言葉……かつての罪を悔いているのはリオウも変わらない。だからこそ、革命軍の心にこんなにも響くのだろう。


 ……だがやはり、聞き分けのない人間というのはいるもので。


「罪だと! 我々は自由な世界のためにこの悪に組する者達の巣窟に正しさを取り戻そうとしているのだ! 今更昔の指導者が戻ってきてでかいツラをするな!」


 私達の立つ建物の下で手足を氷漬けにされながらもリオウの意思に反し、なかなかに自分勝手な主張を掲げる革命軍の一人。

 この街に到着する前にレジスタンスから聞いた情報だが、どうにも今回の革命軍の暴動は自分達の力を誇示し覇権を得ようとする思想を持つ幾人かの先導者がいるせいだという話だ。

 おそらく、この男もそんな先導者の一人……。


「……俺も、かつては貴方と同じような思想でしたよ。正しい世界のためにのさばる悪しき者を許せないと。それで気持ちがはやり、無茶なこともしでかした」


「そ、そうだ! お前だって結局我々と同じ……」


「だが今は違う! 『よく聞け! 我々は大局を変えると豪語しておきながら目指すべきものを間違えていた! たとえ我々が勝利し人の上に立ったとしても、それはただ単に我々の思想を誰かに押し付けることにしかならないのだ! それでは今まで女神政権や人属主義の者共が民衆に思想を植え付けていたのと何も変わらない!』」


 過去の妄念を乗り越え、自分を見つめ直したリオウがたどり着いた一つの答え。そして、それはこれからの自分の生き方を決める新たな要因となる。


「『我々が変えるべき……そして守るべきだったのは人間一人ひとりの考え方や想いであり、それを未来の誰かに繋げていくことだった。いつかこの世界を生きた人間が、我々にその想いを伝えたかったのと同じように……』そうだろう、ミレイユ……」


 最後にポツリと呟いた言葉は近くにいた私だけが聞き取ることのできない小さなものだった。その名前は、私達にしかわからない大切な人物……。


「……俺、あの人についていこう」

「俺も、今まで大義名分があるからっていい気になってたけど、間違ってた……」


 もはや革命軍のほとんどはリオウの言葉に諭されこれ以上無茶な暴動を起こすつもりもないようだ。ごくわずかに残った過激な連中はまだギャーギャー喚き散らしているが、従うものはもう誰もいない。


「お、おい貴様ら!? なにあんな若僧の言葉に揺らいでいる! 我々こそが真の正義であり、人を導く存在……」


「あ、これ以上話をこじらせると面倒だからあんたはもう眠っといてくれ『睡眠導入スリープ』」


「ワウ……(容赦ないっすねご主人……)」


 こういうタイプの人間はどれだけ説得しても自分に利益がないと駄々をこねて絶対納得しないからな、そんな奴を相手に時間を割いてる余裕はない!

 というか私達には本当に時間がないんだ。ここまででも大分時間をロスしているしな。


 私は革命軍のアホを眠らせて屋根の上に戻ると、そのままリオウと顔を合わせあらかじめ予定していた次の行動へと移っていく。


「『私はこれより数名の同士とギルドの本部へと向かう! 革命軍はレジスタンスと共に人命を最優先に魔導師を抑えてくれ!』」


 これにより革命軍は今まで以上に統率され、かつ魔導師ギルドを相手にするために問題になっていた戦力差も一気に補うことに成功した。

 これなら当初の目的通り少人数でギルド本部へ向かうことも可能だろう。


「よし、それじゃ私達はこのまま犬とオルトロスに乗ってギルド本部に突入するぞ!」


「なんだかよくわかんないけど、うまくまとまったようでなによりだね」


「とにかく急ぐぞ、俺達には俺達の役割が待っている」


 先ほどと同じように第二大陸組は私と共に変身した犬の背へ。こっちは大きさ固定だからどうあがいてもこれ以上は無理だしな。


「それじゃあ兄さんはオルちゃんの背中へどうぞ」


「ここまでオルトロスを自在に操れるように……いや、これはオルトロスとの信頼があればこそか。やはり、俺の睨んだ通りシリカの才能は素晴らしいものだったな」


 成長したシリカの姿を見て感心するリオウ。そういえばオルトロスは元々兄のリオウが人工魔物として作り上げたんだったな。

 製作者の想像以上の成果……それも自分の妹が見せてくれているのだから喜びも感慨ひとしおってやつかね。


「わたくし、あなたとあまり近い位置に搭乗したくありませんの。ぽっと出の新人さんはもう少し端の方に寄ってくださらない?」


「悪いけど俺は魔導神様から君らのまとめ役を命じられていてね。そんなに嫌なら君がオルトロスの尻尾にでもしがみついていてくれ」


 こっちはこっちで未だ仲の悪い二人が顔には出さないものの静かにいがみ合ってるし……あ、エリーゼが軽くこっち睨んだ。知らんぷり知らんぷり……。


「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて。せっかくこうして皆一丸になれたんだから、これからは仲良くいこうよ」


 んで、レオンはそんな二人の中和剤ってか。いや……もともとこの四人はレオンを中心にして作られた輪と言ってもいい。お互いがお互いを信頼し合える本当の仲間……。

 だからこそ、私はこいつらに魔導師ギルドの奪還を任せることにしたんだ。


「ったくお前ら! のんびり仲良くおしゃべりしてる時間はないって言っただろ! 全員乗ったら、すぐに本部へ突入だ!」


 きっとこいつらなら大丈夫、私にはなぜかそんな気がするのだ。だからこそ私は信頼して先へ進むことができるんだ……。




「『ガァ!』」「『グオォ!』」

「ガウガウー!(おらおらー! どいたどいたっすー!)」


 そして、街の安全を革命軍とレジスタンスに任せた私達は一目散にギルド本部を目指し爆走を開始していた。

 魔導師達も各所に増員されてくる私達の仲間の対処で手いっぱいのようで、意外と道中は手薄だ。途中何度か魔術が飛んでくることもあったが、そこはオルトロスの『対魔力衝撃ディスペル』咆哮によってまったく気にせず通り抜ける。


「ギルドの正門が見えましたわ!」


「正面に敵影は!」


「ありません! オルちゃんのパワーならこのまま突き破れます!」


 一番重要そうなギルドの門が一番手薄というのはどこか腑に落ちないところもあるが、こちとらなりふり構ってられないことに変わりはない!今の私達にできるのは前に進み続けることだけだ!


バゴォン!


 勢いよく門が開け放たれるのと同時に私達はそのまま飛び降りてギルド内部に降り立つ。警戒は怠らない、私達は降り立つと同時にすぐさまお互いの背を守るように身構える。


 ギルド本部を入ってまずたどり着くのは大きな受付の広間だ……懐かしいな、ここでよくマレルや他の奴らと笑い合ったものだ。

 ……だが、それが今では。


「そんな……誰もいない。ここ、確かにギルド本部の受付……ですよね?」


 そう、ついにたどり着いたギルド本部の外見も中身もまるで変わってない。しかし、大きく違うのはそのに誰も存在していないということだ。

 受付の人間はおろか、おそらくここで待ち構えてるであろう魔導師の姿さえ一つも見当たらない。


「まさかアタシらにビビって全員尻尾巻いて逃げ出した……なんてことはないよね」


「たとえそうだとしても、この人気のなさは不気味さを感じるぞ」


 レイの言う通りこの状況はどこか不気味だ……。まるで怪物の胃の中に飛び込んでしまったかのような、何とも言えない危機感を覚えるかのような……。


「魔導神様、どうなさいますか。ここは少し様子を見ますか、それとも……」


「いや、私達の目的に変わりはない。敵がいないというならそれでもいい。このまま私の研究室へと直行する」


 そのまま本部の中を進んでいくものの……食堂、各宿泊施設や寮、魔導師養成校だった校舎やグラウンドにまで人っ子一人姿が見当たらない。

 人の気配もなにも感じられない。聞こえてくるのは街の方から聞こえてくる戦いの音が微かに響いてくるだけ……。


「どうして誰もいないんでしょうか……。私達がブルーメから退避する際にはここにもそれなりの人が残っていたはずですが」


「みんな逃げちゃったとか? でもそれだとギルドマスターもここを捨てたってことになるのかな?」


「どうだろうな……あちらがギルドを放棄したというのなら、それを利用してギルドの実権を握ってしまえばいい」


 どちらにせよあのマステリオンの思考は今の私にはまるでわからない。

 だが、今ここで奴の思考、行動を深読みする必要はない。いないならいないで、私達のやるべきことをやるだけだ。


「さて、到着だ」


 そんなこんなでここまで何の問題もなく私の研究室まで辿り着けてしまった。

 正直こんなにあっさりいくとは思わなかったが、本部にたどり着くまでの騒動のロスを考えれば予定通りと言えなくもない。


「魔力供給システムOK、属性結晶による次元間安定構造もまったく問題なし……。よし、あとはこの圧縮魔力充電池をセットすれば完璧だ」


「圧縮魔力充電池……ってなんですか師匠?」


「これだ」


 私は懐から細長く先が突起になっている棒を取り出す。

 これは私がスマホに魔力がため込めることに着目し、用途をその一点に絞ることでスマホの数百倍の魔力をため込む電池としてヴォリンレクス出発直前に完成した私の傑作だ。


「確かに、よく感じてみればその中にとてつもない程の魔力が凝縮されてます」


「凄い……でも師匠、それほどの魔力ともなると何百人もの魔力が必要だと思うんですが、今までコツコツためてたんですか?」


「いんや? 出発する前に全部ディーオから一気に抽出させてもらった」


「陛下……不憫な」


 あいつの魔力量は底が見えないほど無尽蔵だからな。ありがたく魔力バッテリーとして利用させてもらったぜ!


「はいはい、とにかく魔導ゲートはすでに待機状態に入った。レオン、エリーゼ、シリカ、リオウ……私達はもうここから先お前達を手助けすることはできない」


「……はい、ここからは、僕達の力だけで魔導師ギルドを取り戻してみせます」


 一瞬不安そうな顔を見せるレオンだったが、すぐに思い直したように顔を上げてまっすぐこちらを見つめてくる。


「リオウ、ちょっといいか?」


「はい、なんでしょうか魔導神様?」


 確かに私はこの場をレオン達に任せることを決め、それを変えるつもりはない。それは彼らを信頼しているからこそでもある。

 ただ、それでも一抹の不安は残るもので……。


「ここから先、レオンを特に気にかけてやってくれ。どうにも……あいつにはまだ大きな責任を伴う戦いに対して迷いが感じられるからな……」


「そう……ですね。レオン君は確かに優しく心の芯は強い。ですがやはり……エリーゼのように生まれながら大きな責任ある立場にいたわけでも、シリカのように俺と共に大きな決意を持ったことがあるわけでもない……そういうことですね」


 そう、元魔導師ギルド組の中で唯一レオンだけが"世界"という大きな流れを左右する事柄に直面したことがない。

 表では平静を装ってはいるようだが、時々不安が出てきているのは隠しきれてはいなかった。


「しかしなぜ俺に頼むのですか? そういうことならシリカや……少し癪ですがエリーゼに頼む方がいいと思うのですが」


「いや、これはただの勘でもあるんだが……この先このチームのリーダーになるのはお前だ。だからこそ、お前に気にかけてほしいんだ。もちろん他の二人もな」


「魔導神様……わかりました。元々私は貴方に救われた身、そんな貴方様の願いに応えない理由など最初からありませんよ」


 ちと忠誠心が強すぎる気がしないでもないけどな。ただ、私がリオウを信頼しているのは本当だ。生まれ落ちた場所は違えど、私と同じ転生者であるリオウにはきっと何か特別な理由がある……今の私にはそう思えるから。


「ムゲン! 魔導ゲートが動き始めたよ! アタシが先頭でいいんだね!」


「おっと、こっちもこうしちゃいられない。みんな……あとは頼んだぞ!」


 こうして私と犬、サティとレイの三人と一匹は魔導ゲートに吸い込まれ魔導師ギルドから姿を消すのだった。


 願わくば、これがレオン達との今生の別れにならないことを祈りながら……。


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