189話 気を引き締めて
「カロフ達はもう拠点にたどり着いてる頃合いか」
日数の経過から丁度同期間に海岸拠点へと向かったカロフ達の状況予測を考えるとそんなところだろう。
「カロフ兄ぃ……大丈夫かな。今回の相手はどうも因縁が強いみたいだし、無茶しようとしてリィナ姉ぇ達を困らせてないといいんだけど……」
あー、それありそうだな。騎士になって一年ちょい、その間に多くのことを学んでカロフは確かに以前と変わった。
だがやはり人間個人の本質というものはそう簡単には変わるものじゃない。カロフと長い付き合いであるレオンだからこそ感じ取れる不安……ってとこか。
だが……。
「まぁ、カロフがアホで問題起こすのなんて今更だ。……それに、今のあいつには取り返しのつかない程アホな問題を起こそうとするのを止めてくれる奴らがいるんだ。だから私達にできるのは信じることだけさ」
「ワウ(問題を起こすという意味ではご主人もそう変わらないっすけどねー)」
「おいコラ」
とまぁ、私達もこんな感じで和気あいあいとしてはいるが、こちらもそろそろ人のことを心配していられる余裕もなくなってきたのは確かだ。
現在私達はすでにヴォリンレクスと魔導師ギルドの統治領域の境付近に到着する頃合いで、ここからは目立たないようゆっくりと行動してる真っ最中だ。
ここまで結構距離があったが、犬とオルトロスが飛ばしてくれたおかげで数日でこれたのは予定通りというところか。
「お……ムゲン、みんな、町が見えてきたよ。目的地はあそこでいいのかい?」
先頭に立つサティがどうやら目的の町を発見したようでこちらに手を振っており、皆がそれに応えるようにそちらへと向かっていく。こういう時リーダーシップを発揮できる人間がいるというのは結構心強いものがあるよな。
私も一応周囲を引っ張る立ち位置になることは少なくないが、やはりちょっとお堅い雰囲気になってしまうのは自分でも感じている。
「サティさん、明るくて素敵な方ですよね。それにスタイルもよくて……羨ましいです」
「確かにそれは認めますが……わたくしとしては少々調子を狂わされる感じがして苦手ですわ。それに、わたくしは女として負けてる気は微塵もありませんわ」
元魔導師ギルド組の女性陣としては賛否両論か。エリーゼとしてもサティのことは悪く思ってるわけじゃないんだろうが……どちらかと言えばエリーゼも矢面に立つタイプだしな。
ただ……多少自己中心的なところがあるエリーゼがリーダーとも言える元魔導師ギルド組は少々まとまりに欠けるとも言えなくもないか。
(やはり今回の魔導師ギルド奪還作戦……この三人を主軸として進めるのは不安が残るか……)
私とサティ、そしてレイの三人は魔導ゲートを使い第六大陸へ向かうため途中で離脱せざるを得ない。
ただ、それを補うための策は弄した。レオン達もそれを理解したうえで了承し今こうしてブルーメへと向かっているんだ。
……だがそれでも、切れるカードは多ければ多い方がいい。だからこそ……。
「師匠、どうしたんですか。もう皆行っちゃいますよ」
「おっとスマン、今行く」
レオン達にも話してないもう一つの作戦は……その時までのお楽しみにしておこう。
「それで? なんでアタシらはこの町にやってきたんだい?」
「いやいや、出発前に話しただろ。そのまま魔導師ギルドの統治領域に入れば、私達がヴォリンレクスからの侵略者だと思われかねないから、まずはそれを回避するための準備を進めている人と合流するって」
今回の『魔導師ギルド奪還作戦』は、あくまで魔導師ギルドの領域内で息を潜めていた反乱分子によるクーデターというシナリオで事を進める必要がある。
実際レオン達のように今の魔導師ギルドの政策に異を唱える者は少なくなく、いくつかの勢力は未だその地に残っている。エリーゼの情報をもとに秘密裏に連絡を取り合い今回の作戦に協力してもらう手はずになっているはずだ。
「なんだ、そうだったのか。んで、アタシらはいったい誰に会えばいいんだい?」
「実は私もその人物の詳細は知らん」
「ありゃ……なんだいそりゃ。じゃあこれからどうすりゃいいのさ?」
なんでも魔導師ギルド領域内との内通を行う部隊が存在しているらしいのだが、その存在の詳細はトップシークレット。少しの油断が大きな問題に繋がるため、どうにもパスカルさんが極秘裏に集めた人材だけがこの町に潜伏しているとのことだが……。
「なんでも私達が適当にこの町をうろついていればあちらから声をかけてくれるそうだ」
しかし、あちらから声をかけてくれるといっても実際のところ誰がその人物なのか検討もつかないんだよな。
実際問題、この町に入ってから何人かには声をかけられた。が、町の出入口の門兵だったり、粋のいい果物屋のおっちゃんだったり、ただの怪しい宗教の勧誘だったりとどれも本当にこの町に住んでいる住民のものばかりだ。
そして今も……。
「あ、そこの団体さん。この町に滞在するのでしたらぜひうちの宿屋をご利用ください。ほら、すぐそこですから」
私達が町の外から来たと見るや、それを逃すまいと強引に宿屋へと案内しようとするおねえさん。
なかなか綺麗なおねえさんの嬉しい勧誘だ。これが宿屋ではなくデートのお誘いだったら迷わず誘いに乗ってしまうところだが。
「すまないが、あいにく急ぎの用がある身で……」
「いやムゲン、ここは少し休んでおかないかい。ここまで直球でやってきたのはいいけど、その間まともに休む暇もなかったじゃないか」
「わたくしもサティさんの意見に賛成ですわ。急ぐ作戦ではありますが、あちらから接触してくるという以上少しでも体を休めつつ待つのは悪くないと思いますけど」
そんな二人の意見に私も少々考えを改める。確かに、あちらから接触すると言った以上無理にこちらから探して回る必要はないはずだ。
ならば焦る必要はない、今は少しでも先のために体を休めよう。
「よし、それじゃあ一旦休憩としますか。おねえさん、六名とペット二匹分で案内してもらえる?」
「ご利用ありがとうございます。では早速案内しますね」
客が入って上機嫌なのか、おねえさんは笑顔で私達を宿屋へと案内していく。
案内された先にはどこにでもありそうなありふれた宿屋。そのまま中へ入ると少々年季の入った内装が私達を迎え入れる。
しかし中は結構閑散としているな。この様子からしてどうやら私達以外に客はいないらしい。だが、他に一人も気配を感じないのは……。
「へ~、ここっておねえさんが一人で営業してるんですか? 大変そうですね~」
と、他に従業員が一人もいないことを気楽に考えるレオンだったが、他の皆はどうやら薄々感じ始めているようだ。
「レオン……あなたはもうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいですわよ」
「え?」
そんなレオンの呆けた表情とは逆に、おねえさんが再び私達の方へ振り向くと、そこには先ほどまでの笑顔とは裏腹に厳しく凛々しい表情へと変わっていた。
……しかし、あれ? この顔はどこかで見たことあるような?
「皆さん、お早いお着きでしたね。予定よりも早かったのでこちらもスケジュールを前倒しにする羽目になってしまいましたよ」
「えーっと、オホン……おねえさん、あなたが私達の探している極秘部隊の人間なのはわかるが……どこかでお会いしたことありましたっけ?」
「……?」
私がそう話すとおねえさんは少し驚いたように目を見開き、私達全員を一瞥するとどこか納得したような表情を浮かべ……。
「失礼、どうやらこの恰好では私が誰か判断がつかないようですね。……では、これでどうでしょうか?」
そう言っておねえさんは懐から眼鏡を取り出して掛け、さらに軽く髪を後ろに束ねると……そこには私達にもなじみのある顔がそこにあって……。
「……ってパスカルさんかよ!?」
「約一月ぶりというところですね魔導師殿、そちらのお二人も。エリーゼ殿方とは最近顔を合わせていなかったのでご無沙汰しておりますが」
なんと、先ほどまでの綺麗な宿屋のおねえさんの正体は我らがヴォリンレクス帝国における軍事最高責任者の一人であるパスカルさんだった!
いや、でも普段はこうして眼鏡と、後ろにしっかりと髪の毛を編み込んでいるうえにキッチリとした軍服姿しか見たことがなかったから全然わからんかった。確かに声色が変わった辺りからなんだか既視感を覚えはしてたが……まさかここまで町に馴染んでいるとは思わんだろう普通。
「確か……国境砦で俺達を迎え入れてくれた……」
「あ! あの時の軍人さんかい! うわー、気づかなかったよ」
一度きりだがサティ達も彼女には面識があるためどうやら話はスムーズに進みそうだ。
しかし……。
「どうしてパスカルさんがここに? いくらこの作戦が重要とはいえ国の軍事関係者のトップクラスが魔導師ギルド領域の目の前に滞在してるのがバレたらマズい気がするが?」
まぁパスカルさんをよく知る私達ですらこうして正体を明かされるまでわからなかったのだから、おそらく敵側にもバレることはないだろうが。
だがそれでも、パスカルさんが自らこんな辺境の町にやってきてまで部隊を指揮する必要があるかと言われれば難しいとこだと思う。
「そうですね、魔導師殿のおっしゃることには一理あります。ただ、私はこの町の出身なのでどうしても気にかかってしまって」
「え!? パスカルさんってこの町の出身だったんですか!?」
「ええ、この宿屋も実は私の実家です。今は家族には安全を考慮してもらい帝都へ避難してもらってますが……ここなら私が普通に生活しても何も問題ありませんから」
それで宿屋なのに従業員もおらず店内はがらんとしてたわけだ。
しかしなるほど、先ほどまでのパスカルさんのこの町への順応っぷりの理由は元々この町に住んでいたからだったのか。そういや平民の出だって言ってたっけか、まさかこの町だとは思いもしなかったが……。
「まぁ私の話はもういいでしょう……。それよりも、この後奥の部屋で今後の動きについて話し合います。……ですので、各々部屋に荷物を置いたらもう一度ここへ集まってくださいね」
「あ、結局ここ利用して一泊するんかい」
「ええ、どちらにせよ休息は必要ですからね」
こうして私達は、キリっとした表情から一変して先ほどまでの営業スマイルに戻ったパスカルさんから部屋の鍵を受け取って次の行動に移るのだった。
「皆さん揃いましたね……では早速皆さんのこれからの行動予定についてお話していきたいと思います」
その後、各人割り当てられた部屋へと荷物を置くと、再び宿屋のカウンターまで戻り、全員集合した時点でパスカルさんに奥の部屋へと案内され今に至る。
この部屋は窓もなく壁もそこそこ厚い、部屋を照らすのは魔道具の明かりのみ……密談するにはもってこいの場所だ。元は倉庫か何かだったのかもしれないな。
と、そんなことより今はしっかりと今後の動きについて話し合う時間だ、余計な考えは後回し。
「さて……今後の動きとは言いましたが、我々ヴォリンレクス帝国が皆さんに支援できるのはここまでとなります」
「それはつまり、いよいよ魔導師ギルドの領域に入るからってことかい……」
「ですわね……そもそも彼女が今ここでわたくし達と接触していることこそがすでにギリギリの範疇でもありますし」
そう、あくまで私達が起こすのは『魔導師ギルド領域に残っていた反乱分子によるクーデター』というていで動かねばならない。
その背後にヴォリンレクスによる支援があったことが世間に知らされるのだけは今後のためにも避けなければならないからな。
「それで、結局俺達はどうすればいい。この先は俺達の判断で動くのか、それとも……別の支援者からの指示があるのか」
レイの言う"別の支援者"という言葉にこの場にいる全員が反応する。
それは、本作戦におけるもう一つの重要事項。私が講じた策の一つでもあるが、そちらにおける交渉ともいうべき内容はパスカルさんに任せていたために詳しくは聞いていない。
だが、報告書では"協力要請を受け入れてもらえた"とは書かれていたのだが。
「そうですね、そちらの件につきましても詳しくお話する必要があるでしょう」
そう言うとパスカルさんは腰を上げ何枚かの用紙を取り出してくる。おそらく、"協力者"からのものと思われるが……。
「本作戦における協力者は二種類……一つは魔導師ギルドの突発的な変革に異を唱えた反乱者達の集まり、レジスタンスとでも呼びましょうか。こちらは我々の作戦通り、各地方で陽動の役割を行うことを受け入れてくださいました」
今の魔導師ギルドのやり方に反抗したレジスタンス、レオン達と意を同じにする彼らは快く私達の作戦に乗ってくれたようだ。
だが、問題は彼らではない……問題になるのは。
「ですが、協力を要請したもう一つの勢力、魔導師ギルド……いえ、女神政権を討つべく息を潜めていた『革命軍』と呼ぶべき方々は協力は受け入れてくださったのですが、「女神政権の傀儡である魔導師ギルドは我々の手で墜とす」と主張し譲ろうとしません」
「まぁ、大方予想はしてたが……」
できることなら、可能な限り余計な血は流れないよう手を尽くしたつもりではあるが、流石に突然一枚岩の大衆を思い通りに動かそうというのは難しい選択だったか。
「というかムゲン、結局その『革命軍』ってのはなんなんだい? 簡単な説明は聞いたけど、アタシにはあんた達との繋がりがまったく見えてこないだよ」
「そうだな、なら先に話しておくか」
私はその件について了承の意を得るようにレオン、そしてシリカと顔を合わせると、二人はゆっくりと頷いて了承してくれた。
この話をするうえで、二人の気持ちは重要だからな。特にシリカは……。
「レイさん、サティさん……魔導師ギルドが変わる以前、あの地で一つの騒動がありました。それは、一人の魔導師が引き起こした多くの国を巻き込む大事件……」
「ああ、それなら噂程度に聞いたことあるよ。一年以上前だったっけか、中央の方ではそこそこ大きな話題だったらしいね」
「確か姉さんが細かくチェックしていたな。何やら情報規制があり首謀者や関係者の詳しい詳細は明かされなかったらしいが」
「そそ、それそれ。正確には中央大陸で女神政権に反感を持っていた国やら一団が裏で手を組んでいたって話。んで、手始めに魔導師ギルドを掌握して一大戦争を巻き起こそうとしてた……ってわけ」
その最初の段階の魔導師ギルド掌握において首謀者自らが先行しようとしていたわけだが……その作戦はあえなく失敗に終わった。
なので、元々ギルドを掌握してから裏で息を潜めていた各勢力が集まるはずだったためにその『革命軍』の詳細は分からず仕舞い、首謀者も決して口を割ろうとしないため情報はまったく不明と思われていたのだが……。
「なるほど、そういうことだったか。だがなぜその『革命軍』が今回俺達に協力してくれることとなったんだ。俺達に何か接点があるわけでもないだろう? それに、どうしてお前がその『革命軍』の詳細を知っているんだ?」
「それは……その事件の首謀者がリオウ・ラクシャラス……私の兄さんだからなんです」
「なんだって!? 本当かいそりゃ……」
「革命軍のリーダーの妹がいるからこその説得力というとこか。なるほど納得だ」
「そして私はその首謀者に崇拝されてるので情報を持っているということだ」
「待てムゲン、それはまったく意味がわからん」
いや事実だからしょうがないだろう。実際ブルーメにいた間、投獄されているリオウから革命軍の詳細を全部聞かせてもらった。
でもって、一ヵ月ほど前の会議で私が取り出したいくつかの資料。あれはその情報をもとに私が書き記した『革命軍』の同盟国や一団をリストアップしたものだったのだ。
極めつけはリオウの妹であるシリカが革命軍を必要としているという名目を第一に女神政権への対抗勢力を募ったのだが……どうやら彼らは前回のリオウの失敗を鑑みて、もはや待っているだけでは我慢できなくなってしまったらしい。
「なので、まず皆様には我々の誘導のもと魔導師ギルド領内へ潜入し、そこからはレジスタンスの方々の誘導で都市ブルーメを目指していただくこととなります」
「そこから先は、僕達の仕事……ってことですね」
「はい、ブルーメ近辺に到着いたしましたらこちらの通信石を使い各地に待機しているレジスタンスに作戦開始の合図をお願いします」
通信石でも連絡でレジスタンスが陽動、魔導師ギルドが対応に追われているうちに私達がギルド本部へと潜り込んでいく……これが一連の流れだ。
「ただ、先ほども申しましたように革命軍の方々はこちらの意志を無視するでしょう。もしかしたら、あちらもすでに勢力を固めブルーメへと進行しているやもしれません」
「血の気の多い奴らだねまったく。それだと必要以上に多くの血が流れるってわかんないのかね」
「仕方ありませんわ、もともと鬱憤が溜まっている者達に切っ掛けを与えてしまったようなものですし。それに、肝心の指導者が不在では抑えも効かないでしょう」
確かに、一言に『革命軍』といっても元はバラバラな集団や国家の集まりに過ぎない。ゆえに思想もあり方も統一性なんてあったもんじゃないはずだ。
それを一つにまとめていたリオウは指導者として比類なき才能があったということか。
「すみません……私が兄さんのように皆さんから信頼される人間じゃないばかりに……」
「そんな……別にシリカちゃんのせいじゃないよ」
「そうだな、感情に任せて目先の敵にしか目に映らないような連中のようだしな。まとめられていようがいつかは飛び出す者がいてもおかしくない」
と、いつか目先の復讐に囚われて誰彼構わず人族を襲撃した経験のあるレイくんからのありがたいお言葉でした。
「おいムゲン……今俺に対して失礼なことを考えていただろう」
「ん? そんなこと全然ナイヨー」
なんだか私の考えは時々エスパーされるような気がするぞ。それも誰かの陰謀のように思えてならんぜ。
……とにかく、これで大体の話はまとまったみたいだな。
「うっし、それじゃあ本日はここで一晩過ごしたのち、後日より早速魔導師ギルド領内へと侵入する! 頼むぜみんな!」
その私の号令に全員が応え、作戦前の最後の会議は滞りなく終了した。
さぁ、ここからはさらに気を引き締めていこうじゃないか!
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