188話 平和な世界を取り戻せ
ついにこの日がやってきた……。
「では皆のものよ、此度の作戦内容の通りしっかりとその役割を果たしてきてほしいのだ。余はこうしておぬしらの帰りを待つことしかできぬのが歯がゆいがのう……」
今、私達『魔導師ギルド奪還組』と『第六大陸海岸拠点奪還組』はヴォリンレクス都市貴族街から続く軍用出入口に集まり出発に備えていた。
そう、現在はあの作戦会議から一ヶ月と少しが経ち、今まさにそのための出発をしようというところなのである。
で、今は出発前にディーオ達の見送りをしてもらっているところというとこか。
「はっ、それこそ今更だろうがよ。皇子さんはそんな心配しなくてもここでどっしり構えてりゃいいんだよ」
「それでは陛下、私達は先に向かった軍と合流してルイファンさん達とともに必ずや第六大陸の拠点を取り戻して見せますね」
「うむ、期待しておるぞ二人とも」
「話が終わったのならそろそろ向かいますわよ。わたくし達はコソコソ動く必要はないにせよ時間は限られているんでしょう?」
第六大陸奪還組はカロフ、リィナに加えて始原族代表のルイファン、そして非戦闘員ではあるがアリステルにその部隊長であるカトレアがここから出発し、すでに海岸の方へと送り込まれている大隊と合流する手はずらしい。
そこからアリスティウス率いる海岸を制圧している新魔族に戦いを挑むようだが……私はそちらの作戦に直接関われないためあとは任せるしかない。
「そんじゃー行ってくるぞディー。拠点取られたりしたいざこざで後回しになってたけど、帰ってきたら結婚式やろーなー」
「……ルイファン様、そのお話はまた帰ってこられた際にじっくりと話し合いましょう。ディーオ様も……それでよろしいですよね」
「う、うむ……そうだの」
なんだかディーオの周囲で表には見えない女の戦いが繰り広げられているように見えるのは私の気のせいだろうか。ディーオの交際関係も気になっていたが、こりゃまだまだ波乱の展開が待っていそうだ。
……ま、それもこれも世界が再び平和な世の中になってからの話ではあるが。
「うっし、そんじゃあもう出発しねーとな」
「ふん、焦ってへまだけはしないようになアホ獣人」
「けっ、テメェこそドジ踏んでムゲンやレオンの足引っ張るんじゃねぇぞガキんちょ」
この二人……出会ってからここまでまだ険悪なムードは変わらないのか……とも思っていたが、実のところわずかながらお互いのことは認めあっているようだ。
この一ヶ月の間、お互いの力を高めるための特訓でよくぶつかり合っていたらしく、戦いの後はお互い彼女に相手のいいところを話しては「次は負けない」と意気込んでいたとか。
ま、二人とも本人を目の前にしては絶対に口にしないんだろうけどな。
「頑張りなよリィナ。アタシはアリスと知り合いだけど……あんた達の気持ちもわからないわけじゃないからね。複雑な気持ちだけど」
「ううん、いいのサティさん。過去のわだかまりは確かにあるけど……それでも私達がやるべきことに代わりはないから。そっちも、お父さんとの仲が上手くいくように祈ってるわ」
「ああ、ありがとな」
反面、女性組はいつの間にかとても仲がよろしくなっているご様子。どこか通じるものがあったのだろうか?
「さて、向こうは行っちまったね。アタシらもそろそろ出発するかい?」
カロフ達が馬車に乗り出発したのを見届けると、私達もすぐに出発の態勢に入る。あちらと違いこちらは少し慎重に行動しなければならないがゆえに準備も細かくチェックする必要がある。
「レイさん、サティさん、馬車の準備は完了です。いつでも出発できますよ」
馬車の方からレオンが声をかけてくる。こちらも第二大陸組とはこの一ヶ月でそれなりに交友を深めていたようだ。
「うむ、ではレオン達も頼むぞ。つまるところ今回の作戦の要はおぬしらだからの」
「は、はい陛下。僕達は必ず魔導師ギルドを元の平和な組織に戻してみせます!」
レオンの意気込みも好調だ。レオン達魔導師組にはこの一ヶ月の間に私直々に特訓し、三人とも以前より格段に魔術の制度は上がったと言っていい。
(まぁ、レオンの意気込みがいい理由はそれだけじゃないだろうけどな……)
今回の魔導師ギルド奪還作戦における一つの工程を説明したのち、レオン……そしてシリカの二人は特にやる気を増して特区に励んでいた。エリーゼだけはちょっと微妙な表情ではあったが……。
「ガウガウ!」
「ガウーン……(なーんでぼくがこいつと一緒に馬車を引かなきゃなんないんすか……)」
馬車の方ではその前方に白と黒の二匹の獣が繋がれていた。
白い方はおなじみ犬が『
「理論上これが一番早くて効率的だからな、諦めろ犬」
私達『魔導師ギルド奪還組』は途中から敵陣に入るためにどうしても行軍にロスができてしまう。それを少しでも軽減するための措置として可能な範囲までは最速の移動手段を選んだまでの話だ。
「魔導師ギルド領内に入るまではパスカル様の指示の下、ヴォリンレクスの兵が誘導いたします。そこから先に関しましては……現地にて指示がございますので」
「オッケイオッケイ、まぁ立案者は私なんだしその点に関してはノープロブレムだ」
誘導や侵入経路に関しては地理に詳しいヴォリンレクス側に一任しているが、一応私の今の立ち位置はヴォリンレクスの指揮官の一人という扱いなので細かい作戦会議なんかにもちょくちょく顔を出していた。
侵入までの指揮は基本的に私が取ることとなっている。その後は……まぁたどり着いてからだ。
「それと、あの書類をもとに伝達した向こう側の準備も滞りなく完了したと」
「ああ、その話は私も聞いている。これですべての準備は整った……」
どうやら順調に進んでいるようだな。まぁここまでは特に不安要素もない段階なので当たり前と言えばそうなのだが。
すでに出発した第六大陸拠点奪還組の方も相手があのアリスティウスではあるがこちら側の戦力も申し分ないはずなのでそこまで心配はしていない。
(あるとすれば……カロフが先走りすぎて問題を起こさないかってとこかね)
そうなると、残る不安要素は私達の方へと集中してくる。少なくとも私は十分な準備はしたつもりだ……だが、それでも魔導師ギルド側に予想もできない程の"何か"があるとしたら……。
「師匠、そろそろ出発しましょう。もう皆とっくに準備できてますよ」
「ん? おお、スマンスマン、そんじゃ私達も向かうとしますか」
ここでいくら考えても答えがひょっこり現れるものでもない。とにかく、今私達に必要なのは行動することしかない。
行動を起こすのはできるだけ早く、迅速に行う方がいい。
もたもたしていては、きっと世界が終わってしまう……私にはなぜかそんな気がするのだから……。
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ムゲン達もヴォリンレクスを出発してから数日……一方のカロフ達はすでに第六大陸へ渡るためにヴォリンレクスの海岸拠点へと到着していた。
「ううむ! よくぞ参った、我らが戦友、そして始原族の長よ!」
そこで待っていたのは戦討ギルドのギルドマスターであるヒンドルトンだった。その後ろには彼の率いる戦討ギルドの人員、ルイファンの部下である始原族の部隊も一緒にカロフ達を迎え入れる。
「ヒンドルトンさん、お久しぶりです。すみません、人手が足りないばかりに戦討ギルドに全面協力してもらうことになってしまって……」
「いや、この状況では致し方ないのである。突然のことであったからな」
元々ヒンドルトンはディーオが一人前に軍事を仕込むまでの助っ人でしかなかったのだが、それも不十分な時期に起こったのが魔導師ギルドの変化、それと第六大陸拠点の襲撃だ。
未だ軍備が万全に整っていなかったヴォリンレクス帝国の中、ヒンドルトンは動けるギルド員を招集し自らこの地へのさらなる被害を防ぐために立ち上がった。
結果、戦討ギルドと始原族の連携によりこの地は以前のように新魔族の侵略を防ぐ最前線として再び機能し始めたとのこと。
「魔王様ー! おかえりなさいえええええい!」
「よっしゃあああああ! ルイファン様が帰ってきたぜー!」
「これであいつらをけちょんけちょんにして拠点を奪還だイヤッホオオオオウ!」
と、相変わらずうるさい始原族の軍だが、これでもなかなかに戦討ギルドとの相性は悪くないようだ。今もルイファン帰還を祝そうと宴会を始めようとする始原族を戦討ギルドの面々が抑えようとしている光景があちこちで見受けられるが……。
そんな中、始原族の集団から飛び出してくる人影が一つ。
「ね゛ーざま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! おがえりなざいでずううううう!」
「おー、ミカー! いま帰ったぞー、いい子にしてたかー」
涙流して目を真っ赤にしながらルイファンに抱き着く小柄な少女。ルイファンの実の妹であり一番の崇拝者であるミカーリャだ。
彼女もルイファン不在の間、ヒンドルトンと協力し合いこの地を守っていた。戦闘能力は皆無なものの、指揮官としての才能はそれなりらしい。
各々思い思いに久しぶりの再会を喜び合い、その表情に喜びを浮かべていく。……だが、中にはそんな喜びに感情の余裕を割くことのできない者もいた。
「再開の挨拶はんなもんでいいだろ。それよりもだ、あっちの状況……あの女の様子はどうなってやがる」
その別段なにか違和感ない普通の質問ながらも、発言者であるカロフから感じられるどこか冷たい空気が周囲の熱を冷ますように静めていく。
「う、うむ、そうであったな。まずは諸君らに現状を伝えるのが先決であったな」
一応ヒンドルトンもカロフ達の事情は聞かされているため、その心境を察して場の空気に対応していく。
「現状、新魔族軍は最初の侵攻以来躍起になってこちらに攻めてくるような気配はない。ここ数ヶ月であったのもあちらの先遣部隊との小競り合いが少々だけである。どうにも奴らの目的はあくまで第六大陸側の拠点であり、この地を本気で侵略しようとする思惑はないのではないかと伺える」
「つまり、新魔族側もこちらと同じように防衛に力を入れてる……ということでしょうか?」
「どうであろうな……もしかしたら女神政権との戦争を考慮し、他の地から邪魔されぬよう万全を期するためとも取れる」
確かに、魔導師ギルドの協力によって女神政権が勢力を伸ばしている現状、第五大陸で決戦という名目はあるものの、その気になればどこからでも侵略される可能性があり得ないわけでもない。
ただ、今はヴォリンレクスが女神政権と対立しているためにその状況になっていないというだけで。
「んじゃ、結局あの女が出てきたのは最初の一回だけってことか。はっ、結局こっちから顔出さねぇと奴と対峙する機会はなかったっつーこった。ならさっさと第六大陸に向かっちまおうぜ」
そう言うカロフの表情は、喜び、怒り……どちらとも捉えられるような不敵なものであり、どこか焦りのようなものも感じさせた。
そしてやはり、そんな不安定な感情の彼を心配する者も当然いる。
「カロフ……焦らないで。私達はまだここへ着いたばかりなのよ。あなたがアリスティウスとの決着をつけたい気持ちはわかるけど」
「べ、別に俺は焦っちゃいねぇよ……。ただ、行動を起こすなら少しでも早ぇ方がいいと思っただけだっての。あの女は関係ねぇ」
本人は意地でも否定するつもりのようだが、誰の目から見てもカロフがアリスティウスとの戦いにこだわっているように見えるのは明白である。
「そ、それにあの女が本当に出てくる保証もねぇしな。あ、でもあの女前みたく逃げ出すかもしれねぇし早めに向かった方がいいとは思ってるぜ。それにあの女は……」
「うるさいですわ」
ゴスッ!
「んがあっ!?」
その白々しいまでの言い訳にしびれを切らしたのか、淡白な一言と共に誰かがカロフのすねを思いっきり蹴りつけると、予期せぬ痛みの衝撃で蹲ってしまうカロフ。
「ってーな! 誰だこ……」
「わたくしですけど、何か文句があるかしら?」
カロフが顔を上げると、そこにはどこか不機嫌そうな表情で仁王立ちしながら見下ろしてくるアリステルがそこにいた。
「いくらお嬢さんの力でも突然すねにやられるのは効くぜおい。てか、なんの真似だよいきなり!」
「なんの真似と言われましても……抑えの効かない駄目騎士の躾ですわ」
「んな! だ、誰が抑えの効かない駄目騎士だよ!」
「実際その通りでしょう。リィナやヒンドルトンさんがあれだけあなたに気を使っているというのに、それを無碍にして都合のいい理由を並べ立てて……少しは恥ずかしいと思わないんかしら?」
凄むカロフにも物怖じせず、まるで最初に出会った頃のようにキツイ言葉を並べていくアリステル。その様子を後ろで羨ましそうに見つめているカトレアは置いておき……どうやら彼女もいつもと様子の違うカロフに少々ご立腹らしい。
ただ、腹を立てている理由はそれだけではないようで……。
「それに……なんですの? さっきからあの女あの女と……わたくしやリィナがそばにいるというのに、まるで片思いの相手に恋煩う少女を見ているようで不愉快でしたわ」
「は、はぁ!? なんだそのみょうちきりんな例えはよ! 俺はただなぁ……」
「お黙りなさいな! わたくしが腹を立てている理由は何もそれだけではありませんわ」
気づけば、そんなアリステルの意思に同調するようにリィナやカトレアも揃ってカロフの前に佇んでいた。お互いの立場は違えど、同じようにカロフのことを想ってきた彼女らにも理解できるのだろう。
「確かにあなたとこの先に待つ新魔族とは深い因縁があるのは理解してますわ。けど、今のあなたにとってはそれが戦う理由のすべてではない……違うかしら?」
「俺が……あの女、アリスティウスと戦う理由」
因縁の相手、いつか再び相まみえる時に決着をつけると胸に決めたその時のカロフの心には復讐すべき対象でしかなかった。
「ねぇカロフ、確かにあなたは強くなったわ。けれど、それは何のため? 全部あなたの中にある復讐のためのものだったの? ……ううん、違うよね。今のカロフにはその力で守るべきものが沢山あるんだもの」
「俺の……守るもの」
そう、今やカロフは初めてアリスティウスと対峙した時のような力も立場もない一般人ではない。騎士となり、多くの者達と触れ合い、成長した今の自分がここにいる。
「我々は名誉ある騎士としてこの場に立っている。騎士カロフは一般的な騎士道からは少々かけ離れているためそれを説くのは難しいだろうが……それでも、今我々がどうしてこの場に立っているのか、もう一度考えてみたらどうだ」
「おめぇに騎士道がどうとか言われたくねぇ……が、そうだな、俺が今ここにいる理由か」
三人との会話でカロフも少し落ち着きを取り戻したのか、先ほどまでの内に眠る荒々しい気を静めて肩を落としていく。
騎士として、昔と違う自分が今ここにいる。力を持たず、自分では何もなし得られないと嘆いていた弱気自分はもういない。……だが、弱さを捨て強さに驕るのが正しいわけでもない。
カロフは強さを手に入れた、だが同時に大切な何かを忘れかけていた。
だが……。
「カロフ、あなたの隣や背中にはあなたを支えたいと願う人がいることを……忘れないで」
顔を上げれば、自分を信じてくれる人達がそこにいた。
自分の気持ちに正直でいることは悪いことではない。だが、それが時には歯止めが効かなくなってしまうこともある。
しかし、彼にはそれを抑え、一緒に歩んでくれる者達がいるのだ。
「ああ、そうだったな。わりぃ、また一人で突っ走ろうとしちまった。この作戦は、俺達全員の未来にも関わるような大事な任務だってのに。そうだよな、俺の私怨がどうこうで進めていい話じゃねぇ」
「うむ、わかってくれたようでなによりである。なに、焦らずとも彼奴と相まみえる機会は必ず訪れるであろう」
カロフの心境が落ち着いたのを察したのか、ヒンドルトンが前に出てきてこの話を締めていく。
なにわともあれ、ひとまずこの場は丸く収まったようだ。
「しかし、なんだか最後は全部リィナに持っていかれた気がしますわ……ただ、最初にカロフの暴走を収めたのはわたくしですから、ここは引き分けということにしましょう」
「アリステルさん、私達別に勝負してたわけじゃないですし……それに勝ち負けがあったかといって何かに影響するわけでもないですから」
環境は変わっても相変わらずの調子なアリステルにリィナも場の緊張感を忘れて苦笑い。
その様子にカロフも少々呆れ、微笑しながら肩をすくめていた。
「んで、ヒンドルトンさんよ。結局のところいつ頃出発になりそうなんだ?」
ちょっと揉め事はあったものの、カロフ達のやるべきことにかわりはない。肝心の決戦はいつ頃になるのかと再び問い直すが……。
「うむ、行こうと思えば今からでも出発可能であるぞ」
「……は?」
「え、でも私達の人数と合わせた調整なんかも必要じゃ……」
「戦討ギルドマスターを舐めるでないぞ。すでに各船団はどのような人数変更にも対応できるよう調整してある。先ほどは貴殿らの話し合いに干渉するまいと見守っておっただけのことである」
そのあまりの采配の完璧さと空気の読む大人な姿勢にカロフ達も何も言えずにどこか申し訳なく笑顔を浮かべることしかできなかった。
「ルイファン殿らもそれでよいか」
「あー? なんか知らんがこっちみんな元気有り余ってるから行くならさっさと行くぞー」
後ろで「オオー!」と始原族がルイファンの意思に答えるように湧き上がる。
ヒンドルトンの連れてきた戦討ギルドの面々も口数は少ないものの、そのやる気は表情からハッキリと伺えるようだった。
「ったく、なんつーか一人で空回りして恥ずかしいぜ」
「安心してカロフ、私達も同じようなものだから……」
「でもま、それはそれで悪くねぇ。そんじゃいっちょ……俺達もムゲンの言う『世界平和』とやらのための戦いを始めようじゃねえか!」
こうして、カロフ達はアリスティウスの待つ第六大陸へと向けて進軍を始めるのだった。
だが、この戦いの結果……いや、結末がどうなるのかがわかるのは、まだ先のお話である。
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