182話 同盟結託!


「さて、同盟について詳しく話をしたい……ところではあるが、まずは先に彼女達からエリーゼ公達の現状を伝えた方がよいだろう」


 同盟の件は確約のものとなったが、その前にまずこの国における魔導師ギルドの変貌からエリーゼやレオン達がどうなったのかを詳しく知っておく必要がある。

 王様もそれを理解しているため、先にフィオさんを前に出し、話をさせてくれるようだ。


「はい……ムゲン様、まずは我々がこの地へ退避した理由から話してもよろしいでしょうか」


「ああ、私もその点を詳しく聞きたいと思っていたところだ」


 フィオさん達とともにレオン達も魔導師ギルドを離れたとなれば、重要なのはそのタイミングだ。ギルドがどうしてここまで大きく変化してしまったのか、この二人なら知っているだろうから……。


「時期は……そう、ヴォリンレクス帝国の皇帝が代替わりしたという知らせを聞いてから一ヶ月程のことでした。突然『女神政権』の人間達がギルドへと大勢詰めかけ、その数日後にギルドマスターであるマステリオン様が宣言したのです……「本日をもって魔導師ギルドは女神政権の傘下に加わる」と」


 ヴォリンレクスの皇帝がディーオになってから数ヶ月の間……ということは、私が丁度第六大陸に向かったのと同時期じゃないか。第六大陸じゃ情報なんて入ってくるはずもない、あの時ギルドの方ではそんな大ごとになっていたとは……。


「しかし、本当にあのギルドマスターがそう宣言したのか?」


「本当です、マステリオン様は自身の権限を使い驚くべき速さでギルドのシステムを変えていきました」


「それがすなわち……魔導師達を傭兵のような人間兵器として扱う制度か」


 なぜそこまでして女神政権に協力しようとするのか。今まで聞いた話では、どれもギルドマスターであるマステリオンが率先して行ったということだが。

 私の中ではマステリオンという人間は今まで『ギルド員を思いやるマスター』という印象だったのだが……今では奴の考えがまるでわからない。


 もしかしたら女神政権に何かしらの弱みを握られているとも考えられないこともない気もするが、それだけでこの手際の良さを説明できるだろうか……。


(駄目だ……ここまで相手の思考を読み解けないのは久しぶり……いや)


 最近でも最後までその考えが読めない人物は二人ほどいたな。一人はベルゼブル、もう一人はダンタリオン……"中身"がまったく感じられない男と"狂気"の底が見えない男。

 だが今回は彼らとはまた違う、"真実"にたどり着くことができないような空虚感を私は感じている。


「ムゲン様? 続けてもよろしいでしょうか?」


「ん? おっと済まない、ちょっとボーっとしてしまった。続きを話してくれ」


 いつものくせでまた思考が脱線してしまった。今はフィオさんの話を聴いて現状を完全に掴むのが最優先だ。

 マステリオンのことは……後で考えればいい。


「最初はこの制度に反対する方も当然おりました。しかし、今まで日陰者のように扱われていた過激な魔導師や、実績が乏しくそこそこの待遇しか与えられなかった魔導師にも強い権限が与えられるとなって賛成派の数は徐々に増えていきました」


 確かに、第二大陸で最初に出会ったオラついてた魔導師達はロクな実力も伴わないくせに一般人からは畏怖される程の存在として見られていた。

 今まではランクやら星といった実力を示す制度があったからこそ魔導師という存在においても"個"としての上下関係がハッキリとしていたが……今ではそれが統一化されてしまい、どこであろうと一つの"群"という認識に変わってしまったということか。


「だが、それでもやはり反対する者はそう少なくなかったんだろう?」


 魔導師としての振りかざせる権限が強まるのは魅力的だろうが、それだけで危険な任務を命令されたり戦争に出向くことを許容できる人間もそう多くないはずだ。


「ええ、大半はそういう方ばかりでした……ですが、魔導師の方々の中にはもはやギルド以外で生活できないという方もいらっしゃったようで……」


「泣く泣く受け入れるしかなかった……ということか」


 つまり、旧体制の魔導師ギルドにおける生活水準の快適さに依存しきってしまい、他の生き方を選べなくなった者達ということ。


「それにね、魔導師の養成システムも変更になって、入学と教育費用は全部無料! ……だけど、それで魔導師として認められたらギルドの意向に従って荒っぽい仕事をさせられるようになっちゃうの……」


「この変更によって、今までご子息に魔導師としての箔をつけたいという貴族の方は格段に減りました」


 だろうな、特に我が子がかわいい親御さんなんかは自分の子が戦争なんかに連れていかれたんじゃ気が気でないだろう。


「ふーん、魔導師ギルドも思い切ったことするんだねぇ。けど、全額無料ともなると力や金がほしいだけの荒っぽい人間なんかが寄ってきそうなもんだけど」


「……いや、もしかしたらそれが狙いかもしれないぞ」


 サティの何気ない呟きに私はなんとなくこのシステム改編の意図が見えてきたような気がする。


「確かに貴族や新制度に反対する者は去っていくだろう。しかし、同時に今まで取り込めなかった範囲の人間を受け入れられる体制に変わったとも言える」


「その通りですムゲン様。実際、今まで在籍していた多くの魔導師が離反しつつも、現在のギルド員は旧体制の約三倍に膨れ上がっております」


「三倍!? って言われてもアタシは今までがどれくらいなのか知らないからよくわかんないけどね」


 相変わらず緊張感が吹き飛ぶなサティのリアクションは……。

 ともかく、人員だけは無駄に増えているというわけだ。元々他のギルドに比べてそう多くはない魔導師ギルドではあったが、それでもシステム改編の効果はこうして現れているというわけだ。


「少なくとも、100人程度の俺達『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』よりかは遥かに多いだろう」


「それに全員が魔導師ともなると相当な戦力だ。しかし、よくそれだけの魔導師を一年近くで育て上げたものだな」


 "魔"の技術が衰退した今の時代において魔導師を育てるのはそれなりの時間と環境が必要だ。

 いくら世界屈指の魔導師ギルドといえどもそれだけの人数を育て上げるには場所と人材がいくらあっても足りなそうだと思うが。


「それがねー、魔導師の基準がすっごくゆるくなったの。簡単な魔術を一つか二つ使えるようになっただけでもう魔導師認定。その後の魔術向上はその人の自主性に任せてそれっきり」


「それは……酷いとしか言いようがないな」


 適当すぎるにもほどがないか? だが確かにそれならばこの一年近くで魔導師が急増したことにも頷ける。その方法ならば人員だけは確実に増えていくからな。


「第二大陸にやってくる奴らはどいつもこいつも魔導師とは名ばかりのゴロツキが多いと思っていたが……そういうことだったか」


「アタシらも「こんなもんが魔導師ギルドなのか?」って疑問に思ってたからね」


 自分がどうやって魔術を扱っているかも理解していないような連中だったしな。

 いくら量を集めても質があれでは戦争に参加させたところで無意味に血を流すだけのように思えるが……。


 無意味に……血を流す? 無意味な戦い……どこかで……。


「それでね、聞いてよムゲンくん!」


「んお? どうしたマレル?」


 一瞬なにか繋がりそうな気がしたが、集中していた思考が遮断されたことでそれは後回しにすることに。

 いかんな、また話が脱線してしまうところだった。


「落ち着きなさいマレル。……私達、エリーゼ様をはじめとする反対派は数少ないながらもブルーメにて反対活動を行っておりました。幾度か交戦もし、以前の魔導師ギルドを取り戻そうと奮闘していたのですが……」


「そんな時にディガンさんが帰ってきたの……。そこにいる人達……六導師を引き連れて」


 ここで登場か、副ギルドマスターディガン。聞けばこのブロンとシーラも奴に目をかけられていたとのことだが、そうなると他の四人の実力も似たようなものだと推測はできるが……。


「どうにも腑に落ちない。確かにそこらの魔導師よりかは強いだろうが、このくらいの実力の魔導師六人程度に戦況をひっくり返されるほどか?」


 後ろで二人が抗議しているように縛られた体のまま身じろいでいるが、魔術の影響で何も聞こえませーん。

 こいつらの実力は戦った私がハッキリと理解しているが、それほどまでに脅威にも感じられないのは確かだ。


「ううん、違うよムゲンくん。反対派はね……ディガンさん一人にブルーメの街から撤退を余儀なくされる程の被害を受けたの……」


「まさか……たった一人にか」


「はい、そうして反対派の消えた街を彼が率いる六導師を中心に新たな統治体制へと変わっていったのです」


 あの男にそこまでの力があったとは。最初に出会った時から相当の実力者であることは予想がついていたが、まさかたった一人で多くの実力派魔導師を圧倒するほどだとは思ってもみなかった。


「それにね、実は……」


 なんだ、マレルの表情がどこか曇ったようにブロンとシーラの二人を見つめる。


「ディガンさんが連れてきた六導師の中に……ジオとイレーヌの姿があったの……」


「あいつらが……」


 そういえばあの二人もディガンに目をかけられていたな……。マレルは二人とは特に仲が良かったからな、それがこんな敵同士のような関係になって……つらい表情になるのも当然か。


「少しだけ……二人と話せるタイミングがあったけど。二人は「自分達には魔導師ギルド以外に生きる道はない」って言って……それっきり」


「そうして私達は各地に逃げおおせながらも、こうして陰ながら協力者を募り反旗を翻す機会を窺っていたのです」


 なるほど、その過程でエリーゼは自分の家名の影響力が強いメルト王国へと二人を使いに向かわせながら自分はヴォリンレクス帝国との同盟に一役買っていたわけだ。


 先ほども私の名前を出してすんなりここまで通してもらえたのも、あいつらが私を信頼して名前を広めてくれていたのだろう。


 しかし、協力者か……。


「そういえば、他のゴールドランク魔導師はどうなんだ? まさか全員マステリオン側についたのか?」


 会ったことはないが、ギルドには私やギルドマスター達以外にも実力のあるゴールドランク魔導師が何人もいたはずだ。

 魔導師として実力者であるならば、協力してもらえればそれなりの戦力になってくれそうなものだが。


「それが……数名はギルド側についたというのは確認しているのですが……他のゴールドランク魔導師につきましては全員行方知れずの状態なのです」


「それはまた……奇妙な話だな」


「はい、ご家族や知人に聞いても誰も誰一人として誰の行方も知らないと」


 うーむ、その件については今の私達にとって重要な問題とは言えないが、頭の片隅程度には置いておくとしよう。


「よし、現状については大体理解できた。エリーゼやレオン達は今ヴォリンレクスにいるんだな」


「はい、お嬢様方は現在ヴォリンレクスで今後の方針を決めているのですが……どうにもあそこは魔導師ギルドに目の敵にされているらしく、今も激しい攻防が続いております」


「そこでだ、おぬしらにも同盟の証としてヴォリンレクスへの救援に向かってもらいたい」


 このタイミングで同盟についての詳細か、ちゃっかりしてるね王様も。


「よっしゃ! つまりはアタシらの出番ってことだな!」


「しかしこの国の問題はどうなる? この交渉役どもも今はこうして大人しくさせているが、腐っても魔導師……隙をついて魔術を使い逃げおおせる可能性もある」


 それもそうだ……もし同盟を公にしていない状態でこいつらを逃がしてしまえば、それこそ避けようのない一方的な戦争がこの国で始まってしまうこととなる。


「それに関して心配はいらん。こやつらを黙らせておく手立てはすでに整っておる。おい、例のものは持ってきたか!」


 王様のその言葉を聞いてやってきたのは……お、さっきの商人のおっさんだ。

 その手には何やら黒い手枷のようなものを持っているが、あれはいったい?


「へへ、やっぱりあんたらを選んだ俺の目に狂いはなかったようですな。早速あんたらに守ってもらったこの新商品のお披露目といかせてもらいますぜ」


 私達に守ってもらった……ということは、あれが魔導師ギルドに見つかったらヤバいという裏商品。あの木箱の中身か。


 さてさて、その手枷を今もなお押さえつけられている二人の両腕に器用に取り付けていき……。


「おっと、魔導師の兄さん方。そろそろこいつらへの魔術を解いてくんなぁ」


「ん? いいのかそんなことして?」


 どうやら私の遮音とレイの拘束を解いてくれとのことだが。


「たのんます」


「うし、それなら……レイ」


「わかっている。いくぞ」


 おっさんの指示に従うことにした私達は二人で示し合わせて同時にその魔術を解放する。

 そうなれば当然ブロンとシーラは自由の身になるわけで……。


「っはあ! 本当に拘束を解きやがったぜこのバカヤロー共はよぉ!」


「あー……苦しかったぁ。もうちょっと優しく締めてほしかったしー」


 待ってましたとばかりに自由になった体を動かしながら意気揚々とこちらを威嚇してくるブロンと気だるそうに体を伸ばすシーラ。

 特にブロンは怒りMAXのようで、目を見開いて一人ひとり確認するように私達を見つめると……。


「テメェら……こんな事してタダで済むと思うなよ。それにマールガルド王、テメェもだ! 魔導師ギルドに反逆の意思、この耳でハッキリ聞かせてもらったぜ!」


 未だ囲まれたままの状態だというのにこの勢いの良さは自分の実力にそれほどの自信があるからなのか、まったく物おじしないその姿勢は称賛したいが。


「てかー、この腕のやつださくなーい? つけるならもっとカワイイデザインにしてよー」


 対照的にシーラはやる気のなさそうに腕に着けられた枷を確認するようにいじっている。


「なにボケっとしてんだシーラぁ! こいつらの反逆を知った今、もうちんたら交渉なんてする必要もなくなった! 今ここでテメェら全員に引導を渡してやるよぉ!」


 無駄に高いテンションと共にブロンの体内の魔力が高まっていく。この感じからして、先ほど戦った時と同じ魔術だ。

 一応、万が一のために私達も身構えてはおくが……。


「テメェら全員ここで終わりだぁ! 『沸騰する大地マグマクラック』!」


 と、魔術の発動動作として勢いよく地面に足を叩きつけるブロンだったが……。


「……あぁ!? なんで発動しねぇ!」


 沸騰するはずの地面には何も起きず、何も起きないままブロンの魔術は不発に終わった。

 ……いや、これは不発というよりはむしろ。


「『沸騰する大地マグマクラック』! 『沸騰する大地マグマクラック』! くそっ、なんで発動しねぇんだよ!」


「ブロンー、もうやめよーよ。絶対腕に着けられたこれのせいだしー」


 ため息をつきながらシーラがブロンに歩み寄る。こちらは枷をいじっている間に何か気づいたのか、すでに諦めモードだ。


「奴らはどうしたんだ? どうやら魔術が不発になったようだが?」


「うーん、不発……っていうよりかは、ものすごく威力を抑えられたってとこか」


「流石兄さん、その通りですぜ。あれは着けた者の魔力の出口を小さくし、その威力を極限にまで抑えちまう。まさに『対魔導師用拘束具』ってとこですぜ。へへ、ヴォリンレクスのドワーフが作り上げた新商品でさ」


 ヴォリンレクスのドワーフ達がこれを作ったのか。なるほど、確かにこれは魔導師ギルドに知られちゃまずい商品だ。これを使えば一人の魔術全般を封じられるからな。

 しかし出口を小さくする……か、よく考えたものだ。


「つまり……どういうことだムゲン?」


「私達魔導師は体内で練り上げた魔力を放出し外のマナと同調させることで魔術を発動させるだろ。魔力の放出量は人によってまちまちではあるが、ようはそれを一定にしちまうアイテムってことだ。よく見てみ、ブロンの足元がちょっとだけ焦げているだろ」


「お、ほんとだね。うっすらとじゅうたんに焦げ目があるよ」


 これならば体内でいくら魔力を練り上げようとも発動できる魔術はたかが知れている。

 ブロンも魔術は確かに発動はしていた。しかし、その威力は最小限に抑えられていたためにあんなみみっちい魔術になってしまったわけだ。


「ふーん……えいっ『抉る落雷トールサンダー』」


「うおっ!? なんかピリッとしやがった……ってシーラぁ! 何しやがる!」


「ほんとだねー。こんなんじゃまともに戦うなんてマジムリー。もう完全にうちらの負けじゃーん」


 まぁ性質上『体外に放出する魔力』を抑制するだけなので、サティのように体内の魔力をそのまま身体能力に応用する相手に効果はうすいだろうが……相手は魔導師ギルド、まさに対抗手段としてうってつけの代物というところだろう。


 これならばこの二人をも簡単に捕らえておくことは簡単だろ。二人の報告さえなければ魔導師ギルド本部はメルト王国の反抗を知ることもなく、ヴォリンレクスと連携し同盟の表明を確実に進めることができる。


「見ての通り、対策は万全である。それを理解してもらえたうえでもう一度言わせてもらおう……。同盟の証として、おぬしらにヴォリンレクスへの救援に向かってもらいたい」


「そりゃもう」


「ああ、お安い御用さ!」


「ふっ、抗争の真っただ中に飛び込むか……腕が鳴る」


 よっしゃ、これで第一関門だった『メルト王国との交渉』を完璧に成立させられた。

 お次はヴォリンレクス……ディーオ達、それにレオン達もそこにいるはずだ。あいつらと……私が繋いだ絆の力で、この争うを終わらせてやる。


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