183話 ヴォリンレクス帝国VS魔導師ギルド


 そうして、メルト王国との交渉に成功した私達は王様のバックアップを受けつつヴォリンレクス帝国を目指すための準備を進めていた。


「ではムゲン様、あちらでエリーゼ様に会われることがあればよろしく伝えてください。私達は無事にやっていると」


「ああ、二人も無茶はしないようにな」


「それはこっちのセリフだよムゲンくん」


 聞いてわかるように、残念だがマレルとフィオさんとはここで一旦お別れだ。

 同盟による防衛体制さえ完璧になれば二人も隠れる必要はないのだが、今はまだ魔導師ギルドの監視の目が厳しい。今の状態でブルーメから逃げ出した者達がここにいると知られるのはあまりよろしくない。


「ムゲン、そろそろ出発するよ」


 さて、名残惜しいが私達とて先を急ぐ身。ま、私が平和な世界を取り戻しさえすればまた大手を振るって会えるんだから大した問題じゃないさ。


「うし、そんじゃ行ってくる」


「いってらっしゃい……あ、それと」


「ん、どうしたマレル?」


 出発する私を見送るマレルが歯切れ悪く何かを言いかける。


「別に遠慮することないぞ。言いたいことがあるならどんどん言ってくれ」


「えっとね……もしかしたら、この先ジオとイレーヌがムゲンくんの前に立ちはだかる時があると思うの」


 そのことか……立ちはだかる、というのはもちろん"敵として"という意味でだろう。


「あの二人には魔導師ギルドにしか居場所がなかったから……でも! お願い、二人を裏切り者だなんて思わないで」


「わかってる。私だってあいつらには多少なりとも恩を感じているし、何か事情があるだろうことも理解しているさ」


「ムゲンくん……ありがとう」


 マレルは二人とは長い付き合いのようだし、その身を案じるのも当然だ。

 だが……。


「裏切り者だとは思わない……けど、あいつらがどうしても退かない場合は……」


「その時は、思いっきりひっぱたいちゃって!」


「いいんかい!?」


 てっきり傷つけないでほしいとか言われると思っていたのでこの返答は予想外。


「二人がやりたくないことをやってるのはあたしにもわかってるから。でも戦う力のないあたしには二人に近づくこともできないから……」


 ……そうだよな、マレルだってあいつらにもっと言ってやりたいことが沢山あったはずだ。

 なのにこうして逃げて隠れて……できることといえばただ想うことだけで。


「よしわかった! じゃあ私があいつらを一発ひっぱたいてきてやろう! そんでもって、マレルの前に引っ張ってきて泣いて謝らせてやる!」


「あはは、そこまでしなくていいよー! ……でも、ありがとね」


 私の冗談めいた発言にどうやらマレルもいつもの調子に戻ったみたいだな。ま、私としては冗談ではなく本気で言っているんだが。


「ムゲンー? まだかー?」


「おっと、それじゃ今度こそ行ってくる」


 こうして、マレル達に見送られ私達はついにヴォリンレクス帝国へと出発するのだった。




 とはいっても、ヴォリンレクスまでそうすぐ到着できるわけでもない。

 二つの国の間には丁寧に舗装された大きな街道が存在し、交通の便はかなりいい方と言えるだろう。……だが、そんな場所には決まって魔導師ギルドの目が行き届いている。メルト王国の領内ではまだまだ油断できないのが現状だ。


「皆さん……そろそろ国境付近ですぜ。くれぐれもバレねぇよう気を付けてくだせぇ」


 国境付近まではマールガルドの行商人に扮して行商の途中だと装う作戦だ。まさかそのために商人のおっさんとまた行動するとは思ってもみなかった。

 いやだってどう見ても使い捨てのモブキャラな雰囲気だったし。でもよく考えるとかなり有能なキャラだよなおっさん。


「ワウ(ご主人、メタいこと考えてないで状況を確認するっす)」


「わあってるよ。国境を超えるために王様が用意してくれた裏ルートを通るからバレないよう進むんだろ」


 流石に馬車一台分ともなると効果は薄いが、念のため魔術を使って見つかりにくいよう工夫はしておく。

 ま、魔導師ギルドの人間とは言ってもそこらを徘徊している人員程度なら魔力を感じる能力も乏しいのでこれだけでも十分ではあるが。


「ここから一直線でヴォリンレクスですぜ。今の交戦状況がどうなってるかは俺も把握してねぇので、いつでも戦える準備は整えておいてくだせぇ」


「とうとう到着かい……やっとここまで来たって感じだね」


「俺達の準備は万全だ。気にせず進め」


 人の寄り付かない林の中にある知る人ぞ知る馬車一台分程度の通り道を抜けていき、ついにその出口へとたどり着く。

 ここを抜ければもうヴォリンレクスの国境砦は目と鼻の先。そこで私達を待ち受けていたのは……。



オオオオオオオオオオ!!


「今回こそ奴らの防衛を突破し、なんとしてもこの砦を落とせ!」

「絶対に魔導師共をここから先へ通すな! 砦の全兵力を挙げ、奴らを撃退せよ!」



 その地では多くの人間が喊声を挙げながら走り、魔術や兵器から放たれた攻撃が飛び交っていた。

 それは……紛れもない戦場。砦を防衛するように並ぶヴォリンレクスの兵と、それを攻め落とそうとする魔導師ギルドの二つの勢力が対立し争っている光景。


「すでに抗争中とはね。戦う準備はできてるけど、この状況でアタシらがむやみやたらに割り込んじまっていいもんかね!」


「だとしても、俺達がヴォリンレクスに協力することは変わりない! このままヴォリンレクス陣営へと向かい事情を説明し、協力して魔導師ギルドを叩くべきだろう!」


「確かにその通り……けど、もうちょっと両陣営の様子を見てみたいんだが……」


 レイの言う通り私達のやることは決まっている。……ただ、私としては先に気になることを知っておきたくてな。


「ワウン?(ご主人、何が気になるっていうんすか?)」


「今さっき両軍の指揮官の声が聞こえたろ。なんか、どっかで聞いたことある気がしてな~……どっちも」


 おそらくどちらの陣営も拡声器の魔道具を使って全体に指示を飛ばしているんだろうが、ちょうど中間の位置にいる私達にはどちらの声もギリギリ聞こえてくる。


「こっちにヴォリンレクスの方々と取り決めた秘密のルートがありやす! そこを通って話を通せば俺らを味方として受け入れてくれるはずですぜ!」


「よし、じゃあアタシらはそっちに向か……」


「スマンサティ、私はちょっくら先に挨拶してくる。そっちは予定通りヴォリンレクス陣営に向かってくれ」


「え!?」


 私の記憶を探ってみたが、やはりどちらも私の思い当たる人物だった。

 そうとわかればまどろっこしい手続きなんてやっている暇はない!


「ムゲン! お前どうするつもりだ!」


「なぁに、軽く魔導師ギルドに殴り込みするだけだ。ヴォリンレクスの方は私の姿を確認したら多分察してくれるだろうから問題はないさ」


 ヴォリンレクス側に面識のないレイやサティがいきなり参戦しても不振に思われる。だが、幸いなことにあちらの指揮官は私の知り合いだ。

 私の戦う姿を見たら、きっと思い出してくれるだろうよ。


「てなわけで飛び降りるぞ犬!」


「ワウ!?(って、ぼくも行くんすか!?)」


 たりめーだろうが、お前がいないと私の戦う姿を思い出してもらえるかわかんなくなるからな。

 それに、こんな戦いはサッサと終わらせた方がいい。


 と、いうことで犬を掴んで馬車の外へポイっとな。


「ワオ!? 『ワウン』!(おわー! 何してくれるんすかー!?  『戦闘形態ブレイブフォーム』!)」


 んでもって変身して華麗に着地をきめた犬に私がライドオン! 目指すは魔導師ギルド陣営の指揮官がいるところまで全力疾走だ!


「ガウー!(行くっすよー)」


「立ちはだかる奴は全員吹き飛ばしていくぞ! アルマデス機関銃マシンガンモード、《風》属性魔力カートリッジ装填!」


 むやみやたらに殺すことはしない……が、ちょっと進行方向にいる奴らは吹き飛んでもらう。


「な、なんだあれ!?」

「何かがものすごい速度でこっちに近づいて……うわぁ!?」


 アルマデスの弾丸によって発生した突風に戦場の魔導師達は何が起きたのかもわからず上空へと投げ出されていく。


「前方の魔導師達、何があった! 状況を報告しろ!」


 どうやらこの異常事態を察して拡声されたギルド側の指揮官の声が飛んでくるが、もう遅い。

 すでに私はお前の目と鼻の先まで近づいているんだからな!


「おいどうした!? 状況を……」

「はっはー! 残念ながら状況は『私がやってきた!』。それだけだぜ……ジオ!」


 思った通り、拡声器を使い魔導師達に指示を送っていた指揮官はジオだった。マレルから話は聞いていたが、まさかこんなすぐに再会することになるとはな。


「なっ!? お前、ムゲン……か?」

「そんな、ムゲンさん……なぜここに」


「おっとイレーヌも一緒だったか。お久、二人とも元気そう……かどうかはさておき、こんなところで会えるとは思ってもみなかったぜ」


 まさか二人がヴォリンレクス帝国に攻め込んでいる六導師だとは考えてなかったから、声を聴いたときは"まさか"とは思ったが。

 だが確かマールガルドで捕らえたシーラは『地と付与の六導師がヴォリンレクスを攻めている』とも言っていた。確かに、ジオは前に見せてもらった魔術は地属性だったし、最初イレーヌと戦った際に付与が得意だとか言っていたしな。


「お前は行方知れずになったと聞いてたんだが……」


「私のことはどうでもいいさ。それよりも……二人とも随分と出世したようじゃないか。マレルが悲しがってたぞ」


「それは……」


「その点については深く言及はしないさ。だが、お前達は本気でその生き方を続けていこうと思っているのか? そうでないなら……今すぐ戦いをやめるんだ」


 以前の二人は上に上り詰めるために切磋琢磨し、ひたむきに努力する純粋な魔導師だった。ただ自由に魔術を極めようと楽しそうに人生を歩んでいた。

 だが今は……。


「随分と辛気臭いツラになっちゃってまぁ。生気が抜け落ちたようだぞ」


「うるせぇ……お前にそんなこと言われる筋合いはねぇよ」


 性格も大分擦れてるねぇ……。

 ま、突然『六導師』なんかに任命されて、こうして戦争に……しかも多くの命を預かる立場を任されでもしたらこうなるのも無理ないか。


「ジオがこうなったのは……私のせいなんです。本当は私がここの指揮を任されるはずだったのに、ジオは代わりに……」


「余計なこと言うなイレーヌ。それよりもだ、ムゲン……お前はなにしにここへ来た。同じ魔導師として俺達に協力したいってんなら聞いてやらないこともない」


 昔のよしみってやつか、普通ならここまで戦場を荒らした私なんかすぐに捕らえるか殺すかが指揮官としての正しい判断だろうに。

 やっぱり、ジオはまだまだ非情になれないんだな。


 だが、私のやるべきことは変わらない。


「非常に嬉しいご提案なんだが、あいにく私は正義の味方なんでね。それに、マレルからお前達のことをひっぱたいてくれとも言われてるんで」


「ムゲン……わかってくれよ。俺達はもう……」

「『覆い尽す影シャドウドーム』!」


 ぬお!? 突然地面から私を中心に黒い影が伸びて……ドーム状に私を覆い尽そうと迫ってくる!


「なっ! イレーヌ、何を!?」


「ジオ! もう……ムゲンさんは敵なんです。だから……やらないと」


 なるほど、この魔術はイレーヌの判断か。どうやらイレーヌの方がジオよりも戦場の厳しさというものを理解しているらしい。

 元々はイレーヌがここの指揮を任されるはずだった……か、それも頷ける話だ。


 覆いかぶさるように迫る影に加えて足元にもすでに絡みつくように私の足を捉えている。これは……前のように一定の光を放出しただけでは逃れられないな。

 流石にイレーヌも前よりは格段に魔術の腕を上げているということか。


「だが、私としてもそんな簡単にやられるわけにもいかないんでね。カモン犬!」


「ガウ?(え、この状況でっすか?)」


「たりめーじゃい。てか早く来ないと影が覆い尽しちまうって」


「ガウー……ガウン!(なんかちょっと不安っすけど……ええい、男は度胸っす!)」


 犬が飛び込むと同時に影は私達のすべてを飲み込んで何一つ身動きできないよう全身をガッチリ捉えてドームを完成させる。


「イレーヌ、お前……」


「これでいいんです。もうムゲンさんは私達の邪魔をすることはできません。私達はもう昔のままじゃないんです、いくらムゲンさんが凄いと言ってもここまですれば」


 確かに二人とも強くなった、その体から漏れ出す魔力から出会った頃からは確実に。ただ、お前達が強くなったように私だって何もしなかったわけじゃない。

 残念ながら、今のお前達よりも格段にな。


「いくぞ犬……『精霊合身スピリット・クロス』」

「ガウン……『ガウガウン』(それを最初から説明してくださいっすよ……『精霊合身スピリット・クロス』)」


「……ッ!? なんだ、この魔力!」

「うそ、これってムゲンさんから……きゃ!?」


パァン!


 『精霊合身スピリット・クロス』の影響によって発生した溢れんばかりの魔力の放出によって、イレーヌが作り出した影のドームは耐えきれず弾け飛んで霧散する。


「もう一度だけ言う、今すぐ戦いをやめて退け」


「な、お前ムゲンか……。なんだその姿……」


「それに……この魔力量も……。私達のものとは桁違い……」


 魔力強化が主体ではない犬との合体ではあるが、それでも今の私の魔力量は常人では考えられない程桁外れになっているのは間違いない。

 さて、これで二人がビビって尻尾まいて逃げてくれれば私としては御の字なんだが……。


「……やっぱ、お前はすげぇな。初めて会った時から底が知れない奴だとは思っていたけどよ……今じゃ俺達には想像もできないほど力をつけてやがる」


 初めて出会った時……か。あの時は二人もまだまだ相手の実力を見極める力もなく、それでも私のことを直感だけで魔導師ギルドへと誘ってくれた。

 今では……合体した私の実力もしっかりと理解し、そのうえで未だ魔導師ギルド員としての責務を果たそうと私の前に立ちはだかっている。


「でもよ、退くわけにはいかねぇ。俺は魔導師ギルドの六導師が一人……《地》のジオだ! 俺達にはギルド以外に生きる道はねぇ! だから、お前も倒す!」


「ジオ……」


「それがお前の答えか……いいぜ! こいよ、ジオ!」


 あくまでギルド側の人間であるという主張を崩さないジオ。できれば戦う道は避けたかったが……それならそれでいい。

 ジオの生き方はジオ自身にか決めることはできない。私はそれに全力で応えてやるしかないんだ。


「全力でいくぞムゲン! 現れろ、地を揺るがす破壊の巨人! 『大地の大巨人ガイアタイタン』!」


ゴゴゴゴゴゴゴ!


 魔術の発動と同時にジオの魔力がその背後の大地全域に広がっていき、大きな地響きと共にそれは姿を現す……。


『ゴオオオオオン!』


 盛り上がった大地が形を造り、出来上がったのは大きさ50メートルはあろうかという大地の巨人。土だけでなく、地中の鉱物や岩石を取り込んで作られいるな。

 以前見たジオの魔術は大地から土の腕を生やすものだったが……それをここまで進化させたか。


「目の前の敵を潰せ! タイタン!」

『オオオオオ!』


 巨人の拳が私に向かって振り下ろされてくる。スピードはそこまで早くはないが、近づいてくる拳から感じる圧力の凄みからはジオの覚悟が伝わってくるようだ。

 この拳速なら避けることは難しくないだろう……しかし。


「ここで受け止めてやるのが男同士の友情ってもんだろ!(って、真っ向勝負する気っすか!)」


 当たり前だ! ジオはほとんど勝つ見込みがない勝負だというのに私に挑んできた。それはあいつなりのケジメの付け方なんだろう、不器用なやつだからな。

 だから、私もそれを正面から受け止めるのが礼儀というものだ!


「オッらあ! 一発入魂!」


 巨人の拳が私の下へと届くのと同時に私もその接触に合わせるように魔力を込めた拳を突き出す。


 瞬間……拳と拳がぶつかり合うと、その衝撃が周囲の空気を揺るがし広がっていく。


「きゃあ!? この……衝撃は!」


 もはやイレーヌや他の魔導師は立っていることもできずその場にへたり込んだり転げまわってしまう。

 今ここに立っているのは、私とジオだけ。だがそのジオもすでに顔が苦しそうだ。これだけの巨大な魔術を全力で維持し続けているのだから当然か。


「くっ……そ、負けるか!」


 ジオは負けじとさらにタイタンへと魔力を込めて押し込もうとしてくる。


「残念だったな。力比べは……私の勝ちだ!」


バキィィン……


『ゴオオオオ!?』

「ぐうっ!?」


 私がさらに力を込めその拳を突きあげると、その衝撃に耐えきれずタイタンの拳に亀裂が走る。ジオにもそれが伝わったのか連動するように拳を抑えて後ずさる。


「さぁて、そっちの攻撃は受けきってやった。次は……私の一撃、受け止めきれるか」


 今度は全身に力と魔力を巡らせ、構えを取る。

 ジオ……お前の気持ちは今の一撃でしっかりと受け取ったぜ。お前はお前にとっての大事なものを守りたかっただけなんだな。


(安心しろ、それも含めて私が全部まとめて救ってやるさ!)


 戦争は終わらせる。悲しい犠牲も私が止めてやる。だから……今は私にやられて、大人しく撤退してもらう!


「獣王流、“天ノ章”……"一ノ型"『飛脚ヒキャク』!」


「……!?」


 上空へと放たれた一筋の線。それは、私が空へと向けて突き出した蹴りから生まれた天へと向かう一本の矢。

 『飛脚ヒキャク』は相手がどれだけ上空にいようとその姿を捉え、正確に射貫く一点集中の技……だが今回はタイタンの真下、その体の股から頭部にかけて一直線に貫いていった。


 その結果……タイタンの体の中心、股から頭部にかけての亀裂が広がっていき。


「俺の……負けか」

『ヴォ……オオ……』


 その体を形成する魔力も完全に霧散し、維持が不可能となった『大地の大巨人ガイアタイタン』はその役目を終えバラバラになった体を大地に還していく。


 そして、タイタンの維持に全力を注いでいたジオもその力を使い果たしたのか……。


「すまねぇなムゲン……あとのこと、頼むわ。俺はちと……疲れちまったからよ」


「ああ、しっかり休んどけ」


 出会った時と同じような面倒くさがりの言葉を最後に、ジオは意識を失いその場に倒れ込む。


「ジオ! しっかりして!」


 その様子を心配しイレーヌが駆け寄って抱き起すが、私にはその顔はどこか満足気に見えるようだった。


 さて、ジオは納得してくれたが……イレーヌの方はどうかな。


「イレーヌ、指揮官であるジオがそうなってはこの戦線を維持するのも無理があるだろう」


「ですが……私達はまだヴォリンレクス帝国に負けたわけでは……」


「六導師様、前線が……なっ!? この状況はいったい!」


 一人になっても頑なに戦いをやめようとしないイレーヌの下へ一人の魔導師が駆け寄ってくる。あの慌てようからして緊急の通達のようだが。


「ジオ……指揮官がやられたのです……。しかし、まだ我々の任務は……」

「指揮官様までもが!? そんな……六導師様、前線もすでに壊滅的な打撃を受けもはや戦線を維持できません! すでに奴らの主力がすぐそこまで迫っています!」


 その連絡を聞きイレーヌの表情が青ざめる。ジオがやられ、前線が壊滅……となれば、イレーヌに残された選択肢はもはや一つしか残されていない。


「仕方……ありません。全軍に伝えてください、全軍撤退しブルーメまで退くと」


「りょ、了解しました!」


 これで、完璧にこの戦いはヴォリンレクスの勝利という結果となるわけだ。一応、私達の目的は果たせたが。


「ムゲンさん、聞いた通り私達はブルーメへと戻ります。撤退する私達を追ってきますか?」


「いや、立ち去るというのなら私は何もしないさ。だが、私はいつか必ず魔導師ギルドへと向かい、この手で本来のギルドを取り戻させてもらう」


「そう……ですか。できればその時に出会わないことを願います」


 そう言ってイレーヌはジオと魔導師ギルドの人員を引き連れてこの地を撤退していくのだった。


「んじゃ、私達もそろそろヴォリンレクスの方へ……(ん? ご主人、何かこっちに近づいてくるっすよ)なんだと?」


 犬の感覚で周囲を探ってみると、確かに何かが地面をすべるような音を鳴らしながらこちらへ近づいてくる。それも一つじゃない、同じ方向からいくつも近づいてきてる。


 それは次第に目視できるまで近づき、土ぼこりを上げながら私の下へたどり着くと囲むように立ち止まり……。


「な、なんでしょうか……」


 普通の人間よりも一回り大きい、何やら物々しい鉄の塊が今つするように私を取り囲むのだった。


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