177話 協力要請


 それから数日、ゴトゴトと揺れる馬車の旅を終えて私達はついに第二大陸最大の王都へとたどり着いていた。


「ほへー、結構綺麗な都市なんだな。なんというか、"自然と一体となってる街"って感じの印象だ」


 都市内の馬車道をそのまま通過しながら、私は馬車の窓から街並みを拝見させてもらうとそこには美しい光景が広がっていた。


 街のあちこちには水路が流れており、街路樹も綺麗に立ち並んで森の中でもないのに自然の心地よさが感じられるようだ。

 あれだな、工業の煙と鉄と鋼でガッチガチに整備されたヴォリンレクスの王都とは真逆の印象ってとこか。


「そういやムゲンはここに来るのは初めてだっけか? どうだ、凄いだろう。ここが今のアタシらの拠点でもある、都市『レインディア』だ」


「元々この街には自然が豊富ではあったが、最近の王の意向でもっと自然化が進んでいる。……理由は、俺達エルフ族との親交を深めるためだと言っているがな」


 なぜだか渋ったような顔で顔を背けて外を見ながら話すレイ。どうしたんだ、レイ達エルフ族的に見れば大変喜ばしいことだと思うが?


 と、そう考えているとサティがコッソリ私に近づいて耳打ちしてくる。


「実は……王サマが街の緑化活動を促進したのは、リアが「自然がいっぱいでいい街ですね。私こういうの好きなんですよ」っていう発言のあとなんだよ……」


「なるほど、完全に理解したわ」


 つまりあれか、このシスコンは王様のその行動がリアへのアプローチだと考えてるわけだ。んで、姉に近づく不届き者だが自分達の雇い主でもあるので手を出しにくいと……。


 実際リアとその王様との関係がどんなもんなのか私は知らないのでどうとも言えんが。


「お、二人ともそろそろ王城に着くから準備しろよー」


 気づけばもう目的地……さて、私の計画もここからが最初の関門というところか。




「王城内にも水が流れてるんだな」


 城内も外の街と同じように所々に自然が見受けられ、なかなかに徹底されている。

 サティの話ではここで待っていればいいとのことだが……。


「サティ、レイ、おかえりなさい。今回も遠くまでお疲れ様、報告はこっちでも聞いてるわよ。魔導師ギルドの人達ももう強制送還させたから安心して」


 そう思っていると、奥から立派な衣装を身に纏っていかにも王室のエリート文官というような姿の女性がこちらに駆け寄ってくる。


 だがやはり、その女性は私にも見覚えがあり……。


「ただいま姉さん。あの程度の連中なら大したことはないさ」


「それよりもなリア……実はサプライズがあるんだ」


「サプライズ?」


 そう言うとサティはその体をどけると、今まで視界に入らないよう隠していた私の姿を見せびらかすように楽しそうな笑みで私を登場させる。

 そうしてお互いの姿を確認できるようになった私達は互いにじっくりとそれが何であるのかを見定める。


 うむ、身に着けているものなどは大分様変わりしたようだが、その姿形は変わらず以前の彼女のままだ。


「おっす、久しぶりだなリア」


 先に軽く挨拶をかけ、向こうにも話しやすくしたつもりなのだが……どうやらまだ驚きでどう反応していいかもわからない様子だな。


「……え? えええええ!? うそ、本当にムゲン君なの!?」


 やっと目の間にいる人物が私であると理解できたようではあるが、驚きすぎてオウムのように「なんで? なんで?」と言葉を繰り返している。


 そして、困惑するリアをみんなでなだめながら状況を説明して……。


「もうサティったら……送られてきた報告書には仕事のことだけで、ムゲン君のことなんて一言も書いてなかったから本当にびっくりしたなぁ」


「へっへー、驚かせようと思ってな」


 この二人の関係も相変わらずのようだ。妙な境遇から共に行動し、今では種族の関係を超えたかけがえのない親友。職場環境が変わってもそれは変わらないな。


「そっか……でも本当に久しぶりだねムゲン君。それにそっちの子も」


「ワウ~(お久しぶりっす~)」


 犬も尻尾をブンブン振って喜びを表現している。ま、その気持ちは私も同じだけどな。


「しっかし、リアも偉くなったもんだな。文官の恰好も似合ってるぞ」


「ありがと、でもこの仕事やることが山積みでホント忙しいの……。その分お給料はいいんだけどね」


 その顔からは本当に苦労しているだろうとことがひしひしと伝わってくるが、やはりどこか嬉しそうでもある。

 ま、それもそうだろうな。元々リアは自分が生まれ育った里の外で人族と同じように仕事をして生活することが夢だったのだから。


「それで、ムゲン君はどうしてここに来たの?」


「ああ、そのことなんだが……」


 私は手短にこれまでいきさつをリアに説明する。今の世界情勢を放っておけば、もしかしたら世界が崩壊するかもしれないということを……。


「そうだったの、それでここへ……」


「この危機を回避するには少しでも多くの国家同士の強力が必要だ。できればこの国の王にも話を聞いてもらいたいのだが」


 アステリムを真の意味で救済するためには各国が睨み合っていては絶対に成し得ることはできない。

 きっと、私の前世の時のように……すべてが一丸となって立ち向かわなければこの危機を回避することはできないだろう。


「うん、それなら任せて! 私からリオン……じゃなくて陛下に掛け合ってみるから!」


「おお、頼もしいな」


 流石できる女リアだ。……あと、慌てて言い直したけど今王様のこと愛称で呼んでたよな。あ、レイがリアに見えない位置で歯ぎしりしてる。


「王様と仲いいんだな」


「な、なんのことかしら~……。そ、それじゃあ早速聞いてくるから! あっちの部屋で待っててね」


 と、なんだかわかりやすい動揺と共にいそいそと奥へ引っ込んでいく。

 うーむ、ついにリアにも春が来たのか……また先を越されてしまった。


「もしかしたら、この国はじまって以来のエルフ族の王妃の誕生かもって噂されてるんだ」


「ほほーう、そうなったらもうこの国でエルフ族を差別なんて絶対できなくなるな。もし子供ができたらエルフ族になるかもしれないし、さらに種族間の友好も深まるかもしれないしな。なぁレ……」


「……~! ~!」


 反応がないと思っていたら血の涙を流していらっしゃる……。このままではレイのシスコンゲージが振り切れてしまう、いやもう振り切れてるかこれ?

 とにかくこのままにしていたら場所もわきまえずに暴れ出しそうだ。


「ま、まぁ所詮は噂だしな。まだそうなると決まったわけじゃ……」

「その通りだムゲン! そんな簡単に姉さんが嫁に行くわけないだろう! 大丈夫だ、姉さんに色目を使う奴らはこの俺が片っ端から葬り去って……」


ゴンッ


 私の肩をガシッと掴んで狂ったように力説するレイをサティが大剣で頭を小突いて……いや結構な力でぶん殴って止めてくれる。

 この光景も久しぶりだ。


「落ち着きなよレイ。まったく、いつまで経っても姉離れできないんだから」


「ぐ……だが」


「リアだって今じゃ立派な文官サマだ。レイだってリアに自由に生きてほしいって思ってるんだろ? だったら好きなようにやらせてやりなよ。それで不幸になるってんなら、そん時はアタシらで助けてやればいいんだからさ」


「そう……だな。済まない、サティ」


 サティの姉御肌も相変わらずのようで。けど、やっぱり変わりつつあるものもあるんだな。この国の未来もきっと素晴らしい可能性に満ちている。だからこそ……そんな未来のためにも……。


(救わないとな……この世界を)






 王様への謁見の機会は、何とも早く訪れた。

 なんでもリアがどうしてもと頼み込んだら他の予定をキャンセルしてまでこちらに時間を割り振ってくれたらしい。まぁどうしてかは詮索しないでおこうか……。


 謁見の間には他にも何事かと集められたこの国の重役の方々も一緒に話を聞くようだ……丁度いい。


「さて、リアがどうしても会って話を聞いてほしい人物がいると聞いてきたが……キミは確か」


「どうもリオンハウス・ディル・ストリクト国王陛下殿。一応、私は以前一度だけお会いしたことがあります。彼女達と一緒に」


 そう言って私はサティ達の方へ視線を向ける。それで王様もようやく思い出したらしく納得したような表情に変わる。


「なるほど、あの時の……。うむ、我が国の『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』の仲間とあれば信頼に値する人物であることは確かだろう」


 つまり、それだけサティ達がこの国において大きな信頼を持った組織だということか。加えて、この王様もしっかりと私のことを見極めようとしている。若い王だというのに結構しっかりしている。


「リオン……それって私の言うことを信じてなかったってこと……」


「あ、いや違うのだリアよ……。決してキミのことを信用していないというわけではなく、王として自国の平和を思ってのことで……」


「大丈夫、ちょっとからかっただけだから。彼のことを信用してもらえたならそれで十分だから、話を続けて」


 なんか気の抜ける光景だな。若いのにしっかりしている王様だと思ったらリアにたじたじで……こりゃ将来尻に敷かれるな。

 っと、それよりも本題本題。


「んぉほん! それで、キミは我が国に協力を申し出たいということだが……それはどういう意味かな?」


「その前に、陛下は今の世界情勢についてどのようにお考えでしょうか?」


「世界情勢か……そうだな、ハッキリ言って大国と大国との争いの硬直状態が続いているというところか。どちらも決定打に欠けるが、女神政権の方は『対新魔族』を掲げ確実に戦力を伸ばしている。これは我々にとっても厳しい状況だ」


 やはり女神政権×魔導師ギルドとヴォリンレクス帝国の対立が今の世界における一番の問題なのは確かなようだな。


「と、言いますと?」


「我々の大陸はその対立に一番近い位置にいると言ってもいい。特に魔導師ギルドが我が国まで勢力を伸ばそうと常に睨みを利かせている……今は『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』及び各地域の戦力で対応できているが、それもいつまで持つか……」


「アタシらならあんな奴らがどれだけ来ようと大丈夫だぞ!」


 難しい表情で語る王様に元気よくそう宣言するサティだが、現実はそう甘くない……。


「確かにキミ達の活躍は目覚ましい……。だが、もし魔導師ギルドと本格的な交戦状態となってしまったら、それはもはや個々の戦力の問題では解決できないものとなってしまう」


 そう、いくらサティやレイが強くとも戦争となれば話は別だ。数による制圧やサティ達の手が届かない場所への予期せぬ襲撃など不安要素は尽きることがない。もっと別の手立てが必要になるだろう。

 だから、このままでは……。


「このままでは……いずれ我々も他と同じように女神政権の傘下として降伏するしかない」


 無理に戦争をして国の寿命を減らすよりも、先に降伏し女神政権に協力する体制を取れば少なくとも国民の安全は保障される。

 だが、女神政権の傘下に入るということは、その根本でもある“人族主義”の影響がより強まるということにもつながってしまう……。せっかくエルフ族との共存が見え始め、互いに手を取り合える時代がはじまろうとしているのに。


 そのことを察してか、王様もリアも表情が暗い。サティも苛立ちが表情に見えるようで、今にも怒り出しそうな様子だ。


「その件に関して、一つご提案がございます」


「ふむ、キミにはこの状況を打破する手立てがある……そう言いたいのか?」


 私の考えを察してか王様も興味深そうにこちらを見つめてくる。やはりなかなかにしっかりとした王だ、話が早い。


「本当かムゲン!? いったいどんな方法なんだ! この国の力で奴らを撃退してぶっ飛ばせるようになるのか!」


「落ち着けってサティ。私は何も戦争に勝つ方法とかそういうのを提案するわけじゃない」


 相変わらず気が早いというかせっかちというか……。まぁ今のサティにとっちゃこの国は第二の故郷のようなものだからな、焦るのも無理ないか。


「では聞かせてもらおうか、その提案とやらを」


「陛下は先ほど女神政権の傘下に入るしかないとおっしゃいました……が、私は別方向へのアプローチを考えております」


「別方向……それはつまりどういうことだ?」


「つまり、ヴォリンレクス帝国への協力要請を求めるのです」


「なに、ヴォリンレクスだと?」


 私の言葉に辺りがざわつき始める。それもそうだろう、この国とヴォリンレクスはまるで接点のない諸外国に過ぎない。だというのにそこへ協力要請を求めるなど普通ならばあり得ない。


「……確かにヴォリンレクス帝国は強国だ。その協力が得られるのであれば女神政権の傘下に加わる必要もないだろう。……だが我々のような諸外国の要請をあの国がそう簡単に受け入れるとも思えない」


 王様の的確な反論に周囲の重役達も同意するように頷いたり話し合っている。

 無理もないか、確かにヴォリンレクス帝国は強国で多くの国から恐れられる存在ではあるが、その中身まで知っている人間は少ないだろうからな。


「陛下、ヴォリンレクスの皇帝が代替わりしたのは知っておられるでしょうか?」


「あ、ああ……それは知っている。なにせ私よりも若い者が皇帝となったという話だ、それを聞いた時は驚愕したものだが、国は変わらず……いや、以前よりも良い方向に向かっているという話も広く知れ渡っている程だからな」


 なるほど、流石に王様でも知っているのはそこまでか。噂の外側には詳しいけど、中身まで正確な情報は知り得ない。


 さて、私の勝負はこれからだな……。


「実は、私はその新たな皇帝とかなり親しい間柄でしてね」


「なんと、それは凄い。……だが、それがどうだというのだ?」


「私にはその皇帝と交渉してこの国への協力要請を受け入れさせる自身があります。ですので、陛下より書状を賜らせていただければ、私がヴォリンレクスへ出向き見事同盟を結んで見せましょう」


「なんと、そんなことが本当に可能なのか!?」


 私のさらなる提案に周囲はさらに動揺を増していく。まぁこんなぽっと出の小僧が突然こんな提案をしてくれば不安になるのも仕方ないか。

 ……実際私も自信満々で提案してはいるが、実は結構自信がない。なにせ私の知らない空白の期間にヴォリンレクス及びディーオ達の詳しい状況がどうなっているのかもわからないのだから。


 だから、これは賭けだ。ヴォリンレクスが私の知っているままであるか……加えて、それを信じてこの王様が提案に乗ってくれるかどうかの。


「確かに……もしその話通りに事が進むのであれば我が国にとってとても有益な結果に繋がるだろう」


「ならば……」


「だが、流石にすぐキミの提案に乗るということなどできない。ここに集まっているほとんどの者もキミに対して不信感を持つ者は多い……。残念だが、この話は……」


 やはり突拍子な提案では受け入れられるのは難しいか。まず私自身がこの国に対しての信頼性が欠けているというのが問題なのはわかりきっていたことではあるが。


 協力が得られないのは残念だが、この件に関しては諦めるしか……。


「なんだなんだ! どいつもこいつも不安そうなツラしやがって! 皆そんなにムゲンのことが信じられないのかい!」


 と、これからどうしたもんかと頭を切り替えようと思った途端、謁見の間全体に響く程の大声が発せられる。

 どうやら煮え切らない周囲の反応にしびれを切らしたサティが私を擁護してくれようと前に出てきてくれたみたいだが……。


「サティ君、そういうわけではない。ただ裏付けのない信憑性に欠ける情報だけで判断を決めることはできないというだけで」


「それが結局は"信じてない"ってことだろ。だったらアタシから進言するよ、『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』リーダーであるこのアタシ自らがムゲンを同行させてヴォリンレクスとの同盟を結んでくる!」


「そ、それは……」


 凄いな、相手は自国の王様だってのにまるで物おじしないサティは相変わらず我が道を行くって感じだ。

 しかも王様も大きく言い返せないのは、やはりサティ達がこの国にとってとても重要な役職にいるという証拠なのだろう。


「そうだね……アタシとレイがムゲンと一緒にヴォリンレクス帝国へ同盟を結びに行く。これを正式な任務として王サマが了承してくれたら何にも問題はないだろう」


「それはそうだが……サティ君達がこの国を出てしまうと我が国の防衛能力に問題が……」


「あのなぁ、別に『紅聖騎団(クリムゾンレイダーズ)』はアタシとレイだけじゃないんだぞ。他の奴らだって十分しっかり働ける。それとも王サマはアタシらをそんなに信用してないのかい」


「いや、そんなことは断じてないが……」


 言い方は雑だがなんとも説得力のこもった発言だ。普段の印象から忘れがちだが、サティはこれでも長い時を生きて一群の将でもあったほどの人物だからな。経験の差ってところか。


「よーし、じゃ決まりだな! 早速そのヴォリンレクスとかいうところに向かう準備をしようじゃないか!」


 もはやサティの中で決定は揺るがないようで、王様の返答も待たずに出発する気満々である。


「ああなったらサティはもう止められないわよ。どうするのリオン?」


「……仕方がなかろう。王の勅命において『紅聖騎団クリムゾンレイダーズ』に命を与える! サティ、レイの両名は客人、ムゲン殿と共にヴォリンレクス帝国との同盟を結ぶため出立せよ! これは決定事項である! 大臣、および重役の貴族家の者も異論はないな!」


 王様の発言により周囲の浮かない顔は変わらないものの、胴やら反対意見もないようなので無事私の提案は了承されたようだ。

 いやほんと、サティには頭が上がらんねこれは。


「しっかし、相変わらずサティは思い切りがいいな」


「ふっ、それがあいつのいいところだ」


「なんだー、彼女自慢かこのやろう」


 こうして私達はまたいつかのように行動を共にすることとなり、新たな旅立ちへの出発の準備を始めるのだった。


 私が今まで繋いだ絆は……決して無駄ではなかったのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る