165話 ディーオVS“傲慢”
マズい! 今のルイファンの一言に呼応するように後ろの新魔族達も次々と戦闘態勢に入ろうとしている!
だがルイファンの思考は少しづつ理解できはじめている。なんとか犠牲を最小限に留める方法を考えるんだ。
「クッソ、やるしかねぇか!」
「全軍構え! 向かってきた新魔族を迎撃する!」
カロフやパスカルさんはすでに対抗する気だ。他の者達もそれにつられるように次々と戦闘の意思を見せていく。
「むぐぅ……致し方ないか。できるのなら戦わずに済む方法を見つけたかったが」
「いやディーオ、諦めるのはまだ早い」
そうだ、そもそもこの戦いの発端を考えてみよう。
歴史では新魔族が大群で海を越えてきたところを初代ヴォリンレクス皇帝が退けたことが始まりだ。それから何度も新魔族……つまりルイファンは大群を引き連れて戦いを挑んできている。
だが……そう、先ほどルイファンはこう言った「戦うのは優劣を決めるため」だと。そして頂点に立つ者こそが自分だとも言った。
もう少し……聞いてみる価値はありそうだ。
「戦う前にルイファン……キミに聞きたいことがある」
「あー、なんだお前ー? いきなり人を呼び捨てにして失礼な奴だなー。"様"くらいつけろよなー。でも寛大なアタイは許してやるぞーありがたく思えー」
「え、あ、ありがとうございます?」
「ワウ(いやなにお礼言ってるんすか)」
おっと私としたことが。しかしルイファンも性格はアレだが見た目はかなりの美少女であることに変わりはないからな、男の本能が反応してしまった……ということにしておいてくれ。
まぁルイファンの意識が私に向いてくれたおかげで後ろの新魔族の方々もまた待機の体制に入ったようだから良しとしよう。
「んでー? 何が聞きたいんだー?」
「この戦争の……そう、一番最初のきっかけが知りたいんだ。あんたらは海を越えてこの大陸を支配するためにやってきたのか?」
「違うぞー」
「え!?」
「は!?」
「なんと!?」
私の質問の答えはなんともまぁ予想外のものだったとばかりにディーオの軍全体に動揺が走る。
そりゃこの500年間の間ずっと『新魔族は中央大陸を支配するために攻め込んでいる』というのが常識だったのだから当然だ。
「く、口からでまかせを言ってるだけでは……」
「あー? このアタイが嘘をついてるとでもいうのかそこのお前ー」
その威圧感に流石のパスカルさんもたじろいでしまう。小悪魔のように見えても実力は本物ってとこか。
「な、なら……長きに渡るこの戦争の発端というのはいったい何なのだ……」
「あれはいつだったかなー……覚えてないけど、ベルゼブルの奴からこの大陸に自分が一番強いと調子に乗ってる奴がいるって聞いてなー、ちょっとボッコボコにして誰が最強なのかわからせてやろうと思って海を渡ったらバカスカやられたー」
これは……本当におバカというか、どう考えてもベルゼブルとヴォリンレクス皇帝の思惑のための体のいい存在として使われただけだよなぁ。
「それからアタイらは攻撃してきた国の頭をぶっ倒そうって決めたんだー。話の通り本当に調子に乗ってやがったからなー。……けどなー、何回もボコボコにされるんだー。でもあいつら……というかお前らな、いっつも勝てそうなところで戦いやめるんだもんなー。そん時にこっちも攻撃したいんだけどボロボロだから仕方なく帰るんだー」
ヴォリンレクスの代々の皇帝の思想……永遠の戦争とその戦火の拡大か。しかしこうして考えるとルイファンも被害者の一人……とも言えなくもないのかねぇ?
いや、本人の性格的にはやりたいことやってるだけっぽいしその辺は気にしないか?
……まぁ、とにかくこれで聞きたいことは聞けた。これだけ情報があれば何かしら答えは見つかるはずだ。
「おいおい、じゃあこの新魔族達の目的は侵略じゃねぇってのか? ……俺には信じられねぇぜ。俺の国はアリスティウスって新魔族に侵略されかけたんだ。それに、そういうのは別のとこでもあったんだろムゲン?」
「まぁな、第二大陸ではリヴィアサンという新魔族が侵略を計っていた……が、同時にサティアンという新魔族はそいつと対立し大陸を守るために戦ったのも知っている」
だからこそ私は新魔族全体が悪い存在だとは決め付けたくはないのだ。いくら別次元の世界からやってきた存在とはいえ、そこには確かに"人の心"があるのだから。
「おー、アっちゃんにサっちんにリヴィのクソガキかー。あいつらもバカだよなー、おとなしくアタイの下に就いときゃいいのにさー」
どういう意味だ? と、いうよりも……。
「知り合いなのか?」
まぁ同じ七皇凶魔同士だし面識がない方が不自然なのかもしれないが。ルイファンの口調から察するにそこそこ仲が良かったのか?
サティもアリスティウスとは知り合いだと言っていたし。それとリヴィの奴は誰からも嫌われすぎだろ。
「あいつらが小さい頃はよく遊んでやったよー。アタイは皆のお姉さんなんだぞ、エッヘン! ……それだってのに、みーんなベルゼブルの方いっちゃうんだもんなー、薄情だよなー」
あいつらも相当長生きだとは思うが……ルイファンはそれ以上だというのか? 見た目からは全く想像できねぇ……。
しかし、なんだか思いがけない話を聞いてしまった気がする。ま、今は関係ない話だろうけどな。
「んじゃー懐かしい話もしたし、そろそろやるかー!」
っといけねぇ! のんびりしてる暇はないんだった。
再び戦闘態勢に入ろうとしているルイファンと共に後ろの集団ももう待ちきれないと言った風にうずうずしてる奴ばかりだ。
「ちょ、ちょっと待った! 提案があるんだ!」
「またかー? 言っておくけど戦わないなんて選択肢はないからなー」
「大丈夫だ、戦いは……する」
ルイファンの目的は戦いによってヴォリンレクス帝国、果てはその皇帝よりも自分が上だということを証明したいだけだ。
そうだ、そこを逆に利用すればいい。
「ただ、何もこんな大勢で戦い合わなくてもいいと私は思うんだ。お互いの代表同士が戦い勝敗を決めるというのはどうだろう?」
「代表ー?」
「……む? おい待つのだムゲン。それはつまり……」
「ヴォリンレクス帝国の皇帝であるディーオと、新魔族の魔王であるルイファンとの一騎打ちで勝ち負けを決めればいいって話さ」
これが一番いい案だとは思う。直接戦闘以外の代替案にはルイファンは納得しなさそうだし、かといって変なルールなんか作っても突っぱね返されそうだ。
そもそもルイファンの目的が打倒皇帝である以上、今までの皇帝では絶対になかったであろうこの案こそが最も犠牲を出さずに勝敗を着けることが可能のはず。
「待て待て待てい! いきなり何を言い出すのだムゲンよーっ! よりにもよって皇帝たる余をさも生贄のように……!」
「うーん……いいぞ、それで」
「ぬおーっ!? お主も簡単に承諾するでないーっ!」
よっしゃ、これでとりあえずは多大な犠牲が生まれることは回避できたかもしれない。
あとは、もしディーオが負けてしまった場合に相手がどういう行動に出るかがわからないのが不安要素だな。
「ムゲンーっ! 聞いておるのかお主ーっ!」
「聞いてる聞いてる。けどもう決まってしまったから仕方ないだろう。いい加減覚悟を決めろ」
ディーオも一国の代表として立つからには国民全員の命を背負って戦う覚悟くらい持っておかないとな。人の上に立つというのはそれだけプレッシャーも大きくなるものだ。
しかし突拍子もなく突然一騎打ちをしろと言われても戸惑ってしまうのは当然ではある。
だから少しでもディーオをその気にさせるために私はひっそりと耳打ちをする。
「それに相手をよく見てみろ、確かに多くのしもべを従えてはいるが見た目は小さな子供だぞ。いくらディーオの力が弱くても流石にあれならいけると思わないか?」
「おお、言われてみれば確かにそうだのう」
「それに戦う前に私がありったけの補助魔術をかけてやる」
「ぬ? いや、一対一だというのにそれは卑怯なのでは?」
「戦う前に補助魔術をかけちゃいけないだなんて誰がいつそんなルールを作った?」
ようは勝ちゃあいいんだよ。ルイファン側が一騎打ちのルールに関して口出ししてこない限りはあらゆる手段でこちらの有利になるよう進めさせてもらうぜぇ。
「ワウ……(ご主人、顔が悪くなってるっすよ……)」
そもそも相手は未知数な存在だ、手の内が知れない状態ではどれだけ手を尽くそうと足りないくらいだ。
「よーし、じゃあ早速やるかー」
「あ、その前にお互いの軍を下がらせて広いスペースを作ろう。それと戦う二人の初期位置も決めておけば公平だろ」
「いちいち面倒くさいやつだなーお前。まぁそういうのはそっちで決めていいからさっさとやろー」
やったぜ、見立て通りルイファンはこういう細かいルールに関しては面倒くさがると思った。
広いスペースも初期位置を決めるのも全部ディーオのステュルヴァノフの力を最大限に発揮させるための布石なのだよ。
「よし、じゃあまずはお互い離れて位置につこうじゃないか」
「わかったぞー」
こうしてお互いの軍がかろうじて視認できる位置まで後退し、中央にはとても広く戦闘にうってつけのスペースを確保することが出来た。
「の、のうムゲンよ……本当に大丈夫なのか」
「大丈夫だって、逃げ回ってステュルヴァノフを振っていればこちらの優位になるのは確実だ」
「うむむ、しかし上手く戦えるか不安だのう」
「あれだけ特訓したんだから心配るなって。ほれ、補助もかけてやるぞ、『
これでディーオの肉体は並みの兵士以上には動けるようにはなっただろ。元が弱いせいでそこまで効果が出ているのかがわかりにくいところだが……。
「頑張れよー皇子さん」
「応援しかできないのが心苦しいですが」
「むぅ……お主ら他人事だと思いおって」
そうブツブツ言いながらも戦いの場へと脚を進めていき、お互いに位置につく。
お互いの距離はそこそこ遠い。この距離ならまずはディーオの先制パンチになるだろう。
「では……開始だ! 『
戦闘開始の合図を告げるように炎の弾丸を二人の丁度中心の位置に撃ち込む。そしてそれがハジけると同時に……ヴォリンレクス帝国と新魔族の運命をかけた戦いに火蓋が切って落とされたのだった。
ついに始まった、開始の合図とともにディーオはすでにステュルヴァノフを振り下ろす態勢に入った。
これさえ決まれば……そう思っていたのに、私は戦いが始まった瞬間に何か嫌なものを感じていた。ここから遠いルイファンの位置からとてつもない悪寒が……!
「お っ し ゃ あ ー!! い っ く ぞ ー!!」
それは先ほどと同じように遠くから聞こえるルイファンの怒号。相変わらずのもの凄い声量だが……私が感じていた悪寒はこれではない。
ここまではたった一瞬の出来事、だがその一瞬でディーオに攻撃させるのはマズい……そう判断するほどヤバい感覚。
「ディーオ、急いでそ……」
その場から離れろと私が言い切る前にそれは起こっていた。ルイファンの声がこちらに届いたと思ったその瞬間にはもうディーオの目の前にその姿が現れていたのだから。
「ぬおおおおおぅ!?」
「どっっっかーーーん!!」
ドゴオオオオオン!!
ルイファンが掛け声とともに振り下ろした拳は、それが地面に届く前に巨大な衝撃波となって大地を打ち砕いたのだった……そして、そこには巨大なクレーターが出来上がっている。
そのあまりの驚きに誰もが驚き、放心してしまう。
「へ、陛下ー!」
一番に我に返ったパスカルさんが叫ぶ。そうだ、あの場所にいたディーオは……!
「お、おい、皇子さん……」
「そんな、まさか……!?」
皆事態の深刻さを理解したのだろう。あんなものをまともに食らっては無事であるはずがない。
誰もが必死でディーオの姿を探すが、舞い上がる土埃のせいで視界が悪い状況だ。
「あれー? もうやられちゃったのかー?」
そのルイファンの言葉にこちら側の陣営全体に大きな不安がのしかかってくる。自分達の国の皇帝があんなにもあっさりやられてしまったのかと考えれば無理もない。
だが……。
「安心するがよい我が民達よ! 余はまだ生きておるぞーっ!」
突如聞こえてきた声に皆の顔に希望が戻っていく。
その言葉はクレーターの外の土埃から聞こえてきた。やがて土煙が晴れていくとともに少しづつそのシルエットも姿を現していく。
そこには……。
「ぬっはっは! 皇帝たる余がこの程度の攻撃を食らうわけがなかろーう!」
と、転げ落ちたかのように逆さまになりながら脚を大股に広げて腕を組むディーオがドヤ顔でそこにいた。
うーむ、なんともしまらない光景だ……。
まぁなんにせよディーオが無事でよかった。おそらく私が声をかけるよりも先に気づいていたんだろう。
強化していたから間一髪ギリギリ避けられたというところか、本当に危なかったな。
「ぬうう、なんというやつだ、まさかこんな隠し玉を持っておるとはのう……。いったい何の魔術なのだ」
「あー? 魔術とか何言ってんだお前ー。アタイは魔術なんて使えないぞー」
「なにーっ!? ならいったい何をしたというのだーっ!?」
「んー? ただ普通にバーンって近づいて、ドーンって攻撃しただけだぞー」
なんと、あれだけのパワーとスピードならなにかしらの魔術による身体強化を施していると私も思っていたのに……。
というかあれだよな、声がこちらに届くとほぼ同時にディーオの目の前に現れたってことはだ、ルイファンの速度は音速並ってことになるんじゃなかろうか……。
「そういえば、聞いたことがあります。今までの新魔族との戦闘でも、戦闘の最中に突然謎の衝撃波が飛んでくると何度も報告が挙がっていたのを……」
「もしかして、それがあの新魔族のものということでしょうか」
「かもしれません。そもそも私達は敵の大将が彼女だということすら知りませんでしたからね。まさかあんな子供がそんな凄まじい力を持っているなど思いもしませんでしたから」
確かに、毎回新魔族との戦闘は大混戦で敵の一人ひとりが様々な攻撃をしてくると記録にもあったし、誰もルイファンがこんなヤバい存在だなんて考えもしなかっただろうな。
しかしそうなるとこの状況……ディーオヤバいんじゃ。
「よーし、今度は外さないぞー」
「ぬおーっ!? またあれをやる気かーっ!」
流石にディーオもそのヤバさを理解したようで、全力で逃げに徹することを決めたらしい。
幸い肉体は強化されているので逃げるだけともなればかなりの速度にはなるのだが……。
「逃がさないぞー! おりゃりゃりゃりゃりゃ!!」
ドゴォ! バゴォ! ズガァン!
「ぬおぬおぬおおおおお!? た、助けてくれなのだーっ!」
両手から繰り出される凄まじい連撃が雨のようにディーオに襲い掛かっていく。あれがただの拳圧だというのだから恐ろしい話だ……。
しかしこのままではジリ貧だ、いつかはディーオのスタミナに限界が訪れて追い込まれてしまうのは確実だろう。
「ディーオ! とにかくそのままでもいいから攻撃するんだ!」
残された手段はこれしかない。ステュルヴァノフならたとえ逃げ回っていようと攻撃ができるのだから。
ただ問題なのは、ディーオが逃げに徹しているせいでルイファンを目視できないということだ。まだ相手の魔力を捉えて攻撃するのは特訓でも上手くいってないからな。
「ぬうう……仕方ない! そりゃあ!」
チラッと少しだけ後方確認して、そこからは当てずっぽうだ。もう作戦なんてあったもんじゃない。
それでもディーオはステュルヴァノフを振り続け、ついには……。
ヒュン……
ルイファンの体を捉えたのだった! やった、ステュルヴァノフの攻撃は防御できない。これが決まれば戦況がひっくり返……。
「あー? なんだこれ?」
パァン!
ると思ったのだが……。
なんと、ルイファンは自身の前に現れたステュルヴァノフの攻撃をいとも簡単に拳で弾いてしまったのだ。
「なぬーっ!? どういうことなのだーっ!」
……そうか、ルイファンの攻撃は魔力も使わない純粋な力技。前に私がダンタリオンとの戦いで説明したステュルヴァノフの対処法をルイファンは何の気なしにやってのけてしまったということか。
「ど、どうすればいいのだーっ!」
まさかこれほどまでにステュルヴァノフと相性が悪い相手だったとは……。
だがまだだ……諦めない限り、勝機は必ずある……はず。
「待てこらー!」
「助けてくれなのだーっ!」
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