166話 始原の種族
とにかく、このままではマズいことに変わりはない。こうして考えてる刻一刻にもディーオの体力は徐々に限界を迎えようとしてる。
ルイファンの一撃でも食らえば終わりだ、だがこちらから攻撃しようにも今のディーオのステュルヴァノフではすべて弾かれてしまう……。
正攻法では勝てない……何か手は……。
「ぬおおおおう!」
「そらそらー!」
そうこうしているうちにまたもギリギリで攻撃を避けるディーオだが、その顔はかなり必死の形相でもはや余裕のカケラもない。
「おいおい、これ皇子さんかなりやべぇんじゃねぇのか。助太刀に行った方がいいんじゃ……」
「でも、こちらがルールを破ったとなると向こうもそれなりの報復をしてくると思う……。大きな戦いになるのは間違いないよ」
今更方針を変えてむやみに戦火を大きくするのは避けたい。しかしこのままでは……。
「ぬおーっ! み、皆の者安心するがよい! 心配せずとも余は……おおーう!? か、必ずや我らが帝国に勝利を……ぬはーお! もたらしてやろうぞーっ!」
必死に逃げ回りながらも私達に笑顔を向けてそう語るディーオ。だが、そう話している間にも飛び回りながらすさまじい衝撃波をディーオの頭上めがけて何度も打ち付ける。
おかげで次々と土埃が舞い上がりディーオが今どこにいるのかさえわかりづら……。
(待てよ? もしかしたら……)
先ほどから奇跡的にルイファンの攻撃を避け続けていると思っていたが、実はそうではないのかもしれない。
確かに運もあっただろうが、これだけの土埃……視認がしづらく狙いがズレている可能性は高いはずだ。
だとすれば、この状況は仕えるかもしれない。
(あとは作戦をディーオにどう伝えるかだが)
ディーオにしてもらうのは準備が整うまで注意をそらしてほしいことと完了後の誘導と最後の一撃の実行だ。
とにかく何でもいいから伝える努力をするだけやってみよう! まずは大げさなボディランゲージからだ!
(ルイファンの 注意を 引け)
「えっと、ムゲン君……なにやってるの」
「テメェこんな時にふざけてんじゃねぇよ!」
うるさい、こちとら大真面目だ。
ともかくこんな感じでわさわさとそれっぽい動きでこちらを向いているディーオに向けて伝えてみるが……。
(なぬ? 昼ご飯は いつ食べれば よいか だと? こんな時にあ奴は何を言っておるのだ!)
伝わってないなこれ。しかし他に手段は……あ、そういえば都市を出発する前、ディーオには[telephone]の魔力を込めた魔石を渡しておいたんだった。すっかり忘れていた。
てなわけで早速届け、私のチートパワー!
ピリリリリ
「ぬお!? なんだこの音は? 余の懐の……この石か!」
よし気づいたな、手に取ったことでこちらのスマホも通話モードがオンになったぞ。
『あーあー、こちらムゲンこちらムゲン。聞こえるかディーオ』
「おおう? この声はムゲンか。スマヌが今話してる余裕は……のぉーう! 見ての通りないのだーっ!」
『それはわかっている。勝つための作戦があるんだ、どうにかルイファンの注意を引きつつ私達いるの方向へ向かって逃げてくれ』
今の場所では駄目だ、あそこでは私の作戦が成立できない。できるだけ私の近くに寄ってきてもらわねば。
「相変わらず無茶をいうやつだのう! だが、余はお主を信じておるぞ!」
ディーオの決意も固まったようだ。まずはルイファンの注意が少しでもこちらに向かないよう何かしてもらう必要があるが。
「てやてやー! 待てこらー!」
「うぉう!? しかしどうするかのう……。とにかく、ここはひとつ会話を試してみるとしよう。る、ルイファンとやらよ! ひとつ聞きたいことが……あるのだが!」
「あー、なんだー?」
よし、相変わらず攻撃は続いてるものの、ルイファンはディーオがいきなり話しかけてきたことが気になりだしたようだ。
スマホから聞こえてくる二人の会話に耳を傾けつつ私も早速準備に取り掛かるぞ。
「お主らはこの戦いに勝利したら……いや、お主ら新魔族はこれからこの世界で何をする気なのだ。侵略なのか? もしやこの世界に住まう他種族すべてを滅ぼす気ではないのか?」
……新魔族の目的か。
最初は、私もそう考えていた。最初に出会ったアリスティウス達からは侵略と支配をほのめかしていたから。
「んー? 確かに気に食わない奴はぶっ殺すけどなー、侵略とか滅ぼすとか、なんでそんな面倒くさいことしなきゃならないんだー?」
しかし、新魔族はそのすべてがこの世界に仇成す存在ではなかった。
この世界で生きることを決めたサティのような者もいれば、このルイファンのように自由に生きている者もいたのだ。
「なら、お主ら新魔族はなぜ……」
「あーちょい待ちー」
「ぬ?」
突然ルイファンが攻撃を止め、ディーオに向き直る。なにやら、先ほどよりもどこか怒っている……のか?
「そもそもお前ら言う“新魔族”っていう呼び方? それ嫌いだからやめろよなー」
「ぬ? ぬう?」
なにか重要なことでも話すのかと思ったら……ただ呼ばれ方が気に入らなかっただけかい。
まぁ、“新魔族”という呼び名も元々はこの世界の人族が名付けたものにすぎないしな。
(……ん? 待てよ、だったら)
「つまり、お主らの種族には新魔族ではない別の呼び名があるというのか?」
ディーオが私の聞きたいことを代弁していくれた。こういうことに関しては結構鋭くて助かる。
「おう、あるぞー。本当は“始原族”っていうんだー。若い奴らはもうほとんど知らないだろうけどなー。あー名前の意味はアタイも知らんから聞くなよー」
始原族……だって? それは私も初めて聞くぞ。
私が知る他の奴らだって自分達のことを新魔族だと認識していたというのに。
サティで500歳近くだと言っていたから、もっともっと長く生きている奴しか知らない事実……おそらく別の世界ではそう呼ばれていただろう正式名称。
「おっとー、つい話し込んでしまったー! 続きやるぞー」
「なぬ!? ちょっと待……!」
「どりゃー!」
「ぬおおおおん!?」
ここで戦闘再開か。
今の話は非常に気になる内容だったが仕方がない。その話はこの後でじっくりと聞かせてもらおう……私達が勝った後でな!
「ムゲンーっ! ムゲンよーっ! 準備とやらはまだ終わらんのかーっ!?」
『オーケーだディーオ、準備は完了した。あとはタイミングよくステュルヴァノフを振るうだけだ! それから……』
「……わかったのだ! その言葉信じるぞ!」
大丈夫だ……今までの間にルイファンの性格は大分つかめてきた。
ああいうタイプの人間の攻略法は……。
「どっせーい!」
(きた!)
大ぶりな一撃、それはディーオが大分私達の方まで近づいてきた瞬間に放たれた。
それをディーオはギリギリのタイミングで避け、飛び上がる……!
『今だ、ディーオ!』
「ぬおお……ステュルヴァノフよ!」
そして力の限りでステュルヴァノフを振り、攻撃する。……だが、その狙いはルイファンではなく。
ボフン!
いくつもの連撃が大地を打ち、ルイファンの放った衝撃波と相まって大量の土埃が空中に舞い上がる。
「うおー!? なんだこれー、何も見えないぞー!?」
それは上空にいるルイファンの位置までも舞い上がり、この場にいる全員の視界を完全に奪ったのだ。
これではルイファンもディーオもむやみに動けないだろう。ディーオは魔力を感じられればステュルヴァノフで攻撃できるとはいえ、激しく動けばすぐさまルイファンの超人的感覚で気づかれるだろう。
「むむー……どこいったー?」
そもそもディーオはまだ細かく魔力を感じることができない。つまりこの勝負は、煙が晴れどちらかが先に相手を認識した方が勝つ……いや、仮にディーオが先制を取れたとしてもルイファンの反応速度の前には返り討ちにされる可能背は十分にあると見ていい。
「早く見えるようになれー。……お?」
少しづつ視界が晴れていくと、段々とモノの形が薄っすらと見えてくるだろう。
そして……どうやらルイファンは見つけたようだ。自分の眼前に動く人型の何かを……。
「わかったぞー! コソコソ動いてアタイの後ろを取ろうって魂胆だなー! させるかー!」
それを見つけた瞬間、ルイファンは跳びかかった。この戦闘の場にいるのは自分の他には戦っている相手しかいないはずだから当然の行動だ。
「どーん!」
相変わらず手加減なしで放たれるその拳圧がついにその人影を捉える。この視界の悪さであんなものを不意打ちなどされたらまず助からないのは確実。
……だが、徐々に煙が晴れ、ディーオの体がぺちゃんこになっていると思われた場所には。
「ありゃ? なんだー、人の形をした石ころじゃないかー?」
そこにあったのはただの粉々にされたディーオ型のダミー石造だった。……そう、私が魔術で作り、さらに今の今まで見えないよう魔術で隠しておいたものがな!
そして今、ルイファンの意識は完全にダミーへと向いている! この瞬間こそ、最大にして最後のチャンス!
「ぬおおおお! 食らうがよいいいいい!」
土埃の中から全速力で現れたディーオが、一瞬の躊躇もなくルイファンに向かい今まさに跳びかかっていた。
「あっ!? お前いつの間……」
「せりゃーっ!」
ベチイイイイイン!
それは舞い上がった土埃が完全に晴れ、この場にいるすべての人間がその光景を目にしていた。
ルイファンが背後から迫る気配に気づいた瞬間、ディーオが振るったステュルヴァノフが完全にその顔面を捉えていた瞬間を。
「……」
「……ど、どう……かの」
数秒、静寂がこの場を支配する。その中心にいる二人は動けないでいた。
いや、ディーオの方は緊張感で固まっているだけだが、ルイファンの体はそのうちゆっくりと後ろに動き……。
「……きゅう」
バタン! と背中から地面に倒れ込んだ!
私は慌ててその場に駆け寄り状態を確認すると、ルイファンは目を×にして完全に気を失っていた。
「この勝負……ディーオの勝ちだ!」
こうなればもう文句のつけようもないだろう。というかこういうのは言ったもん勝ちだ。
私の勝利宣言を聞き、ディーオの軍も歓声で沸き立っている。
「し、しんどかったのだ……」
「おう、お疲れさん」
まぁこれで、新魔族とヴォリンレクス帝国との戦いは一件落着……で、いいのかねぇ?
ディーオとルイファンの一騎打ちに一応の決着がついた。
逆上した新魔族の軍勢が襲い掛かってくるかもと覚悟していたが、意外にもあちらさん方は冷静に対応してくれている。
なんでも、ここで私達を襲うのはルイファンの意思に反するらしい。
もしかしたらこれ以上戦わないで済む道が見つかるかもしれないが……それはルイファンが起きてからになるだろう。
「しっかしよう、敵の大将がやわで助かったな。皇子さんの攻撃一発でのしちまうんだからよ」
「うむ、余もびっくりだぞ。本当にこれだけでよいのかとずっとびくびくしておったからの」
「いや、あれもステュルヴァノフの効力のおかげだ」
ステュルヴァノフは基本的に多重に分裂して敵を殲滅するのが本来の使い方だが、そのために魔力を分散して細かい分配をしなければならないため高度な技術を要する。
だが単純に分裂させずに本体だけに魔力を込めてぶつければ、その集中した分の振動が相手の魔力を刺激し、もの凄い衝撃を体内で生み出す。
ルイファンはそれに当てられたからこそこうして気絶しているわけだ。
「ほー、そうだったのか」
「陛下……あなたはご自分のお力をキチンと把握してください……」
まぁそんなこんなで今私達は主要人物を集めて先ほどの戦地から離れた場所でルイファンが目覚めるのを待っている。
このまま敗北を認めて大人しくなってくれればいいのだが……。聞きたいこともあるしな。
「う、う~ん……」
「あ、気がついたみたいですよ!」
「む、では代表として余が話をしようではないか」
と、言いつつ足が震えてるがな。よほどさっきの戦闘がトラウマになっていると見える。
「……あれー? ここはどこだー?」
「目覚めたようだの。気分はどうだ? 早速だが両国のこれからについて話し合いたいことが……」
「あー、お前ー! よくもやってくれたなー!」
「「「……」」」
これは、素直に話を聞いてくれないタイプか? だとしたら面倒くさいぞ。先ほどの戦闘がまるで無意味になってしまうんじゃなかろうか。
「ぬ!? お、落ち着くがよい。戦いはもう終わ……」
「まさかやられるとは思わなかったぞー。お前強いなー、流石皇帝だー。よーし決めたぞー、アタイを倒したお前をアタイのものにしてやろー」
ルイファンを除く全員の頭の上に?マークが浮かんでいることだろう。うん、私にもまったくわからん。
「な、何を言っているのだお主は?」
「だからー、お前をアタイの夫にしてやろうって言ってんのー。光栄だろー」
「ぶっ! な……お、夫だと!?」
「お、おいリィナ、何が起こってるのか詳しく説明してくれねぇか」
「ごめん、私にも全然わからない」
「これは、新魔族の姫……いや、女王からの正式な求婚と受け取るべきでしょうか。そうなると両国の政治的問題の観点から周辺諸国の者達に呼びかけて今後のことを考えて……ああ、どうすれば」
駄目だ、状況がぶっ飛びすぎていて皆どうしていいかわからずパニクってしまっている。
まぁ私としては、倒した幼女魔王が求婚してくるという羨ま展開に嫉妬しているんだけどな。
「えっと……とりあえず、婚姻おめでとうございます?」
「いや勝手に決めるでない! それに余には心に決めた者がいるのはお主らも知っているであろう!」
「陛下、これまでの歴史ではヴォリンレクス帝国の皇帝には第一妃しかおりませんでしたが、第ニ妃、第三妃がいても別におかしい事ではありませんよ」
「いや冷静に正論を言うでないーっ!」
まぁパスカルさん的には新魔族との友好的な繋がりが手に入るかもしれないから推すよな。
「アタイは絶対にお前を手に入れるぞー。「欲しいものは絶対に手に入れろ」ってとうちゃんも言ってたからなー」
「お主の父上のことなど知らぬわーっ!」
いやー、ディーオが無事ラノベの主人公のような状態になってめでたしめでたし。お前もカロフと一緒に末永く爆発してくれ。
……それはさておき、ルイファンの父親ねぇ。それを聞いてもしかしたらという人物が一人浮かんだ。
覚えているだろうか、以前サティが話してくれた『最古の新魔族』を。
今ではベルゼブルと、500年前勇者に倒された魔王と、その人物だけが別世界からずっと生き残っている者達だと。
聞いてみるのもアリ……か。
「なぁルイファン、おま……」
「なんだお前ー、アタイは今忙しいんだーあとにしろー」
「ぬおーっ! ひっつくでないーっ!」
どうやら私では話を聞いてくれないようだな……チクショウ、なんだか言い表せない何かに負けた気分だ。
「ディーオ、ルイファンに父親のことについて聞いてみてくれ」
「な、なぜ余が……」
「いいから聞けよ」
「わ、わかったのだ。というか怖いぞムゲン……」
ああ、この気持ちはおめぇらにはわからねぇだろうよぉ! ふーんだ、どうせ私は負け組だい!
「の、のうルイファンよ……お主の父上というのはどのような人物なのだ?」
「とうちゃんかー、とうちゃんの名前はマーモンってんだー。“強欲”の魔王って呼ばれてたけどちょっと前におっちんだー。あ、アタイらが本当は始原の種族だって教えてくれたのもとうちゃんなんだー」
「ご、強欲って!?」
「そりゃ、あれだろ……500年前に勇者にやられたっていう」
そうだ……まさかそっちだとは。てっきり今もなお生き続けるベルゼブルとは別の奴だと思ったのだが当てが外れたか。
「なんと……主があの魔王の娘。で、これでよいのかムゲン……」
引っ付こうとするルイファンを引き剥がそうと必死そうだ。とにかく私の考えは外れたようだし今はこれでいいか。
「ああ……しかしそうなると未だ素性の知れない最古の新魔族というのが何者なのか気になるな」
「ん? なんだお前ー、ベルフェのおっちゃんのことが知りたいのかー?」
「ぬぉう!? いきなり話すでな……ぐぇ!」
私の言葉に反応したルイファンが突然こちらに向き直った。おかげでディーオは勢いよく地面に激突したが……。
とにかく話を聞いていくれるのならそれに越したことはない。
ルイファンが言うにはその『ベルフェのおっちゃん』とやらが最古の新魔族の一人ということだが。
「まあな、できることなら話を聞いてみたい。ベルゼブルに関しても同様だが」
後者にはあまり期待はしていないがな。とにかく今は少しでもヒントがほしい。
そのためには第六大陸に渡る必要がある……が、こんな状況ではその予定もまだまだ先延ばしになりそ……。
「会いたいなら行けばいいじゃないかー。アタイは残るけど、もう何人かはこのまま船に乗せて帰らせる予定だからなー、それに乗ればいいぞー」
「……え? マジ?」
「まじまじー」
なんてこったい! まさかこんな形で第六大陸に渡る手段を得られるなんて思ってもみなかったぞ!
「そいつはありがたい! そうしてくれるんならディーオなんていくらでも持って行っていいぞ!」
「おー、やったー」
「さりげなく余を対価として差し出すでないーっ!」
ついに、ついにその地に赴くことになった。新魔族……いや、始原族の支配する大陸に。
そして前世の私、インフィニティという人間が生まれ……育った故郷に。
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