164話 "魔王"登場!?


「ちと疑問なんだけどよ?」


 それは行軍中に突拍子もなくカロフの口から出た言葉だった。


「カロフ、私語はあまりしないの」


「いやそうじゃなくてよ。ただこれから新魔族と戦うに当たって知っときたいことなんだよ。敵の事とか、今まではどう戦ってたのかとか」


 ふむ、新魔族と戦うに当たってか……確かに私達も新魔族との戦いの経験はあるが、ヴォリンレクス帝国にもこれまでの戦いの記録くらいはあるだろう。

 今回は突発的な事態のためそれらを確認する時間もなかったからな。誰か詳しい人から聞いておくのは良い判断だろう。


「では私から説明させてもらいます」


 私達と同様にディーオの側で行軍しているパスカルさんがやってくる。まぁ一番詳しいのはこの人だからな。


「基本的には海を越えて進軍してくる新魔族を待ち受ける形をとっていました。今までは……その、前皇帝の情報により常に先手を打つことができましたから、とても有利な戦況で戦うことができました」


 ダンタリオンの情報というのはベルゼブルからリークされていたというあれのことか。

 新魔族達も自軍の情報が相手側のトップに筒抜けだと苦戦を強いられるのも当然といえるな。


「ということは、今回の戦いは今までとは勝手が違うわけだな」


「そうです。もしかしたら道中に待ち伏せされている可能性も考えられます。なので皆さん常に細心の注意を怠らぬようお願いします」


 完全に不利な状況下での戦いになるか……。厳しいな、私やカロフ達は新魔族と戦った経歴があるにしても、それは相手が少ない状況でしかない。

 こういった軍勢で戦うタイプの新魔族との戦闘経験はない。


「へっ、腕が鳴るぜ」


「もう、無茶はしないでよ」


 まぁ、そうだとしても全力で立ち向かしかない。それにこちらにはステュルヴァノフを扱うディーオがいる。

 あとは新魔族の軍としての力がどれほどのものか……そこを見極めればいいだけのことだ。


「とにかく、注意して進みましょう。伝令を通して全軍にそのことは伝えてありますので、何かが起きたならすぐに反応があるハズです」


 戦いはもう始まっているということか。よし、来るなら来い! その時は私達も全力で立ち向かってやる!




 と、意気込んだはいいものの、道中はまったくといっていいほど何も起きず、あれから数日の行軍を終えて私達は毎回新魔族と戦う駐屯砦のある海岸沿いに到着してしまった。


「って襲撃も何もないんかい」


「そ、そうですね。まぁ行軍中への攻撃に対策を取られていると新魔族側が判断したと考えておきましょう……」


 パスカルさんも予想が外れてなんだか調子が狂ってるみたいだ。いろいろ話してたもんな……奇襲の対策とか、罠が張られていた時の対応とか。


「何事もないならばそれはそれでよいではないか。とにかくここの砦の者達に状況を聞いてみるのが先決だの」


 お、なんだかディーオがまともに指揮を執っているような感じがするぞ。まぁ徹底的にしごかれてたしな、そりゃ成長もするか。


 しかし状況を確認しないとこには次にどう動いていいかもわからないことに変わりはない。先手を打たれている私達の方が不利という事実は変わらないのだからな。


「駐屯兵長、陛下のご到着だ! すぐに状況を報告せよ!」


 パスカルさんも完璧にお仕事モードに切り替わって迫力が凄い。


「は! 現在新魔族の軍勢は数日前よりこの駐屯砦近くの海岸へと上陸! そして……! えー……なんと言いますか」


 なんだか歯切れが悪いな。困惑……というよりかは適切な言葉が見つからないといった風だ。


「どうしたのだ? 何を迷っているかは知らぬが構わずに答えるがよい」


「へ、陛下……は、はい」


 ディーオが前に出てくることで駐屯兵長さんもようやく決心が固まったようだ。

 だがこの様子……とてつもなく只事でない事態が発生していると見てもおかしくはないかもしれない。もしやすでに絶望的な被害が……。


「し、新魔族の軍勢は海岸に陣を構えたのち……この数日間、毎日宴会を行っております!」



「「「……は?」」」



 ……うん、皆そんな反応になるのも無理はない。いやだって何を言ってるのか本当に理解できないからな。

 真面目モードだったパスカルさんも呆れて目元を抑えてしまっている始末である。


「駐屯兵長、報告は冗談を含めず正確に……」


「ち、違うんです! 本当なんですよ! 今もこの遠見の魔道具でこの砦から確認していたところなんですよ! 見てもらえばわかりますから!」


 駐屯兵長が必死に抗議しながら砦の窓に設置されている魔道具を指さす。

 確かにあれは遠くの景色を見れる望遠鏡のような魔道具だな。


「ふむ、では余が直々に拝見しようではないか。どれどれ……む!?」


 ディーオが率先してその魔道具を覗き込むと、すぐに驚愕の声を挙げる。一体何が見えたのだろうか。


「本当に……宴会をしておる」


「そ、そんなことが……陛下、私にも」


 そんなことはあり得ないとばかりに今度はパスカルさんが魔道具を覗き込む……が、だんだんとその表情もポカンとしたものに変わっていき……。

 そして魔道具から顔を放し、その表情のまま私達の方に向き直り。


「本当……ですね。火を囲んで、その周囲で愉快そうに踊っています……」


 うっそだろおい……なんだよそのどっかの海賊漫画とかに出てきそうな一場面は。

 しかし誰が見ても宴会をしてるようにしか見えないということはそれが事実なんだろう。


「とにかく、行ってみるしかなかろう」


 百聞は一見に如かず、ディーオ達が見た光景が本当に真実なのかどうか、まずは行ってみればわかることだ。

 私達はそのまま駐屯砦を抜け、新魔族のいる海岸へと急ぐのだった。


 そして、僅か一時間程度でついに辿り着いた。周囲には未だ補修されてない戦闘の跡……この先が毎回新魔族との戦闘が行われている戦場だというのは間違いないだろう。


「ッ! 全軍止まれ!」


 パスカルさんの号令で全員がその歩みを止める。ついにその先に捉えたのだ……新魔族の軍勢を!

 だがその光景はあまりにも……。



「ヘイヘイヘーイ! 盛り上がってるぜえぇぇぇい!」

ピ~ヒャララ~

「カンパーイ!」



 あまりにも……馬鹿みたいだった。覚悟はしていたがここまで酷いとは……。

 なんというか、ここの新魔族は馬鹿っぽい奴らばかりだな。そういえばルディオと協力して城に潜んでいた奴も似たような感じだった。


「なんか、気が抜けるぜ」


「うん、私も」


 まぁ、どれだけ壮絶な戦いが待ち構えてるのかとずっと気を張っていたというのに目の前に現れた光景がこれじゃあなぁ……。


「えっと、パスカルさん? いつも戦ってる新魔族達もあんな感じだったなんてこと……」


「いえ、そんなことは……ただ」


「ただ?」


「前皇帝の時は、常に敵が海を渡ってきたところをすぐ「やれ」の合図で攻撃していたので……」


 容赦ないな……まぁダンタリオンの人間性を考えれば当然と言えば当然だが。

 しかしよくよく考えればそうか、ダンタリオンには相手の思想なんてどうでもいいだろうし。パスカルさん達が相手の親玉が七皇凶魔と呼ばれる存在だということも知らなかったのも納得だ。


「うーむ、しかしどうしたものかのう。どうにせよいつまでもここで見ているわけにもゆかぬであろうし……」


 と、私達がどうしたものかと悩んでいるその時だった。



「あ、お 前 ら ~!! や あ っ と 来 や が っ た な ~!!」



「おわ!?」

「な、なんなのだこのとてつもなく大きな声は!?」


 まるで大地が震えたかと思うほど巨大な声が海岸からこちらに向けて放たれたものらしい。

 見れば遠くに見える新魔族の宴会場の中で一人だけ空を飛んでこちらを向いている者の姿が見て取れる。


 あんな遠くからだというのにあの大きさの声とは。しかも、どうも聞いた感じでは女性のようなトーンに思えたがいったい何者なんだ。



「オ ラ オ ラ ~!! 早 く こ こ ま で こ ~ い!! こ っ ち は 待 ち く た び れ る ん だ ぞ ~!!」



「ぬおおう!? またか!」


 またもや遠くからもの凄い声量とともに空気が駆け抜けていくような感覚を受ける。


「これは……どうやらもう逃げられないようですね」


 だろうな。あちらさんもなにやら戦いたくってうずうずしているご様子だしな。


「へっ! ハナから逃げる気なんざさらさらねぇぜ!」


「うん、行きましょう陛下」


「よ、よーし! ならば仕方ない。全軍進軍! これより新魔族軍と対峙する! 皆気を引き締めるのだーっ!」


 ディーオの号令に呼応して オオー! という歓声と共に進軍が始まる。

 さて、ここから壮絶な戦いが始まるのかそれとも……。


 どうやら私達が近づくにつれてあちらさんも宴会を片付けて全員がこちらに向き直っている。

 ……いやまぁ今更まじめな雰囲気出されてもこちらとして先ほどまでの光景が目に焼き付いてるせいでどうにも緊張感を持てないんだがなぁ。


 それはさておき、ついにと言うべきか……。


「うぬ! どうやら待たせてしまったようだのう!」


「本当だぞお前らー! いったいどれだけ待たせれば気が済むんだー! まぁこっちは何度も勝利の前祝いが出来て楽しかったけどなー!」


 おおう……近くで喋られるとこれまた一層圧力が強い声だなこりゃ。

 驚くべきはそれを発している人物が見た限りでは年端もいかない女の子に見えるというのがこれまた。オレンジ色のツインテールの間にちょこんと角が二本生え、腰からも小さな翼、加えてちょっと露出度高めのまさにザ・小悪魔って感じだ

 しかしよく見れば他の新魔族は全員この子から一歩引いてるような位置にいる、まさかな……。


 てか勝利の前祝いってなにしとんねん……。


「んな、なんだあいつら! もう勝った気でいやがるぜ!」


 なんか知能レベル低そうな奴らだな。こんなのが本当に今まで世界を侵略しようとしていた驚異の新魔族だというのだろうか。


「む、むぅ……確かに今回余らは出遅れた。だが! だからといって戦いに敗れたわけではない! ヴォリンレクス帝国常勝の歴史はこれからも続いてゆくのだーっ!」


「ふーん! 毎回毎回アタイらを仕留めきれてないのに常勝だなんてよく言えたなー! というよりも……」


 女の子の瞳がまっすぐディーオを捉える。

 しっかしこの子の表情も変わらんな、いっつもドヤ顔だ。まぁこの場合は逆に凄く読みやすそうな表情ではあるが。


 てかディーオを見つめて動かんな……いや、もしかしたら私達にはわからない何か特別なことを感じ取っているのかも……。


「誰だお前ー!!」


 なわけないか。単純にディーオと初対面だから困惑してただけだなこりゃ。


「余はヴォリンレクス帝国の皇帝、ディーオスヘルム・グロリアス・ノーブルなのだ!」


「んー……嘘つけー! アタイの知ってる皇帝って奴は体がもっとこう……がっしりしてごっつごっつしてるやつだぞー!」


「そ、それは先代の皇帝なのだ! これからはこの余、新たに皇帝として即位した余が先頭に立ち貴様ら新魔族と戦うのだ! ……というより先ほどからお主はいったい何者なのだーっ!」


 うん、問題はそこだよそこ。やっとツッコんでくれたか。

 ……まぁ予想は大方ついてるんだけどな。


「んなー!? お前アタイのこと知らないのかー!? アタイこそ最強の魔王ルイファン様だぞー! 覚えとけー!」


「……な……なぬー!? つまりお、お主が新魔族軍のリーダーということかーっ!」


 いやまぁ大体の人達は気づいてたよ。パスカルさんもなんとなく察してたみたいな表情してるし、リィナも微妙な顔で微笑している。

 ここで気づかないのはディーオくらいな……。


「う、嘘だろ……こんな小せぇのがあの七皇凶魔だってのか。マジかよ」


 あ、もう一人いたか。なんだか段々と場の空気が緩くなっていくような……数日前までの緊張感を返してくれ。


「しかしお前らいつもは何も言わないでも戦いおっぱじめるくせに今日はのんびりしてんなー。どうしたー調子悪いのかー?」


「む? そ、そうだのう……」


 そうだな、ダンタリオンまでの代では見つけたら即攻撃だっただろうからな。こういった会話なんかは向こうにとっても新鮮なんだろう。

 ……まてよ?


「なぁディーオ……ちょいちょい」


「む、どうしたのだムゲンよ?」


 もしかするとこれはチャンスなんじゃなかろうか。今までは皇帝の意向で新魔族と対話するだなんてことを考えもしなかっただろうし、これはもしかしたら穏便に済ませるという可能性もなくはないのでは?


「だから、なんとか話し合いの場に持ち込むことも視野に入れて話してみてくれ」


「なるほどのう。余としても無駄な血が流れないに越したことはないからの」


 うし、ディーオならわかってくれると思った。だが問題はそこの"魔王ちゃん"が素直に話し合いに応じるかどうか……。


「お前らなにコソコソ話してるんだー、何か言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうなんだー」


「う、うむ。のうルイファンとやら、ここはひとつ余らで話し合ってみるというのはどうだ?」


「……んー? 何をだ?」


 お、これは食いついたか? しかしここからどう戦わないですむ方向に持ち込むか。


「戦わずにお互いが納得する方法を探すのだ! 何も毎回多大な犠牲を出してまで戦い続ける必要はない。……確かに我がヴォリンレクス帝国は古くからお主ら新魔族と敵対してきた。だが余が皇帝となったからには今までとは違う! 昔の遺恨を持ち互いを許せぬ者もいなくはないとは思う……だが、それでも互いを平等の立場と考え、少しづつだが歩み寄れるとこはできると余は信じておる」


 成長したなディーオ。皇帝となる前までは自身の選択で自分が辛く険しい道を進んで傷つくことを避けていた。だが今では誰かに不満や負の感情を向けられようと立ち向かう決意がある。

 どうだ? これで少しでもいいから相手の心に響いてくれればいいんだが……。


「んー……んー……んー……?」


 と、思ったがなにやら目を細め腕を組み、頭を傾げて悩むような姿勢で唸っている。

 これは成功と思ってよかったり……。


「お前なに言ってんだー?」


 ……駄目……か。おバカに見えても相手はやはり新魔族……古くからアステリムの人間と敵対してきた彼女らにとって和解の言葉など無意味だというのだろうか。


「むぐ……やはりわかってもらうことはできぬか」


「いやー、仲良くするのはとってもいいことだと思うぞ?」


「ぬあ!? だ、だったらなぜ?」


 ディーオの言葉にルイファンは頭を起こし、目を閉じたまま「ふんす!」と一息つき……目を見開いてドヤ顔で語った。


「この世に平等なんてない! 存在してるのならたとえ小さくても優劣はあるハズ! そしてその頂点に立つのはこのアタイ! だからアタイはそれを証明するためにお前らを倒す!」


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