第7章 "魔"の大陸 編
163話 戦いの始まりは突然に
それは本当に突然の事だった……。
私は今中央大陸の大帝国である新生ヴォリンレクス帝国に駐在しながら仲間達と忙しくも楽しい日常を送っていた。
ディーオが新皇帝として即位してから大体二週間くらいだろうか。
私達はいつものように皇帝としての責務を果たしへとへとになったディーオを囲みながら集まっていた。
「うがー……もうダメなのだー……。疲れて起き上がる気力もないのだー……」
「ディーオ様、どうぞこちらに」
疲れ果てて情けない姿になったディーオをサロマが膝枕することによってさらに情けない姿に変わっていく。
まったく羨まけしからん姿である。
「ったく、なっさけねぇなぁ。こんな姿の皇帝がいていいのかよ。ここにいるのが俺らだけだからいいもののよう」
「重役の人達とか国民には見せちゃ駄目な光景だよね……」
今やこの国にとって重要な人物であるカロフやリィナもこの場で一緒にお茶の最中だ。最近はこの光景も見慣れてきたな。
「それにしたってやることが多すぎるのだーっ! 少しは手加減してほしいのだーっ!」
まぁ連日にわたるパスカルさん達によって持ち寄られた業務をこなしながら各国からの有力者の謁見。それプラス私によるステュルヴァノフの特訓も行っているからな。
激務に次ぐ激務なのだからディーオの憤慨も当然と言えるだろう。
「ふふ、ディーオ様は立派に皇帝として責務を果たしていらっしゃいますから」
前回の事件をきっかけにサロマの表情も随分と柔らかくなったな。
このまま何事も問題がなければこの国の将来も安泰だ……と、そう思っていたんだが。
「うむ! ありがとうなのだサロマ! よっと……よーし、これからもこの国を素晴らしい国とするために余はもっと頑張るぞーっ!」
そう意気込みながらベランダに続く窓を一気に開けた……その時だった!
ヒュン……スト!
「……にょおおおおお!?」
「ぶっ! ど、どうした皇子さん!?」
「ディーオ様! ……これは!」
窓を開けたその途端、空から一本の矢が飛んできてディーオの頬をかすめたのだ。
「ちっ! なんだ、敵襲か!」
「カロフ、ムゲン君、周囲を警戒して!」
その突然のことに私達は動揺しながらもディーオの身を護るためにそれぞれ身構える……が、それから別段何かが起きる気配はまるでない。
「な、なんだぁ? 何も起きねぇじゃねぇか」
「……っ! 皆さま、これをご覧になさってください!」
そう言ってサロマが見せたのは先ほどの矢だった……いや、これはただの矢ではない。
「これって……何か折りたたまれた紙が括り付けられてる」
つまり矢文ということか? しかし一体全体どうしてこんなものがディーオに向けられて放たれたのだろうか……。
「な、何かはわからぬが……とにかく開けてみるのだ」
紙からは魔力的なものは感じられないので罠ではないとは思うが……果たして内容はいったい。
「えーと……なになに」
はいけい、ヴォリンレクス帝国の皇帝へ
オイこら! いつもはアタイらが到着する前にお前らがきてるのになんで今回はいないんだ! ぷんぷん!
しかもいつまで待ってもやってこないから今回はこっちから"せんせんふこく"してやるぞ!
かんだいなアタイがここまでしてやってるんだから早くこいよな! 今度こそはアタイらこそがこの世界で最強だということをわからせてやるぞ!
魔王ルイファンより
「「「……」」」
「えと……これは……」
その手紙の内容を見た私達は全員反応に困っていた。
……いや、だって、内容があまりにも……なぁ?
「え、オイ……これがまさか新魔族の?」
「宣戦布告の手紙?」
なのだろうか? しかしこの手紙の最後……送り主の名前には心当たりがある。
魔王ルイファン……これは以前この城の中に潜んでいた新魔族が話した七皇凶魔の“傲慢”と同じ名前だ。
しかしどうしてこんな矢文が送られてきたのだろうか? いや、それを理解するには私達だけでは不十分か。
つまり……。
「とにかく、これは緊急事態なのだ! 今すぐ皆を軍事会議室に集めるぞ!」
なにやら一波乱の幕開けに……なりそうだ。
「皆よく集まってくれた」
あれからディーオの指示の下、現在軍事関係に深く関わっている者達を招集し緊急会議が開かれることとなった。
「陛下、本当なのですか……新魔族からの宣戦布告が届いたとは」
「うむ、先ほど余の部屋にこの矢文が飛んできたのだ」
そう言いながらディーオが手紙を広げる。私はそれを光屈折を利用した魔術で大きな板に投影して全員に見渡せるよう拡大させる。
「ふうむ、なかなかに幼稚そうな文章であるが……これが本当に新魔族のものなのであるか?」
ここで現在は帝国の立て直しのために本来の戦討ギルドの業務に加えてディーオに尽力してくれているヒンドルトンが意見を出す。
確かにヒンドルトンの言うことももっともだ、だが……。
「私達は以前ルディオが招き入れた新魔族がこの手紙の主の名前を主としていた。だからおそらく……本物だという可能性は高いと考えている」
私の言葉に再び室内がざわめきだす。この状況から見て、やはりこんなことは今まであり得なかった事態なのだろうということがわかる。
しかしよくよく考えたら私やカロフ達、果てにはディーオに至っても今、この国が長年対峙している新魔族について詳しい者はいないのだ。
ヒンドルトンにしてもそうだ、彼は新魔族に関しては何も知らない。
そう、今この場でそれに関して一番詳しい人物といえば……。
「パスカルさんには何か心当たりは?」
そう、最前線に出ていたパスカルさんになら何か思い当たる節があるのではないかと。
「そう……ですね。そもそも私達がまず出発するのは前皇帝が新魔族が攻めてくるという指示があったら動いていたので……こういうケースは初めてですね」
そうか、前皇帝……つまりダンタリオンの素早い指示が……。
ん? まてよ……。
「前皇帝ダンタリオンは新魔族ベルゼブルと繋がっていた……」
「む、そうか! その新魔族と連絡を取り合っておったから今までは攻めてくる新魔族の動きがわかっておったのだな!」
「確かに……ディーオ陛下の言う通りかもしれません。いつも前皇帝はどこから入手したのかもわからない新魔族の進撃情報で軍を出撃させていましたから」
ダンタリオンは終わらない戦いを望んでいた。敵の情報を詳細に知っていたとすればそれも可能だったのだろう。
「しかし、だとしたらこの手紙は何なのであるか? 今まで前皇帝が内密に戦いを新魔族と調整していたというのならこのようなやり取りはおかしいのはないか?」
その通りだ。それにダンタリオンとベルゼブルは魔術による通信でやり取りを行っていた。
それなのにこんな原始的な方法で宣戦布告を送ってくるということは……。
「おそらく、ダンタリオンが繋がっていた新魔族とこの矢文の新魔族……つまり直接戦闘をしていた奴らとは別口だと私は推測している」
つまり戦い自体はこのルイファンという新魔族が自発的に起こしているだけであり、ベルゼブルはただその情報をリークしていただけということだ。
ダンタリオンにとって必要なのは"戦い"だけであり、その相手との意思疎通は必要なかったのだろう。
「あと他に文章の内容で気になるのは……この「今度こそは世界最強だとわからせる」という部分だが」
「おそらくですが……新魔族との戦闘は毎回我々が新魔族の軍勢に痛手を負わせることで相手が撤退していくのでそのことかと。それに、似たようなことをいつも大声で話す新魔族がいたことも覚えがあります」
なるほど、つまりその大声で話す新魔族っていうのがこのルイファンって奴なのかもしれないな。見分ける時にいい目安になりそうだ。
「ともかく、このまま新魔族を放置してしまえばいずれはこの国まで攻めてくる可能性があるやもしれません。陛下……ご決断を」
一斉にディーオに視線が集まる。皇帝として戦いに関する決断はこれが初めてだ。
これが以前のディーオであればオロオロとただ戸惑うだけだっただろう。だが今は……。
「……うむ! この問題は皇帝として捨て置けぬのだ。全軍、すぐに配備を済ませ行軍するぞ!」
「「「は!」」」
もうディーオは決断できる。私が心配せずともこの国は強く正しい道へと進むことができるんだ。
……しかし、ここでまさかの新魔族との大きな戦いに立ち会うとこになってしまうとはな。
「ムゲン殿、ちょっといいだろうか」
おや、会議も終了し皆散り散りになっているので早速私も戦闘準備……と思っていたところでパスカルさんに呼び止められる。
「何か相談ごとですかい?」
「いや、そうではない。今話したいのはあなたの第六大陸へ渡るための許可のことで……」
ああ、そっちか。私としてはとにかく新魔族の本拠地に乗り込んでその技術を盗みたいという考えはあるのだが……肝心の帝国がこの状況では。
「一応許可の申請は得られた……が、申し訳ないのだが帝国が臨戦態勢に入ってしまえばそれらの一切がその期間適応外となってしまう」
「ま、その可能性は考えてましたよ」
「本当に申し訳ない。とりあえず許可証だけは渡しておく。これでヴォリンレクス帝国の出入りも自由になるでしょう」
お、それはありがたい。私はこの国にはカロフ達に便乗して入ってきただけだからキチンとした通行証を持ち合わせていなかったからな。
「して、今回の戦闘もムゲン殿は参加するつもりですか?」
「ん? そのつもりだが何か?」
何か不都合でもあるのだろうか?
「いえ、元々は殿下……陛下の手助けでやってきただけで本来の目的があるあなたにここまで深く関わってもらう必要はないのではと思いまして」
ああ、なるほどそんなことか。カロフ達なんかは自国からの命でキチンとこの国を助ける義務を持っているが、私は本来ならば第六大陸への足掛かりのためだけに任務を受けたに過ぎない……。
だがまぁ……今はそれ抜きにしても。
「これは私が自分でディーオを助けたいと思っているだけだから心配ご無用。それに新魔族と邂逅するっていうのなら私としては願ったり叶ったりさ」
行き当たりばったりなんてよくあることだ。要はその時その時に最前の選択ができるよう全力を尽くすだけだからな。
「それじゃ、私達も行くとしますか」
「ワウ(了解っす)」
まぁ私達の荷物なんて元々そんなにないのでそのまま出発場に向かうんだが。
そこではすでに準備を終えたディーオ達が多くの軍勢を引き連れすでに待機していた。
「おうムゲン。お前も一緒に行くのか?」
もはや最前線と騎士団としてディーオの側にいるカロフ達が私を見つけ手招きしている。まぁ事実無根の最高戦力だし問題は無い……か?
「しかしまぁ随分な大所帯……だが、今回はカトレア達はいないんだな」
カトレアの軍、つまりアリステルの私兵団も戦力で見れば結構強い部類に入るとは思うんだが。
「はい、今回は新魔族との戦いになりますのでそれに合った軍を適正な人数で向かうことになります」
「ありゃ? サロマじゃないか。どうしてここに?」
非戦闘員であるサロマがこの場所にいるのは凄く違和感がバリバリだ。いったいどうしてこの場所にいるんだ?
「わたくしはただのお見送りです。ディーオ様が戦いに赴くというのに、わたくしはただ待つことしかできません。ですので、せめてお見送りだけは……と」
「ぬおーっ! サロマよ! ありがとうなのだーっ! 此度の戦い……絶対に余らの勝利を収めて帰ってくるぞ!」
「はい、信じておりますね、ディーオ様」
おうおう、いいねぇ出来ちゃったばかりの初々しい光景だねぇ……。
「ま、俺達がついてるんだからそう心配すんなって」
「カロフ、あなたはいつもそうやって油断するんだから。フォローするこっちの身にもなってよね」
この二人は……まぁもう見慣れた光景だしそこまでカロフへの嫉妬心は無……。
「か、カロフカエストス……!」
……っとお? なんだ、カロフの後ろの方から女性の声がしたぞ。
「んあ? ああ、お嬢さんじゃねぇか」
確かにあれはアリステルだな。カトレアの軍は出動しないということだが、何故この場に?
「カロフ……絶対に、帰ってきなさい! それと、これを差し上げますわ! 途中でお食べなさいな……」
と、頬を赤く染めながらカロフへと小さな包みを渡す。
「ん……わあったよ。ま、心配しなくても俺ぁ必ず帰って来るっての」
「べ、別に心配なんてしてませんわ」
……え、なにこれ? なんかリィナもニコニコしながら眺めてるし。これってそういうことでもあるの……うっそーん。
なにしてくされてんのやカロフ……てかお前はハーレム系主人公かってんだ。
「くそう……なんでいつも私だけ独り身なんだ」
「ワウン(ま、しょうがねぇっすよ)」
地面に突っ伏しているところを犬が脚でポンと肩を叩いてくる……なんだか凄く惨めな気分だ。
ええい! もうそんなことはどうでもいい!
「とにかく! もう出発するんだろ! さっさ行くぞ! あとディーオはこれ持っとけ!」
「ぬお!? どうしたムゲンよ……。まぁその通りだが」
だったらさっさと出発じゃい! 行軍が始まればこの気分も少しは落ち着くだろうからな!
ついでに離れた場所にいる場合の[telephone]を込めた魔石も渡しておいて準備完了だコノヤロウ!
「陛下、すべての部隊の出発準備は整っております。どうぞ出立の号令をお願いいたします」
「うむ! 皆よく聞け、今回は余が皇帝となり初めての新魔族との戦いとなる! だが恐れることはない、お主らは余が誇る無敵の軍勢だ! 此度の戦も必ずや勝利を得られると信じておる!」
オオー! と大きな歓声が挙がる。急な皇帝の代替わりで誰もかれもが困惑していると思ったが、ディーオの号令でその覇気を取り戻したようだ。
「ではゆくぞ! 開門なのだーっ!」
こうして、私達の対新魔族軍の行軍が始まったのだった。
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