162.5話 新帝国のドタバタ劇場


-ディーオのその後-


 ……皇帝の朝は早いのだ。未だに眠い目をこすりながらベットから出て、身支度を終える。

 そこから朝食を食べ終えたのなら、いよいよ余の皇帝としての一日が始まるのだ!


「うむ、今日も一日民のために頑張るとするかの!」


 そう、余はこの強大にして広大なヴォリンレクス帝国の正式な皇帝なのだ。

 ……皇帝の座に就くまでは、本当にいろいろなことがあった。それは一言では語りつくせぬが、それのおかげで今の余があるといっても過言ではないだろう。


 だが余は未だ皇帝としては未熟である。だからこそ、余を皇帝として信頼してくれる臣下達と共に作り上げていくのだ、新たなる帝国をの!

 覚えるべきことはまだまだ山のようにあるが、泣き言など言っておれぬのだ!




 ……と、意気込んだのはよかったのだが。


「ぬわーっ! もう疲れたのだーっ! 一休み、一休みだけでいいから頼むのだーっ!」


「なにをおっしゃっておられるのですかディーオ陛下。まだ近隣諸国への対応と各地域からの政策案件、それにこちらの書類にも目を通した上で皇帝としてどう対応するべきかをまずはキッチリと覚えてもらいます」


「その他には各地域の軍備状況と今後の細かい配備の資料について、それと新たな部隊編成も行ってもらわうのである!」


 現在余は執務室でパスカルとヒンドルトンによる地獄のスパルタ皇帝育成の真っ最中なのだ。

 だが正直、覚えることが多すぎてもう頭の中がパンクしそうなのだ……。


 確かに、今までの政策や軍備といったすべての事柄は前皇帝であるダンタリオン……つまり余の父上の圧倒的なカリスマによって成り立っておった。

 だが、余にはそのようなものは皆無といってもよい。だからこそ、こうしてパスカル達の力を借り余に足りないものを補うことで今までとは違う新しい政策を作っていく……のだが。


「た、頼む! ほんの少しでいいのだ! これ以上は余の頭がおかしなってしまうのだーっ!」


「いいえ! 急遽帝位が変わったことによって各地への対応が押してきているのですよ」


 そうなのだ、パスカルの言う通り今までは父上の……代々の皇帝による変わらない政策や軍事によってこのヴォリンレクス帝国というものは維持されてきたといってもよい。

 それが、急に皇帝が変わり今までの考え方ともまったく違うとなれば属国や周辺諸国の有力者にとっては何事かと大騒ぎするのが普通……らしいのう。


 それに今この場にいない各国に出向いている各責任者達への説明の場も設けなければならないし、軍事……特に対新魔族に関しては父上が大本となって動いてていたために早急に新しい対策が必要……らしいのだ。


「前皇帝ダンタリオン……いや、かつてのヴォリンレクスそのものが新魔族と繋がっていたとなると、軍事関係に関しては一から見直さねばならぬのではないか?」


「いえ、私を含め各軍事責任者は各々が独自に軍備を行ってきましたのでその点は大丈夫です。……ただ、大まかな改変はやはり必要にはなると思いますが」


「うーむ、各々に任せても新魔族との戦闘は絶えることはないと計算していたのであろうな。うむ、軍備に関しては吾輩も尽力させてもらおうではないか」


 ヒンドルトンは父上との戦いが終わった後にもこうして戦闘や軍事関係に関して余を助けてくれている。

 まぁこやつにとっては自身の経営する戦討ギルドが帝国の後ろ盾の下で成り立っていたようなものでもあるから当然といえば当然ではあるがの。


 パスカルも政治関係においては他の者もいるというのに、こうして余に付きっきりで教えてくれている。

 自分の家族が暮らすこの国のために新身になるのは当然だとは思うが。


 それでも余にとってこの二人の存在はとてもありがたいことには変わりない。


 のだが……。


「「さぁ、続きをやりますよ陛下!」」


「ぬわーっ!」


 もうちょっと手加減というものを覚えてほしいのだ……。




「はぁ、このままでは体がもたぬのだ……」


 せっかく皇帝となったのに、就任して数日も経たぬ内に過労死してしまったらシャレにならぬではないか。


「うーむ、やっぱり庭園はのどかでよいのう」


 ということで今はあ奴らからの束縛から抜け出してまったりと休憩タイムなのだ。

 ふっふっふ、余の抜け出し術を甘く見るでないぞ。隙を見て抜け出すことに関しては誰にも負けぬ自信があるからのう。


 うむ、ここなら誰かに見つかることもあるま……。


「お、そこにいるのはディーオじゃないか」


 ……見つかってしまった。しかもよりによってこやつ……ムゲンに見つかってしまうとは。

 まったりとした時間を楽しみたい今の余にとってこやつの存在はとても厄介である。


「こんなところにいるってことはパスカルさん達との業務はもう終わったのか?」


「う、うむ……そんなところだの。ところでムゲンはこんなところで何をしているのだ」


「私か? 私はこの前の犬との合体の感覚を忘れぬようにここらで秘密の特訓をしていたところだ」


「ワウン」


 どうして今こんなところでやっているのだ……。それならば訓練所に行けばよかろう……とも思うが、こやつの行動に関してはよくわからんからのう。


「そうだディーオ、パスカルさん達の業務が終わったんならお前もステュルヴァノフの扱う特訓を……」


 ぬ、きてしまった……最近ムゲンとで出会うと問答無用でステュルヴァノフの特訓をさせられるのだ。

 なにやらムゲンは余にもっと扱えるようなった方が良いと思っているようだが。


(正直あの特訓もかなり辛いものがあるのだ……)


 この前はただ何かの意思に従うように振り回しているだけでよかったのだが、ムゲンがそれでは駄目だとこれまた厳しくしごいてくるのだ。

 だが自分の意思で扱うとなるとこれがまた難しくてのう……。逆に余が引っ張られたり地面に叩きつけられたりと散々な目に合うばかりなのだ。


 だから……。


「ぬ、ぬおっとぉ! そ、そういえばまだ余にはやるべき用事が残っておったのを忘れておったぁ! いやー流石に皇帝ともなると忙しいのう!」


 ただでさえ疲れているというのに、そんな状態で特訓などやっておれぬ!

 なのでここは即時撤退させてもらいたいのだが、ムゲンの反応は……。


「……そうか、まぁ皇帝に就任したばかりだからディーオもいろいろ忙しいのは当然だな」


(よし!)


 むっふっふ、まんまと騙されおったな。いくらムゲンが知将だとて、余の圧倒的演技力の前には形無しのようだのう。


「ま、大変だろうがお仕事がんばれな。あ、仕事もいいけど私の第六大陸横断に関しても話は進めてくれよなー」


 と、そう言って余の肩を ポン と叩いて余の横を抜けて去っていく。

 ……うむ、これでまた余は自由なのだ。だが、いつまでもこの場にいるのは流石にマズい、移動をせねば。




「うーむ、どこがよいかのう……」


 当てもなく城内をフラフラとしてはみるものの、どこに行こうとあ奴らなら地の底まで余を探すであろうことはわかりきっている事実。

 だからこそ何かしらの隠れ蓑さえあれば……。


「マジか、お嬢さんが俺を……?」


「でも、あれはそういう意味だと思うよ」


 む? 適当に歩いているとどこからか聞き覚えのある声がしてくるではないか。

 声の下方向を見てみると……おお、やはりあれはカロフとリィナの二人ではないか。


 うむ、一人でいるのもそろそろ退屈していたところだからの、あ奴らをからかいにでも行こうではないか。


「カロフにリィナではないか、お主らどうしたのだこんなところで」


「あ、殿下……じゃなくて、陛下でしたね」


「おう、皇子さん……って呼び方ももう変か」


「別に無理に呼び方を変える必要もないがのう」


 それに余自身も呼ばれ慣れてない呼び方をされるとどこか戸惑ってしまうからの。

 ま、それに関しては追々というところか。


「それよりもどうしたのだ。何か悩んでいる様子にも見えたが?」


「あーそれなぁ……」


 むむむ? なんだ、いつも豪快なカロフにしては歯切れが悪いのう。


「実はカロフの女性との交友関係に関して悩んでいるところなんです」


 女性関係? そういえばカロフは女性に関していろいろ問題を抱えていると聞いたのう。

 そしてそれに関してリィナが毎回カロフを責めるというのも最近はよく聞く話なのだ。


「リィナ、こんなん別に皇子さんにする話すほどの事でもねぇだろうが」


「でも今は仮でも私達の主君なんだから、話しておいてもいいと思うよ。それに、今回は私もいろいろ考える必要があるみたいだし……」


 ……な、なんだろうか、二人のこのかつてないほどの重苦しい空気はいったい。

 なんだか余が立ち入る隙がなさそうなのだ……うむ、ここは素直に退散した方がよさそうだの。


「ま、まぁ何があったかは知らぬが上手く解決するとよいの。では余はこれにて失礼!」


「あ、皇子さん」

「殿下」


 ああいう雰囲気はちょっと苦手……なのだ。


「カロフ……私は別に構わないよ。それが真剣な気持ちなら」


「リィナ、サンキュ。でも俺は……」


「うん、私だって譲る気はないから」


 最後にあ奴らのそんな会話が聞こえつつ、余はこの場を後にした。




「ただ歩いていただけだというのに結構疲れたのう……」


 あれから結局安住の地は見つからず、こうして自室に戻ってきたわけなのだが……そういえば朝食から何も口にしていないことを思い出したのだ。


「……喉が渇いたのう」


「では、すぐにご用意いたしますね」


「ぬお!?」


 てっきり誰もおらぬと思っていたので、余のぼやきを誰かに反応されて戸惑ってしまった。

 だが、そうだったのう。余の傍にはいつもこやつが……サロマがおるのだ。


「随分お疲れのようですね」


「う、うむ……もうクタクタなのだ」


 ちょっと気恥ずかしいのう。皇帝に即位してからはこうして二人きりになる機会も随分減ってしまった。

 それでもサロマは嫌な顔一つせずにこうして余のために尽くしてくれておる。


(サロマはこうして立派にやっておるというのに……余は)


 そう考えると、業務から逃げた自分が途端に恥ずかしなってきたのだ。

 皇帝に……そしてサロマに相応しい人間となるためと意気込んでいたはずだというのに、このままではいけないのだはなかろうか。


「ディーオ様、お茶が入りまし……」


「サロマ! 余にはまだやらなければならないことがあるのだ……だから、その茶はそれが終わるまで取っておいてくれるかの……」


 そうだ、逃げてるだけの余はもうお終いなのだ!


「だからのサロマ……その時はまたゆっくりとだの……」


バァン!


「そのディーオの熱意を感じて参上!」


「ぬおお!?」


 な、なんなのだ? 余がサロマと甘い雰囲気になりかけていたところでいきなりムゲンが扉を開けて出てきたぞ!?

 それにその後ろにいるのは……。


「ディーオ陛下……では続きと参りましょうか」

「そのご意向通り、みっちりしごくのである!」


 パスカルとヒンドルトンが山のような書類をその手に立っておった……。

 だが腑に落ちぬのは……。


「な、なぜこの場所がわかったのだ……」


 パスカルとヒンドルトンはおろか、ムゲンにだってその行先は伝えなかったはずだというのに。


「それはだな、私がお前との去り際に[tracer]を引っ付けてパスカルさん達にリークしたからさ」


「なんとー……」


 あの時のムゲンの行動はその動作を隠すためだったのか。つまり騙されていたのは余の方だったと……。


「さぁ陛下! 各地の食料問題や街道の整備状況も残ってますよ! それに今度開催される各国の有力者を集めた新皇帝就任の祝いのパーティーに関しても!」


「国境の砦に駐屯軍への対応もまだまだ残ってるのであるぞ!」


 ああ……余の平穏は、どうやらまだまだ訪れそうにはなさそうなのだ。


「ふふ、頑張ってください……ディーオ様」


 そんな余を、楽しそうな顔でサロマが見つめていた。






-アリステルのその後-


 わたくしの名はアリステル・ティアナ・バーンズ。ヴォリンレクス帝国に存在する伯爵家の令嬢ですわ。

 大国の有力貴族家の娘であるわたくしは何一つ不自由のない優雅な生活を送っております。……けれど、そんなわたくしにも実は今一つのある悩みを抱えておりますの……。


「こ、今度のパーティーでわたくしと踊る権利を与えますわ! 光栄に思いなさい!」


「……お嬢様、それでは駄目です。そのような態度では反発され、突っぱね返されるのがオチでしょう」


 今、わたくしは城内のとある庭園にて一つの練習を行っておりますの。

 それは何かと言うと……。


「これでは騎士カロフに想いを告げるどころか、心のひとかけらもお嬢様に向くことはありませんよ。確かに高圧的で上からの物言いはお嬢様らしくあり、自分もそうして罵られるのは大好きですが……あの男はもっとしおらしく、対等に向き合う女性を好む傾向にあります」


「うう……でも、そんなのよくわからないわ」


 そう、わたくしの気持ちは今あの男……小さな大陸からやってきた亜人の騎士に向いていますの。

 でも彼にはすでに想い人がおり、わたくしが入り込む隙もない……。


 というより、いつもの変態的な性癖は置いておき、カトレアはどうして彼の好きそうな女性のタイプを理解できるのかしら。

 わたくしだって彼のことを理解したい……けれど、今まで価値観の違う世界に生きてきたわたくしにとってその壁はあまりにも高いのです。


「お嬢様はいつも相手より優位な立場に立たれ、相手がへりくだるのは当然……そんな環境にて育って参りました。周囲の人間もそれが当たり前の光景でしたから、どんな男性も今までのお嬢様を受け入れておりました」


 そうですわ、今まで出会ってきたどんな男性もわたくしを褒め、優しい言葉を与えてきましたわ。そして、以前のわたくしはそうされることに快感を覚え、それが当たり前……そう思っておりました。


 けれど……彼と出会ったことでその価値観は変わってゆきましたわ。


「でもそれは……わたくしには未知の世界ですわ。やっぱり、この恋自体が間違いなんじゃないかしら……」


「お嬢様! それは違います! たとえその間にどれだけの障害があろうと、乗り越えることはできる……それを自分は、この前の戦いにおいてディーオ陛下とサロマ殿の二人から学びました」


 ディーオ、そしてサロマ……わたくしは二人が結ばれたその場にいなかったため詳細はわからないけど、カトレアからその話は聞いている。

 でも、自分にもできるのかしら……。


「ありのままの気持ちを伝えればよいのです。ほら、そこの角からあの男がやって来ると想定して……思い切って言葉をぶつけてみましょう」


「あ、あそこから……」


 あの角からやってきたところに……想いをぶつける。そんなことできるわけが……いえ、でもやらなければ何も変わりませんわ。

 わたくしも新しい一歩を踏み出すのですわ! ……練習ですけど。


「さぁお嬢様」


「わ、わかってますわ! ふぅ……ふぅ……よし! か、かか、カロフ・カエストス! 今度のディーオの皇帝即位式で……わ、わたくしと踊ってちょうだい!」



「あえ……!?」



「……へ?」


 うそ……でしょう? わたくしはただ単に虚空に向けてダンスの誘いの練習をしていただけですのに……。

 それが……それがなんで今目の前に本人がいるんですのおおおおお!


「どうしたのカロフ? ……って、アリステルさん?」


 それに、その後ろにはカロフが唯一想いを寄せる女性……つまりわたくしの最大のライバルまで一緒にいるなんて……!


「ふむ、これは奇遇ですね」


 まさか……カトレア、わかっててやりましたのね! で、でもそれはそれとしてどうしましょう!

 今更「冗談ですわ」なんて言えるわけありませんし……。


「ねぇカロフ、アリステルさんがどうしたの?」


「いや、えっと……なんか今度の皇子さんのパーティーで踊るのがどうのって……」


「え……それって……」


 どうやらリィナの方はその言葉がどういう意味か理解してしまったようですわ。

 ですが……負けたくない、そんな気持ちが何故か強くなっていきますの。

 だからもう迷いませんわ!


「もう一度だけ言いますわカロフ! 今度のパーティーでわたくしとダンスを踊ってちょうだい! わたくし……待ってますから! 行きますわよカトレア!」


「はっ! お嬢様!」


 それだけ言い残してわたくしとカトレアは素早くこの場を立ち去りました。

 もうわたくしの頭の中は恥ずかしさで一杯でした。けどわたくしはもう行動してしまった……それがどんな結果になっても、後悔しませんわ!






 そして……ついにその日がやってきてしまいましたわ……。

 式自体はディーオがいつものように大声で自信満々に喋って終わり、今は各界と交流を深めるための時間ですわ。


 ダンスの時間は刻一刻と近づいてますわ……だというのに、次から次へと群がってくるどうでもいい男が後を絶たちませんの。

 どうやらわたくしとルディオ様の婚約が波状したという噂もすでに広まっているらしく、その後釜を狙っているようですわね。


「いやぁ相変わらずお美しいですね。どうです、この後一曲?」


 以前なら少しはなびくかもしれなかったこんな甘い言葉も、今のわたくしにとっては雑音にすぎませんわ。


「おや、今日のドレスはいつもと違うのですね?」

「以前の派手なものの方がキミらしいと思うが、それも似合っているよ」


 ……わたくしらしい? らしいってなんですの?

 確かに以前までのわたくしはこのような場では赤を基調にした派手なものを身に纏い、髪も盛りに盛ってました。けれど今日のわたくしの姿は、薄い黄色を基調としたすらりとしたものに、髪も下ろしてどこか清楚な装い。

 これもカトレアのアドバイス……あの人、カロフはきっとこういう方が好きだからと。


 わたくしらしさなんてものは最初からなかったのよ、ただ好きな人のために自分を飾る……それがわたくしのあるべき姿ですの。


「通して……通してくださいまし」


 言い寄って来る有象無象を避けつつわたくしは探す……けど周りの人間達はそんなわたくしの気持ちなんてお構いなしに詰め寄って来る……。


 ああ、もう時間が……。


「こっちだ……!」


「え? きゃ!」


 そろそろダンスの時間に差し掛かろうとしたその瞬間、突然わたくしの腕を取って強引に人込みから引っ張り出すどこか無骨なその腕……。


「ったく、しょうがねぇお嬢さんだなまったく……」


 もう、顔を見なくてもわかりますわ。それはわたくしが一番会いたかった人。


「か、カロ……」


「ほれ時間だ。踊るぜお嬢さん」


 と、そのまま言葉を続ける暇もなく曲が始まり、カロフの慣れないリードでわたくしはなすがままにその身を委ねてゆきました。

 どこかぎこちないステップ、それでもわたくしをリードしようと必死になって……。


「……下手くそですのね」


「うっせ」


「わたくしに合わせなさいな」


 今度はわたくしからリードするようにステップを踏んでいき、それにカロフが合わせていく。

 それは、今まで踊った中で一番お粗末なものでしたが、今までで一番……楽しい時間でした。




 やがて、曲も終了してわたくし達はバルコニーで休憩をしておりました。

 楽しかった……でも、わたくしは聞かなければならなりませんわ。


「どうして……わたくしと踊ってくださったの?」


 きっとリィナからこのダンスの意味は聞かされていたはず。それなのにどうしてカロフはわたくしの手を取ってくれたのか……。

 カロフは思い人に一途なはずなのに……。


「……別に、ただお嬢さんは俺にとって"気になる奴"になった。それだけのこった」


 その言葉にわたくしは驚きましたわ。だってそれはつまり……少しでも、そういうことだというのですから。


「で、でもあなたには……」


「リィナが言ったんだよ、「私だけを想うばかりで気持ちが束縛されてるんじゃないか」って。確かに、そうだったかもしれねぇ。俺は何があろうとリィナただ一人を想い、それを守り続けないといけねぇ……ってな」


 それは知っていましたわ。でもそれがカロフの純粋な気持ちだということも当然。


「それはつまり……別の女性と接する対象としてわたくしを選んだだけということですの……。そうですわよね、こんな高慢ちきな女なんか嫌いで当然ですわ」


 そう思うとどこか寂しかった。だって、結局カロフの心に自分はいないのだから。

 しかし……。


「だぁー! ちげぇっての! つまりだな、今までリィナ以外にも気になる奴がいたとしても抑えていたのをやめたってことだよ! それに、俺がお嬢さんのこと嫌いだとかいつ言った!」


「え……」


「……俺としては、もっとお嬢さんとは仲良くしていきたいとは思ってるぜ」


 そ、それって……! そういうことでいいんですの!?

 カロフは今までと変わらずにリィナのことは想っているけれど、それとは別にチャンスがあるってことですのね!


「私としても、ちょっとカロフに依存しすぎちゃってるとこはありましたから」


「あ、リィナ……」


 人込みを抜けてリィナがやってくる。まだ誰とも踊っていない様子……つまりは。


「カロフはもっと自由な方がいいんです。……でも、私は譲る気はありませんから」


 そうしっかりとした目でこちらを見据えてくる。そうですわね……わたくしも負ける気はサラサラないですわ!


「その勝負、受けて立ちますわ!」


 わたくしの恋はここからはじまるんですのよ!


「おいおい、二人とも熱くなるのはいいけどよ……。ま、俺もこれから自分の気持ちをしっかりと向き合ってお前らと……」



「いやっほおおおおおう! お前ら楽しんでるかー!」



 あら、カロフが何かを言いかけていたようですけど、いきなり飛び込んできたおバカな魔導師のせいで聞き取れませんでしたわ。


「いやー、私ももっと酔って楽しみたいんだがまだ未成年なんでな! お酒を飲んだ気分になったつもりで場を盛り上げてやろうと思って……」


「大事なセリフの途中で出てくんじゃねぇこのバカ!」


ドゴォ!


「ぐあああああなんでえええええ!?」


 そのままカロフに蹴られてバルコニーから吹っ飛んでしまいましたわ……いったいなんだったのかしら。


「おーい、お主らこんなところにいたのかー」

「お食事とお飲み物はいかがですか」

「お嬢様、そろそろ自分も参戦させていただきます」


 と、それを合図にやってくるディーオとサロマとカトレア。

 カトレアはなにやらわたくしに挑戦するような物言いだけど……いいですわ、あなたがその気ならそれも受けて差し上げましょう。


「絶対に、勝利を掴んでみせますわ」




 こうして、新たなヴォリンレクス帝国の日常は慌ただしくも充実した日々を……歩んでいくのであった。



~to be continued~


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