159話 衝撃の一手
世界の破滅……もはやその圧倒的スケールの大きさは誰にも理解できるものではなく、ただ黙ることしかできない。
だが、ダンタリオンはそんな彼らを気にも留めることなく、ただ冷酷に場を見据えていた。
「さて、聞きたいこととやらはもう終わったか」
そう言うとダンタリオンはその場から立ち上がる。そして、言い放つのは残酷な一言……。
「ならばもういいだろう。貴様らには消えてもらう」
スッ……っと手を挙げディーオ達を指し示す。それはまぎれもなく部下への戦闘命令に他ならない。
そう、まさに……。
「やれ」
ディーオ軍VSダンタリオン軍という最悪の構図が今始まりを告げたのだった。
「ぐぅ……! 各員、戦闘態勢に入るのであーる!」
ディーオ軍においてまず先陣を切って指示を出したのはヒンドルトンであった。この中では多くの戦場の経験を持つ彼だからこそいち早く対応に踏み切れたというべきだろう。
そう、良くも悪くもディーオの軍団はこうした大人数での戦闘を経験した者はぞう多くはないのだ。
それに対してダンタリオンの軍は何度も新魔族や他国との戦闘を経験した戦争のエリートと言っても過言ではない。ゆえに、自らの王がどれだけの悪人であろうとその命令に従い勝利をもぎ取らんとする戦闘マシーンになり得るのである。
「くそ、出遅れたぜ! リィナ、俺達はどうする!」
「私達の部隊は先陣を切った戦討ギルドの方々の援護! カトレアさんの部隊も同じようにお願いします!」
「承知した」
先陣を切った戦討ギルドの面々だけではすぐに押し崩されるだろうと判断するリィナ。
確かにこの戦力差ではいくら手練れの戦討ギルドといえど長く持たないことは確実。だからこそ一対多数にならないよう互いをフォローしつつ戦うという手は無難に正しい選択と言えるだろう。
だが、ハッキリ言ってそれでも純粋な戦力の差というものは着実にディーオの軍勢を追い込んでいく……。
「カロフとカトレアさんは外側……囲まれないよう対処をお願い!」
そう、相手の軍はディーオの軍勢を押し込みつつじわじわとその周囲を囲むように陣形を展開していた。
戦力差があるからこその必然。このままでは包囲されることによって簡単に殲滅されることは火を見るよりも明らかだ。
「よっしゃ! 任せろ!」
「そちらに回る!」
包囲が完了されるまえに突き崩すため、カロフが右翼、カトレアが左翼へと向かう。
そこにいる相手は勿論熟練の兵士……だが二人はそれをも凌駕する一流の騎士だ。
「一気に行くぜ! 『
「自分も行くぞ、唸れ『
二人の攻撃により包囲は崩れ数人の兵士が吹き飛んでいく。……が、意外なことにその兵は多少の怪我は見て取れるものの、ゆっくりと立ち上がり再び敵を打ち倒さんと迫ってくる。
「マジかよ……」
「相手は帝国最強の軍勢……この程度では怯ませるのが手一杯か」
「えいっ! 二人とも大丈夫……きゃ!」
「ぬうう……吾輩も手助けにゆきたいが、中央を開けるわけにもゆかぬ!」
倒しても倒してもゾンビのように這い上がる兵士達に若干の恐怖を覚えつつも応戦するディーオ軍。士気は十分、戦闘もなんとか互角の戦いを続けている。
だが、その中心では……。
(余は……こんなものを望んだはずではなかった……)
一人……この戦いの意義を見出せず苦悩する心優しき少年は何もできずにいた。
(父上……ダンタリオンは言った、「すべての始まりはお前にある」と。ならばこの結末も余が生まれたからだとでもいうのか)
サロマが生み出されたのも自分が皇帝に相応しい素養を受け継がなかったから。この戦いも自分が歴代の皇帝と違うから……。そんな考えが頭から離れなかった。
そして父親との決別、それはディーオにとって今まで信じていたものすべてを捨て去ることと同じ。
(すべてを捨て去った……そんな何も持たない余がここでダンタリオンを打ち倒し、真の皇帝なんぞに本当になれるのだろうか)
"理想"を失い、信じていたものにも裏切られた。そんな自分が人の上に立つことが出来るのだろうか……と。
「くだらない……憂鬱な戦いだ」
「……はっ!?」
それに気づいたのはディーオだけだった。戦闘が激化する中、後ろで傍観していたダンタリオンがゆっくりと動き出したのだ。
その手に神器“ステュルヴァノフ”を構えながら……。
「皆、あぶ……!」
「消えろ」
ヒュ……
「なっ!?」
「え!?」
「そん……!?」
「ぬ!?」
一瞬だった……それが振るわれてからまさに一秒にも満たないほど一瞬の間でディーオの軍の約半数が吹き飛ばされるという信じられない光景が広がっていた。
カロフやヒンドルトンといった強者であれどそれは例外ではない。その打撃を受けた者は地面に倒れ、酷い者に至っては立つことさえままならない。
「カロフ! リィナ! カトレア! ヒンドルトン! ……そんな、これではもう」
帝国を正したい、サロマを助けたい……だがそんな自分の願いのせいで誰もが傷ついていく……。
「諦めろ。所詮貴様の理想など誰にも望まれはしない。そして貴様がサロマに抱いた想いはただの幻想だったにすぎない」
帝国とは、代々の受け継がれる皇帝の破滅思考によって作られた、いずれ滅亡するためのおもちゃに過ぎない。
サロマは、そんな帝国がこれからも変わらず続くための道具であり、ディーオはそれに仮初めの母親への情念を感じていたに過ぎない……。
(そう……なのか? 余の想いはすべて……本当は存在しないものへ感じていただけの……空虚な情念に)
ディーオの体がゆっくりと、膝から崩れ落ちる。それは諦めのようでもあり、まるですべてを失った抜け殻のようにも見えた。
「貴様には……何もない」
(余には……)
「それはどうかな?」
「「「「!?」」」」
それは……どこからともなく現れた一筋の光。丁度両軍の間にそびえ立つその小さな岩山の崖先には、白く光る獣とそれにまたがる一人の魔導師の姿があった。
絶望の淵を照らし、すべてを救う救世主の姿が……。
「お待たせ! 絶望クラッシャームゲン様のご登場だぜ!」
さーて、やってきたはいいが……どこをどう見てもこれはまぎれもないピンチってやつだろうな。
「ごふっ……ムゲン、テメェ遅ぇんだよ……ったくよぉ」
そういうお前もそこそこのダメージ食らってるじゃないか。まぁあれはステュルヴァノフによるものだろう。
他にも何人かやられている者もいるが、誰も致命傷とまでいかないほどだな……つまりは。
「これは……大分悲惨な状況ですね」
私と一緒に犬に同乗していたパスカルさんがその場に降り立ち状況を確認する。
これで、役者は全員揃ったというところだろう。
「くっ……ムゲン君、パスカルさん。聞いて、やはり皇帝は……」
「無理に喋るなリィナ。安心しろ、先ほどの一部始終は大体こいつで聞いていた」
そう言いながら私は皆に見えるようにスマホを取り出して説明する。
「お前らの出発前、カロフにこっそり[wiretap]と[tracer]を仕込んでおいたからな」
「んなぁ!? テメ……いつの間に!」
これにより真相を確かめたいと願っていたパスカルさんにもリアルタイムでダンタリオンの言質をとることができるからな。
さて、まぁそれはそれでいいとして……そろそろ本命とのお話合いといこうじゃないか。
「パスカルか……」
「陛下、先ほどのお話、私も聞かせていただきました。……そして、帝国の地下に存在する非人道的な施設の存在も……この目で確認してきました」
「……なんだと?」
おっと、表情が少しだけ歪んだな。予想外だったんだろう、私達があの場所を見つけることが。
「む、ムゲンよ……! そ、それはもしや」
「ああ、サロマが造られた帝国秘密の研究所といったところかな」
正直入ってみて驚いたさ、室内には今のアステリムでは考えられないほどの技術力で作られたような実験器具や人の細胞と魔力の元素を絡めた実験など、超技術が満載だったからな。
あんなものをいったいどうやって手に入れたのか聞いてみたいところではあるが……そう簡単に口を割ってはくれないだろう。
「研究所には数名の研究者がおりましたが、全員捕縛させていただきました。のちに事情聴取を行うつもりです……」
淡々と事務的に話すパスカルさんではあるが、やはり皇帝相手ともなるとどうにか平常心を保っているというところだ。手は震え、頬には汗が伝っている。
「……あの場所は通常では見つからず、我が認めた人材しか入ることを許されないはずだが。どうやって侵入した」
まるで「そんなことはどうでもいい」という風にパスカルさんの話など意も介さない様子でこちらに語り掛けてくる。
「なに……ちょいと裏技でお城の中を調べさせてもらっただけさ」
と、もう一度スマホをちらちらと振って見せる。そう、何も私達は偶然で秘密の研究所を見つけたわけではない。
きっかけは先日のルディオを[tracer]で追跡していた時のことだ。
あの時、サロマに城の構造を説明してもらっている時に[map]を広げてみると、どうにも城の地下に不自然に広いスペースが広がっているように見えたのだ。
その時は別段気になる程度で済ましていたが、状況が変われば途端に怪しく感じるのは当然と言えるだろう。
そうして私は[map]をもとについにそのスペースに繋がる道を発見した……が、これがどうにも開け方がわからず壊すこともできない。
どうしたものかと悩みながらスマホをいじっていると……ピロンという音と共にとある魔術アプリが点滅してるではありませんか。
それは[magical labyrinth]だった。かつて迷宮攻略に使ったこのアプリがまさかこんなところで……と思いながら起動してみると、なんともまぁ簡単に研究所までたどり着くじゃありませんか。
「ガウ……(お城の地下がダンジョン認識されちゃったんすかねぇ……)」
「その辺は私にもよくわからん! が、とにかく帝国に存在する闇の技術はすべて暴かせてもらったぞ!」
「そうか、すべてを知られたか……」
おやおや、ここまでやられて流石のダンタリオンもご立腹になるかな? と思ったが……そんなに堪えてない感じさね。
……まぁ、それも当然か。
「だが、そこの貴様……魔導師よ。先ほどの我の話を聞いていたというのなら、我の返答はわかっているはずだが」
「やっぱ聞く耳は持たないんでしょうよ……わかってたさ」
わかっていた、ダンタリオンが完全な"悪"だと確定した今、どんな説得も無意味なものであると。
私達とダンタリオンではその価値観がまるで違うのだ。私達がどのような言葉を繕ったとしても、それが奴の耳に届かないのも当然にこと……。
「だったらもう、やることは一つしかないよな」
こうなってはもう互いの価値観だけでは本当の正しさを証明することなどできない。『勝者だけが真実』……前世でも何度も味わってきたことだ!
「む、ムゲンよ! どうしても……どうしてもやらねばならんのか!? 余は……本当は誰にも傷ついてほしくなど……」
「ディーオ、それは違う! 確かにお前の理想は正しいものだ。だが、この世にはその正しさを理解できない存在がごまんといる。だから証明する……これはそのための戦いだ!」
時には相手をねじ伏せなければ届かない理想というものもある。心優しいディーオにとってその選択は自身の意と反するものかもしれない。
「だがそれは、誰かが傷つく選択をすることでお前自身の心が傷つくからだ。お前自身が傷つくことを恐れているからなんだ!」
「余が……自分を……」
ディーオがダンタリオンやサロマと相対する時に怖気づいてしまうのもそのためだ。
自分を否定されてしまう恐れ、自分の理想を失う恐れ。ディーオは自分自身が傷つくことで自分を成り立たせるすべてを失うことを恐れているんだ。
「傷つくことを恐れるな! また立ち上がればいい! お前の理想はお前自身が生み出したかけがえのない光なんだ! それはこの場にいる誰もが認めているんだからな!」
「誰もが……?」
そう、もはやディーオの理想はディーオ一人だけのものではない。
周囲を見渡せば、カロフが、リィナが、カトレアが、そして多くのディーオに連なる者達が見つめていた。勿論私もな。
「皇子さん、こんなところで諦めたら承知しねぇからな」
「私達はもう、殿下の理想に賛同する一人ですから」
「カロフ……リィナ……」
「お嬢様が健やかに暮らす国には、あなたのような王が相応しい」
「ちと頼りない気もするが、その心がけは応援するのであ~る」
「カトレア……ヒンドルトン……」
皆の想いがディーオに伝わっていく。同時にディーオの曇っていた心の陰りも払拭されていくようにその表情に生気が宿る。
自分が自分を見失った時……誰かがその存在を認識してくれることで人は"自分自身"というものを改めて認識できるのだ。
「……さて、茶番は終わったか」
そして、そんな他人の認識を必要としない、主観認識のみで生きる人間もいる……。
自分を絶対のものと信じ、他者の考えなど紛れ込む余地もない孤高で圧倒的な存在感。
だが……。
「茶番ではない……。これは余が本当に立ち上がるためのなにものにも代えられない儀式だったのだ……。今、余はようやく覚醒したのだ! もう迷いなどしない……悪逆皇帝ダンタリオンよ! お主には皇帝の座から退いてもらう! そして、余の手によって真に正しいヴォリンレクス帝国を作り上げるのだ!」
その言葉に倒れていたディーオの軍団もその勇気に応えるかのように次々と立ち上がっていく。
そうだ、人立ち上がらせ、それを率いる魅力を持つのがディーオなんだ。それこそが、ディーオの王としての素質!
「憂鬱な光景だ……。どれだけ有象無象が集まろうと関係ない。次で終わらせてやろう」
ダンタリオンが再びステュルヴァノフの構える。このままではあれの攻撃がまたディーオの軍勢すべてに降りかかるだろう。
今、あいつらにはもう一度あれを受けきる体力は残されていない……。
だからこそ!
「残念だがダンタリオンさんよ、そいつを振るう前にいっちょ私の相手をしてもらうぜ!」
「魔導師一人程度にかける時間などない、一撃で貴様もろとも終わりだ」
そちらとしてはそうなんだろうが、残念ながらこちらとしてはそうはいかないんだよ。
「それはどうかな? ディーオの想いが……今! 私に新たな力を呼び起こしたのだ!」
「ガウン……(嘘っす、この時のために散々練習した戦法っすよね……)」
ええい! 細かいことをいちいちツッコむな! そう言った方がカッコイイだろうが!
……まぁ本当は犬の言う通りなんだが。そもそもステュルヴァノフの製作者の一人は私だ、その恐ろしさは誰よりもよく知っている。
だからこそ、対策というものはしっかりと立てるのさ!
「っしゃあ、行くぞ犬よ! とうっ!」
「ガウーン!(特訓の成果を見せるっす!)」
私の合図と共に、私と犬は同時に崖からその身を飛び出した。
別に自暴自棄になったわけじゃない。……ただこの方がカッコイイから飛び出しただけさ!
今、私は落下しながら犬の中に巡る魔力を感じ、同調させていく。
その感覚は以前も感じたことのある感覚……そう、アクラスとその身を重ねた時と同じ。
そして犬の魔力が私と完全に重なり合った今! ……それは完成する!
「『
「『ガウガウン』!(『
その術式が完成した瞬間、私と犬の体は光に包まれ、そしてそれは次第に収束していく……一つの形に。
「む、ムゲン君!?」
「なんじゃそら!?」
「ど、どういうことなのだー!?」
やがて光が収まり、そこには華麗なる着地を決めた一人の男の姿があった。
そう、それは普通の人間の姿でも、ましてや謎生物の犬の姿でもない。
今、この場にいるのは!
「いよっしゃあああ! 大成功!(力が漲るっすよー!)」
私と犬が合体した、新たな戦士の姿だった。
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