160話 真の皇


「さて、ここからが本当の戦いだ(やってやるっすよ)」


「なんだ……ありゃあ?」

「ムゲン君……なんだよね?」


 おっと、その前に皆さん驚いてるようなので少々説明を挟ませてもらおうか。


 5章をご覧になった読者様方には先ほど私が何をしたのかもうお分かりだろう。そう、人の体を精霊と同調させ合体する『精霊合身スピリット・クロス』だ。

 ……え、ちょっと待てって? 今回合体したのは精霊じゃなくて"犬"じゃないか……と。

 ふっふっふ、それが今回のポイントなのだよ。

 今までも私は散々言ってきたはずだ……『戦闘形態ブレイブフォーム』となった犬の体は精霊に限りなく近いとな。

 それを踏まえ、私は今の今まで何度も秘密裏に犬との『精霊合身スピリット・クロス』を練習していたのだ!


 そして! 特訓の末に完成したのがこの 『精霊合身スピリット・クロス』ver.犬 というわけだ!

 今の私の姿は、元の私の形の名残を残しつつ白く輝く髪とピョコンと立つ二つのケモ耳! 腕の先や足の先も半獣半人といった風体で、後ろの腰辺りからは真っ白な尻尾がモフりと伸びている!


「なんか……ムゲンが俺みたくなっちまった」


 そうだな、簡単に言ってしまえばカロフのような獣人に近くなったと言ってもいいだろう。

 ふっふっふ、これで全国のケモ男子好きの女性のハートもしっかりゲットだぜ!


「(……なんてくだらないこと考えてないで早く戦闘態勢に入るっすよご主人)って、合体してまでいちいちツッコんでくるな」


 今まで以上に私の思考が犬に伝わってしまうのだけが欠点だな……。

 だがこれで……。


「……それがどうした」


 そんな私のビックリドッキリ合体劇に一ミリも動じないダンタリオンが無慈悲にもステュルヴァノフを振り下ろそうと動く。

 まぁ私が合体したところで未だその脅威は去っていないというのが現状……だが。


「(ご主人、きたっすよ!)ああ、腕の角度、魔力装填率、感知範囲……すべて特定した! 数35、範囲は半径42メートルほどだ!(了解っすー!)」


「なに?」


 私の言葉に少しの動揺を見せるダンタリオンだったが、その攻撃をもはや変更することはできまい。

 この攻防は一瞬で決まる!


「流派『獣王流じゅうおうりゅう』“天の章”! 行くぞ八ノ型『虎空滅破コクウメツハ』!(そしてぇ……『高速戦闘移動スレイプニィル』っす!)」


シュッ……スパァァン!


 それは、すべての打ち合いが一秒の狂いもなく、同時に起きた音が重なった衝撃音だった。

 誰もが何が起きたのかわからず呆然としてしまう。わかっているのは私と……ダンタリオンだけだろうな。


「貴様……」


 奴にとっても初めてのことだろう、ステュルヴァノフの攻撃をすべて捌かれることなど。

 そう、これこそ私が対ステュルヴァノフ用に編み出した……。


「おいおいおい! てか待て待て! ムゲン、おま……いま獣王流って!?」


 まったく、人が説明中だというのに……。まぁその説明もこれからの予定だったからな、一緒に教えておこう。


「なんでお前がそれを使えるんだよ!?」


「私の体は今や亜人とそう変わらん。だからこそ獣王流でステュルヴァノフの攻撃に対応できるものを使用したに過ぎない。それに加え犬の『高速戦闘移動スレイプニィル』を組み合わせることで一瞬で……」


「いやそういうことじゃねぇよ! あれを極めるのに俺は死ぬほど特訓したんだぞ! それをどうしてそんな簡単に……しかも“天の章”って!」


「そういう説明は時間がないのでパス」


「はぁ!?」


 それを説明するのならば私の前世について語らなくてはならなくなるからな。今の状況でそんな暇はないのは当然だろう。

 ……まぁ、私が獣王流の使い方を知っているのは、それこそ前世で創設者から『死ぬほど体験した』からだ。いやマジであれはキツイぞ? カロフにその気があるなら今度やってやるのもいいが……。


「解せんな、そうであろうとこの力は防御を無意味のものとするはず」


「ん? ああ、その認識で合ってる」


 ダンタリオンの言う通り、ステュルヴァノフは相手の魔力を破壊、さらに防具や防壁の内側に出現させられるので実質防御無視だ。

 が、何も絶対に対処不能ということでもない。


 それを実証したのも……まぁガロウズだったんだが。あいつは放たれたステュルヴァノフの攻撃をその人並外れた感覚で先読みし、『衝撃に合わせて拳圧を撃ち込む』ことで相殺するという離れ業を確立してしまった。


「あとは一瞬でそのすべてに移動する手段さえあれば捌ききることは可能っていう理屈だ」


 普通ならば自分だけしか守れない方法だが、私は犬と合体することによってこの場にいる全員を守ることが可能になった。


「まさか、そんな単純な方法で破られるとはな。どれだけ優秀な武具だろうと弱点は存在するか」


 そう忌々し気にステュルヴァノフを見つめるダンタリオン。

 だが……。


「いや、それだけじゃないぜ」


「……なに?」


 確かにどれだけ強力な武器だろうと説き詰めれば欠点が見えるかもしれない。だが、それは『武器だけを見れば』の話だ。


「ハッキリ言わせてもらう。ダンタリオン、お前は神器“ステュルヴァノフ”を使いこなせていない!」


「な、なんと!?」

「皇帝が……」

「使いこなせてない?」


 そもそも私が世界神から抜き出した力がたった数百人を同時に倒せる武器で収まるはずもない。

 であるならば、何が問題なのかは明白。


「ダンタリオン、確かに複数の敵を感知し防御無視の攻撃はそれ本来の攻撃方法だ。だが、お前はそれを発動するための魔力が圧倒的に少なく、コントロールもまばらだ」


 ステュルヴァノフの攻撃力は込める魔力の量によってその威力、範囲、数が大きく左右される。

 私の知る真の使い手……メリクリウスならば相手が他の大陸にいようと、捌く暇も与えないほど精密に捉え、その威力は一撃で相手の肉体を粉々に粉砕するほどのものだった。

 対処法を確立したガロウズでさえ「メリクリウスの使うステュルヴァノフはマジで相手にしたくねぇ……」と言うほどだ。


 対してダンタリオンの使うステュルヴァノフは範囲も狭く、対処する隙もある。

 何よりカロフ達が一撃を食らってまだ生きているということこそがその事実を立証していることに繋がるのだ。


「ふん、我が魔力がこれを扱うに足りていないか……それは認めよう」


「それだけじゃない」


「なに?」


 そう、それにステュルヴァノフ……いや、神器を使うに当ってダンタリオンには決定的に足りないものがある。


「お前は神器に"選ばれていない"」


 これこそが神器の本質……。神器はそれ自体に"意思"が存在してるのだ。

 この事実に最初、前世の私は恐れを抱いた。「神の意思が宿る武器で神を倒せるのか」とな。

 だがそれぞれの神器は各々の使い手の下に収まると無類なき力を発揮してくれた……世界神との最終決戦の時にもだ。

 それが私達には理解の及ばない神の意思なのか、または別の要因なのかはわからない。


 だが今わかる事実は、神器はダンタリオンのためにその力を発揮しきっていないということだ!


「ってことで今度はこちら攻めさせてもらうぞ!」


 神器の真の力を引き出せていないというのならそれを最大限にありがたらせてもらう!

 狙うは勿論ダンタリオン、奴さえどうにかしてしまえばこの戦いは終わる!


「チッ!」


 先ほどの余裕そうな表情は崩れ、忌々しそうな表情をこちらに向けながらステュルヴァノフを振るうダンタリオン。

 その攻撃は先ほどとは異なり私一人に数十の衝撃を向けてくるが……。


「残念ながらそれも同じことだ!」


 放たれた攻撃を感知、すべてを捌ききる。

 今の私の体は犬と同化している……つまりだ、犬に与えられた"異世界人の補正"も今や私が扱っているのも同然。

 そこに様々な補助魔術を加えれば、近接戦闘において敵はない!


「ぬ!?」


 その攻撃を防がれたダンタリオンは次の手を打とうと体勢を立て直す……が、その一瞬の隙だけは逃さない!


「犬!(『高速戦闘移動スレイプニィル』!)ハァ!」


「ガッ……!?」


 『高速戦闘移動スレイプニィル』を人の体で使えば、その速さはもはや常人では視認不可能の域に達する。

 そして、私の攻撃は的確にダンタリオンの腕を捉え……。


「やった!」

「あんにゃろう神器を落としたぞ!」


 そのタイミングを私が逃すはずもなく、地面に落ちる前にステュルヴァノフをキャッチしてこの場を撤退する。

 高速で敵の大将の下までやってきたと言っても囲まれてる状態には変わりないからな、一時離脱だ。


「回収完了!」


 シュタ! ……っとカロフ達のいる前線に戻って任務完了!

 さぁ、これで神器は私達の手に落ちた。


「あとはこの戦いに勝つだけだぜ!」


「でもまだ戦力は向こうの方が上よ! それにこっちは負傷者も多いし……」


 確かにその通りだ。まずはこの戦いに勝利しないことには何も変わらないが、すでにこちらには……。


「む、待て! ちち……ダンタリオンの姿が消えたのだ!」


「なに!?」


 慌てて先ほどまでダンタリオンが立っていた場所に目を向けるが、ディーオの言う通り確かにいなくなっている。

 いったいどこに……。


ゴゴゴゴゴ!


「きゃあ!?」

「ぬお!? なんだこの地響きはよ!」


(この音……そうか! 奴はあそこに……魔導要塞を起動させに行ったんだ!)


 私達の眼前でゆっくりとこちらに向かってくる巨影。それはまさしく戦場の後方で静かに鎮座していたあの巨大兵器だった。



『これで、すべて潰れるがいい』



 どこからか聞こえてくるダンタリオンの声は拡声され、機械的な雑音が混じっていた。

 あの魔導要塞に搭乗しているのか!? そう思った次の瞬間、魔導要塞の外装に怪しい光のラインが伸びていく。


(そうか、あれは魔力供給の導線)


 あれを伝ってすべての器官へと魔力を供給しているのだろう。そして……その魔力供給の大本は、その中心。

 つまり……。


「サロマ!!」


 ディーオの声は届かない。その黒光りする鋼鉄の装甲はうねりを挙げ稼働していく。

 そして、それに装着されている何十門もの砲塔が一斉にこちらに向き……。


「マズい! 伏せろ!」


『消えよ』


 その砲塔から、何本もの魔力のエネルギービームが放たれ、大地を焼き尽くしながらこちらへと迫ってきていた。


「このままじゃ全員消し炭か!(どうするんすか!?)くそ、ケルケイオン、アルマデス合体、ケルケイオン・アルマ! 犬、これを尻尾で持ってろ!(え、りょ、了解っす!)装填済みの火、水、風の術式を全開放! 加えて右手に地、左手に雷! 全開防御術式『極限五行守護陣エレメンタルセンチネル・ノヴァ』!」


 私の魔力をありったけ使い、今使える中でも一番大きく防御力のあるものを選んだが……!


ゴォオオオオン!!


「きゃあああ!」

「うおおおお!?」


「う、ぐぐ……」


 防御をしてでも伝わってくるこの強大な魔力の波動……なるほど、確かにこりゃ完成品だ!

 だがそれも少しづつ収まってゆく、どうやら持続して討ち続けることはできないらしい。


 砲撃が収まったところで防御陣を解除すると……そこには悲惨な光景が広がっていた……。


「な、なんということであるか!?」

「酷い……」


 それは、先ほどの魔力砲によって焼かれたダンタリオンの軍の無残の死体だった……。

 かろうじて私の防御陣の中に納まった者達は無事だった……が、それ以外の者は非情にも巻き添えにされたのだ。自らが信望する皇帝の手によって。


「ダンタリオオオオン! 貴様は……貴様は自らのためにその身を捧げて戦ってくれた者にさえ無下に扱うというのか!」


 ディーオの心からの叫び。私達全員の想いを代表したその意思は悪逆非道なあの男に対して生まれて初めての……心からの怒りを向けていた。


『一撃で消し去るには至らなかったが……他の攻撃でも貴様らを消す程度の力はあるだろう』


 だがそんなディーオの叫びもダンタリオンには届かない。魔導要塞は再びその体躯を稼働させ、先ほどの砲塔とは別の魔導火器を次々と繰り出してくる。

 機銃、大砲、爆雷、レーザー……数々の魔力の弾丸が私達の頭上に雨のように降り注ぐ。


「くそ、やべーぞ! どうにかできねぇのかよ!」

「駄目だ、自分達のように防御できる者以外の被害が大きくなるばかりだ」


 この壊滅的な状況においてはもはや敵も味方も関係ない。だがこの状況を打破できる方法はもはや一つしか……。


「ぬおおおおお! 殿下あああ! 危なあああああい!」


「な!? ヒンドルト……ぬおっ」


「そんな、ヒンドルトンさん!」


 エネルギー弾がまさにディーオに降りかかろうとしたその時だった。ヒンドルトンが庇うように躍り出てディーオの盾になったのだ。

 だが、その代償は大きく……。


「殿……下、お願いしまする。真に……正しい帝国を……」


「ヒンドルトン!? く、なぜだ! なぜこんな時に余はこれほどまでに無力なのだ! 自らの手で戦うこともできず! 余を信じてくれた者は傷つき! サロマを救うこともできぬ!」


 それは悲痛な叫び、自らの無力を呪う自傷の言葉。強くなりたいと願った……だがその願いに拒絶され、それでも願う。

 だから……。


「ディーオ……すべてを背負い戦う覚悟はあるか」


「ムゲン……何を」


「自分の手で戦って! ダンタリオンをぶっ倒して! サロマを救う覚悟はあるかって聞いてるんだよ!」


 もはや遠回しな言い方は必要ない。ただ純粋に、ディーオの心が思うままに……。


「ある!」


「だったら……これを持て!」


「おいムゲン! そりゃ……」

「陛下の……」


 その答えを聞いた私は迷いなくディーオに神器“ステュルヴァノフ”を差し出す。

 これこそは、私の前世における仲間との絆の一つ……そして今は、この中央大陸一の大帝国『ヴォリンレクス帝国』の真の皇の証でもある。


 これを手にするか否か……その決断こそが、ディーオの未来を決める!


「そうだ、余は……余こそは! ヴォリンレクス帝国の真の皇帝! ディーオスヘルム・グロリアス・ノーブルなのだーっ!」


 高らかに宣言し、私の手からステュルヴァノフを受け取るディーオ。

 その瞬間、今まで何事もなかったステュルヴァノフから驚異的なエネルギーが溢れ出す!


「こ、これは……どういうことなのだ!」


「どうもこうもない! ディーオ、お前こそが現代のステュルヴァノフの真の使い手ってことだよ!」


 ただそこにあるだけで圧倒的な"強さ"を感じさせる存在……これこそが真の神器の姿だ。

 そして、ディーオはそれだけじゃない。


「ど、どう使えばよいのだ!?」


「難しく考えるな。ただありったけの力を込めて……振れ!」


 そうすれば神器は必ず応えるはずだ。そこに人の想いに応える意思があるのなら。


「ぬうう……どぉおおう!!」


ヒュン……


「え?」

「うそ?」

「な……」

「……よし!」


 その一振りで……世界が変わった。

 空には何百……いや何千というほどの魔力弾が降り注いでいたはずだというのに、今ではそれは消え去りまっさらな空が見えていた。


『あの数を……ぬが!?』


 そう、ディーオが放ったステュルヴァノフの一撃はそれだけですべての魔力弾を打ち砕いた。

 だが、それだけではない。


『砲塔が……ダメージを受けているだと? ぐ……この揺れは』


「お、おいおい、どうなってんだありゃ!?」


「魔導要塞が攻撃されているの!?」


 ステュルヴァノフはそのまま震え続け、魔導要塞のすべてを壊さんとその装甲を打ち続けていた。


「ぬ、ぬおおおおお!? と、止まらぬのだーっ!? なんかヤバいのだーっ!」


「いいや、いいぞディーオ、その調子だ!」


「な、なぬ? そうなのか!?」


 ディーオは真の使い手といってもその技術に関してはペーペーの初心者だ。ならば今はディーオの意思に応えて動くステュルヴァノフに任せてしまえばいい。


 そしてなにより……ディーオの魔力は計測不能なほど無尽蔵だ。まるでステュルヴァノフを扱うために備えられたとしか言えないその性質。

 ともかくこれであの魔導要塞も……。


『調子に乗るな!』


「ぬお!?」


 魔導要塞がまた稼働を始める。ステュルヴァノフの攻撃を受け続けてなお動くか……タフだな。

 小規模な弾丸ならばディーオが捌いてくれるだろうが、また最初に撃たれたあの巨大砲を使われるのはマズい。

 だったら……。


「カロフ、リィナ、カトレア……私達でディーオの見せ場を作ってやるしかないだろう!(ぼくもいるっすよー!)」


「へっ、そういうことなら任せな!」

「私も、微力だけど頑張るよ」

「この身が打ち砕けるまで……行かせてもらおう!」


 さぁ、最後は私達全員でクライマックスといこうじゃないか!


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