151話 裏切り者は誰だ 後編
……んで、それから迷子状態から脱却したはいいものの、なんでか変な連れが増えちまったわけだが。
「あなた達! いい加減わたくしの後をついてくるのはやめてくださらないかしらっ!」
「目的地が同じなのだから仕方なかろう」
「せっかくわたくしがルディオ様の疲れを癒して差し上げようと赴いているというのにこれでは返って気疲れさせてしまうじゃないの!」
とまぁこんな感じで皇子さん一人でもやかましかったってーのにさらに面倒くさいのが追加されちまって……。
ま、道に迷っていた俺らにとっちゃこうして案内してもらえるのはありがたいことなんだが……。
「フフフ……騎士カロフよ、案内の代価はキッチリと払ってもらうぞ」
「うるせぇ変態女騎士……激しく拒否させてもらう」
なんだかんだでこの女騎士……カトレアに目をつけられちまったらしく、その変態的な要求をしつこく求められて大変困っている。
その上そのやり取り度のに様子を見ているリィナが白い目でこちらを見つめてくるのでとてもいたたまれない気持ちになっちまう。
「なに!? それではなぜ自分は殿下と貴様らを案内しているのだ!」
俺の言葉に驚いた表情で振り向いたと思ったら、鬼気迫る表情で俺の肩を掴んで猛抗議してくるカトレア。
「どわっ! やめろやこの変態がー!」
「フフフフフ、だったらやり返してみるがいい! 今ならキツイ一撃を入れるチャンスだぞ! ほら……ほら!」
あークソ、どうしてこうなっちまったんだか。俺らはただあのルディオって男が新魔族のスパイかどうかってのを確かめたかっただけだってのに。
「ハイハイ、皆さん言い争いはそこまでです! お互いにいろいろあるでしょうけど、今は執務室に向かうのが先です。話なら到着してからたっぷりとすればいいじゃないですか」
この混濁した現状にしびれを切らしたのか、リィナが状況をまとめはじめた。
そうだな、確かに今こんなところでごちゃごちゃしてたら目的地になんてたどり着けねぇ。
「なのでカトレアさんはカロフから離れてください」
と、リィナがグイッと俺とカトレアを引き離す……じっとりとした目で俺を見ながら。こりゃ後でしこたま怒られんだろーな。
「ふん! まぁ、ついてくるのは勝手ですが、くれぐれもわたくしとルディオ様の愛の営みを邪魔しないよう胸に刻んでおきなさい」
お嬢さんの方もひとまずは落ち着いたってとこか。しっかし……。
「なんだよ愛の営みって。こんな真っ昼間から情事ににでもふけるってか? ……なーんて」
「んな……!? ななななな何を言うんですのいきなり! 破廉恥な!」
「カロフ……今のは流石に下品だと思うよ……」
「人のことを変態とののしっておきながら貴様も大概ではないか。流石だと言っておこう」
「い、いやいや、ただのジョークだっつーの! ていうかそこの変態騎士、お前はそんな期待の眼差しでこっちを見るんじゃねぇ!」
女性陣から散々な扱いだぜまったく。ちょっとしたお茶目じゃねぇか。
あー肩身がせめーな。こんなんムゲンがいたら一緒に大盛り上がりしてるところだぜ。
というより、同じ男として皇子さんが無反応なのが寂しいところだ。今この気持ちを共感してくれるであろう人間は皇子さんだけだっつーのに。
「? お主らは何をそんなに驚いておるのだ? カロフはそんなに変なことを言ったか?」
んあ? なんか期待していたのとはまた別の反応が皇子さんから返ってきたぞ。それになにやら俺の下ネタに過剰反応した女性陣の反応に対して頭を捻ってハテナマークを浮かべてるしよ……。
「将来を約束した男女の仲が良好なのは良いことではないか。まぁ他人の前でイチャつくのが恥ずかしいという気持ちに関しては余もわからないわけでもないがのう」
「ええっと……ねぇカロフ、これって……?」
「ああ……」
リィナもどこか違和感を感じるように俺で、皇子さんに聞こえないようそっと耳打ちしてくる。
まさかとは思うけどな……とりあえず確かめてみるしかねぇよな。
「なぁ皇子さん……子供ってどうやってできるか知ってるか……?」
「むむむ! カロフよ、もしや余をバカにしておるな! そのぐらいは流石に知っておるぞ!」
「お、マジで……」
「それはもう恥ずかしくなるほどの熱い接吻を交わすことで女性のお腹に愛の結晶が生まれるのだ! しかも一瞬の口付けではないぞ! それはそれは長い接吻なのだ、もう口がふやける程にな! ……って何を言わせるのだのだまったく」
「「「「……」」」」
オウ……もはやこの場にいる全員が何も言えずに立ちつくしちまってるぜ……。
なんなんだ皇子さんのこのガキみてーな性知識は。いや、年齢的には皇子さんもまだまだ子供……なんだとは思うが。
でもなぁ、同じ世代のはずのこっちのお嬢さんは俺の下ネタに反応して、皇子さんのこの知識の無さにも呆れてやがるからなぁ……。
「おそらく……サロマですわね。彼女、顔には出さないけれどディーオに関してだけはとても過保護だから……」
あのねーちゃんがねぇ……。しかしなんというか、ちょっと険悪だった空気が皇子さんのおかげでどこかほっこりしちまったな。
ま、それがこの皇子さんの魅力なのかもしんねーけどな。
「うし、いくか」
「そうですわね」
「それじゃあ案内お願いできますか?」
「うむ、こちらだ」
「ん? ん? なんなのだ? どうしてお主らはそんなにも穏やかでスッキリとした表情になっておるのだ? どういうことなのだーっ!」
さて、そんなこんなで俺達はルディオとやらの部屋に向かってるわけだが。
「んで? 結局お嬢さんは部屋に行って何するってんだよ」
「ふふん、低俗なあなたにもわかりやすく教えて差し上げますわ。ルディオ様は今頃書類の山に埋もれて意気消沈しているはず……そこへわたくしが共に優雅なティータイムを提供するんですの。そして二人は愛を語り合う……」
「ふーん」
「なんですのその間の抜けたような声は……」
いやまぁ……なんつーかロマンチックな展開を求める女ってーのはどこの国でも変わらないんだな。
ま、それでホントに息抜きになるってんならそれに越したことはねぇけどよ。
「そのためにお嬢様は朝からご自分で焼き菓子をお作りになられていましたからね。しかも屋敷の料理長に頼み込んでまでご教授を受けていましたし」
「か、カトレア! それは言わない約束でしょう!」
「はい、ルディオ様には言わない約束でしたね」
約束の虚をついたカトレアに対して真っ赤になって否定するお嬢さん。
なんかこうして見てると昨日までいがみ合っていた相手とは思えねぇな。
「ほ~ん」
「な、何をニヤついた目で見てるのよ」
「いや別に? 好きな奴のために一生懸命になるなんて意外とかわいいとこもあんだな~って思っただけだよ」
「あ、あなたなんかに言われてもまったく嬉しくありませんわ!」
へいへい、わかってるっての。昨日今日の間柄でしかねぇが、こいつらもそこまで悪い奴らじゃない……そんくれーは俺にもわかる。
ただ好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとハッキリと区別してるだけだ。イヤミなところはあるかもしれねぇが、それもただの純粋な気持ちから現れただけだろうしよ。
ま、どちらにしても俺らとの相性は悪いかもしれねーが、好意を寄せている相手のために頑張れるって点は評価しとくとするか。
だがそうなると問題は……。
「しっかし、愛ねぇ……」
「さっきからなんですの。わたくしのルディオ様への愛に何か文句でもあるというの」
「いや、別にお嬢さんの気持ちに関してはなんも文句はねぇさ。だけどよ、そのルディオって奴の方はどうなのか……って思っただけさ」
「……なっ! あなた、ルディオ様を侮辱するつもり!」
「別にそういうわけじゃねぇよ。ただな……」
昨日聞いた限りじゃあの男はかなりの好色家だって話だったからな。
別に何人もの女性と関係を持つのが悪いって話じゃない。地位の高い人間ってのにはそういう話も少なくないだろうしな。
問題は……あの男が不誠実かどうかってとこだ。昨日もなにやら複数の女に色目を使っていたようだし。
「ふん! あなたなんかにルディオ様の何がわかるというの。あの人はわたくしに言ってくれましたわ、「他の女性と私が仲良くしている姿を気に入らないのもわかる……だけど私が本当に愛してるのは君だけだよ」と、耳元で優しく囁いてくださったのよ」
と、頬を赤らめ夢見る乙女のような顔で嬉しそうに語るお嬢さん……なんだが、俺に言わせてみればそんなものは他の女性関係をうやむやにするためのただの方便にしか聞こえねぇんだよなぁ……。
本人達がそれで納得してるっていうんならそれでいいんだけどよ。
「なぁ、リィナは……どう思うよ?」
だがやはり気になるもので、俺はそっとリィナに耳打ちする。
女心ってもんはどうにも俺には理解しきれねぇからな。ここは同じ女性であるリィナの意見を聞いてみたいところだ。
「そうね……カロフも女性と一緒にいる時に私によく似たような言い訳をするけど……」
「いや、待ってくれ……あれは違う、あれらの件に関してはすべてまったくの誤解なんだ本当なんだ」
言っておくが俺のはガチだ。俺が好きなのはリィナだけなんだ、たまに女性と一緒にいる場面も確かになかったとは言い切れない……が断じて恋愛感情なんてないぞ。
「ふふ、それはわかってるから。さて、アリステルさんのことだったわよね。正直なんとも言えないかな……ルディオさんも第一印象だけで人間性を決め付けるわけにもいかないし。ただ……」
「ただ?」
「もしルディオさんが本当にアリステルさんに対して不誠実だった場合、彼女がそれを知って心が耐えられるかどうかが心配かな……」
なるほどな、このお嬢さんは良くも悪くもあの男に対しての愛には曇りない想いを持ってるのは確かだ。
どんな形であれ、それが壊されるってのは……いい気がしねぇな。なんつーかそれってよ、何もかも諦めちまった昔の俺みたいになりそうじゃねぇか……。
なんというか……なんで偉い立場の奴はどうしてこうこじれそうな人間関係が多いんだか。
「それより皆さん、そろそろルディオ様の執務室に到着しますよ」
っとお、そうしてる間にもう目的地に着いたらしい旨がカトレアの口から伝えられる。
「むむ! ついに辿り着いたかの! こうしてはおれん、お主らすぐに身を隠しながら行動するのだ!」
あん? 目的地に着いた途端になにやら皇子さんがコソコソし出したぞ?
「ふふふ、わからぬかカロフよ。仮にも余らは人を疑ってその人物を調査しておるわけだ。だというのにわざわざ目の前に出向くなど愚の骨頂……隠密行動こそが人物調査の基本なのだ」
「おお、なるほど」
なるほどな、皇子さんの言う通り疑っている相手の前に立って探るように質問なんてしようものなら「あんたを疑っています」って言ってるようなもんだぜ。
「流石だな皇子さん、ちと見直したぜ」
「むふふ、そうであろう」
「うーん、これでいいのかな……」
なんだかリィナは微妙な表情をしているが皇子さんの意見に何か不満でもあるのか? 俺は完璧な理論だと思ったんだが……。
……んでもって、それとは別に微妙な表情をしてるのが。
「ちょっと、どうしてわたくし達までコソコソしなくてはならないの」
何の縁か一緒に行動しているお嬢さん達まで一緒になって隠密行動する羽目に……。
「お嬢様、元々サプライズで来ているのですし、ここはひとつルディオ様を驚かせてみてはいかがでしょうか」
「あ? なんだサプライズって?」
さっきは疲れを癒しに来ただのなんだの言っていたがカトレアのこの発言でよくわからなくなってきたぜ。
このお嬢さんがここにいるってのはルディオとかいうヤロウが承知しているってわけじゃねぇのか。
「ルディオ様はお仕事をなさる時はおひとりで集中なさるためにほとんど人を寄せ付けないよう心がけている。だからこそ執務室もあまり人通りのないこの区画に設立なさったのだ」
だからか、この辺りの人通りの少なさは。ってこたぁこいつらがこなけりゃ俺らはまだあの場所で途方に暮れていたかもしれねぇってことか……。ま、その点に関しては感謝しとくとするか。
「けれど、いくらルディオ様といえどいつまでも集中が続くとは限りませんわ。だからこそわたくしがこうしてひと時の安らぎを与えて差し上げるの」
へいへい、まぁせいぜい俺らの邪魔にならないようにしてくれりゃあどこでイチャコラしようが文句はねぇけどよ。
「お主ら少しうるさいぞ。……お、あの扉には見覚えがある。む? しかし扉が少々開いておるぞ、不用心だのう」
確かに……目の前の扉は半開きで、このままコッソリ近づきさえすればバレる危険性を減らしながら中を覗けそうなもんだ。
「よし、では早速観察を開始するのだ。……おや? ルディオの姿が見えぬぞ?」
「おい皇子さん、俺にも見してくれよ」
皇子さんに続いて俺も扉の隙間から部屋の中の様子を窺う……この小さな隙間から覗いているだけでもそこが大きな部屋だというのは見て取れた。
しかし、皇子さんの言うように部屋に一つだけある大きめの机には誰もおらず閑散としている。
と、思ったんだが……。
「ん? おい皇子さん、除く角度角度をちょいと変えると別のものが見えるぜ。ありゃ……ベッドか?」
「おお、ホントだの。しかし少々もっこりしておらぬか?」
「仮眠のための簡易ベッドでしょうか?」
簡易……にしちゃあやけに豪勢な造りに見えるけどな。ここで執務をしてるだとかいう話だが、どうにも解せねぇ。
机の上にも何かが置かれてすらいねぇようだし。
ギシ……ギシ……
「む? なにやら変な音がせぬか?」
……んあ? 言われてみれば……なんだ、どこからか何かが軋むような音が聞こえてくるぞ。
しかもこの辺りは静かだからな、よく響きやがる。
それにだ……その軋む音とは別に話し声も同じ方向から聞こえてくる。こりゃあ……。
バサッ
「あ……ルディオ様……ダメで! 激しっ……!」
「ふふふ、そろそろ限界かい? でも休ませてなんてあげないよ……」
……わーお。もぞもぞとベッドの上の何かの動きが激しくなったと思った途端、それを覆い隠していた布が勢いよくはだけ、その中から裸で重なり合う一組の男女の姿が……。
「……? ルディオと……あれはここの使用人の誰かかの。あ奴ら裸になって何をやってお……」
「で、殿下は純粋なままでいてください! はい目隠し! はいこちらです!」
「ぬお!? 何をす……もがもが!」
この状況を無垢な皇子さんに見せるのはマズイと判断したリィナが素早く身柄を拘束し、離脱させる。ナイスフォローだぜリィナ。
だがこの状況……おいおい俺が冗談で言ったってのにマジで致してたってことかよ。しかもお相手は使用人……って。
「ちょっとあなた達、いい加減そこをどきなさい。わたくしがルディオ様の下へ行けないじゃない」
これは……よくねぇ状況なんじゃねぇか!?
「え……?」
この状況をお嬢さんが目撃するのはマズイ……そう思った時には手遅れだった。
扉の隙間から見える光景を目の当たりにしてしまったお嬢さんは、信じられないといった表情のまま一歩も動けず、そして何も言えない状態のまま立ち尽くしていた。
(ああクソ、なんだって今日はこんな悪い方向にばっかり……!)
俺は慌てて扉の中の状況を再確認すると、どうやらさっきの一瞬で事は終わったらしい。つまりお嬢さんは最悪の状況の瞬間に立ち会っちまったわけだ。
「ふふ、愛しているよ……」
「もう、ルディオ様ってば……私以外にもそう言ってるの知ってるんですからね」
「かもしれないね……けど、今は君だけさ」
最低野郎の台詞だぜまったく。とにかくこれ以上お嬢さんに対して不誠実な言動をしないで……。
「でも、いいんですかルディオ様? 婚約者のアリステル様がいらっしゃるのにこのようなことを?」
「構わないさ、所詮は子供の恋愛ごっこ……彼女もあれで満足している。体の方はまだ貧相で抱く気にはなれないが……まぁ後2、3年もすれば……ふふ」
「そん……な、ルディオ……様」
震える唇でヤロウの名を呟きながらワナワナと扉に手を掛けるお嬢さん。
ヤベ! ショックが強すぎてもはや自分が何をしようとしてるかわかってねぇぞこれ!
「騎士カロフ! これ以上お嬢様をこの場に留まらせるのはマズイ。協力しろ!」
「協力ったってどうするんだよ!」
「こうするのだ! お嬢様、多少の無礼をお許しください!」
言うが早いか、カトレアは間一髪扉を押し開けようとするお嬢さんを抱えて走り出す。結局力技かよ!
しかし、その代償はでけぇぞ……。
「なんだ今の物音は……誰かそこにいるのか!」
そう、俺らの存在が奴にバレちまったわけだ。さて、こっからどうすりゃ……。
「騎士カロフよ」
「どぅわ!? まだいたのか!」
「お嬢様はすでに安全な場所にいる。それよりもこれを……」
そう言って手渡されたのは、お嬢さんが丹精込めて作ったあの焼き菓子だった。
「どうしろってんだよ……これを」
「もはや望みは薄いが……できれば届けてほしい。では」
「あ、おい」
行っちまった……。できれば届けろって言われてもな。
っとマズイ、ヤロウが着替えを終えて出てきそうだ。もうできることと言っても、なるべく扉からは離れておくしかねぇ。
「一体何者……おや? これはこれは……」
若干イラついた表情を浮かべながら現れたルディオは、俺らを一人ひとり眺めると昨日と同じような澄ました顔になる。
「おやおや、誰かと思えば殿下ではありませんか。こんなところへどのようなご用件で?」
「うむ、お主が裏切……」
「わわ!? 殿下、それは言っちゃ駄目で……!」
隠密だなんだの言ってたくせに面と向かっちまうと口が軽いんだな皇子さんは……。
「ハハハ! 隠す必要なんてありませんよ。大方私が新魔族のスパイなのではと疑い、探りに来たというところでしょうか。ですが残念でしたね……私は無実ですよ殿下」
「ふむ、そうなのか」
いやそんな簡単に信じてんじゃねーよ。本当に皇子さんの性格ってのがよくわかんねーぜ。
「スパイ疑惑……まぁ優秀な私を疑うのは当然です。ですがご安心を……いずれこんな問題は些細なものとなりますよ。そう……私がこの国の王にさえなれば……ね」
「ハッ! 皇子さんの目の前でよくそんなセリフが言えたもんだな! けど婚約者がいる身で他の女と真っ昼間から致してたヤロウなんかが言っても全然説得力がねーがな!」
こんなクズ野郎が王サマになるくれーだったら皇子さんの方が何倍もマシだぜ。
「ふぅ……人の性事情に首を突っ込む無粋な獣にも言われたくはないよ」
「あ? 人の好意を足蹴して使用人とシておきながら何言ってやがる」
「これくらい男なら普通だよ。アリステル嬢もわかってくれるさ。それとも、君にはこの程度の甲斐性もないのかな?」
「残念だが、生憎と俺は一途なんでな」
こいつと話してると頭が痛くなってくるぜ。しっかし、こうなっちまった以上もう最初の任務の続行は不可能だな。
「まぁいい……話はこれでお終いだ。私はこれから仕事なのでね。お引き取り願おうか」
さっきまで散々休憩しておきながら白々しい奴だぜ。っといけねぇ、忘れるとこだった。
「おい、ちょっと待て! 戻る前に……これを食え」
差し出すのはお嬢さんがこのヤロウのために作った焼き菓子。俺としちゃあこんな奴に食わせる価値なんてまるでねぇ気がするが……約束は約束だ。
「なんだいこれは?」
「お嬢さんからの預かりもんだ……いいから食え」
「なぜ君がそんなものを持っているのかは知らないが……まぁいいだろう」
お嬢さんから……という点を理解したのか、手に取り中身をひとつ取り出す。無骨な形だ……だが、それ故にどれだけの想いが詰まってるかが俺にはわかる。
「……モグ。……ふむ、粗末な味だ。アリステル嬢もこんなものを送るとは焼きが回ったかな。ま、彼女には後で私から礼でも言っておくよ……残りは君の好きにしたまえ」
そう言って残りを俺に押し返してルディオは部屋に戻ってしまった。なんでだよ……。
「わかんねぇのかよ! テメェにはお嬢さんの気持ちがよぉ!」
少し考えりゃ気づけるだろうが……。それをこんな……捨てたも同然の仕打ちじゃねぇか。
「カロフ……」
リィナが悲し気な表情で俺を見つめる。リィナもわかってくれてるんだ、俺の葛藤を。
俺が今にもあのヤロウの顔をぶん殴ってやりたいってことを。
「くそ……こんな扉」
「やめなさい!」
俺が扉を蹴破ってでも殴り倒しに向かおうとしたその時だった。廊下の角からお嬢さんが飛び出して俺を静止させる。
その瞳は赤い……そうか、そこにいたってことはさっきの会話も……。
「でもよ、このままでいいのかよ。あのヤロウはお嬢さんのことを……」
「言わないで」
……そう言われちまったら、俺は何も言えねぇよ。
お嬢さんがそれでいいって決めちまったんなら。
「それ……返してくださる」
その瞳の先にあるものは……先ほど俺が押し返された、お嬢さんが作った焼き菓子があった。
「……どうするつもりだよ」
「決まってますわ……。そんな粗末で不味いもの……ゴミと一緒に捨てるだけ」
どうしてだよ……これを手にしてルディオのヤロウの部屋に向かっていた時はあんなにも純粋な笑顔だったっていうのに。
……今は、何もかも諦めたような。そう、まるで……。
「さぁ、早く返してちょうだい」
「……悪いな、そいつは聞けねぇ相談だ。……んあーっと!」
「ちょ!? あなた何を!」
お嬢さんが静止する間もなく、俺は残っている焼き菓子を全部口の中に放り込んだ。
あのヤロウは俺に言ったんだ、「あとは俺の好きにしろ」ってな。だからこれをどうしようと俺の勝手だ!
「ムグムグ……ゴクッ! ふぅ……なんだ、美味ぇじゃねぇか」
「う、嘘よ。だってルディオ様は……」
「ハッ、あのヤロウがどれだけ高級な舌を持ってるか知らねぇが、こちとら生粋の貧乏舌なもんでな。俺にとっちゃこれ以上ないごちそうだったぜ」
実際はちょいと甘すぎた気もするが、そんなことは些細な差ってもんだ。
「ま、これに懲りずにまた作ってみりゃいいじゃねぇか。またあのヤロウの舌に合わないってんなら俺が処理してやっからよ」
「よ……余計なお世話よ! ふん、もういいですわ、今日のところは帰ります。行くわよカトレア」
「は! どこまでもお供いたします」
最後にカトレアがこちらに振り向き少し微笑んだような気がした。
まったく、なんで面倒な奴らとこんなにも関わっちまってんだが。
「なぁリィ……っておい、なんだよその目は」
振り向けば、リィナが毎回俺を女性関係で咎めるような眼差しでこちらを見ていた。
「別に……ただ今回は上手くアリステルさんの心のケアをしたから大目に見てあげてるだけ」
「いやいやどういう意味だよそれ!?」
「あーあ、遠くの地にやってきてもこうなるなんて……先が思いやられるな~(……でも、そんな誰にでもまっすぐ向き合うカロフが、私は好き)」
むすっとしながら先を行くリィナは何かを誤解している。まったく俺が女性関係に絡むといつもこうなっちまう。
「ぬぬ? お主らどうしたのだ。なにやら面白いことになっておるではないか!」
「なってねぇ!」
当初の目的は失敗しちまったが、まぁなるようになれだ。俺達の任務はまだまだこれからだからな。
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