149話 裏切り者は誰だ 前編


 結局、あの後様々な方法でディーオの魔力を引き出そうと試行錯誤してみたものの、そのすべてが失敗に終わった。

 魔力回路を伸ばそうと試みても、伸びた回路はたちまちその膨大な魔力に飲み込まれ消えてしまい……それならばカロフのように純粋な戦闘力に変えることは出来ないものかと試すも魔力は体内でびくともしない。


 謎は謎のまま……しかし、特にディーオに問題はないようなので仕方なく様子見という形に落ち着いた。


(結果的にディーオがまた落ち込む羽目にはなったが……)


 ま、それはさておいて……今はそれから少々時間が過ぎて朝に決まった今日のお仕事にとりかかっているところだ。

 そう、この国に潜んでいるかもしれないという新魔族のスパイを探し出す。


「しかし本当にスパイなんているのか?」


「どうでしょう。我が国は外側に対する防備は万全ですが、内側に関しては断言できかねますので。ただ、皇帝陛下に反逆するということがいかに無謀であるかということは歴史が証明しております」


 私の問いに隣についてきているサロマが淡々と答える。ちなみに二人きりだ、犬の存在を除けばな。

 ん? なんで私とサロマと二人きりなのかだって?


 しょうがないな……それではちょいと回想にレッツラゴー。






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「けっきょく~余は~ダメ皇子~……」


 あれからあらゆる方法でディーオの魔力を引き出そうとしてみたものの、結局どれも失敗に終わった。

 私としてもこの謎に膨大な魔力の秘密を解き明かしたいところではあったが……これだけやっても無駄というなら今は諦めるしかない。


「おいおい、どうすんだよ。また皇子さんが拗ねちまったぜ」


「というか、そもそもどうしてこんな話になったんだっけか?」


「もう、スパイを捜すにあたっての組み分けのための戦力調査だったでしょ。しっかりしてよ二人とも」


 おっとそうだった。ディーオの魔力の衝撃がでかすぎて直前の出来事が頭からすっぽ抜けてしまった。

 しかしこれで私達の戦力状況はハッキリしたな。


「強さの順番としては、上から……私、カロフ、リィナ、そしてディーオとサロマがどっこいか?」


「なんでテメェが一番上なんだよ」


 当たり前だろう。この超絶天才魔導少年ムゲンくんが最強なのは誰が見ても明らかのはず。

 まぁ、もしもカロフが『獣王流』を完璧にマスターでもしていたらその限りではないのだが……どうも中途半端らしいからな。

 ちなみに犬はどこに入れていいかわからん、こいつが力を使える状況は限られるからな。


「えっと……それじゃあここから二組に分けるとして。殿下とサロマさんは一緒の方がいいですかね?」


「ディーオ様の身の回りのお世話をすることがわたくしの使命ではありますが、城内を行き来するだけならば特に問題はありませんので、わたくしはどちらでも……」


「ぬおっ!? よ、余は断固反対するのだーっ! サロマについてこられるとまた小言をぐちぐち言うに決まってるのだ! なので余とサロマは別にするのだ、わかったな!」


 班決めを進行するリィナの意見に対して、先ほどまで拗ねていたディーオがこれ見よがしに飛び出して抗議し始める。

 となると……ディーオとサロマは別か。


「ならそこから戦力を分散するとして……カロフとリィナは一緒の方がやりやすいだろう。私は一人でも大丈夫なので、あとはディーオとサロマがどちらに入るかだな」


 ついでに言えば私には犬がついているので戦力的にはかなり十分な方と言えるだろう。


「ようし! ならば余はカロフ達についてゆくぞ! その強さは昨日しかと目にしたからのう」


「えー……俺達が皇子さんの子守り役かよ」


「子守りとはなんだーっ!」


 うん、まぁなかなかに噛み合っているからいいんじゃないか。ストッパー役にリィナもいることだし。

 ……となると、私の方には。


「よろしくお願いいたします、ムゲン様」


「うい、よろしく」


 当然こうなる。

 そんなこんなで、私達はこの城内に潜んでいる(かもしれない)裏切り者のスパイを捜しに出発するのだった。






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 でもって現在に戻るわけだ。

 城内を歩いてはいるが、私にはここの内部構造はまだサッパリなので、サロマに案内してもらっている。


 さて、そんな私達がどこに向かっているのかというと……。


「この先からさらに別棟を上がった場所にパスカル様の執務室がございます」


「うへぇ、まだそんな先なのか……」


 そう、この国の軍事最高責任者の一人であるパスカル・パーフィディアさんのところだ。

 もう一人……ルディオの方へはカロフ達が向かうことになっている。

 ちなみにどちらがどっちに向かうかは順当にジャンケンで決まった結果だ。誰もルディオの方行きたがらなかったからな……。


 なので私は今あのメガネの似合う女性指揮官さんのところへ向かえるわけだ、運がよかったぜ。

 しかも今は美人メイドと二人っきりですぜ、無表情なのは相変わらずだが……。


「ワウワウ(ご主人がこんなに女運がいいと槍でも降るんじゃないかと心配になるっすね)」


「オイコラ」


 しかし私としてもたまに女運がいいと思ったら散々な結果になっていることは多々あった……。

 ならば、ここは先手必勝……後で希望を打ち壊されないためにも先に様々な情報を会得しておくのだ。


「時にサロマさんや、ディーオには随分長い仕えているようだが……ぶっちゃけディーオのことはどう思ってる?」


 目的地までもう少々かかりそうなので、ここらでひとつサロマとディーオの関係に関してちょいと深堀させてもうらおうじゃないか。

 なにしろ二人は幼少期からの付き合いという話だからな。皇子と使用人という身分の違いこそあれ、そこには何かしら特別な感情が芽生えていてもおかしくはない。


「ディーオ様は仕えるべき主人、それこそがわたくしの使命です。それ以上でも以下でもございません」


 きっぱりと答えられた。まぁ私は部外者であるしプライベートな質問には答えられないからこその対応かとも思ったが、無表情は相変わらずだし声のトーンもそのまま……本当に何も思ってないのかね。


「それじゃあサロマがディーオに仕えるようになったキッカケってなんなんだ?」


 そもそもサロマの素性を私は知らないからな。ディーオが幼少の頃から仕えているということはサロマもそれに合わせて幼かったはずだ。

 だというのにこの国の最高権力者である皇帝の息子の世話係を任されるなんて相当のことだ。実はそれなりの名家の末の子とかだったりするのかね。


「わかりません」


「はい?」


 いやわからんて……曲がりなりにも皇子のお付きだぞ。なんの理由もなく誰でもいいから世話役になどしないだろう。


「実は……わたくしにはディーオ様が5歳の頃からお仕えさせていただいておりますが、それ以前の記憶が一切ございません。気が付いたら陛下の元で養われており、それからすぐに陛下直々の命でディーオ様にお仕えすることとなったのです」


 ……えーっと、つまり要約するとだ。突然気づいたら記憶喪失だったサロマは、皇帝の養女のような扱いでそのままディーオの世話役に抜擢されたと……。

 やべぇ要約してもわかんねぇ……。


 しかも皇帝直々の指名でだぞ、ますます訳がわからん。昨日見たあの威圧感満載の皇帝サマからは考えられないような奇抜な行動としか思えない。

 どうやらこの国は私が考えていた以上に滅茶苦茶なようだ……。


「しかしおかしいだろう。記憶喪失で年端もいかない少女だったわけだろ? それなのに世話役だなんて務まらないとは思わなかったのか」


「いえ、わたくしは世話役に指名された直後でも問題なく給仕から身の回りのお世話、各教養についての指導は行えたので」


「……マジ?」


 つまり記憶喪失とはいっても技術面の知識は失っていない、エピソード記憶の喪失というやつか。


 だがしかし、ひいき目に見たとしてもサロマの年齢はリィナと同じかそれよりちょっと年上くらいだ。

 そしてディーオの年齢は私に近い……つまりディーオが5歳の時サロマの年齢は10歳いくかどうかということになるが……。

 そんな年齢ですでに完璧なメイドさんだったということなのか? しかしそれならば、たとえサロマが天才児だったとしてもそれなりの教養を受けられる立場にいなければ成り立たないはずだ。


(実は、皇帝の隠し子とか……)


 本当はディーオが生まれる以前に皇帝の子として生まれたが、代々第一子の男児のみが生まれ次代の皇帝として育てられるという歴史がある。

 その歴史に忠実とするためにサロマの存在が隠された……それなら皇帝の養女というのもあながち間違っていない気もするが……。


(あるいは、実はサロマも転生者だったり……)


 あり得ない話ではないかもしれない……。実際に私はリオウという転生者の実例を知っている。

 しかしサロマの記憶がないとなるとそれを確かめることもできないな。


 まったく、この帝国は私の予想できない情報が次々と出てくるせいで頭がこんがらがりそうだ。


「わたくしがディーオ様に仕え始める一年前……ディーオ様はお母上を亡くされておりました。幼いディーオ様はまだそれを理解できておりませんでしたが、何かを失ったかのように感情を無くされておりました」


 ディーオの母……つまりこの国の皇后はすでに亡くなっているということか。確かに今まで話題にも上がらなかったからな、避けていたんだろう。

 しかし感情を無くしたディーオねぇ……今では考えられないな。


「陛下は……ディーオ様にあまり関心があられないようで……。誰からも愛情を与えられず、ただ日々を過ごしていました。同時に、わたくしも記憶がなく何も持たない人間でした。だからこそ、上手くかみ合った……のかもしれません」


 そう言葉にする瞬間、そのほんの一瞬だけだが、サロマの表情が笑ったように見えた気がした。

 だがそれだけでサロマがディーオのことをどれだけ想っているのかがわかる。それがこの先どう変化するかはわからないが……。


「ムゲン様、パスカル様の執務室に到着致しました」


 おっと、話し込んでいる内にどうやら目的地に着いたようだ。

 それじゃあ……ここからはお仕事モードに切り替えていくとしましょうか。疑惑渦巻く城内に潜む悪を見つけ出す男、名探偵ムゲンとでも呼んでくれ。


(まさに"体は子供、頭脳は大人"だからな)




コン コン


「誰だ?」


 サロマが扉をノックすると、数秒も待たずに内側から先日聞いたことのある声に問いかけられる。


「サロマでございます。パスカル様、執務中大変申し訳ございませんがお時間をいただけますでしょうか?」


「あなたがわたしに用事? 珍しいこともある……と、言いたいところだが、おそらくはあの殿下の思い付きか何かというところですかね。いいでしょう、入ってきなさい」


 大正解である。流石にこの国の軍事最高権力者というべきか、この程度ならあっさりと推測できるのだろう。


 ん? どうしてスパイかもと疑っている相手だというのにこんなに堂々と乗り込んでいるのかって?

 いやな、確証もないのに人を疑うのは良くないと思うのですよ。だというのにコソコソと人の後をつけまわしたり出払っている間にガサゴソと家探しするのはまずいだろう。

 なのでまず最初にやるべきこと、それは対話だ。なにもこちらのすべてを隠して調査をする必要はない。こちらから開示することで初めて得られる情報というのもあるものだしな。


「では、失礼いたします」


 サロマが扉を開け入室するのに続いて私もお部屋にお邪魔させてもらう。

 部屋の中は……本棚に仕事用の机、それに食器の入った棚や椅子が数個だけ置かれたとてもシンプルな部屋だ。机の上には資料のようなものが積まれているな。


「短い要件ならこの場ですぐに聞かせてもらうが、長くなるようならそこの椅子を使っていいから少し待って……おや、そちらの彼は?」


 サロマの後ろについてきた私を見て少しだけ驚いた顔になるパスカルさん。今日もメガネの奥のキリッとした瞳が素敵ですね。


「パスカル様、どうかなされましたか?」


「いや、静かだから殿下はいないとは思ってはいたけれど、てっきりあなた一人だと思ったので。あなたは……確か殿下の」


「魔導師ギルドより派遣されてきた一流魔導師ムゲンと申す。以後お見知りおきを、帝国の美人参謀様」


「ヴォリンレクス帝国、軍事参謀のパスカル・パーフィディアよ。昨日はロクに挨拶もできないで申し訳なかったわね」


 うーむ華麗にスルー。けど昨日よりは若干刺々しさが和らいでいるような印象だ。

 仕事によってキッチリと表情を使い分けるタイプだな……仕事仲間としては私と気が合いそうだ。恋愛方面は……。


「せっかく来てもらったところ悪いけれど、今回の戦果の報告書から損害の計算やその他もろもろの書かないといけないからもう少し待ってほしいのだけれど」


 激戦を終えて帰還した昨日の今日だというのに仕事詰めか、流石に軍事の最高責任者ともなると忙しいんだな。

 しかしそれならば仕方ない、ここで少々待たせてもらうことにしよう。


「でしたらわたくしがお茶のご用意をさせていただきます」


 言うが早いか、サロマは棚からテキパキとカップを用意し手際よくそこにあった茶葉をポットに入れるが……。


「お湯がありませんね。取って参ります」


「あ、お湯なら私がすぐに用意できるぞ。ほい『丁度いい温度のお湯ジャストホットウォーター』」


 私の指先からビュッビュッとお湯が発射され、ポットの中へと吸い込まれていく。温度はジャスト95℃だぜ、私は茶葉の種類とかわからんからなんとなくよさげな温度にしといただけだ。


「ほう、これがギルドの魔導師の魔術か。なるほど、一見ただの生活魔術かと思いきや意外と高度な技術で微妙な調整までこなしている」


 おや、そちらも意外といい感性をしてらっしゃる。確かに先ほどの魔術には水属性と火属性のバランスに加えて指先から発射する術式に速度とコントロールの調整も行っていた。


「もしやパスカルさんは魔導師でもあったり?」


「いや失敬、少々かじった程度ですね。これでも昔はのし上がるためにどんなことでも手を付けたものなので。まぁ魔術は中途半端に終わりましたが」


 確かに、感覚を鋭くしてパスカルさんを見てみるとそれなりに鍛えられた回路にそこそこの魔力量が見られるな。

 けれど本人の言う通りどこか中途半端、戦いには向いていないと言えるだろう。


「お茶が入りました」


 私達の会話中にも作業の手を止めることなくささっとお茶の用意に勤しんでしたサロマ。

 ふむ、何の茶かはわからんがいい匂いがしてくる。


「安い茶葉しかなくて申し訳ない。どうも平民時代の節約志向が抜けなくて、どうも高いものは口に合わないから置いてないの」


 ま、私は別にその辺は気にしないから構わないんだがな。

 ともかく、パスカルさんの作業がひと段落着くまでゆっくりと待たせてもらうことにしますかね。




「さて、待たせてしまってすまない。それで、要件というのは?」


 あれから少々時間が過ぎ、ようやくまともに話し合えるほどには落ち着いたようなので、早速だが本題に入らせてもらうことにする。


「えーぶっちゃけて聞きますが……本当に内通者っていると思います?」


「可能性は大分高いと思ってる……けど、断言できるほど確実なものも存在しないというのが現状かしら」


 私達が煮詰まっている地点とほぼ同じの意見か。これ以上先に関してはどうしても推測の域を出ない……だからこそ、見極める必要があるのだが。


「じゃあ……パスカルさん的には誰か犯人の可能性がある人物に心当たりとかは?」


「そちらも具体的に挙げられる人物はいないかしらね。……けど、しいて言わせてもらえば私兵部隊を持つ有力貴族と関わりのある軍事関係者といったところかしら」


 ……ここで、少々身の入った意見が出てきたな。しかしこれは……。


「私兵……つまり私達のような人物がいる部隊と繋がりのある軍事関係者か」


「そうね、我が国では軍事……特に新魔族との攻防に関わる者は特に外部の者への接触を抑えているの。わたしのようにね」


 なるほど、貴族の私兵ならば新魔族が潜り込む隙もあるかもしれない。そこから間接的に軍事関係者と接触を図れればあるいは……。


「となると例えば……昨日のあのルディオとかいう奴がいい例か」


 この国の軍事に深く関わる者であり、私兵部隊を持つアリステルの婚約者ということだからこれにぴったりと当てはまる。

 これで判断材料が一つ増えたな。


「……ところで、なぜあなた達が内通者のことをそこまで気にするのかしら?」


「すべてはディーオ様の発案です。裏切り者を自らの手で見つけ出す……と」


「そう……それでまず最初にわたしのところへ探りを入れに来たのね」


「それは……」


 おやおや、どうやらパスカルさんはここまでの会話で私達の本当の目的に感づいたようだな。

 ま、遅かれ早かれ気づかれる可能性はあったが。


「正直疑ってはいる。だからといって確証なんてどこにもない。だから話をしにきた」


「同時に牽制も兼ねて……かしら。疑っていると宣言したうえでこれからのわたしの言動や行動をさらに判断材料にしようってわけ」


 おおうバレてるバレてる。彼女の言う通り観察するならここからだ。

 自分が疑われていると自覚すれば人は何かとそれを気にすることが多い。そこをついてさらに探りを入れようと考えてはいるが……。


「その余裕っぷりは自身の現れってとこですかね?」


 対するパスカルさんには一切の焦りも見られず、それどころか余裕そうな表情で私達の疑いを笑い飛ばすかのようにも思えてしまう。

 それは彼女が犯人で隠し通せる自信があるからなのか、それとも本当に内通者ではないからなのか、あるいは……。


「違いますよ魔導師さん。わたしが動揺しないのにはわけがあるから。いえ、確信と言っていいかしら?」


「確信?」


「あるいは……信頼と言えるかもしれないものね」


 なんだ? 彼女は私の予想を超える何を信じているというのだ。


「……わたしは、昨日あの後すぐに内通者の可能性を陛下にお伝えしに行ったわ」


 あの後……というと私達が試合を終えて皇帝サマがやってきたあれだな。

 まぁ、確かに可能性の域を出ないとはいえそんな重要なことを報告しないわけもないか。


 だが、それでいてパスカルさんのこの表情というのとは……。


「その時陛下は仰られたの……『その程度のことなど報告する必要もない』とね」


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