143話 強大国ヴォリンレクス


「ディーオ様、あれほどおひとりで外出されてはなりませんと申し上げたはずです」


「ぬ、ぬぅ……よ、余はこの国の皇子なのだから別にどうしようと余の勝手なのだ」


 その返答にふぅ……と無表情のまま小さくため息をつきながら変わらずディーオを見つめる。


「う、うぬ……」


 そんなわけで城に着いた私達を出迎えたのがこのメイドさんだ。なにやらディーオがたじろいでいるがどういうご関係?


「おい皇子さん、なんで俺の後ろに隠れんだよ。つかありゃ一体誰なんだ?」


「あ、あやつは余の世話係兼教育係のメイドでサロマなのだ。余が幼少の頃からいつもいつも口やかましくてかなわん」


 つまり専属ってことね。

 さて、ここで端麗の新登場女性キャラ解説といきますか。女性キャラの容姿は読者にとって重要案件の一つだからな!


 まず歳だが、私やディーオよりも少々上の印象……リィナに近いか。

 容姿は青い髪を後ろでキッチリと束ね、顔立ちも悪くはない。ロングスカートのメイド服の上からでもわかるキュっとしたくびれにすらっとした体つき、モデル体型というやつですな。

 なんというか、これといった特徴という特徴はないように見えるが、よく目を凝らすと美人だとハッキリ認識できるという感じだ。

 それに先ほどから変わらない無表情も相まってどことなくミステリアスな雰囲気も醸し出している気もしないでもない。


「……してディーオ様、こちらの方々は?」


 と、ここで私達の存在についてようやく質問がきたな。相変わらず表情はそのままだが、視線だけはしっかりと私達を疑いにかかっている目だ。

 まぁ自国の重要人物がどこの馬の骨ともわからない連中を連れているんだから警戒して当然か。


「むむ、よくぞ聞いてくれた。こやつらは余が集めた新たな精鋭……戦闘隊長予定の者達と魔術部隊の筆頭になる予定の者なのだ。これから一生を賭けて我が国に尽くしてくれることとなる」


「おいコラなにまた勝手に決めてんだ! 俺が忠誠を誓ってるのはあくまで自分の国だ。ここに来てんのはただの仕事だ仕事!」


 私もこんなところで一生を終えるつもりなど毛頭ないぞ。

 どうしてディーオの頭の中ではあることないことが誇張されているのだろうか……。


「なにーっ!? お主らは余の手足として共にこの国の発展と成長を見守り、やがて余が皇帝となった暁には余の帝国に主らありとうたわれる存在として語り継がれるのだろう! そうであろう!? そうだと言うのだーっ!」


「申し訳ありません。ディーオ様は未だ自分で軍や兵を指揮した経験がないので焦っているだけなのです。ですから現状のように躍起になっている駄々っ子のようなものですから。深くお考えにならないでお聞き流しくださいませ」


「サロマーっ! 何を言うのだーっ! 余は、余は本気なのだぞーっ! 主らもどうしてそんなほっこりとした眼差しで余を見るのだーっ! うわーっ!」


 いやだってねぇ……このメイドさんとのやり取りを見てるとわがままな子供とそれを面倒見るお姉さんって感じがしてなんだか微笑ましく思えてな。

 流石に長年付き添っているだけあって扱い方が上手い。


 幼少期からずっと同じ時を過ごした幼馴染メイドか……いいなぁ。


「ディーオ様に代わりわたくしが皆様にはお礼を申し上げます。ディーオ様のわがままに付き合ってこんなところまでお越しくださって、誠に感謝しております」


「い、いえいえ! こちらも仕事ですから。頭を下げてまでお礼をされる程のことじゃありませんよ」


 メイドさんの丁寧な対応にリィナも礼儀正しく対応することでどうやらこの場は丸く収まりそうだ。

 むしろ問題はここからというところだな……。

 カロフ達としてはこのままディーオの意向にある程度従って動くことになるのだろうが、私の目的は第六大陸へ渡ることにある。

 果たしてこのままディーオに取り入ることでそれが叶うのかどうか……。


「それでは皆様、本日はこのまま廷内でおくつろぎください。お部屋もご用意いたします。では、わたくしがご案内いたしますので中へどうぞ」


「あ、おい。俺達の部隊はすでに別の場所で休んでるはずだが、連絡とかしとかねぇと……」


「ご安心ください、すべてこちらで手配いたしますので。では参りましょう」


 できたメイドさんだな。なのにその主はてんでダメダメ……どうしてこうなった。

 ともかくこうして私達はサロマに連れられて王宮内へと招待されることとなった。


「ぬおーっ! まてーっ! 余を置いていくでなーい! というか先頭に立って先導するのは余の役割であろうーっ!」


 どうして……こうなった。






 さて、門を通り抜けて私達第一章組は王宮内へ。


「おわ……なんだこりゃあ……」


 カロフが驚くのも無理はない……。私達が想像していたよりも遥かに王宮内は広かった。いや、広いというよりもまるで一つの都市が丸ごとすっぽりと収まっているようだ。


「いやいや、王宮ってのは普通でっけぇ城に兵士の詰め所とか訓練場が引っ付いてるもんなんじゃねえのか……」


「カロフ、ここは私達の国とはまったく違う巨大帝国なんだから当たり前でしょ。でも、流石に私もこれには驚いちゃったけど」


 私達の目の前には豪邸のような建造物がいくつも連なっており、それぞれには独特の造形や庭園のようなものも見受けられる。

 道は広く整備されており人の姿もちらほらと見かけるが、門をくぐる前とは……そう、身なりが違う。


「これは王宮というよりも……」


「はい、魔導師様のお考えの通りだと思われます。ここは貴族や有力者が住まい、施設や機関も一般の者とは異なります。有り体に言えば、貴族街といったところでしょうか」


 なるほど、別世界なわけだ。というよりも空気が違う感じがする。

 門の外は工業地帯特有のすすけた匂いや油の匂いにこってりしそうな食べ物の匂い。酷い場所では打ち捨てられたゴミの匂いや臭い人の体臭なんかも混じってるからな。

 それに比べてここはそんな異臭など微塵も感じさせないような清楚感のある澄んだ空気そのものだ。


「門の内側には空気を制御する魔道具がいくつも点在しておりますので快適にお過ごしになれます。……それでも満足なされない方はなるべく城壁から遠い場所に住むこともありますが」


「なんだそりゃ? そいつは一生外に出ねぇで暮らすのかよ」


「いえ、ここにいる方々も外の国へ外交に出かけることもございます。そういう時は、この貴族街の奥から直接都市の外へ繋がる出入り口がありますので、皆様大抵そちらから外出なされます」


 徹底してるな。しかしそこまで圧倒的な階級社会を確立できるのもこの国が大帝国であるが故だろう。

 昔から力を誇示してきた国としては、正当な在り方とも言えるか。


「ケッ……なんでぇ、結局は偉い奴が下の者を見下す社会ってわけか。規模はでけぇがその辺の国と大して変わらねぇな」


「むむ……カロフよ、その言い方は聞き捨てならぬぞ。確かにここに住む者は業突く張りの者もいないこともない。しかしそれは過去に成功し、認められたからこその当然の権利とも言えるのだ」


 おお、なんだかディーオがまともなことを言ってるような気がするぞ。一応そういうことはしっかりと考えてるんだな……。


「けどよ、何も全部が全部そうだってのか? 過去の成功ってもよ、中には親やその親の功績にあやかっただけの……言っちゃ悪ぃが無能の七光りだっているんじゃねぇのか」


 確かに、親の功績をさも自分のものだと悪びれもなく言い張り、それを盾にして自堕落でどうしようもないクズがいないとも限らない。


「ぬはははは! そこに関しては何も心配はいらん! そういう輩は過去にいくらかいたようだが、すべてその時代の皇帝に粛清されており、長く栄えた試しなどない! 今もそのような国を害するような愚か者がいるとすれば、父上によって必ず粛清されるであろうよ」


 なるほど、つまり過去にもいないことはなかったわけか。

 しかしそのすべてがキッチリ処されてるということは、どの時代の皇帝もそういう堕落を許さない厳格な王だと。


「この国の歴史は長いと聞くが……その間に皇帝の血族が変わることはなかったのか? 内乱で頭がすげ変わるとかはよくある話だとは思うが」


「この国には1000年以上の歴史がありますが、その間に皇帝の血が変わったことなどございません。代々国の王は王妃との間に生まれになった一子の男児のみを育て、それを次代の王としてきました」


「え!? ひとりしかお世継ぎを作りにならないんですか!? 第二子や……妾の方とは。それに第一子が女の子だったり……」


「はい、王がおつくりなる子は一人のみです。それに妾はおりません。あと、歴史上でも皇帝の子に女児が生まれたとの記録もございません」


 その言葉に私とリィナは目を丸くして驚いていた。

 本来ならばそんなことはあり得ない。普通ならば血を絶やさないためというならば、多くの世継ぎを用意しておくものだ。

 それも二人や三人程度の話ではない。正当な王妃との子と言わずとも、保険として何人もの妾にも子を産ませうという話はよくあるものだ。

 ……だというのに、1000年の間に第一子だけを……しかもすべて男児しか生まれずに続いているなど驚愕以外のなにものでもない。


「なんかおかしいのか? うちの国だって姫さん一人しか王様の子供はいねぇじゃねぇか」


「あのね……私達の国はとっても小さな国だから仕方ないの。だけどこの国は違う……。これだけ巨大な栄華を築いた国の王が代々第一子しか生まれない男児ってことが凄いことなんだから」


 しかも代々無病息災というところも捨て置けない要素だ。

 このヴォリンレクス帝国は建国当時からの軍事国家であり、王も代々戦闘の矢面に立ち他国や新魔族と争ってきたというのに……。


「付け加えさせていただきますと、我が国にも幾度か内部の反乱が起き、王の首が狙われたことはあります。……しかし、そのすべてにおいて代々の王は反乱分子を返り討ちにしたとあります」


 まさに驚愕の連続……。今のサロマの解説で、どうしてこの国が強国として世界に名を轟かせているのか……その一端を理解した。いや、もしかしたら一端どころではないかもしれない。

 王の強さこそが、この国の強さ……。まるで定められたかのように代々君臨する変わらぬ血筋こそが強さであり恐ろしさなのかもしれない……。


「最強の国の……最強の王か……」


「噂には聞いてたけど……話を聞くだけでここまで凄さが伝わるなんて」


「へっ……中々面白くなってきたじゃねぇか」


 この国の"強さ"の歴史を聞いた私達はそれぞれ同時に考えを改めることとなった。

 今までは軽い気持ちなところがあったが、今私達はとんでもない国にいるのだという自覚を……。


「そしてぇーっ! 余はその皇帝の正当なる血筋を受け継いだただ一人の皇子! ぬははははーっ! どうだ、余の凄さが理解できたか! よかったのう、お主らは最高の王(予定)の下で働くことができるのだぞーっ!」


 と、私達にここがヤバい国だという自覚を忘れさせた張本人が騒いでおります。

 そうだよな……今の話からすると、代々の王は厳格ですべてを畏怖させる強者で……。


「ふははははーっ!」


 ああ……なぜだろう。こいつを見ていると先ほどまでの話が全部嘘のように感じてしまうのは……。






「にしても、どれもこれもただっ広い屋敷ばかりだなぁおい……」


 それから私達は居住区をひたすら歩いてディーオの住まいである王廷へと進んでいた。

 カロフの言うように一つの屋敷の隣をやっと歩き終えたと思ったらすぐに別の屋敷が見え、少々うんざりしてくる。


「ぬぅ……サロマよ、馬車はどうしたのだ」


 そうだ、これだけ広い居住区ならば移動手段がほしいところだ。


「本日は陛下が戦地からお戻りになられるので皆さまはそのお迎えのために馬車をお使いになられているのです。個人所有のものでは数が足りないので、国のものをお使いになられている方もいらっしゃいますのでもう残っておりません」


「迎えなど父上が国に戻ってからでもよかろうに、まったく」


 つまり、皇帝の凱旋か。この国の王は代々自ら戦地に赴くほどの豪胆だとは聞いているが……今まで戦地に赴いていたのか。

 そして……その王の武勲をいち早く労おうと街中の有力者がこぞって競い合っているってことね。


「父上はそのような媚び売りになどまったく関心がないというのに……懲りない連中だのう」


「っつーことはここには今人っ子一人いないってのか?」


「そんなわけないでしょ。流石に誰もかれもが出迎えに向かうわけじゃないだろうし、この街や都市全体を守る兵や騎士がいてもおかしくないんじゃない?」


 リィナの言う通りだ。つまりもともとここでは人が立ち歩くことがほとんどないのだろう。

 移動するにしてもこの広さでは今の私達のように馬車がほしいところだが、今はそれがすべて出払ってしまっている。

 だから、ここに残っている人間も外に出ずにおとなしくしているんだろう。


「ふーん……そんなもんかねぇ。んなことよりも兵や騎士と言やぁ、俺はその強さが気になるぜ」


 脳筋だなまったく……戦闘力や人間性的には初めて出会った時よりは成長したとは感じたが、おつむの方はまるで成長していない……。


「この国の軍事情勢は私も気になるところだけど……そういうのはどの国も軍事機密だから簡単には教えてくれないでしょう」


「リィナ様のおっしゃる通りです。特に我が国は軍事国家でもありますので、その辺りの秘匿性は細心の注意を払って管理されております」


「でもよ、俺らは皇子さんの口添えでこの国の兵と協力するんだろ? そこから漏れちゃいけない情報なんかが偶然知られたりしたらどうすんだ?」


 おおう、カロフのくせに妙に鋭い質問だぞ。

 しかし確かに……そう言われると他国の者をここまで安易に踏み込ませて軍事に関わらせるなんて、ガバガバ軍事に見えなくもないぞ。

 ……まぁ私達を引き込んだ張本人自体がすでにガバガバなのでなんとも言えんが。


「その点は問題ありません。皆様はあくまでディーオ様の私的な部隊ですので」


「ん? 私的な部隊なら問題はないのか?」


「はい、この国には大きく分けて二種類の兵力が存在します。一つは一般的な兵士や属国に派遣された兵、上役の方が定めた騎士といった"国"に属する軍事です。彼らは国の命によって働き、国に従っており、役職、賃金、生活補助なども国が定めた規定のものが適用されます」


 要は普通の兵隊さんね。こんな大国だし出世競争は厳しいだろうな……カロフのようにラッキー成り上がりなんかはないだろう。


「そしてもう一つが私的な部隊です。こちらは貴族や有力者の方々が国外の人間や通常の兵から引き抜いた者達で編成された個人的な兵となります。大々的には我が国の兵としても扱われますが、ほとんどがその部隊の主格となる方の命に従い、役職、賃金、生活補助などもその人が定めたものとなります」


 なるほど、つまりその部隊を率いる主要人物によっては普通に兵士をやるよりも高待遇を得られる可能性だってあるかもしれないということだ。

 さらに言えば、訳ありな人物も状況次第では仮にでもこの国の兵として扱うこともできるわけか。


「しかしそれが軍事機密の保持とどう関係がある」


「王以外の人間で私兵部隊を有している者は、国の軍事に関われないのです。もちろん戦時にその私兵部隊を用いる方もいらっしゃいますが、目に余る行動が見られた場合には即、軍議にかけられ処罰されることでしょう」


 それなら私兵部隊から内部的に軍事情勢を探るのはなかなかに難しくなるか。情報を探ろうと雇われても、その雇い主は軍事に関する情報をまるで持っていないのだから。


「だが王の私兵だけは別なんだな」


「はい……しかしこれまでの歴史において、代々王が私的な部隊を持ったことはありませんでした」


「え……それじゃ私達って」


 もしこのままディーオが部隊を維持したまま皇帝に就任してしまったら……歴代初の私兵を持った王となってしまうのか。


「ぬははははーっ! そう、余はこれまでにない最強の私兵部隊を持つ最初の皇帝となるのだ! そして主らも余と共に新たなる歴史に名を刻む存在となるだろう! はははー泣いて喜ぶがいい!」


「だから俺はあくまで自分の国の騎士だって言ってんだろ! 勝手にこの国の兵にすんじゃねぇよ!」


 また始まってしまったよ、しかもこんな大通りの真っ只中で……。ま、とはいっても誰もいないから大丈……おや?


(道の先から誰かやって来るぞ)


 最初は見間違いかとも思ったが、こちらに向かって来るシルエットはだんだんとハッキリと二人の人の形をしていることが認識でき、やがてはその様相もしっかりと確認できるほどまで近づいてきた。


 そして、その人物は私達に対峙すると少々甲高い声で言い放った。


「あらあら、やけに五月蠅いと思ったら……王族の恥晒しのディーオ殿下ではありませんこと。こんな場所で喚き散らして、"また"恥の上塗りをしていらっしゃるのねぇ」


 うん、どう見ても高飛車な悪役令嬢ポジションな人がそこにいましたよ……はい。


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