140話 兄弟喧嘩勃発!


 それは誰にも予測できなかった運命の再会。


「レオン君! 本当にレオン君なんだよね!?」


 たとえ数年の年月が過ぎようとも、それよりも多くの時を過ごしたリィナには、この少年がレオンだとハッキリ分かるのだろう。

 駆け寄ってきたリィナはそのままレオンに抱き着き、その両目から大粒の涙をこぼしていた。


「本当に……リィナ姉ぇ……だよね」


「そうだよ……。本当に……本当に心配したんだからね……。もう……このまま一生会えないのかと思ったんだから」


 ……そう、これは本来ならばあり得なかったかもしれない出来事のはずだった。

 私が第三大陸に現れなければ、リィナ達の故郷であるアレス王国は新魔族の手によってどうなっていたかもわからない。カロフとのわだかまりもそのままだったかもしれない。

 そして、レオンは私に師事していなければ魔導師になることはなく、どこかで野垂れていたかもしれない……。

 うん、全部私のおかげだな!


「ごめん、リィナ姉ぇ……。ごめんなさい……ごめんなさい……」


「いいの、こうして無事でいてくれただけで……」


 まぁ兎にも角にも、そんな数奇な運命を乗り越えた者達の偶然の再会は、まるで止まっていた時間が再び動き出したかのように変わらぬ関係が……。


「ちょ、ちょっとそこのあなた!? いきなりレオンに抱き着くとはどういう了見ですの!」


「そ、そうです! どこのどなたかは存じませんが、レオンさんとどのようなご関係なんですか!」


 ……にはいかないよなやっぱり。

 そうだ、リィナももう単なる村の少女ではなく一国の騎士部隊の隊長。信頼できる部下や幼馴染から昇格した恋人もいる。

 そしてレオンは今や立派な魔導師の一員にして二人の女性に言い寄られるうらやまけしからん立場にある。

 ……あれ? この中で色恋の話題がまったくないのって私だけじゃね? なぜだ。


 とにかく、すべてがすべてあの頃のままじゃない。そりゃ本人には変わらないものもあるだろうが、取り巻く環境や人物は大きく移り変わっている。

 まぁ私の見立てでは、この問題は早々に解決しそうだが……。


「あ、あら、ごめんなさい。私ったら人前なのに……」


「えっと……リーゼ、シリカちゃん、ここは僕から説明させてもらうよ。この人はリィナ姉ぇは僕の故郷でずっと一緒だった……そう、家族みたいな存在、本当の姉のように思ってる人なんだ」


「……なんですって?」

「家族……」


「はい、初めまして。私は第三大陸アレス王国第三騎士団長、リィナ・エイプルと申します。身寄りが無くなってからはレオン君の家族に大分お世話になっていたの。誤解させてしまったのならごめんなさい」


 レオンの説明とリィナの挨拶を聞いた二人は惚けながらも頭の中でその意味を考え始める。


「「……!」」


 そして、ほぼ同時にその意味を理解する。それからの彼女達の行動は早かった……。


「まぁ! レオンのお姉様でしたの! そうとは知らずに先程は無礼な物言いをしてしまいましたわ。こちらこそ謝罪させてくださいませ」

「わ、私も……よく確かめもせずに失礼なことを! ごめんなさい!」


 当然こうなるよなぁ……。だって"レオンが本当の姉のように慕っている人"を侮辱してもし心象でも悪くしようものなら、それは同時にレオンからの信頼も薄れるのと同義だ。

 そんな馬鹿なことをレオンにベタぼれな二人がするはずもなく、今度はいかにして挽回、心象を良くして外堀を埋めるかの戦いになるわけで……。


「ああ! そういえば自己紹介が遅れてしまいましたわ。わたくし、エリーゼ・ライズ・ティレイルと申します。中央大陸メルト国の有力貴族家当主であり、レオン君が魔導師になって初めてパーティーを組んだ仲ですの。よろしくお願いいたしますね、

「初めまして、。私はシリカ・ラクシャラスという者です。レオンさんとは"どこかの誰かと違って"学生の頃に大変仲良くさせていただいた仲で、今もよく食事のお世話をさせてもらってます」


 この変わり身の早さである。

 まるで二人の手のひらの高速回転するドリルがぶつかり合って熱い火花を散らしているイメージが見えるようである。


「ふ、二人とも落ち着いて……。そんな一気に話しかけられてもリィナ姉ぇが困るから!」


「ふふ、大丈夫よレオン君。それにしても驚いたなぁ、あのレオン君がこんな可愛い二人の女の子に好かれてるなんて。隅に置けないんだから」


「ちょ、ちょっとリィナ姉ぇ……そんな呑気な……」


「本当に、大きくなったね……」


 そう言いながらレオンの頭をわしゃわしゃと撫でるリィナとそれを嬉しそうに受け入れる。

 そしてエリーゼとシリカの猛アピールは止まらず、涙の再会から一転して笑顔があふれていた。


 ……が、ちょっと待ってほしい。本当にこのまますべて円満で終わりだろうか?

 そう、我々はの存在を忘れている……。


「もう、いい加減やめてよリィナ姉ぇ」


「ん? 私はもうやめてるよ?」


「え……? じゃあ、今僕の頭の上に乗ってる手は誰の……」


 頭を撫でられ、ずっと下を向いていたレオンは気づかなかったんだろう……。その頭の上に乗っている手がリィナの綺麗な手から無骨で毛深い手に変わっていることに。


「あのー、レオンさん? その……後ろにいる方もお知合い……ですか?」


 ここにいるレオン以外はすでに全員その人物に視線を向けている。

 エリーゼとシリカは困惑の表情で。リィナは変わらず嬉しそうにニコニコとした表情で。

 そして私は……哀れみの表情でレオンを見ていた。


「あ、あの……リィナ姉ぇ。もしかして、今僕の後ろにいる人って……」


「うん、私と同じで、レオン君との再会をとっても楽しみにしてた人だよ」


 レオンの首がゆっくりと回る……というか回される。

 次第にレオン顔が恐怖に染まっていく。そして体ごとグイッと回転させられたレオンの瞳に写ったのは……会いたかったけど会いたくなかった、もう一人の昔馴染みが鬼のような形相でそこに立っていたのだった。


「よう……レオ坊ぉ……。よくのうのうと俺の前に顔を出せたなぁ……」




デデドン!(絶望)


「ピギャーーー!! カロフ兄ぃいいいいい! なんでこんなところにいいいいい!??」


「そりゃあこっちの台詞だこのクソ坊主ううううう!」


 カロフの顔を見た瞬間に飛び出すように逃げ出したレオン。そしてそれを追いかける恐怖の死刑執行人カロフ。


 いや……だが、この状況は仕方がないとしか言えないだろう。

 まぁ、流石にレオンもカロフもここに来ているなんて思いもよらなかっただろうに。

 リィナはまだわかる、以前私が騎士になっていたと伝えたし、騎士としてもしかしたら遠くの地へ足を運ぶ可能性だってゼロではないということはレオンもわかるはずだ。

 ……が、カロフは違う。私だってついこの前あいつが騎士になっていたと知ったばかりだからな。


「お、お姉様……あれは助けなくてよろしいのですか……?」


「大丈夫、カロフ……あの人も私と同じでレオン君の兄妹みたいな人だから」


 状況が呑み込めていない二人に、リィナはニコニコと笑顔で対応する。


「逃げんなぁ!」


ブンッ! ドスン!


「いやあああああ! 助けてえええええ!」


 逃げるレオンに向かって長椅子を軽々持ち上げてそのままぶん投げるカロフ。その二次災害で立っている案内板やら観葉植物が倒れたり破損したり……。

 立派な器物破損である。幸いなのは人が少ないとこだな。


「で、でも、なんだか凄いことになってますけど……」


「そうね、この件は後でこちらから謝罪と弁償をさせていただきます」


 普段ならカロフの行動を怒って鎮める役であるリィナもこれである。よっぽどこうして三人再会できたことが嬉しいんだろう。


「うわわわわわ……あ、師匠! 見てないで助けてくださいよー!」


 うわ、こっちを巻き込もうとしやがった。このまま傍観してるつもりだったのに。


(しかしどうする? レオンを助けてやるか)


 だがよく考えてほしい、元々こうなったのは誰のせいだ? もとはと言えばレオンが家出をしたことがカロフの怒りの原因だ。

 カロフもお世話になっていた村長夫婦の苦悩する姿を見てきたはずだし、レオンに対して怒りをあらわにするのも当然だろう。


 よって私が取るべき行動は……


「ムゲン! そいつを絶対逃がすんじゃねぇぞ!」


「オーケーカロフ! 術式展開、『』!」


 考えた結果、私はカロフに協力することにした。

 私はレオンのこれまでの苦悩を知らないこともないが、それでも一度身内同然の人間からの折檻は受けてしかるべきだ。


 とはいっても、私はレオンの師という立場でもある。自ら進んでカロフと一緒にリンチにするというのもよくない。

 なので一帯にキューブ状の透明な壁を作り、精根尽きるまで二人で語り合う(主に肉体言語で)場を提供してあげたというわけだ。


「ちょ!? ししょおおおおお!!」


 うむ、これは仕方のないことだ。透明な箱の中には泣きわめきながら壁を叩くレオンとにじり寄っていくカロフだけ。

 次第にレオンの壁を叩く音も収まっていく……どうやら覚悟を決めたようだ。


「覚悟決まったかよ、レオ坊」


 その言葉に泣き崩れていたレオンは立ち上がりカロフの方向へと向き直る。

 ただし、先ほどの泣き顔とは違うどこか決意ある表情に(それでも目元が真っ赤でカッコつかないが)。


「……き、決めたよカロフ兄ぃ。確かに僕は怒られても仕方ないことをした……。だけど、魔導師になって僕は変わったんだ! いつまでもやられるだけの僕じゃない!」


 そして、それを証明するかのように背中の黒棒をカロフに向かって突き出した。


「ほぉ~、俺とやる気かレオ坊」


 これは面白いな。苦難を乗り越え魔導師となったレオンと、過去を振り切り騎士となったカロフとの兄弟対決。

 けどお前らここが魔導師ギルド支部の受付ってこと忘れてるだろ。


「んじゃあ、魔導師になってお前がどんだけ強くなったか見てやるよ……泣き虫レオ坊」


 カロフは受けて立つようだ。構えを取り、戦闘の体制に入った……自分から動かないところを見ると最初の一撃はレオンに譲るようだな。


「あの、お姉さん……本当に大丈夫でしょうか、これ……」


「うーん……こうなるのは流石に予想外だったなぁ。えっと、もしもの時は……」


 と、チラッとリィナがこちらにアイコンタクトを送ってくる。

 まぁそのぐらいならお安い御用だ……と、こちらもサムズアップで返しておく。


 さて、そうこうしている間に戦闘が始まるぞ。


「いくよ、カロフ兄ぃ! 術式展開、『鞭打ち炎フレイムウィップ』!」


 先制で放たれたレオンの魔術は、手のひらから伸びた炎がまるで鞭のようにしなり、横からカロフへ襲い掛かる。

 上手い……一見簡単に回避できそうな攻撃に見えるが、今は四方が透明な壁に覆われている状態……。壁の端から端まで薙ぎ払われるこの攻撃を回避するためには……。


「……上しかねぇか!」


 そう、跳ぶしかない。しかし、それも最初からレオンの作戦だった。この魔術を放った瞬間からレオンは左手に別の魔術を用意していたのだ!


「そこだ、別術式展開『空砲弾エアショット』!」


 カロフの跳躍と同時に放たれる空気の弾丸。空中でこれをかわすのは至難の業だ。

 流石にレオンも魔導師として成長している。そもそも普通の人間が魔力を扱う人間とまともに戦うということ自体が難しい。

 普通の人間には扱えない"魔力"という大きな力を制御するということは、それだけでアドバンテージなのだ。

 レオンもそのことを理解しているからこそ、こうして威力の低い魔術を放ったとわけだ。


 そう考えれば、いくらカロフの身体能力が高かろうと勝敗は見えた……かに思えたが。


「しゃらくせぇ!」


バシィ!


「へ……?」


 空気弾は、カロフにヒットしなかった。いや、厳密にいえば当たりはしたのだが想像していた当り方とまったく違っていた。

 蹴ったのだ……魔力の籠った一撃をいとも簡単に。それこそサッカーボールでも蹴り返すかのようにあっさりと。


「えええ! なんで!?」


「甘いなぁレオ坊。あんなもんで俺を倒せると思ったか?」


 地面に降りたカロフは、そのままなんでもなかったかのように平然としている。


(これは……)


 よく目を凝らしてカロフを見ると、体内の魔力が活性化して目まぐるしく活動している。

 獣深化……とまではいかないにしても、かなり精密に魔力を操作でできている。


「魔力を扱えんのが魔導師だけだと思ったか。俺だって騎士になってからも毎日欠かさず体内の魔力を操る練習は怠らなかったんだぜ」


 たしかに、以前カロフには獣深化のために魔力をコントロールする指南をしたことがあるが、それをここまで昇華させるとは。

 魔導師でなくとも魔力を扱い独自の戦闘技術を扱うものはたまにいる、今まで出会った人物だとサティや星夜がそれに該当するな。


「しかし一年もしないであそこまで魔力を操作できるようになるなんてな……」


「ちなみに私もちょこっとできるようになったよ」


「『龍の山』で魔術を使うタイプの魔物とも戦えるようになったからな」


「マジかいな」


 強くなったね君ら……。出会った当時は魔力のまの字も知らないような感じだったのに。

 さて、しかしこうなるとこの喧嘩も話は変わってくる。

 カロフの熟練度にもよるが、レオンは今までで戦ったことのないタイプを相手にしなくてはならなくなる。


 戦闘では予想外の事態が起きた時にこそ冷静に見極めなければならないが……。


「あわわわわわ……ど、どうしよ……」


 これは完全にテンパってしまったか。せめて身を護るぐらいは……。


「そんじゃ次はこっちから行いくぜ! ……『雷動ライドウ』」


「え?」


 と、考える隙もなく一瞬でカロフが間合いを詰めてくる。

 これは……雷属性の魔力だ。私も以前雷の魔術で似たようなことをしたと思うが、私のは通り道を作る必要があるのに対してあちらはノーモーション。

 外側に働きかける魔術行使と内側に働きかける魔力操作との違いだな。

 しかし真に驚くべきことは他にある。


(まさかただの魔力操作だけでなく、属性付随までできるようになっていたとは……)


 確かに以前カロフをケルケイオンで調べたところ、雷属性が得意属性ではあったが、教えてもいないのに属性魔力の操作まで行えるようになっていたのは私としても完全に予想外だ。


「てなわけでレオ坊……お仕置として一発きついの、いかせてもらうぜ」


「え、あ……はい」


 レオンもここまできたらもはや受け入れるしかないと悟ったようで、一切の抵抗を諦めていた。


「ってなわけでこれは心配をかけた村長達の分だ! 『電狼刹牙デンロウセツガ』!」


「あびゃあああああ!?」


 一閃……カロフが腰に構えていた剣を鞘に納めたままレオンの体に薙ぎ払うように当てると、強烈な電撃がその身に襲い掛かった。


 結果、レオンは痺れて気を失い戦闘不能に。

 こうして偶然の出会いから始まった兄弟喧嘩はひとまず幕を閉じたのだった。


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