136話 次に向かうべき場所


「……」


「ワウン……(ご主人、いつまでもこんなところにいたら風邪ひくっすよ……)」


 セフィラと女神政権の人間達が立ち去ってからも、私はただ一人ぽつんとその場に残っていた。

 別に心身喪失して無気力になっているわけではない。これから自分が何をすべきか、ただただ考えていた。


 セフィラの協力はもう得られないだろう。

 しかし魔導ゲートを完成させようにもこれ以上は自分の知識だけでは確実に足りない部分がある。


(しっかし、なんでこんな絶妙なタイミングで現れるかね……)


 そもそもセフィラは勝手に留守を任せて行先も告げずに飛び出してきたのだから、こうなる可能性は十分にあったとは思うが。

 どうして女神政権は正確にこの場所まで嗅ぎ付けたんだろうか……。この国には私以外セフィラを女神だと知る者はいないはずだ。せいぜい"身元不明のギルド食堂の新人"という風にしか思われている程度だろうし。


 考えても答えは出ない、いい加減気持ちを切り替えて次のことを考えなければならないのに。


「腹減ったな……」


 そういえば朝食を食べ損ねていることを思い出した。自炊でもするか、食堂にでも向かおうか……と、考えていたところで、誰かの気配を感じた。


「やぁ、おはようムゲン君。調子はどうかな」


 以前と変わらぬ爽やかな笑顔で現れたのは、ギルドマスターであるマステリオンだった。

 なぜこんな場所に? という疑問が頭に浮かぶのと同時に、ある考えが私の頭をよぎる。


「その様子を見るに、あまりいい調子とはいえないかな。私でよければ相談に乗るよ。といっても、役職上君と話していられる時間はそこまで多くないけ……」


「あれはあんたの差し金か……?」


 その一言で、場が凍る。


「ワ、ワウ?(ど、どういうことすかご主人?)」


「セフィラの居場所を女神政権に通告したのはあんたなのか、ギルドマスター……マステリオン」


 そしてまた暫くの静寂が場を支配する。

 永遠に続くかような数秒の緊張感だったが、それはすぐにマステリオンの一言で解かれることとなる。


「そうだ、私がディガンに彼女の素性を探らせていた。そして下した決断がこれだ」


 そう語るマステリオンの表情には一点の曇りもない。まるで自分は為すべきことを成したというように。


 正直、マステリオン……それにディガンというギルドのツートップが関わっていたなどまったくの予想外だった。

 ギルド内の人間は味方……と考えていたからかもしれない。人族主義とは対照的なこの国の頂点的存在であるギルドは安全だと。

 しかし彼らには彼らの考え方があり、実際に私の予想もしない動きをしてみせた。


「その決断に至った理由を聞いてもいいか」


「ああ、勿論。君達は彼女を何の疑いもなく受け入れてた……が、ギルドを収める責任者としてはいつまでも素性不明の人物を置いておく気にはなれない。だからこそディガンに調査させた」


「……わざわざ副ギルドマスターを調査に行かせるほどの案件には思えないだがな」


「あいつはあれでも諜報能力に長けている……というより多彩なやつなんだ、少々いい加減ではあるが」


 あの大男が諜報に長けている……想像がつかないな。スニーキングスーツでも着てダンボールでも被るのか……?


「それで数日前ようやく連絡があってね。聞くところによると、彼女は女神政権の重要人物だということがわかった」


「……」


「その様子だと君は知っていたのかな? まぁとにかく、彼らも血眼になって探しているようだったからね。ディガンに連れてきてもらったんだ。昨日ディガンが先行して到着していたのは君も知っているだろう」


 ま、女神政権の女神が行方不明なんだから、そりゃ血眼にもなるだろう。


 しかしなるほどな、昨日ディガンが帰ってきていたのはそういうことだったのかよ。だというのに二人ともこちらにそんな気はまったく見せることなく振舞っていたとはとんだ演技力だ。


「そんなに睨まないでくれ、我々としても仕方のない選択だった。あのままでは我々の関与なしにしても近い内に彼女の居場所は割れ、下手をすれば彼女を巡って国際問題に発展し兼ねない可能性もあった」


「だからといって、突然すぎるとは思うけどな」


 せめて一言あってもよかったんじゃないかと思うのは今更でしかないが、それでも何も知らない内に話が進められているのはいい気分はしない。


「済まない……せめてキチンとお別れをさせてあげたいとは思ったんだがね、こちらにも立場というものがある。だからせめて何か力になれればと思って来たんだが……」


「必要ないな」


 私はそう一言だけつぶやき、この場を立ち去る。


 大体の事情はわかった。だがどうしても心の片隅にやりきれない思いが残る。

 知らなかったから対処できない、理解しえないことだからわからない、手の届く場所にないから仕方ない……。

 こんな気持ちは以前にも……そう、前世でも体験した記憶がある。


「ああ、そうか……あの時もこんな気持ちだったかな」






-----






 何一つ不自由のない、そんな生活。国の有力者、地域一帯を治める領主の家に私……インフィニティという人間は生まれた。

 金、権力、家柄……今思えば、どれをとっても完璧な勝ち組人生まっしぐらだ。

 礼儀作法やマナーは勿論、多くの習い事にも嫌な顔一つせず取り組み、こなした。まさに天才のエリートだった。


 ただ一つの欠点、自分の特殊な性格さえ除けば……。

 言ってしまえば私は他人……というよりも、"人"そのものに興味を持つことが出来なかった。

 誰かと会話する時もどこか機械的で感情が籠っていない。それは相手に対して興味がなかったからだ。


 そんな私が強く興味を示したのが『魔法』だ。

 人を、自然を、世界を構成し動かすその美しい理論に惹かれ、次第にのめり込むようになった。

 幸い屋敷の地下には巨大な書庫があり、知識を得るには不自由はなかった。

 が、段々と地下に籠る頻度に比例して人と触れる機会も減っていくこととなった。


 そんな日々がどれだけ続いたかもわからないある日のことだった。


「あなた、こんなところで何してるの?」


 見知らぬ少女が書庫の扉を開けて入ってきた。記憶力は良い方だったので、屋敷の住人から村の人間の顔と名前を憶えていた私だったが、その少女はどれだけ記憶を探っても見当たらなかった。


 しかし私としては特に興味も湧かなかったので無視していたのだが、少女の方はこちらが気になるようで。


「あら、ご本を読んでいるの? どんなお話かしら。わたくしは貴族が冒険するお話やラブロマンスが好きなの。ねぇねぇあなたの趣味も教えてくださらない」


 こちらが無視を決め込んでも少女は一向に離れる気配がなかったので……。


「……『魔法理論第十三法-魔力とマナの世界干渉法則-』」


「え?」


「この本の名前だ。魔法、魔力に関する本をいつも読んでいる。……これで満足か?」


 なんと淡泊な答えだろうか、血も涙もない男である……まぁ昔の自分なのだが。

 うっとおしかったので質問に答えた。これでさっさと興味を失ってほしいとこの時は思っていたはずだ。


 しかし、少女は私に興味を失うどころかさらに気になってしまったようで……。


「魔法!? まぁ凄い。わたくしとそう変わらない歳なのにもう魔法のお勉強をなさってるのね!」


 その後も少女は私に様々な質問を投げかけては一喜一憂していた。

 私としては特に心の変化もなく、ただ質問に適当に答えていただけだったんだが。


「今日は楽しかったわ、またお話しましょうね!」


 時間も大分過ぎた頃になると、少女は笑顔で書庫を立ち去っていった。

 その後、私は彼女が数か月の間お忍びで遊びにやってきたお姫様だということを領主である父から告げられたのだが、それでも特に興味は湧かなかった。


 ただ変わったのは、私の日常に彼女という存在が追加されたことだ。


「インフィニティー、いるかしらー?」


 私が魔法の研究をしてるところに勝手にやってきては勝手に話かけられる。私は適当に相づちや質問の回答をして、時間が経つと満足そうに帰っていく。


「今日はお友達も連れてきたわよ!」


 いつの間にか外で友人も作っていたようで、いつの間にか私の周りは賑やかになっていた。

 どうやら村にいた兄妹とその幼馴染らしい。最初は身分違いという立場から遠慮がちな雰囲気だったが、子供の順応性は数日もしない内に発揮され、今ではすっかり入り浸るようになってしまった。


 それは彼女の滞在期間が終わっても変わらずで、屋敷の者も止めはしない。

 本国に帰ったお姫様も時々遊びに来ては変わらぬ調子で接してくる。

 両親や使用人も、私の行動に多少飽きれながらも変わらぬ態度で接してくれていた。


 ……だがある日を境に、彼らの訪問はぱったりとなくなってしまった。たまに様子を見に来ていた使用人達すら訪れない。

 しかし、私はそんなことを気にすることもなく研究に没頭していた。

 食料の備蓄はあったが、お腹が空くことすら面倒くさいと感じていた私はこの時に長寿断食の魔法を完成させることに成功したのだ。


 それからどれくらいの月日が経ったかは朧げにしか覚えていなかったが、書庫の本もすべて閲覧を終え、この場でできる研究にも限界が訪れたのでそろそろ外に出てみようと思い立った。

 その時に書庫に遊びに来ていた者達のこともふと思い出し、頭の片隅で『会えたら挨拶くらいはしよう』なんて考えていたと思う。


(ん、なんだ、開かない?)


 しかし、扉は開かなかった……だが鍵がかかっているわけでもない。

 私はすぐに周囲の地形探査と魔力探知の魔法を発動して状況を探ると、驚いたことに扉は魔力で封印されており、扉の前も物理的に封鎖されているようだった。


「術式解析……四重魔力構造の特殊属性封印か、『封印解除アンロック』。それと扉の先は結構な土砂か……なら、術式展開、《風》『螺旋風突エアードリル』、第二術者、《雷》『雷削サンダーファング』」


 が、この程度の封印など私にとっては赤子の手をひねるのと同じぐらい簡単に対処できる。


 やがて、削った先に大きな穴が貫通すると、太陽の明るい日差しが私を出迎えた。

 ……? おかしい、あの書庫は屋敷の地下だったはずで、扉を開ければいつものように使用人達が移動する廊下に出てくるはずなのに。

 いや、それだけではない……私が立っている場所の周囲には何もないのだ。遠くを見渡しても、見えるのは辺り一面の野原だけ。


「ああ、そうか」


 その光景を見て私は理解した。滅んだのだ、この場所は。

 もしかしたら、私が生まれた国自体がすでに滅んだのかもしれない。


 彼女達が訪れなくなった頃、国は他国と微妙な状態にあった。下手をすれば戦争に発展しかねないほどに。

 そう、戦争が起きたのだ。そしてこの村も標的にされた。

 ……扉の封印からは、微かに父の魔力を感じた。もしかしたら、父は私を守ろうとしたのかもしれない。


 だが私はそんなことなど露も知らずにいつも通り過ごしていたのだ。

 扉の封印に父の魔力が残っていなければわからなかっただろう。なにせ村はその跡すら残さず消え去っているのだから。


 まぁ……500年も経って入れば当然のことだとは思うが。


「どうするかな……」


 しかし、私はそのことに怒りも悲しみも湧かなかった。結果だけを受け入れていた。

 後悔を感じることも……なかった。


 それから当てもなく彷徨い、適当に立ち寄った小さな町で私は自分の国が滅んだキッカケを知ることになる。


「滅んだ理由? そうだねぇ……確か、同盟の証として婚姻を結ぶはずだったお姫様がそれを拒んで逃げて、それに怒った相手国が全面戦争を仕掛けたって話だよ」


「……」


 その話を聞いて、私は何も言えなかった。なんとなく予想がついてしまったからだ。

 婚姻を断ったのは、おそらく遊びに来ていた彼女だ。自惚れかもしれないが彼女は私と離れたくないからそんな行動に出てしまった。

 そしてそれが、この国を終わらす原因となってしまった……。


 客観的に見れば、私が国を滅ぼすこととなった大きな要因に見えるだろう。

 だが私は後悔はしないし、それが自分のせいとも思わない。ただ、いくつもの歯車が噛み合った結果……私はそのほんの小さな一部分にがっしりはまってしまっただけだったのだと。


 ……しかし、思わずにはいられない。もし私があの時戦いに赴いていたら? もっと彼女達に向き合ってみようとしていたのなら?


「だが私はこうしてこの"現在いま"を生きている……」


 だからそれを受け入れ進むしかない。

 それが私の……-魔法神-インフィニティという男の人生の長い長い旅の始まりだった……。






-----






「……とまぁ長々と回想を挟んだわけだが。結局は起こってしまった結果を受け入れてこれからのことを考えましょう……ってことだ」


「ワウン……(それよりもぼくは回想に出てきた人物が本当にご主人の前世の人物なのか疑いたくなるっす……)」


 失礼な犬だな……。これでも前世ではクールでカッコイイ孤高の魔法使いとして有名だったんだぞ。

 まぁ、この最初の経験を得て私は人と触れ合うことを大事にするようになったんだ。


 そしてドラゴス、ファラ、ガロウズ、ミレイユ、ドム爺、サイモン、リル、リク、アルフ、エリア、……メリクリウス。

 他にも様々な人物と出会い、私の心は成長していったんだ。


(その結果がこれなんだけどな! もう戻れないぞ!)


 皆との出会いを経験して生涯を終え……そしてなぜかまた再び私はこの世界の大地を踏みしめている。

 だから、立ち止まっている暇などない。私は私の進みたいように進むだけだ。


「ワンワン(お、いつもの顔に戻ったっすね。なにか決まったっすか)」


「ああ、やることは変わらない。元の世界に戻る方法を探し出す!」


 道は一つじゃない。探して作ってまた迷って……そんな風にいくらでも存在するんだ。

 そして進んだ先で、もしかしたらまた交わるかもしれない。

 だから私は誰にも左右されない、自分だけの道を進み続ける……それは、前世から変わらない私のたった一つの誓いだ!


「差し当って今私に足りないのは、特異点の座標の繋げ方だ」


 これについて調べるに関しては、二つの選択肢が存在した。

 一つはセフィラの力について調べることだ……だがこれは封じられたと言ってもいい。

 ……ならばもう一つの選択肢だ。


「新魔族の本拠地、第六大陸『シャトー』に乗り込むしかない!」


「ワウ……ワウン!?(なるほど……ってええ!? マジっすか!?)」


 犬が驚くのも無理はない。なにせ今まで何度も敵対していた組織体の本拠地に単身乗り込むというんだからな。

 だがもし奴らの技術を盗むことが出来たのなら、元の世界に帰れるようになる確率は大幅に増えると考えてもいいだろう。


「ワ、ワン……(で、でも、そんな桃太郎が鬼ヶ島に行くような感覚で乗り込めるもんすかねぇ……)」


「馬鹿たれ、そんなおとぎ話のような無謀さを私に求めるんじゃない」


 主人公最強モノのチート能力があるならまだしも、お供の犬一匹で乗り込むわけがない。

 桃太郎のお話よろしく鬼ヶ島に向かうとしても、私ならきびだんごで動物をお供にするよりも鬼ヶ島の財宝の噂を餌にして集めた兵を駆使して数の暴力で攻め落としにかかるがな。きびだんご? 全部胃袋の中だ。


「第六大陸に向かうとしても、まずは下地を揃えなきゃならん」


 そもそも第六大陸に向かうには様々な認可が必要だ。今この世界で最も危険視されてる場所に勝手に乗り込めるわけもない。

 だからこそまずは第六大陸、そして新魔族に最も近い場所を訪れる必要がある。


「ワウン? ワウ……(それってどこっすっけ……? あ、そういえば……)」


 まぁ流石に気づくだろう。今までにもその帝国の話題は度々していたからな。


「ああ、目指すはここから南の大帝国……『ヴォリンレクス』だ!」


 立ち止まらず、信じる道を行き、自分の選択を受け入れる……。

 だから後悔しない、それこそが私……無神限という人間の物語だ!


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