137話 禁忌の存在


 次の目的地は決まった。となれば、次はそこへ向かう理由と手段だ。

 ゴールドランクとして多くの自由が与えられてるとはいえ私はギルドに所属する魔導師、正当な理由もなしに他国の地へと踏み入るのは難しい。

 なので……。


「そこへ向かうための任務探しだ」


「あ、ムゲン君久しぶりー」


 お、今日はマレルがいるな。

 知り合いがほとんどで出払ってしまっていて少々寂しかったところにこの出迎えはちょっとありがたい。

 すこーし……ほんのすこーーーしだけだが! ナイーブになってたしな。


 まぁ、何はともあれ今は依頼だ。


「ヴォリンレクス帝国と繋がりが持てるような依頼があると嬉しいんだが、どうだ?」


「ありゃ? 今日はいつもみたいにいきなり口説こうとしないんだね。何かあった?」


 ……こんなところだけ無駄に鋭いなおい。

 しかしこのマレルの様子からして、セフィラの件は知らないようだな。内密に処理されたか……。


「何があったかわからないけど……深堀はしなでおくね」


「まったく妙なところで空気が読めるいい女だな。惚れてまうで?」


「うん、ありがと。じゃあ今後とも今までと同じように仲良くしようね」


 はい華麗にスルー。しかし私も大分調子が戻ってきたかな。


「それよりも以来の件だったよね。それなら丁度いいのがあるよ……といっても随分前からずっと募集されてるものだけど」


 そう言って渡された依頼用紙は、以前どこかで見たことがあるような気がする内容だった。

 張り出された日付を見ると、私が一つ前の依頼を受けるより数週間も前だ。募集人数も無制限なうえに任期終了期間もどこにも記載されていない。

 一見依頼者はふざけてるのかとも思ったが、内容を見る限りそうでもないのかもしれないということがわかる……。


クエスト:集え精鋭よ!

難易度:超凄いぞ!

各大陸の勇士達に告げる。余はこの度、妥当新魔族のために優秀な戦士を募集すること決定した。

魔王を討ち取り名を挙げたい者、地位や名誉を欲する者は余の下は集うのだ!

          ヴォリンレクス帝国 次期皇帝より


「マレル、この依頼者の次期皇帝っていう奴の信憑性はあるのか?」


 どっかの馬鹿が勝手にそう名乗ってるだけの可能性とかも考えられるだろうし、頭のおかしい輩がクーデターでも起こそうと人材を集めてる可能性だってある。

 どうもあの国はいろんな方面から恨みを買ってるようだし……。


「その点に関しては大丈夫だよ。だってあの国の第一皇子が直々に依頼したものだってキチンと承認されてるからね」


「ほう、そりゃ凄い」


「それにこの依頼ってなにも魔導師ギルドだけに送られたものじゃなくて、戦討ギルドやいろんな大陸の有力国に送られてて、人材の他にも商人とかにいっぱい武具の注文もしてるみたい」


 そういえば……前回の依頼に向かう前からこの街の武具屋のおっちゃんはずっと忙しそうにしていたな。

 それだけの準備をして……本当に新魔族と大規模な戦争でもするつもりなのだろうか。


(しかしそれならそれでこちらも都合がいいか)


 私の目的は帝国を通じて新魔族への接触を図ることにある。

 依頼者が大帝国の権力者……しかもほぼトップの位に位置する人物の信頼を得ることが出来れば目的達成の可能性が飛躍的に上昇すると言っても過言ではないだろう。


「けどムゲン君もせわしないよねぇ、帰ってきたと思ったらもう出てっちゃうんだもん。あたしはいっつも皆の帰りを待つばかり」


「そういえばジオやイレーヌなんかは帰ってきてないのか?」


 せわしないと言えばあの二人組が思い浮かんだ。

 あいつらが第一大陸へやってきていたことだけは知っているが、結局出会うことはなかったしな。


「うーん……それがね、どうも二人ともムゲン君に触発されちゃったみたいでね……。「俺達も絶対ゴールドランクになってやるぞ!」って危険な調査任務を受けちゃったんだ……」


 調査任務……ということは私が以前第四大陸の世界樹の調査に向かったのと同じようなものか。

 魔導師が担当する調査というと、常人が近づけないマナの濃い場所や、危険な魔物が住処にしてる場所、原因不明の怪現象が起きる場所だとは思うが……。


「確かにあそこの調査が上手くいけばゴールドランク確実だけど……不安だな。二人とも無事だといいんだけどね……」


 調査だけでゴールドランク確定なのかよ……なんだその魔窟は。

 しかし二人を心配するマレルの表情は不安そのものだ。馴染み深い間柄だろうからその心配は分からなくもないが……。


「そんなに危険な場所なのか? 一体何処なんだそれは?」


「……この中央大陸って、地図で見ると縦に長い大陸なのは知ってるよね?」


 それは流石に知っている。というか多少地形は変化しているといっても前世で2000年も過ごした場所なので大抵のことは知っている。

 今では[map]なんていう便利アイテムもあることだし、隙はない。


「その北の果てに海を挟んで小さな小島がいくつも点在していて、その中心に他より大きな島があるんだけど……」


「……北の、果て」


 ……胸騒ぎがする。それはなぜか? ……からだ、私はに何があるのかを……!


「遠くから確認はできるんだけど誰も立ち入ったことのないマボロシの島……『最果ての地』っていうところに……」


「マレル、今すぐジオ達に調査を中止するように連絡を送れ」


「え? どうし……」


「とにかく、できるだけ早く切り上げるよう説得の連絡をしてほしい。探したところで何もない……何もできない。信じてくれとしか言えないが、頼む」


 普通、何の理由もなしに突然こんなことを言っても説得力などあるはずもないのだが、今はただこう言うしかなかった……。


「……うん、わかったよ。そこまで言うなら送っとくね」


 私の必死さが伝わったのか、マレルは文句ひとつ言わずに願い事を聞き入れてくれた。


「なんか今日はムゲン君のいつもと違う表情が一杯見れるなぁ。それじゃ、ちょっと行ってくるね」


 連絡便を送るために奥へと向かうマレルの背中が見えなくなったのを見計らって、私は大きなため息をひとつつきながら近くのベンチに腰掛ける。

 そして、その様子をジッと見ていた犬が疑問をぶつけてくる。


「ワウ?(また前世がらみっすか?)」


「当たりだ……まったく、今日はなんかよく悟られる日だな」


 おそらくだが、もしジオ達があの場所へ調査に向かったとしても何も得るものはないだろう。

 それに、特に命の危険があるような危ない場所でもない。

 二人を引き戻すよう頼んだのには私の個人的な感情故にだ。危険はないと分かってはいても、常人があそこへ向かうのはいい気分にはなれない。


「ワン?(今度は一体なんなんすか?)」


「あの場所は……『最果ての地』は……前世の私、つまり-魔法神-インフィニティとその仲間が最後の戦いに赴いた地だ」


 私の言葉を聞いて、犬はハッとした表情に変わる。

 ……今まで散々話途中でおあずけを食らっていた者ならもうわかるだろう、その意味が。


「ワウ。ワウウ……(いい加減教えてほしいっす、その最後の戦いってやつを。今まで聞いた感じだと、この前見たあの“炎神”より凄い存在っぽい言い方っすしたけど、一体どんな敵だったんすか……)」


「そうだな……一言で言えばこの世界を作った神様。もう少し別の言い方をすれば、この世界そのものってところかな」


「……ワウ?(……はい?)」


 いや、そんな「急に何言ってんだこいつ?」みたいな顔されても事実なんだから仕方がない。

 だがしかし、困惑するのも無理はない。いきなり神様だなんだの言われても理解できないのは当然だ。


「犬、まずはじめに説明しておくと、この世界にはリアル神様がいる。七神皇だとか神のように崇められてるとか神のごとき力を持った存在とも違う、本物の神様がな」


 その存在を初めて知った時は私もそんな存在を許容することは出来なかった。この世界に存在する生きとし生けるどんな者も抗うことのできない絶対的な存在がいるなど……。


「その神の名は『-世界神-アレイストゥリムス』。……人が発することのできる言語でそう聞き取れただけなので、それが真名なのかどうかは定かではないが」


「ワウ?(なんかこの世界の名前と似てるっすね?)」


「当然だ、何時何処で誰が何故名付けたかもわかってない世界名がどうして大昔から世界中に浸透してると思う? ……それは、生命が生まれた瞬間から知っていたからだ……この世界の絶対的な存在を」


 アステリムという世界の名は、神の名が単調化されたものに過ぎない。

 この世界に生きる者なら誰であろうと、その存在を知らずとも気づかない内に本能的に感じているだろう……マナという神から漏れ出したこの世界を構成するエネルギーを通じて。


 そう、この世界中に存在する"マナ"というエネルギーの大本はその神による恩恵だ。

 人間の操る魔力もそのマナを変換したものだし、たとえマナを生み出す機能を持ったものというのも、世界に散らばる神のエネルギーを他生物のために扱いやすくしたものや自己防衛のために性質を変化させてるに過ぎない。


 魔物が生まれるのも長年残り続けて消えかけているものが集合して生き延びようと形作ったり、人の意思や科学的要因で変質したものがマナの中に眠っていた生物の情報から姿を手に入れる。


 世界各地で起こる災害も膨脹したマナが爆発して降り注いだり、大地を動かしたり、病原菌を発生させたりしている。


 つまり、この世のあらゆる事象にはマナが元となっており、そのマナの元となっている存在こそがこの世界の神というわけだ。


「ワウン(いきなり話のスケールが大きくなりすぎてわけわかんねーっす)」


「安心しろ、それが普通だ」


 私も最初は戸惑ったさ……人間がどれだけ手を尽くしても、届かない存在。自分達の意思とは関係なく、自分達の運命を決めることのできる存在がいるだなんて信じたくなかった。

 ……だからこそ、争うことを決めたんだ。


「ワウ……(じゃあもしかして、『最果ての地』ってのは……)」


「ああ、その神を封印……というよりも、世界の表側に出てこれないよう蓋をした場所ってとこかね」


 それこそが前世の私の最後の戦い。

 "世界"そのものである神との死力を尽くした長きにわたる、今世界に生きるすべての命を賭けた戦いだ。

 正直勝てる気はしなかった。この世界神との戦いの前に火の根源精霊……つまり今で言う“炎神”の暴走事件があったのだが、世界神に比べれば炎神など赤子同然だ。


「ワン(ってかよくそんなのに勝てたっすね)」


「まぁなー……私も最初は打開策が見つからなくて絶望したもんだ。ま、だからこそ後に対抗策として生み出されたがなんだけどな」


 そう言って私が突き出したのは……そう、皆さんご存知ケルケイオン!


「“反魔力物質アンチマジックマテリアル”の存在がなければ私達はただ流れのまま滅びを受け入れるしかなかった」


 例えば平方根の法則というものがある。転生してから日本のネットで知った知識だが、人間の体はそのほとんどがプラスに働く要素で構成されているが、極たまにそれに反発したマイナスに働く要素があると。

 私は前世でもそれに近しい理論が存在することは気づいていた。……そして、それは世界にも当てはまることだということも、研究の末に気づくことができた。


 つまり、強大な持つこの世界そのものでもある神にも反発する要素がほんの僅かだが生まれている可能性に気づいたのだ。

 そう、それこそが“反魔力物質アンチマジックマテリアル”だった。


「その力によって私は神の力を削ぎ、封じた」


「ワウー(ほえー、なんか想像もつかないっすねー。神様を封じちゃったんすか)」


「ま、それこそが私が前世で“魔法神”と呼ばれるようになった所以だな」


 決して私一人の力で神を封じたわけではないが、"神を超えた魔法使い"という意味を込めてそう呼ばれるようになったわけだ。


「ワウウ?(しっかしなんでそんなとんでもねーのとやり合う羽目になったんすか?)」


「んー……世界神が現れる数百年前からその兆候はあったと言ってもいいが……。最終的なキッカケはやっぱり火の根源精霊の暴走だろうな」


 今でこそ世界最大クラスの災害として名高い炎神の暴走だが、その暴走にも理由がある。

 元々根源精霊というのは世界の属性マナのバランスを整え、安定させる役割を担っている。

 それは人の放つ魔法から発現、霧散したものも含むのだがそれがいけなかった……。

 霧散した魔法の中には、人の悪意が僅かに留まっているものもあり、炎神はそれを知らず知らずのうちに取り込んでいたのだ。


「ワウ(なるほど、それに影響されちゃったんすね)」


「いや、普通ならそんな微々たる悪意では根源精霊に影響を与えることなんてできないはずだったんだ……」


 しかし、不幸な偶然は重なった……。

 その頃はどこもかしこも戦争状態で、争いの絶えない時代だった。それ故に、悪意の籠ったマナはとどまることを知らずに生み出されたしまったのだ。

 結果、炎神は人の悪意と完全に融合し、根源精霊の役割を続けながらも暴走し続ける存在へと生まれ変わり、今もあの場所で狂い続けている……。


「ワウ……。ワウン?(そんなことがあったんすねー……。あれ、でもそれと神様が出てきたことに何の関連性があるんすか?)」


「……私は、この世界は何度も滅んでいるんじゃないかと推測している」


「……ワ?(……はい?)」


 突然今までの話の流れをぶった切って違う方向性の話をし始めたと思われるような発言だが、それは違う。

 そう、すべては繋がっている。


「確証があるわけじゃないが……おそらく数万か数十万、いや数億年単位で世界の生命は消え去り、また生まれてる……という仮説がある」


「ワウ? ワウ?(消えて、生まれて? え、何がどういうことっすか?)」


「世界神が現れるまで、この世界では争いが絶えなかった。それこそこのまま続けば世界中の資源を食いつぶしながら破壊し、最後には生命が生きられない環境になるんじゃないかと思えるほどにな」


 そのことに気づいた私は、その最悪の未来を阻止するために仲間と共に立ち上がった。

 戦争に介入し、世界が危機的状況にあることも伝えて回った……。しかし、争いは止まらない……人の憎しみや欲望は私達の力では抑えることが出来なかった。


「思うに、世界神が現れたのは世界再生のためだと考えている」


 この世界は神そのもの、つまり世界が死ぬということは神の生命の終わりを意味する……だからこそ、顕現した。

 神にとって世界を破壊する人や魔物はさながら体内に巣くう病原菌のようなものなのかもしれない。

 自分にとってマイナスになる要因を排除することは人も神も変わらないのかもしれない。


「同時に考えた、果たしてこれがこの世界にとって初めての出来事なのか? と」


 前世で生きていた時代は、それこそウン万年前から人類が存在していたことは確認できている。

 ……ただし、この世界の起源はいくら遡っても見えてこない。その理由は……。


「世界が破壊の道へ足を踏み入れた時、世界神はこの世に生きるすべての生命を消し去り、世界を再生する。そして再生された世界でまた新たに生命が生まれる……」


 すべてが推測でしかないが、どことなく辻褄は合っている気がするので、私はこの説を未だ捨てていない。


「ワウー。ワウ?(なんかもう……凄すぎて何も言えねっす。でもご主人、そんな存在を封印しちゃってよかったんすかね?)」


「それは私にもわからない。ただ、あの時を生きる命は救われた……事実はそれだけだ」


 世界神との戦いの後、争いは収まり私を頂点とした世界が始まった。……まぁそれも長くは続かなかったようだが。


「だから私にも何が正しいなんてわからん。もしかしたらこの世界はあの時浄化されていればよかった……なんて考えたこともある。けど私は賭けたんだ、今を生きる人間達が世界を終わらせない未来に……」


 さて、思わぬところで長々と話してしまったな。

 私の昔話は置いておいて、そろそろ次に向かおう。どうやらマレルも戻ってきたようだしな。


「ただいまー。電報、ジオ達に送っといたよムゲン君」


「サンキューマレル。そんじゃ、ちゃちゃっと帝国行きの任務の手続きといきますか」


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