124話 陽気な水と戯れて


 砂漠に入って数分、私達はアポロの誘導でこの先にあるというオアシスへ向かって歩みを進めていた。


「オアシスって水場のことよね? でも辺りにそれらしいものは全然見当たらないけど」


 ミネルヴァの言う通り周囲を見渡しても目に映るものは地平線まで続く砂の大地だけだ。

 が、人が立ち入ることのない秘境というものは、立ち入られないように何か細工がなされているもの。

 現に私はこうして歩いている間にも今の状況の不可解なことに気づいている。


「確かに辺り一面嫌になるほどの砂漠だが……それにしてはおかしいと思わないか?」


「おかしい? そうね……そういえばあまり暑さを感じない……いや、むしろ快適にさえ感じるような」


「それに今まで一度も魔物と遭遇していない」


 仮にもこの砂漠は第五大陸屈指の危険地帯であるはず。

 それにもかかわらず通常の道と変わらない……いや、むしろ快適ささえ感じるほどスムーズな道なりだ。


「魔術……というよりは何か意思あるものに守られている感覚がするな」


「流石は盟友、すぐそこに気づくとは。概ね正解だ」


 私達の前をのっしのっしとどことなくシュールに進んでいく巨大な龍の姿のアポロが答える。

 しかし私の考えが概ね正解ということは……。


「……精霊族か?」


「うむ、そうだ。今向かっているオアシスまでの道のりを精霊達が安全になるよう計らっている」


 やはりか、それにアポロの言い方からすると協力してくれている精霊は一人や二人じゃ済まなそうだ。


「どうして精霊がそこまでしてくれるわけ? わたしも精霊は何回か見たことがあるけど、ただ頼んだだけじゃ何かしてくれる連中でもないでしょ?」


 ミネルヴァの言う通りである。

 精霊は通常個々の意思で行動しているため自発的に他の精霊と協力することは少ない。

 しかし統率者がいれば話は別だ。

 以前第二大陸でエルフ達が精霊達にお願いしたことや、ファラのような力ある精霊の命令においてならば、彼らは類稀なる団結力を発揮することもある。


「理由はすぐにわかる。丁度目的地にも到着した頃合いだろうしな」


「目的地って……。ここ、砂漠のド真ん中に見えるんだけど」


 アポロが"目的地"と言ったこの場所は、先程から代わり映えしない辺り一面砂、砂、砂だ。

 この光景からどこが目的地なのかと普通なら叫びたくなるところだ……が、私はすでにこの砂漠地帯の風景も精霊による魔力的行使が働いているのだと勘付いている。


「本当は暑いはずの砂漠地帯が快適で、周囲の風景が偽り……おそらく砂漠の暑さとの温度差を利用して蜃気楼を起こしている。ということは、そのオアシスとやらに住む精霊は余程強い力を持った水のせ……」




ザッパアアアアアン!

「ビンゴォーーー! さっすがアポロの連れてきたフレンズだねぇ! イッエーイ、みなみなさまぁハローハロー! さぁさぁ、ミーは全力でユー達を歓迎スルヨォー!」




 ……一瞬理解が追いつかなかった。

 犬もミネルヴァも目を丸くして呆然としていしまっている。


 私が解説を終えようとしたその瞬間、突然周囲の砂漠に緑が現れ水が大波となって私達に降り掛かってきたのだ。

 しかもその水の出処であるだろう湖の中心には謎の水色の肌で半裸の男がハイテンションで私達を歓迎している。

 おまけに先程までは姿を隠していたであろう多くの精霊達も、あの男の出現と同時に一斉にその姿を表し、これまた歓迎ムードで私達の周囲を飛び回っていた。


「……ねぇ、状況がいまいち理解できないんだけど」


「安心しろ、私もだ」


 今一生懸命に頭の中を落ち着かせ、目の前で何が起きているのか冷静に分析してる最中だ。


 周囲の風景が突然切り替わった……これはおそらく、精霊の魔術が解除され実際の風景に戻っただけだろう。

 そして目の前の男。半裸の変態……と思いきや、肌の色が水色であり若干透き通っている。それに身に纏う魔力の質。

 これは想像以上の大物だ。


「精霊族……それも相当力のある水の精か」


「オーウ! それもビンゴォ! よくワカッタネー!」


 多くの精霊を使役、統括している強い精霊がいるだろうことは予想はしていた。だが、人語を解しこれほどまでに周囲に影響を及ぼせるほどだとは思わなかった。

 魔力の質を見る限り、精霊族にしてはまだ1000年も生きていないだろう。

 しかし精霊族は自分から姿を現すことなどほとんどなく、力の強い存在ほどその傾向が強いと思っていたのだが。


「こんなに陽気な精霊族は初めて見たぞ。一体何者なんだ……」


 私が知る人と深く関わる精霊、ファラやフローラでもここまでテンションは高くないぞ。


「オゥ……そういえばミーの自己紹介がまだダッタネー! ミーのネイムはアクラス・ルグラナ。イーズィーに説明すると、この周辺のマナの管理をさせてもらってるんだヨ」


「管理?」


「イエ~ス。この地方、特にこの砂漠みたいに炎神サマの影響を強く受けすぎてしまっているスポットなんかはドンドン広がろうとする。それを食い止めるためにミー達がいるのサ」


 そうか、炎神……火の根源精霊が与える影響は凄まじい。が、際立った危険地帯が砂漠と森だけなのは少々違和感があった。

 精霊の力で被害を押さえ込んでいたのか。


「ちょっと待って? 失礼だけど、マナの管理って……たかだか精霊が行えるものなの? 確かに精霊は不思議な魔力を扱うけど、大陸全域に影響を与える力を管理なんてできるの?」


「できる。見たところアクラスは精霊の中でも上位に位置する存在だ。そういった精霊は大陸のマナの流れと繋がり、影響を与えることができるんだ」


 ファラがそうだったようにな。


「オーウ、凄い凄い! ミー達精霊のことをそこまで理解してる人はエルフ族でもそうそういないヨー! 君はとても聡明なフレンズなんだね!」


「うむ、盟友は我ら龍族にも精通している。やはり良き理解者であるな」


 しかしなんだろう……今この場にいるメンツはいろいろと凄いな。

 不死者に龍、それに精霊。変身するビックリドッキリ動物に転生した異世界人……。

 どうしてこうなったのやら。


「それで、アポロはアクラスとどういう知り合いなんだ?」


「アクラスは我が暮らしていた龍族の里とよく交流していてな。その時に知り合ったのだ。外の情報もよく聞かせてもらっていた」


「龍族の皆さんにはマナの管理を手伝ってもらっているのサ。数百年前に炎神サマが暴れてからは結構キツくてネー。巨大な壁のような山に魔力流してもらって有害なマナをシャットアウトしてもらってるんダヨ」


 なるほど、炎神絡みの付き合いってわけね。

 今現在の"魔"が衰退した世界では根源精霊の存在などほとんどの者が知らないはずだ。しかしその影響は確実に全人類に与えられている。

 恩恵もあれば危険もある、誰もがそれを知らないだけで一生を終える。

 しかし長く生きる龍族や精霊族ならば少なからず情報を持ち、世界の均衡を保とうとしてくれているのか。


「ねぇ、お喋りはそのくらいにして、そろそろここに来た本来の目的を果たしたいんだけど。鉱山なんてどこにあるの?」


 おっと、いろいろと興味深いことが多くて脱線していたな。

 私達の目的は魔石の回収。しかし、辺りを見回しても鉱山のようなものは見当たらない。

 唯一目立つのは、このオアシスを抜けた先に見える数メートルの砂山くらいだが……。


「まさか……アレがそうだとか言わないわよね」


「おお、流石花嫁! 見事正解である。あそここそが我らが目指していた目的地だ」


「あんたそれ本気で……言ってるみたいね……」


 もうその諦めはもはや信頼と言ってもくらいにミネルヴァもわかっているのだ。アポロが私達を騙すなんてことはしない、と。


 んー……しかし一見下だけではやっぱりただの砂山にしか見えんのだが、何か秘密があるのかもしれない。

 私達はそのまま砂山に近づく。すると、段々とそこから周囲とは違うマナの波長を感じ取ることができた。


「これはまた……随分と凶暴なマナだな」


 そこから溢れていたのは、環境を汚染し有毒な物質を生み出す大量の濃いマナ。

 確かにこれは凄い……だが、これと魔石の関係は一体?


「いくらここに魔石があるなんていっても、近づけないなら意味ないじゃない……」


「常人が無防備で飛び込んだら一瞬で体組織と精神がイカれて終わりだな……」


「そっこでぇー! ミーの出番ってことサー!」


 まるで待ってましたと言わんばかりに躍り出てまたまたハイテンションでポーズを決めるアクラス。

 随分目立ちたがり屋な精霊だなぁ……。


「説明しよう! この砂山は一見するとただの砂。けど、この地下には広大な空間が広がっていテ、綺麗なマナを含んだ自然物が大量満了ザックザクー! で、あの砂山はその入口ってなわけサ」


「だから、その入口に近づけないって言ってるんだけど」


「焦らない焦らない。可愛いお顔が台無しだヨ」


「我は花嫁のどんな表情であれど素晴らしいと思うぞ!」


「余計なフォローしなくていいから……」


 なんだか急に賑やかになったなぁ。その被害は全部ミネルヴァに掛かってるけど……。

 さて、それはともかく地下に目的の採掘地帯があるのならササッと行きたいところだ。


「つまり、普通ならあのマナで近づけないが、アクラスがいれば通れるようになる……ってことでいいのか?」


「イエス、正解だよフレンズ。ほいっとネ」


 アクラスが砂山に向かって手を振ったかと思うと、そこから放たれた魔力が周囲のマナをみるみるうちに無害な性質へと変換していく。

 そして砂山にぶち当たったかと思った瞬間……。


ドパァン!


 砂山の正面が弾け、その場所にはポッカリと大穴が開いていた。

 これは……精霊ならではのマナとの親和性を利用し、放った魔力に周囲のマナを吸収。さらにその魔力の中で反発するマナの力を利用した爆発を起こし正面の砂を取り除いた。


「かなりマナの扱いに慣れているな。アクラスはもしかしてこの近くで生まれたのか?」


「それについては中に入ってからゆっくりと話そうヨ! 早くしないとまた通れなくなっちゃうからサ」


 本当だ、悪質のマナを吸収した部分がまた周囲から侵食され始めている。

 ここまで辿り着くことさえ容易でなく、辿り着けたとしてもアクラスが作る一定時間の入り口がなければ入れない。

 そりゃ穴場中の穴場、絶対に誰も手なんかつけられないわな。


「よっしゃ、じゃそういうことなら早く入ろうぜ。一番乗りは私だ」


 気持ちを切り替えて早速入口の大穴へと飛び込む。

 が、飛び込んだと思ったら私の足元には踏みしめられるものは何もなく……。


「あ、言い忘れたケド階段とかハシゴとかなーんも無いから、そのまま直接落っこちるしかないヨ」


「そういうことは早く言えー!」


ドスンッ!


 真っ逆さまに落ちた私は砂の地面へとダイブ。柔らかい砂で良かった……。

 砂から顔を出し上を見ると、ミネルヴァを乗せたアポロがゆっくりと下降してきていた。


「ワウ(ご主人、生き急ぎすぎっす)」


 ちゃっかり犬も同乗してやがるし。

 しかし、一度全身埋まってみてわかったこともある。砂に含まれているマナの性質だ。

 地上の砂はそれ自体が悪質のマナを含み人々を苦しめる熱を発していた。それに比べてここに流れ落ちてくる砂は少々ひんやりしており、触っているだけでなんだか心地よい。


「外と比べると大分涼しい。というより、この大陸でこんなに涼しい場所なんて他にないんじゃないの」


「ワウ~ン(ここ気持ちいいっす~。天国っす~)」


 外の暑さにグロッキー状態だった犬が大はしゃぎで走り回っている。

 そう、ここは今までに第五大陸で訪れた場所のどこよりも気温が……というよりも空気そのものが違う。


 周囲を見渡すと、岩石の中にはキラキラと光る鉱物がそこかしこに埋まっており、地上では見ない植物や透き通った地下水も流れている。

 なんかジ〇リ作品かなんかで出てきそうな神秘的な空間だな……。


「しかもこれは……どの物質も豊富に良質のマナを溜め込んでいる」


 どれもこれもパンパンにマナが詰まって凄い魔力が生み出されている。それでもこの空間に有り余るほどのマナが溢れている。


「まさか自然にここまでの産物があるとは思いもしなかった」


 この大陸は前世でも調べ尽くしたことはあるが、ここまでのものが存在したことはなかった。

 一体どうしてこのような場所が生まれたのか? 地上は炎神の影響で大分変わったのはわかるが、地下には何が起きたのか……。


「ヘーイ、フレンズ達ー! どうだいここは、気に入ってくれたかナー」


「正直、ここまで壮大な場所に連れてこられるなんて思いもしなかったわよ……」


 ミネルヴァもいつものクールさを忘れたかのように唖然とした表情で周囲を見渡している。


「しかしどうしてこんな場所が? 地上の状況を考えれば普通ならありえないはず」


 少なくともこの大陸全土には少なからず炎神によって変質した悪質なマナが染み渡っているはず。

 それは地下とて例外ではないはずだ。マナは空気にも大地にも浸透していくものだから。

 それをここまで180度ガラリと変えることなど、いくらアクラスが力ある精霊だといってもあり得ない。


「それはね、ミー達が“水神”サマと呼び称える存在のおかげなのサ」


「“水神”だと?」


「そ、火の精霊である炎神サマは地上に多大なる影響を与えているし少なからず目撃例もある。けど、水神サマはこうして目に見えない場所を守り、地上のマナを浄化もしてくださるんダヨ」


 ふむ、ようやく合点がいきはじめたぞ。アクラスの言う水神というのはおそらく“水の根源精霊”の可能性が極めて高い。

 そして、そんなことを知っているアクラスもまた……。


「つまりアクラスは水神によって生み出された地上の浄化役といったところか」


「概ね正解ダヨ。ま、ミーは以前、それこそ人との対話なんてできない弱小精霊だった時にここに迷い込んでネ、力を貰ったってとこ。だからフレンズ達ともお喋りできるし、オアシスの管理なんてできるんダヨ」


「でも、そいつも炎神と同じようなものなんでしょう? 危険とかないの?」


 確かにミネルヴァの意見ももっともだ。が、それに関しては私も大丈夫だと思っている。


「水の根源精霊は世界の調和のために動く存在だ。こちらからおかしなことさえしなければ問題ないだろう」


「その通りサー! でもミーも会ったことや会話したことなんてないけどネ。なんでか信頼できるヨー」


「あんたそれでいいの……」


 ま、精霊は言語や行動よりもその存在の"本質"を重んじる種族だ。

 仮に私達に少しでもこの地を脅かす悪意があればアクラスを含め周囲にいる精霊達から敵とみなされるだろう。


「ワウン?(けどご主人、よくそこまで水神様ってのを知ってるんすね?)」


「ああ、前世で炎神が暴走した際に助力してもらったことがあるからな」


「ワウ……(サラッとすげーこと言ったっすね……)」


 根源精霊について十分な知識がなかったあの頃に炎神と相対するにあたって、水神の助力は本当に助かったからな。

 その後、水神についても理解を深めたこともあるので、その時と変わらないのであれば心配する必要はない。


「っと、そんなことより……せっかくここまで来たんだ、早速掘って掘って掘りまくらせてもらうとしますか!」


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