123話 存在しないはずの恐れ
村から出発して数時間。時刻はすでに昼下がりというところまで迫ってきている中、私達は魔石を求め道なき道を進んでいた。
「ねぇ、本当にこの道で合ってるの……」
「ハッハッハ! 心配するな花嫁よ。もうすぐ砂丘、そこからはすぐだ」
私達が目指す砂漠地帯は、とてもじゃないが通常人が立ち寄る場所とは言えない。
近づくだけで危険が満載なおっかなびっくりロードだ。
なので、そのためそこへ向かうための道が整備されてるはずもなく、私達はこうしてわずかに残る獣道をなぞって歩みを進めている。
「ワウン?(けど獣道と言ってもこんなところに生物なんているんすか?)」
「生物……というより、正確には魔物だな。獣道と言ってもかなり広いし、こりゃ大型の魔物が通ってるってとこだな」
砂漠地帯は強力な熱を放射する魔力があるからな。それに適応した魔物が成長して巨大になったというとこだろう。
「ワウ~ン……(うう、暑いっす~。これならあっちの森の方が数倍マシっすよ……)」
この辺りの魔物の強さは森の魔物と力の差はほとんどないだろう。
だが、熱で体力が持って行かれる上にここまで開けた場所では隠れる場所もなく、魔物の軍勢に囲まれでもしたら逃げることさえできないだろう。
今私達が襲われないのは、魔物が本能的にアポロを恐れて近づかないからだ。
龍族が放つ強者の気というやつだ。それもアポロ程の手練ならば、少しでも野生の勘が働くのならその威圧感を感じてしまうといったところか。
「よし。花嫁、盟友よ、少々この場で待っていてくれ。なに、ここには魔物も近づかぬ故安心だ」
獣道を抜け、砂漠地帯の手前の開けた荒野で立ち止まりアポロが私達に指示してきた。
「なんだ? この先に進むんじゃないのか?」
「うむ、かの場所へ進むには監視者の許可が必要なので話をつけてくる。なに、数分で済む」
「どういうこと? このクソ暑い砂漠で誰に許可を貰うって言うの?」
それは私も疑問に思った。
アポロの話し方では、まるでこの近辺に住み着いている者がいて、そいつに話をつけなければ採掘地点へ進めないということになるが……。
こんな場所に住み着く……というか住み着ける人間なんているのか?
「なに、花嫁達も会えばわかる。では、少々行ってくる」
そう言いいながらアポロは上着を脱ぎ腰に巻き付けると、背中から翼のみを元の姿に戻し飛んでいってしまった。
と、いうわけで……アポロが戻るまで私達はなにもすることがなくて暇なので。
「ちょいとお喋りでもしますかねミネルヴァさんや」
「わたし、あんたのそういうノリあんまり好きじゃない」
会話開始五秒でバッサリ切り捨てられた。
しかし私がこんなノリなのは仕方がない……。前世ではもうちょっとクールだったとは思うが、転生した影響か以前より少々開放的になったと自分で感じてはいる。
「言いたいことがあるならハッキリ言えばいいから。そうやってじわじわ責め立てるように人の秘密を暴いてくようなやり方は腹が立つから」
「まぁそういう意図が無いと言えば嘘になるから言い訳はしないでおくし正直に謝る、スマン。……ま、それはそれとしてミネルヴァとは一度二人で腹を割って話したいことがあるのも事実だ」
「切り替えが早いわね」
自分の至らないところを反省するのは大事だが、そちらに気を取られて大事なことを後回しにしてしまうのは本末転倒だからな。
切り替えを早くしないと本当に言いたいことも言えないし聞きたいことも聞けない。
「てなわけで、私が聞きたいことはわかってるよな。別の話題で話を反らして引き延ばそうとするくらいだし」
「察しが良すぎるのも嫌い……。それで、何を聞きたいわけ?」
ミネルヴァも察しの良い方であるから私が聞きたい内容は勘付いてるとは思うが……。
やはりというべきか、自分から話したい内容ではないんだろう。
「以前、私が協力すると提案した時に話してもらった『
「……」
「正確には、本当のことをやあの時の話以上の内容を隠してるってとこか」
例えば、『
ミネルヴァは容姿についてはよくわからないと言っていたが、心の底から憎んでいる相手にそんなことあり得るだろうか?
さらに、いつだかミネルヴァが『術者は女』だったということも口にしていたこともある。
「少なくとも、術者の情報は今まで話してもらったものよりも詳細な情報があると踏んでいる」
「そう……で、疑問に思ったのはそれだけ?」
「んなわきゃない。他にも気になるのはある」
多分、これはミネルヴァにとって触れられたくない部分の可能性が高い。
元々ミネルヴァは口数が少なく他人と関わりを持とうとしない。
それは他人を巻き込まないための優しさだということはわかっている……が、それだけではないだろう。
ミネルヴァに関わるということは、彼女の生い立ちに少なからず触れるということでもある。
しかしミネルヴァは多くを語らない。時代を遡っていくごとに口が固くなっていくのを私は話していて感じた。
「私は協力するとは言ったものの、お前とその術者との因縁もなにも知らないわけだ。違うか?」
「……」
この沈黙は肯定と受け止めていいだろう。
しかし、私の協力を了承した上でここまで情報を提示しないということは。
「やっぱ、信頼できないか?」
「……ええ、そうね。あんたがまだわたしを陥れるために演技してるんじゃないかってずっと思ってるから」
短い沈黙の後、ミネルヴァはどこか挑発するような物言いで肯定する。
ま、数百年と陥られた過去があるんじゃこの慎重さはしょうがないだろう。
前世でも似たように人に裏切られ続けた人物を知っているから理解できなくもないしな。
「まぁ私に関してはすぐさま信用してくれとは言わないさ」
こういうタイプは強引に信じさせようとしても逆効果なってしまうことが多い。
純粋でまっすぐなタイプの人間ならばその限りではないかもしれないが……生憎私はそんな性格ではない。
そういうタイプとなると……。
「じゃあさ、アポロのことは信じられるか?」
「……どうしてその名前が出て来るのか疑問なんだけど」
今まで冷静だった顔が急に苦虫を噛み潰したかのような嫌そうな顔に変わる。
「いやいや、誰から見ても純粋な好意だけでミネルヴァの力になろうとしているアポロまで疑ってんのかな~……と思って」
もしもアポロの行動すべてが演技だとしたら驚きを通り越して感心してしまうな、私なら。
主演男優賞をあげてもいいくらいだ。
けどまぁ……流石にあれを演技だというのは無理があると思うがな。
「別に信じてない……けど、疑いもしてない」
「だが無関心ってわけでもないだろ。アポロは本気でお前を嫁に向かえる気でいるっぽいし」
「いい迷惑……。それにわたしはこんな身体……まともじゃない人間が結婚生活できやしないわよ」
「なら、もし元の身体に戻れたとしたら結婚してもいいのか?」
「それは……」
ここで言葉に詰まってしまう。
アポロに同じような質問をされた時もミネルヴァは動揺に答えを出すことができなかった。
ミネルヴァは……すべてを解決した、その後のこと考えているのだろうか。
新しい道を見つけるのか、それとも……。
「とにかく、あのバカのことはどうでもいい。あいつと結婚するぐらいなら……そうね、辺境の村とかでのんびり暮らす方がマシってとこ」
ミネルヴァはそう言いながら腰に刺していた一輪の魔色花を一撫でした。
「ふーん、結構あの村のこと気に入ってるんだな」
「別に……そういうわけじゃないわよ」
素直じゃないなぁ……。
今ミネルヴァが手にしている花は以前少女から貰ったものではない(前のは以前の森での戦闘の際に散ってしまったらしい)。
村から出かける直前にまたあの少女から貰っていたのだ。
それは次の目的地を決めた私達が村を出ようと支度していた時。
私達の出発に村人達が気付いて集まってきたのだ。
「そんな、皆さんもう行ってしまわれるのですか?」
村人達としては脅威から救ってくれた恩人達に対してまだまだ感謝しきれていないようで、もっとゆっくりしてもらいたいようだ。
しかし私達は先を急ぐ身なので。
「私達にはやらなければならないことがある。だから先を急がないといけないんだ」
「うむ、挙式のためにも早急に花嫁の問題を解決せねばならぬからな。しかし主らの気持ちはありがたく受け取っておこう」
いやまぁ……アポロは何もわかってないからあまり責められはしないが……。
村人達が恩人扱いしてくれるのも、元々はアポロが引き起こした問題を起こした張本人が理解しないまま終わらせてしまっただけなんだよなぁ。
なんという自作自演……事後処理に一枚噛んでいる私個人としては凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「おねえちゃん……もう行っちゃうの?」
見送りの村人の中には、ミネルヴァを慕い魔色花をプレゼントしたあの少女もいた。
その手にはどこからか積んできたのか、小さな花束ぐらい作れそうな数の魔色花を手にしていた。
「これでお花のかんむりつくっておねえちゃんにあげたかったのに……」
「……そう、それは残念ね」
しょんぼりと俯いてしまう少女に顔を合わせないで答えるミネルヴァ。
言葉としてはとても冷たいいつものクールな印象だが、ミネルヴァの性格を多少なりとも理解し始めた私としてはそれが本当に残念がっているのがわかる。
「本当にいいのか……あの子泣かせたら後腐れが残るんじゃないか」
そう耳打ちすると、ミネルヴァは若干威圧感を出しながら渋い顔をこちらに向ける。
「だからってここで立ち止まるわけにはいかないでしょ」
「いや、でもあれ見ろよ」
ちらりと少女の方を向くと、その顔はさらに悲しく泣きそうにまでなっていた。
その表情を見たミネルヴァは顔をしかめる。
一見クールに見えてとても情に厚いミネルヴァにとってあの少女を悲しませることは苦渋の決断だろう。
「……あーもう、わかったわよ」
観念したような物言いを吐きながらその体を反転して少女の元へ歩いて行く。
そして、少女の目の前でしゃがみ同じ目線になると、不器用に微笑んで話しはじめる。
「コホン……残念だけど、わたし達はこれから行かなきゃいけないところがあるの」
「……うん」
少女が諦めるようにさらに表情を曇らせようとする。
が……。
「けど、すぐ戻ってくるわ。……だから、その時までに冠を完成させといて」
その言葉に曇りかけていた少女の表情が一気に明るくなる。
「ほんと! じゃ、じゃあね、あたしそれまでにかんむりつくるから、帰ってきたらおねえちゃんも一緒につくろ!」
「え……ま、まぁそれくらいなら」
「やったー! それじゃあ……やくそくのあかしにこれあげる!」
そうして渡された一輪の魔色花。
ミネルヴァはその少女との約束が篭った花をなくさないように腰に刺した。
そんなわけで、私達の次の行動が『秘境の鉱山へ採掘しに行く』から『秘境の鉱山へ採掘しに行って村に帰ってくる』に変更されたわけだ。
「では出発するとしようか、花嫁に盟友よ!」
こうして私達は村を出発した。
出発時には村人総出で見送りられた。彼らのことだから帰ってきたらまた宴をはじめる準備でもするんだろう。
村人達から少々後ろに離れたところにはエリオット達の姿も確認できた。
そんなこんなで今に至る……ということだ。
「まぁ私が言うのも何だが、本当にあの村に戻る約束してよかったのか?」
「まったくよ。あんたが誘導しなかったら戻る約束なんてしなかったのに……」
確かに余計なお世話だったと自分でも思う。
しかし、ミネルヴァのどこか辛そうな表情を放っておくこともあの時の私にはできなかった。
後悔を残してほしくない……私がそう思ったのは、あんなメールを見てしまったせいかもしれないな……。
「とにかく、あの村に行くのは次で最後。予定を立て終わったらまた別の地域を探すわ」
「それは了解。で、結局術者やミネルヴァの過去の出来事については語ってくれないわけね」
「それは無理。もしあんたを信用したとしても、誰にも話さない。……それは、わたしだけの問題だから」
ミネルヴァの言いたいこともわかる。
自分にとっては人生を左右する大事な出来事でも、それを知らない他人にとってはどうでもいい些細なことに過ぎない。
しかし、一度関わってしまえばもはや他人事とは呼べなくなる。そうして関わることでその者の人生まで変えてしまうだろう。
つまり、人生が狂う関わりなんて最初から作らなければ幸せだ。ましてやそれが自分のせいでもたらされるなら誰も関わらせるべきじゃない……。
(だがそれは自己満足な優しさであり、閉鎖的な生き方……って考え方になれないからそんな結論に至るんだろうけどな)
……人って、どうしてこんなにも不器用な生き物なんだろうか。
こんな私の考えもただの一個人の意見であり、人はそれぞれ違う……それこそ様々な考え方を持つ人間がいる。
けれど私としては、それがどんなに辛い出来事だとしても閉じ込めていては何も変わらないと思う……いつかきっと、手遅れになる。
他人の迷惑なんて気にせずに話して欲しい。
もしかしたらマイナスに働くかもしれない……しかし何かが変わるなら、固定観念を捨てて新しい繋がりを信じて欲しいと願わずにはいられない……。
「おーい、花嫁に盟友よー! 待たせて済まなかったー!」
思案の終了と共にアポロが戻ってきた。何故か全身龍化……元の姿に戻ってるが。
まぁあの満足そうな顔を見るに、どうやら別段問題はなさそうだな。
「む? 二人共難しいことをしているな。悩み事があるならば遠慮なく我に相談するといい。なに、他でもない花嫁と盟友の悩みならば我はどんなことでも受け止めよう!」
「別にないわよ。ほら、行けるならとっとと行きましょう」
「そうだな、それじゃあ行くとしようか」
「むぅ? なんだかよくわからぬが……。二人がそれで良いなら良しとしよう!」
アポロは本当にまっすぐな奴だ。
だからなんだろうな、言葉を交わさずともこんなにも安心できる。
そして、それはきっとミネルヴァも……。
「ほら、さっさと案内しなさいよ。あんたが先に行かないと進めないでしょ」
「おお、そうだな! ではいざ向かうとしよう、オアシスへ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます