114話 行き先不安な道中
「おや、お久しぶりですね。あなたはたしか、インフィニティ……でしたよね?」
私ではない私に向けられたその声に、ここが夢であることがハッキリ理解できた。
前世の私と対峙する優男、背はそこまで高くもなく髪は長くボサボサのようでどこか整っており、メガネの奥の瞳はのほほんとしていそうで何もかも見透かしているような鋭さを秘めている……。
掴みどころのない男……確か最初にこいつに感じた雰囲気はそんなものだった。
「貴様は……メリクリウス、だったか。まだ生きていたとはな」
そう、この場面はこいつとの二度目の出会いだったはず。
一度目は百数年前、ある暗殺でとある屋敷に忍び込んだ時だった。
忍び込んだものの部屋にいたターゲットの男はすでにその恋人と共に息絶えていた。
その時二つの死体の前に佇んでいた男がこいつ、メリクリウスだ。
最初はこいつが二人を殺したのかと思ったが、状況を見る限りそうではなく、どうにもターゲットとその恋人が争い合いお互いに致命傷を負わせてそのまま絶命。
メリクリウスは一切手を下していなかった。
しかし、以前に調べ上げた情報ではこいつの情報は存在しており、二人にとってはただの友人だった。
ただの痴情のもつれであり、こいつはその場に居合わせたただの友人……とその時は考えていたのだが。
「なんといいますか、あの時はお互い大変でしたね。国外逃亡に強力していただいたことには感謝してますよ」
「私は手を貸したつもりはまるでないのだがな。貴様が勝手に私を隠れ蓑にしただけだ。私には貴様のような頭のイカれた人間を助ける義理など一切持ち合わせていなかったからな」
少しの間だがこいつと行動を共にして理解したことは、"頭のネジが数本外れている"人間というのはこういうやつのことを言うのだろう……ということだ。
こいつはターゲット達の友人であったが友人ではなかった。
その事件の数年前にターゲットの男に取り入り友人に、そして男が想いを寄せていた女性との間を取り持ち二人にとってはまさに恋のキューピッドのような存在。
が、その実こいつは二人の幸せの絶頂期に裏で不貞不評の噂を流し、実際に二人を煽って不貞行為を助長していた。
そしてあの晩、二人を言葉巧みに誘導してあの状況へ持ち込んだのだ。
なぜこいつはそんなことをしたのか。
理由は……「幼い頃から想い続けてる二人が通じ合えた後、どんなに黒い噂が立ちどんなに相手に不信感があろうと、幼き日の絆で結ばれた二人はお互いの"愛"を信じ合えるか……を経過観察してました」というとんでもない理由だった。
そのためだけに二人に近づき、そのためだけに二人をくっつけ、そのためだけに二人の関係を壊した。
あの時のメリクリウスの表情と言葉は今でも覚えている。
二人の死体を前に、子供のように恍惚とした表情で手の中でメモを取りながら……「いやー、今回もいい研究成果を得られました。今回も“真実の愛”には辿り着けませんでしたが、お二人の想いはきっと私の研究の進める大きな一歩になるでしょう。ありがとうございました」と、悪びれる様子もまるでない。
ここまでの長い人生の中、狂っている人間は何人か見てきたが、メリクリウスはそのすべてを凌駕した最大の変人だった。
「……ふむ、あなた、以前出会った時と雰囲気が違いますね。そう……これは、"愛"。愛が壊れている、愛を無くしている、愛を捨てている、愛を殺している、愛に打ちひしがれている。あなたの心が今、愛に絶望しているのが見えます」
「……」
しかしどうしてよりにもよって今回の夢はこの場面なんだよ……。
これは生を受けてからそろそろ千年が経とうとしていた時。
メリクリウスの前に佇む私、インフィニティの隣には誰もいない……私が、突き放したのだ。
「ここ最近北部の『“死者の国”レデューマ』が滅んだと聞きましたが。そちらの方角から来たということは、もしかしてあなたが関係してるのではないでしょうか?」
「貴様がそれを知ったところでどうなる……」
正直なところ、この時の私は周りが見えていなかった。
『“死者の国”レデューマ』……その地で私が犯した大罪は、転生した今でも私の心から消えることはない。
すべてを手放し、すべてを失い、すべてに絶望し、世界を憎んだ。
「いえいえ、どうにもあの国の統治者は麗しい男女の二人組だと聞いたのもので。どのようなご関係なのか、どのように過ごしているのか、二人は愛し合っているのか。そう! 愛! 愛の気配さえあれば私はどこへでも駆けつけるのです!」
「あの国に愛などない! あったのは腐った人の欲望と執着と執念だけだ! あいつが作り上げたのは現実を認めない心を壊した愚かな道化達がいつまでも夢の中で踊るだけの歪で捻れたただの地獄に過ぎない!」
「おや、やはり知ってるようですね。では参考までに教えていただけませんか……その愛故に死を捨て去った姉弟の話を……」
「貴様が! あいつらを! 語るなあああああああああ!」
……もし、この時この場所でメリクリウスに出会っていなければ、私はどうなっていただろうか。
抑えきれない葛藤の捌け口を見い出せず、誰にも理解されない感情を絶望した世界へと向けていたかもしれない。
「おお! 素晴らしい! いい、いいですよ! あなたの激情に人を想う愛が蘇っているのを感じます! さあさあさあ、もっと私に見せてください。あなたの恩愛を求愛を敬愛を最愛を自愛を慈愛を情愛を親愛を仁愛を寵愛を博愛を偏愛を! 積み重ねていくすべての愛が、その愛こそが私をいつか“真実の愛”へ導くのです!」
後にも先にも、私はこいつ以上の変人であり変態な人間を見たことも聞いたこともない。
まぁ今更こんなことを夢の中で再確認するのもどうかと思うが……なんでこんなやつが私の仲間でナンバー2の実力者にまでなってしまったんだろうなぁ、とつくづく思うばかりだ。
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寝覚めは最悪だった……。
あまりにも気分が良くなかったので洗面所に行ってちょっとゲロってきたくらいだ。
あの時代は私記憶の中でも最もトラウマのシーン……の後日談のようなものである。
前世の人生最大の汚点であり、乗り越えたと思っていてもそれを思い出せば暗い気持ちになる。
直接トラウマ時代を見たわけではないのでダメージはそれなりに少ないが、それでも少々フラッシュバックが脳を襲う。
(あークソ……どうしてあの頃の夢なんて見ちまったんだよ)
現在は街を出発し、依頼者の待つ村へと進んでいる途中だ。
馬車を使えばいいものの、エリオットの提案で親睦を深めるためにも歩いてお喋りしながら行こうという申し出に皆(ほとんどハーレム要因達)が賛成し歩いて向かうことに。
私はその最後尾で嫌な気分のまま歩いている。
(こんなんじゃ村に着く頃には日が暮れてるぞ。貴様らは魔物退治をピクニックかなにかと勘違いでもしてるのか……クソ)
「あの……ムゲンさん。大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
気づけばヘヴィアがエリオット達のお喋りの輪から外れて様子を伺いに来ていた。
そして私に近づくと小声で。
「あのー……もしかして私が原因ですか? 昨晩のアレが癪に障ったというのなら謝罪します。私も軽はずみだったと思ってますから……」
どうやら、ヘヴィアは私がどうにもイライラしてるように見えて、昨日の一件が尾を引いてるのではと多少なりとも責任を感じてしまっているようだ。
「すまん、別にヘヴィアのせいじゃないからそんなに気にしないでくれ。ただちょっといやーな夢を見ただけだ」
「……それならいいんですけど」
「そ、だから別に責任とかそういうの一切ないから」
私もどこか気が立っていたようだ。
一応はもう乗り越えた問題だというのに……いや、今になってこそだからかね。
とにかく、いつまでもウジウジグダグダやっているのも性に合わない。
今は今のことを最優先に考える、それが私……無神限だ。
「どうしましたムゲンさん。もしかして今更魔物が怖くなったとかですか? 抜けるのは勝手ですが、それで僕達の志気に関わるようならことは御免ですからね」
前からエリオットが煽ってくる。
野郎……女の子に対してはとても穏やかな態度で接しているというのに私に対してはどこか敵対心が見える。
ハーレム要因達に手を付けようとする不穏物資だとでも思ってるのかね。
「は、なめんなよコラ。この魔導師ムゲン様が魔物程度に恐れを成して逃げ出すとでも? 調子が悪かったのは……あれだ、今朝飲んだスープがめっちゃ旨かったから何度もおかわりしてちょっとお腹にキテただけだ」
「……漏らさないでくださいよ、お願いですから」
まぁ実際はあまり胃が食事を受け付けなかったからスープだけがぶ飲みしてただけなんだがな。
結局その後オールリバースしたが。
ガサッ……
(ん? 空気が変わった……)
先程まで歩いていた道とそう変わらないはずだが何処か空気が思い。
茂みの方から幾つもの視線を感じる……感情を感じない直球なまでに私達を襲うことだけを目的とした本能的な視線。
「ムゲンさん……気づいてますか」
近くにいたヘヴィアが小声で耳打ちしてくる。
どうやら彼女も感づいている、今まさにこの付近を根城とする魔物がその姿を隠しながら私達を取り囲もうとしていることを。
前を行くエリオット達は気づいていないのか、未だ楽しくおしゃべりの真っ最中。
「側面の敵、任せられるか?」
「ええ!? 私にそこまでやらせるんですか……」
「何分パーティ内の戦力の力量がわからん。ヘヴィアも別に本気なんて出さなくていい、隠しておきたいところはキチンと隠してていいからな。フォローはこちらで行う」
「むぅ……それならわかりました」
渋顔で了承するヘヴィア、まぁあれ程の魔力のコントロールを行える者が低級魔物に遅れを取るとは思えんが。
そろそろ痺れが切れてきたのか、私達を囲んだ魔物達の殺意が一気に膨れ上がる。
「来る!」
「ガァウ!」
四方八方の茂みから一斉に飛びかかってくる四足歩行の獣型の魔物達。
襲ってきた魔物はヘルハウンド……それにその上位種のガルムだ。
ヘルハウンドは以前ドラゴスの山でも見たことがあるが、明らかにこちらの方が大きく獰猛だ。
同種であろうが育った環境で魔物の強さは変わる、以前出会ったのが3ぐらいならここらのはざっと見て10はある。
「う、うわ!? 魔物!? 皆、戦闘態勢に……」
遅れてエリオット達が戦闘態勢に移るが、前の敵にしか意識が向いていない。
片方の側面ではヘヴィアがすでに風の魔力が乗った短剣で早くも一匹ヘルハウンドの喉笛を引き裂いている。
「私も……『
奇襲を仕掛けてくる魔物達の地面を砕き動きを封じる。
その隙にヘヴィアの視覚にから襲いかかる魔物へアルマデスによる援護射撃でサポート。
「ワウン(ご主人、ぼくも戦った方がいいっすかね)」
「いや、この程度ならものの数分で片付くだろうし。無駄に戦力増強する必要もな……」
い……と言いかけたその瞬間、背中にぞわりと悪寒の走るような魔力の胎動を感じた。
鋭く洗練された魔力……その方向へ振り向くと、そこには大鎌を振り上げたミネルヴァが立っていた。
そして、その鎌を振り下げると同時に……。
「……『
まさに魔力の爆発。
その体から腕を伝わり振り払われた大鎌から放たれた冷気の魔力は一瞬の内に地面から吐出するような形の巨大なつららへと変化していく。
「っておいおい範囲がデカいっつーの……!」
その強大さは最早発動した術者本人をも飲み込むのではないかというほど未だ拡散し続けている。
私は手早くアルマデスのカートリッジを換装しヘヴィアの手前の地面へ向けて撃ち出す。
「きゃ!? あ、暖かい」
続いて私の足元にも一発。
熱の力場を生み出す弾丸を撃ち込んだので氷はその近くには広がらずに打ち消される。
主に私とヘヴィアが対応していた後方に放たれた氷柱のため、エリオットらに関しては問題ないとは思うが……。
「別にあなた達を狙ったわけじゃないから当てるつもりなんて毛頭ないわよ」
「物理的に当たる心配はなくとも冷気が強すぎる。近づけば凍傷の危険は充分にある」
「そう? ごめんなさい、そこまで気が回らなかったわ」
まったく白々しい……大体こんな自分まで巻き込まれるような大技……。
「てかあんたは大丈夫なのか? 周りの冷気凄いことになってんぞ」
「別に心配いらないから。わたしは冷気に強い体質なの。それにもう片付いたからもう止めるし」
彼女の足元にも熱の力場を撃ち込んでやろうかとアルマデスを構えるがやんわりと断られてしまった。
確かに彼女の体には傷一つ無く綺麗なものだ。
「いや~、これだけの魔物を一瞬でやっつけちゃうなんて凄いねミネルヴァさん!」
どうやらエリオット達が相手をしていた魔物どもも先程の冷気で絶命するか動きが鈍り簡単に事が済んだようだ。
しかし……これだけ壮絶な魔術を目の当たりにしておいてエリオットの感想がそれだけとは。
取り巻き女子達もこれでより一層ミネルヴァがエリオットの気を引く存在になってちょっとご機嫌斜めといった様子なだけだし。
これ以上の存在をよく目にしているから感覚が麻痺しているのか、それともただ単に凄さを理解しきっていないのか……後者だろうな。
これほどの洗練された魔術……今の時代に扱えるものはそうそういないと私は自負している。
今のは威力だけで言えば今の時代ではリオウに匹敵するかもしれない、コントロールは甘かったが。
しかしそれは私の前世の時代の魔力に匹敵するということになる。
(ミネルヴァか……少々引っかかる存在になりそうだな)
精密な魔力コントロールを行うヘヴィアもそうだが、大陸に降り立って数日もしない間にこうして今の時代に規格外の魔力の質を持つものと二人も出会い同行してしまっている。
まるで何か問題が起きる前触れなのではないかと、嫌な予感を胸に抱きつつこれからまた行き先不安な道中を進んでいくこととなるのだった。
「ところで、この氷柱はどうしましょうか。どう考えても後にこの道を通る人の邪魔になると思うんですけど……」
確かに……時間が経てば溶けるだろうが、これだけの冷気を放ってるとなると数日では溶け切らないだろう。
というわけでこれを行った張本人にチラッと目配せをするが。
「さあ? わたしは一度出したものは今まで放置してきたから。まぁそこの魔導師さんが適当に溶かしてくれるんじゃない?」
「って丸投げかよ!」
マジで行き先不安だよチクショー……。
と、いうわけで。
それとなーくミネルヴァの素性について興味があるのでどうにかして近づいてみよう。
幸いにも彼女はエリオットに群がるタイプの女子ではないのでその集団から少し後ろを歩いている。
ん、私はどの位置かって? そのさらに後ろ、今やっと氷を全部溶かして魔物の死体も掃除してやっとのことで追いついたとこじゃいボケェ!
「そんな君の尻ぬぐいをしてきた私に何かねぎらいの言葉なんかあってもいいと思うんですが?」
「そう」
清々しいまでの無関心、使う魔術と比例するかのように心も冷えっ冷えですな。
さらには肌も雪のような白さ、この大部分が熱帯の大陸では珍しい。
苛烈な戦い方をする割には傷一つ見えない綺麗な肌をしているし……。
「ちょっと、そんなにじろじろ見ないでくれる。この変態」
「おい待てその言われ方は心外だ。確かに見てはいたがそれは性欲からくる興味ではなくただ単に女性で戦いに身を置く者としては綺麗な肌をしていると感心していただけで……」
「はいはいわかったからもういいわよ」
ぬぅ……どうあがいても私が女性の神秘に惹かれるのは最早避けられない事実。
だが決して変態などではない!
夢で前世最強の変態を最近見てしまったせいで私の変態のハードルは現在有頂天だ。
流石にあれと同列に数えられるような存在にはなりたくない……。
「……先に言っておくけど、これ以上わたしに関わらない方がいいわ、後悔することになる」
あんたどこのラノベのヒロイン?
深い事情を抱えた戦う冷徹系って結構ありそうなジャンルよね。
「ちょっと、聞いてるの?」
「おお、聞いてる聞いてる。それで? 後悔するって言っても納得できる理由がないし。今まで連れ添った人間全員不幸な結果になったからとか? 能力の暴走とか? それとも故郷が悲惨な目にあったとか……」
「ッ!」
やべっ、敵意むき出しにされた。
どっか逆鱗に触れる部分があったっぽいな……。
「いやいや、でもこんな容姿端麗な美少女と一緒にいて不幸になるなんて普通思わないし……」
「人は見た目通りとは限らないわよ。わたしは……バケモノだから……」
そう言い残して会話は終了、エリオットの近くへスタスタ足早に進んでいく。
これ以上は無理だろう、素性不明の訳あり美少女がまた一人。
今回もまた前途多難な旅になりそうだ。
「また本来の目的と大きく外れそうなのは、お約束ってことなのかねぇ……」
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