113話 不本意な同行者達


「この期に及んで無関係だって、ふざけるのも大概にしないか。僕は女性を泣かせるような男は絶対に許せない!」


 あー面倒くせー。

 とりあえず状況整理……男二人は退却して今テーブルに着いているのは私と被害者の女の子、ヘヴィア。


 でもって今私に絶賛絡み中なのがこの"竜狩り"とやらのエリオットくん? だっけか。

 あと取り巻き。

 女剣士風の女性茶髪ストレート、うるさい。

 女剣士風の女性金髪のウェーブのかかったセミロング、うるさい。

 女剣士風の女性緑髪おさげでメガネ、うるさい。

 ちょっとボロい布に身を包んだ傭兵風の女性黒髪サイドポニー、彼女だけ無口、というか無関心。


「おい、聞いてるのか!」


「ちょっとあなた! 人の話を聞いてるの」

「エリオットくんにビビって腰抜かしちゃったとか?」

「で、でも、無視するのはやっぱり失礼だと思います……」


 なんだかエリーゼの取り巻きを思い出す光景だな……。


 しかしまぁこの超ベビーフェイスのイケメンショタの"竜狩り"くん。

 こいつが一度言葉を発すれば後ろの取り巻きがギャーギャー騒ぎ出す、『さすがは○○様です!』タイプのテンプレですな。

 こういうのってこっちが一方的に悪者にされるから話し合いの余地が少なすぎるのが面倒すぎ。

 てか私はなんか敵側のテンプレ率多い……多くない?


 なのでこんな場合は……。


「あー……ゴメンナサイ。もう二度とあなた方には関わらないので見逃してください」


「ワウ……(すっごい棒読みっすね……)」


 降りかかる火の粉なんて降ってくる前に逃げ出しゃあいい。

 まぁ今回は初撃を若干被ってしまったが……次弾を撒かれる前にとっととオサラバしたいものだ。


「え、あ……ちょ、ちょっと待て! そ、そんな態度で誤ったつもりなの? 被害を被った彼女に申し訳ないと思うのならもっと誠意ある謝罪が必要じゃないのか」


 それを大衆の面前でやれと? どれだけ自分がいいことをしたのかってのを知ってもらいたいってか?

 まったく、お互いに後腐れなく終わらせてやろうと思っていたのにまるでわかってないな。

 仕方ない、こちらからへりくだるのは癪だが穏便に済ませるためだ。

 ここは某動画サイトで見た『THE JAPANESE TRADITION ~日本の形~』による最高の"DOGEZA"を披露するしか……。


「待ってください! その人は違うんです!」


 と、思ったら横から救援が。

 被害者の女の子、ヘヴィアが私を助けるように割って入る形で"竜狩り"くんの前に立つ。


「へ、ヘヴィアちゃん? 何やってるんだい、君を貶めようとした奴をかばうなんて」


「違うんです。この人は揉めていた私達のいざこざを止めようとしてくれて……。だから元々この人はこの問題には関係なかったんです」


「え、で……でも……」


 こういうタイプの奴って素直に自分の非を認めないよな……あるいは表面上はそれっぽく見せて腹の中では「チッ、反省してまーす」って思ってるような感じ。



「どーでもいいけど……どっか目立たないとこに移動しない? わたしとしてはいつまでも目立ちっぱなしの場所に立ってるのは辛いんだけど?」



 膠着状態となっていたこの場に発せらせた声は、今までだんまりを決め込んでいた(いちおう)取り巻きのひとりであるあの黒髪の少女だ。


「あ……そ、そうだね。ミネルヴァさんの言うとおり目立っちゃってたね……。ごめん、僕って熱くなると周りが見えなくて……」


「謝るのは後でいいんで。あっちの方、人が少ないからいきましょ」


「あ、ちょっと待ってよー」


 そう言って一人スタスタと歩いて行く少女。

 それを追いかけるようにホイホイついていく"竜狩り"くん。


「むー、あの子ちょっと生意気だよね。最近仲間になった新入りのくせに」

「ネムさん、そんなこと言っちゃダメですよぉ……。ま、まぁ協調性に欠ける所は否定できませんが」

「でも最近エリオットくんあの子のことばかり気にかけてるし……複雑な気分よね」


 こっちはこっちで女同士のドロドロとした関係のもつれ合いに発展しそうだし……。

 あーあ、これじゃ今日の内に街を出る計画はおじゃんになりそうだなこりゃ……。


「あの……私がちゃんと無実だってこと証明してみせますから。落ち込まないでください、えっと……」


「ああ、私のことはムゲンと呼んでくれ」


「はい、ムゲンさん。それじゃあ、私達も行きましょう」


 今回の旅も問題ばかりになりそうだ……。

 ま、唯一の救いはこうして美少女に手を引いてもらえてるっていう約得かね。






 んでもっていつの間にかの大所帯で席に着く。

 先程の場所から離れた目立たない席……何故か魔導師ギルドの受付カウンターの近くでお姉さんが興味津々でこちらを覗いている、が無視の方向で。


 さて、話し合いの内容としては私が無実かどうかという掘り下げだが……。


「……なので、むしろムゲンさんはどうにか話し合いで問題を解決してくれようとしてくださったんです」


 未だ納得のいかない顔の"竜狩り"ことエリオットくんだったが、ヘヴィアの献身的な釈明のお陰でどうにか穏便に済みそうだ。

 後ろで受付のお姉さんが「アタシも見てた見てたー」とカウンターから身を乗り出してるがヘヴィアの証言だけで充分なので無視……というかあんたは真面目に仕事しなさい。


「……わかった。ヘヴィアちゃんが嘘を言ってるようにも思えないし、ここは君を信じることにするよ。でも君の態度だっていけなかったところはあると思うけどね」


「へいへいそらぁ悪ぅござんしたね」


「ムゲンさん、そういうのがいけないんですよ……」


 んなこと言われてもなぁ……。

 こちとら面倒事はとっとと終わらせて早くここからオサラバしたいんだ、ちょっとくらい投げやりでも仕方ない。


「でわ、こうして無事問題も解決致しましたし。せっかくですから出会った記念に皆さんでお食事でもどうでしょうか」


「うん、そうだね。まぁ僕も一応迷惑かけちゃったみたいだし、代金は僕が出すよ」


「きゃー、エリオットくん男らしーい!」

「もー、また無計画でそんなこと言って」

「でもいいじゃないですか、たまにはこういうのも」


 いや私は御免こうむりたいのだが……と言いたいところだがなんかすでに宴の準備をはじめる雰囲気になってしまっている。

 まぁ今日は出発するにはもう遅いしどこかで食事をして休もうかと思っていたから別に問題ないか。


「どうですか、ムゲンさん?」


「ん? 別に構わないぞ」


 これでほぼ全員が了承決定、残るはあの無口な女の子だが……。


「えっと……ミネルヴァさんはどう?」


「別に……好きにすれば」


 やっぱり無愛想だな。

 てなわけでひょんなことから集まってしまった我ら若者達。

 私はどうせ一晩経ったらはいさよならな関係なんだし、適当に済ましておくか……と考えていたのに。

 まさか、この先あんなことになるなんて思いもしてなかった……。


「ねーねー、アタシもそっち行っていい? アタシもエリオットくんとお話してみたいなー」


 だからあんたは仕事しろ!

 しかもさり気なく狙いが私からエリオットに変わってるし!






 さて、食事も並んでグラスも行き渡って(未成年はジュースな)、なんか合コンみたいな雰囲気だな。

 男の比率が圧倒的に少ないが……。


「よーぅし、全員グラスは行き渡ったな。このまま和気あいあいと食事をするにしてもお互い何も知らない状態だと気軽に話せないだろうし、まずは自己紹介からだ! 私の名前はムゲン、中央大陸で魔導師やってます! ちなみにこれは使い魔の犬」


「ワウ……(最初はいやいやだったのになんで仕切ってるんすかご主人……)」


 楽しむ時に精一杯楽しむのが私の信条なんでな。

 てか犬も取り巻きちゃん達にキャーキャーとかわいーとか言われながら抱かれまくってまんざらでもなさそうな顔してるじゃねぇか。

 とにかくこんな感じで時計回りに順に自己紹介を進めていく。


「次は私ですね。皆さんもうご存知だと思いますが私の名前はヘヴィアといいます。自立するために故郷を離れてここまでやって来ました」


「へー自立かぁ。偉いんだねヘヴィアちゃんって」


「そんな……私なんて。まだ若いのに世間のために活動するエリオットさんや、魔導師ギルドで働いてるムゲンさん達の方がよっぽど立派ですよ」


 ま、私は年齢ごまかしてるようなもんだけどな。

 しかしまぁヘヴィアは年齢にとしては可愛らしい顔立ちで稚そうに見えるが、時々大人びた態度が見えるな。

 自立しようとしているのだから世間に舐められないようにしてるんだろ。


「次は僕だね。僕はエリオット・スレイバー。僕の家は代々魔物の被害に遭っている人達の下へ駆けつけて魔物刈りを生業としてるんだ。この"|竜殺しの剣(ドラゴンスレイヤー)"を使ってね。実は元々無銘の剣だったんだけど、僕が竜型の魔物を倒しまくったせいでそう呼ばれるようになっちゃったんだ」


 なるほどね、なんで竜に関わりのある素材や内包魔力なんかが微塵も感じられないから名前に疑問があったが、そういうことね。

 でもまぁ名湯なことには違いないのはわかる。

 前世の時代でもこれほどの名刀を打つことができたのは私の陣営に組みしていた優秀なドワーフ族達だけと言ってもいい。

 もしくはこれがその時代から残っていた代物なのかもしれない。


「アリアよ、エリオットくんを立派な男にするのが生きがいよ」

「ネムでっす。エリオットくんのかっこよさに惚れて、一緒に旅してまーす」

「シェスタと申します。以前エリオットさんに助けて頂いて、その恩を返せればと思い同行させてもらってます」


 とまぁこんな感じで取り巻き三人の皆さんも紹介が終わり……。


「はいは~い、アタシィユリカっていいまぁーす。ここの魔導師ギルド支部の受付やってまーす。ねぇねぇ、エリオットくんって歳上の女性は好み?」


「……ってなんであんた自然にこの場に混じってんだよ!」


 当たり前のように職務放棄してんじゃねぇ。

 あ、と思ったら後ろから別の職員の方がとても怖い笑顔で受付嬢ユリカの首根っこを掴んで引きずっていった。

 ……今度こそ本当にクビなんじゃないかなあの人。


「えー……少々予定外の事態が起きましたが気にせず続けましょう。てなわけで最後にどうぞ」


 この自己紹介も時計回りにグルっと一周し、位置関係で見て私の右隣の無口な彼女で最後だ。


「……ミネルヴァよ、以上」


 ってそれだけかい!

 まぁ最初から乗り気じゃなさそうだったし当然か。

 しかしこの子だけエリオットのパーティで浮いてるよな。

 なんというか、群れるのを嫌っているような雰囲気を醸し出しているのにエリオットに同行しているのは疑問だな。


「もーミネルヴァさんってば、それじゃあ皆に君のことは伝わらないよ。こういう場なんだし、ちょっとは打ち解けてみようよ、ね」


 エリオットの言葉に「はぁ…」とため息をつくミネルヴァ。

 凄くめんどくさそうな表情をしているが、再びこちらに向き直り話しはじめる。


「自分のこと話すのってあまり好きじゃないんだけどね……。わたしはただの流れ者よ、生活のために様々なことに手を出して各地を渡り歩いてる。魔力も使えるからわたしのことを“氷結の魔剣”なんて呼ぶ輩もいたかしら」


 “氷結の魔剣”? どっかで聞いたフレーズな気が……。


「あ、そう言えばジオ達が探していたはぐれ魔導師の二つ名がそんなんだったな」


「あら、あんたあの魔導師達と知り合い? ギルドに所属してくれってしつこいから実力行使で追い払わせてもらったけど」


 あの二人を実力行使で追い払うか……どうやら流石に噂されるほどの実力はあるみたいだな。

 しかしそうなると二人とは行き違いになったのか。


「それって僕と出会う少し前のこと?」


「まぁ……そうね」


 なんだか言葉の歯切れが悪いな? まるで何か知られるとマズいことでもあったか?

 今の会話では特に気にするようなこともないと思うが。


「そう言えば、ミネルヴァさんはどうしてエリオットさんに同行してるんですか? 割と最近からだとおっしゃってましたけど」


 私がミネルヴァに質問しているのを見てヘヴィアもここぞとばかりに質問をはじめる。

 まぁその質問は私も興味ある、他の取り巻きさんは聞いてもないのに「魔物を倒す姿に惚れて……」だの「運命が二人を引き合わせたの……」だのアピールが半端ない。

 それに反して彼女だけは自己主張がまるでないからな、聞いてみたくもなるものだろう。


「別に……たまたま偶然出会って成り行きで生活を助けてもらってるだけ」


「そうそう、仕事が見つからなくてお腹を空かせてたんだよね」


「恩は返すつもり……それまでは同行するわ」


「もう、そんなのいいって言ってるのに」


 はいはいそういった話は私のいないところでやってね。


 しかし……少々引っかかるな。

 食事にも困るほどに金銭に困っているというのならジオ達の誘いに承諾してもまるで不利益は無いと思うのだが……。

 魔導師になればそれなりに安定した収入も見込めて結構自由な生活になるのに。

 うーむ、それほど魔導師になりたくない理由でもあるのかね。


「あ、あの、エリオットさん」


 と、私がいらん考察している間に何やら話が変わっている。


「ん? どうしたのヘヴィアちゃん?」


「できれば……私もあなたについていっていいですか? これからどうしようか悩んでたし……それに先程助けていただいたお礼もしたいですから」


 突然のヘヴィアの申し出に目を丸くするエリオット。

 おうおう、これで五人目だぜおい。


「うん、そうだね……ヘヴィアちゃんがそれでいいなら、断る理由は僕にはないよ」


 こっちもこっちでホイホイ受け入れますなぁ。

 もういいからハーレムなんて他所でやってくらはいな。


 どうせ次の日にはここにいる全員とは関わりのない赤の他人になるんだし……。


「でも……次に退治する魔物は少々厄介そうなんだ……。だからついてくれば危険もあるかもしれない。それでもいいかい?」


「はい、覚悟はあります」


「ありがとうヘヴィアちゃん」


 こうしてめでたくエリオットパーティにヘヴィアが同行することになりましたとさ。

 なんか対抗してミネルヴァ以外の取り巻きが『自分も覚悟あります』アピールが激しい。


「ところで、危険な魔物ってどんなのですか?」


「この先のムルムって村からの救援でね。なんでも近くに住み着いた"悪竜"がとんでもない要求を突きつけてくるらしいんだ。しかもその魔物はとてもじゃないけど常人では太刀打ちできないらしい」


 ……ん? 要求? 魔物が?

 魔物は基本マナの集合体であり、思考能力は無くて本能的に活動するものだぞ?

 一体どういうこと……。


「あら、その村って魔導師様の依頼先と同じ村じゃない。しかも依頼内容も似てるから……魔導師ギルドうちだけじゃなくていろんなところに頼み込んでたのね~」


 っておい受付嬢! あんたいつの間に戻ってきたんだよ!

 しかも片手にエールまで持って……あ、と思ったらまた後ろから別の職員さんが……。

 今度は顔が笑ってすらない……またもや強引に引っ張られていく、もう戻ってはこれないだろうな。


 しかしまぁ……受付嬢の話が本当ならこいつらと目的地が一緒なわけで……。


「なら、ムゲンさんも一緒にいきませんか」


 こうなるわな。

 ま、特に断る理由も見つからんし……なにより横にいる女の子から期待の眼差しで見つめられたら断れん。


「そうだな、それじゃあこの依頼が終わるまでは私も同行させてもらおうか。それでいいか?」


「え……まぁ……いいですけど」


 おいおいヘヴィアが同行したいと言い出した時とは随分反応が違うぜエリオットくんよぉ。

 こっちだって結構不本意なんよ、ハーレムパーティに混ざるのなんて。


「ふふ……なんだか楽しい旅になりそうですね」


「どうだかねぇ……」


 そんなこんなで食事会もお開きとなり、明日はここにいる全員で出発するということに決まり、二階の宿で皆休むこととなった。






 それから夜も更けて深夜、私はある場所へ向かっていた。

 場所は宿であることには変わりないが、もう殆どの人は寝静まり廊下には私の足音だけが響いている。


「ワウ? ワワウ(こんな時間にどこ行くんすかご主人? 明日も早いんすからあまり夜更かしはダメっすよ)」


「その明日が来る前に、ちょいと確かめなきゃならんことがあるんでな」


 そこから少し歩いて自分の部屋とは別の個室の前に到着する。

 現在この宿の個室は我ら『悪竜討伐ハーレムパーティ+α』によって貸し切られている。

 私は自前で払ったが女性陣の宿代はエリオットが全額快く支払ってくれましたとさ。


(奴は将来有望な金を吐き出す機械になれるだろう……)


 まぁそんな触るとほのかにあたたかい理想の彼氏のことはどうでもよろしくて……。


 まぁつまりはこの扉の先には先程まで下の酒場で共に騒いでいた誰かがいるということですよ。


コンコン……


 まぁ夜も更けたこんな時間に起きているかわからないので当たり前のようにノックだ。

 いきなり扉を開けてエッチなハプニングとかそういう古臭いのは今時流行らないぜ!


「はい、開いてますよ」


 了承を得てガチャリと扉を開けると、上着を脱いでいかにもラフな格好になった目的の人物がベッドの上で佇んでいた。

 薄く笑みを浮かべたその顔からはまるで待ってましたと言わんばかりに悪戯な表情を浮かべているようだった。


「さて、こんな夜遅くに悪いな……ヘヴィア」


「いえいえ、私も……なんとなーくそろそろ訪ねてくる頃だと思いましたので」


 ……やはり、当たりか。

 どうやら向こうもこちらが気づいていることはわかっていたようだ。

 その証拠にベッドの上にはいくらばかりかの金銭がバラまかれた袋が隠す気もなく散らばっていたのだから。


「やっぱりな、実際には戦討ギルドの男二人の言い分が真実で、お前はいかにも被害者ヅラして報酬金を全額せしめようとした盗人ってことだ」


「あはは、バレちゃいましたね。いやー、エリオットさんが庇ってくれて助かりました。ムゲンさんあの時気づいてたでしょう? どう言い繕うか必死だったんですから」


 そう、あの時私は気づいていた。

 よく周囲に目を凝らしてみれば簡単だった……私にとっては、だが。


「いつから私が怪しいって気づいてたんですか?」


 いつから……と言われても私は常に物事を疑って掛かるいや~な性格してるもんで。

 話を聞き終えた後はまず最初にあの酒場の人間全員疑ってた……ってのは流石にやり過ぎだったかね。


「まぁ話の内容がちょいと矛盾してるようだったし。なにより……最後の最後でヘヴィアが私のことを"魔導師さん"と呼んでしまったからな」


「ありゃりゃ……目ざとい、じゃなくてこの場合は耳ざといですかねぇ」


 私はひと目で魔導師だとわかる格好はしていない。

 たとえ魔導師ギルドのカウンターにいたところを見られていたとしてもあの席からは遠すぎるし『音遮の風カーム』で声漏れもなかった。

 つまりあの場で私を魔導師だと断定するにはそれなりの理由があったということ……。


「一見か弱いお嬢さんだが……風の魔術で迷彩して、闇の魔術で視線を騙すなんて。今じゃ意外と高等テクよこれ」


 自分の魔術をあっさりと見破られたと確信できるほど魔術に精通しているからこその確信とも言えるだろう。


 さてさて、ここまではネタバラシの時間。

 そしてこれからは、この先の問題となる。


「一応聞きますけど……これでどうですか?」


 ヘヴィアは散らばっている金銭を集めると、それを差し出すようにこちらへ向けてくる。


「盗んだ金の約半分……口止め料とともに共犯になってくださいってか」


 エリオットに同行する上で本性(かどうかはわからないが)を知る私が共にいるということは自分が本当は盗人だと言いふらされるかもというとこだろう。

 しかしそんなことなら私を引き入れる必要は無かったのでは……とも思うが、そこは監視のためというとこかもしれない。


「話のわかる方、嫌いじゃないですよ」


 とニッコリ笑顔をこちらに向けてくる。

 まぁその顔は私にとって凄くドキドキしてしまうほど魅力的なのだが……。


「悪いが金には困ってないんでな。そんなものでは私の心は揺れんよ」


 ふっ……どうだ、今の私は最高にカッコイ……。


「じゃあそれとも、こっち……ですか」


「 ! 」


「ワウ(ご主人、声になってなねーっす)」


 それもそのはず、いきなり足を出して艶かしく指を這わせる仕草はその幼さの残る体からは想像もつかないほどの色気を醸し出しているのだから。

 来るかな? と僅かに期待していた反面、いざ来られるとやはり動揺してしまう……。

 仕方ないじゃない……思春期男子だもの。


「あら、結構乗り気ですか。私……それなりに上手ですよ」


「マジ!? ではなく……あまり舐めないでもらいたいな。そういう誘いは……うん、まぁ正直凄いそそられるが。私としてはこれからの同行に関して私の不利益となる行動が見られれば容赦はしない、ということを釘刺しにきただけだ。残念だが……残念だがその誘いに乗ることはない」


「それじゃあ……バラすんですか、私の事」


「私に危害を加えなければバラす気はない、それだけだ。それじゃあ明日は早いからな、そろそろ寝ろよ。おやすみ」


「クスッ……やっぱり面白い人ですね、あなた」


 最後に見せたヘヴィアの顔は、どこかとても大人びた雰囲気を漂わせていた。


 そうして私はクールに部屋を出る。


 ……正直言って、今のは童貞を捨てる最高のチャンスだったのかもしれない。

 据え膳食わぬは男の恥……とも言うが、私の言い分も聞いて欲しい。


 実際、一度は捨てたと覚悟した命、その頃には全て諦めていた。

 しかしこうしてチャンスがあるのなら、せっかくだから出来る限り自分の思い描く最高のシチュエーションで華々しく童貞を捨てたいんだよ!

 ピュア童貞の理想の高さなめんなよ! 初夜は気持ちの通じ合った女性とベットの上でイチャイチャラブラブに過ごすと決めているからな!


「ワウ……(こりゃ当分春は来そうにないっすね……)」


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